第8章 動物たちの戦い
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
12.献上
ねじ込まれた教員たち、セブ、カロー兄妹がホグワーツへとやって来た。歓迎されていない彼らと新年度に向けて準備が進んでいる。
『手を繋がない?もちろん恋人繋で』
「生徒がいないとはいえ学校敷地内だ」
『それ、今更言う?』
私はセブとクスクス笑いながら一緒に禁じられた森の中を歩いていた。秋が近づいているとはいえ、まだ生温かい風が吹くこの時期。太陽も煌めいているが、この森の中は暗かった。木漏れ日が木の葉の間から薄っすらと射しこんでいて、神秘的なこの森は私のお気に入り。
禁じられた森へはセブと一緒に何度も足を運んでいる。貴重な薬草を取りに来る時もあれば、ただブラブラと歩きに来る時もある。あまり深く森へと入るとアクロマンチュラに出くわすと困るから行かないが、森の入り口位なら妖精やポウトラックルに出会うことが出来、彼らを眺めたりして楽しむ。
木の葉が途切れ、丸く大きく太陽の陽が地面に差し込んでいる場所があった。キラキラとした太陽の下には平べったい岩があって座るのにちょうどいい。私たちはお昼にしようとその岩に腰かけた。
『ラップサンドにしたの。それから唐揚げも持ってきた』
「美味しそうだ」
『紅茶をどうぞ』
「紅茶……」
『そんな顔しないでよ。屋敷しもべ妖精に淹れてもらったわ』
良かったという顔を隠さないセブに苦笑しつつマグカップに紅茶を注ぐ。
レタスと鶏肉のラップサンドはシャキシャキしていて、マヨネーズの酸味も美味しい。
「ポッターたちはどのように過ごしている?」
出し抜けにセブが聞いた。
『どのポッター?』
「ハリー・ポッターだ」
『ハリーが心配?』
「自分を特別と思い込んだ父親似のポッターがこの長い休暇を何に費やしているか気になってな。まさか闇の帝王の比翼となる存在だと思い宿題に手をつけていないことはあるまいな?」
『ふふ。ハリーの将来まで考えているなんて優しいわね。セブって良い教師だわ。この前隠れ穴に行ったらジェームズに勉強を教えてもらっていた。ほら、ジェームズはああ見えて成績優秀だったから』
「そうか……」
『うん』
鳥のさえずりが涼やかに耳に届く。
ラップサンドが美味しい。むしゃむしゃ食べながら陽の光に当たるのは気持ち良い。だけど、ちょっと暑くなってきたと思っていると、隣の人がラップサンドを見て固まっていることに気が付いた。どうしたのだろう?
『食欲がない?』
「いや、食べやすい」
『その割に食が進んでいないような気がするけれど』
「他の生徒は……どうだ?」
『他の生徒?ええと、マグル出身の生徒なら―――』
「いや」
小さな声。
「ハリー・ポッターの周りにいる生徒だ。今後、危険に巻き込まれるであろう」
『ああ。ロンたちね。内心は恐れもあるでしょうけれど、ハリーと運命を共にする覚悟があるようよ。彼らの友情は固いわね』
「そうか」
『うん』
「……」
『……』
「……」
『……まだ何か聞きたいことがあるようね。遠慮せずに率直に聞いていいのよ?私たちの仲じゃない。遠慮するなんて変なの』
「では……聞こう。栞・プリンスはどうしている?あの娘は……4人の中で……一番危なげな印象を受けるが……」
『危なげ……なのかな?』
