第5章番外編
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ハンバーガー
レギュは絵に書いたような英国紳士だ。
シャツの上にベスト。ジーパンは決して履かない。身だしなみはきちっとしていて、レディーファーストは当たり前。紅茶を嗜み、食事姿も優雅。
お行儀の悪い姿を見てみたいのよね。
だから私はある企みをすることにした。レギュに大口開けて食事させてみたい!ナイフとフォークでちまちまじゃなくて、ガブッと食べ物にかぶりつく姿が見たい。ということで私はハンバーガーを作ることに決めた。
分霊箱の情報を調べる作業はいつもレギュのアパートにお邪魔して行っている。私は息抜きも兼ねてレギュの部屋の台所を借り、よく軽食を作らせてもらっていた。だからこの作戦は簡単に実行できそうだ。
『お腹減ったからお昼作ってもいい?』
「ありがとうございます」
外国の心霊現象特集の雑誌から顔を上げてレギュが品の良い笑みを浮かべている。ふはは。その顔が歪むのももうすぐよ。私は台所に立って巻物を取り出した。
『口寄せの術』
自室で仕込んできたハンバーグをフライパンに乗せて温める。デミグラスソースを絡めるとソースがグツグツと煮えて美味しそうな香りが漂ってきた。レタスを洗ってトマトを切り、パンの間に挟み、その上に熱々のハンバーグを乗せる。ピクルスは嫌いかもしれないから抜いている。
『美味しそう』
出来上がりだ。私はお皿に乗った絶対に大口を開けないと食べられないハンバーガーをニコニコしながら部屋に持っていく。
『レギュ、お待たせ』
「ありが……」
げっ、と声を出しそうな顔をするレギュを見て内心ニンマリしながらテーブルの上にハンバーガーを置いた。
「ナイフとフォークを持ってきます」
『馬鹿言わないで。ハンバーガーはかぶりついて食べるもんでしょ?』
「……」
レギュが疑り深そうに目を細める前で手を合わせる。
『頂きます』
自分の顔が間抜け面になるのも構わずに大口を開けてお手本を示してかぶりつく。
「顔にソースがついています」
『ん?』
「手で擦らないで下さい。伸びますよ」
ナフキンは無いのでハンカチを出そうとしたのだが、レギュから待ったの声がかかる。
「手までベタベタじゃないですか。服が汚れます」
ハンカチを取り出そうとした手を止める。どうしたら良いのだと困っていると溜息。
「手を掲げて。スコージファイしますから」
スコージファイしてもらって手が綺麗になったので胸元からハンカチを取り出そうとしたのだがまた待ったをかけられる。
「少し身を乗り出して」
レギュがハンカチを出した。
『何を?』
「拭いて差し上げます」
『自分で拭ける。それにレギュのハンカチ汚れちゃうよ』
「汚れを拭くためのハンカチです。ほら、身を乗り出して」
『恥ずかしい』
「既に恥ずかしい顔なので大丈夫です」
『酷くない!?んっ』
レギュがゴシゴシゴシと口を拭ってくれるので私は恥ずかしさで顔を赤くする。
『まるで小さな子供とお母さんね』
「僕がユキ先輩の母親だったらビシビシ躾たいですね」
『レギュの指導なら私もレディになれるかしら?』
美しいイギリスのレディに憧れるが粗野に育った私には実現出来そうもないと早々に諦める。
『それより冷えちゃうから食べて』
「うっ。大きすぎます。バラしても?」
『酷い!折角作ったのにバラバラにするですって!?酷いっ、酷い』
泣き真似をする私を暫く半眼で眺めていたレギュだが、私の
「分かりました……。折角作って頂いたのに、頂かないのは失礼ですね」
さすがはイギリス紳士の鏡!泣いている女性を放置しておくことが出来ないみたい。むんずとハンバーガーを手に持ったレギュ。
私は笑いそうになるのをプルプルしながら堪えていた。
大きな大きなハンバーガー。レギュは口を開けたが、その開け方では齧りつけない。どこから食べていいのか困っていてユラユラと顔を上下左右に動かしている。眉を寄せ、ポカンと口を開けた間抜けな表情に私は我慢できなくなり吹き出した。
「ユキ先輩っ!」
爆発するようにパッと真っ赤になるレギュの前で私は体をくの字に曲げ、顔をテーブルにつけて笑い声を上げる。
『レギュ可愛い』
「やっぱり僕を笑い物にする為にコレを作ったんですね」
『うん』
レギュが黒いオーラを背負った。
「もう食べません」
『そんな!レギュのために作ったのに』
「言い方が狡いですよっ」
『だって本当だもの』
キョトンとして言うとレギュは何かの感情を堪えるような顔をした後、脱力してガクリと頭を落とした。
「頂きます……」
『どうぞ召し上がって下さいな』
お口にソース、お手てベタベタ。苦労しながらハンバーガーを食べるレギュを私は微笑ましく思いながら見ていたのだった。
この成功に気分を良くした私は次のターゲットに狙いを定めた。シリウスとクィリナスだ。
シリウスは豪快に食べそうだけど、クィリナスはどうだろう?あの人もお上品な人だからな。ふふふ、楽しみね。
