第8章 動物たちの戦い
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10.抵抗と着任
セブと過ごす穏やかな時間は長く続かなかった。セブの左前腕にある死喰い人の印に熱を持った痛みが走り、セブは顔を歪めて腕を押さえる。
「くっ」
『セブ』
「招集だ」
ニ人で、セブの屋敷しもべ妖精トリッキーご自慢のソースがかけられた鶏肉のソテーを食べている最中のことだった。フォークを置いて対面にいるセブのもとへ。
『直ぐに行かないといけない?』
「あぁ。そう書いてある」
『それじゃあ……』
「あぁ。呪文を解いてくれ」
セブは“いっぱいのハリー作戦”においてジェームズとペアを組んでいるのは絶対に本物のハリーではないという嘘の情報を話し、その結果ヴォルデモートから呪いを受けた。それはセブの内臓に巻き付く様な熱い鎖で、セブを内側から締め付けて苦しめた。
私の術で抑え込むことが出来たのだが、ヴォルデモートの前に行く時には封印していた術を解かなくてはならない。
『ごめんね』
「ユキが謝ることではない。封印を外してくれ」
『ごめん……外します』
ガシャシャン
セブがテーブルに上体を打っ伏したので食器が派手な音を出して揺れた。封印を解いたことに後悔した。顔を歪めたセブは痛みを堪えるように歯を食いしばっている。
『こ、この状態で動ける?』
「問題ない」
『手を貸すわ』
私の腕に乗せられたセブの手は重く、それだけ余裕がない様子が伝わってきた。
「ご主人様……」
〈せぶ、いくの?〉
「家を、頼む」
『セブ』
「そんな顔をしなくていい。呪いは……直ぐに解かれる。直ぐに戻ってくるから心配しなくていい」
『うん……』
揺れる背中を私は胸を痛くしながら見送った。
「反省は済んだか、セブルス?」
死喰い人の本拠地、マルフォイ邸。セブルスは身を投げだすようにヴォルデモートの足元にいた。内臓に絡みつく様な熱い鎖はセブルスを苦しめ続けている。意識が朦朧とする中、どうにか「はい、我が君」と掠れる声で答えた。
「ユキにはこの三日の間に会ったのか?」
「はい、我が、君……くっ」
「あ奴は何と?」
「
「“愛する恋人”を心配するのは当然のことだな」
いつもヴォルデモートとセブルスがユキのことを話す時は失笑が漏れる。それはユキがセブルスの見せかけの愛に騙されていることに対してか、愛そのものを馬鹿にしての嘲笑か。
「ユキと話したか?」
『今回、まともには話せませんでしたから……情報を聞き出せずに申し訳ございません』
「……そうか。よい」
ヴォルデモートは杖を振り、セブルスの呪いを解いた。
「ありがとうございます。我が、君……」
セブルスは動揺をどうにか押し止めた。見つめられる目。しっかりと心を閉ざす。鼻を鳴らしたヴォルデモートは死喰い人たちに向き直った。
「俺様は最強の杖、ニワトコの杖を近々手に入れる。ダンブルドアが所有していた最強の杖だ。この栄誉ある任務をドラコ、お前に命じよう」
「っは、はい」
ブルブルと震え、胸に手を当てて頭を下げるドラコをナルシッサは心配そうな目で見ていた。ホグワーツにはユキがいる。今回の任務は危険なことはない。そう自分に言い聞かせながら。
「また、聖マンゴ魔法疾患傷害病院への襲撃も考えている。イギリスいちの病院を我らが手中に収めることで、我らの理想とする魔法界が近づく」
ヴォルデモートは死喰い人たちに命じて今までにも個人病院の襲撃をしていた。聖マンゴ魔法疾患傷害病院への襲撃は不死鳥の騎士団も予想していたこと。
多大な被害は避けられないだろう……。
