第8章 動物たちの戦い
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8.帰還
私はハッとして頭を振り、両手で湖の水を掬ってバシャバシャと顔を洗った。湖の水はひんやりとしていて頭をハッキリとさせてくれる。狐の仮面をしまい、姿くらまし、そして箒に乗って上昇した。
時計を見れば深夜1時。2時には時間が来て、各々の隠れ家に置いてあるポートキーが発動して皆を隠れ穴に運ぶようになっている。
私は一番心配なジェームズとハリーの元へ向かっていた。炎帝のことは放っておこう。あいつは好きに暴れまわって人間を食べているだろうから。邪魔をしてへそを曲げられたら今度助けが必要な時に出てきてくれないかもしれないもの。
ヒュンヒュンと風を切って箒を飛ばして保護呪文を突破し、トンクスの両親の家の敷地へと入った。地面に溜まっている泥水を不快に思いながら踏みつけて家のドアノッカーを3回叩くとドアノッカーのライオンの目が開いて私を見た。
「誰?」
『ユキ・雪野です』
「合言葉は?」
『ハッピーバースデー』
「お入りになって」
自動で開いた扉。中に入ると明るい茶色の髪の女性が真っ青な顔で出迎えてくれた。
「あなたは無事?」
『あなたは?ハリーとジェームズは?』
「こっちよ、こっち。怪我をしているの。診たけど……ジェームズは酷い怪我だわ。何か闇の魔術を打たれたの。私じゃ治せない」
『彼らの元へ案内して下さい』
リビングへと案内されると長いソファーにジェームズが上半身裸になって仰向けに寝そべっていて呻き声を上げていた。その横ではハリーが「父さん、しっかり」と震える声で声をかけている。
『ハリー』
「ユキ先生!良かった!父さんを助けて下さいッ」
『診るわ』
ジェームズの寝ているソファーの横に立膝をついて杖を出す。
『これ、見たことがある』
「本当ですか!?」
『うん。治せるよ、ハリー』
「父さん聞こえる?ユキ先生が治してくれるって!」
「さ、さすが、ユキだね」
『ジェームズ、治療に時間がかかる。途中で時間が切れたら移動しないといけない。ハリー、ポートキーが発動する時間を気にしておいて』
「分かりました」
ジェームズの患部は見たことがあった。それは私が以前打たれたことがあり、セブに治してもらった呪文だった。
対象の魔力を使って怪我を治す実験をノクターン横丁で繰り返してきた時、私は不覚にも闇の魔術を受けてしまった。
ジェームズの脇腹は黒焦げていて石油のような匂いがしてシューシューと白い煙を出していた。
セブが私を治してくれた時の事を思い出しながら解術をしていく。ハリーは時計を見たり、ジェームズの顔の汗を濡れたタオルで拭いたりと顔色を悪くしながら動いている。
『気分は?』
「息子の飛行を終えてハッピーさ」
「父さんは僕をかばって呪文を打たれたんです」
『ヴォルデモートから?』
「ルシウス・マルフォイです。あれはルシウス・マルフォイだった!許せない。父さんをこんなめにあわせて!」
『落ち着いて。今何時?』
「えっと、1時45分になります」
『次の呪いを解いたら最後になる』
慎重に杖を振ると傷跡は肋骨の下から腰骨までの大きな黒い三日月になってジェームズの体に残った。
『痛みは?』
「大丈夫だ」
「父さん、動けそう?」
「何を涙ぐんでいるんだい?父さんはこんなことでは死んだりなんかしないよ。次に死ぬ時はもっと劇的に死のうって決めているんだ」
茶目っ気たっぷりにウインクするジェームズにハリーは頬を濡らし微笑んで見せる。
「ユキ、さすがだ。ありがとう」
『いいのよ。跡が残ってごめんね』
「いいんだ。とってもカッコいいじゃないか。息子を守ることが出来た勲章さ。ハリー、僕はずっと後悔していたんだ。僕は無防備に扉を開けてヴォルデモートを家に招き入れてリリーを殺され、ハリーに重荷を背負わせた……」
「そんなこと……」
