第8章 動物たちの戦い
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17.ジェームズ・ポッター
―――ジェームズ、忠告させてくれ。君は時々迂闊なところがある。気を付けた方がいい
―――人を信じるところ。それは君の美徳だよ。でもね、時には人を疑う心を持たないと
リーマスが言ってくれた言葉を僕は聞き流してしまった。仲間を信じて疑わない心はピーターに裏切られた今でも持ち続けている。親友であるシリウスとリーマスは決して僕を裏切ることをしないだろうし、他の人だってそうだ。ユキ、不死鳥の騎士団のみんな、かつて顔を合わせれば呪いをかけあっていたスネイプでさえも今は裏切りはないと信じている。
しかし、これは後悔してもし切れない。
玄関のベルがなり、僕が警戒心なく扉を開けたせいで僕たち一家の幸せは消えたのだ。息子を助けて欲しいと訴えるリリーは殺され、ハリーは奇跡的に愛の護りにより助かったものの今も重責の中にいる。
僕がいけなかった。
僕はヴォルデモートに杖を抜くことさえできなかった。
僕の安易さがリリーを殺し、ハリーを苦しめている。
僕が、何もかも、僕が悪かったのだ。
こうして生き返ったのが嘘みたいで、僕は時々ヴォルデモートに殺されたあの瞬間を夢に見る。夜中に飛び起きては隣に寝ているリリーの寝息を確認し、娘のマリーがいるベビーベッドの中を覗き込む。
ハリーはちゃんと寝られているだろうか?
ヴォルデモートに比翼とされる存在だとされ、どれだけ恐ろしい事だろう。
全て、僕が悪い。
「うんぎゃああ」
元気な泣き声にハッと我に返り、顔を上げると天井の上ではパタパタと足音が聞こえている。マリーが起きてリリーが世話をしに動いているのだろう。僕はホグワーツの地図をクルクルとまるめて箱の中にしまい、鍵をかけ、階段を上がっていく。
子供部屋。リリーはマリーを抱っこして僕に微笑みかけてくれる。
「オムツをかえたところなの」
リリーの腕の中にいるマリーの顔を覗き込むと母親そっくりのエメラルドグリーンの瞳が僕をじっと見つめている。くしゃくしゃの癖っ毛は僕譲りで、将来「お父さんに似なきゃよかった」とか言われないだろうかと今から気にしている。そんなことを言われたら父さん大ダメージだ。
「抱っこさせてくれるかい?」
そっと腕に抱けばほにゃほにゃとしていて心許ない。力を入れれば壊れてしまいそうな様子だが、温かなこの体は確かに命の強さを持っていて、純粋な尊さに胸が感動で震える。
「ハリーの時もこうだった。新しい命に僕は感謝したんだ」
「あら。泣いているの?」
「幸せなんだよ」
リリーが僕の肩を抱きしめて、爪先立ちになって頬に口づけてくれる。
「私もよ」
「ハリーに会いたい」
「ジェームズの“会いたい”は本当に実行されるからいつも不安になるの」
眉をハの字にするリリーにひょうきんさを装って肩を竦めて見せる。
迂闊
僕にお似合いの言葉だ。
ヴォルデモートのことで心底反省しているはずなのに、僕の心はじっとしていることを良しとしない。
死者の国から戻って来て、ダンブルドア校長は僕に「大人しく隠れ家にいなさい」と言い渡した。初めのうちは言いつけを守っていたのに段々とその状態に嫌気が差してくる。
リーマスはマッド‐アイと共に不死鳥の騎士団の纏め役として皆を束ねていたし、シリウスは純血一族の説得やその他に死喰い人の捕縛を行っていた。不死鳥の騎士団の面々もそれぞれに重要な役割がある。リリーもユキに言われてフェリックス・フェリシス改良薬を調合していた。