「セブルス、このことについてダンブルドア側―――くく、今は不死鳥の騎士団側と言った方が良いのか―――気づいているのか?」
「はい。個人病院の襲撃を受けて聖マンゴ魔法疾患傷害病院への守りを固めつつあります。ダンブルドアは生前、聖マンゴの病院長と話し合いを行っておりました」
「簡単に落とせる場所ではないと分かっている。だが、病人を庇いながらの戦いは我らに圧倒的に有利である」
ぐるりと死喰い人を見たヴォルデモートは両手を上げた。
「この戦いに参戦したい者はいるか?」
マルフォイ家の玄関ホールに死喰人の声が轟く。
カシャカシャと振動する頭上のシャンデリアにナルシッサは目線だけを上に向けて不快な表情をしたが、ルシウスにそっと手を握られ、表情を改める。あぁ、なんて下品な。唇を噛む。
この館を土足で踏みにじられて、息子を危険に晒すなど、いつか、いつか――――
夜中も一時を回ろうとした時間。部屋をグルグルしながら待っているとセブが帰って来た。顔色は血の気のない真っ青な顔であるが、苦痛に顔を歪めてはいない。
『セブ!』
<せぶっ>
「ご主人様っ」
私とセブの口寄せ動物であるウサギのモリオンはダッと走ってセブに抱きついた。
『体はどう?』
「問題ない」
<せぶ>
「大丈夫だ、モリオン。こちらへ」
セブがモリオンを抱き上げた。
『……』
「なんだ?」
『別に』
「奥へ。嫉妬か?」
『嫉妬よ』
楽しそうに口角を上げるセブに肩を抱かれる私の後ろでは屋敷しもべ妖精のトリッキーがおんおん泣いている。私はセブを暖炉前のソファーに引っ張って行った。無理矢理に座らせて、横に座ってぎゅっと抱き着く。
「腹が減った」
ぐうぅと間抜けな音がお腹から聞こえてきたので思わずプッと噴き出してしまう。
『心配していたのよ?』
「ユキに会えて緊張が取れたからだ」
「トリッキーはご主人様が食べきれないほどの食事を準備しているのでございます!」
嬉々としてトリッキーが走って行き、セブがモリオンを両手で抱き上げ胸の位置まで持っていった。
『嫉妬しちゃう』
「素直なことは良いことだ、ユキ」
『なっ』
艶やかな声で言われたのは夜の行為の途中で言われたことのある言葉で、その視線からも煽っているのは間違いない。私は顔をカッと熱くする。セブの意地悪ッ。
「何かね?」
モリオンをゆったりと撫でているセブの前で膨れていた私はソファーに膝立ちになってセブの首に腕を回し、襟を引き下げ、首筋に吸血鬼のように噛み付き、吸い上げた。
「―――っ!?」
『ふふっ跡が出来たわ』
鬱血痕に指を添わせていると、その手は取られ、口付けられる。
「やってくれたな」
咎めるような視線。
『嫌だった?』
「服で隠れる位置であろう?」
『勿論』
「では、同じ箇所にさせてくれるのなら許そう」
『同じ箇所にしたら見えるでしょう?駄目よ』
〈せぶ、いやなこと、ダメ〉
『ぷっ。モリオンに怒られてる』
「……」
食事をして、セブから今日の会合の話を聞く。
特にニワトコの杖のことは私に直接関係のあることだと思われる。
『セブはまだ校長になれていない。だからホグワーツの守りは固い。ヴォルデモートはホグワーツの敷地に入ることが出来ないからドラコが代わりに杖を取ってくるように言われたわけね』
「ナルシッサ先輩はユキを頼るだろう」
『うん。断るわけにはいかない。ところで、セブはどうなるの?闇の魔術に対する防衛術の先生をクビになったわけだけど……』
「我輩はホグワーツに教師として戻ることになりそうだ」
『教師として?ええと……でもどうして?セブは、その……ダンブルドアを……』
殺したまで言えなくて言葉を濁しているとセブはグラスのワインをひと口飲んでトンとテーブルに置いた。
