第3章番外編
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キャンプ
暑い夏の日、セブルスは自室のベッドで膝を立てて丸まっていた。
先程までリビングでは両親が激しい言い争いをしており、食器が割れる音、突き飛ばし、頬を張る音が聞こえてきていた。
早くホグワーツに帰りたい。
セブルスのホグワーツ1年目は素晴らしいものだった。堂々とした佇まいの城で憧れの魔法を学び、ユキやリリーとお喋りしたり図書館で勉強したり、木陰で休んだり……。
コツコツ
セブルスの空想はシャボン玉が弾けるようにパチンと破られた。
窓が固いもので叩かれた音。音がした窓を見たセブルスは「あっ!」と声を上げる。そこには黒いキャップを被ったユキの頭がぴょこぴょこと見えていた。
どうやら自分に気づいてもらいたいとジャンプしているようだ。
驚きと喜びで(勿論セブルスは顔に出さないように努めた)窓を開けて下を見れば、ニッコリと人懐っこい笑みを浮かべてユキはセブルスを見上げる。しかし、ユキの顔は直ぐに険しくなった。セブルスの頬が赤く腫れていたからだ。
『誰かに叩かれたの?』
親友を害されたと思ったユキの目が鋭くなる。
「違う。殴られてなんかない」
『やり返した?』
「だから、叩かれてない」
お互いに譲らないと睨み合う二人。
折れたのはユキだった。
ユキは溜息を吐いた。
『言いたくないならいいよ。どいて』
ぶすーっとするユキは手を伸ばして窓枠に手をかけ、よじ登っていく。
「まだ僕は入っていいと言ってないぞ」
『入っていい?』
「今更だな」
セブルスはそう言いながらもユキを助けて自分の部屋に入れた。
「遊びに来た……のか?」
期待を込めながらセブルスが聞く。
『うん。お誘いに来た』
「誘い?」
『リリーの家でキャンプしようってことになったの。だから今から一緒にリリーの家に行こう』
セブルスはリリーの名前に知らずのうちにパッと顔を輝かせていた。だが、その笑顔も直ぐに萎んでしまう。
「両親が許さない」
『どっちも?』
「母親は僕を嫌いだし、父親は僕に無関心だ」
『じゃあ父親が狙い目だね』
ユキはよしよし、と頷いた。
『泊まりで友達の家に遊びに行ってくるってサラーっと言うの。疑問形を使っちゃダメ。サラーっと言うの』
「無茶だ」
『やってみないと分からない』
「……」
『叩いたのは父親?』
『違う。あの人は僕に手をあげないから。あと、僕は叩かれていない』
『それなら怖くないでしょう?聞くだけ聞いてみなよ。結果ダメだとしても、試みないよりいい』
「他人事だな。簡単に言わないでくれ」
だが確かに、とセブルスは思った。自分に無関心で母親に怒鳴り散らし手も上げる父親は怖いが、自分に手を出してくることは無かった。
セブルスに手を上げるのは母親の方。父親の癪に触れば自分も叩かれるのではないかと不安があったが、その恐れよりもキャンプに行きたいという気持ちの方が勝った。
淡い望みを抱きながらセブルスは頷く。
「……聞いてくる」
『サラーっとだよー』
勝手にベッドに座るユキに見送られてセブルスは父親の元へ向かった。
信じられない!
