第8章 動物たちの戦い
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19.クィリナス・クィレル
イギリスに本格的な冬の季節が到来し始めていた。
陽は早々に沈み、北風は身を凍らせる。おまけに闇の勢力がイギリス全土を恐怖のどん底に陥れていて、人々は目立たないように息を潜めて家に閉じこもっている。
「マグルの店に寄って良かったです」
久しぶりの客だった私に愛想よく笑って扉を開けてくれた店主に見送られて宝飾店を出て行き、ローブのポケットに包装された小箱を入れながら思わず呟く。
ヴォルデモートの影響が魔法界よりも薄いマグルの世界。魔法省は闇の勢力からマグル界を守ろうと人員を割いて必死に動いていたし、自分たちの存在をマグルに悟られないように苦心していた。
冷たい風で飛ばされていく破れた新聞には市民劇場で大火災が発生し30人の命が失われたと書いてあった――――これは魔法省が隠蔽したが、死喰い人が関わっている事件。罪のない命が次々と、いとも簡単に失われているのだ。
胸の痛む話だが、私に出来ることはない。私には他種族との交渉という任務がある。今の今までヴァンパイアと作戦会議をしていた私は今、ホグワーツへと向かっている。
いつからだろう?
「クィリナス」と鈴を転がしたような声。
太陽のような笑顔が私の頭の中で混じるようになっていったのは。
寝ても覚めてもユキのことしか考えていなかったのに、何故?いつの間にか私の心の中心には蓮がいるようになった。
そのことに気が付いた時、とてつもない衝撃を受けた。混乱した。自分の命を捧げようと思っていた人を裏切った自分を恥じた。
もちろん、今だって私はユキの下僕だ。彼女に命令されたらキメラの前にだって飛び出していくつもりである。命を助けられた恩は忘れていないし、ユキの危なっかしい生き方を傍で見守り続けたいと思っているし、危険な目にあった時は助けに行きたい。
主人と下僕。
かつて、あわよくばいつかこの関係から脱したいと考えていた。
私を愛して欲しい。心からそう願っていた。
だが、今は違う。ユキは私の大事な友人(もちろん主人であり)であると感じている。共に危険を乗り越えたユキに対して、私は今後、恋心を持って接することはない。
目くらまし術のかかったマントを羽織った私は叫びの屋敷に侵入して地下に行き、トンネルを通ってホグワーツの敷地内、暴れ柳の根元に出た。暴れ柳が動かないようにこぶを押さえ、安全に凶暴な柳の枝が届かないところまで避難する。この通路はブラックに教えられた隠し通路で重宝している。あの駄犬もたまには使えるという事だ。
日の暮れた丘には氷のような風が吹き抜けていて、風を切る音は尖ったナイフを振った時のような鋭利な音がしている。
適当に変化して校舎へ。
今は夕食時で生徒たちの多くは大広間にいる。私の周りを歩く生徒も大広間を目指し足早に歩いて行っていた。人の波に逆行しながら歩いていた私の胸は中庭を友人と突っ切っている蓮を見つけて跳ねた。もういい年なのに恋をすると自分自身をコントロールできなくて。だが、そんな自分も悪くはない。
適当な生徒の姿に変身しているからといって、人と接触するのは控えるべき。私は蓮に声をかけずに真っ直ぐにユキの私室へと歩いて行く。
開け放たれていた忍術学教室からは声が漏れ聞こえてきていて、覗いてみればユキと駄犬の姿。っ……目が合ってしまった。
「てめぇ誰だ?」
どこぞのヤンキーだ?
