第8章 動物たちの戦い
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16.罰則
新学期早々から良くない話を耳にしていた。教師たちは全員カロー兄弟に厳しい目を向けている。
『これは大問題です、ミネルバ』
私は最近の状況についてミネルバの自室で憤っていた。
カロー兄弟はとんでもない授業を行っているらしかった。
マグル学の教授となった妹のアレクト・カローは予想以上の横暴さを持って純血主義の授業を行っていた。
一番上の位にいるのが自分たち純血の魔法使いで次は半純血の魔法使い、その下のマグル生まれの魔法使いの人権などないような言い方で、マグルに対してなど汚らわしい虫けら等の暴言を授業中に吐いていたらしい。
これに感化されてしまったある半純血の魔法使いの生徒がマグル出身の生徒に差別的な言葉と共に呪いを放ったとして先日問題になったばかりだ。
純血主義思想がマグル学から押し付けられ、暴力が闇の魔術に対する防衛術の授業で振るわれている。
カロー兄妹の兄、アミカス・カローの純血主義に我慢できなくなった生徒が口答えした時に、奴はその生徒に対して罰として磔の呪文を使ったそうだ。マグル学でも同じようになる日は遠くないだろう。
勇気を持ってカロー兄妹に抗議する生徒は授業中に堂々と、又は後で研究室に呼ばれて陰湿に痛めつけられる……。私たち教師が黙っているはずがない。副校長であるミネルバを中心に再三の口頭注意を行っているが彼らは改める気などなさそうだ。
『あいつら消していいですか?』
「ユキ、事は簡単でないことはあなたも分かっているはずよ」
『はい……』
荒くしていた息を無理矢理深呼吸して落ち着かせた私はブリキ缶の中からジンジャークッキーを取り出して口の中に放り込んだ。優しいミネルバはジンジャークッキーを無断で食べられたことを怒りもせず私に黙って紅茶を出してくれる。
「カローを抑え込む策を早急に考えねばなりません。私とてこれ以上、生徒たちが傷つけられるのを黙って見ていたくはないですからね」
『体罰は禁止されています。副校長権限で停職にしてはいかがですか?奴らが授業に出られない間は私かシリウス、セブで授業を回すことが出来ます』
「やってみる価値はあるでしょう。次の職員会議で提案してみてちょうだい」
『先生方は私の意見に賛成して下さるでしょうか?』
「ホグワーツの先生方は皆さん生徒思いの正義感の強い教師ばかりです。しかしながら、外に家族や親戚がいるでしょうから目をつけられたくはない気持ちもあるでしょう……」
生徒たちも大事だろうが自分の家族や親戚の命を危険に晒すことになると考えると先生たちも身動きが取れなくなってしまうだろう。
暗い気持ちになっていると何やら外が騒がしいことに気が付いた。
ミネルバと一緒に外へ出て行き、手摺から身を乗り出して下を見ると、階段途中で言い争いが行われていた。
そこにいたのはアミカス・カローと数段下がったところにフィルチさんがいてグリフィンドールの三年生を背に庇うようにして立っている。
「今この生徒に何をした!」
「教師の権限で生意気なこの女子生徒に仕置きをしただけだ」
フィルチさんの後ろで震えている女子生徒は右頬を押さえていてアミカス・カローに何かされたのは明らかだった。
「ホグワーツの校則では体罰は禁じられている。課すことのできる罰則は書き取りや薬草の仕分けなどに限られている!」
「それはそれは知らなかったな」
アミカス・カローは馬鹿にしたように鼻で笑いへらへら両手を広げ、フィルチさんはその態度に怒り心頭と言った様子。足元ではミセス・ノリスがシャーッと威嚇の鳴き声を上げた。
『ミネルバ、この騒ぎ大きくなりそうです。反対側に回りましょう』
「そうね」
私たちがいるのはグリフィンドール塔の階段。フィルチさんたちがいるのは空間を挟んだ反対側の壁際だ。切れやすいアミカス・カローがフィルチさんに杖を振れば危険だ。横目で様子を確認しながら急いで階段を駆け下りて行く。
生徒たちが騒ぎに気が付き徐々に集まりだしていた。
「おい、フィルチが杖を抜いたぞ」
「アミカス・カロー相手にやる気かよ」
『そこ、道を開けなさい』