「理事会が我輩を校長に認めようとしないとはいえ、相当な圧力はかかっている。人一人をホグワーツに潜り込ませることは容易いのだ」
『でも、仮にもあなたは前校長を、その―――ごめんね、言うわ。殺しているの、よ?そんな人間をホグワーツが受け入れるなんて考えられない』
「ホグワーツ校長に関して言えば我輩以外に相応しい者がいない。理由は簡単だ。ユキがいるからだ」
『私?』
「闇の帝王は君の傍に我輩を置いて監視することを望んでいる」
『そう……。前校長を殺した者をホグワーツの校長にするなんてホグワーツも落ちたものね……あ……』
い、今のは配慮がなかった……
『ご、ごめん。セブ』
「素直なことは良いことだ、ユキ」
強烈な皮肉。
私は自分の失言に反省して猫背になって小さくなったのだった。
しかし、まさか、ダンブーを殺した人間をホグワーツの教師にするとは。ホグワーツは荒れるだろうな。
セブへの風当たりは相当強いものになるだろう。
『教科は闇の魔術に対する防衛術を続行ですか?』
「いや、魔法薬学の助教授だ」
『そうなの!?では、闇の魔術に対する防衛術の教師は空いたのね。誰になるのかしら?』
「例のあの日、塔にいた双子を覚えているか?」
『覚えているわ』
「男の方をアミカス・カロー。女の方をアレクト・カローという。アミカスが闇の魔術に対する防衛術、アレクトがマグル学を担当することになるだろう」
『待って待って』
私は理解できないと両手で手を振った。
『ホグワーツは受け入れないわよ』
「受け入れることになるだろう。フォウリー家、ミュレー家が反対していても遅かれ早かれホグワーツは闇の帝王の手に陥落する」
『陥落……』
「だが、最終的な陥落は力でもって行われる。予想していた通り、闇の帝王はホグワーツを襲撃し、城を手中に収める。そうしてイギリス魔法界は闇の帝王のものとなるのだ」
『納得いかないわ。校長が空席のままなのに教師を決める権限がヴォルデモートの手にあるなんて納得できない。だって、校長不在なら副校長であるミネルバに権限があるはずよ!』
「校長不在の場合、副校長は理事会の話を聞いた上で判断することになっている」
『ミネルバが屈した?信じられない』
「生徒の多くを友好学校へ逃がしたそうだな。何か取引があったのかもしれん」
『そうか……そうね。大仕事だったと思う。ミネルバは苦渋の決断だったでしょう』
ホグワーツを愛しているミネルバがこの決断をしたことを想像すると胸が痛む。みんな大事などこかを削って戦っている。
『……ねえ、セブ』
「何かね?」
『みんなで支え合えばやってやれない事はないわ』
返された微笑に微笑み返す。
それにしたって頭が痛い。前校長を殺した(実際は殺していないが)男を教師にするなんて。生徒がどんな目を向けるのか……。
私はセブから他の報告を聞きながら思っていた。
***
『秋が近づいてきたわね』
「そうじゃのう」
ここ数日、ダンブーは体を起こして食事を取れるようになってきた。私の影分身はダンブーの看病と賑やかな妊婦のドーラのお世話で大忙し。リリーの子供のお世話は―――ちょっと怖くて出来ない。ほにゃほにゃで一度抱かせてもらったが、緊張して短時間なのに腕が痛くなってしまったくらい。
本体の私ではダンブーの治療を行っている。ダンブーの骨はしっかりとくっつき、どこも痛むところはないと言っているが、体に受けたダメージは大きく、一日の大半を寝て過ごしている。
それでも頭はしっかりしていて、ここを訪れる本体の私やジェームズから話を聞き、深い思考の中へと入って行っていた。今のところ沈黙を守っているこの老人は何を考えているのだろうか?