「死んでも、悔やんでも悔やみきれなかった。だが、今はこうして息子の役に立つことが出来た。リリーもきっと、きっと……僕を許してくれると思っている……」
「許すだなんて!母さんが父さんを恨むだなんて本当に思っているの?」
「リリーは優しいからそうは思わないよ。知っている。でも、僕はそう思って生きていこうと思っているんだ」
「父さん……」
「さあさあ、ここを出発するならあと3分だ」
お腹が突き出た明るい髪の男性はドーラの父親のテッド・トンクスさんで親し気に笑いながらハリーの肩を大丈夫だというように叩いた。
「肩を貸すよ、父さん」
「ありがとう、ハリー。大きくなったものだ」
立ち上がったジェームズがヨロリとよろけた。
『ジェームズ、歩くのが辛いなら抱いて行こうか?』
「また今度の機会にお願いするよ。今日は息子と二人三脚だ」
ジェームズが杖を振ったのでハリーの左足とジェームズの右足がぴったりとくっついた。
『あと3分なのよ?馬鹿なの?』
ハハハと笑ったジェームズは二人三脚を解いて息子の肩をかり私たちの後を追ってくる。
テッド・トンクスさんの後について玄関の短い廊下を抜け、私たちは寝室に入った。
「さあ、あれがポートキーだよ」
示されたのは化粧台に置かれた小さな銀のヘアブラシ。言われなければポートキーだと決して分からないそれに3人で触れる。
「ユキ先生、遅くなりましたがいつもドーラの世話をして下さりありがとうございます。リーマスからも聞いてはいるが、ドーラは順調でしょう?」
『はい。元気過ぎるぐらいですよ』
「では、伝えておいて下さい。お腹の子が吃驚しないように動き過ぎない事、と」
『分かりました。伝えておきます、テッドさん』
「これを持って行ってちょうだいな」
アンドロメダ・トンクスさんが寝室に入って来て私に袋を握らせた。
「私が作ったハーブティーよ。リラックス効果があるし、甘いからあの子の口に合うの。渡して下さい」
『必ず』
銀のヘアブラシが明るいブルーに光りだし、次の瞬間には見えない何かに引っ張られて、
数秒後、私たちは空中に出現していた。
ゆったりと空中を歩くようにして地面へと降り立つ。ここは隠れ穴の裏庭らしい。
「戻ってきた!ママ!ママ!」
叫び声が聞こえて赤毛の少女がランタンを持ちながら家の勝手口から飛び出して駆けてくる。その後をモリーさんがドタドタと足音がしそうな様子で走って来た。
「ジニー!」
「ハリー!あなたが本物のハリー?何があったの?他のみんなは??」
ジニーが叫んだ。
『他には誰も戻っていないのですか?』
「いいえ。初めに戻る予定だったハグリッドとロンは無事に戻ってきました。でも、2番目に着く予定だった夫とフレッドはポートキーだけが戻ってきました」
『……次はリーマスとジョージですね』
血の気のないモリーさんに気休めの言葉を言うべきではないと思った。もしかしたら最悪の事態が起こるかもしれない。簡単に大丈夫だとは言えなくて、私は代わりにジェームズを家に案内して欲しいと頼んだ。
「いや、皆の到着をここで待つよ」
ジェームズが宙に視線を向けた先、暗闇に青い光が現れ、だんだん大きく、明るくなった。リーマスとジョージがぐるぐると、色々な色の絵の具を混ぜたようにして姿を現し、そして地面に吸い込まれるように落下していく。
『風遁・風布団』
地面に落ちる直前に受け止めてゆっくりと地面に下ろす。
「ああああジョージ!」
モリーさんの悲鳴が辺りに響き渡った。
リーマスは、血だらけの顔で気を失っているジョージを抱きしめて杖をこちらに向けている。
「本物か?本物なのか?」
「リーマス!どうした!?」
「ジェームズ、ハリーに質問させてくれ。ハリー・ポッターが私のホグワーツの部屋を訪ねた時、隅に置いてあった生き物は?」
「グ、グリンデローです。水槽に入った、水魔っ」
「ジェームズ、マクゴナガル教授の部屋から盗んだ物は?」
「タータンチェックの服を着た猫の木彫り人形」
「ユキ、僕が学生時代に贈った花は?」
『ピンクの薔薇』
