第8章 動物たちの戦い
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9.信頼
「ユキ先輩、出てきてください。レギュラスです」
私は震える脚で廊下からリビングへと出て行き、スッと杖先をレギュであろう人物に向けた。
『私があなたの部屋に行った時、嫌がらせで作った食事は?』
「ハンバーガーです。大口を開けて食べる羽目になった」
杖を下ろして倒れているセブに駆け寄る。
『セブ、セブ!』
「くっ……」
『どうなっているの?』
「セブルス先輩はヴォルデモートから酷い罰を受けました。ベッドに運びましょう」
『うん』
担架を出してニ階にある寝室へとセブを運び、横たえる。意識はないのに苦しみ、呻き、その体は引き裂かれて血が流れ、頬には青痣が出来ていた。
一昨年のクリスマスを思い出して震える手は役に立たなくて、トリッキーとレギュがセブの服を脱がせていってくれている。
「直ぐに落ち着いて下さい。治療できるのはユキ先輩しかいませんよ」
『わ、分かってる。大丈夫……私なら出来るわ』
「えぇ。ユキ先輩なら出来ますよ。それに、ヴォルデモートはセブルス先輩に死なれたら困ると思っていますから、死ぬような呪文は打っていません」
『そうね。でも、かなり苦しんでいる』
目の前の患者に集中しよう。良く体を見て、余計なことは考えない。パンツ姿のセブの胸に手を置いて体を調べていく。頬の青痣は呪い無し、体全体に切り傷、それに―――
『なにこれ……』
「ヴォルデモートはややこしい闇の魔術を使っていました。セブルス先輩に2、3日苦しみ反省せよ、と言っていました。どんな呪文をかけられたのですか?」
『体の内側に鎖のようなものがある。熱せられた鎖が臓器を締め付けている』
「っ!なんてことを……」
『どうにか解術したいけど、まずは外傷から治します』
「ユキ先輩、もう少し寄り添いたいところなのですが、長く滞在できません。僕は行かなければ」
『セブを連れてきてくれてありがとう』
「明日、例の場所で会いましょう。分霊箱の件についてヴォルデモートに動きがありました。そのことをご報告したい。僕が死んだ場合、引継ぎをして下さるでしょう?」
『こんな状況でよくも死ぬだなんて言えるわね!』
私はカッとなってレギュを睨みつけた。誰かを失うなんて考えたくない!目の前で苦しんでいる人がいて、ジョージは耳を失った。誰かが死ぬ可能性が本格的に現実味を帯びてきた。
『お願いだから馬鹿な事言わないで』
「すみません……」
『絶対に死なないと約束するなら聞く』
「分かりました。では」
『くれぐれも気を付けて動いてね』
レギュが出て行ってセブに向き直る。簡単に外傷の手当は出来たのだが、セブの体内で彼を苦しめる熱い鎖は何度試しても解くことが出来ない。
『何か合言葉のようなものがかけられているみたい』
「では、ご主人様はずっとこのままなのですか!?」
『トリッキー泣かないでよ』
私だって泣きたい。
ぐずっと鼻を啜ってから室内を歩き出す。頭の中で何か手がないかぐるぐる探すように、部屋の中をぐるぐると部屋を行ったり来たり。解く―――壊す―――ダメだ。試したが出来なかった。では―――抑える。これはどうだろう?出来るかもしれない。
思いついたことを試そうとセブの体に手を置くと、彼の口から熱い息が吐き出された。見れば薄目を開けてぼんやりと瞳を揺らしている。
『セブ!』
「ユキ……か?」
『そうよ。どうにかヴォルデモートから受けた呪いを解くから。頑張ってね』
「……め、だ」
『ダメ?何故?』
「2、3日以内にまた呼び出される。その時に呪いを解いていたと分かれば不興を買うだろう」
『このまま苦しみ続けるというの?……でも、言っていることも分かる。今からするのはセブの体内に巻き付いている熱い鎖のようなものを封印術で抑え込むだけ。それならいいでしょう?』
「ハリー・ポッターは無事か?」
『馬鹿!今は自分のことに集中しなさいよ』
「ユキ」
手首を握られて涙が零れていく。自分が苦しんでいてなお、彼はハリーを守ろうとし、任務に忠実であろうとする。少しでも私の気持ちを考えてはくれないか。心配で胸を潰しそうになっていた私の気持ちを考えてよ。どれほど心配して、今だって苦しんでいることに胸を痛めているのよ?
