第8章 動物たちの戦い
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
13.アパタイトの指輪
職員会議が終わり、解散となって私はセブの方へと歩み寄った。先生方がセブに向ける目は厳しい。確かに、フリットウィック教授、スプラウト教授など一部の先生方はセブに何か訳があると思っていてくれる。だが、懐疑的な先生や誤解してしまっている先生もいる。仕方がない事だが胸が痛い。
態度には表さないがスラグホーン教授はセブを良く思ってはおらず、避けて、必要最低限な会話しかしない。新年度からセブは魔法薬学の助教授となる。元寮監の態度にセブは私の前でだけ少し傷ついているような素振りを見せていたので慰めた。しかし、素直でない彼はプイと顔を背けてしまった。
いつも味方でいる。私はこの言葉を何度も繰り返しセブに言っている。生徒たちが戻ってくれば針の筵にいるような気分になるだろう。ただでさえ精神が削られる任務をしているのに生徒からも嫌われるとなると辛い。
『部屋に戻ってお昼を食べましょう』
見上げるとセブが小さく微笑んだ。ニ人で職員室から出て行こうとすると視線に気が付く。が、面倒くさいので無視して通り過ぎようとしたのだが、行く手を塞がれてしまう。
「いつも仲が宜しいことで」
カロー兄弟の妹、アレクト・カローが下卑た笑いを浮かべて私を見下ろしていた。ちなみにシリウスは私たちの様子を見て加勢に来てくれようとしてくれる素振りを見せたのだがミネルバに引っ張られるようにして職員室から連れ出されていく。その方が良い。シリウスはいつでもカロー兄弟とドンパチを始めたいのだ。
「スネイプ、この女をしっかりと捕まえておくんだよ。我が君への献上物だ。大事に大事に扱ってもらわなくちゃ困る」
ニタニタ笑いが鼻につく。
しかし、言い返したら負けだ。
『アレクト・カロー。そこをどけ』
「人にものを言う態度が悪いねぇ。ちゃあんとお願いしな」
「アレクト、噂ではコイツは獣に変身できる。マグル生まれにも劣る野蛮な獣には無理な要求だ」
会話に入って来たのはアレクトの兄、アミカス・カロー。このカローの双子はよく私たちに絡んで来て苛々させてくる。
「スネイプ、よくもこんな獣臭い女と付き合う気になるな」
「アミカス、仮にもユキは我が君が望まれている女だ。随分と良い度胸がおありで」
「っ!」
「我が君が雪野を欲するのは戦力として価値を見出しているからだ。人狼部隊と同じ扱いさ」
焦るアミカスを見てサッと妹が口を出した。
『助け合う兄妹の姿を見ていると心温まるわね』
カロー兄弟を押しやって無理矢理に前へと進む。廊下に出た私たちはズンズンと私の自室に向かって歩いて行っていた。ああ!イライラする!
「ユキ、あいつらの言葉に影響されるな」
『そう思おうとしているのだけど、ムカムカするのよ。この前はリーマスを侮辱された。セブだってどっちつかずの裏切り者だって言われたでしょう?仮にも仲間に対してかける言葉かしら?』
「カローは純血主義者だ。純血以外の者を下に見ている。更に言えば闇の帝王に信頼を置かれている半純血の我輩が憎らしいのであろう」
『そうね。セブは優秀。対してカロー兄弟の頭はあまり宜しくないようね。あいつらの成績表見たら酷かった』
「成績表?」
『どんな人物か知るために色々調べたのよ』
「相変わらず恐ろしい女だ。だが、しかし、魔法の腕はある。奴らはいつも残酷な方法で任務をこなしている」
『生徒たちが心配だわ……』
「ポッターたちはホグワーツに戻ることになった。ただでは済まないだろう」
『教師の権限を使われて何をされるか分からない。虐待が行われるようなら、全力で止めるつもりよ』
部屋についてキッチンに入る。下ごしらえしておいたパスタソースを杖を振って出し、鍋に入った水を沸騰したお湯に変えてパスタを投入し、タイマーをかけてキッチンからリビングに顔を覗かせた。