『ハッキリ言って、あなたが嫌いよ。ダンブー』
半分以上残した食事を杖を振ってカチャカチャと片付けながら言う。
「聞き飽きたわい」
『何を考えているわけ?』
「もちろん決まっておる」
『ヴォルデモートの動きね。不死鳥の騎士団がどう動くべきか、あなたの生存を知っている人間は指示を待っている』
「そのことについて考えておった」
『もしや手を引くとか?』
「その方がいいのではと考えていたところじゃ」
『本当に?それはいい決断ね』
「なんと可愛くない娘じゃ」
『横になる?』
「いや。もう少し外を見ながら話していたい」
ベッドテーブルを片付けて、ベッドのヘッドボードに背中を預けているダンブーのお腹まで布団を引っ張り上げて整えると小さく微笑む老魔法使いと目が合った。ブルートパーズの目を見つめて微笑を返し、皺皺の手に自分の手を重ねる。
「儂は長い間綿密にヴォルデモート打倒の計画を立ててきた。しかし、何度も何度も想定外のことが起き、その度に計画を修正してきた」
『私のせい?』
「大半は」
『私に怒っているでしょうね』
「いいや。今のところ非常に上手くいっている。行き過ぎているくらいじゃよ。特にハリー・ポッターが分霊箱でなくなったことは大きな喜びじゃった」
『もう、そのことであなたを責めないと決めたの』
「ほう」
意外そうに目を丸くしたダンブーに首を振る。
『あなたのような人がずっと嫌いだった。大局の為には多少の犠牲を払っても仕方がないと思う人……でもね、本当は分かっている。ダンブーは大勢の人の幸せ、未来に生きる人たちも含めての幸せも考えて決断をした』
ベッドサイドに腰かけると、夕日が雲の間から顔を出して私の顔は西日に照らされた。眩しくて目を細めながら手で陽光を遮り、顔を横に向けると、同じく眩しそうにしているダンブーと目が合った。
『カーテン閉める?』
「いや。太陽の光を浴びる幸せを味わいたい」
『そうね。西日を見ていると少し寂しくなるけれど……寒くなってきたわね。火を入れるわ』
杖を振って暖炉に火を入れる。直ぐに赤々と燃えだした火はチラチラと踊りだす。
「闇の勢力の力は日増しに強くなってきていると聞いておる」
『えぇ。でも、みんな頑張っているわ。乗っ取られないように魔法省も踏ん張っているし、日刊預言者新聞もありのままを伝えようと努力している』
「まさかここまでの力がイギリス魔法界にあるとは思わなんだ」
『ダンブー、あなたは一人じゃなかったってことよ』
「そのようじゃ。誰しも一人ではない。ヴォルデモート以外はのう」
『それが私たちの強さね。奴が宿敵と勘違いしているハリーには両親、不死鳥の騎士団、親友、大勢いる』
「ヴォルデモートが杖を向けるのはハリー・ポッターただ一人。じゃが、ヴォルデモートに杖を向けるのは奴の思想に反する全ての者じゃ。誰が奴を打ちとってもいい。そう運命は変わった」
『ヴォルデモートはハリーとの兄弟杖である自分の杖とルシウス先輩の杖を捨ててニワトコの杖を得る』
「既に得たのかの?」
『いいえ。ホグワーツの門はセブを含めて部外者を入れない。理事会が校長をセブにしないように粘っているのよ』
「ルシウス・マルフォイがいるのにか?」
『シリウスが取り込んだフォウリー家とミュレー家が強く反対していてセブを校長にする過半数が取れないでいるの。理事会の承認がなければホグワーツの校長室は扉を開けない。例えダンブー、ご存じの通りあなたの遺言書があってもね』
「フォウリーとミュレーが命をかけて反対するとは……」
『シリウスも交渉を頑張っているのよ』
「ミネルバが子供たちを海外に逃がすと言っておったが順調かのう?」
『既に希望者はイギリスを出国して友好校に編入したわ。ただ、イギリスに残った生徒たちもいる。ハァ。その子たちは追い出されるまでホグワーツに残ると言い張っているそうなの。ミネルバは受け入れると言っていた』