『ハリーは無事よ。他のみんなも。でも、詳しい話は後にしましょう。今は呪いを抑え込まなければ』
「抑え、られるのか?」
『やったことないから確実かは分からないけれど……善処する』
「呪いは……っく、体内に残しておかなければならない。下手をするなら……」
『お願い。私を信じてちょうだい』
眉間に皺を寄せてじっとりと汗をかき、顔色悪く時々呻いているセブを見て、私は迷うセブの気持ちを無視して呪いを抑え込むことに決めた。あまり経験はないけれど、やったことはある。
「旦那様」
<セブ、しっかり>
臓器を締め付ける赤く燃える鎖
ギシギシと内臓を捻り潰す
その鎖に術を施す
口から呟かれる私の呪文は手を通ってセブの体内へ
鎖の上を這って行き――――
『よし』
ギッと音が聞こえるようにして鎖の動きが止まり、赤く燃えるようだった鎖は黒ずんで冷たくなっていく。
ホッと息を吐き出してセブを見ると、私を見ていて、小さく微笑んでくれる。彼が苦しみから解放されたことに安堵した私は心配と悲しみ苦しみから解き放たれてわっとセブに抱きついていた。
『もう苦しくない?』
「あぁ。君のおかげだ。呪いを一時的に押さえつけただけだな?」
『えぇ』
「招集がかかった時には取り外さなければならない。頼むぞ」
『うん……』
「そんな顔をしないでくれ。無事に再会できたのだ。笑って欲しい」
『笑ってなんて無理よ。どうしてもと言うなら笑わせてちょうだい』
ちょっと拗ねたように言うとセブは温かな顔をして手をこちらに伸ばしたので、その手を取り、引き寄せられるままにセブの胸の中に入った。
『重いでしょ。負担では?』
「いや、心地よい重みだ。よく顔を見せてくれ」
両手で顔を包まれ、目の前の顔を見れば、私を見つめるのは泣きそうに濡れた眼差しで彼が一人で厳しい任務に耐え、それから解放された気持ちが分かった。自惚れてしまうが私がセブにとっての帰ってくる家となれていることが幸せであった。
セブの負担にならないようにセブの上からポスンと彼の横に下りてセブの脚の間に自分の左足を突っ込めば、セブの右足が私を離さないというように私の体に巻き付く。
「全員無事だと言ったな」
『うん』
「ウィーズリーの双子のうちどちらかに我輩の呪文が当たったように思ったが……」
『ジョージの方よ。片耳が無くなってしまったけれど、セブのおかげで命が助かった。モリーさんがとても感謝していたわ』
「もう少しうまくやれていたら良かったのだが」
『死の呪文に同じような威力の呪文をぶつけたのでしょう?しかも空中でよくあんな芸当が出来たとみんな驚いていたわ。私のダーリンは優秀ね』
「恨まれていないとは意外だな」
ぽつりと言うセブの顔の側面に左手を当てる。汗で張り付いた髪を取り払い、優しく撫でる。
『目を瞑って。キスしたい』
セブの睫毛は意外と長くって、そして口元はちょっとだけ尖っているのが可愛いところ。可愛いなんて言ったら怒られるだろうけど、付き合うようになって初めて分かった細部。
少し飛び出た唇を啄むようにしてキスをして、続いてリップ音をちゅっと鳴らし、今度は唇の柔らかさを味わうように自分の唇を押し付ける。
「ユキ」
最後にちゅぷっと吸うようにして唇を離すと長い睫毛をパチパチさせてキョトンとしている顔があって首を傾げる。
『その顔はなに?』
「続きはどうした」
『続きとは?』
「やらないのか?」
『自分がどんな体をしているかご存じない?さっきまで瀕死とはいかないまでも重傷だったのよ?』
「だが今は違う。ユキが治してくれたではないか」
『お馬鹿。まずは休まなければ。体を拭くタオルを持ってくる。それから何か胃に入れましょう』
ベッドを抜けようとした瞬間に後ろから手が伸びてきているのを感じていたが、私はそれをすり抜けた。
「食事でしたらトリッキーめがお作り致しますです」
『いいえ。愛しのセブの胃袋を満たすのは私よ』
「トリッキー、食事を作るのはお前だ。温かいものを作ってくれ」
『ああっ、そんな!』