『セブ、本当にヴォルデモートはハリー達に手を出さないのね?』
「相応しい時に殺すと会合で宣言された。これを取り消すことはないであろう」
『馬鹿な男。自惚れ者に勝機なしよ』
料理が出来たのでフワフワと浮かせてテーブルに着地させる。今日はバジルソースのパスタと飲み物はお手製のレモネード。くるくるとフォークにパスタを絡ませながら話すのはフラーとビルの結婚式のことだ。
『素敵な式になるでしょうね』
「ユキは出席するのか?」
『えぇ。純粋にお祝いしたい気持ちもあるけれど、ハリーが出席するからには警護にいかないとね』
「この時期に大人数が集まる結婚式を行うなど正気の沙汰とは思えませんな」
『このような時代だからこそなのかもよ?』
「ポッターたちは変装させるのか?まさかそのままの姿というわけにはいかぬであろう」
『えぇ。みんな変化の術が使えるから適当な姿に変身するわ』
「忍術は便利だな」
『セブも学んでみる?』
「影分身の術などはいいな。自分がもう一人増えれば仕事が捗る。平和な時代が来たら是非教えてくれ」
『了解。ただし、私は厳しいわよ?』
「明るくで柔和な雪野教授は上級生の授業では鬼教官になる。合同授業の時の君の姿を見て、このような厳しい一面もあるのかと驚いた」
『上級生になると危険な授業も多いもの。魔法薬学もそうでしょ?実験は一歩間違うと爆発が起こって巻き込まれれば死ぬことだってある。だからセブは生徒に厳しくしていた。セブって誤解されやすいのよね』
「誤解されようと構わない」
『私には?』
セブがジトッとした目で私を見るのでクスクス笑ってしまう。
『いつもあなたの味方よ。授業の悩みも話してね』
「授業さえきちんと受けてくれさえいれば我輩は何とも思わん」
『助教授ということはスラグホーン教授と授業を分けるの?』
「あぁ。そういうことになる。我輩は下級生の担当だ」
『配置ミスってかんじ』
「何か言ったか?」
『いいえ。スラグホーン教授は優秀な生徒を見極めて自分の手の中に入れたいのね。下級生はまだ将来性が見えにくいもの』
「スラグホーン教授は既にスラグクラブの準備をしているようだ」
『ああいう我が道を行くところ、好きよ』
「そうだな」
お皿を片付けて杖を振れば皿は勝手に洗われる。セブは実験室に入っていて、さっそく実験を始めていた。もう直ぐナギニに噛まれた時に内服する魔法薬を完成させることが出来ると思う。
Mr.ニュート・スキャマンダーからもらったナギニに似た毒を持つ蛇の毒は強力で、傷口を閉じさせない作用があり、これはアーサーさんが噛まれた時と同じ症状が出る毒だった。きっと、今回貰った毒を持つ蛇とナギニは同種類だと思われる。
ほぼ完成されている魔法薬。血液を固まらせる力が少々強く、今度は固まらせる力を弱くする過程に入っていた。
黒い長袖と黒いズボンに着替えた私はセブの横に立つ。
「抜けるような空色になるまで混ぜてくれ」
『うん』
単純な作業だが魔法でやるわけにはいかない。魔法薬の調合というのは繊細なもの。一定の速度で
『なあに?』
「盛大な結婚式をお望みか?」
『私達の?』
「そうだ」
『セブが嫌ならニ人だけでもいいわ。でも、ミネルバは呼びたい。母のように慕っているの。ベールダウンをしてもらう約束よ』
「生前、ダンブルドアは自分はユキの父親だと騒いでいたな」
『懐かしいわね。バージンロードを一緒に歩くと言っていた』
「……すまない」
『謝る必要ない』
だってダンブルドアは生きていると言えたらどんなにいいか。
『セブは参列者が多いのは嫌?』
「あまり人数が多いのは好ましくない」
『!?では、小規模なら結婚式を開いていいのね!』
「君が望むなら」
『嬉しい!結婚式のケーキが実現しそうだわ。リリーとトンクスにブライズメイドを頼むの』
「喜んで引き受けてくれるだろう」