私と目の合ったブラックの鼻に皺が寄っていく。馬鹿犬と言えども一応は教師。生徒の顔は覚えているらしく、私の姿に見覚えはないと一気に警戒を強めた。瞬間、私は手を上げる。
飛んできた拳を払いのけたが、ギッと軋む体。一歩で私の目の前までやって来たブラックに腕を掴まれるが、振り払う。成人ほどの生徒に変化したから体格でブラックに負けない。私たちはお互い有利な形で組み合おうと手を伸ばし、振り払い、相手の脚を蹴る。
「この動き……お前は変態猫野郎だなッ」
「私が誰だか分かったのなら手を離せ」
「てめぇが先に手を離せ!」
「私が離したら投げ飛ばすつもりでは?駄犬、お前など信用ならない。お前が先に手を離せ!」
『まったく。何をやっているの?騒ぎは禁物よ』
呆れた声が聞こえたと思ったら、ひゅんと胃がひっくり返った。
「「うわっ」」
目の前が回転し、気が付けばブラックと並んで床に仰向けに倒れている。何が起こったのか分からず目を白黒させていると、目の前には背中に黒いオーラを背負いニッコリと微笑むユキの顔が現れた。
『おかえりなさい、アビシニアン』
「た、ただいま帰りました……」
『相変わらずあなたたちは顔を合わせたら喧嘩ばかりね。毎回仲裁する立場も考えてよ』
「仲裁?」
呟いたブラックはユキの鋭い眼光に尻尾を脚の間に入れた犬のような顔をして小さくなった。情けない奴だ。と思いつつ、これ以上ユキを怒らせたらお得意の関節技をかけられそうなのでブラックへの苛々は心の底へと沈めた。
『アビシニアンは私の部屋へ』
「はい」
「ユキ、後の片づけは任せてくれていいぞ」
『ありがとう、シリウス』
吹きさらしの階段を上ってユキの部屋へ。ユキの手に火の玉が浮かび、ポンと暖炉へと放り入れられる。チラチラと踊る炎。
「話の前に一つ連絡をとってもいいですか?」
『蓮ちゃん?』
「はい」
『ふふ。仲いいわね。その間にお茶を淹れてくるわ』
「お茶……」
『私のお茶は不味いって言いたいんでしょ?でもね、練習しないと上手くならないもの。私が淹れるわ』
「美味しく淹れられるようになるまで何度でも付き合いますよ」
『クィリナスのそういうとこ好き』
コロコロと笑いながらキッチンへと歩いて行くユキの背中を見送って袖を上げるとそこにあるのは銀色の腕輪。
これは忍の地図のような魔法道具に名前を表示させないようになっている他、蓮との連絡手段にもなっている。この腕輪に刻んだメッセージは蓮が持っているガリオン金貨に映し出されるようになっている。
この方法はハリー・ポッターたちが牡鹿同盟というアンブリッジに隠れて闇の魔術に対する防衛術を練習する集まりを開く連絡手段に使われていた方法である。蓮がハーマイオニー・グレンジャーから聞いてきたのを使わせてもらった。
杖を出して腕輪を叩く。
「ただいま帰りました」
自然と優しくなった自分の声に驚いた私はユキに聞こえていないかキッチンの方を窺った。食器の音がカシャカシャ聞こえていることにホッとして、もう一度腕輪に視線を戻す。
―――秘密の連絡手段!あああああ興奮するわあああああ!!
金貨を握りしめてピョンピョン飛び跳ねていた蓮を思い出して顔が綻んでしまう。
『お待たせ』
温かな気持ちが急速にしぼんでしまったのは出された紅茶にドロドロの何かが入っていたから。何でしょうかこれは……
『美味しいジャムを作ったから入れてみたの』
「入れてみたっていう量ではありませんよ。カップの半分ほどジャムが入っています」
『失敗したわね』
「いいえ。ユキのジャムなら美味しいに違いありません。そんなに悲しそうな顔をしなくても大丈夫です」
ユキに甘くなってしまうのは昔から。ホッとした顔のユキはティースプーンでジャムを掬って口に入れ、幸せそうな顔をした。美味しそうな顔につられて真似をしてジャムを口に運ぶと、うん。確かに美味しい。
「美味しい葡萄ジャムですね」
『ありがとう』
「昔、祖母が作ってくれたのを思い出しました」
『クィリナスの家族の話を聞くなんて初めてだわ』
「そうでしたか?」
『うん』