セブの命令によって私の仕事は取り上げられ、トリッキーが嬉しさに目をキラキラさせながらバシンと姿くらましして消えた。
『私が作りたかった!』
「君には君にしか出来ないことがある」
『なあに?』
「傍にいてくれ」
『えぇ。でも、体を拭くタオルを持ってくる。気持ちが悪いでしょう?それまではモリオンに癒し係をお願いするわ』
<セブ>
「モリオン、こちらへ」
今まで心配そうに見守っていたモリオンにセブが声をかけると、ウサギは耳をピンと伸ばし、小さな尻尾をぴょこぴょこと動かしてからひとっ飛びでセブの枕元へと飛んでいった。
枕をヘッドボードにたてかけて上体を起こしているセブの姿を見てホッとする。酷い呪いをかけられて大変な目にあったが起き上がる元気はあるようだ。そういえども、体力を消耗しているだろう。暫くベッドで横になっていた方がいい。
部屋から出てバスルームに入って水を張った洗面器にタオルを入れて持っていくとセブがモリオンを膝にのせて撫でているところ。目を上げたセブは穏やかな顔をしていて、目の合った私は微笑んだ。
『体を拭くわ』
「自分でやる」
『私がやりたい』
「ユキも服を脱ぐというならいいだろう」
『どーして私が服を脱ぐ必要があるわけ?』
「一方だけ脱いでいてはフェアではない」
『意味が分からないわ』
「病人の言うことが聞けぬと?」
ナイトテーブルに洗面器を置いて、ベッドに上がって色っぽく微笑むセブのもとへ。クスクス笑いながら私はヒヨコのような唇に口づけた。
『病人であることを利用してアレコレ要求されたらどうしよう』
「招集がかかるまでの2、3日はここにいられると思う」
『それまでは一緒にいられるのね』
「不死鳥の騎士団の任務はどうなっている?」
『ハリーが隠れ家に着いたからひと段落。それぞれの任務に戻るわ。私は不死鳥の騎士団の団員ではないから今まで通り個人で動くけど……今はセブ以上に重要なことはない』
「一緒にいられる時間は出来るだけ共に過ごしたい」
『そうしましょう。これからも意識的にセブと一緒にいられる時間を作りたい』
「そうだな。そしてこの間に不安や問題は必ず話し合い、解消しておくことだ」
心の奥を見ようとする黒い目から私は視線を逸らし、着ていた忍装束に手をかけ上着から脱ぎ始めた。
『このままモリオンを部屋に置いておくの?』
「ユキ、話を逸らすのか?」
『モリオンは?』
「……モリオン、外に出ていなさい」
<ウン。またよんでね>
杖を振って扉を開けると入れ替わりにトリッキーが銀のお盆に料理を乗せて入って来た。
「!?!?トリッキーめはご主人様の性交渉をまた『おっと、危ない。違うわよ、トリッキー、まだしてない』
慌てたトリッキーの手から吹っ飛んだ銀のお盆に杖を振ればギリギリセーフ。食べ物は放り出された空中からそれぞれの皿へと戻っていった。
“まだ”していない、の言葉に愉しそうに口に弧を描くセブにチュッと口づけしてベッドの上でずるずると黒いズボンを脱ぎ、下着姿になった。
トリッキーがセブの前にベッドテーブルとその上に料理を乗せてくれる。
「何かございましたら直ぐに呼んでくださいまし」
トリッキーがいなくなってニ人きり。私はスープ皿を手に取ってスプーンで美味しそうなコーンスープを掬った。
『ふーふーしてあげましょうか?』
「結構」
器とスプーンが奪われ、スープを口に運ぶセブの横で私もヘッドボードに立てかけた枕に体を預ける。シンとした中で黙々とスープを飲んでいるセブの横で私は考えていた。
セブが私に聞きたいことは分かっている。ニ度と聞かないでと言っているが、セブは諦めず、私の中の闇を共有してくれようとしているのだ。しかしながら、私にはその勇気がない。
私はセブを心から愛している。セブもきっとそうであると思う。そんな彼が私の過去を知ったらどうだろう?もし……もし……私がハリー・ポッターを殺したとしたら。ジェームズを殺し、リリーを殺したならば、彼はそんな私でも愛せるだろうか?