一方の僕は家の中に缶詰で、自分が役立たずに思え、その生活に嫌気が差していた。
そんな僕は程なくして屋敷をそっと抜け出し、活動を始めた。
―――ジェームズ
―――リリー、ごめん。でも僕は……
―――いいの。分かっているのよ。でも、約束して。絶対に私のもとへ帰って来て
リリーは僕を分かってくれている。
不安な気持ちにさせてしまっているのは分かっているのに、僕は彼女の優しさに甘えてしまっているのだ。
ハリーのために少しでも役に立ちたい。
あの日以来、君を苦しめている償いがしたい。
リリーとハリー、マリーと共に幸せな生活をやり直すのだ。
僕の胸にはいつもその思いがある。
「ジェームズさん、ダンブルドア校長先生が呼んでいらっしゃるわ」
トンクスからニンファドーラ・ルーピンとなったドーラが大きなお腹をしてひょっこりと扉から顔を覗かせる。リリーにマリーを預け、ダンブルドア校長のいる部屋へと向かう。
「失礼します」
日当たりと風通しの良い部屋は今日も暖かな雰囲気を醸し出していた。窓から見える草原では秋の花が揺れ、甘い花の香りを風が部屋の中へと運んでくる。
キラキラとした日差しの中にダンブルドア校長はいて、ブルートパーズの目を日差しと同じくキラキラさせて僕を見ていた。
膝の上には開かれている本があり、読書中であったことが分かった。
「何の本を読んでいらっしゃるのですか?」
「幸せな物語じゃよ」
ダンブルドア校長はタイトルを答えずに茶目っ気のある顔でウインクをして見せる。
「少し肌寒くなってきましたね。窓を閉めましょう」
パタンと窓を閉めると、ダンブルドア校長は途中だった本をナイトテーブルに戻してロッキングチェアから立ち上がった。移動する彼の背中に手を添えて、ベッドに入ったダンブルドア校長に布団をかける。
ヘッドボードに背中を預けたダンブルドア校長は少し疲れた顔をしていた。
「元気になったといってもまだ病み上がりですから無理をしてはいけませんよ?」
「分かっておる、分かっておる」
「何か必要なものはありますか?飲み物は?」
「いや。先ほどドーラが温かいココアを持ってきてくれて飲んだところじゃ、ありがとう。さて、ジェームズ。儂は君に話があって呼んだ」
「はい、校長先生」
「儂はもう校長ではない」
「僕の中ではまだそうなんです」
ダンブルドア校長は僕の言葉に「仕方がないのう」と言うように笑ったが何も言わなかった。じっと僕を見つめるブルートパーズの瞳。
「頼みがある」
「何でも言って下さい」
「君に甦りの石を託したいと思う」
驚きでひゅっと息を吸い込んで喉が鳴った。
「いいのですか?」
慎重な囁くような声が僕の口から出る。
「よくよく考えたのじゃ。甦りの石を託すのに最も適した人物はジェームズ、君であるとのう」
「どうして僕なのかお聞きしても?」
「一番“死”について理解しておるからじゃよ。殺され、死の世界に行き、そして戻ってきた。我々の中で一番“死”について考えておるのは君じゃと思っている。違うかのう?」
「僕の心をお見通しですか?」
ダンブルドア校長は柔らかく笑って頷いた。この人には敵わない。
「ヴォルデモートは甦りの石を狙っておる。奴は死に打ち勝つ方法全てを手に入れようとしているからのう。じゃが、君は違う。甦りの石をただの貴重な石として扱うだろう」
「そうですね。僕はたとえリリーが死んだとしてもその石を使って死者を蘇らせたりはしないでしょう」
魂を死者の国から蘇らせたところで意味がない。死んだ者の魂は死者の国にあることで安寧を得られるのだ。
「大切に保管すると誓います」
「助かる」
「甦りの石はどこにあるのですか?」
「ホグワーツじゃ」
