第8章 動物たちの戦い
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7.いっぱいのハリー作戦
移動日であるハリーの誕生日がやってきた。
ポッター家にかけられている呪文を教えられた不死鳥の騎士団のメンバーが、一人、また一人と私たちが集まっている庭へとやってくる。
「うわっ。なんの音だ!?」
ロンが飛びあがった。突然、どこか近くで轟音がした。上を見るとヘルメットにゴーグルをつけ、黒いサイドカーつきの巨大オートバイに跨ったハグリッドが下りてきているところ。その後ろには二頭の羽の生えた骸骨のような黒い馬に乗っている人影も見えてくる。
ジェームズとリーマス、シリウスが杖を空中に振ると水色の膜を張ったように波打っていた空にぽっかりと穴が開き、その穴の向こうでこちらに気が付いたハグリッドがニッコリと笑いながら手を振っている。
『これで全員揃ったわね』
ハグリッドのオートバイに続き、骸骨に似た馬、セストラルが地面に下りてきて私は周りを見渡した。
「ハリー!準備はええか?」
ハグリッドの大きな腕に抱きしめられたハリーの足が宙に浮く。
「ばっちりさ!」
ハリーは全員ににっこり笑いかけたが、直ぐに眉を下げて申し訳なさそうな顔をする。
「こんなにたくさん来るなんて思わなかったよ」
「計画変更だ。セブルスに渡した情報通りに動きすぎると危険だからな。まずは中に入ろう」
結界を閉じ、マッド‐アイに促されて私たちは家の中に入る。賑やかに笑ったり話したりしながら入ったリビングは人でぎゅうぎゅうになった。
ハーマイオニーとフラーは長い髪をきっちりと結い上げていて、栞ちゃんはサイドの髪をピンで留めている。ロンは既に緊張した様子で、フレッドとジョージは瓜二つのニヤニヤ笑いを浮かべ、ビルは酷い傷跡の残る顔に長髪。
皆の緊張を解すような温かな微笑を浮かべているアーサーさん、マッド‐アイのブルーの魔法の目玉がぐるぐると回っている。
キングズリーさんは落ち着いた様子でソファーに座り、リーマス、シリウス、ジェームズは三人で談笑している。
私は天上に頭をぶつけないように背中を丸めているハグリッドの横にいる人物に視線を移した。そこにいるのはバセットハウンド犬のように垂れ下がった目元ともつれた髪の、おどおどした汚らしい小男。私の嫌いなマンダンガス・フリッチャー。
「さあさあ、積もる話は後にするんだ!」
ガヤガヤを遮るように、マッド‐アイが大声を出すとリビングが静かになったので、私は暖炉の前の丸机に置いてあった袋を取りに行く。
「奴らは儂らを無事に目的地に行かせないよう襲撃してくるだろう」
魔法の目がぐるりと皆を見た。
「ハリー・ポッターがあと数時間後の誕生日を迎えたら儂らはここを出発する」
あと数時間でハリーの誕生日。そうすれば未成年につけられている匂い、「17歳未満の者の周囲での魔法行為を嗅ぎだす呪文」、魔法省が未成年の魔法を発見する呪文が消える。それを待って私たちは出発する。
「煙突飛行ネットワークを結ぶことも、ポートキーを置くことも役人シックスネスの裏切りにより失敗した。奴め、姿あらわしでゴドリックの谷を出入りすることも封じおった」
「魔法省の役人が何故、何の目的にそうするんです?」
マッド‐アイが忌々しく言うとハリーが疑問の声を上げた。
『ヴォルデモートがあなたに手を出さないように安全に保護をするという名目よ。魔法省は既にヴォルデモートの手に落ちつつある』
「そういうわけだ。今、我々は残された数少ない輸送手段を使わなければならない。箒、セストラル、ハグリッドのオートバイ、それから―――」
『私の炎帝も使う』
マッド‐アイの言葉を引き継いで頷いた。
「僕、シリウス、リーマスで攪乱のために12軒、保護呪文を家にかけておいた。いずれも僕たちがハリーを隠しそうな家だ。M.S.からヴォルデモートにここに僕たちが隠れていると伝えられているが、奴らは他を見張るのに人員を割かなくてはならないだろう」