そんなの無理
私はセブを騙しているのだろうか?
でも、言えない。セブが離れて行ってしまうのは耐えられない。
汚いものを見るような目で見られるのならばまだましで、視界にも入れたくないと目を逸らされたら私は耐えられない。
セブ……あなたなしでは生きていけないの。
どんなに卑怯だとしても、この秘密は墓場まで持っていこう。
私はそう決意していた。セブを失う事だけは出来ない。
だから……もし、セブが死ぬようなことがあれば私は死者を蘇らせる術を使う。彼が生きている世界が私のいる世界なのだから。
『……セブを愛しているのよ』
「それならば言うべきだ。我輩が何を聞きたいか分かっているであろう」
『愛しているの、お願い』
「ユキ」
『あなたが聞きたいのは私の過去で、何をしてきたか。察しているでしょう?私は酷いことをしてきた。任務とはいえ、話せないようなことをしてきたのよ』
「その苦悩を共有して欲しい。何度も何度も言っている。我輩はどんなユキでも愛す」
『怖いのよ……お願い……』
「我輩を信頼していないのか?ルーピンのように秘密を打ち明ける相手ではないと?シリウス・ブラックのように背中を預けられる存在ではないと?」
『可笑しな人。何故今リーマスとシリウスが出てくるの?』
「……すまない。ただの……嫉妬だ」
『ますます可笑しな人。確かに学生時代に忍だと打ち明けたのはリーマスだった。シリウスは冥界に行って共に戦ったわ。でもね、誰よりも信頼していて、私という人間を理解してくれているのはセブだと思っている』
「理解が足りていない。話してくれ。くどいと言われようとも何度でも聞く。目の前に危険が迫っているだけではない、これから先の長い人生、ユキ、君は苦しみながら生きていくのか?」
『苦しむべきだと私は思っている』
「分けてくれ」
『ただ寄り添って欲しいの』
悲痛な声が私の口から出た。
『お願い。今日でこの話は最後にして。私、疲れたわ……』
重い溜息を吐きながら両手で顔を覆って俯く。すぐ横に戦いで重傷を負って治ったばかりの人がいるのにこんなことを言うのはどうかと思うが、私はこの話をしたことで強い疲労感に襲われていた。
カタカタと音がなって顔を上げればベッドテーブルがベッドの下へと下りていくところだった。セブを見るのが怖くて左に顔を動かすと、後ろから抱きしめられてセブに引き寄せられる。
「我輩は諦めない」
『セブ!』
「幸せになって欲しい」
先ほどの私よりも悲痛な声だった。
セブの顔を見た瞬間に泣き出してしまう。私を気遣ってくれる優しい瞳。自分のことのように辛そうな表情。私はこんなにも愛されている。
『愛しているの』
これしか言えない。
『愛してる』
いつか……いつか言える日がくるのだろうか……
この心が変わる日が。
いつの日か、来るのだろうか……
心の底
奥底
自分の知らない場所
人には4つの窓があるという
1つは自分も他者も知っている自分
1つは自分だけが知っている自分
1つは他者だけが知っている自分
1つは自分も他者も知らない自分
ユキはセブルスの愛を疑っているのだろうか?