今や誰もがシンと静まって成り行きを見守っていたのでフィルチさんとアミカス・カローの会話は良く耳に届いていた。言い合いをしているニ人。フィルチさんは学校の校則を守れと繰り返し、アミカス・カローは初めはへらへらしていたものの、繰り返し言われる度に苛々した態度に変わっていく。
「その校則は時代遅れになるんだ、フィルチ。もうすぐ校則は変わる。手始めに“生意気なガキへの躾けは厳しく”“マグル生まれは追い出されて然るべき”それから“恥ずべきスクイブはキメラの餌になれ”ってのが追加される」
「儂はもうスクイブではない!たとえスクイブだとしても貴様らに侮辱される筋合いはないッ」
「そうか?お前はよーく分かっているはずだぞ。スクイブだったお前を周りの奴らはどう扱ってきた?家族は?親戚は?ホグワーツの生徒だってお前を馬鹿にしてきたのではないか?」
「確かにな。確かに馬鹿にされてきた。だが、儂はそうされたからといって同じようにやり返そうとは思わん。儂がすることはホグワーツの管理人として校則を生徒に、そして教師にも守らせることだ!」
わっと歓声が起こった。フィルチさんに大きな拍手が送られる。
『フィルチさんが杖を振るなら援護します』
「馬鹿おっしゃい!相手を追い詰め過ぎてはなりません。ここは私に任せてちょうだい」
ミネルバが私を追い越していき、フィルチさんの横へと並んだ。
「アミカス・カロー教授、フィルチさん、何かあったのですか?」
「このカロー兄弟の兄の方が女子生徒に罰則として頬をぶったのですよ」
『見せてちょうだい』
私に助けを求めるように視線を移した女子生徒に頷くと、そろそろと頬に当てていた手を離した。そこは真っ赤に腫れあがっていて強い力で叩かれたことが分かる。
『貴様「ユキ、直ぐにこの生徒を医務室に連れて行って頂戴」
気持ちが収まらなくて口を開こうとしたがミネルバに目で制される。
「アミカス・カロー教授、副校長としてお話があります。宜しいかしら?」
「構いませんよ?」
嫌なニタニタ笑いのアミカス・カロー。一言言ってやりたいがグッと我慢。カッとなりやすくて直ぐに拳で解決したがる私よりもここはミネルバに任せるのが一番だと分かっている。
『行こう』
女子生徒に声をかけて階段を下りて行く時にミネルバと視線が合うと、大丈夫だと言うように頷いてくれる。何かあってもミネルバ・マクゴナガルがアミカス・カローに対して杖で負けるようなことはない。
そう思いながら女子生徒を医務室に送り届けると大激怒のマダム・ポンフリーの姿があった。
「よくもまあ!」
顔を真っ赤にして目に涙を浮かべているマダム・ポンフリーの前にあるベッドの上ではネビルが横たわっている。
『マダム・ポンフリー、ネビルはどうしたのですか?』
足早にベッドに近づく。体を丸めて横向きになっているネビルの様子はどう見てもおかしい。真っ青になりガタガタと震えている。
「ネビル・ロングボトムはアレクト・カローに磔の呪文を使われたのですよ」
『それは本当ですか!?』
「それもかなり長い時間を使われたようです。担がれるようにしてポッターたちが運んできてくれました」
マダム・ポンフリーの視線の先を追うと、真っ白な顔をしているハリーたちいつもの四人組の姿があった。ロンだけがぐったりとした様子で椅子に座っていて、ハーマイオニーに背中を撫でられている。
「ネビルを庇おうとしたロンも磔の呪文を受けたんです」
私の視線に気が付いて栞ちゃんが言った。
『酷すぎる……』
ついにアレクト・カローも体罰を開始したようだ。
「先ほどから安らぎの水薬をMr.ロングボトムに飲ませようとしているのですが拒否しているのです。意識を失うのが怖いのでしょう」
『では、私の幻影の術で良い幻を見せるのも逆効果かもしれませんね』
「そうですね。今はそっとしておく他ないでしょう」
『ロンはどうする?気を送りましょうか?少しは気分が良くなるかもしれないけど……』
「僕も大丈夫です。僕は、短い時間だけだったから」
頬を叩かれた女子生徒をお願いしてハリーたち四人と一緒に医務室を出る。先ほどまで争っていたフィルチさんとアミカス・カローの姿はなく、私たちは夕食に向かう生徒たちの波に乗って大広間へと歩いて行く。
『あいつらを教師だと私は認めないわよ』
「どうにか出来ないんですか?」
ハリーにゆるゆると首を振る。
『あいつらの替えはきくから取り除いたところで無駄なのよ』