『みんなに祝福されての結婚式かぁ。素敵だろうな。結婚式が終わったらニ人で新婚生活よ。陰気なあの家で愛に溢れた生活が始まるの』
「あの陰気な家に住むつもりかね?」
セブが“陰気な”と強調して言った。
『どういうこと?では、私の家?』
「君の家はクィレルと住んでいたであろう。そんな場所で新生活を始めたくない」
『意外と気にするタイプなのね』
「気にしない方がどうかと思うが」
『それで、セブの実家で暮らさないならどうするの?どこかに家を借りる?』
「治安が良く、自然豊かなところに家を買うのもいいだろう」
『私……貯金頑張っているわ』
「我輩が十分持っている」
『どのくらい?』
「相変わらずオブラートに包まずに聞くな」
『ごめん』
「郊外に家一軒を買えるだけはある」
『今だって屋敷しもべ妖精を買える余裕があるものね。さすがセブ。やりくり上手』
「君はどうなのだ?」
『ミネルバにつけるように言われている家計簿見る?毎月チェックしてもらっているの』
「母親以上だな。マクゴナガルに感謝しろ」
セブに撹拌を代わってもらってベッドルームに入って箪笥の中から家計簿を引っ張り出してきてセブに手渡すとセブの目が大きく開かれた。
「こんなにあったのか」
撹拌している私の横でセブは吃驚している様子。
『でも3分の1になってしまったのよ。3分の1は過去に行った時のホグワーツの学費、もう3分の1はこちらに来て散財してしまった……』
「散財……この家計簿から計算すると大層な金額だぞ」
『食費と通販と珍しい薬材に魔法具、本などなど』
「はああ。マクゴナガルが心配するわけだ」
『何度でもお願いする。結婚したら私のお金を管理してくれるでしょう?』
「断る」
『でもでも、将来に備えたいのよ。もし……その……子供が出来るなら、沢山欲しい』
「沢山とは」
『クィディッチの試合ができるだけ!』
「……賑やかな家庭になりそうだな」
薄く微笑むセブは私の考えに賛成してくれているようだ。パアァと自分の顔が明るくなっていくのが分かる。撹拌を続けているので抱きつけないが、かわりにニッコリとセブに微笑む。私とセブが審判になって試合をしている子供たちを見る。なんて素敵なのだろう。
セブと結婚したらきっと素敵なことがいっぱい起こる!
『抜けるような空色になったわ』
それには、生き抜かなくては。
「次の工程に移ろう」
その日は朝方まで実験をして、私たちは先を争うように寝支度をしてベッドに倒れ込んだのだった。
***
ビルとフラーの結婚式がやってきた。私は早めに隠れ穴に行ってモリーさんのお手伝いをしている。影分身を最大限に出して料理のお手伝い。
外は快晴。
「素敵なお召し物ですね、ユキ先生」
『ありがとう、ジニー。セブに見立ててもらったのよ』
本当にセブに見てもらってよかった。結婚式ならおめでたい衣装がいいとキラキラしたピンクのスパンコールとフラミンゴのような羽が混じっているロングワンピースを着ていたら「君はマーメイドの鱗にでもなりたいのかね?」と言われてしまった。良く分からなかったが、彼の顔から私が失敗したと分かった。今はモスグリーンの膝下ワンピース。
『シリウス、ジェームズは来ないでしょうね』
私と同じく警護に来ているシリウスに話しかけるとニヤリ笑いを返される。
「さあな」
『なんですって?』
「俺たちはいつだっていつも通りだ」
『あなたたちったら!』
「そこのおニ人、お客様たちの到着ですよ」
モリーさんに咎められた目で見られた私たちが口を噤んだのと同じくらいに丘の端からアーサーさんとデラクール夫妻とフラーの妹のガブリエルが現れた。
この隠れ穴は不死鳥の騎士団と私が安全対策の呪文を幾重にも施していた。歩いてくる以外にここに辿り着くのは不可能だと思われる。
モリーさんに着き従い、デラクール一家を含めて結婚式の最終確認が行われることになった。
果樹園の巨大な白いテントが結婚式場。