それは誰が知っているのだろうか
『セブ』
「何かね?」
『愛しているっていっぱい伝えたい。何度も言っていたら言葉が薄っぺらくなるなんて嘘よ。愛のこもった“愛している”を沢山伝えたい』
「愛している。我輩の心を分かっているな?」
『分かっている。でも、ごめんね……』
「君の心に寄り添う」
『ありがとう。何度も何度も聞きにくいことを聞いてくれたのに……本当にごめん』
額にちゅっ、と口付けられてセブの胸に顔を寄せてスリスリと動かすと、セブの匂いがして胸を満たす。そこでふと体を拭いていないことに気が付いた。
『このままでもワイルドで素敵だけど、汗を拭きましょう』
「スコージファイすればいいものを何故わざわざタオルを使う」
『ふーん。スコージファイでいいんだ』
「……」
『タオルで拭いて下さいは?』
ニヤニヤしているとすっと手が伸ばされて、セブの右手の甲が私の頬に触れた。目の前には大層色っぽい顔があって私の心臓は跳ね上がる。
「拭いてくれ」
『あ、う、く、下さい、は?』
男の色気を放っているセブにクラクラして動揺しながら言う私の声は裏返っていて、思わずベッドの上を手で後退り。片方の口の端を上げてクツクツ笑うセブは獲物を狙う野生動物のような目で私を見ながら私の後頭部に手を回して簪を抜いた。パサリ、と落ちた髪。セブはひと掬い黒髪を取り、口づける。
「どうぞ、拭いて下さい」
ビビビビッと官能的な何かが足の先端から頭の先まで駆け抜けた。
『あ……う……』
「何かね?」
『何だろう……お願いされて下手に出られているはずなのに感じるこのSっ気』
「間違いではないな」
『間違いじゃないとは?』
「兎に角、拭いてくれ。体が気持ち悪い」
『うん』
洗面器を叩いて冷えた水をお湯に変え、緩めにタオルを絞ってセブの横に座れば意地悪そうな顔をしたセブはトントンと太腿を叩いた。乗れってこと?やってやろうじゃない。ガンガンに感じさせて焦らせて、そしてポーイといなくなってやるんだから!
ゴクリと唾を飲み込んで下着姿の私はセブの上に向き合って座る。汗で張り付いた前髪を上げてトントンと優しく額を拭く。そこは家に戻ってきた時に大きな額傷があった場所で、思い出して辛くなった。
『痛かったでしょうね。酷く切られて辛かったでしょう』
「死なぬと分かっていたから安心していた」
『よく頑張ったわ』
拭いた額に口づけて今度は閉じられた目にそっとタオルを当てる。男らしい鉤鼻、薄い唇。首筋は筋がしっかり入っていて色っぽい。堪らくなって私は首筋に顔を寄せてレロっとひと舐めしてしまう。
引き続きじりじりさせてやりましょう。
『手を伸ばして―――そう。伸ばしているの疲れるでしょうから胸に置いていいわよ』
セブの右掌を私の左胸に導く。腕枕ならぬ胸枕。揉み揉みされるのをクスクス笑いながらセブの腕を肩から時間をかけてゆっくりと手の先まで拭いていく。一度セブをギュッと抱きしめてから反対の腕も同じように。
『セブの喉仏って最高にセクシーよ』
キスを落として次は胸へ。
優しく、これをするコツは時間をかけて、だ。逞しい胸を拭いていく。ちょっと悪戯をしてもいいだろう。コリコリと胸の頂をタオルで擦ると咎めるような視線が降ってくるのでニヤニヤ笑いを返しておく。
『舐めて欲しい?』
「そうだな。舐めて下さい」
またゾクゾクっと体が震えた。
呼吸を少し早くしながらレロっと舌を伸ばす。じっとりと乳首に押し付けてチロチロと先端を刺激する。
「くっ……」
『んっ、セブ可愛い』