マグル出身の生徒など杖を折られるだけでは済まないかもしれない。そう何度も手紙で各寮監が伝えても、自分の意志を曲げない生徒たちがいた。彼ら、彼女らは新学期にはホグワーツに戻ってくる。
「生徒たちの安全を守ることこそが第一じゃ」
『えぇ。ホグワーツの務めよ』
「空席になったマグル学とゴホッゴホッ」
『ダンブー、横になった方がいい』
顔を苦しそうに歪めて咳をするダンブーの背中を摩り、手をかして横になるのを助ける。ヒューヒューという胸の音。肩まで布団をかける。
「思考も纏まらんし、まともに喋れもしない」
『生きているだけで有難いのよ』
「そうじゃのう」
『これから先は私たちに任せて』
「引退宣告か。ふむ」
西日が再び雲の中に隠れ、光は薄くなり、草の生い茂った大地に降り注いでいる。雲間から覗く空の色は水色と茜色のグラデーションで美しく、それは形容し難い色であった。
ブルートパーズの瞳の縁は白く濁っているが、目の色は空のように澄んでいて青い。ダンブーは柔らかい瞳の色で私を見て、口を開く。
「困ったことがあったら相談して欲しい。その位はいいじゃろう?」
拗ねた子供のような言い方にクスリと笑ってしまいながら頷く。
『相談役としてこれからも支えて』
「幸せな未来を想像しておる」
『みんなが揃っている未来よ。めでたしめでたしの前には必ず“みんなで幸せに暮らしました”という言葉が入るの』
「儂が生きていると知っている者に伝えて欲しい。改めて後を頼む、と」
『うん、伝えておく。だから安心して、この戦いが終わるまでの間、執筆している本の続きを考えていてね』
「そうじゃの。不死鳥の如く蘇ったベストセラー作家、アルバス・ダンブルドア!人々をあっと驚かせてやるのじゃ!ゴホッゴホッ」
『すーぐ調子に乗るんだから』
クスクス笑っているとウンギャーと赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
『マリーが起きたみたい』
「ふぉっふぉっ。元気な声じゃ」
『マリーの様子を見に行ってくるわ。ダンブーは少し寝てね』
「そうしよう」
閉じられたブルートパーズの瞳。
私は彼の微妙な変化に気が付いた。変化……もしかしたら私の気のせいなのかもしれない。だが、直ぐに夢の世界へと入って行ったダンブーの顔はどこか重荷から解放された穏やかな顔に見えた。
トントントン
控えめにノックをして子供部屋に入ると、中は賑やかだった。ジェームズとリリーの第ニ子であるマリーは元気いっぱいにリリーの腕の中で泣いていて、ニンファドーラ・ルーピンことドーラが玩具をガラガラ鳴らしてあやしている。
『お昼寝から起きたのね』
「オムツ換えとミルクをあげたんだけど泣き止まなくて。きっと黄昏泣きね」
リリーがマリーの頬にチュッと口づけて微笑みかけた。
「オムツ換えにミルク、泣いたらあやして……私、お母さん出来るかしら?」
「ドーラは子供のあやし方が上手よ。きっと良いお母さんになれる」
『それにリーマスもいるしね』
「リーマス!はあ。会いたいなぁ」
『リーマスもドーラのことを恋しがっているわよ』
「本当?」
『えぇ。だって手紙を預かって来たもの』
「やった!」
「ドーラ!飛び跳ねないの!」
子供のようにイエーイと無邪気に飛び跳ねるドーラをリリーが叱り、私は笑いながらリーマスからの手紙をドーラに手渡した。この家に来られるのは不死鳥の騎士団員だとジェームズとクィリナスだけだ。
『ジェームズからも手紙を預かっている』
「ジェームズからも?」
『リリーとの恋文のやり取りが楽しいんですって』
「ふふ。嬉しいわ」
『マリー、可愛いわね』
泣き止んだ小さくてふにゃふにゃしたマリーはベビーベッドの中に下ろされてエメラルドグリーンの瞳を半開きにしてウトウトしている。まだ薄い髪の毛は黒いくせっ毛。これはジェームズ譲り。
***
『気分が悪そうね』
私は隣に立つ弟子の背中に手を添えながら優しく言う。グレーの瞳は杖灯りに照らされて不安げに揺れている。もはや吐きそうだという顔は気の毒だ。