「家族が好きだとは言えませんでしたからね。ですが、祖母は別でした。父方の祖母です。私を可愛がってくれた。私が5歳の頃に死んでしまいました……」
祖母が生きていたら、もしくは両親との関係が違っていたら闇の魔術を求めることなどしなかったのだろうかと思う時がある。
ユキと出会う前の人生、ユキと出会った後の人生。私はどちらの人生でも闇の魔術を求める人生を選んだ。
「温かな家庭に憧れますか?」
『もちろん。セブと幸せいっぱいの家庭を築くの。クィリナスは?』
「私は……日陰で生きていくべき人間です」
『嘘よ。本心ではそう思っていない』
「え?」
『蓮ちゃんが好きなんでしょう?』
「それとこれとは話が別ですね。恋は必ず叶うものではない。知っているでしょう?」
きまり悪そうな顔を見せたユキだったが、ブンブンと首を横に振った。
『この戦いで、クィリナスは多種族との交渉をしている。私たちが勝利すればクィリナスの功績は表に出るわ。確かに以前ハリーを殺そうとした……でも、それは只の噂でしかない。あの時はヴォルデモートの復活なんて信じられていなかったもの……だから、ハリーさえ何も言わなければあなたは罪に問われない』
「生徒に口封じですか?」
『優しい子だもの。許してくれるわ』
「自分の命を取ろうとした人間をそう易々と許すとは思えませんが」
とは言ったものの、ハリー・ポッターの両親は息子を殺そうとした私を簡単に許してしまったのだと考えて、その事実に眉を上げた。
「蓮には幸せになってもらいたい」
『他人事みたいに言わないで。“あなたが”幸せにするのよ』
「……」
『迷いが吹っ切れないようね』
「どうしても彼女には日向の道を歩く若い男が相応しい、と思ってしまうのですよ。ですが、一方で彼女が誰か他の男のものになると考えると気が狂いそうになる」
『他の男の、ねぇ。私にはその可能性ゼロに思えるけど?』
言われて思い浮かぶのは自分しか見えていないと熱心に語りかけてくる蓮の顔で、胸いっぱいに感じるのは多幸感。
「はあ。心の中で嵐が起こっています」
『恋の悩みって楽しいわね』
「他人事だと思って」
『結果は見えているもの。安心して高みの見物させてもらうわ』
本気で悩んでいる私を見てクスクスと笑っているユキ。
私は以前、蓮は私とユキの子供だと思っていた時があった。しかし、それは違うと強く蓮に否定されている。私も今では何故“自分の子”だなどと馬鹿な考えをしたのだろうと思っているのだが、“ユキの子”という点については未解決だ。
蓮にこの話題を振るといつも目に見えて挙動不審になって話を逸らしてしまう。だから、蓮はユキの子である、というのは間違いないのではないかというのが私の考えだ。たぶんこの辺りの事情についてはダンブルドアが関わっているのだと思う。
しかし、この謎解きについては今でなくてもいい。全てが終わったら蓮の口から聞いてみたい。
「そろそろ任務の話をしましょう」
『今回はどの種族と会っていたの?』
「ヴァンパイア族です」
『うっ』
「そう苦い顔をしないで下さい。彼らは役に立ちますよ。持ち船をホグワーツ城の近くに置いて有事の際には助けに来てくれるとのことです」
『それは有難いわね!でも、死喰い人に攻撃されたりしない?』
「攻撃は難しいでしょう。闇の帝王はヴァンパイアを仲間に引き入れようとするとは思いますが衝突は避けたいのが本音ではないかと。決戦の前に自分たちの戦力を潰したくないと思います」
『会議でも話しているけど例の“ホグワーツの戦い”が一度で終わるか分からない。何日続くか、日を開けて再戦されるか……いつ始まるかも』
「長丁場になると士気も下がり、資金面他問題も出てくると思いますね。魔法省でキングズリー・シャックルボルトを魔法大臣に推す声があるのを知っていますか?」
『いいえ』
「魔法省内の不死鳥の騎士団に近い考えを持っている職員たちはシャックルボルトに期待を寄せているようです。彼は有能な闇払いですが、それだけでなく政治的感覚もいい」