じゅうっと吸ってちゅぱっと離す。そしてまたしゃぶりついて、ちゅうちゅうと吸う。脇の下に添えた両手を体の線に沿って動かしていき、たどり着いた先は黒いパンツ。指をかけてずらしていけばセブは腰をあげて私を助ける。
『次はどこを拭かれるのがお望み?』
「ユキに任せよう」
『じゃあ、次は足ね』
昔から青白いのは変わらない脚。ふくらはぎを丁寧に拭いて、汗の溜まっていそうな膝裏はしっかりと。足の指の一本一本を丁寧に拭いて、セブの右足裏を胸の谷間に(少ししかないが)押し付けた。両手でムニムニと胸を押してセブの足を挟み、かぷっ。
「ユキ」
『むぅ』
あむあむと親指を噛んでいると足が引き抜かれてしまう。
『まだ噛んでいる途中なのに』
「嚙みちぎられてはかなわない」
カチカチと歯を鳴らして見せているとセブの足が伸びてきて私のショーツを脱がそうと頑張り始めた。
『下さいは?』
「いいだろう。脱いで下さい」
じゅんとあそこが湿る。
あ、このゾクゾクの正体が分かったかも。
ブラジャーを取り去り、ショーツを脱ぐ。
「ユキ、頼みを聞いてくれ」
下さい
それは断り切れないお願い
言い換えれば、丁寧な命令
***
私とレギュラスはとある森に来ていた。
山の麓にある森は秋の風が駆け抜けて、夏の葉をサラサラと揺らしている。
しかし、季節の移り変わりを楽しんでいる状況ではない。
『マフリアート』
「カーベ イニミカム」
私とレギュは十分にマグル及び魔法使い除けを辺りに施してから警戒を解かずに杖を持ったまま話し出した。
「いきなりですが本題に入ります。分霊箱の件ですが、ヴォルデモートはやはり誰かに一つ、分霊箱を託したようです」
『レギュの予想通りってわけね』
「ただ、誰かは分かりませんし、それが何かも分かっていません」
『だけど、メンバーを見れば大体の見当はつくんじゃない?』
「そうですね。怪しいのはレストレンジ夫婦を含めて数人です。どうやって聞き出すべきか……」
『簡単に思いつくのは真実薬を盛って話させてからオブリビエイトする方法だけど、何人もとなるとリスクが高いわよね』
「はい。それに、全員腕利きの魔法使いばかりです」
『分霊箱については託した者にしか存在を告げていない。死喰い人たちはヴォルデモートが分霊箱を持っていると知らないのでしょう?』
「セブルス先輩にも確認しましたが、そうです。知らされていない。おかしな動きをしてヴォルデモートの警戒を招くことはしたくありません」
『余程慎重にならねば』
「ヴォルデモートの思考を読むことが出来れば良いのですが……」
私たちは黙り込んでしまった。この問題は難しい。もしヴォルデモートにレギュが分霊箱を追っていると気づかれてしまったらまだ残っている分霊箱もより安全な場所へと隠されてしまう可能性がある。それに今まで破壊した分霊箱の存在にも気づかれる。
『何かあったら自分の身を優先して逃げるのよ』
「分かりました」
『素直で嬉しい』
「クリーチャーに金色のロケットの二の舞になってはならないと約束させられましたから」
『クリーチャーは元気?』
「元気とは言えませんね。僕が隠れ家から出て行って帰ってくるまでずっと泣いているようです」
『無茶をしないでね。でも、死喰い人に託した分霊箱についてはあなたが頼りよ。何か私に出来ることがあったら言ってね』
「宜しくお願いします。セブルス先輩にも何か気づいたことがあったらユキ先輩に伝えるように言って下さい」
『うん』
レギュはブルガリアの闇払いを辞めてイギリスにやってきた。借りたアパートを拠点に今までグライド・チェーレンとして分霊箱探しをしていたが、今はショーン・ワードという上位の死喰い人に成り代わって分霊箱探しを行っている。