「ジェームズさん、M.S.って?」
「ハッハッハ。よくぞ聞いてくれた、フレッド。マスター・オブ・セックスの略さ!」
「「マスターなんですって?」」
「セブルス・スネイプ氏のあだ名だよ」
「「はい!?!?」」
ニタニタ笑うジェームズの言葉にフレッドとジョージだけでなく、このあだ名を知らない皆が驚いたようで室内がザワザワした。私はブンとこちらを向いてキラキラした目を向けるウィーズリーの双子の視線を遮るように顔に手をやった。
『否定はしないけど……』
「「わああああああおおおお。どういう風に上手いんです???」」
「お前たち!雑談は作戦の説明を聞いてからだ!」
『ごめん、マッド‐アイ。続けて』
「よろしい。保護呪文のかけられた家はいずれもジェームズが先に言ったように、ハリー、おまえさんを隠しそうな家だ。儂の家、キングズリーのところ、モリーのおばのミュリエルの家―――わかるな」
「ハリーは僕と一緒にトンクスの両親の家に向かう。いったん僕たちがそこにかけておいた保護呪文の境界内に入ってしまえば『隠れ穴』に向かうポートキーが使える。ハリー、質問はあるかい?」
「うん。父さん……ええと、最初のうちは12軒のどれに僕が向かうかあいつらに分からないかもしれませんが、でも、もし―――」
ハリーはざっと頭数を数えるように視線を移していく。
「17人もの人間がトンクスのご両親の家に向かって飛んでいったらちょっと目立ちませんか?」
『いいえ。17人がドーラの実家に向かうわけではないわ。今夜は8人のハリー・ポッターが空を移動するの。それぞれに随行がつく。それぞれの組が、別々の安全な家に向かう』
私はそう言いながら先ほど暖炉前から持ってきた袋の中身を出して見せた。試験管に入っているのは泥のようなもので、それはポリジュース薬。それからもう1つの瓶は金色のキラキラした液体が入っていて、こちらは幸運薬だ。
「ダメだ!絶対にダメだ!」
ハリーの大声が居間に響き渡った。
『ふふ。優しいハリーのことだからきっとそう言うだろうって思ってたの。ですから、あなたが寝ている間に髪の毛をむしり取らせて頂いております』
「ええっ!?」
「うわー。ハリー、なんていうか……うん……相手が悪かったと諦めるんだな」
頭を両手で抑えるハリーの肩にロンがポンと手を置いた。
「ペアを発表する」
マッド‐アイが名前を呼びあげる。
「マンダンガスは儂とだ」
「ま、待て。俺はユキとがいい!」
『私はあなたがこの作戦から下りるのを望むけど』
「ユキ、いい加減マンダンガスを信じろ。作戦に支障が出る。士気も落ちる」
『チッ……分かった、マッド‐アイ』
「次はアーサー、フレッド」
「俺はジョージですよ、マッド‐アイ」
「あぁ、すまん、ジョージ」
「ははは。ちょっと揚げ杖を取っただけですよ。僕はほんとはフレッド―――」
「まったく!こんな時に冗談はよさんか!ジョージでもフレッドでも構わん。もう一人はリーマスと一緒だ」
リーマスは双子の見分けがつかないらしく迷いながらフレッドに手を振った。
「僕がフラーをセストラルで連れて行く。フラーは箒が好きじゃないからね」とビル。
「ミス・グレンジャーはキングズリーと。これもセストラル」
ハーマイオニーはホッとした表情でキングズリーに微笑んだ。私たちは彼女が箒には自信がない事を知っている。
「ロンはハグリッドと一緒だ」
「宜しくハグリッド」
「おお!良い旅にしちゃる」
「シリウスはMs.栞・プリンスと一緒に行ってくれ」
「宜しくな、栞」
「宜しくお願いします、シリウス先生」
嬉しそうな栞ちゃんはシリウスにペコリと頭を下げた。
『加えて私とシリウスの影分身を限界まで出して皆の護衛にあたらせる。勿論ハリーにも変身させるわ。私本体は炎帝で斥候をする』