「では、このままやられっぱなしということですか?」
ロンの背中に手をあてながら歩いているハーマイオニーが目に涙の膜を張って言う。
『教師で話し合っている。どうにかしなければど思っている……ごめんね……具体的な解決策を提示できなくて情けないわ』
「魔法界はどこもおかしくなっているってパパが言ってた。ホグワーツは頑張っている方だよ、うん。先生たちも無理し過ぎないで下さい」
『優しいのね、ロン』
「栞が心配だ……」
呟くハリーに首を傾げると、栞ちゃんは夕食後にアミカス・カローの罰則があり闇の魔術に対する防衛術の教室に行くことになっていると言った。
「何をされるか分からない。栞は授業中にかなり強くアミカス・カローに抗議したんです」
「ハリーったら心配し過ぎよ。殺されやしないんだから」
『栞ちゃん、心配だわ。罰則時間についていく』
「嬉しいですけど、さすがに無理だと思います」
「ご心配ありがとうございます」と微笑み頭を下げる栞ちゃんにこれ以上の申し出は出来なかった。基本的に、授業中に起こった出来事への対処はその担当教員か所属寮の寮監に委ねられることになっており、手を出すことは越権行為だ。
カロー兄妹に校則を守らせるには私たちも今ある校則を守らなければならない。
でも、罰則が終わる頃に様子を見に行きましょう。
私はこの話を聞いたら心配するだろうシリウスにも声をかけようと決めながらハリーたちと別れ、職員テーブルへと歩いて行ったのだった。
「で、何でお前までいんだ?」
私、シリウス、そしてセブは闇の魔術に対する防衛術の教室がある廊下の角でたむろしていた。周りに防音呪文をして私とシリウスがカロー兄妹を口汚く罵っているのをセブが黙って聞いている格好である。
七時から始まった罰則はもうすぐ生徒が出歩いてはいけない九時になろうとしている。いい加減終わるのが遅すぎないかと思い始めてきた頃、ようやく軋んだ扉の音が耳に届く。
「栞!」
廊下の角から顔を出したシリウスが飛び出して走って行く。
『栞ちゃん!』
闇の魔術に対する防衛術の扉を閉めた栞ちゃんはフラフラしていて今にも頭から倒れて行きそう。そんな栞ちゃんをシリウスはグルンと抱きかかえた。
「へ?シリウス先生?」
「大丈夫か?」
「ありがとうございます。ちょっと大変でしたけど、大丈夫です。抱っこなんて大袈裟ですよ」
にへらと笑う栞ちゃんだがその笑顔にはいつものような太陽のような明るさはなく、今にも気を失いそうな様子だった。
「あいつに何をされたんだ?」
「ははは」
「笑ってごまかすな」
シリウスが咎めるように、気遣うように栞ちゃんを見た。
チラと横にいるセブを見ると、何か言いたそうに苛々しているが空気を読んでいるらしくいつものように「生徒に馴れ馴れしくするなッ」とは言わずにじっと我慢している様子。
『医務室へ行く?』
「いいえ。でも、ちょっと外の空気が吸いたいです」
『うん。ハリーたちが心配しているでしょうから影分身を送って連絡しておくわね』
「ありがとうございます」
シリウスに抱きかかえられた栞ちゃんに続いて階段を下りていく。
すっかり秋になったイギリス。風は冷たく吹き、木の葉を運んで足元をクルクルと回りながら通り過ぎていく。秋の花の香りが鼻腔に届き、私はそれを大きく吸い込んだ。
シリウスはだだっ広い芝生の上に栞ちゃんを下ろした。途端に糸の切れたマリオネットのように芝生の上に仰向けに栞ちゃんは倒れる。
「っ大丈夫か!?」
「師匠、シリウス先生、手、握ってくれませんか?」
そっとシリウスが栞ちゃんの手を握るとそれが恐怖を解いたらしく栞ちゃんはシクシクと泣き出した。
「何があった?」
慎重にシリウスが聞くと、震える唇を栞ちゃんが開く。
「箱に入れられたんです」
『箱?』
「はい。真っ暗で狭い箱です。私がぴったり入るくらいの箱。真っ暗で、音が聞こえなくて、ずっとずっと、ずっとずっとずっと。初めは耐えられたけど、段々、私、私……」
「あの卑怯者ッ」
セブが小さい声で、でも吐き捨てるように言った。
体は痛めつけられなかったものの精神的な苦痛は相当なものだったと想像できる。音もなく視界は闇。時間の感覚も狂わされる。ニ時間箱に閉じ込められた時間は永遠にさえ感じられただろう。