「ホグワーツ……校長室ですね」
「そうじゃ。儂の机の引き出しの中、木箱の中に入っておる。解錠の合言葉は“愛を持って生きよ”じゃ。そして甦りの石を持ってくるついでにもう一つ頼みごとをしたい」
「お受けしますよ」
「校長室にゴドリック・グリフィンドールの剣が飾っておる。それを組み分け帽子の中に入れて欲しい。そして代わりに偽物を校長室に飾って欲しいのじゃ」
ダンブルドア校長は偽物を外国で作らせてホッグズ・ヘッドのバーテンダーに預けていると言った。グリフィンドールの剣の本物と偽物を交換し、本物を組み分け帽子の中に隠して、棚にしまってある甦りの石を持って帰るのが僕の任務だと言った。
「お任せください。朝飯前ですよ」
「頼りにしておる」
「慎重にします」
「この二つのことじゃがセブルスにも伝えて欲しい。儂が死んでいるという事は忘れてはいかんぞ?」
「分かりました。うまいこと言っておきます」
「良かった良かった」
安心した声で微笑む僕の耳に聞こえるのはカタカタと秋の風で揺れる窓の音。疲れた様子のダンブルドア校長をベッドに入るように促すと、のそのそと校長先生は布団へと入っていった。
「すっかり歳をとったわい。だが、皆の幸せな顔を見るまでは死ぬに死ねん」
「長生きしてください」
「ジェームズ、頼むぞ」
「はい」
もう一度布団をなおして立ち上がり扉に向かった僕は呼び止められて後ろを振り向く。
「聞いていいかの?」
「何でしょう?」
「死の世界とはどういうものじゃ?」
「良い所ですよ。体の痛みはないし、病気もしません。穏やかな時間が永遠に続きますが……寂しさは感じます。僕たちは息子が皆に支えられながら頑張っている姿を見ていました」
「ハリーは孤独ではない」
「そうです。でも、親がいないことで沢山悲しんできました」
「戻って来られて良かったのう」
「はい、とても」
「……もう一つ聞きたいのじゃが……楽園にいる人間は誰もが誰もの人生を覗くことが出来るのかの?ほら、例えば―――儂にも秘密にしたいことがある」
「ハハハ。ご安心ください。僕たちも願ったもの全てを見られるわけではありません。プライバシーを丸覗きには出来ないんです」
「それを聞いて安心した」
ダンブルドア校長はニッコリと笑った。
「校長先生が秘密にしたい事ってなんですか?」
「大きいことから小さいことまで色々じゃ」
クスクスと笑うダンブルドア校長が瞳を閉じた。
「おやすみなさい」
「おやすみ。夕食までお昼寝じゃ」
そっと部屋を出た僕の胸に広がっていく喜び。
人に必要とされている喜びを感じるのは久しぶりだった。
ハリーの為に
リリーの為に
マリーの為に
平和な世の中を望むすべての人のために生きたいと願う。
僕は足取り軽くリリーとマリーがいる子供部屋へと歩いて行った。
***
ポリジュース薬で変身し、検知不可能拡大呪文のかけられた鞄を持って目指すのはホグズミード村。
「やあ、アバーフォース。景気はどうだい?」
眉を上げるだけの愛想のない店主であるアバーフォースにビールをもらい、バーカウンターに腰掛ける。
「お仲間はすでに来てる。奥に通しておいた」
「ありがとう、アバーフォース。さて、早速だが事前に連絡していた通りだ。例のものを頂けるかな?」
「鞄を。入れてこよう」
アバーフォースから返却された鞄には偽のグリフィンドールの剣が入っているだろう。彼に礼を言い、店の奥、柱の陰にいたリーマスに軽く手を振り、彼の前に立つ。
「忙しいのに悪いね」
「まずは自己紹介しよう」
「久しぶりだね。会えて嬉しいよ、ムーニー」
「僕もだ、プロングス」