現在のイギリス魔法省の政治はヴォルデモートの思想が色濃く出始めてきたものの、反対派もまだ十分にいるわけで、シャックルボルトは多種族と共存する道を探し、闇の勢力に対抗すべきと周囲を説得している。
現魔法大臣のスクリムジョールに出される新法案はシャックルボルトが各方面に協力を得て提出してもらったものばかり。
“アヴァロン島不可侵条約”“ヴァンパイアの為の献血法案”“人狼のための特別支援”。他にも巨人が住みやすい森や谷を探す手伝いをし、彼らの権利を守る。ゴブリンと魔法使いの不公平をなくす。など、ドローレス・アンブリッジのように鼻で一蹴する者もいるが、スクリムジョールはヴォルデモート派ではない者たちを自分に引き入れ、政権を維持し、魔法界を安定させようと彼なりに必死の抵抗を見せている。
「新法案がどうなったかは次の会議でシャックルボルトから詳しく聞くことが出来るでしょう」
『法案が通らなかったら約束が違うと各種族が怒るわね』
「彼らも簡単に法が出来ると思ってはいませんよ。まずは、こちらの本気度を見せています。実現は我々が勝ち、政権が安定してからと彼らも思っています」
『良かった』
乾いた喉にジャムの上に浮いた紅茶が痛いほどに甘く効いた。
風でガタガタと鳴る窓ガラスに視線を向けると白いものがチラチラと外を舞っているのに気が付いた。
「雪ですね」
『次に会うのはいつになるかしらね』
「2月まで戻れないでしょう。ダークエルフ族の様子を見張っていなくてはならないんです」
『実はそう言われる可能性も見込んでクリスマス・カードを用意してあるの』
「嬉しいですね」
ユキに手渡されたクリスマス・カード。封を切り、メッセージカードを開けばトナカイがキラキラと雪の結晶を振りまきながら天を走って行く。
――――
メリークリスマス!一生の友情をあなたに。あなたと友人になれて本当に良かった。
C.C. あなたを信じて待っている。
愛を込めて ユキ
――――――――
メッセージカードに書かれていた文字をなぞる。
「私もユキと友人になれて良かった」
『親友よ』
「親友……はい。とても嬉しいです」
もし、蓮と出会わなかったら親友という言葉に胸を抉られる思いをしていたことだろう。メッセージカードの“愛を込めて”の言葉はどれだけ切なかったことだろうか。
だけど、今の私は違う。
私は心からユキとの友情が大切だ。
「そろそろ夕食が終わった時刻です。蓮の元へ行こうと思います」
『うん。あ、クィリナス』
「何でしょう?」
『前に学生のうちは色々待ちなさいと言ったけど……暗部の姉さまが言うには、後悔しないようにやることやっときなさい、とのことだったから』
「ご心配ご無用です!!」
まったくこの人は何を大真面目な顔をして!
『ごめんごめん。そんなに怒らないで』
「教師の発言とは思えませんね」
『教師に向いているかと聞かれたら、向いていないわ、私』
「それは違います。ユキは生徒思いの良い教師ですよ」
『ありがとう』
「それでは、これで。早いですか良いクリスマスとニューイヤーを」
『クィリナス、あなたにも』
パタンと扉を閉めて息を吐き出す。
『まったく……ユキはいつでも私の心を搔き乱すのが上手だ』
―――クィリナス!
琥珀色の瞳に人懐っこい笑み。
蓮の目は自分しか見えていない。
一度、惹き寄せられるようにして蓮の手を握ったことがあった。あの時、我に返って直ぐに思った。もしも、蓮がユキの娘だとしたら、蓮もまた人を誘惑する血を体の中に持っているのではないかと。だからこそ、衝動に任せて、流れに任せて蓮に手を出してはいけないと思っている。
固く決心し直しながら7階のダンブルドアから与えられた自室の扉を開いた私は先ほどの決心を早々に試されることになる。
「こんばんは、クィリナス」
部屋の中にいたのはショート丈のメイド服を着た蓮・プリンスの姿だった。
「な、な、な、何をしているのですか!」
「たまにはこういうプレイもいいでしょう?」
「今まであなたとどんな種類のプレイもしたことはありませんっ」
「っ!しまった。そうだったわ……」
「??」
しまった?そうだった?どういうことだ?