「ハリー・ポッターの誕生日になるまで各々休憩。見張りの者は外へ。寛げといっても油断大敵!解散!」
わらわらと人が散り散りになった。
マッド−アイ、キングズリーさんとビル、フラーが見張りの為に出て行き、フレッドとジョージが私の元へとやってくる。
「スネイプのあだ名についてお聞きしても?」
ジョージの言葉に眉を上げる私はニ人に暖炉の傍の椅子に座るように促す。
『その前に、セブが裏切ってはいないか、とか聞くことがあるんじゃない?』
「父さんがスネイプを信じなさいと言っていたんだ。だから、僕はあいつが良い奴だって信じるよ」
「まさかスネイプにいい奴だなんて言う日が来るとはね」
フレッドとジョージは可笑しそうに笑った。
『ニ人がセブのことを信じてくれて嬉しい。ありがとう』
セブに会ったら言ってあげるんだ。不死鳥の騎士団の皆も、生徒も、誤解せずにセブのことを信じてくれているって。それだけでセブの心は軽くなるだろう。
今どこでどうしているのだろうかと考えていると、前のめりの双子の存在に気が付いた。先ほどの質問の答えを期待している様子。
ううむ。こういうのってどこまで言っていいのだろう?前に明け透けに話したことでセブに怒られたことがあった。
『下手なことを言ったらセブに怒られちゃうわ』
「いやいや。マスターと呼ばれる人の知識を是非学びたいのです」
「スネイプってああ見えてムッツリなんですか?」
『ムッツリ……うーん。経験豊富なのは確かだわ。雑誌にも載っていない知識があの頭には詰まっている』
「「わーーお!」」
双子が顔を見合わせた。
「「雑誌にも載っていない知識とは??」」
『そうね……
ここまでは話してもいいだろう。
私基準で話してもいいだろうと思う話をする私の前でフレッドとジョージは口をあんぐりと開けて目を丸くする。話し終えると、空中を見る双子は感嘆とした声で「「マスター」」と呟いた。彼らの目に浮かぶのは尊敬の色。
「「我らの師!スネイプ教授に万歳!!」」
何ごとかと集まってくるハリーとロン。
あー……セブの性癖が晒し物にされているわよね……これは……。怒られるかしら?
今のうちから言い逃れ方を考えた方が良さそうだが、お仕置きされるのもこれもまた楽しいと、私は全く反省していないのだった。
「3・2・1――――」
パーン
クラッカーの音が室内に響いた。
ハリーは成人を迎えた。
見張りに行っているキングズリーさん、マッド‐アイ、ビル、フラー以外のみんなでハリーの誕生日を祝う。
でも、プレゼントもケーキもお預け。隠れ穴についたら楽しく誕生日パーティーをしよう。勿論、全員揃ってだ。
「ハリー」
ジェームズがハリーの方へ進み出て包みを渡した。
「成人のお祝いだよ。魔法界では成人の時に懐中時計を贈ることになっているんだ。君にこれを贈ることが出来て嬉しい」
「ありがとう、父さん。開けてもいい?」
「もちろんさ」
ハリーが包みを破ると出てきたのは金色の懐中時計だった。
「見せて!ハリー!」
栞ちゃん、ロン、ハーマイオニーがハリーの手にある懐中時計を覗き込む。
ハリーの懐中時計は美しかった。ポッター家のものであろう紋章と牡鹿が外蓋に描かれており、中を開くと銀色の文字盤に金色の針が時を刻んでいる。
「すごいや……」
「嬉しくて言葉も出ないかい?」
茶目っ気たっぷりに笑うジェームズを見るハリーの顔は今にも泣きだしそうだった。それを見たジェームズは温かな目をして息子を抱きしめる。
「母さんにもお礼が言いたい」
「伝えておくよ」
「うん。ありがとう」
ぐずっと鼻を啜ったハリーは懐中時計をズボンのポケットの中に入れて、上から大事そうにさすった。
「時間だ」
リーマスの声で私たちはハッと我に返りこれからのことへ意識を持っていく。
「さあ、ハリーのパーティーの為にひとっ飛びして腹を空かせよう」
シリウスを先頭に庭へと出て行く。
私はポリジュース薬と幸運薬を皆に配り始める。
