第8章 動物たちの戦い
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18.凶報と吉報
ガラガラと乾いた音が響く廊下。背筋が凍るような冷気が足元から立ち昇り、胸を悲しく凍り付かせる。心を静かに保ちながら私はセブと一緒に闇の魔術に対する防衛術の教室に向かって階段を上っていた。
「思ったよりも時間がかかってしまった」
『そうね。もうすぐ始業ベルが鳴ってしまう』
アミカス・カローが闇の魔術に対する防衛術の教授職を停職され、セブと私が代わりの教員を務めている。
座学は置いておいて、私たちは生徒たちに実技を磨かせようとカリキュラムを組んでいた。大事なのは身を護る事。イギリス魔法界では魔法省の手を離れてしまった
昨日の夜、影分身によって漸く捕まえられた吸魂鬼一体。授業までに移送が間に合ってよかった。
チャクラの糸を巻き付けた吸魂鬼をズルズルと引きずるようにして闇の魔術に対する防衛術の教室に入れる。
『うん。この陰気臭い教室にこの吸魂鬼は似合いね』
セブはアミカス・カローから教室を奪って直ぐに自分らしい教室に内装を変えてしまっていた。生徒の気分を明るくさせるようにフリルのついたレースのカーテンにしたらどうか?ラッパの音が鳴るラッパ水仙を飾ったらどうか?という私の意見は丸無視されている。
「この壁に吸魂鬼を張り付けてくれ」
『了解』
セブに言われた場所にチャクラの糸で吸魂鬼を打ち付け固定し、逃げ出さないかしっかりと確認する。その作業が終わり、セブが懐中時計を確認して閉められていた教室の扉を開いた。
「入れ」
「ヒッ。な、なにこれ?!」
扉の先頭にいたパンジー・パーキンソンの引き攣った悲鳴が聞こえてくる。教室に入ろうと一番前で待っていたパンジー、デリラ・ミュレーたちスリザリンの女子生徒たちはそろそろと震えながら後退していった。
何ごとかと中を確認した他の生徒たちが悲鳴を上げ、何が中にいるのか知った生徒たちは廊下でパニックを起こしていた。
『ちゃんと管理してあるから教室の中に入りなさい。もうすぐベルよ』
教室の入り口に行き青白い顔、吸魂鬼の冷気で幸せな気持ちが萎えてしまっている生徒たちに声をかける。今日はやりたいことが沢山あるからグズグズしていられない。
「どこで捕まえてきたんですか?」
ドラコが吸魂鬼を引き攣った顔で見て、そして私を何て非常識なんだという目で見ながら言った。
「師匠!ホグワーツに吸魂鬼を連れ込むなんて!」
『ちゃんと職員会議で先生方の許可を得たし、理事会でもオーケーをもらっている。あれが怖い?ドラコ』
「いーえ。僕はポッターのように吸魂鬼を見て漏らすような
「何か言ったか、マルフォイ」
こちらも青い顔のハリーが人を押しのけてドラコの前までやってきた。
「何年か前の事実だろ?吸魂鬼に囲まれてシリウス・ブラックと仲良く並んで失禁しながら気絶したらしいじゃないか。名付け親と仲がいいな」
クラップとゴイルと共にゲラゲラ笑うドラコを見ながら溜息を吐き出しながらも、半分ではホッとしていた。
昨年度はダンブルドア暗殺をヴォルデモートから命じられていたドラコ。与えられた任務のことでいつも顔色を悪くしていた。
ダンブルドア死亡に関わってしまったという事でドラコは自責の念に駆られて辛い夏休みを過ごしたと、新年度が始まりドラコ経由で密かに渡されたナルシッサ先輩からの手紙で知った。だが、それでもドラコは任務からは解放され、マルフォイ家は死喰い人の中で地位を回復した。ハリーに喧嘩を売れるくらい元気になったのを師匠として喜ぶべきだろう。
「君が吸魂鬼とどう対決するか見ものだよ、マルフォイ」
「そうね。一番に吸魂鬼の前へ出て行ってお手本を見せてちょうだい。楽しみにしているわ」
ハリーと栞ちゃんの言葉にグリフィンドール七年生からは同意の拍手が沸き起こった。顔を強張らせるドラコ。助けを求めるような目を向けられても困ります。
『あなたが一番よ』