レギュがグライドとしてアパートを借りていた時はよくそこへお邪魔していたのだが、今はショーン・ワードの部屋にいるので、忍んで行くことは慎重を期し、していない。
その代わり、レギュはマグルの町にあるアパートに一部屋借りており、そこを隠れ家としている。クリーチャーはレギュが任務に出て行くと来る日も来る日も帰りを待っているそうだ。
『兎に角、誰よりもヴォルの野郎に信頼される死喰い人になることよね。そうしたら、情報も入ってくるかもしれない。ショーン・ワードは最近マグルの村を襲ったそうね』
「えぇ……」
レギュの顔色が悪くなり、顔を強張らせて瞳の色を暗くした。ショーン・ワード一派が襲ったマグルの村では十人のマグルが惨殺されている。マグルの新聞は村祭で不幸にもガスボンベが爆発したとニュースで伝えたが、実際は死喰い人の襲撃だった。
『日刊預言新聞では誰の仕業かは伝えられていなかった』
「ですが、死喰い人の間では知れ渡っていますよ。部下たちは成功を喜んでいる」
レギュは何とも言えない顔で鼻を鳴らし、表情を歪めた。
「この件でヴォルデモートは喜び、僕に褒美として部下を増員しました。次はどこを襲えと言われるのか気が重い。ショーン・ワードは貴族ではない。汚い仕事を回される」
『辛いわね……レギュ、大丈夫?』
「正直言って精神不安定ですよ。何の悪事も働いていない善良な市民を殺すなど耐えられるものではない。それでもショーン・ワードとして生きるには避けて通れない」
『いちいち考えこんじゃ駄目よ』
「ユキ先輩はそうやって生きてきたのですか?」
レギュの瞳が私の胸を射抜き、心臓がズキリと傷んだ。古傷がえぐられ、苦しい感情が外に溢れ出そうとしてくる。それを何とか押さえ込むように私は大きく息を吸い込み、吐き出した。
『ずっとそうして生きてきた。避けて通れない道がある。何を目指すのか、一番の目的を見失ってはいけない』
私は矛盾している。
私はダンブルドアに言った。
掌から命の砂が零れ落ちようと最後の一粒まで諦めたくないと。
だが、今はレギュに避けられないなら殺せと言っている。
なんて心無い。
私は自分に関係のない命をないがしろにしているのだ。
残酷で冷たい私の心は暗部になるために育てられる過程で作られ、暗部になって完成された。人を殺し、仲間を見捨て、自分を犠牲にしてきた。
セブが心配している通り私は危ういと自分自身で思っている。
だから話そう。
『レギュ、お願いがあるの』
「僕に出来ることならば」
『死喰い人に捕まる気はないけれど、もし、万が一があり、レギュが傍にいることが出来たならば、そしてタイミングが合えば、私の記憶を消して欲しい』
「……もし、捕まって僕がいない場合は?」
『最善の策を取るとしか言えないわ』
「ユキ先輩!」
『怒らないで。私には知られたくない過去がある。ヴォルデモートが私を屈服させようと知りたがっている過去……。それだけじゃない。問題は妲己のことよ。私が妲己に見せられた未来はヴォルデモートに見せたくない』
「5人助ければ1つ願いを叶えるでしたよね。ユキ先輩を操り人形にしたヴォルデモートは自分の不老不死を叶えさせるでしょう」
『それにもう1つ……』
「なんですか?」
ぎゅっと拳を握って唇を噛みしめて迷う私をじっとレギュが見つめる。ザアアと風が木の葉を揺らす音が森に響いていた。
若くして落ちた葉っぱが地面を踊るように風に運ばれるのを見ながら私は迷っていた。これについて誰かに話す気はなかった。しかし、状況が状況でもしもということがあるのを認めなくてはならない。