「よし、良かった。ジョージを頼む。重傷なんだ。急いで家の中に入れよう」
ハリーは駆け寄ってジョージの両足を抱え、リーマスと一緒に運んでいく。私は先にモリーさんと走って行って台所を通って居間のソファーに寝かせた。ランプの光がジョージを照らすと部屋の者が一斉に息を飲みこんだ。
ジョージの片方の耳がない。
耳から流れ出した血は顔を通って首をべったりと染め上げていた。
「治せますか!?ジョージは!ああ、ジョージっ」
モリーさんはパニック状態になっていてロンに肩を抱かれてガタガタと震えている。
止血は直ぐに出来た。それから増血薬を無理矢理ジョージの口に流し込む。他に打たれた呪いがないか確認してモリーさんの方を向いた。
『命に別条はありません。ですが、呪いで耳をもぎ取られましたから修復は難しいでしょう。お力になれず……』
「いいのよ。命があっただけでも良かったわ。フレッド、アーサー……なんてこと。危険な任務になるかもと聞いていたけどこれほどだなんて!あぁ、みんなが、みんなは、どうしましょうっ」
「落ち着いて母さん」
「ママ、大丈夫よ。フレッドもパパも少し遅れているだけだから。他の団員だって必ず帰ってくるわ」
『襲撃を受けると分かっていたが、ここまで厳しい戦いになるとは……私の影分身は役立たずだわ』
「その話だけど、偽物のユキが現れて場が混乱したんだ」
『偽物の私?』
どういうことかと眉を顰めているとリーマスが状況を説明してくれた。私の影分身が近づいてきたと思ったら杖をこちらに向けて術を発射してきたらしい。リーマスたちはぎりぎりで反応できたものの、他の組はどうか分からない。
『いったいどうやって……』
「スネイプしかいない。あいつは裏切ったんだ」
ハリーが憎々し気に目じりを吊り上げながら呟いた。
『私の髪の毛か何かがセブに収拾されて闇の陣営に渡された?まさかそんなことをされていたなんて―――誰か到着したみたい!』
ジェームズにジョージの傍にいて欲しいとお願いして私たち全員が杖を持って外へと飛び出した。裏庭に現れたのは2人の人影で、それはキングズリーさんとハリーから元の姿に戻りつつあるハーマイオニーだと分かった。
キングズリーさんが杖を向けるのは私で、私は杖を地面に落として両手を上げた。
「本物か?リーマス」
「このユキは本物だ。確認が出来ている」
キングズリーさんは杖フォルダーに杖を収めて漸く安堵の表情を浮かべたが、直ぐに厳しい顔つきに戻る。
「他に戻った者はいるのか?」
『中にジェームズとジョージがいるけど負傷している。酷い怪我をしたけど命に別状はない。アーサーさんとフレッドはまだ帰ってきていないわ』
「酷い怪我って……」
『ジェームズは闇の呪いを受けて脇腹に大怪我を、ジョージは片耳を失った』
ハーマイオニーに説明していると、リーマスが「セブルスが助けた」と言った。
『どういうこと?』
「死喰い人の1人がジョージに死の呪文だろうと思われる呪文を放ったんだ。セブルスは咄嗟に別の呪文で閃光をぶつけて軌道を反らせた」
『凄いわね。そんなことって出来るの?』
「あの状態で盾の呪文は使えなかった。セブルスもギリギリの選択だったと思うよ」
「あぁ、スネイプ教授に感謝だわ」
モリーさんが顔を覆ってすすり泣いた。
「ごめんなさい……僕ったらいつもスネイプ先生を悪く……」
『セブは長年ハリーに誤解を与える行動を取ってきたもの。自業自得の面もあるから気にしないで。でも、今後何があっても味方でいてあげて欲しい』
「はい、ユキ先生」
ストン
地面に落ちた軽い音。
それは黒いゴム長靴。マッド‐アイとマンダンガスが帰ってくるポートキー。そして5分後にまたストン、と音がして地面に落ちたのは白くてちょっと黄ばんでいるまな板でシリウスと栞ちゃんが戻ってくるはずだったポートキー。
シンとした夏の夜空には星が静かに瞬いている。時間が止まったような空間の中、皆で立ちくしていると、私の耳が音を拾った。