「師匠、僕たちは変化の術が出来るのですが?」
『ジョージ、今回はポリジュース薬にしてちょうだい。変化の術をして気を分散させたくないの』
ポリジュース薬はロン、ハーマイオニー、フレッド、ジョージ、フラー、栞ちゃん、そしてマンダンガスが飲んだ。
薬が喉に通る時に全員が顔を顰めてゼイゼイ言っている。そしてたちまち皆の顔が熱い
「ハリーってとっても目が悪いのね」
栞ちゃんがフラフラしながら私から眼鏡を受け取った。
たくさんのハリーたちは裸になって体に合う服に着替え(ハリーのプライバシーは完全にないがしろになっている)一列に並んだ。
次に渡していくのは梟のぬいぐるみが入っている鳥籠。
最後に荷物を持ってそれぞれのパートナーの隣へと行った。
「ホグワーツからの脱出の時の飛行は地味だったが、今回は楽しい飛行になりそうだよ」
「父さんの箒に乗れるのが嬉しい」
「しっかり捕まっているんだぞ」
リュックサックを背負ったハリーが箒に跨ってしっかりとジェームズの腰に抱きつく。
「フレッド。これは任務だ。ふざけないように」
「そーんなことはしないよ。でも襲撃された時にはちょっと新商品を試すくらいいいでしょう?」
アーサーさんは言っても無駄だと言うように目をグルンと回す。
「杖は出して油断しないこと。中途半端な呪文は打たなくていい。いいね?」
「ルーピン先生のお許しが出たならバンバン強力な呪文を打たせてもらいますよ」
ワクワクしたようなジョージがリーマスの後ろに跨る。
ビルとフラーはセストラルの上でイチャイチャと甘い雰囲気を醸し出していて、ハーマイオニーはキングズリーさんの前に座って既にしっかりとセストラルにしがみついていた。
「栞」
「はい、シリウス先生」
「いや……えっと……緊張しているか?」
「いえ。シリウス先生とペアなので安心しています」
「っ。そうか」
何だかぎこちないシリウスに首を傾げながら私はマッド‐アイの元へと向かった。庭の端のところまで来た私たちは声を潜める。
『本当にいいんですね?』
「あぁ」
マッド‐アイは箒から墜落して命を落とすと妲己から見せられた。予想するに、これがその時かもしれない。しかし、マッド‐アイは不死鳥の騎士団を纏める存在として、この作戦に参加することを選んだ。
守りの護符は三枚渡してあるし、私の影分身も護衛として付き添う。だが、私はマンダンガスの存在に不安を感じていた。押し入り強盗をしてアズカバンに一時収容されていたマンダンガスはいつ裏切っても不思議ではない。マンダンガスはいないものとして考えた方が良いだろうとマッド‐アイには伝えてある。
「懐かしいバイクだな」
そう言うシリウスの前でブルルンとオートバイの低いエンジン音が響いた。ハグリッドがバイクのエンジンをかけた音だ。元々このバイクはシリウスのものだった。ロンは窮屈そうにサイドカーに乗り込んでいる。
「アーサーがちょっくらいじくった」
「パパが魔改造したって!?」
ロンの顔が真っ青になったので笑ってしまう。アーサーさんったら本当にマグル大好きな茶目っ気のある人ね。
『ちょっとばかり種や仕掛けもあるんですって。楽しみにしていてね』
「良かったかどうか私にはまだ自信がないんだよ。兎に角、緊急の時にしか使わないように」
「ユキ、見張りの影分身は何と言っている?」
マッド‐アイが私の方を見て言った。
影分身を消すと、ゴドリックの谷に配置していた影分身の記憶が私の頭の中に入ってくる。それはどれも問題なしということだった。
『問題ないわ』
「よし。続いてユキが空中に上がって安全を確認する。行ってくれ」
『ではお先に。向こうで会いましょう。口寄せの術、炎帝来い!』
八重歯で血を出してパンと両手を合わせるとポンと煙の中から汽車1両分くらいの大きさの赤い鳥が姿を現した。
<ゾクゾクするような空気だねぇ>
ギラギラした目をする怪鳥は緊張した面持ちの私たちを楽しそうに見渡した。