地面に倒れている栞ちゃんは震えながら横向きになって泣き、自分が本当にここにいるのか確かめるように芝生を掌で叩いている。シリウスは怒りと悲しみで顔を歪ませながら栞ちゃんの背中を撫で続けている。
『セブ、ここはシリウスに任せて行きましょう』
「……」
『私たちに出来ることはないわ。大勢でいるより、師匠のシリウスに寄り添ってもらっていた方がいいでしょう。さあ』
迷った様子のセブだったが私に促されて眉間に立て皺を刻みながらもついて来てきた。
ホグワーツ城を見上げる。
荘厳なこの城はワクワクとドキドキでいっぱいだったはずなのに、今は苦痛、嘆き悲しみで満たされてしまっている。私の大好きなこの城がこんなにも変わってしまうなんて……。
セブと別れ、部屋へと戻ってきた私はある時のリリーの言葉が思い浮かんだ。
何で今まで思いつかなかったのだろう?とっても素敵な考え。
カロー兄妹を黙らせる方法、あるじゃないか。
苦しみに苦しませる方法が、ある
私はその様子を想像し、1人悦に浸って微笑んでいたのだった。
職員会議、毎回重い空気に包まれる中、カロー兄妹だけがいつものニタニタ笑いで並んで腰かけていた。
ミネルバがいくつか行事についての説明をし、意見交換が終わった。今年もハロウィンとクリスマス・パーティーは開かれる予定。少しでも城を明るくしたいというのが私たち教師の希望だ。
「これで私からは以上ですが何か発言したい方はいらっしゃいますか?」
手を挙げて指名され、口を開く。
『回りくどい事は苦手なので名指しさせて頂きます。アミカス・カロー教授、アレクト・カロー教授、生徒に授業中及び罰則で体罰を与えているそうですね。違いますか?』
「だからなんだ?」
『っ』
事も無げに言われたアミカス・カローの言葉に絶句する。この男は生徒に暴力を振るっているのを何とも思っていない様子。いや、この男は生徒を痛めつけるのを楽しんでいる。頭が熱くなっていくのを感じながらも冷静に、と自分に言い聞かせ、一つ呼吸をして気持ちを整える。
『ホグワーツでの生徒に対する罰則は書き取りや薬草の仕分けなどに限られていて、体罰などはもっての外です』
「そういやぁフィルチがそんなこと言っていたな」
「私もお話致しました。そしてあなたは分かったと言ったはずですが?」
ミネルバが眼鏡の下の目を鋭くさせながら言う。一瞬だけ、アミカス・カローが恐ろし気に顔を歪めたような気がしたが直ぐに馬鹿にした態度に戻る。
「マクゴナガル教授、俺はその時に言いましたよね?もうすぐ闇の帝王がホグワーツを掌握なさり、校則がガラリと変わると。我々がこのようにしているのはあの方のご命令だと皆さんご存じないので?」
ピリッとした緊張が職員室に走った。カロー兄妹に視線を向けられた先生方の殆どは視線を逸らし、心苦しさから顔を歪めたが、幾人かの先生方はカロー兄妹を睨みつけていた。シリウスなどは噛みつかんばかりに身を乗り出している。
『まだ、というか永遠に、ヴォルデモートの糞野郎がこのホグワーツに足を踏み入れることはない』
今度息を飲んだのはカロー兄妹の方だった。真っ青になって表情を凍り付かせて信じられない恐怖を目前にしているように私に視線を向けている。
「や、闇の帝王に、なんと、恐れ多い」
声を震わせるアレクト・カローを放っておいて私は先生方に視線を向けた。
『私は、カロー教授たちを停職にすべきだと考えています』
私の発言に反応したのはシリウスだけで力強い一つの拍手だけが職員室に響いていた。一番に反応したのはセブだった。
「停職……校長がいない今、停職を決められるのは副校長を含めた理事会だけだ」
『えぇ。カロー兄妹を理事会の会議にかけてもらう。それは職員会議で決められるはずよ。そうですよね、ミネルバ』
「その通りです」
「停職?本気で俺たちを停職できると思っているのか?」
私のヴォルデモートの糞野郎呼びから立ち直ったアミカス・カローが言った。
「理事会は誰の味方だろうな?」
「アミカス・カロー、理事会は今のところ誰の味方でもない」
「チッ」
アミカスはセブの言葉に悔しそうに舌打ちした。
「兄さん、時間の問題さ」
余裕ぶるようにアレクト・カローが深くソファーに腰かけて足を組んだ。
「私たちの事を理事会にかけたいならかけるといい」
『ご本人たちから許可を得られるなんて思ってもみなかったわ。ミネルバ、多数決を取る必要はありませんね?』
