第8章 動物たちの戦い
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6.喜び
セブのいないホグワーツはあまりにも寂しかった。
夏の盛り、静まり返ったホグワーツのシンとした静けさが城の気温を下げているようで、どこか他人行儀な城に私は心の中で話しかける。
私の大好きなホグワーツ。どうか私の大好きなホグワーツでいてちょうだい。
私の大好きなホグワーツというのは、生徒が良く学び、良く遊び、ヘンテコな日常を過ごすこと。先生たちが教えるのは夢のような魔法の世界。どこまでも続いて行く知の世界。
荘厳な城は堂々とした佇まい。魔法生物が住まう森は四季に彩られて美しく、キラキラと太陽の光を反射する湖。これらを嫌いな者などいるだろうか。
私たち教師は今回、自宅に帰らない者が大半だった。これからホグワーツに起こることはある程度予測できた。
魔法省の状態がホグワーツの未来になるだろう。
『ミネルバ』
ミネルバの私室に招き入れられた私は促されてソファーに座った。
「ユキ、今朝の新聞を読みましたか?」
『はい。予想していたよりも展開が速いように思います』
「魔法省はルーファス・スクリムジョール魔法大臣のコントロールの効かないところへと向かいつつあるようです」
『でも、まだ持ちこたえられますよね?』
「どうでしょう。元同僚の話だとスクリムジョールは命を狙われていて闇払いが厳重な警護をつけていますが何度も危ない目にあっています」
『暗殺……悪いが彼を匿ったところで意味がない』
「そうですね。スクリムジョールが倒れればマグル生まれを魔法界から排除しようとする者たちの中から大臣が選ばれるでしょう」
『アンブリッジが法案を通そうとしていますね』
「自由な学び舎から生徒を追い出そうとする者は断じて許しません。私は全力で対抗するつもりです。ですが、まずは生徒の安全を確保しなくては」
『でも、どうやって?』
魔法省の決定に教師がどうやって対抗するというのだろう。ミネルバの言葉に困惑していると、彼女は決意のある眼差しを私に向けた。
「さすがにホグワーツに在籍させるのは難しいでしょう。ですが、外国となれば別です」
『友好校に協力をお願いするのですね』
「そうです。子供を両親から遠くへ引き離すことになりますが、この時代ですから逆に外国に行かせた方が安全なような気がします」
『それならば準備を急がなくては』
「今、4寮の教師で外国へ行くことを希望する生徒を募っているところです」
4寮の教師……。
もうセブはスリザリンの寮監ではない。ダンブルドアを殺したということで理事会で教員をクビにされてしまったのだ。
その代わりにスリザリンの寮監になったのはスラグホーン教授。私の名前もあがったのだが、無神経を自覚していたので遠慮したかったし、任務で忙しくなる予定なので引き受けるのは難しかった。
「生徒の移動は密かに行わなければなりません。ユキ、手伝ってくれますね?」
『勿論です』
「はあ。ですが、既に困ったことが起こっています」
『何でしょう』
「私たちの寮は勇敢なるグリフィンドール。イギリスに残ると返信してきた生徒が何人かいるのです」
私はミネルバの言葉に顔を顰めた。
『勇敢と書いて馬鹿とも読む』
「何か言ったかしら?」
鋭い視線にパッと目を逸らす。
『あ、いえ……イギリスの魔法界を自分たちの手で正しい方向に導こうとする勇敢な子たちがいるのですね』
「そうです。そこのテーブルにある手紙はディーン・トーマスから来たもので、自分は何があってもイギリスから離れないと言っています」
『あら?ディーンは半純血ではなかったですか?』
「少し家庭が複雑なのですよ。Mr.トーマスには自分が半純血だと証明する手立てがないのです」
『そうでしたか……。マグル出身者やMr.トーマスのような生徒も希望があればホグワーツで新学期を迎えるということになりそうですか?』
「えぇ。そのようにしたいと思っています」
『外国へ逃がす生徒については急がなくてはなりません。ポートキーを使えなくなったら国外への逃亡も難しくなる』
今現在だとてポートキーの予約は難しい。死喰い人の魔の手から逃げる為にイギリスを出て行く魔法使いたちは多い。
ミネルバに詳しい話を聞くと、ボーバトンとダームストラングは確実に生徒を安全に匿ってくれると約束してくれたらしい。
「ところで、ダンブルドア校長の追悼文を読みましたか?」
『読みました。興味深かったです』
私は冷めた紅茶を杖で叩いて温かくしカップにそっと口をつけながら返事をする。
「ふふ。あまり興味がなさそうね」
日刊預言者新聞の十面に寄せられていたエルファイス・ドージの追悼文を流し読みした私の心の中には、何の感情も湧いてこなかった。
父親が三人のマグルを殺害した罪で有罪になった事、学生時代はホグワーツの賞という賞を総なめにした秀才だったこと、母親と妹の死、グリンデルバルドとの決闘……驕らず、誇らず、謙虚であった。
はあ?