『空中戦になるかもしれない。頼むわよ』
<私は言った。お前が強さを失わない限り、お前に従うとね>
『私はお前が望む強さを持っている。今回も楽しませてやるよ』
<ケケケ!それは楽しみだ>
ギャアアと雷鳴のような笑い声が夜空に吸い込まれていく。私は炎帝の上に飛び乗った。
『上昇!隠れ穴で会いましょう』
バサアと大きく羽ばたいた炎帝はひとつ羽を羽ばたかせただけで数メートル上へと上昇していき、あっという間にポッター家は小さくなっていった。
谷間は攻撃しやすい地形である。本当ならばこの地形は死喰い人にも有利になるはずなのだが、私の影分身とシリウスの影分身によって潜んでいた死喰い人は一掃されている。
後ろを見れば他のメンバーもポッター家から出発したようで私の後をついてきている。
『ゴドリックの谷を抜けてからが本番よ』
出発してからの30分は何事もない空の旅だった。しかし、小さな田舎町の上空に差し掛かったところだった。
<戦闘のはじまりはじまり!ケケケ>
『っ!敵が見える?』
<黒いローブ姿の人間が見えるよ>
パーン
私は杖を出して赤い閃光を空へと放ち、敵の襲撃を後方の皆に知らせた。
陽動作戦が開始された。後ろからオートバイの大爆音が聞こえてくる。
『こんばんは、皆さん』
暗部の仮面を被ると気持ちが変わる。
私は固まって宙に浮いていた死喰い人の一団のど真ん中に突入していたのだ。
少なくとも30人のフードを被った姿が宙に浮かび、大きな円を描いて私を取り囲んでいた。
降って湧いてきたような私と炎帝に死喰い人たちは箒の方向を変えてあちこちへと逃げて行く。
セブはどれだろう?レギュはいる?ルシウス先輩は?
彼らを傷つけずに他の死喰い人を排除するのは大変だ。だから、私たちは約束事を決めてあった。私と合って1発目に放つ呪文はピンク色であること。
ピンク色の閃光は3方向から飛んできて、私は素早く誰が打ったものかを確認した。しかし、それも直ぐに意味をなさなくなるだろう。どうか生き延びてくれと祈るのみ。
『火遁・大煉獄』
印を組んで呪文を叫ぶ。
セブ、レギュ、ルシウス先輩以外の死喰い人の上下に出た赤色の魔法陣が死喰い人を焼き殺す。
「ぎゃあああああ!!」
灰となった死喰い人の遺灰は生ぬるい夏の風と共に空気の中溶け込んでいく。
これで十分人数を減らせたかと思ったが、相手は数が多いらしく、厚く暗い雲に隠れていた死喰い人たちが降下してきた。
バッと私の後ろで風が起こった。
偽物のハリーを乗せた皆が分散してそれぞれの隠れ家を目指して空を切るように移動していく。その後ろを死喰い人が追っていった。追っていく死喰い人を追うのは私の影分身だ。
閃光を避けながらグルングルンと回転しているため、頭上に町の明かりが見えた。周りから叫び声が聞こえ、杖で死喰い人とやり合っている影分身の横を通り過ぎる。
影分身に渡している杖は新たに購入したもので、影分身たちの手に馴染んでいない為扱いにくいのだろう、死喰い人に魔法で力負けしている。だが、運動神経はこちらの方が上手だ。相手を箒から突き落としていた。
『炎帝!焼き殺せ!』
<ケケケケケ>
ブオオオオォォと炎帝の口から出た火は竜巻のように回転しながら死喰い人に襲い掛かる。普段言うことを聞かないこの怪鳥は血を好み、その目を爛爛とさせてこの戦いを楽しんでいた。生き残った死喰い人が炎帝に緑の閃光を放つがあまりの巨体に効かないらしく逆襲をくらっていた。
パッと私たちの横を飛び出していく影がある。後ろをフラーとビルのセストラル、下をシリウスと栞ちゃんが猛スピードで飛んでいく。事前に決めていたのであろう、彼らにはそれぞれ五人の死喰い人が呪文を放ちながらついていく。
色とりどりの閃光に夜空を駆ける炎。きっとマグルは何が起こっているか分からないだろう。
星空のような地上に吸い込まれていく仮面の男たち。
マッド‐アイ……
無事だろうか?