私の言葉にドラコは絶望の文字を顔に書いた。
『さあ、全員教室の中に入りなさい』
閉められた扉。密閉された教室は吸魂鬼が発する冷気で満ちている。外は蜂蜜のような陽射しが降り注いで明るいのに、この教室はセブによって分厚くて黒いカーテンがぴったりと閉められてしまっている。
「吸魂鬼はアズカバンで囚人を監視する役割をしていた。幸せな感情を吸い、絶望を与える……生気を吸い付くされれば正気を失う。物理的な攻撃は効かない……忍術は別のようだが、雪野教授によるとその忍術の会得は難しいとのことだ」
上級忍術を生徒が身に着けるのはドラコくらい鍛錬を積んでいないと無理だ。吸魂鬼への対応策ならば、まだパトローナスの方が習得できる望みがあるから守護霊の呪文の練習に集中して欲しいと思っている。
ガラガラと地獄の底から聞こえてきそうな吸魂鬼の叫びのようなものを聞きながらセブは続ける。
「よって、諸君らには前回の授業で行った守護霊の呪文――――これも諸君らが吸魂鬼を追い払えるレベルになれるか疑わしいが――――を雪野教授の強い希望で練習してもらう。エクスペクト パトローナム」
痺れるようなバリトンの声で呪文が唱えられるとセブの杖先から銀色の蝙蝠が飛び出し、シューっと生徒の間を飛んでいった。守護霊が発する温かな気に生徒たちの強張っていた表情が解けていく。
「吸魂鬼に生気を吸われて今日一日を腑抜けた顔で過ごしたくなければ頭から幸福な記憶をかき集めろ。まずは15分間、全員で守護霊の呪文を練習する――――
杖を振る生徒の間を歩いて行く。牡鹿同盟のみんなは他の生徒たちの一歩前を進んでいた。アンブリッジがいた年に作られた牡鹿同盟は闇の勢力に対抗する呪文を練習するグループ。アンブリッジがいた頃は隠れて練習していたが、昨年度からはクラブ活動になり、沢山の先生の協力を得ながら練習を続けている。
私も副顧問としてクラブ活動に参加しているが、彼らの真面目さと熱意には未来への希望を与えられる。
「エクスペクト パトローナム」
初めに守護霊を出現させたのはハリーで牡鹿が軽やかに教室を走り回り始めた。続いてハーマイオニーのカワウソ、ロンのジャック・ラッセル・テリア、栞ちゃんの元気いっぱいの犬(それはシリウスのアニメーガスに似ている気がした)。対してスリザリンの生徒たちは誰一人守護霊を出現させていない。私はドラコの横にそっと寄った。
『あと5分』
「うわっ!驚かせないで下さいッ」
大きく見開かれた灰色の瞳の中に意地の悪そうな私の顔が映っている。
『あと5分でパトローナスを出せなかったら吸魂鬼の前で情けなくガタガタ震えるだけしかできないわよ?』
「教師として最低ですね!」
ドラコが私を睨みつけたが涙目なので全然怖くない。私はケラケラ笑いながら次の生徒の元へ。
「ユキ先生っ」
私を呼び止めたのはデリラ・ミュレー。
『なあに?』
「そこに立っていて頂けますか?」
『立つ?』
「はい。動かずにそこに立っていて下さい」
スリザリンの七年生で唯一、牡鹿同盟に参加している彼女は実体の守護霊を出せたことがない。彼女の杖先からは銀色の湯気のようなものが吹き出している。
『惜しいところまでいっているわ』
「はい。あとちょっとだって分かるんです。そのあとちょっとにはユキ先生が必要なんです」
『?』
デリラは元気よく杖を振った。
「エクスペクト パトローナム」
シュー プスン
「エクスペクト パトローナム!」
シュー プスン
「エクスペクトオオオオオオパトローナムッ」
シューーーー プスンっ
『……あー。守護霊の呪文は難しいからゆっくりいきましょう』
「うぅ。かなり練習を積んでいるのに……」
『大丈夫よ。前から比べて良くなっているわ。杖先から出る銀色の気体も濃くなっている。実体化できるのももう直ぐよ』
気落ちしてしまっているデリラの肩をポンポンと叩くと彼女はパッと顔を上げて蕩けそうな顔に変わった。その顔はハッとした顔へ。コロコロと変わる顔に目を瞬いていると、デリラは杖を振った。