僕とリーマスはニッと笑って向かい合って座った。
「急ぎだってハッフルパフ病院長の屋敷しもべ妖精から聞いたよ。どうしたんだい?」
「嬉しいことに任務を仰せつかったのさ」
「聞いても?」
「あぁ。僕が信じている人には話していいと言われたんだ。後で話すよ」
「ありがとう。それで、必要なのはシリウスへの連絡かい?」
「うん。宜しく頼む」
ホグワーツに入るには教員の手助けがいる。僕はホグワーツ城に入る時はいつもリーマスの助けを借りていた。リーマスとシリウスが親友同士だという事は死喰い人にも知られているから彼らが連絡を取り合っていても不自然ではない。
暴れ柳の下の秘密の抜け穴を使うことも出来るのだが、万が一に後をつけられてこの抜け穴がバレてしまった時のリスクを考えると軽率な行動は控えた方がいい。
リーマスが店の梟を借りて手紙をシリウスに送ってくれる。ビールを飲みながら時間を潰すこと一時間でシリウスがやってきてくれた。
「パッドフットだ」
「はじめまして、パッドフット。僕はプロングス」
「はじめまして、プロングス」
シリウスがニヤリと楽しそうに口角を上げた。
「ムーニー、怪しい奴はいないか?」
「あぁ。大丈夫だ。敵鏡を何度も確認している」とリーマスが机の下で敵鏡をチラリと動かした。
「リーマスも中に入る?」
「あぁ、ジェームズ。ユキに用事があってね」
「久しぶりに三人揃ったんだ。それぞれの用事が終わったら俺の部屋でお茶でもどうだ?」
「ありがとう、シリウス」
勘定を払って店を出て行く。ホグズミード村は他の魔法使いの町や村に比べると落ち着いている雰囲気を醸し出している。生徒が多く住むホグワーツ城を守ろうと闇払いたちが多数派遣されて警戒をしているからだ。
シリウスが鎖の巻き付いた門を杖で叩くとジャラジャラと音を立てて鎖は外れていき、重く鈍い音を響かせて正門が開く。しっかりと門は施錠され、歩いて行く僕たちは、充分に正門から距離をとってから辺りを見渡しホッと肩の力を抜いた。ここまでくれば周囲に気を配る必要はない。危ない奴らはカロー兄妹だけで生徒たちは無害だろう。
「で、今回来たのは何の用だ?」
「シリウス、そんな歓迎しないような言い方は酷いじゃないか」
「俺は大歓迎だぜ?だが、このホグワーツにはこわーい奴がいるからな」
「キメラのことだね」
「こらこら。ユキをそう言っちゃいけないよ」
「ん?どうしてユキの話をしていると思ったんだい?」
「リーマスがユキをキメラだと思っていたとは!後で本人に言っておかないとな」
「!?二人共嵌めたね!」
焦った顔を見てケタケタとシリウスと共に笑っていると、リーマスも笑いを堪えられなくなったのか噴き出して三人で声を上げて笑う。
横を不審気な顔つきの生徒たちが通り過ぎて行き、僕はその中にハリーがいないか注意深く見ていた。
「ハリーならクィディッチの練習をしている」
「そうか!任務が終わったら見学に行こう。あの子がキャプテンとしてリーダーシップを発揮している姿を見て見たい」
「ハリーも喜ぶと思うよ。さて、僕はここを左だ。取り敢えず集合はクィディッチ競技場でいいかい?」とリーマス。
「ジェー、プロングス。手伝いはいるか?」
「いや。僕一人で行く。ありがとう、シリウス」
「じゃあ、俺は一旦部屋に戻ることにする。クィディッチ競技場で落ち合おう」
僕たちはそれぞれ別の方向へと歩いて行く。
休日の今日。秋の穏やかな日差しの中に生徒たちはいて、皆それぞれの場所で寛いだ様子を見せていた。中庭が人気スポットなのは昔と変わらずで、芝生に寝転んで本を読んだり宿題をしている姿も見受けられる。