良く分からない。
「考えなく飛び出していくきらいがあるであろう」
『確かにそうね。栞ちゃんについては忍術学のアシスタント職を希望しているから良く見ているわ。うーん。考えなしなところもあるけれど、意外と冷静なところもあるのよ』
「そうなのか?」
『皆の調整役に回る時もある』
「意外だな」
『シリウスがよく言っている。状況をよく観察できるからアシスタント職に向いているだろうって。シリウスは栞ちゃんに個人的な鍛錬をつけているみたいよ』
「なんだと?」
『どうして怖い顔をするの?あ、勿論、忍術学のアシスタント職を目指す生徒には公平に鍛錬をつけているわ。彼女だけを贔屓していない』
「何故君が鍛錬をつけない」
『仕事はシリウスと分担している。優秀な生徒が多いから採用の時は悩むことになりそうね。でも、その中でもドラコと栞ちゃんはダントツに出来がいい』
「アシスタントは何人採用するつもりだ?」
『ホグワーツでは二人よ。近いうちに友好学校に忍術学の教師を派遣することになっている。その時はシリウスに行ってもらうと話が纏まっているの。栞ちゃんがアシスタント職につけば彼女を連れて行ってもらうでしょうね』
「は?何故栞・プリンスをシリウス・ブラックにくっついていかせる!ドラコ・マルフォイでもよかろう!」
『吃驚した。急に大声上げないでよ。自分の弟子は自分で面倒見るものよ』
「承服できませんな」
『あなたが認めなくても私たちはそうします』
「若い娘をブラックと共に外国へ行かせるなど食い散らかされて泣きを見るのが関の山だ」
『食い散らかすって酷い言い方ね。シリウスはそんなことしないわよ。栞ちゃんのこと、大事にすると思うわ。うーん。ふふふ。どちらの想いを受け取るかは彼女次第だけど』
「その笑いはなんだ?どちらのとは?」
『ハリーとシリウスは栞ちゃんが好きなのよ。多分』
「ハリー・ポッターは気づいていた。いや、ブラックの方も薄々予感していた……あいつ、あの男……」
『ねえ、さっきから自分が変だって気づいている?』
「それはブラック本人が言っていたのかね?」
『いいえ。でも、見ていて何となく分かる。ふふ。私も人の心を上手く読めるようになってきた』
「許さん」
『は?』
スクっとセブが立ちあがったのでポカンと見上げる。本当にどうしたんだ?
「ブラックは部屋にいるであろう。一言言いに行く」
『ダメよ。激しい喧嘩が目に見えている。セブ、青筋立てて怒ることないじゃない。栞ちゃんはあと一年で卒業よ。成人だってしているしね』
「よくも軽々と」
『―――っ静かに』
音が聞こえて杖を持ち立ち上がる。何の音だろう……これは―――蹄の音?重そうな蹄の音には思い当たる生物がいる。
『多分ケンタウロスだわ』
「そうか」
セブが息を吐きだした。しかし、念のため警戒して二人で杖を下げないでいると、蹄の音が近づいてきてカサカサと茂みが揺れる音がこちらの方へとやってくる。青々とした茂みが揺れて出てきたのは美しいケンタウロスだった。
『フィレンツェ!』
「こんにちは、ユキ先生、スネイプ教授」
『ここにいていいんですか?』
フィレンツェは人間に味方すると決めた為に仲間のケンタウロスによって群れを追い出されてしまっていた。見つかれば暴力を振るわれて死ぬ目にも合うかもしれないのにどうして禁じられた森へなど来たのだろう?