父親に背を向けたセブルスは嬉しさで顔が緩むのが止められなかった。
小走りになる足。
セブルスは自室に入る前に大きく息を吸い込んで、吐き出し、心を落ち着けて表情をいつもの顔に作り変えて中へと入った。
『どうだった?』
「行っていいそうだ」
『やったね!』
ユキは破顔して手を叩いた。
セブルスの父親はセブルスに興味なくテレビのサッカー中継を見ながら「行ってこい」と許可を下ろしたのだのだ。彼がちゃんとセブルスの話を聞いていたかは疑問だが、兎に角許可は下りた。
『これに荷物を詰めて。必要な物のメモを持ってきたよ。袋はこれ。リリーに借りた。母親に見つからないようにね』
セブルスはユキに渡されたメモを見ながら着替え、歯ブラシなどを詰めていく。ユキの言う通り、母親に見つからないようにしながら……。
「待たせたな。全部詰め終わった」
『じゃあ行こう』
ユキは窓枠から足を外に出した。
「玄関はこっちだ」
『あなたの母親に見つかったらややこしくなる。外泊を止めさせられてしまうよ。窓から出よう』
「……分かった」
ユキの言う通りだとセブルスは眉間に皺を寄せ、そしてユキに従うことにした。ユキは身軽に窓から地面に着地した。
『荷物』
「頼む」
ポスっとユキが着替えの入った袋をキャッチする。
『気をつけて』
少し高い窓辺からセブルスはえいっと飛び降りた。
ドンっ
足に鈍い痛みが響くのを感じたが、痛みは直ぐに消えた。
『リリーが待っているよ。行こう』
セブルスはユキについて、家の前の道路まで出た。工場排水の臭いのする貧民街はあまり治安が良いとは言えない。そんな街角に少女が佇んでいる様子は異質であった。リリーは不安げな顔をしながら居心地悪そうに辺りをキョロキョロしている。
『リリー!』
「ユキ!それにセブも良かった!」
安堵の表情のリリーの元へユキとセブルスが駆けていく。
「ユキったら心配したのよ。人の家へどしどし入っていくから。動かないでと言われていて、私、本当に、もう!どうしようかと!」
『セブを連れてこられたから良いじゃない』
「ご両親は泊まりに行ってもいいと言ってくれた?」
「父親がいいと」
「良かったわ!これで三人でキャンプが出来る!」
『楽しみっ。行こう!』
三人はキャンプについて話しながら歩き出す。キャンプ場所は近くの公園。リリーの話ではキャンプ場は広い敷地の森の中にある公園で川も流れているそうだ。
『「よろしくお願いします」』
リリーの父親の運転でユキたちはキャンプ場へ向かう。車内にはリリーの母親とリリーの妹のペチュニア、ペチュニアの友人の姿もある。
キャンプ場についたユキは目の前を流れる川が太陽の光に照らされてキラキラ光る様を見て心を煌めかせていた。
『ワクワクする』
「早速テントを張ろう」
リリーの父親に言われてユキ、セブルス、リリーの三人はテントを張り始める。慣れているリリーと父親が張り方を教えてくれた。地面にペグを打ち込み、ロープ掛ける。
「これで完成ね!」
ユキたちは今日の寝床を満足気に見上げた。まるで秘密基地が出来上がったようで夜への期待が高まる。
「遊びに行きましょうか」
『うん!』
三人は川へ行くことにした。浅くて流れの緩やかな川。
「魚が見えた」
『セブ、本当!?魚、魚……いた!わーいっ、魚だ!』
「捕まえたら食べられるかも。川に入ってみましょう」
靴と靴下を脱ぎ、ズボンの裾を捲って水に入る。水の心地よい冷たさに三人はほぅっと息を吐き出した。ザブザブと川を歩いていき、すいーっと自分たちの前を通り過ぎる魚に狙いを定める。
「えいっ。逃がしたわ」
リリーが残念そうに言う。
「動きが早いな」
セブルスの手も水の中を搔いただけだ。
しかし、野生味溢れるユキは違った。
『捕った!』
「「!?」」
両手で暴れる魚を押さえるユキの姿にセブルスとリリーは驚き顔だ。
「前世は野生の熊か何かか?」
『かもね』
ニヤリと笑うユキは岸へと戻って行って借りたバケツの中に魚を入れた。
だが、網も使わず素手での魚捕りは若干無謀だ。
「難しいわね」
リリーが額の汗を手の甲で拭う。
「動きが早いからな。ところで、ユキはどこに行った?」