歩いていると、ふとある少年に目が留まった。見たことのある顔立ちについついジッと見つめてしまっていると彼と目が合ってしまう。
「ん……?ええと、僕に何か御用ですか?」
何か分からない鉢植えを手に持っている少年が不思議そうに僕を見つめる。その瞳を見ているうちに僕はある夫婦の顔を思い出した。
「ネビル・ロングボトム」
「何故僕の名前を知っているのですか?」
「隣に座っても?」
「はい」
不思議そうな顔から警戒心を持った顔になるネビルに安心させるように微笑みかけ、僕は鉢植えに視線を移した。
「それは何の魔法植物?」
「スナーガラフです」
節くれだった植物についている蔓は棘で覆われていて、ピクピク小さく動いており、今にもこちらを攻撃したそうにしている。学生の頃、薬草学ではふざけてばっかりいたっけ。記憶が蘇り口元に微笑が浮かぶ。
「あの……」
「ごめん、ネビル。僕はジェームズ・ポッターだ」
「ハリーのお父さん!?驚きました。ハリーに会いに来たんですか?」
「今日は不死鳥の騎士団の任務だよ」
「そうでしたか」
納得した顔を見せたネビルの顔が一瞬かげる。彼の心中を僕は察した。生き返った僕たち夫婦と聖マンゴ病院で息子が分からないほどに心を病んでしまった両親。僕の両親も元に……と思うのは無理はないだろう。
「随分と大きくなったね」
「僕の子供の頃を知っているのですか?」
「ロングボトム家に遊びに行ったことがある。赤ちゃんの頃のハリーにも会ったことがあるんだよ」
「知りませんでした!あの……」
「ん?」
「僕の両親とは仲が良かったんですか?」
「勿論さ。ロングボトム夫婦とは時々夕食を共にしていた。大きなお腹をしていたアリスが優しい顔でお腹を擦って、フランクが幸せそうな顔をしていたのを覚えているよ」
僕の顔を見ながらも遠いどこかを見つめるネビルの目にあるのは憧れ。
「Mr.ポッター」
「ジェームズでいいよ」
「では、ジェームズさん。時間がありましたら少しだけ、僕の両親の話をして頂けませんか?」
彼がめい一杯愛されている話をしよう。
僕は彼の期待に応えたくって、ロングボトム夫妻との思い出をネビルに話して聞かせた。
「お引止めして申し訳ありません」
「いいんだ。僕も楽しかったよ。勉強を頑張って」
ネビルと別れて歩き出す。
校長室のある廊下には誰もいなかった。
覚えてきた合言葉を言うと対のガーゴイル像はぴょんと両脇に飛びのく。動く階段に乗って上まで来て扉を開くとそこは校長室。
歴代の校長たちはぐっすり眠り込んでいるか留守にしていて誰も僕の侵入を咎めたりしない。魔法具がたくさん並んだ机。瓶の一つからはポッポポッポと湯気が飛び出している。その横を通り過ぎて奥へと向かうと校長の机の横、椅子の上にボロボロの組み分け帽子が置いてあった。
「凄いな」
壁にかかっているグリフィンドールの剣を見上げる。輝く銀の刀身にルビーの装飾が散りばめられた美しい剣は力強く、品があり、圧倒されるオーラがあった。
「ハリーはこれでバジリスクという大蛇をやっつけたのか」
若き日のヴォルデモートが操った大蛇をハリーはこの剣を使って倒したと聞いた。それを思い出して息子が誇らしくなる。
丁重に扱ってグリフィンドールの剣を壁から外し、代わりにレプリカを飾る。寝ている組み分け帽子をひっくり返してグリフィンドールの剣を入れていけばスルスルと剣は飲み込まれていった。
「アクシオ、グリフィンドールの剣」
帽子の中に向かって唱えても何も起こらない。組み分け帽子の中に飲み込まれたグリフィンドールの剣は真のグリフィンドール生だけが取り出すことが出来る。そう、僕の息子のような!