「ヴォルデモートに相反するあなたがたは私たちケンタウロスを仲間に引き入れることをすっかり諦めてしまっているようですね」
『それは……はい。あなた方ケンタウロスは誇り高く人間の指示には従わない。中立を保つと分かっているだけで十分だというのが私たちの考えです』
「私はそうは思いません。私たちの仲間はイギリスがヴォルデモートに支配されたらどれほどの恐怖が我らに襲い掛かってくるか理解出来ていないのです。この森をよく知っているのは私たちだ。城の防衛には大きな力添えが出来るでしょう」
『でも、星が何とか。人間に味方するのは我々の運命じゃないとカロンさんが言っていたらしいですね。ケンタウロスは星の動きで定められた運命にしか従わない』
「そうです。ですが、その星はゆっくりと変わりつつあるのですよ」
セブと顔を見合わせる。星がそうやすやすと位置を変えるとは思えない。
「訝し気な顔をしていますね。星は我々と同じように生きているのです。暗く、明るく、弱く、強く、毎日その表情を変えるのです」
『そうでしたか』
私もセブも学生の頃は占い学も天文学も得意ではなかった。学んだ遠い記憶を手繰り寄せようとしたが、失敗し、フィレンツェにただ納得しましたという顔だけを作っておく。
『それで、仲間のケンタウロスは話を聞いてくれたのですか?』
「少し話しました。運命を決める星々は輝きを増していると。一際輝く冥王星と土星が運命を引っ張っていく」
『冥王星』
「そうです。あなたは冥王星の加護を受ける者。ユキ先生、スネイプ先生、冥王星の役割をご存じですか?」
『あ、その……』
「……」
まずいと顔に書いてある私たちをフィレンツェはクスリと笑ってから話し出す。
冥王星は破壊と再生の星。太陽系外のエネルギーの流れを太陽系に引き入れる役割を持つ。そのパワーが他の星や人々に影響を与えるそうだ。
「冥界の主でもあります」
『冥王星と土星が輝くとどのような運命だと予想されるのですか?』
「何か破壊的な大きな出来事が起こるでしょう。そして新たに生まれ変わる。イギリスの魔法界が一変するというのが私たちの見方です」
「その予言を信じるならば、闇の陣営との戦いのことを言っているのであろう。どちらが勝つにせよ、イギリス魔法界は大きく変わる」
『セブの言う通りね。そして、土星が輝くとはどう解釈しますか?』
「土星は時間に関わりのある天体です。数年前より土星は強い輝きを放ってきました。時空が捻じ曲がるような何かが起こっているのかもしれません。しかし、それはまだ不安定です」
『うーん。さっぱり分かりません。フィレンツェに心当たりはありますか?』
「いいえ。私も流石にそこまでは分かりません」
『そうですか……』
「不安定とは、今後土星は輝きを失う可能性もあるということか?」
セブが硬い声で質問をしたので目を丸くする。この話に興味あったんだ。しかも真剣に考えている様子だ。意外。
「輝きを失うということは悪い事ではありません。吉兆、凶兆、本当に良いのはどちらでしょうか?最大の幸福の瞬間は苦難の前兆かもしれません。人は平凡で幸せな人生を望む。しかし、動き続ける星々のように人生も海のように絶え間なく波打つ……」
フィレンツェが空を見上げたので私とセブも同じように顔を天に向けた。
薄い雲が形を変えて流れていく。太陽が眩しい。
『ケンタウロスたちはどちらの陣営が勝つか星の動きから見極めたのですか?』
太陽を見ているとくしゃみが出そうになる。私はくしゃみを堪えながらフィレンツェに聞いた。
「いいえ。星からは大きな変化があるとしか読み取れませんでした。ですから、後は我々がどうするか決めるだけなのです」
『ケンタウロスは人の争いに口を出さない。でも、自分たちの領域を侵される場合は違いますね?』
「はい。我々は断固として森を荒す者を許さない」
『ケンタウロスはエルフ族と仲良く出来そうですか?』
クィリナスはエルフ族からの援軍を得ることが出来た。そのことについて私からハグリッド経由で森の中では唯一(アラゴグが死んでしまったから)話をすることが出来る魔法生物であるケンタウロスに伝えてもらっている。
「エルフ族は森を愛する者たちです。我々と上手くやる事が出来るでしょう」
『その言葉を聞けて安心しました』
にっこりと品の良い微笑を浮かべたフィレンツェは美しい尻尾を振って去って行こうとしたのだが、ふとこちらを振り返った。
「ユキ先生は愛を見つけました」
ポッと顔が上気する。改めて言われると恥ずかしいものだが、私は隣のセブを見上げ、微笑み、彼の手を取って握った。
『はい』
「決して見失ってはいけません。そうすれば、どのような運命が待ち受けていようとも幸せを手元に置いておくことが出来るでしょう」
『素敵な予言ですね』
今度こそフィレンツェは去って行った。
サアアアと風が吹き、木の葉が揺れる。