既に周辺にはマッド‐アイの姿はなかった。今近くにいるのはオートバイを運転しているハグリッドとサイドカーに乗っているロンで、ニ人を五人の死喰い人が追っている。ロンがサイドカーから頭を出して呪文を打ち、引っ込みを繰り返している。
援護にいかなければ。そう思っていた時だった。バイクの排気筒から壁が現れた。アーサーさんの仕掛けが発動したのだ。
四人の死喰い人は壁をかわして飛んだが、五人目は運尽きて壁に激突し、バラバラになった箒とともに石のように落下していった。
続いて排気筒から噴き出してきたのは白熱したドラゴンの青い炎。飲み込まれていく死喰い人たち。ハグリッドとロンは心配ないだろう。
『炎帝、食べ過ぎに注意しなよ』
<分かったよ。小娘、お前も楽しんできな>
フッと炎帝の上から下りて空中に身を放つ。下へ下へ―――ドンッ。
私に蹴落とされた死喰い人は悲鳴をあげながら空中に放り出され、私はその男が乗っていた箒を奪って乗った。
ここから先は箒で移動する。炎帝は警戒されて誰も近づかなくなってしまったためだ。
グングンと箒を飛ばして追っていくのはドーラの家に向かっているハリーとジェームズの組。シリウスの影分身も護衛に行っているし、私の影分身もついているから大丈夫だと思うが、何故か私の勘はあの二人の元にいた方がいいと言っている。
追いつけるだろうか?相当遠くに行っているに違いない。
身を箒の柄のギリギリまでくっつけて全力で飛んでいると前方に小さな光が飛び交っているのを確認できた。あれがハリーたちかもしれない。
『ハリーだ』
かもしれないではない。ハリーだと確信した。何故なら左方向から風に乗った煙のようなものが空中を飛んできたからだ。
ヴォルデモート!
『火遁・狐火』
火の玉がヒュウンと風を切って飛んでいき、灰色の塊へと向かっていく。それに気が付いたヴォルデモートはグンと方向を転換した。
「邪魔をするな、ユキ」
『ユキですって?気安く呼ばないで頂戴。火遁・火炎砲』
赤い炎はアグアメンティで止められた。ヴォルデモートの骸骨のような細く白い指が動き、赤い閃光が私に打たれる。死の呪文じゃないなんて生温いわね。
「ユキを捕らえろ」
ヴォルデモートの命令で上下左右から死喰い人たちが集まりだした。箒に乗っている者、こちらへ向かってくる灰色の煙のようなものもある。
『ヴォルデモート!逃げるな!こっちへ来い!』
私の挑発は無視されてヴォルデモートはハリーとジェームズの方へと飛んでいった。どうか無事でいて……。願う私は火遁・大煉獄を出そうとしたのだが、それよりも早くピンク色の閃光が私の方へと飛んできた。
セブ、レギュ、ルシウス先輩!