『誰か来ます!』
一斉に杖を向けていると、藪の中から杖先に現れたのはアーサーさんとフレッドだった。
「アーサー!」
「モリー!息子たちは無事なのか!?ジョージがいない!ジョージはどこへ!」
「落ち着いて、アーサー。あの子は生きてはいます」
「生きては?」
「片耳が無くなりましたが命拾いしました」
「良かった」
ホッとしてモリーさんと抱擁したアーサーさんはハッとして私を見た。私は先ほどと同じように無抵抗を示すために両手を上げる。
「大丈夫だ、アーサー。彼女は本物だ」
キングズリーさんの答えに杖を下ろしたアーサーさんだったが、よっぽど私の姿をした死喰い人に追い詰められたのだろう、その眼光は鋭いまま。
アーサーさんとフレッドは怪我なく、ジョージの様子を見に家の中へと入って行った。
『まだ帰ってきていないのはシリウス、栞ちゃんの組。マッド‐アイとマンダンガス。ビルとフラー』
ハーマイオニーが手伝いへと家へ戻って行った後、キングズリーさんは裏庭を行ったり来たりし、ハリーはじっと空の1点を見つめていた。リーマスはあちこちに出来た傷を治すために、迷った挙句、上に着ていた服を全てその場で脱ぎ去った。
『中で影分身に治療させる』
「いや、皆が心配だからここにいたい」
『じゃあ、ここで治療しましょう』
魔法薬を地面に並べ、杖を患部の上で振って治療していく。
「―っ」
『これ、見た目よりも酷い怪我よ。強い呪いがかけられている』
「ベラトリックスにやられたんだ。僕を殺そうと躍起になっていてね。かなりしつこかった」
『トンクスにあなたの無事を知らせて安心させてあげたい』
「うん」
幸いにしてリーマスにかけられていた呪いは全て解くことが出来、怪我も治した。ボロボロの服をリーマスが着直していると後ろから歓声が聞こえた。勝手口に立つロンが見ている先は空で、そちらを見ればセストラルが悠々と下りてくることろだった。
その後ろからは箒が飛んでくる。
マッド‐アイが帰って来た!
ビルを飛びつくように抱きしめるロン、フラーはニッコリと笑ってくくっていた髪を解き美しい髪をサラリと靡かせた。
私とリーマスはマッド‐アイの元へ走り寄る。しかし、後ろにはマンダンガスがいない。
「お前がお前だという証明をしてもらおう」
『もう何度も確かめられたわ』
「儂の口癖が油断大敵だと本物のユキなら知っているはずだが?」
『分かった。じゃあ、変化して見せる』
ポンとマッド‐アイに変身して元の姿に戻ると、マッド‐アイは杖を下げて長い息を吐きだした。
「マッド‐アイ、マンダンガスは……?」
ハリーが聞きたくないこと、私たちが予想している最悪の事態について聞いた。しかし、マッド‐アイは悲しそうな顔をせず、気軽に肩を竦めただけ。
「あいつは裏切りおった」
『やっぱり!』
「まったく。腹の立つ顔をする小娘だ。確かに、今回はユキの言う通りだった」
『よく1人で無事でした』
「儂らはヴォルデモートに追われていた。それに気づいたマンダンガスは姿くらましをして消えた。あいつの肝っ玉の小ささは知っていたがガッカリだ。して、あと戻って来ていないのは?」
『シリウスと栞ちゃんです』
祈るような時間が続いた。
星と月がゆっくりと傾いていく。長い時間が経ったが、誰も家の中に入ろうとはしなかった。家の中にいる人たちも出てきていて、空を見上げている。
「シリウスは死んだりなんかしない」
リーマスが小さい声だが確信のこもった声で言った。
「そうさ。ちょっと空の旅を楽しんで、僕たちをヤキモキさせたいんだ」
外に出てきたジェームズも私たちと一緒に夜空を見上げて呟く。
『栞ちゃんも優秀な子よ。だから大丈夫』
それから十数分後、保護呪文のギリギリで待っていた私たちは、それが近づいてくるのに気づくのが遅れた。
『上!』
何か動いている物が視界の上の方に入って空を見上げると、ほぼ直角に近いかたちで箒が飛んできて、保護呪文を突き破って私たちの間を通り抜けた。