植物の香りを含む空気を肺いっぱいに吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。繋いでいたセブの手を軽く引っ張って彼の体を自分の方に寄せ、胸の中に入り込む。
『破壊と再生。予言通りになりそうね。結果は決まっている。私たちの勝利よ』
「あぁ」
『何を考えているの?』
「土星だ」
『何か思い当たることが?』
「少しな」
『なあに?』
「言う気はない」
『えぇっ。気になる』
セブルスは思った。運命は星の輝きのように、海の波のように、風のように変わっていく。だから、栞と蓮がこの世界にいるとはいえ、それは今の自分たちの子供ではない可能性もあるのではないか。別の時間軸の自分たちの子がやってきたのではないか。ユキに期待を持たせるようなことはしたくない。
『セブ?』
何も言わずに風に乱れた私の前髪を直すセブに小首を傾げると触れるだけのキスが頬を掠める。
「昼食の残りを食べよう」
『そうね』
岩に並んで座り、私たちは昼食を再開したのだった。
***
どうか、どうか無事でいて。
セブルスはユキの祈りに見送られながら死喰い人の本拠地であるマルフォイ邸を訪れていた。
暗い一室。夏の終わり。秋の風が部屋の大きなガラス窓をカタカタと揺らし、薄い三日月が部屋に僅かな光を届けている。暖炉で燃える炎。その光が作り出す影は3つ。ヴォルデモート、ナギニ、そしてセブルス。
逃げ出したいほどの緊張感。セブルスは軽く頭を下げて血のような色のカーペットが敷かれた床を見つめていた。
「セブルス」
「はい、我が君」
「お前は優秀で忠誠心が厚い部下だ」
「恐悦至極にございます」
真っ白な顔に血色の目。二つの鼻腔は蛇のよう。ヴォルデモートは薄ら笑いを浮かべながらセブルスの方へ歩み寄り、その肩に触れたので、セブルスの体は反射的にビクリと跳ねあがった。
「そう恐れずとも良い」
今日なのか?
今夜なのか?
今なのか?
ナギニがゆっくりと自分の方へ這ってくる。鎌首をもたげ、シュルシュルと細く長い舌を出し、セブルスを不気味に睨みつけている。
呼吸が浅くなっていく。今日、今この時が知らされていた自分の死に際なのだろうか。セブルスは全身にじっとりとした汗をかくのを感じていた。
万が一、ナギニに襲われた場合、守りの護符が発動することになっている。
我輩が殺されることはないだろう。
セブルスはそう言って不安がるユキを何度も何度も宥めた。
自分はまだ利用価値がある。これから校長になりホグワーツ陥落への足掛かりになる必要があるし、不死鳥の騎士団のスパイ任務は自分にしか出来ない。
だが、ヴォルデモートは何を考えているか分からない人物だ。
冷静に見えて、時に感情で動く時もある。
セブルスは自分に強い嫉妬が向けられていることを感じていた。ヴォルデモートはそれを出さないようにしているし、自分以外は気づいていないだろう。だが、ヒシヒシと感じるのは強い嫉妬からくる
「何故お前を呼んだか分かるな?」
「はい。ニワトコの杖に関することかと思っております」
「そうだ。今、最強の杖といわれるニワトコの杖の所有者はダンブルドアを倒したお前である。よって、俺様がこの杖の真の所有者になるためにはセブルス、お前を杖で倒さねばならない」
「喜んで我が君に従います」
「もちろん、忠実な部下のお前はそうするだろう」
スルスルとセブルスの横を通り抜けて扉の方へと向かって行ったナギニは霧と共に球体の中に入っていった。ふわりと飛んでいくその球体はヴォルデモートの手の中に収まり、そして消えた。
二人になった。
ということはナギニに噛み殺されるということはない。
態度では表さないが胸を撫でおろし、セブルスは頭の中でユキを思い浮かべた。待っている人がいる。必ず帰らなければならない。
「ニワトコの杖を取れ」
骸骨のように白く細い手によって差し出されたのはニワトコの杖で、セブルスはそれを恭しく受け取った。
「両手で持ち、跪け」
セブルスはヴォルデモートに言われた通り、両膝を床に着き、捧げものをするように杖を両手で持って頭上に掲げた。瞬間、強い痛みがセブルスの全身を駆け巡る。
「ぐうぅッ」
直ぐに消えた痛み。気が付けばセブルスは床に倒れ込んでいた。クラリとする頭で見上げればヴォルデモートが残酷な笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。その目にゾクリと鳥肌が立つ。残虐な目はこれで終わらないと言っていた。
「我が君……これでこの杖の所有者は貴方様のものになったかと思います」
「そうだな」
「どうぞ。この杖をお受け取り下さい」
セブルスは出来るだけ従順に見えるように先ほどと同じように両膝をついて杖を両手で差し出した。しかし、その杖は取られない。キンとした静寂。セブルスは自分の呼吸音を聞きながらこれからの展開を頭に廻らせる。ヴォルデモートは何を考えているのか?