テントの入り口からは紫色の絨毯が伸び、その両側には金色の華奢な椅子が何列にも並んでいる。テントの支柱は白と金色の花が巻き付けられていた。
誓いをする台には束になった風船が飾られている。
いつかこの場所に立ちたいな。私は想いを強くしながらウキウキとチェックを続けていく。
『さあ、ハリーたち四人はそろそろ変化の術で変身してちょうだい』
ポンポンポンポンと白煙が上がり、変身したハリーたちを見てデラクール一家が「素晴らしい!」と手を叩いてくれる。
青い空、白い雲、緑色の芝生に愉し気に飛ぶ蝶々。なんと良い日和だろう。
結婚式の一時間前にウェイターとバンドマンが到着し、招待客たちも徐々に姿を現わし始めた。魔女の帽子は珍しい花や羽で飾られ、魔法使いのネクタイは宝石で輝いているものが多い。
興奮したざわめきが大きくなるにつれて私とシリウスの緊張も高まってくる。
「見回ろう」
『そうね』
招待客は色々な人が来ていた。魔法省の関係者、美しいお嬢さんたちはヴィーラの血を引いているのではないかしら?それからウィーズリー家の近くに住んでいるというルーナのお父さんにも挨拶した。
『ルーナは来ていないのですか?』
「あの子はこちらのお宅のチャーミングな庭小人と遊んでいますよ。私も先ほど少しばかり観察しましたが、大変素晴らしい悪態のつき方をする!」
『そう、ですか』
ザ・クィブラーの編集長だというゼノフィリウス・ラブグッドさんは少し変わっているが、各雑誌がヴォルデモート関連の話題に口を噤んでいる中、真実を伝えようと頑張ってくれている。ラブグッドさんはとても勇敢な人だと思う。
「ユキ先生」
『セドリック』
「お久しぶりです」
『元気そうね』
礼儀正しくお辞儀するセドリックは魔法省の魔法ゲーム・スポーツ部に勤めている。反ヴォルデモート派で風当たりの強さを感じながらも仲間を増やそうと頑張ってくれているのだ。
「素敵なドレスですね」
『ありがとう。セブのセレクトなの』
「仲が宜しいのですね」
『うん!えっと……お隣の方を紹介して頂いても?』
何故だろう。
「同じ魔法ゲーム・スポーツ部に勤めている同僚のシモンズ・クリスティーです。シモンズ、こちらはホグワーツ忍術学教授のユキ・雪野教授です」
「はじめまして、雪野教授。お会いできて光栄です」
『はじめまして』
ゾワゾワする。
そして、大体この勘は当たるものだ。
『ニ人はビルとフラーどちらの知り合いなの?』
「ビルです。バーで話すきっかけがあって、それから仲良くなり結婚式に招待してもらったんです」
『Mr.クリスティーも同じかしら?』
「はい。三人でよく飲みに行きます。とは言っても、最近は閉まっている店が多いですから前のようにはいきませんが……」
気を付けて見ておこう。
『どうぞお席へ。そろそろ始まるわ』
ハグリッドが彼のために用意された強化拡大椅子に座らずに普通の椅子五脚まとめて腰かけたために椅子が粉々に砕けたハプニングや、男性たちがヴィーラの血を引くフラーの従姉妹を口説き始めたのでそれを引き剥がしたり。
シリウスに私がゾワゾワした男性について伝えることが出来たのは式が始まるギリギリだった。
「ユキの勘はいい。気をつけて見ておこう」
『うん。他の不死鳥の騎士団団員にも伝えておくのはやり過ぎよね』
「俺の影分身を監視につけさせておこう」
『お願いするわ。ありがとう。んんん??』
私の目についたのは会場に急ぎ足でやってきたリーマスと知らない誰か―――絶対ジェームズよ!あれは!違いない!証拠はないがリーマスがニコニコしていて、シリウスがニヤニヤしているからジェームズに違いない。
いつもいつも無茶ばかり。何度も注意しているのだがやめる気配のないジェームズに何を言っても無駄なのは分かっているのだが、それでもリリーのために注意すべきだ。怒りの炎を背負って歩いて行く私にペカーっとした太陽のような明るいジェームズの笑みが向けられる。