「エクスペクト パトローナム」
シューっと杖先から出る銀色の湯気は徐々に形を変えていき、ペルシャ猫へと変わった。ふわふわの毛をしている愛らしい猫はスリザリン生の頭上を優雅に駆けていく。
『凄いわ!やったわね!』
グリフィンドール生に先を越されていると感じていたスリザリン生からワッと大きな歓声が上がる。
「これが私の守護霊……なんて可愛いのかしら……」
うっとりとしたデリラ。彼女の成功が嬉しくてニコニコしていると、グリフィンドール生の方からも歓声が上がった。こちらへやってくるのはハリネズミ。くるん、と丸くなってコロコロと。タタっと一生懸命に走る姿。
『これは誰のパトローナス?』
「ネビルのです、ユキ先生!」
ロンの言葉でネビルに目を向けると、彼の真っ赤な顔は成功した喜びで満ち溢れていた。ずっとずっとネビルは頑張って来た。それがこうして成功に結び付いたことが嬉しくて目に涙が滲む。
『良くやったわね、ネビル』
「ありがとうございます!」
皆に囲まれて背中を肩を叩かれながら祝福されるネビル。
ふとセブを見ると唇が綻んでいて、彼もまた生徒の成長を喜んでいることが分かった。素直じゃないセブは見られていること気が付いて不機嫌な顔に作り替えて吸魂鬼の前へと移動する。
「時間になった。実戦練習に移る。まず初めは――――ロングボトム。前へ出ろ」
喜びから一転、ネビルの顔が凍り付いた。
『ちょっと待って。ドラコの約束よ』
「そのような約束、我輩は聞いておらん。ロングボトム、来い」
有無を言わせない物言いのセブをじとっと睨んでから青い顔で進み出るネビルに大丈夫だというように頷く。言い合って授業を止めるのは良くないだろう。それにネビルなら成功させてくれるような気がした。
壁に打ち付けられたディメンターは先ほどの活気に当てられて、生気を吸い込みたそうに、己の前へとやってきたネビルを襲いたいと身を乗り出している。カラカラカラと不気味な音が教室に響き、緊張の糸が張り詰める中、ネビルは吸魂鬼に向かって杖を構える。
「エ、エクスペクト、ぱと、パトローナム」
震える声、震える杖。
さあ、頑張って。
大丈夫。あなたなら出来るわ。
思い浮かべて、幸せな記憶を――――
ネビルは守護霊を出現させ、グリフィンドールは歓喜に沸いた。
『パトローナスの練習をしておきなさい。吸魂鬼が闇側のあなたを襲うのは考えにくいけれど、出来るに越したことはない』
「はい、師匠」
授業が終わり、私はドラコを教室に残して話をしていた。
『それからシリウスを訪ねて鍛錬をつけてもらう約束を取り付けること』
「はい!?絶対に嫌です」
『あなたの忍術属性は雷。私は雷の術を使うことが出来ない。でも、シリウスなら雷属性だからあなたの力になってくれるわ』
「嫌です!あいつに頭を下げて習うなんて絶対に嫌ですからね!」
『我儘言うんじゃありません。私はあなたを少しでも強くしなければなりません。マルフォイ家の行く道については当主であるルシウス先輩が考えるから任せましょう。だから、あなたに出来るのは家族を守る力を磨くことよ』
「家族を守る力……」
『全てにおいて“もしも”を考えなさい。もしも真正面から不死鳥の騎士団とぶつかるならば。もしもヴォルデモートを裏切って逃亡するならば』
「う、裏切りっ。止めて下さい、そんな馬鹿げたことを!冗談でも言っていい事と悪いことがあります」
ドラコは慌てて後ろを振り返って誰かに聞かれていないか確認し、そしてセブを怯えた目で一瞬見た。
『セブがルシウス先輩を陥れる行動をするはずがないわ。大丈夫よ』
「この人は信用がならない。はっきり言いますよ、師匠。気を付けた方がいい。いつか裏切られる日が来ると思います」
『ご心配ありがとう。でも、それはありえません。それより、シリウスのところへ行くように。行かなければ尻尾爆発スクリュートの放牧地に放り投げますからね』
ドラコが出て行って、大きく伸びをする。
『ふふ。目の前で酷い言われようだったわね』