「ありません。では、明日からの闇の魔術に対する防衛術とマグル学の授業は代理の先生を立てることに致します」
「「!?!?」」
「その顔はどうしたのですか?理事会の会議にかけられるということは、審議の結果が出るまで停職扱いになるのは当然でしょう」
「マクゴナガル……貴様ッ」
怒ったケルベロスのように醜悪な顔で睨むアミカス・カローだが、ミネルバは毅然として言い放つ。
「審議の結果が出るまでの間、あなた方がホグワーツにいることは認めましょう。ですが、生徒に口出し、手出しする権利はありません。もし見つけた場合はそれなりの対応をさせて頂きます。宜しいですね?」
「こんなことをしてタダで済むと思っているのか!?」
「あなた方のご主人様はあなた方が停職となったら何と言うでしょうね?」
「「っ!」」
「私室にお戻り下さい。そして波風立てずにお静かに審議の結果が出るのをお待ち下さいますようお願い申し上げますわ」
何か言い返そうとしている様子だったが、ニ人とも言葉が出てこないらしく、床を蹴るようにして立ち上がり、カロー兄妹は職員室から出て行った。
ほっと空気が緩んでミネルバが解散を告げる。
私とシリウス、セブは職員室に残された。
『「もちろんです」』
「まだ何も言っていませんよ」
可笑しそうにミネルバが笑う。
「闇の魔術に対する防衛術の代理教師を俺たちに任せたいって話ですよね?」
「そうです。お願い出来ますか?」
『はい!と言いたいところですけど、私、マグル学は成績が良くなくて……』
「それは俺に任せろ。マグルのバイクを買って改造したことがあるくらいだ。マグルの文化には昔から関心を向けていた」
「純血ブラック家のシリウス先生が正しいマグル学を教えることは生徒たちに大きな良い影響を及ぼしてくれるでしょう」
『闇の魔術に対する防衛術はセブのお得意ね。だって去年は専任の先生だったのだもの』
「今年は魔法薬学の授業を半分しか持っていない。時間的にも余裕があります」
『私は闇の魔術に対する防衛術だったら教壇に立てます。それから、シリウスの忍術学での授業負担を減らしましょう』
「あなたたちがいてくれて助かりますよ」
「こんな時ですから団結しなくては」
『ミネルバ、気を付けて下さいね。さっきのでカロー兄妹はミネルバに強い憤りを感じていたわ。何かされたらと思うと……私の影分身を護衛につけましょうか?』
「あら、見くびってもらっては困るわ。自分の身は自分で守れますよ」
ニッコリと笑ったミネルバの笑みはどこか黒い。大丈夫だろうか、カロー兄妹が。どうなってもいいのだが……。
『わかりました。でも、もしカロー兄妹に何かされたら、もしくはミネルバでなくとも生徒たちに何かしたら私は私の考えを実行に移します』
「考え?」
また碌でもなさそうなという顔をするセブにニンマリ笑顔を返しておく。とっておきの作戦は、カロー兄妹を恐怖の闇に落とすことが出来ると考えられる。
「その方法とは?」
ミネルバに首を横に振る。
『秘密です、ミネルバ』
「無茶はしないように。そして実行するにしても事前にセブルスに相談するように」
『はい』
機嫌よく職員室を出て行く。
紫色の蝶は舞う
ヒラヒラとヒラヒラと
***
カロー兄妹が教壇に立つことが出来なくなったというニュースは一夜にしてホグワーツ中を駆け巡った。どこから情報が漏れたかというと、私とシリウスが言いふらして回ったからだ。
「一時的とはいえ清々するわ」
「このまま戻って来なければいいのに」
「ほんとよね」
忍術学の教室。私の前で堂々とカロー兄妹の悪口を言っているのは蓮ちゃんたち仲良し三人娘で守りの護符をここで制作させてほしいと言って教室に残っているものの、お喋りに興じている。
コロコロと話題が変わり、コロコロと表情が変わる。そんな彼女たちを見ているのは面白い。明日の授業準備をしながら私は蓮ちゃんたちの話を聞いていた。
「蓮、最近あの人とはどうなの?」
興味津々に聞かれて蓮ちゃんはポッと頬を赤く染めあげる。あの人というのはクィリナスのことで間違いないだろう。少女たちの恋の話に私も興味津々。
「私のことを」
「「うんうん」」
「可愛いって言ってくれたのおおおおおお!!」
「「きゃーっ!!!」」
クィリナスが「可愛い」って言った?