「はじめまして、ユキ先生」
『どなたか存じ上げませんが、帰りなさいっ』
「え~~~出会い頭に酷いなぁ。これでもちゃんとビルに招待されたんだ」
『イギリスで一番有名で命を狙われているあなたを?信じられないわ』
「これが証拠さ」
ジェームズがローブのポケットから出したのは正真正銘の結婚式の招待状で私は二の句が継げなくなってしまう。ぐううう。
「僕を追い返すことは出来ないだろう?そういうわけで結婚式を楽しませてもらうよ」
『ちょっとっ』
ジェームズがスキップしそうな足取りで大勢の人混みの中へ歩き出したので止めようとしたのだが、リーマスが私の肩に手を置き、止められてしまった。
「ユキ、心配しなくても大丈夫だよ。今日の主役はビルとフラーだ。誰もジェームズのことは気にしないさ」
『ちょっと嫌な気配がする人物がいるのよ』
「嫌な気配?」
『ただの私の勘なんだけどね……。シリウスが監視をつけてくれている。何もないといいんだけど……』
「つつがなく結婚式が終わって欲しい。気を緩めず内にも外にも注意を向けておこう」
『そうね、シリウス』
招待客にはビクトール・クラムもいて久しぶりの彼と話したり、怪しげな人がいないか見て回ったりしていると挙式の時間になった。
式は最高に素晴らしいものだった。純白のドレスに身を包んだフラーは美しく、バージンロードを歩いてくる彼女を迎えるビルの顔はキラキラしていた。幸せいっぱいの空間に胸が震え、周りの人はポロポロ涙を零したり、鼻を啜ったりする音が聞こえてくる。
二人の頭上に杖が掲げられ、銀色の星が降り注ぎ、抱き合っている二人を、螺旋を描きながら取り巻いた。それはそれは美しい光景。
「「おっめでとーーーー!!!」」
元気なウィーズリーの双子の声で大きな拍手が沸き上がる。風船が弾けて紙吹雪が飛び出し、金色の鳥がテントの中を飛び回った。
魔法で椅子が片付けられ、ダンスフロアが現れた。
バンドの演奏が賑やかに始まった。初めにフラーとビルが踊りだし、続いて招待客たちも踊りだす。
「ユキ、一曲どうだい?」
『ジェーム……今日はなんて呼べばいいのかしら?』
「Mr.でいいよ。仮の名前をつけるほどでもないさ。それで、踊る?踊らない??」
『私はダンスが上手じゃないのよ。三大魔法学校対抗試合ではワルツだったから踊れたけど……速いテンポの曲は踊れない』
「ノリで踊れるよ。さあ!」
ジェームズに手を引っ張られてダンスフロアへと導かれる。困った。その場のノリに乗るのは苦手だし、リズム感も良くない。でも、心配いらなかった。私の手を取ったジェームズはクルリと私を一回転させる。
『わあっ』
「その調子、その調子!」
クルリ、タンタタン
楽しそうなジェームズにつられるようにダンスをする招待客が増えていく。横をハーマイオニーとロンが通り過ぎ、ジョージとフラーの従妹がグルングルン回りながら踊っている。
トランペットの音が響き、頭上を色とりどりの鳥が飛ぶ。
気が付けばダンスを楽しんでいて、最後にはケタケタ声を出しながら笑って、踊っている招待客の中から抜け出た。
『はあ。笑った』
「喉が渇いただろう。何か持ってくるよ」
『アルコール以外でお願い』
「了解!」
直ぐに戻って来てくれたジェームズからもらったパイナップルジュースを飲んでいた私は目を瞬いた。
「わあお。シリウス、本気出してきたね。あれは栞・プリンスだろう?」
私たちの目線の先にいるのはシリウスと変身した姿の栞ちゃんで、スローテンポに乗って踊っていた。黒い質の良いドレスローブとワインレッドのネクタイを締めているシリウスはキチっとしたした正装をしていて肌の露出が少ない。それなのに醸し出される大人の色気は流石としかいえない。
「ホグワーツいちモテた男は今も健在だ」
一緒に踊っている栞ちゃんは色気に押されてか涙目になって足が震えてしまっていて、フラーの従姉妹達はテントの端に立って頬を染めながらヒソヒソしていた。