怪訝に思いながら蓮を見ると明らかに狼狽えた様子で「紅茶を淹れてきますご主人様」と隣の部屋に逃げようとしたので「アクシオ」する。
ポーンと床から脚を浮かせてこちらへ飛んでくる蓮を受け止める。
「きゃーん。クィリナスにお姫様抱っこされたわ!」
「誤魔化されませんよ。しまったとは?私に隠し事があるようですね」
「……」
「蓮?」
顔を見合わせていた私たちはふっと同時に噴きだした。どうやら今回は蓮にしてやられたようです。
「隠し事などない、ということですね」
もしや気づかないうちにオブリビエイトでもされたかと思ったがそういうわけではなく、蓮はただ私を揶揄っただけだった。
「いけない人ですね」
ぴくっと腕の中で反応する体が可愛くて、苛めてやりたいとゾクゾクする。どうにかしてやろうかと思うのに、キラキラと甘く輝く目で見上げられれば愛おしさが込み上げてきて大事に大事に掌の中で守っておきたいとも思う。
「クィリナス?」
そんな愛らしい顔で見つめるのはやめて下さい。体の中から突きあがってくる何かの正体を私は知っている。頭の中で『後悔しないようにやることやっときなさい」というユキの言葉が響いたので慌てて打ち消した。
「着替えてきなさい。そんな短いスカート、風邪をひきますよ」
「っ。全然ムラムラきませんか?」
「あなたの思惑通りになってしまっているから言っているんです。私は紳士的でいたいと思っています」
「それって私のことを」
好きの二文字を言う前に彼女の名前を呼んで黙らせる。私にはまだ愛の言葉を言う準備が出来ていない。心の中では既に蓮を愛していると認めているのに彼女には自分の気持ちを伝えることが出来ない。
気持ちを伝えた時、すなわち、付き合うという事。私は彼女の全てを受け入れる準備が出来ていない。その準備はこの先ずっと出来ないかもしれない。“日陰で生きる妻の人生”を幸せに出来るだろうか?そう考えると今以上の関係に踏み出せない。
「さあ、着替えておいで」
美しい白髪の頭を撫でると狐のように目を細め、気持ちよさそうに表情を崩し、一つ頷き、タタっと隣の部屋に足早に入って行った。その背中を見送ってブルーを基調としたダマスク柄のソファーにドカリと腰かけ、長い息を吐きだした。
中途半端だ。
蓮が向けてくれている真っ直ぐな愛情に私は甘えてしまっている。
蓮が決して他の誰かに気移りしないと分かっているから私はこうやって、甘い部分だけを享受して、責任から逃れている。
蓮の幸せを願うならハッキリと「君を受け入れられない」と告げ、こうして会うことをやめるべきだ。それなのに――――
――――パパもママも兄さんだけが可愛いんだ
突如思い出す。優しい祖母は「そんなことない。父さんも母さんもクィリナスのことを可愛いと思っているよ」と言って、悲しそうな顔をして私の頭を撫でくれた。慰めの言葉は嘘だって、幼い私でも分かった。
両親は兄に夢中だった。
見た目の良さと、子供らしい無邪気さ、頭の回転が速くて、物覚えがいい。習い事をさせれば何でも一定の成果を上げられた。一方の私は8歳年上の兄と比べれば平凡過ぎたのだろう。持って生まれた引っ込み思案で慎重な性格。打てば響く兄とは違う。
成績優秀な兄はホグワーツを主席の監督生として卒業し、今はアメリカに渡って会社を経営している。両親は私のホグワーツ卒業を見届けてから兄を追ってアメリカに行った。
両親は私が嫌いだったわけではない。ただ関心がなかっただけだ。
兄は私が嫌いだったわけではない。彼もまた私に興味がなかっただけなのだ。
子供の頃は、いや、今も不思議でしょうがない。家族に何故そこまで無関心になれるのだろう……?
「お待たせしました。着替えるついでにブランデー入りの紅茶を淹れました」
制服に着替えた蓮が私の横に腰かけ、飴色の紅茶を出してくれる。
―――私の何がそんなにいいのですか?