にっこりとした僕が次に向かうのは校長の机で、引き出しを開けると言われていた通りに木箱が入っていた。
「愛を持って生きよ」
杖を木箱に向けて合言葉を言うとパカリと蓋は開き、中には黒いひし形の石が入っていた。ただの宝石のように思えるが、亡くなった人を想う人が見ると、その死者が見え、吸い寄せられると聞いている。
巾着袋の中に入れてそれを首から下げ、僕の校長室での任務は終了だ。
ユキの声が脳内で聞こえ『長居は良くない』と言っている。あちこちに置いてある興味深い品に触れられないことを残念に思いながら校長室を出て行き、目指す先は―――
「貴様は誰だ」
ハッと見れば数メートル先にいる男がこちらに杖を突きつけて立っていた。
「マスター!」
「……」
スネイプが僕の横を通り過ぎようとしたのでガっと腕を掴まえる。
「水臭いじゃないか、マスター」
「その汚い手を離せ、ポッター」
「おっと。ホグワーツで僕の名前を呼ばないでくれ」
ビッと腕を振られて手を振りほどかれた僕を睨みつけるスネイプ。おお、怖い。
「……任務か?まさか遊びになどと抜かしはしないだろうな?」
「今回は任務だよ」
「そうか。では失礼する」
「ちょおおおっと待ってくれ。そんなに急いで行くことはないじゃないか。少ーしお話しないか?」
「誰がお前などとっ」
「もちろん任務のことだよ」
「早くいえ。ついて来い」
前を歩いているスネイプの翻るマントを後ろから引っ張ればどうなるだろうか?やってみたい気もしたが、怒らせて呪いの掛け合いになんかなったら『任務中にふざけるなどと何事だ!』と誰かさんに怒られる気がしてやめた。僕も大人になったものだ。
「どこに行くんだい?」
「我輩の私室だ」
「拷問室へ続く廊下じゃないか」
階段を下りて向かった先は地下牢教室がある廊下を突きあたって右に曲がった先にある部屋だった。そこは昔々に拷問室に使われていたといういわくつきのある部屋で、僕たちも学生の頃に入ったことがあるがその噂は本当のようで色々な拷問器具がそのままに残されていた記憶がある。
「入れ」
部屋の中は悪趣味――ではなかった。黒を基調とした部屋だが冷たさはなく、所々に差し入れられている紫や緑がアクセントとなり品よく纏められている。
「へえ。いい部屋だね」
「そこに座れ」
「紅茶とクッキーでいいよ」
「お前に淹れてやる茶などない。要件を言ってとっとと帰れ」
「冷たいなぁ。パンツを見た仲じゃない―――」
杖先が僕に向いた。
「冗談だって。話すよ」
両手を上げながらダンブルドア校長にもらった任務のことを話し出す。この任務は「儂が死んだら受け継いでほしい」と言われた任務だという事にしておいた。
グリフィンドールの剣、甦りの石の件。この二つの任務は後に鍵となってくるような気がしたが、今はそれが何なのかは分からない。多分ダンブルドア校長に聞いても教えてくれないだろう。本人も分からないのではないか……?そんな気がする。
全てを話し終えるとスネイプは立ち上がり杖を振って扉を開けた。
「帰れ」
「もちろん帰るさ。息子に会ってからね」
「寄り道せずに真っ直ぐ帰宅しろ。ここにはカロー兄妹がいるのだぞ」
「この姿で見つかるはずがない」
「その傲慢さがリリーを死に追いやったのではないかね?」
「ッ!」
突然突かれた胸の痛い場所。
腹立たしい顔をするスネイプに言い返せないでいた僕は、振られた杖にハッとして身を捩った。目の前を通過していく紫色の閃光。
バーン
弾けた閃光の先にいたのはカロー兄妹の兄、アミカス・カローの姿だった。
「スネイプ、そいつはジェームズ・ポッターだな。よくおびき寄せた。こちらに渡せ」
「ポッター?何のことかな?」
とぼけて見せる僕にアミカス・カローはせせら笑う。
「校内で堂々と話し込む部外者。告げ口があった」
「この馬鹿が」