これは厄介なことになった。
彼らを焼き殺してしまっては大変なことになる。加減して術を使わなければならない。
私は方向転換をして下へと下りて行った。あの場にいた半数の死喰い人たちがついてくる。グングン下へと下りていくと、森が見えてきた。大きな湖があり、私は湖畔へと着陸する。
ハリーの元へと行かせないために死喰い人を出来るだけ引き付けておきたい。私は森の中へと逃げ込んで杖を出した。
バーン
バン、バーーーン
木から半身を出して呪文を打つ。誰も死の呪文を打ってこないことを不思議に思う。ああ、そうか。奴らは私を捕らえようとしているのだった。
だがお生憎だが捕まる気など毛頭ない。
任務を終えたか、死喰い人の攻撃で身を保てなくなった影分身たちの記憶が次々と入ってくる。私は攻撃と攻撃の合間を縫って影分身を出現させた。杖はないが、それでも暗闇の中、木と木の間を移動して死喰い人に襲い掛かる。
「ユキ!」
ルシウス先輩の叫び声が聞こえた。
「観念しろ。我々の側にくるのだ」
『お断りです!』
ルシウス先輩が芝居で言っていることは分かっている。私は答えながら呪文をルシウス先輩目掛けて打った。しかし、それはルシウス先輩に届く前に阻まれた。あの動きはレギュ。彼は直ぐに私に杖を向けて呪文を打ってくる。
バンッ
ババーーン
激しい応酬が続いていた時だった。冷たい空気が空から降ってくるのは感じて上を見上げれば
着地した灰色の煙はゆっくりと姿を変え、蛇のような顔と赤い目を持つ真っ白な顔が暗闇の中で微光した。
ヴォルデモートの登場に死喰い人たちは端によって自分たちの主を通した。
『ハリーとジェームズは?』
「奴らは幸運だった。だが、その幸運もいつもでも続かないだろう」
『要するに失敗したと』
「無礼な口を叩くのも今が最後だ。お前は俺様のものになる」
『悪いけど私はセブのものなの』
「裏切られているとも知らず哀れなことだ」
『私はセブを信じている』
「ユキ」
背中がゾクリと震えた。なんて甘い声。まさかヴォルデモートの口からこのような甘い声が出されるとは思わなくて不意を突かれて心臓を跳ね上げ、私は心を落ち着けさせるために大きく息をした。
私の今やるべきことはここにヴォルデモートを
「お前は感じているはずだ。この世の生き辛さを、自分と世間との隔たたりを」
『お得意の話術で私を落とそうっていうなら無駄よ』
「俺様はお前に平穏に生きる提案をしたいだけだ。感じているだろう……感じているはずだ……一度闇に囚われた者が光当たる所に生きれば、必ず無理が生まれる。その無理がお前に光を当てている者たちを狂わせると……」
今度は嫌な感じで心臓が跳ねた。
闇で生きてきたのは確かだし、私は世間との隔たりを感じる時があった。確かに……でも、無理は感じていない……自分のことはいい。私が周りの者を狂わせる……?
小さく息を吐き出し、杖を握り直す。
ヴォルデモートの巧みな言葉に惑わされてはいけない。
さすがは闇の帝王として信奉者を数多く持つ男であると冷静に感心していればいいのだ。聞き流すのよ。いつでも呪文が打てるように。打つとしたら死の呪文。アバダ ケダブラ、頭の中で準備をする。
「顔が固いな。思い当たることが?」
『いいえ』
私は自然と首を横に振っていた。
『いいえ』
「いいだろう」
赤い目を細めるヴォルデモートはまるで旨そうな獲物を前にした蛇のように笑った。ゾクッとする私にヴォルデモートは去り際に言葉を投げかける。
「俺様の元へ来い。さすればの光の世界に生きる術と、安らかな闇の世界の双方を行き来する力を与えてやろう」
ヴォルデモートがバシンという音と共に消えたのを見た死喰い人たちは次々とその場を後にする。
取り残された私は吸い寄せられるように湖へと向かっていく。急に喉の渇きを感じて片膝をついて水面に手を差し伸べようとした私は恐怖で息を飲みこんだ。
そこには狐の仮面をつけた女がおり、何の感情も表さないその面はまるで私の生き様を映し出しているようだった。
本当の私は何処に?
頭がくらくらとした私は後ろにトスンとお尻をついて星の輝く天を見上げる。
「ヤマブキ……怖い」
思い出したのは幼い頃から一緒に育ち、一緒に暗部として戦ってきたヤマブキの顔だった。