「構わん。風見鶏のように向きを変えるマルフォイ家の信頼など欲しくはない」
セブは杖を振って皮で出来た大きなカバーを磔にされている吸魂鬼に被せた。
「守護霊の呪文を使いこなせるようにとは期待していなかったが……思いの外出来がいい」
『七年生のグリフィンドール生は牡鹿同盟に入っている生徒が大半だから』
「
『妲己から与えられた記憶を何度も見返しているけど……最悪、吸魂鬼は生ける屍にするだけで人を殺しはしない。だから誰かが吸魂鬼に殺される記憶はなかった。それに……吸魂鬼が映り込んでいる記憶はなし。セブも見つけられなかったでしょう?』
「あぁ。だが、闇の帝王は吸魂鬼を手先としている。記憶が変わる可能性も大いに考えられる」
『クィリナスが生き残ったことでエルフ族が味方になったわ。もし、クィリナスが交渉役を務めていなかったらエルフ族が誰かに味方するなんて考えられなかったと思う。“今”は次々と作り変えられていく。吸魂鬼と亡者にもよく気を配らなくてはならない』
影分身を吸魂鬼の見張りにさせて昼食に向かう私は階段を下りながら拗ねた声を出した。
『実は気を悪くしているのよ』
「何がかね?」
『あなたのパトローナスは何?』
「蝙蝠だが?」
『私のアニメ―ガスは?』
「狐だな」
『じゃあ、私のパトローナスは?』
「蝙蝠」
『私はセブが好きだから蝙蝠がパトローナス。なのに!セブのパトローナスは狐じゃない!』
セブは急に気になったらしく爪のささくれを引っこ抜き始めた。
『聞いてる??』
「下らん話だな」
『私への愛が足りないんじゃなくって?』
ささくれを引っこ抜くことに成功したセブがその痛みに眉を寄せた。
『聞、い、て、い、る?』
「聞いている」
うんざりとした声。
「パトローナスのかたちで愛を計ろうとするな。大人げないとは思わんのかね?」
『思っているけど……』
「同じ蝙蝠のパトローナス。それでいいではないか」
『……うん……』
ポッター夫婦は牡鹿と雌鹿。私たちは蝙蝠のつがい。とっても素敵だと思う。だけど、セブの杖先から狐のパトローナスが出て、愛されている!って目に見えて感じて見たい。そんな我儘な気持ちを持ってもいいじゃないか。
『むぅ』
唇を尖らせて膨れる忍術学教師をセブルスはそっと笑っているのであった。
***
ハロウィンがやってきた。
外からバンドを招いたり、大規模には出来ないものの、テーブルには屋敷しもべ妖精が腕を振るった豪華なカボチャ料理が並べられており、生徒たちは束の間のホグワーツらしいヘンテコな日常を楽しんでいる。
カロー兄妹は停職されて以来、城に居るのだが食事の席には姿を見せない。今回のハロウィンにもやってこなかった。来たら思い切りのいい悪戯を仕掛けてやれたのに残念だ。
パーティーが終わり、天井を飛び回っていた数千羽の蝙蝠は大広間から追い出されて、装飾は取り払われて来年用にしまわれる。
「ユキ」
見回りに行こうと思っているとシリウスが声をかけてきた。
『どうしたの?』
「例のアレの決行だが、今リーマスから連絡があり今夜になった」
『……分かった。準備をして出ましょう』
「正門で待ち合わせよう」
シリウスは小走りに大広間を出て行き、私はミネルバに急用が出来て見回りを代わって欲しいとお願いした。それからセブのもとへ。
『任務に出るわ。今夜は帰って来られないかも』
「君の部屋で待っている」
軽くセブの頬に口づけて正門へと向かう。
バシンッと姿現し。私たちはリーマス、ジェームズ、それから闇払い局の男性三人と女性一人と合流してダイアゴン横丁の空き店舗の中に身を隠す。
向かいの店舗はバーだったが闇の勢力が力を振るって治安が悪くなったことにより客足がなくなり潰れ、今はあちらも空き店舗。
「急に呼び出してすまない。動きがあったんだ」
リーマスが道を挟んで反対側の店舗の様子を窺いながら言う。
「魔法省襲撃の計画があるらしく、その決行は今夜だそうだ。マッド‐アイたちもダイアゴン横丁の別の場所で張っている。タイミングを合わせて突入だ」