二人がキョロキョロと周りを見渡すとユキは他のキャンプ客と話していた。ペコリとお礼を言ってセブルスとリリーの元へ走ってくる。
『魚を捕まえる簡単な罠の方法を教えてもらったよ。作ってみよう』
川の流れを
『一人1匹食べられるくらい捕れたら、捕ったー!』
ユキが目敏く足元にやってきた魚を捕獲する。銀光の魚が太陽の光を浴びて輝いた。ユキはとっても良い笑顔。
「「ぷっ」」
『?』
「「なんでもない(わ)((絶対前世は熊だな(ね)))」」
ユキは結局、川から上がる寸前でもう1匹魚を捕獲したのだった。
「少し木陰で休みなさい。クーラーボックスにアイスが入っているから食べるといい」
ユキたち三人はアイスキャンディーを貰い暑い日差しからテントの中に避難した。幸い風があるし、夏の苦しい暑さは感じられない。テントの中はほっと息がつける心地良さだ。
「冷たくて美味しいわ」
『初めて食べた』
「そうなのか?」
セブルスの問いにユキはコクリと頷く。
『冷たくて面白い。美味しい』
ユキは始めて体験する冷たくて甘い食べ物に顔を綻ばせる。
『記憶が無いから初めてが多い。記憶を失う前と今、二度も初めての喜びを体験できるなんて得した気分よね』
「私はユキのポジティブなところ好きよ」
「そうだな。だが、人の食べ物を狙う癖は改めろ。僕に向かって口を開くな!あげないぞっ」
『一口だけ!ソーダ味食べてみたいっ』
「わあ、来るな!」
セブルスの叫び声とリリーの笑い声が響くテント。その後セブルスたちは罠にかかった魚に歓声を上げ、ボール遊びをし、森の中を探検してみた。
日は暮れていき、夕食の準備が始まる。
マグル式でつけられた焚き火は赤々と燃えている。夕飯はバーベキューだった。賑やかなペチュニアの友人たちと優しいリリーの両親。
その様子をユキとセブルスは目を開いて見つめていた。温かな家族というものはこういうものなのかと、自分とは縁のないものを羨ましく、そしてしっかりと一線を置いて見つめていた。先に我に返ったセブルスはハッとしてユキを見た。
「……」
『どうしたの?』
セブルスの視線に気づいたユキが問う。
「別に何でもない」
セブルスは言葉を選べずにユキから目を逸らした。
二人が輪の中に入っていけずにいると、気がついたリリーが太陽のような笑顔でユキとセブルスの名前を呼ぶ。
「お肉焼けたわよ!」
『行くー!』
ユキはセブルスの手首を握った。
『行こう』
緊張した笑みを作るユキにセブルスは小さく笑みを向ける。セブルスはユキの気持ちが分かった。慣れないあの明るい世界の中に入って行くのが躊躇われ、そして少し怖いのだ。どう振舞えば良いのだろう?そんな心がユキから透けて見えたし、自分もそうだった。
セブルスは自分の手首を掴んでいるユキの手を離した。そして、改めて自分の手でユキの手首を掴んだ。
「行こう」
セブルスはユキの手を引っ張って明るく温かい輪の中に入っていった。
遠慮がちなユキとセブルスをリリーの両親は気づかい、言葉をかけてくれた。緊張も解れていき、焚き火を囲み、今は三人だけで話に花を咲かせている。
『ピンズ先生の私室に入ってみたいと思わない?』
「確かに興味あるわね。死んだ時のままなのかしら?」
「ゴーストは物に触れられないからな」
『教師の私室に潜入。腕がなるわね』
「僕は行くとは行っていないぞ。リリーもだ」
「セブが行くなら行こうかしら」
「えっ!?ええと……」
「アハハ。冗談よ」
『セブったらちょっと行く気になったでしょ。悪ーい』
「なってない!」
「ふふ。悪ーい」
「リリーまでやめてくれっ」
話しているとあっという間に時間が過ぎていく。寝る支度をして三人はテントに入った。テントの下は固くて寝にくいがそんなことは気にならなかった。
セブルスが真ん中で入口に近いところにユキ、奥がリリーだ。
『ねぇねぇ魔法を使って遊ぼうよ』
「未成年は家の中以外で魔法を使うことが禁じられている」
『テントの中なら家と同じだよ』
「最悪杖を折られるんだぞ?僕とリリーに危ない橋を渡らせないでくれ」
ユキがつまらないと片頬を膨らませているとリリーが楽しそうにニコリと笑ったのでユキとセブルスは目を瞬く。
「実は魔法界の絵本を手に入れたの。これなら法令違反にはならないでしょう」