言わなければ
私は覚悟を決めて口を開く。
レギュなら信用できる。
『わ、私は……死者を生き返らせる術を知っている』
「っ!?」
『……』
「どういうことです?兄と冥界に行ったのは偶然ではなかったと?」
『いいえ。あれは偶然だった。あのベールが冥界に繋がっているとは知らなかったわ。それとは違うの。私はここに来る前、暗部を辞めて直ぐに砂の国の秘術を学ぶことが出来た』
「詳しくお願いします」
『その術を使えるのは1度きり。自分の命と引き換えに死者を蘇らせることが出来る。もちろん、新鮮な死体がないと出来ないけれど』
「なんてことだ……」
『これがヴォルデモートに知れたら大変なことになる』
「こんなこと、決してヴォルデモートに知られてはならない」
『レギュ、私が捕まってしまった時は……殺して』
「馬鹿を言わないで下さい!」
『自分で自分の始末をつけるように努力する。でも、金縛りの術をかけられたら舌も噛めない』
「僕は絶対にそんな役目を引き受けませんよ!」
『勇気を出して告白したのよ?』
「そんなこと僕の知った事じゃない!よくもこんな願いが出来たものですね!」
『セブには頼めない』
「僕ならいいと?良心が痛まないと?」
『信頼しているのよ』
「信頼は有難いです。ですが、この願いを聞き入れることは出来ません」
『記憶を抜いてどこかに保存することも考えた。でも、自分の頭から記憶を離してしまうのは危険すぎると思う』
「それには同感です」
『レギュ、お願い。頼まれて。この通りよ』
「っ!跪かないで下さい。立って……大丈夫。泣かないで」
『この術はセブの為にあるの。ヴォルデモートの為に使うべき術じゃない』
「また馬鹿を言って!落ち着いて下さい。自分が滅茶苦茶を言っているとお分かりですか?」
『レギュ、レギュラス、レギュラス・ブラック、私を助けて欲しい』
「勿論……もちろん助けになりたい。でも、ユキ先輩を殺すなんてもっての外です」
『助けて欲しい……お願い。お願いだから』
「……っ。あぁ……落ち着いて。勿論ですよ。僕に任せて下さい」
『ありがとう、レギュ』
「ユキ先輩が捕まってもいいように死喰い人の中で良いポジションを取っておきますから」
『分かった。だけど』
その時は
『もしもの時は』
バッチーン
『いだっ』
レギュの容赦ないデコピンに私は呻いた。
『あたた』
「もしもがないようにして下さい。それで万事解決です」
ぎゅっと抱きしめられた体。
レギュの体はガタガタと震えていた。
私は彼を信頼している。レギュ、ありがとう。あなたが友で良かった。
深夜、セブの家に戻るとセブは起きていてリビングでお酒を飲んでいた。
『待っていてくれたの?』
「あぁ。話は何だった?」
『やはり分霊箱は死喰い人の誰かに託されたみたい』
「そうであったか」
『レギュは自分のポジションを上げてヴォルデモートの信頼を勝ち取りつつ、分霊箱の行方を追うことにすると言っていた。具体的なアドバイスが出来なくて心苦しい』
「ユキの存在だけで力になっているだろう」
『セブの存在もね』
「酒を飲むか?」
『いいえ。大体病み上がりの人間がお酒を飲むなんてとんでもありません。取り上げさせてもらうわ』
「ただの睡眠導入薬だ」
『元魔法薬学教授が言う台詞じゃないわね』
「ユキ、膝に乗ってくれ」
セブの願いを聞き入れて膝に横に座ってちゅっと薄い唇に口づける。こうしていられるのもあと少し。もうすぐ招集がかかってセブはヴォルデモートのもとへ行くことになる。
『セブ』
愛している
耳元に囁き、私はセブをキツく抱きしめた。