死喰い人たちは向かいの店舗と、同じダイアゴン横丁の別の場所にある店舗で最終確認をし、魔法省に姿現しをして襲撃する計画。
『魔法省襲撃の情報はデマじゃなかった……ちょっと違和感があるけれど……』
「ヴォルデモートはスクリムジョールを暗殺したのち、傀儡大臣を置くという情報だったが武力を行使する方向に変わったのか?」
私の言葉を引き継いでシリウスが闇払いに問いかける。
「魔法省闇払い局はその見方です。そして今夜、作戦が決行されると情報を得ました」と顎髭のある魔法使いが答える。
「魔法省には頑張ってもらわないといけない。ヴォルデモートの支配下に置かれれば、マグル生まれの魔法使いが窮地に立たされ、まともな思考を持った者たちが排除される」
「ジェームズの言う通りだ。ホグワーツの生徒たちの中にも退学させられる子がいるだろう。学校で子供たちを守ってやりたい」
『出入口は吹き飛ばせるのね?』
「はい。中にいる仲間が確認済みです」
魔女が頷く。
小さな金属音が聞こえ、目を向けるとリーマスが持つ手鏡の中にマッド‐アイの顔が浮かんでいる。いよいよだ。
「こちらマッド‐アイ。そちらの準備はいいか?」
「準備出来ている」とリーマス。
「では、10秒後に突撃だ」
「了解」
「10――――9――――8――――7――――
ジェームズが杖をショーウインドーに向けている。シリウスが杖を使ってショーウインドーにかけられていたカーテンを開け、私はそっと扉を開いた。私の後ろには男性の闇払いが一人。
「3――――2――――1――――」
「レダクト!」
ジェームズの力強くはっきりとした声が店内に響き、バーンという音と共にガラスが吹っ飛んでいく。
リーマスがローブのポケットに突っ込んだ手鏡からも激しい物音が聞こえてくる。あちらも始まったようだ。
ガシャガシャとガラスを踏みながらジェームズを先頭にシリウス、リーマスが通りへと飛び出した。私の方も扉から通りへ。
「正々堂々正面突破だ!」
ジェームズが集合場所となっているバーの扉に向かって杖を振った。バーンと吹き飛ぶ扉。一気に店内になだれ込む。
「魔法省闇払い局だッ。杖を床に置いて両手を上げろ!」
顎髭の魔法使いの闇払いが叫ぶが、死喰い人たちは交戦を選んだ。決して広いとは言えない店内で呪文の掛け合いが始まる。
バーン
死喰い人の中に潜入していた闇払いの魔女が死喰い人を背後から打ち、リーマスの失神呪文が当たって倒れてきた死喰い人の老人が私の脚元に転がった。バシンッと一人、死喰い人が逃げ、バーカウンターの上ではジェームズと長髪を一つ結びにした魔法使いが決闘している。
「貴様、雪野だなッ」
目を爛爛と輝かせた魔女がブンッと私に向かって杖を振る。
「我が君に献上する、くっ」
狭い場所での戦いは得意ではない。
距離を詰めて腕を捻り上げ、後頭部をガンと殴りつければ、魔女は意識を失って膝から崩れ落ちていった。
ジェームズは決闘に勝って相手をカウンターから落としていたし、シリウスは死喰い人ニ人を手早く縛っているところ、闇払い局の魔女ニ人はちょうど巨人の血が混じっていると思われる男をノックアウトした。
破壊音に満ちていた店内が静かになる。あたりを見渡せば全て片が付いていた。縛り上げた死喰い人たちを一箇所に集めて漸く息をつく。
「みんな怪我は?」と聞くリーマスに首を振る。かすり傷程度で大きな怪我をした者はいない。今回の作戦も全員無事で良かったと思っていると、バシンと姿現し特有の音が店の外から聞こえて一斉に顔を向ける。私たちの杖先にいるのはマッド‐アイ。
「やられたぞ!」
魔法の目をグルグルさせながら入って来たマッド‐アイ。
『どうしたんです?』
「こっちは囮だ。今夜の目的は別にあった。別の死喰い人の一団がアズカバンを襲撃した!」
店内に緊張が走る。
まさかベラトリックス・レストレンジ達を脱獄させたようなアズカバンの集団脱獄が繰り返されるとでもいうの!?