それってどんな気持ちを込めた可愛いなのかしら?もっと知りたくてうずうずしているのは私だけではないらしく、話は進んでいく。
「この前は手を繋いでくれたの」
「「手を?」」
キョトンとした友人ニ人に対して蓮ちゃんは慌てた様子で正門の柵越しに手を繋いだのだと素早く言った。話の内容から察するに、蓮ちゃんはクィリナスと長期休みには会っているが、普段は文通をしていると言っているらしかった。
「柵越しに愛を囁き合うだなんてロマンティックじゃない?」
「まだ愛を囁き合うまでいっていないわよ。もちろん私は愛しているって伝えているけど……」
「でもでも、手を繋いでくれるまで仲が縮まったってことでしょう?随分進展したじゃない!」
「そう思う?」
「「思う思う!」」
慎重な行動を心がけているクィリナスが手を繋ぐという行為をするということは、私が思っていた以上に彼らの仲は進展しているのではないかと思う。このままうまくいって欲しいと考えていると、扉がノックされてセブが顔を覗かせた。
「「「こんにちは」」」
セブは驚いた顔をして蓮ちゃんたち三人を見た。前校長であるダンブルドアを殺していると噂されるセブを生徒たちは恐れて避けているからだ。
「出直した方がいいか?」
『いいえ。ここは影分身で十分よ。あなたたち、夕食の時間までに終わらせたかったらお喋りはほどほどにして守りの護符作りを始めなさいね』
「「「はい、ユキ先生」」」
キャッキャと楽し気な声を聞きながらセブと共に研究室に入るとセブは黒い鞄を開き、杖を振って羊皮紙の束を取り出しながら視線を蓮ちゃんたちがいる教室へと続く扉の方へと向けた。
「生徒たちの明るい顔が見え始めて安心している」
『勉強にクラブ活動に、恋。青春ね』
「学生は学業に専念すべきだ」
『恋はいらない?学生の時、私たちの心が通い合った瞬間があったのを覚えていない?』
「……覚えている」
『あのトキメキはキラキラしていたなぁ』
机の上に広げられたのは闇の魔術に対する防衛術の授業カリキュラムだった。
「去年我輩が使っていたものを持ってきた」
『ベースがあると助かるわ。ないと思うけど、アミカス・カローからの引継ぎはないわよね?』
「ない。あっても使いたいと思うかね」
『ないわ』
「ユキには下級生の授業を主に担当して欲しい。それから――――
何かあっては困るので授業を行う時は必ず本体がその場にいるようにしている。ニ人の教員が減って、それを三人で穴埋めする。それぞれ受け持ちの仕事もある中でなかなかの負担だが、生徒たちの事を思うと私は嬉しかった。アミカス・カローよりも私の方がずっと良い教員であることは間違いないのだから。
いつまで停職が続くか分からないから(永遠に戻って来なくていいのだが)カリキュラムは年度末まで組んでおく。ベースがあるとはいえ授業内容も決めなくてはならないから大変な作業。
「本体、生徒たちが守りの護符のチェックを行って欲しいって」
途中、蓮ちゃんたちの守りの護符の出来を確認したり、休憩にセブのお茶を飲んだりして息抜きをしながら作業を進め、気が付けば十時過ぎ。私のお腹がキュルルと鳴る。
「これでいいであろう。細かい箇所はその都度確認し合おう。分からない事が出てきたら聞いてくれ」
『うん。宜しくお願いします』
「夕食を食べ逃したな」
『影分身に夕食を作るように命令するのを忘れていたわ。厨房には何も残っていないかしら?』
「ユキの部屋のキッチンにリンゴがあった」