それを面白くなさそうに見ているのがハリーだ。焦りと不安と不満を表情に出し、シリウスと栞ちゃんのダンスを目で追っている。
「ああ、息子よ。恋とは甘く、時には苦いのだよ」
「まったく、ジェームズ。楽しむんじゃない」
リーマスがチョコタルト片手に私たちのところへとやってきた。
『恋は自由よ。でも、あまりこじれるのは避けて欲しいというのが私の気持ち』
「僕もだよ。今は団結力がものを言うからね。ハリーの精神状態が不安定になって欲しくない」
「しかし、息子は若い。思春期の子たちというものはいつの世も不安定なものだよ。でもその代わり、著しく成長もする」
これに関しては見守るしかないと思っていると、招待客の男性からダンスを申し込ま……結婚を申し込まれた。どうやら私の血が彼を引き付けたらしい。事情を知っているジェームズとリーマスは苦笑い。
『ごめんなさい。友人と話しながら飲んでいるところですから……』
「そんな!待って下さい。では、歌います」
『は?』
「あなたへの愛を歌います。渦まーく鍋の中の愛の妙薬は~~~」
『分かりました。一曲だけ踊ります』
ニヤニヤ笑いのジェームズとリーマスに見送られて踊りだす。
いつもこうだ。昔は変な人に絡まれやすいくらいにしか思っていなかったのだが、人を惹きつける血を持っていることが分かってから『またか』と思うようになった。
逃げる、あしらう、怒る……セブを不安にさせないように気を付けているつもりだ。だけど、私が男の人とダンスをしたと知ったら嫌な気持ちになるだろうな。とはいえ、突然歌いだしてパーティーに水を差すような行為を止める方法をこれ以外に思いつかなかった……。
もっとハプニングに冷静に対応できる人間になれたらいいのに。
私は残念ながらその場に相応しく、最適な答えを導き出すのが難しい。
クルリと回されながら見えたのはシリウスの姿。
厳しい顔のリーマス、ジェームズと共にいて、シリウスが私に軽く手を挙げた。
『すみません。失礼します』
素直に引き下がってくれた男性にホッとしつつ、シリウスたちのもとへと歩み寄る。
「勘が当たったぞ」
『阻止できたのね』
「こっちだ」
シリウスに案内されてやってきたのは隠れ穴の裏庭だった。茂みの影に男が両手両足を縛られて転がされている。その傍にいるのはシリウスの影分身。
「こいつに仲間は?」
「いや、単身で乗り込んできたそうだ」
ジェームズの問いにシリウスが答えた。
「真実薬を使ったのかい?」
「そうだ、リーマス」
『何をしようとしていたの?』
「結婚式を襲撃する予定だったそうだ。ここにハリーがいると見込んでいたそうだ」
『阻止で出来て良かったわ。ありがとう、シリウス』
「簡単な任務だった。しかし……ユキ」
『なあに?』
「周りにユキの気配がなかったが……」
『えぇ。あなたに任せたから私はパーティー会場にいさせてもらった』
「任務を完全に任せてくれたってわけか。俺も信用されたものだな」
『前々から信用しているわ』
「嬉しいよ、師匠」
『ところで、この男どうする?』
「僕が魔法省に連れて行こう。ちょうどキングズリーに話したいことがあるからね」
「僕はアーサーを呼んでこよう」
リーマスが男に杖を向け、ジェームズがテントの方へと小走りに走って行った。
幸せな結婚式がぶち壊されるところだった。
シリウスに感謝だわ。
その後、平和に結婚式は続いていった。
友人の裏切りにショックを受けていたセドリックを励まし、ビルとフラー、ウィーズリー夫妻に挨拶をして私は早めにお暇することにした。
『あ痛たたた』
長い時間ヒールを履いていたから足が痛い。
吹きさらしの階段をヨタヨタしながら歩いて行って扉を開くとセブがソファーに座ってお茶を飲んでいるところだった。
『ただいま』
「足が痛むのか?」
『ヒールを履いていたからね』