慌ただしく動き出す。闇払い局の魔女ニ人がここに残って後片付けをすることになり、他の人たちは全てアズカバンへと向かうことになった。
バシンッ
海と嵐の中に立つアズカバン。私が収容されていた時は吸魂鬼が看守をしていたが、今はいない。冷たく暗い廊下にいるのは倒れて動かなくなった魔法使いや魔女の看守の姿。
『酷い……』
アズカバンの集団脱獄。
私たちは囚人の収監と怪我人の治療に力を尽くした。
ホグワーツに帰って来られたのは午前4時。
お互いを労いながらシリウスと廊下で別れて自室の扉を開けた途端、甘い香りが鼻腔を擽った。
『アップルパイ?』
「ユキ様でございます。よくぞご無事にお戻りになられましたのでございます!」
『ただいま、トリッキー』
セブの屋敷しもべ妖精であるトリッキーは大きな目をウルウルと潤ませてキッチンから飛び出してきた。
<ユキ、おかえり>
『ただいま、モリオン』
光のような速さで私の脚元までやって来てピタリと止まったのはセブの口寄せ動物である白兎のモリオン。ふわふわの彼女を抱き上げて頬擦り。癒される。
『セブは?』
「ご主人様は闇の帝王にお呼ばれになったのでございます」
『そっか……』
「ご、ご主人様は、き、危険な目にあわれているのでございますですか?」
『大丈夫よ、トリッキー。セブの身は安全。アズカバンで集団脱獄があったの。今回の件は闇側の勝利よ』
「さようでございますか……」
『セブは何時ごろに出て行ったの?』
「12時過ぎでございました。ユキ様はお腹を空かせて帰ってくるだろうからアップルパイを焼いておくように言われていたのでございますです」
『ありがとう。食べてもいい?』
「もちろんです!」
シャワーを浴び、寝巻に着替えてダイニングテーブルでトリッキー特製のアップルパイを食べる。
『んっ美味しい』
甘く蕩けるリンゴ。疲れた体に甘さが染みわたっていく。
体を動かし、お風呂に入り、お腹はいっぱい。眠くなる要素が全て揃ってウトウトしていると、午前5時半を回ったあたりでハッと目を覚ます。聞き慣れた足音に扉を開けると、セブが階段を上ってくるところ。
『おかえり』
「戻っていたか」
『えぇ。トリッキーにアップルパイを作るように言っておいてくれてありがとう。美味しかった』
扉を閉めてキスをする。
ひんやりした体を抱きしめて、顔を胸にこすりつけると頭のてっぺんにキスが降ってくる。
「アズカバンの集団脱獄を聞いているか?」
『えぇ。まんまとしてやられたわ』
「闇の帝王は大層お喜びだ」
『かなりの数が脱獄したわね。神秘部の戦いで投獄された死喰い人たちは全て脱獄してしまった……セブ?』
ギュッと抱きしめられる。
あまりの強さに眉が寄るほど。何ごとだろうと顔を上げようとしたが、後頭部を手で押さえられてセブは私が顔を上げるのを許さなかった。
『どうしたの?』
「我輩の知らぬところで何かが動いている」
『何か?』
「最近の我が君は妙に機嫌が良い……嫌な予感がする」
『まさかドラコが私を呼び出すことが出来るポートキーを持っていると気が付いた?』
「我輩はルシウス・マルフォイを信用しておらん。ユキ、ドラコに呼び出されるポートキーを捨ててくれないか?そうすれば、可能性の1つは消すことが出来る」
『ナルシッサ先輩との約束を破ることになる。それは出来ない。私はドラコのピンチに駆けつける必要があるの』
私から体を離したセブは疲れた顔をしながら暖炉の前へと座った。赤々と燃える火はセブの黒い瞳の中で不安げに揺らめく。
「マルフォイ家の人間は君のことについて問われはすれど、拷問などを受け、無理矢理に隠された情報はないか聞かれることはないと思う」
『そうね。マルフォイ家は死喰い人のリーダーよ。その家族を虐げるようなことをすれば主君の資質が問われる』
「ドラコの閉心術は完璧だな?」
『あなたも知っての通り』
「ドラコに開心術程度ならするだろう。だが、これも心配はない……」
『あなたの胸騒ぎは何処から来ているの?』
そう言うと、セブは遠くを見ながら「嫉妬が薄まった」と呟いた。
「我輩に対する殺意の含んだ嫉妬がおさまったのだ。もしや君を手に入れる算段が付いたのではないかと思っている」
『え、嫉妬?ヴォルデモートって私の事好きなの?』
「はあ。今更何を寝ぼけたことを言っているのかね?」