吐き捨てるようにスネイプが言う。
「すまない」
「ここでお前を渡すわけにはいかない。アミカス・カローを倒すしかない」
「兄さん!」
そこに走り込んできたのは妹のアレクト・カローで僕を確認した彼女はニタリと嫌な笑みを浮かべる。
「獲物が自ら罠に飛び込んでくるとは愚かだねぇ」
バン
バーン
一斉にして杖が振られ、閃光が部屋を満たした。
光線が飛び交い、部屋にある本が吹き飛び、テーブルが破壊され、置いてあったフォトフレームがガンッと音を立てて床に落ちた。
さすがは兄妹と言うべきか二人は息が合っていて隙がない。
「スネイプ!裏切るつもりか!?」
アレクト・カローが叫んだ。
傲慢
迂闊
なんと僕に似合いの言葉だろう―――
「オブリビエイト」
記憶修復呪文は自分がやると譲らず、部屋の片づけも手を出すなと言われた僕は黙ってスネイプのやることを眺めていた。
「手際がいいね。記憶修復呪文は得意かい?」
「……貴様。少しは反省の色を見せたらどうかね?それとも貴様は反省を知らない三歩歩けば全て忘れる鶏か何かか?お前ほどオブリビエイトのし甲斐がない人間はいない」
「反省……しているんだよ」
僕は倒れていた一人掛けのソファーを元に戻して座った。
スネイプが凶悪な顔をしたが気にしないで話を続けよう。
「さっき君が言った通りなんだ。リリーが死んだのは僕のせい。ハリーが今も苦しんでいるのも僕のせいなんだ」
「フン。理解していたとは驚きだな」
「僕は迂闊で傲慢だ。今だって甦りの石を危険に晒した」
「校長がお前にこのような大事な任務を与えたとは信じられん」
「疑うなら墓場を掘り返して聞いてみたらどうだい?」
不謹慎なことを言う僕を睨みつけるスネイプはクリスタルのフォトフレームが欠けていないか確認してから棚に戻した。写真立ての中では普段より柔らかな顔をしているスネイプと幸せそうにニコニコしているユキが動いている。
この幸せそうな時間はユキがベールの向こうへ飛んでいったことで突如として消えたのだ。もしかしたらこちらの世にユキもシリウスも戻って来られなかったかもしれない。
いつ消えるかも分からない命。せめて慎重に生きなければと思うのに、僕は迂闊な行動を繰り返す。
『セブーーって、なにこれ』
部屋に入って来たのはユキで目を丸くして入り口付近に倒れているカロー兄妹を見たが、直ぐに楽しそうな顔に変わりずかずかと二人の体を踏みながらこちらへとやってきた。
『死んでいるの?』
「生きている」
『あら、残念』
スネイプの答えにユキは肩を竦め、そして僕に視線を移した。
『何用かしら?ジェームズ・ポッター』
「さすがユキだね。僕が誰か分かるんだ」
『任務じゃなかったらこの場でぶっ飛ばすわ』
「任務だよ。ちょっとしくじってしまったけどね……」
『無事でよかったわ』
「もう二度と、迂闊な行動はしないと誓うよ。とても大事なものを預かったんだ」
『私も話を聞ける?』
「あぁ。安全な場所に行ったらリーマス、シリウスと一緒に聞かせるよ」
『ありがとう。リーマスとシリウスはどこに?』
「クィディッチ競技場で待ち合わせになっている」
『今日はグリフィンドールチームが練習しているわね。見に行ったらハリーが喜ぶわ』
「……」
『どうしたの?』
「あ……いやー、その。やっぱりクィディッチ競技場に行くのはやめようかと思ってさ……」
「賢明ですな」
『確かにね』
スネイプが鼻を鳴らし、ユキが苦笑い。僕も力なく笑う。
「ユキ、スネイプ、カロー兄妹の後始末を頼んでもいいかい?」
『私の影分身にやらせる。ジェームズ、送るわ』
美しい秋晴れ。
来た時と同じように生徒たちは思い思いに休日を楽しんでいる。
「ユキ?」
斜め前を歩いていたユキにぼんやりとついて歩いていた僕は行き先が正門でない事に気が付く。
『クィディッチ競技場に行こう』