勢いのままにずざざざざと急ブレーキをかけて止まろうとしたシリウスと栞ちゃんだが、勢いが良すぎて箒から投げ出されてゴロゴロと転がってしまう。
「栞っ、シリウスおじさん!」
「そのユキは本物か!?」
「本物だ、シリウス」
「確かめたんだな?ジェームズ」
「あぁ」
息を吐き出すシリウスの横にいた栞ちゃんはこちらに駆けてきて私に抱きついた。
『怪我は?』
「ありません」
『良かった』
トントンと背中を叩くと栞ちゃんは一瞬寂しそうな顔をして私から離れて行った。あら……もっと感情を込めて何か言うか、するべきだったかしら?シリウスと栞ちゃんは怪我もなく一安心である。
わいわい言いながら家へと入る。怪我をした者もいるが、兎に角、これで全員帰って来た。私たちは漸く表情を緩ませて近くの者と握手したり、背中を叩いたり、シリウスとリーマスとジェームズは肩を組んで喜び合っている。
モリーさんの前ではジョージが耳に関するジョークを言っていて、フレッドはもっとましなジョークはないのかと笑い、モリーさんも目を赤くしながらも微笑を浮かべている。
大人は気付けにブランデーを1杯あおる者、私は美味しいホット蜂蜜酒をもらい、私たちは成功の余韻に浸る。
「栞の働きは凄かった」
温かい目を栞ちゃんに向けながらシリウスが言った。
「ボンバーダで敵を打ち落としたり攪乱したり、実に勇敢だった」
シリウスのこの一言で自慢大会が始まった。それぞれの大人が自分の乗せていた子供(といっても皆成人しているが)がいかに勇敢に戦っていたかを自慢し始めたのだ。
「Ms.グレンジャーは無唱呪文を完璧に使いこなしていた。それに見たところN.E.W.T.レベルの呪文を連発していた」
キングズリーさんが静かにだが誰にも負けはしないという口調で言った。
「ジョージの勇敢さを見せてあげたかったよ。耳に怪我をしてなお、気絶するまで杖を振り続けたのだから」
リーマスが今では起き上がってフレッドと共にモリーさんの目を盗んでファイア・ウイスキーを飲んでいるジョージにウインクをした。
「フレッドは随分と小道具を使うのが上手かった。死喰い人はウィーズリー・ウィザード・ウィーズが大嫌いになっただろうね」
「パパ、小道具と言ったらちょっと違うかもしれないけど、車の魔改造をしたパパにも拍手だよ。本当にアレがあってよかった」
アーサーさんに続けてロンが言うと、ハグリッドが「ロンは凄かったぞ!」とロンの背中をバシンと叩いたので、ロンは自分の膝に顔を打ち付けた。
「失神呪文で何人も撃退した。動いとる的に当てるのは難しい。良くやった!」
「僕の息子を忘れちゃいけないな。歴代ホグワーツの中でも1位2位を争うジェームズ・ポッターの箒の上で正確に死喰い人を倒していったのだからね」
フラーはうっとりとした様子でビルの肩に自分の頭を乗せていて、モリーさんは漸く双子の息子が何を飲んでいるか気づいたらしい、フレッドとジョージの耳を(勿論ジョージの方は無事な方の耳)を引っ張った。
皆、自分たちがどれほど不謹慎で恐ろしいことを言っているか薄々気づいているだろうと思うのだが、任務をやり終えた興奮が収まりきらないでいた。大きな声で笑い、早口で話すことで気持ちを静めようとしていた。
話すことで興奮を全て吐き出して、私たちは漸く頭が冷えて落ち着くことが出来、自然とお喋りは静まって皆が今回の作戦の取り仕切りをしたマッド‐アイを見た。
「ユキの影分身の件だ。セブルスがポリジュースに入れるユキの一部を採取したのは間違いないだろう」
『そうね。残念だけど……でも、お願い、彼は……!』
「任務だったのだ。皆理解しているさ」
マッド‐アイの魔法の目がぐるりと回るのを見てみんなの顔を見れば、勿論だと言うように頷いてくれている。
目頭が熱くなり、体が震えてしまう。
セブはこんなにも信頼されている。自分たちの身が危険に晒されたのに、それでも皆はセブの味方でいてくれているのだ。
「でも、大丈夫かな。僕とハリーの箒には偽のユキはやってこなかった」