セブが呆れ返って私を見た。
『ヴォルデモートは私の力が欲しいだけでしょ?忍の術、ありもしない死から甦る方法……』
「闇の帝王を間近に見てハッキリと言い切ることが出来る。ユキ、闇の帝王はユキの血にあてられてしまっている」
『うえっ。そうだったの!?』
「はあああ。気が付いていると思っていたが……」
『やっかいね』
ヴィーラのように強烈ではないものの人を惹きつける力を持っている私の血。
『ねえ、セブ。ヴォルデモートに私の血のことは話していないの?』
「話したところでだと思わないかね?」
『そうね。言ったところで奴は一度決めたことは必ずやり遂げようとするでしょう』
「それに、ユキについての情報は出来るだけ渡したくない。何がどう影響するか分からないからな」
チチチと鳥のさえずりが聞こえてきて窓の外に目を向けると漸く朝日が昇って来て陽の光が窓から差し込んできた。まろやかな陽の光に眩しそうに目を細めるセブは大きく欠伸をした。
『ひと眠りする時間はないわ。朝食へ行く?』
「30分ならベッドで横になってもいいだろう」
『中途半端に寝ると辛くなるわよ』
「後悔は30分後の自分に任せる。ユキ、今朝の鍛錬は?」
『休みにしている。ふふ。一緒にベッドルームへ行きましょう。トリッキー、30分したら起こしてくれる?』
「分かりましたです」
「モリオン、一緒に来るかね?」
<ねる、いっしょ>
仰向けに寝るセブのお腹の上にはモリオン。私はセブに横から抱き着いて、ニ人して束の間の休息をとったのだった。
眠気で機嫌が悪そうなセブと一緒に朝食の席へ。私の手には日刊預言者新聞。一面には昨夜のアズカバンの集団脱獄のニュースが伝えられていた。
大広間の様子はどうかと思ったが、生徒で新聞を取っている者は少なく、大きな騒ぎにはなっていなかった。
「シリアルにミルクを?」
『ありがとう。たぷたぷに入れて』
眠たい頭で愛しのダーリンに世話を焼いてもらっているのを楽しんでいると、フクロウ便の時間がやって来た。特に私たちに便りはなく、美味しい朝食を続ける。
モグモグとプティングを咀嚼していた私は首を傾げる。パンジーが甲高い悲鳴を上げたからだ。悲鳴といっても何か恐ろしいことがあったわけではなさそうで、興奮したように手紙を胸に押し当てて顔を天井に向け、体をピョンピョン上下させている。
何か何かとパンジーの周りに集まるスリザリンの女子生徒たち。
その理由は夕方に分かることになる。
『ドラコが婚約ですって!?』
噂は狭いホグワーツを一瞬で駆け抜けた。
ドラコ・マルフォイとパンジー・パーキンソンのイギリス魔法名家同士の婚約。
私は良いニュースに飢えていたので廊下を歩いていたドラコを掴まえた。
『根掘り葉掘り聞いてもいい?』
「嫌です。面白がらないで下さい」
『プロポーズはした?』
「僕はまだ結婚する気はなかったんだ……」
『まだまだ女遊びしたいってこと?』
「嫌な言い方しないで下さい!そういうわけではありません。ただ、僕はまだ学生だし、まして人に言われてなんて……」
『ルシウス先輩とナルシッサ先輩も学生の間に婚約していたわ。そのあたりは気にしなくていい。人に言われてってことはこの婚約は両家の親が決めたのね』
「ぐいぐい来ますね」
『だって楽しい話題だもの』
「他人事だと思って……はあ。家同士の絆を強めようとのことです。パーキンソン家は中立の立場を保っていますが、父上は闇の勢力に引き込みたい……マルフォイ家が努力しているように見せたいのです」
そう言ったドラコは陰りのある顔で再び大きな溜息を吐き出した。
『思ったより重い話題だった』
「いや、ちょ、どっか行こうとしないで下さい、師匠!まったく、いつも穏やか優しいユキ先生の顔を少しでいいから僕の前でも見せて下さいませんか?」
『あなたとはざっくばらんに話せるのよ。気を許していると思って許して。それで、パンジーとのだけど、愛しているのでしょう?』
ストレートに問うと、パッと血色を良くしたドラコは恥ずかしそうに口を噤んだので、表情で出された答えに私は頬を緩めた。
『パンジーを大事にね』
「はい」
『結婚式には呼んでよね?』
「まだ少し先になると思いますが……はい。招待させて下さい」
隣に立つドラコの顔は、少し、大人になったように思えた。