『死体は灰すらないのよ』
「……」
『何が怖いの?』
「ユキ先生が取って来て下さるわけにはいかないですか?」
『いきません。あなたの任務です』
足音はしない。闇に紛れて丘を下りていく。ハグリッドの小屋から1キロ歩いた森の一部分が半円形に伐採され、土がならされていた。広い敷地のわりに墓は小さく白い御影石で作られている。
杖灯りに浮かび上がった墓石の文字には“平和な世のために殉じた勇敢なる魔法使い 彼の愛は永遠に忘れられることはない”と書かれていた。
『こういうのって誰が考えているのかしら』
「知りません。さ、さっさと終わらせましょう」
『死んでいる人間に対して何をガタガタ震えているのよ』
「だって墓暴きですよ!」
『はあ。肝が小さい』
ドラコの背中をポンと押す。
『さっさとやりなさい』
胸の前、両手で杖を握りしめているドラコが私を振り返って助けてほしそうな目を向けてくるが、頭を振って『やれ』と示した。トタ、トタと墓の前まで歩いて行ったドラコは魔法で土を掘りだした。
『墓暴きを避ける呪文はかけられていないみたいね』
土が山盛りになり、出てきたのは陶器できた小さな四角い骨壺だった。最期に着ていたローブの切れ端とニワトコの杖がこの中に入っている。
「ユキ先生……師匠……」
『なあに?』
「お願いします。どうか……」
震えながらこちらを向くドラコは涙でいっぱいの灰色の目をこちらに向けて怖れの表情を張り付けていた。人の墓を暴くという冒涜的な行為に今にも崩れ落ちそうな体。私はドラコの元へ歩み寄り、肩に手を置いた。
『分かった』
「すみません……」
片膝を地面に着き、杖を杖フォルダーにしまって、骨壺に手を伸ばす。蓋は直ぐに開いて、ブルーのローブの切れ端の上にニワトコの杖が置かれていた。
杖を左手に持ちながら墓暴きをしたと分からないように墓を戻す。
『どうぞ』
杖を差し出すと、ドラコは恐々と両手を出して受け取った。
「ほ、本当にすみません……ごめんなさい」
『謝らなくていい。あとはこれをヴォルデモートに差し出すだけね』
「はい」
『行こう。長居したくない』
「はい」
先ほどから頭を下げる度に涙が零れていて見ているのも痛々しい。背中に手を添えて門まで一緒に行き、私たちはそれぞれ別の場所に姿くらましした。
「ドラコ・マルフォイ、よくやった。このヴォルデモート卿が礼を言う」
「あ、ありがたき幸せにござい、ます」
「ユキはニワトコの杖についてどう思っている?」
「は、はい、その……」
「何だ?」
「あの、その」
「言え。何を言っても咎めはせぬ。あの女のことだ。無礼を言ったのであろう」
「は、い。口に出すにも憚られる無礼を……」
「構わぬ。言え」
「それでは、も、申し上げます……ユキ先生は、その杖を闇の帝王は使いこなせぬだろうと言っておりました」
「俺様が使えこなせぬと?」
「は、はい。その杖は死を受け入れるものしか主と認めないのだと言っていました」
「なるほど。死を受け入れるものしか、か」
ドラコはヴォルデモートが激怒すると考えていたが、違った。ククっと喉の奥で笑い最強と言われるニワトコの杖を骸骨のように細い指で撫でた。戸惑いの表情を浮かべるドラコにヴォルデモートは片方の口角を上げる。
「俺様に死はない」
月が西の空に沈もうとしていた。
赤く見える月がヴォルデモートの蠟のように白い顔を闇の中に浮かび上がらせる。
何を思ってか、ヴォルデモートの口から甘美な息が吐き出された。
「俺様の隣にあの女は来る。そして永遠を俺様と共に歩むのだ」
――――あぁ美しい
――――なんと、なんと美しい
『ううん。今、悪寒がした』
「大丈夫だよ!馬鹿は風邪を引かないさ!」
『なんですってジェームズ!』
ぎゃいぎゃい言っているとハリーとロンがお茶を淹れてくれる。今から死の秘宝と分霊箱についての話をすることになっている。
死の秘宝と分霊箱について知っているのはハリーたち仲良し四人組、私とセブ、ポッター夫妻、シリウス、リーマス、レギュラス、クィリナス、マッド‐アイ。