「セブルス」
「はい、我が君」
不吉な猫なで声にセブルスはこれは只では済まないと予感した。肩にポンと置かれた手。頭に突きつけられた杖先。
「ユキは……美しいな」
慎重に言葉を選ばなければ。
「整っておりますが人形のように生気がない顔です」
「確かに。だが、そこが良い」
ポンと押された肩。セブルスはどうすれば良いか分からず、体勢を維持していたのだが、気づけばバンと呪文を打たれて仰向けに倒れていた。
「杖を離すな」
「痛っ。はい……」
「ユキは」
視界に入って来たヴォルデモートは笑みを浮かべておらず、憎々し気にセブルスを上から睨みつけていた。
強い嫉妬。
ユキに対する嫉妬がありありと見て取れる。
痛めつけられるであろうな。しかし、殺されることはないだろう。セブルスは今までのように満身創痍になることを思い、唇を噛む。せめて、間違った答えを言わないようにしなければ。出来るだけ怒りを買わないようにしたい。
「お前はユキが自分を愛していると言ったな。何故そう分かる」
「ユキがそう言っておりました」
「感じるのか?」
「尽くされていると感じます」
「尽くす……そうか」
ククっと笑うヴォルデモートはセブルスの答えに満足しているようだった。
ヴォルデモートは愛を信じていない。だが、忠誠心は信じていた。自分に全てを捧げる者がいることを彼は分かっている。自分の為に命を投げうつ者がいることを分かっている。ベラトリックス・レストレンジをはじめ、狂信的なヴォルデモート信者は彼の為なら何でもするだろう。
ユキもそうさせる。彼女も自分のモノになる。
自分だけを見て、自分の命令だけを聞き、自分だけに心を捧げる。
「あの女は俺様の隣に相応しいと思わないか?」
「あの者を手に入れれば大きな戦力になるかと思います。死喰い人の一員として、あの者がこちら側の人間となることを望みます」
「非常にいい答えだ、セブルス」
ジリジリと肌が焼かれるような痛みがセブルスの全身を覆った。呻き、悶えるセブルスはどうすることも出来なかった。ヴォルデモートはどのような答えにも満足出来ないのだ。ただ、ユキが自分を愛していることに嫉妬して憂さ晴らしをしている。
「くっ……」
「ひれ伏すのだ。今のお前のように。俺様の前でユキはひれ伏し、全てを捧げる。あの者の全ては俺様の物になる」
低い呻き声
ヴォルデモートの手にあるニワトコの杖は何度もセブルスに向かって振られる
一人残された部屋、セブルスは生きていることに喜びを感じていた。
会いたい
館の廊下の壁に手をつきながら歩いていると、キイィと扉が開き、ナルシッサが顔を覗かせた。
「セブルス」
「ナル、シッサ」
「屋敷しもべ妖精にあなたが部屋から出てきたら教えるように言っておいたの。中へお入りなさい。治療が必要でしょう」
「いえ、直ぐにホグワーツに戻ります」
「ユキの元へ一刻も早く行きたいと言った様子ね。でも、少しでも治療してから帰りなさい。ユキが心配します」
「……世話になります」
「入って」
コツコツと廊下の奥から足音が聞こえてきたのでセブルスはナルシッサが顔を覗かせている部屋の扉を閉めた。ヴォルデモートに痛めつけられた自分の治療をしたと分かってナルシッサに迷惑が掛かったら困ると思ってのことだ。
扉に体を預けて怪我で動けない風を装っていると廊下の角から姿を現わしたのはショーン・ワードことレギュラス・ブラックと鼠色の髪をした部下の男だった。