「だけど……」
『ハリーが喜ぶもの』
「迂闊なことは出来ない」
『迂闊。確かにジェームズは迂闊な人間だよね』
「僕の……僕のせいでリリーを死なせ、ハリーが辛い目にあっている」
『どういうこと?』
「知っているだろう?警戒心なしに扉を開けたことによりヴォルデモートに僕は殺されたんだ。杖を抜くことさえできなかった……もし、杖を抜くことが出来ていたらリリーたちを逃がす時間くらいは稼げていたかもしれないのに……ユキ?」
ユキの顔は今にも倒れそうなほど真っ青になっていた。
「気分が悪いのかい?取り敢えず、座ろう」
『いいの。大丈夫よ。歩きましょう。その方がいいの』
ザクザクと前を歩くユキの背中。
気分が悪いというより、何かを恐れているような様子に思えた。
何か悪い思い出でもあるのだろうか?魔法界に来る前はかなり過酷な場所にいたと聞いたことがある。
『ジェームズ』
暫し黙って歩いていると、ぽつりと名前が呼ばれる。
『決して、あなたたちが死んでハリーが苦しんでいるのはジェームズのせいじゃない』
絞り出す声は悲痛。
『殺した方が悪いんだよ。殺される方が悪いだなんてあるはずがない。確かに場合による時もあるけれど……ジェームズたちの事に関してはヴォルデモートが悪だ』
「だけど」
『だけども糞もないんだ!』
ピタリと立ち止まったユキはギュッと拳を握りしめていた。後姿を見ているから表情は分からないが、強い恐怖が伝わって来た。
「ユキ、大丈夫かい?」
『……大きな声を出してごめんなさい……クィディッチ競技場へ急ぎましょう。もう直ぐ練習が終わる時刻になってしまう』
競技場に着くとリーマスとシリウスが観客席に座って談笑しながら空を見上げていた。シリウスの隣に座った僕の横にはユキが座る。チラリと見るとまだ顔は青いものの微笑の表情を浮かべていた。
『見て。ハリーがこちらに気づいたみたい』
ユキの言葉に目線を上げるとビューンと箒を飛ばしたハリーがこちらへと飛んできた。その飛びっぷりは良く、僕たちの前に降り立った箒さばきは無駄がなく見事の一言。
「父さん!」
「息子よ、元気そうだね。二人から聞いていたのかい?」
「うん。待っていたんだよ、父さん。もう直ぐ練習が終わる時間だ。間に合ってよかった」
「遅くなってすまない。ちょっとしたハプニングがあってね。練習を見せてくれるかい?キャプテン」
そう言うと、ハリーは照れ臭そうに表情を崩して再び空へと飛んでいった。
「ハリーの嬉しそうな顔を見ているとこちらまで嬉しくなるな」
「シリウス、涙ぐんでいるよ」
リーマスが優しく笑い、シリウスが涙を堪えるように上を向く。
抜けるような青い空を自由に飛び回るハリーたちを見ていると、横から名前を呼ばれた。
『ジェームズは確かに迂闊よ。でもね、それは直すとして、他はそのままでいて欲しい』
僕に視線を向けず空を見つめながらユキは続ける。
『空を飛ぶ鳥のように自由で、悪戯心があって、大胆。そんなジェームズが私は好きなの。あなたみたいな人の存在が私には必要なのよ』
「ユキは今、何を考えているのかな?」
そう問うと、ユキはゆるゆると首を横に振った。
ユキの普段とは違う様子に気が付いたリーマスとシリウスも僕たちの会話に耳を傾けている。聞こえてくるのは選手たちの声だけ。形容し難い雰囲気に、僕はユキの過去を想像する。
きっと、いっぱいいっぱい辛い思いをしてきた友人の手助けがしたい。
僕に出来ることは何だろう?
「分かった」
こちらに視線を向けたユキに満面の笑みを向ける。
迂闊
胸にある甦りの石に服の上から触れる。
リリーを、ハリーを、みんなから僕は手を離さない。
迂闊な行動はしない。でも、僕らしい大胆さは捨てないでおこう。
それが、僕が僕自身であることが、誰かの助けになるのだと言われたから。
迂闊
大胆
それは紙一重