こう考えると結構な人数がこの最重要秘密を知っているが、誰も裏切ることのない人たちだと信じている。
ひと口紅茶を飲んだリーマスが、甘さが足りなかったらしく、角砂糖3つを紅茶に追加で放り込んでから口を開く。
「さて、始めようか。シリウスとマッド‐アイもこの話し合いに参加したかったのだけど、それぞれ任務があってね。僕たちだけでやることになった」
「司会進行はリーマスに任せている。知っての通り、不死鳥の騎士団のツートップはリーマスとマッド‐アイだからね」
リーマスはジェームズの言葉にニッコリ微笑んで角砂糖を2個紅茶に追加した。
「まずは死の秘宝について。ユキ、話してくれるかい?」
『うん。ニワトコの杖だけど、先日ホグワーツにあるダンブルドアの墓を暴いて杖を取り出し、ドラコ経由でヴォルデモートに渡された』
最強の杖はヴォルデモートの手に渡った。だけど、その杖はまだ奴のものではない。そうするには今のところ杖の最終所有者であると思われているセブを打ち負かす必要がある―――ちなみに杖の最終所有者は、ダンブーとセブの取り決めにより、いない―――が、それについてはセブが自ら進んで自分を打ち負かすようにヴォルデモートに進言することになっている。
『最強の杖の問題については解決している。ヴォルデモートが持っているのは普通の杖。だから、誰でも奴を打ち負かすことが出来る』
みんなが頷いたので次へと進む。
「ポッター家所有の透明マントは引き続きハリーが持つんだったよね、ジェームズ」とリーマス。
「あぁ。ハリーの役に立つと思う」
「ありがとう、父さん」
ジェームズとハリーはニッコリと同じ顔で微笑み合った。
「続いて甦りの石についてだけどダンブルドア校長が隠しているんだよね?これをヴォルデモートは追っているだろうか?」
『生前、甦りの石についての隠し場所の話を聞いていないわ。セブも知らないみたい』
「セブルスさえ知らないならば我々はどうにも出来ない。この件は保留だ」
「続いては分霊箱の件だね」
ジェームズが顔を厳しくしてハリーを見たので、ハリーは少し面食らった顔をした。目をパチパチ瞬いているハリーにジェームズは言う。
「君たちは分霊箱について関わらないでくれ」
「「「「!?!?」」」」
パッと立ち上がったのは予想通りハリーだった。ロンとハーマイオニーはホッとした顔で栞ちゃんは立ち上がりまではしなかったもののハリーと同じ不満顔だ。
「どうして!僕はダンブルドアから金色のロケットを洞窟から取ってくる時に―――それは偽物だったけど―――こう言われた!全員で力を合わせて分霊箱全てを探し出して欲しいって」
「そうかもしれない。だけどね、ハリー。この任務は危険すぎる。不死鳥の騎士団は会議で君たち子供は関わらせないと決めたんだ」
「ルーピン先生。私たちは子供じゃありません。成人しています」
憤然として栞ちゃん。
『ヴォルデモートとの直接対決もあるかもしれないのよ。いっぱいのハリー作戦で自分たちの未熟さを感じたのではないかしら?』
「それは……」
『言葉を詰まらせるなら認めたも同然ね。そういうことよ。関わるのはやめなさい』
ピシャリと言うと恨めしそうにじとっと見られる。うぅ、また言い方がきつかったようだ。反省。
「ハリーは僕とそっくりな性格をしているからね。気持ちは良く分かるよ。だけど、父親として危険な旅をさせるわけにはいかない。それにハリーが行くとなったら隣にいる三人もついて行くことだろう」
ジェームズがそう言うと、首がもげそうなくらい残りの三人が頷いた。それを嬉しそうに見ながら、ジェームズは続ける。
「君たちの家族のことを考えて欲しい。もしもの時、悲しむ人のことを考えて欲しい。それに、分霊箱探し以外にもやることは沢山あるんだ。ユキ、ホグワーツのこれからの事を皆に話してくれるかい?」
『えぇ』