「セブルスは偽の情報を闇の帝王に渡したのかもしれない。ジェームズと箒に乗るのはハリー以外だってね」
「やはりハリーの存在は大きいな。ヴォルデモートはハリーを倒すことでイギリス魔法界を完全に征服できると考えている」
私もリーマスとシリウスの意見に賛成だ。ヴォルデモートはハリーを自分と比翼する存在と思い、予言により他方が死なねば生き残れぬと思い込んでいる。
ハリーが死んでしまった時にはイギリス魔法界は完全に闇の中に沈むと思っていい。私たちはそうなった場合でも戦うつもりだが、不死鳥の騎士団以外の人間のどれだけが闇に抗おうとしてくれるのか……。
「僕だけ生き残っても意味がないんだ」
ハリーがポツリと呟いた。
「誰も失いたくない。シリウスおじさんとユキ先生が神秘部のベールに吸い込まれたあの日のような思い、もうしたくない」
「そうだね、みんなで夜明けを見よう」
ジェームズが息子の肩を抱く。戦いは始まっている。終わりへと向かって―――――
隠れ穴ではハリーの誕生日会の準備が進められていた。
モリーさんが作ってくれた沢山の料理がテーブルに並ぶ。ローストビーフ、大鍋に入ったビーフシチュー、ニシンパイなどなど。
とても美味しそうだが、普段と違って私は少しも食欲が沸かなかった。
セブが心配で仕方ない。今頃どんな罰を受けているのだろう?まさか殺されてはいないと思うが怒りに任せてヴォルデモートがそうしないとは言い切れない。
「父さん、母さんたちの隠れ家に僕たちの無事を伝えに行くのはいつ?」
「2,3日置くつもりだよ。今は死喰い人たちが敏感になっているはずだからね」
「リリーもドーラも心配しているだろう」
ハリーの問いに答えたのはジェームズで、リーマスは妊娠中の妻に想いを馳せている。そこへ、賑やかな声が聞こえてきた。
「栞!つまみ食いが大胆過ぎるぞ!」
「はぐぐっ(見つかった)」
「はあ。まったく!肉にかぶりつくとは!」
「らって美味しそうで美味しそうで、口が引き寄せられて」
「ぷっ、美味かったか?」
「はい!」
ニッコリした栞ちゃんをブハッと噴き出し楽しそうに見ながらシリウスが笑っていると、栞ちゃんの横ではハリーが複雑な表情を浮かべている。おやおや。
私と目の合ったリーマスもその一部始終を見ていたらしく、眉を上げていた。一方別の場所では―――
「ハグリッドがロンのことを褒めていたわね。すごく、その、勇敢だったって。呪文がその、よく命中していたって」
「以外そうに言うじゃないか」
「ロン!違うわ。私は純粋に凄いわねって言いたくて」
ロンの前で慌てているハーマイオニーのことを揃いのニヤニヤ笑いで眺めているフレッドとジョージ。私でも分かるくらいのハーマイオニーの好意に全く気付かない様子のロン。こちらの恋の進展はいかに。
しかし、吉と出るか凶と出るかは分からないわね……。
彼らの恋が上手くいかなかった時、関係はギクシャクしてしまうのは確実だ。それが彼らの友情にヒビが入る原因になってしまい、打倒ヴォルデモートへの足並みが揃わなくなってしまっては大変ことになる。
勿論、ヴォルデモートを倒すことについては大人の力でどうにかしようと思っているのだが、ハリーを狙っているヴォルデモートだ。彼らが危険な目に遭わないという保証はない。
『私たちは先に失礼するわ』
「みんな楽しんで」
「だが、どんな時でも油断大敵!」
私、キングズリーさん、マッド‐アイは先に帰ることにして皆に挨拶をし、隠れ穴から出て行った。すると、後ろから誰かが追いかけてくる気配。それはシリウスの気配で、私は不思議に思いながら顔を歪めている彼を見上げた。
「ユキ、心配すんな」
『シリウス?』
「スニベニーのことだ。最悪なことがあっても殺されることはない」
ハラリと涙が零れ出て目元を両手で覆うと温かい風と共にシリウスに抱きしめられた。優しく力強い抱擁は友を元気づけようとする彼の気持ちが伝わって来て、胸がじんわりと温かくなる。