「しかも踊ったのなら尚更であろう」
『うん。リズム感がなくて踊れないと思っていたけれど、案外踊れて楽しかったわ』
「……」
『え、何?』
なんなのその鋭い視線は。
『ちょっと楽しむくらいいいでしょう?』
「少し?とても、の間違いではないかね?」
『どういう意味?』
「ここに手紙がある」
『手紙?』
セブがテーブルから取り上げたのは羊皮紙。手渡されたそれを読むと「あなたとのダンスは素晴らしい時間でした。今度、ディナーでもいかがですか?」と書かれている。
『人の手紙を呼んだの?』
「事故だ。紐の結び方が甘く、フクロウが落とした時に開いて見えた」
『あぁ、セブ。誤解しないで。場の空気を壊さないようにするには踊るのが一番だったの。だって、いきなり大声で歌いだしたから……』
私を無視して紅茶を啜っている。
『何か言って』
「我輩はこれに関して何も思ってはいない」
『私お馬鹿さんなの』
「続きを聞こう」
『人よりも言葉の数が少ないのよ。咄嗟の出来事に上手く対応できない』
セブの前に跪いて分かった。セブは少しも怒っていないらしかった。なんだか楽しんでいるような様子で、私はホッとしながらも表情を崩さずにひじ掛けにあるセブの左手に両手を乗せた。
『ねえ』
「なにかね?」
『指輪が欲しいな』
「反省はどこへいった?」
『関係ある話題よ』
「では続きを聞こう。どのような指輪を望むのかね?」
『私にアメジストの指輪をくれたことがあったでしょう?』
「冥界で取り上げられたあの指輪だな。君に“虫よけ”として渡した」
『私にはセブがいますよって印……ううん。忘れて』
「急にどうした?」
『え、いや……急に高いものをおねだりするのは気が引けて。散財させたくない』
「こういうのを散財とは言わない。だがしかし、君は前に指輪は印を結ぶときに邪魔になると言っていたであろう。結婚指輪のようなシンプルなデザインのものなら構わないと言っていたが……まだ贈るには早すぎる」
『そうね』
しゅんと肩を落としているとポンと頭に大きな手が乗った。
「シンプルなもの、だな。良さそうなファッションリングを探しておこう」
『いいの!?』
柔らかく微笑むセブに抱きつく。
『だーい好き』
後日届いた指輪は空のような色をした宝石が一粒あしらわれたウェーブの金の指輪。
『綺麗な色の石ね』
「アパタイトという宝石だ。宝石言葉は絆を強める」
左指の薬指にはめられた指輪。杖先でトンと叩けばぴったりのサイズに縮む。美しい指輪とセブの気持ちに胸が弾む。
『ありがとう、セブ』
「良く似合っている」
左手を取られ、指輪の上にキスが落とされる。
私にはあなただけ
愛しているのはあなただけ
心を捧げるのはセブだけなの
ヴォルデモートはベッドの上に腰をかけてサラリとシーツを撫でた。この部屋は魔法の窓によって朝も昼も夜の景色が映し出されている。穏やかな眠りを誘う優しい夜の姿はなく、映しだされている星々の光はか細くどこか冷たい。
先ほどまでこのベッドには女がいた。
死喰い人の女で、ヴォルデモートを心から崇めている者だった。
喜んでヴォルデモートに抱かれたその女は用が済んだら休む間もなく追い払われたが、不平不満は一切言わなかった。むしろ感謝の言葉を述べて部屋から出て行った。
黒髪に黒い瞳の女。
ヴォルデモートは夜伽の相手にユキと似た容姿の女を好んだ。
いつかユキは言うだろう。
『ご主人様、なんなりと』と言って自分の前に跪く。
組み伏せられて嬌声を上げ、
今出て行った女と同じように感謝の言葉を述べるのだ。
想像するだけで震えるほどに興奮する。
想像するだけで震えるほどに腹が立つ。自分以外の男にユキが抱かれている姿を想像すると腸が煮えくり返る気持ちだ。
早く、早く――――
長い指が肌の上を滑る
一息ごとに熱くなる呼吸
魔法で作られた細い三日月は怪しくヴォルデモートを照らし出していた。