ホグワーツの状況について話し出す。空席の校長職にヴォルデモートがセブを据えようとしていること。それについては理事会員の一部が命を張って反対してくれていること。しかし、その抵抗が挫かれるのも時間の問題だということ。希望するマグル出身の生徒たちを外国へ移動させたこと―――
『ハリー、ダンブルドアが殺された時に塔にいた顔の似た男女を覚えている?』
「はい」
『男の方が闇の魔術に対する防衛術の教授職に、女の方がマグル学の教授職に就く予定よ』
「そんな!」
「ハリー、ホグワーツは安全とは言えなくなってしまった。アーサーがいいと言っているからこの隠れ穴に留まらないか?」
「父さん、それはしない」
「だよね。今のは只の確認さ」
『ジェームズ……』
呆れた目で見るとジェームズは肩を竦めて見せた。
『ロンは純血だから置いておきましょう。ハーマイオニーと栞ちゃんはどうするの?二人とも目を付けられるのは確実よ』
「私はホグワーツに残ります」
「私もです。どこにも逃げません」
『あらあら』
間髪入れずにきっぱりと言う栞ちゃんとハーマイオニーに目を大きくさせる。彼女たちの目からは何があってもハリーと一緒にいるという強い意志が見て取れた。
『私とシリウスが学校にいるけど、ずっと皆を助けることは出来ないでしょう』
「でも、教師である以上はホグワーツのルールに従わざるを得ない。だから大丈夫ですよ」とロン。
「ところで、スネイプ教授はどうなりましたか……?」
栞ちゃんに魔法薬学の助手になったと伝えると、ホッとした顔。前から思っていたが、彼女はセブのことを慕っているようだ。
「みんな、スネイプ教授が悪意を持ってダンブルドア校長を殺したって信じているだろうな」
ポツリとハリーが言った。
「でも、本当のことは言ってはいけないよ」
ジェームズの言葉にみんなは苦しそうな顔で頷いた。
セブのこれからを考えると本当に胸が痛い。生徒たちに囲まれれば針の筵にいる気分だろう。だけど、セブ、あなたには私たちがついている。
「あとはR.A.Bの話だね」
シリウスがこの会議に参加できなかったので、重要なこの話を私が代わりにすることなった。
『R.A.Bの正体はシリウスの弟、レギュラス・ブラックよ』
「「「「!?!?!?」」」」
驚きで言葉を失うハリーたちに私は半分本当、半分嘘の説明をする。レギュは死喰い人になったが、闇側を裏切ってヴォルデモートの分霊箱を奪ったと話した。
『その分霊箱はクリーチャーに託され、それは回収されて破壊済みよ。因みにクリーチャーの話によると、レギュラスは亡くなっている』
「知っていてわざわざ偽物の分霊箱を取りに行かせるなんて!」
ハリーが憤慨して叫んだ。
『ダンブルドアはハリーにこれから立ち向かう敵を見せたかったのよ』
「そうだ、息子よ。あの時間は決して無駄ではない」
ハリーが消化しきれないモヤモヤを押し込めている前では、リーマスが合計七個の角砂糖が入った紅茶を飲み干している。その横で、ハーマイオニーがピシッと真っ直ぐに右手を上げた。
「どうしたんだい?」
「はい、ルーピン先生。分霊箱の話ですが、たしか、分霊箱の一つはホグワーツにある可能性が高いということでしたよね」
「「「!!」」」
他三人の顔がキラキラっと輝いた。
あぁ、やっぱり思い出してしまったか。
「さっきも言った通り、ホグワーツにはカロー兄妹がいる。何をしているか見つかれば大変なことになる。この任務を君たちに任せることは出来ない」
リーマスがキッパリとした口調で言ったが、ハリーと栞ちゃんは不満を顔に露わにしている。このニ人の使命感と正義感が強いのは知っているが、これだけは慎重にしなければならない任務だ。
『もし分霊箱がヴォルデモートの手に渡れば状況は難しくなる。理解してほしい』
「分かりました、ユキ先生!」
『はあ。ハリー、不安になる元気な返事をありがとう』
ジェームズ、隣でニコニコしないで頂きたい。リーマス、諦めた顔をしないで。
予想していた。予想していたけど……ハアァ。
問題大ありな新年度がもう直ぐそこまで迫って来ていた。