「どうした?」
「我が君のご不興を買ったのだ」
心配そうにセブルスを見たレギュラスだったがそれ以上何も出来ない。二人の関係性からいって体を労わる言葉さえもかけることが出来ない。レギュラスはただ「自分たちの知らせが我が君を喜ばせることになるだろう」と言った。
「信用ならないこの男を我が君は何故傍に置いておくのでしょう」
鼠色の髪をした部下の男は怪しげなギラギラした瞳でセブルスを上から下まで見て、レギュラスに視線を向けた。
「この男はホグワーツ陥落に必要だ」
「……我が君に必要な人間は私のように忠誠心の厚い人間だ。どこかの怪しげな女に現を抜かしている者ではなく、自分の全てをあの方に捧げるような……」
ブツブツブツと呟く男は神経質そうにカリカリと自分の爪を噛みだした。ゾッとする狂気を纏う男。ヴォルデモートの信奉者にはこの男のような人間が何人もいて、セブルスとレギュラスは自分も以前はこのような人間だったのだと過去を心の中で嘆く。
「ご報告に行くぞ」
お大事に
レギュラスは目でそう言って鼠色の髪をした部下の男と共に廊下を歩いて行く。
「ナルシッサ」
トントントンと扉をノックするとナルシッサが顔を出し、セブルスは部屋の中へと招かれた。
「ソファーに座って頂戴」
「ルシウス先輩は?」
「夜だもの。休んでいるわ」
「夜、夫がいない部屋に男を招くとはいかがなものかと思うが。ルシウス先輩はあなたがベッドルームから抜け出したのを知っているのですか?」
「ルシウスはぐっすり眠り込んでいるわ。ここ連日徹夜続きだったのよ。昼間は魔法省にホグワーツの理事会、イギリス中の有力者に会いに行ったりもしているわ。漸く今夜休む時間がとれたの」
屋敷しもべ妖精が魔法薬を手渡し、ナルシッサは杖を出して簡単な治癒術を唱える。以前のようにヴォルデモートが解除するまで苦しみ続ける呪文はかけられていなかったので呪文を解く必要はない。
「すみません。ソファーに横にならせて頂きたい」
「楽にして頂戴」
セブルスは限界を感じてソファーに体をドタリと倒した。体についていた血がソファーを汚して屋敷しもべ妖精は顔を顰めたが、ナルシッサは気にもしていなかった。ただセブルスを心から心配していたし、ユキに思いを馳せていた。
もし、セブルスが夫や息子だったら。ユキが私だったら……。
有り得るのだ。実際にルシウスはヴォルデモートから罰を受けたことがあり、セブルスのように痛めつけられた。
ドラコだってまだ若いのにキツい任務を与えられて苦しんでいる。顔色も悪く、食も細くなってしまった。寝られていないようで目の下には濃い隈を作っている。
ふと、そこでナルシッサはセブルスの血で床が汚れていることに気が付いた。
ヴォルデモートがマルフォイ邸を死喰い人の本拠地にしてからずっとこうだ。
美しい大理石の床が血で染まり、カーペットには赤いシミを作った。床の上で骸が引きずられ、遺体の灰が部屋に飛び散った。他人が自分の家を無遠慮に歩き回るのが気持ち悪かった。
マルフォイ家が汚されている
夫と息子が虐げられている
許せない
ブラック家の次女として生まれ、名門マルフォイ家に嫁いだ。
ナルシッサがヴォルデモートに対して抱く思いは日に日に増していっていた。
あぁ、なんて野蛮な……
品位のかけらもない
サラザール・スリザリンの末裔?本当かしら??