『また丸かじり?嫌よ』
「君の国には兵糧丸というものが」
『あんな味気ないもの絶対に嫌。厨房に行ってみましょう。きっと何かしらあると思うわ』
バキバキ体を鳴らして伸びをしながら暗い廊下を歩いて行く。厨房には残念ながら屋敷しもべ妖精一人もいなかった。勝手にキッチンと食材を借りてサンドウィッチを作っているとセブが私の横に並ぶ。
『手伝ってくれるの?』
「料理は得意とはいえない」
『でも食べるのは好きでしょう?オムライス、エビフライ、ハンバーグ……ふふ。セブって結構お子様舌よね』
恥ずかしそうに顔を歪めるセブをクスクスと笑う。
「ユキの料理は美味し過ぎる」
『美味しいに過ぎることはないわ』
「前にフリットウィックに太ったと言われたことがあった」
『それを言うなら健康的になった、でしょ?』
「年も年だ。運動をしても脂肪が落ちにくくなっていく」
『運動するイメージないけど』
「イメージ通りだ」
『でも、食べるのをやめたくないでしょう?私の料理、美味しいものね?』
「どうにか出来ないか?」
『元魔法薬学の教授にお聞きします。どうにかなる魔法薬はないの?』
「いまのところ詐欺まがいの商品しか流通していないし、今後も開発は難しいだろう」
『ならば簡単よ。美味しく食べて、ぷくぷく太ったらいいの。ふっくらしたお腹をパクリと噛むのは楽しそうよ』
自分のお腹を摘まんで見せるセブを笑いながら私たちは席へと着いた。ツナサンドウィッチとベーコンレタス卵のサンドウィッチ。紅茶はセブが淹れてくれて私たちは簡単な夕食を済ませた。
「ユキ、前の職員会議の後でカロー兄妹をどうにかする考えがあると言っていたな」
『えぇ』
「聞かせてくれ」
私はセブにニッコリと笑いかけた。
『あいつらが最も恐れるものは何だと思う?』
「恐れるもの……闇の帝王か?」
『いいえ。恐れているでしょうけど、違う。私が言いたいのはね』
口をセブの耳に寄せ、そっと囁く。『魔力が消えたらどう思うかしら?』と。目を大きくさせたセブはゾっとしたような表情を浮かべた。
『あいつらにとって一番の残酷はこれでしょう?』
「確かにそうだな……」
『気も狂わんばかりに嘆き喚くあいつらの顔を見たい』
純血を尊び、それを誇りに思っているカロー兄妹。自分たちの体から魔力が消えて、蔑んできたマグルと同じ体になったらどう思うだろう?絶望に叫び、打ちひしがれ、耐えきれなくなり、そして最後には―――
『生徒が傷つけられた。私は許さない』
「……そうだな」
『固い表情ね。残酷だと思う?』
「いや、ユキの気持ちは分かる」
『でも、引いちゃってる』
「我輩もその方法が効果的だと思っている。だが、微弱に魔力を残しておくべきだろう」
『ピーター・ペティグリューのように?』
「そうだ。カロー兄妹がいなくなれば新しい死喰い人が投入されるだけだからな」
『そうね。そうする。あぁ、早くそうしたい。復讐は蜜の味よ』
「そうする時は立ち会わせてくれ。独りでやるなよ。いいな?」
『分かったわ……セブ。ねえ、引いた?』
「いや」
『本当のことを言って』
「悪い事ではない」
『悪い事ではない?』
セブは手を伸ばし、私の頬に触れた。
「負の感情を表に出すことはいいことだ。そして、それをコントロールしていく術を身につけることが大事だ。ユキは今それが出来ている」
『セブ』
セブの肩に頭を預けると体に腕を回してくれる。
残忍なこの感情はいつからあったものだろうか?
ふと、そんなことを考えた。