リリーはリュックの中から1冊の絵本を取り出した。綺麗な金の箔押しが施され、花咲き乱れる森で動物たちが動いている表紙は見ているだけで心が踊る。セブルスの前に絵本を置いて両端のユキとリリーが覗き込む。
「セブ、本を開いて」
1ページ目は花畑だった。風が吹いているようで花畑は気持ちよさそうに揺れていて、穏やかな日差しが降り注いでいる。ページには文字が書いてあった。
"花畑を触るとあなたの1番好きな花が咲くでしょう"
「三人同時に触りましょうか」
リリーの提案にユキとセブルスは頷いた。
「せーのっ」
リリーの掛け声でページを触った三人は、あっ!と楽しげな声を上げた。ページに浮かんできた花は3本とも白百合だった。初めは閉じられていた蕾がゆっくりと開いて美しく咲いた。
「なんだか嬉しいわ」
リリーが照れくさそうに顔を赤らめて言う。
『リリーのことを考えながらページを触ったよ』
「困ったわね。そんなこと言われたらユキに惚れちゃいそう」
『きっとセブも私と同じだよ』
「っ!」
「そうなの?」
「な、え、僕は」
『次のページは何かな?』
ユキがざっくりと会話を終わらせたのでセブルスはホッとした。
次のページは森の中だった。動物が沢山いるが表紙のように動いてはいない。
"あなたの指が動物達に命を吹き込みます"
三人はそれぞれ動物をつついた。ぴょんぴょん跳ねる兎、美しいユニコーンが草を食み、ピンク色の小鳥が空を羽ばたく。三人は顔を見合わせて微笑み、クスクス笑い、優しい時間を過ごす。
「もう寝る時間だよ」
リリーの父親に声をかけられてランタンの灯りが消された。それでも三人は興奮していて暗い中でお喋りを楽しむ。ホグワーツの生活、魔法界のこと。
「パフスケインをペットに欲しいな」
リリーが可愛くて無害な魔法生物を頭に浮かべながら言った。
『でもあれ、寝ている間に飼い主の鼻くそを食べるのが好きなのよ』
「うぇっ。そうなの?」
「僕もニュート・スキャマンダーの本で読んだ」
「やっぱりペットはフクロウにするわ」
「僕もフクロウが欲しい」
『私は二ーズルがいい。番犬ならぬ番猫になるもの』
昼間たっぷり遊んだせいでだんだんと眠くなり、三人の口数は少なくなっていく。
二人とも寝たみたい。
ユキは真っ暗なテントの天井を見つめながらセブルスとリリーの寝息を聞いていた。大好きな二人と一緒に寝られるのが嬉しかった。虫の音を聴きながら幸せに浸る。
夜中過ぎ、ユキはグンと身を起こした。
「ごめん、起こしたみたいだな」
セブルスは自分と同時に身を起こしたユキに驚きながら言った。
『トイレ?』
「あぁ。行ってくる」
『私も行く』
「一人でいける」
『私も行きたいって意味。一人だと怖い』
嘘をついてユキはセブルスにくっついていった。セブルスと二人、ランタンの光を頼りに暗い夜道を歩くことにユキは喜びを感じていた。勇気を出してセブルスの服の端を掴んだその手は振り払われなかった。ユキは嬉しくなりながら歩いて行く。
トイレからの帰り道、再び頼るようにセブルスの服を掴み、セブルスしか見ていなかったユキはふと空を見上げた。
吸い込まれるような美しい夜空に気を取られていると、体幹の良いユキには珍しく、川岸の砂利で足を滑らせてしまった。咄嗟に掴んでいたセブルスの服を離した。
『あっ』
ドン
『痛っ』
石の上におしりをついたユキは顔を歪ませる。
「っ大丈夫か!?」
『このくらい平気だよ』
「肝心な時に手を離すなよな」
『巻き添えにしたら申し訳ないじゃない』
「ユキを支えられる力くらい持っているつもりだ」
小さい声でポソポソというセブルスの声は耳の良いユキにも届かなかった。
「手を貸す」
セブルスはランタンを石の地面に置き、ユキが立ち上がるのを助けてくれる。
痛みに眉を、心配して眉を寄せていたユキとセブルスの表情が変わっていく。
二人は目を見開いた。
ユキの目にもセブルスの目にも綺麗な星空が映し出されている。息を止めるセブルスにユキは微笑む。
『セブ』
「な、なんだ?」
『ありがとう』
「……うん。気をつけろよ。ほら、手」
繋がれた手と手。
『ありがとう!』
パっと輝く笑顔はどの星よりも明るい。
セブルスは甘やかな動悸に眠れない夜を過ごしたのだった。