いつだったか冗談めかして聞いた私に蓮は「全てです。理屈抜きに全てが好きなんです」と真っ直ぐな瞳を向けながら力強い声で言ってくれたことがある。あの時の衝撃は大きかった。祖母以外に理屈抜きで私を愛してくれる人が現れるとは思っていなかったのだから。
熱い紅茶を口元に持っていくと、ブランデーの香りが胸を満たした。美味しい紅茶は喉を通り、体を芯から温めてくれる。
「クィリナス、会いたかったんですよ」
泣けてくるほどに愛おしい笑顔に微笑を返す。
「私もです」
「本当ですか?」
「えぇ」
「本当に!?」
「はい」
笑顔を更にパアアと輝かせて蓮は幸せそうに紅茶に口をつける。ハートが周り中に飛び散っているように見える。そうさせたのが自分であることが嬉しかった。
「年明けまでホグワーツに戻る余裕はなさそうです。ですので、少し早いですが……」
ローブのポケットから宝飾店で買ったプレゼントを取り出し差し出すと、きょとんとした顔をされる。
「へ?プレゼント?私にですか?」
「はい。あなたにです」
「わわわ、私に!?」
「ふふ。はい―――蓮、プレゼントを見る前から泣く人がいますか?中身が木の枝だったりしたら泣き損ですよ」
「き、木の枝だって、クィリナスが私の為に選んでくれたものだったら嬉しいです」
涙を袖で拭いた蓮は私からプレゼントを受け取って、丁寧に包装紙を剥がし始めた。開かれた箱から出てきたのはブレスレッド。
「なんて綺麗なの」
キラキラとした華奢な金のチェーンに一粒オパールが光る。七色に輝くオパールはミステリアスな魅力を持つ蓮に似合うだろうと選んだものだ。
「つけて差し上げましょう」
ほっそりとした手首に華奢なブレスレッドは良く似合った。華奢なのに、存在感のあるそれは一瞬、手錠にも見え、心臓が跳ねる。
私はやはり、蓮を自分の手のうちに閉じ込めて誰にも渡したくはないのか。それでいて彼女の気持ちに応えることはしない、卑怯な男。
「クィリナスは私のことを鬱陶しいと思っていますか?」
手につけたブレスレッドを眺めながら何気ないように蓮が聞いた。
「可愛い弟子をそのように思いませんよ」
「弟子、か」
「それ以上にはなりません」
「いいえ。なります。最終手段、既成事実を作ってでもそうします」
「本気の目をしないで下さい」
呆れる私の名前が甘く囁かれる。
動揺した私は思わず身を引いた。多福感に身が震える。
「私はズルい男なんです」
カラカラの喉で私は言った。
「何もかも知っています」
「知るはずがない。君が何を知っている?」
「ユキ先生を好きだったことも、ヴォルデモートに仕えてハリー・ポッターを殺そうとしたことも。でも、でもでも、誰よりも優しく、面倒見が良く、勇敢で、機知に富んで、あなたより最高な人はこの世にいないってことを私は知っている」
「蓮っ」
「クィリナス、好きなんです!」
ハッキリとした愛の告白と同時に蓮に抱きつかれ、時が止まった。強く熱い抱擁。
胸の高鳴りに反して、私の頭はクリアな状態だった。
この人を決して離してはならないと頭の中の私が言っている。
愛しているなら後悔する行動を取ってはならない。
「蓮」
私の愛おしい存在。
不安も、恐れも、全て捨てよう
人を愛するのに、理由など余計なものなのだ
人を愛せないのと同じように……
それを、私が一番知っているではないか
私はもう迷わない。蓮と幸せになる道を進む。
「蓮」
蓮の肩を抱いて自分の体から離し、真っ直ぐに琥珀色の瞳を見つめる。心はとうの昔に決まっていたのだと今更ながら気がついた。
「私もです」
「え?」
キョトンとした顔の蓮の目を真っ直ぐに見つめ返す。
「愛しています」
口から出た言葉は私の思いを素直に優しい音にした。
「必ず幸せにします」
「クィリナス……」
「あなたと幸せになる為だったら何でもします。だから、私と共にいて下さい」
「い、いいのですか……本当に……」
信じられないと言った戸惑い顔に微笑みかける。
「あなたが嫌だって言ったってこの手を離しませんよ」
「それは、それは勿論、私はクィリナスの手を離すつもりはない……あぁ、本当に……想いが叶ったってこと……?」
琥珀色の瞳から零れた一筋の涙を親指で拭えば蕩けるような笑顔でふにゃりと笑う。
「自分のような者なんかと」と私が思うことはもう二度とない。彼女の横で、堂々と人生を歩むのだ。どんなことをしても蓮が笑顔でいられるようにしようと心に誓う。
「愛しています、蓮」
「クィリナス、私も。愛している」
暖炉の明かりに映し出される二つの影は
ゆっくりと倒れていく
私は、幸せになる覚悟を決めた