「ねえ、セブルス」
何て汚らわしい男
「決してユキを手放してはダメよ」
誰にも打ち明けない気持ち。
ナルシッサは心の中で怒りの炎をメラメラと燃やしていた。
セブルスがユキの元へと戻ってきたのは明け方だった。
ずっとホグワーツの正門前、羽のあるイノシシ像の上でセブルスを待っていたユキは姿現しで現れたセブルスに飛び上がって喜んだ。満身創痍の様子だが、兎に角、生きている。
『セブ!』
「ここで待っていたのか。部屋にいれば良かったものを」
『心配で部屋でじっとなんかしていられなかった。担架を出すわ。乗って』
「自分で歩ける。ナルシッサ先輩に軽く治療をしてもらった」
『良かったわね。でも、フラフラしている。やっぱり担架を使った方がいい』
再度断ったら失神呪文が飛んできて強制的に担架に乗せられるかもしれないと思ったセブルスは大人しく担架の上に寝た。ゆっくりと上昇して移動を始める担架とユキは歩き出す。
「ニワトコの杖は無事に闇の帝王のものになった」
『良かったわ。でも、こんなに痛めつけることはなかったのに!勝てばいいんだから武装解除呪文でもいいのでしょう?酷いわ!』
「念には念を入れたのであろう」
『ニワトコの杖については皆心配していたのよ。報告したら皆安心するわね。特にリリーに伝えてあげたい』
「子供のことで大変なのに心配をかけて悪かったな」
『セブはとても勇敢だとリリーは言っていた。私もそう思っている』
ユキの自室に運ばれたセブルスはベッドに寝かされた。服が脱がされ、ナルシッサが治しきれなかった箇所を治療される。魔法薬と呪文でしっかりと治され、セブルスは傷跡、痛み1つない健康な体を取り戻した。
「この箇所は傷が残るかと思ったがよく修復出来たな」
『私も腕を上げたでしょう?』
「流石は癒者を目指していただけはある。その前に、君は元の世界で医療忍者をしていたのだったな」
『うん』
「平和な世になったら癒者の勉強をしたいとは思わないかね?癒者は学生の時の夢であったであろう?」
『そうね……癒者の職に憧れていたわ。人を傷つけてばかりいたから、誰かの役に立つ仕事をしたかった。でも、今から学び直すのは……』
「何事も始めるのに遅すぎるということはない」
『本当にそう思う?』
「悔いのない未来を歩んで欲しい」
『セブって本当に人間が出来ているわよね』
「そう言うのは君くらいだ」
着替え終わったセブルスは布団の中に潜り込む。柔らかく暖かな布団。隣には愛しい恋人がいる。
抱きしめ合って口づけを交わす。
お互いの体温が気持ち良い。
セブルスはゆっくりと夢の中に入って行く。
『癒者か』
3マンセルフォーメーション。
1番前を走る者は攻撃の
2番目、真ん中を走るのはリーダー。状況を判断して指示を出す。
3番目、1番後ろを走るのは医療忍者。怪我人が出た時の事を考え、医療忍者は皆のサポート役に回る。よって、1番安全なポジションにいるのが医療忍者だ。
任務の帰還率が高くなるのも医療忍者。
1番後ろで仲間が傷ついているのを見て、戦いの後1人生き残り、死んだ仲間を置いて任務を続けることも多かった。
1人、1人と消えていく……
救えない命がいくつもあった。
救えた命もあった。
だけど、救えた命は次の任務へと向かっていく――――
無力感に苛まれ、どうしていつも1人生きているのだろうと思った。
あの頃、あの時、自分には感情がなかった。
だけど、胸の奥深くでカタカタと鍋の蓋が沸騰して揺れるように感情が噴き上がってきていた。魔法界に来て溢れ出した感情はユキを悩ませる。
あの頃、あの時、もっと自分には出来たことがあったのではないか。
死に行く人に優しい言葉をかけてあげれば良かった。
医療というのは体だけではなく心も癒す行為なのだと暗部を引退してから分かった。
痛みが取れて、心も明るくなって帰って行く患者たちを送り出すのが私は好きだ。
癒者……憧れの職。
でも、私は27歳。体の年齢だけでいうと、セブと同じくらいかしら。今から癒者見習いになって、勉強を始める……忙しい毎日になるでしょうね。きっと家でも勉強するでしょうからセブと過ごす時間も減ることになる。
忍術学はどうしよう。忍術学を教えられる人は私とシリウスだけ。これから忍術学を広めていきたい気持ちもある。ずっと危険な時間を過ごしているから、全てが終わったらセブとの時間を大事にした生活を考えるのも――――
いつのまにかスウスウと私はセブの腕の中で眠っていた。