朝の鍛錬終わり。私は2人にハンバーガーを差し出した。
『運動の後にキツかったら無理しないでね』
「いや。空腹を感じていたところなんだ」
シリウスが喜んで受け取ってくれる。
「ユキが作ってくれるものなら毒だって食べますよ」
クィリナスが微笑む。
『じゃあ今度実験台になってね』
「喜んで」
本気で実験台になってくれそうなのでクィリナスには今度本当に新薬の実験台になってもらおうと思う。
『「「頂きます」」』
シリウスが豪快にハンバーガーにかぶりついた。
『そうやって思い切り食べてくれたら気持ちが良いわ』
顎が外れるのではないかと思うくらい大口を開けてハンバーガーにかぶりついたシリウスはソースが口につこうが気にしていない様子。ゴクリと飲み込んで「旨い」と笑ってくれる。
「実はハンバーガーには思い入れがある」
『どんな?』
「ハンバーガーの存在を知って食べてみたかった俺はクリーチャーに言って作ってもらった。だが、食べているところを親に見られて下品だと叱られてな。それ以来家で食べられなくなった」
『シリウスの家厳しそうだものね』
「家出して、ジェームズの家に行った1日目、彼の母親が作ってくれたのがハンバーガーだ。ジェームズと家出の成功を喜びながら頬張った」
『大口開けて、お行儀なんて気にせず、自由に。新しい門出に相応しい食事だわ』
「ああ。あの日は最高だった」
懐かしそうに目を細めるシリウスの手元を見る。
『ソースが落ちそうよ』
「おっと」
シリウスがもう一口ハンバーガーに齧り付いた。
一方のクィリナスはというと変わった食べ方をしていた。
『……』
彼のハンバーガーからは既にトマトとレタスがない。どうやら歯で引っ張り出してモグモグ食べたらしい。今はハンバーグを食べる作業に移っている。
『クィリナス、邪道だわ。あなたが食べているのはハンバーガーではなく、トマト、レタス、肉よ』
「さすが変人」
「なんだとブラック」
『私越しにガンを飛ばし合わないでちょうだい』
「変な食べ方をしてユキに嫌われろ」
クィリナスが顔を青くした。そんなに顔色変えることないのに。
「失礼をしましたか?」
『いいえ。美味しく食べてくれたらそれでいいわ』
「だそうだ馬鹿犬。犬のお前と違って私は口がそう大きくは開かない」
「女はワイルドな男に惹かれるものなんだよ。室内飼いの猫はママの後ろにでも隠れてろ」
バッと両隣の2人が立ち上がった。
『さっき鍛錬終わったばかりなのに元気ねぇ』
私は自分のハンバーガーを食べながら無唱呪文をバシバシ打ち合うシリウスとクィリナスの決闘を見物したのだった。
最後はセブだ。私はホカホカのハンバーガーを持ってセブの私室を訪ねていた。左手には蓋つきの銀色の盆。隠されているのは勿論ハンバーガーだ。トントントンと扉を叩けばセブが顔を出す。
『デリバリーですっ。あ、待って。閉めないで』
私を上から下まで見たセブが無表情で扉を閉めようとするのでガっと扉に飛びついた。
「帰れ。ロクな考えを持っていないだろう」
『見て。美味しい料理を作ってきたわ。折角作ったんだから入れてよ』
「帰れ」
『扉もぎ壊すわよ』
「チッ」
本気で扉を壊しそうな私を見て舌打ちしたセブは私を中へと入れた。
『お邪魔しまーす』
促される間もなくソファーに座って、銀色の盆をテーブルに乗せる。
『じゃーん。食べて』
蓋を取ればホカホカのハンバーガー!
「いらん」
にべもない。
『えー。あなたのために作ったのよ?』
「邪な心が透けている」
『そんなに睨まないでよ。美味しいのよ?毒なんか入れてないわ』
「それなら証明してみろ」
『私に食べろってこと?信用ないわね』
「それを食べて帰れ」
『え、全部食べろってことなの!?』
私は膨れた。
『酷いわ。食べる気も起こしてくれないなんて』
さすがに拗ねてしまう。
「君の魂胆など分かっている。大口開けて食べる人間を笑い物にする気だろう」
『あ、うぐ、何故分かった……』
「ふん。それは持って帰ることだ」
目の前のセブは足と手を組んでいて、ハンバーガーをいらないと顎で払った。
『……分かったわ。夜分にお邪魔して悪かったわ』
ショボーンとしながら立ち上がる。このハンバーガーは部屋でモソモソ食べることにしよう。
『またね。おやすみ』
今度はお詫びの印にひと口サイズのミニハンバーガーを作ってこよう。そう思いながら肩を落としてハンバーガーの乗ったお皿を持って立ち上がり扉へと歩いていると、小さな溜息が聞こえてくる。
「待て。戻ってきたまえ」
『セブ?』
「食べる」
『本当に?……食べてくれるの?』
振り返れば無言で私に手を伸ばしてくれていて、私はお皿を手渡す。
長身を黒服で包み、不機嫌そうな顔で眉を寄せるセブは明らかにハンバーガーに似合わない。でも、全く笑う気は起きなかった。控えめに一口齧られたハンバーガーを見て私は嬉しくなる。
「残りは後で食べる」
『うん』
綻んでいく表情。
「そんなに嬉しいか?」
『うん!』
セブは私の顔を見て、柔らかい微笑みを浮かべてくれた。