「認めてやる。あいつは勇敢だ」
『ふふ。本人に言ってあげて』
「絶対に言うものか」
『私から伝えてもいい?』
「絶対にやめてくれ」
顔を上げるとハンサムな顔が台無しの顰めっ面で思わず吹き出してしまう。
このシリウスでさえセブのことを信頼できる仲間だと認めてくれていていることに喜びが込み上げてくる。私の恋人は勇敢で尊敬できる。セブ、これから先も愛するあなたを1人にする気はないわ。
『行くわね』
「あぁ」
バシンと姿くらましをして私が向かったのはスピナーズ・エンドになるセブの家。教えてもらっていた合言葉を言って家の中に入ると温かい光で満ちていて、リビングの奥にいた屋敷しもべ妖精のトリッキーがバッと振り返った。
明らかに落胆したトリッキーは耳をぺしょりと下げた。
『ごめん。遅くなってしまったわね』
「どうしてここへいらっしゃったのですか?ユキ様はここにいらっしゃるべきではありません!危ないのでございますです」
『待ち伏せしていた外の奴らは始末したよ。それに今は“反省会”で上位の死喰い人たちは忙しい。意外とここは安全なのよ』
「というと、ご主人様方の任務は失敗したのでございますね?」
『そういうことになる。不死鳥の騎士団側の被害はジョージの耳くらいよ』
「あああああ!」
恐怖に目を見開いたセブの屋敷しもべ妖精、トリッキーは頭を抱えて悲痛な声を天井に向かって叫んだ。
『トリッキー、落ち着いて。セブが殺されるはずない』
それは自分にも言い聞かせていた言葉で。自分を落ち着けようと努力しているのに嫌な想像が頭の中にどんどん湧いてきてしまう。無事では帰って来ないだろう。分かっている。無事では帰って来ない。
『トリッキー、大丈夫』
それでも私はトリッキーに大丈夫だと言った。
<ユキ>
控えめな声に目を向けるとキッチンやバスルルームなどがある廊下へ続く扉から白い子ウサギが顔を出していた。
『モリオンもいたのね』
セブの口寄せ動物であるモリオンは光の速さで私の脚元までやってきて、ぴょんと飛び上がったので私は彼女を腕に抱いた。
<セブ、帰ってくる、いつ?>
『きっともうすぐよ』
<もうすぐ、いつ?>
『明け方には戻るでしょう。死喰い人の奴らが日光に当たりながら元気に会議しているのは想像がつかないもの』
「トリッキーめは何をすればいいでしょうか?スープを作り、布団もふかふかに致しましたです。家のお掃除も3回致しました。このチビウサギが走って毛を落とす度にトリッキーめは掃除して回っているのです」
トリッキーが恨めしそうにモリオンを見ているがモリオンの方はどこ吹く風で丸い目をパチパチ瞬きながら私を見上げている。
<モリオン、セブ、助けに行く>
『ありがとう、モリオン。でも、一緒に良い子で待っていましょうね』
長い時間
長い時間待った
バシンッ
静かな空気の中に外から聞こえたのは姿現しの音。窓からそっと外の様子を窺えば待ちに待っていた人の姿があった。
人に支えられてこちらへと歩いてくるセブは片足を引きずって脇腹を抑えている。
『トリッキー、出られる?私は姿を現わせない』
「トリッキーめはご主人様を迎えに行くのでございます!」
大きな目に涙を浮かべた屋敷しもべ妖精は躊躇いもせずパッと扉を開けて外へと出て行った。
『モリオン!大人しくしていなさいッ』
引き留めようとしたのだが、私の腕の中で暴れた子ウサギはピョンと私の腕の中から逃げてトリッキーの後を追いかけていく。
足を引きずる音と、荒い息遣いが近づいてくる。
先ほどモリオンがいた廊下へと身を隠していた私は家の中に入って来たセブの姿を見て悲鳴を上げそうになっていた。
「ッ!」
『!?』
家の中に入ったセブは支えられていた死喰い人の腕から滑り落ちてガタンと床に膝をつく。セブを床に横たえた死喰い人は杖を振って玄関扉を閉めて施錠して、顔を上げた。
「ユキ先輩、出てきてください。レギュラスです」
私は震える脚で廊下からリビングへと出て行った。