読んだ感想はその一言である。
あのジジイは眠れないからと夜中の2時に私の部屋に突撃してきて夜通し自分の自慢話をしたし(何故かその時はグリンデルバルドの話をしなかったが何故だろう)、自分の執筆した本がソロモン書房文学新人賞になった時は気が済むまでカメラマン役を任された。
―――もういいでしょう。何枚撮っても変わりませんよ
―――いーや。目を瞑った気がするのじゃ!
―――魔法の写真なら関係ないじゃない
懐かしいやり取りは他にもある。
―――不思議の国のアリスちゃんファイヤー!!
―――火遁・火炎砲
―――ふぉっふぉっ。やるの、小娘。ならば気を逸らす作戦!パンチラじゃ!
思い出して吹き出し、フフフと笑ってしまう。
私の悪友であるダンブーは驕らず誇らずとは正反対な人物で、狸ジジイの非道な奴で、そして……誰よりもホグワーツを愛している人だと私は思う。
自分で自分の命を駒としたのは平和なイギリス魔法界、皆が愛してる我々のホグワーツを守りたかったからだ。
だからと言ってセブにあんなことをさせたのは許さない。
だから、文句を言ってやるんだ。面と向かって文句を言って、ごめんなさいと言わせてやる。
『ミネルバはダンブーが好き?』
「えぇ。それはもう、ダンブルドア“先生”は金のなる木ですから」
『あはは!ミネルバはダンブーのマネージャーだものね』
私とミネルバはクスクスと笑う。
「セブ王とユキ姫シリーズの著者であるダンブルドア“先生”のファンは多い。必ず幸せなハッピーエンドを書いて頂かなくては」
『大勢の読者が待っている』
「そうなのです。執筆が遅れ気味なため、マネージャーの務めとしてダンブルドア先生のお尻を叩いて早く物語を書くように急かさなくてはなりません」
『締め切りを決めてあげましょう。慌てて起きるかも』
「早く戻って来て、早く元気になってもらわなければね」
茶目っ気たっぷりのミネルバのウインクに顔を綻ばせる。そうそう。私の知っているダンブーはこういうダンブー。お茶目な彼が戻ってくるのを私は待っている。
ホグワーツでの仕事を終えた私はゴドリックの谷へとやって来た。今日は私が家の警護をする番になっている。一緒に泊まり込みをするのはシリウスだ。
『こんばんは』
「よお」
シリウスがニッコリしながらチェス盤から顔を上げた。
『早いわね』
「任務が早く終わったんだ」
『ジェームズは?』
「寝てる。ホグワーツの方はどうだ?」
『マグル出身の生徒をボーバトンとダームストラングに移すそうよ』
「「「「ええっ!?!?」」」」
ハリー達4人が一斉に叫んだ。
「私たち、ホグワーツから追い出されるのですか?」
『いいえ、ハーマイオニー。追い出すってわけじゃなくて、安全なところに逃がすという意味よ。魔法省はマグル生まれ排除の方向に向かっている』
ハーマイオニーは何も言わず顔を青くさせた。聡明な彼女は新聞などから今の情勢を読み取っているのだろう。
「あの、えーっと、ハーマイオニー……」
「ロン?」
ロンがハーマイオニーの背中に触れたのでハーマイオニーはビクッとした後、ちょっと嬉しそうに口元が緩んだ。その反応に目をパチパチさせているとロンはおずおずと口を開く。
「そのー……君は頭がいいだろう?ことが収まるまで学校を休んでもいいんじゃないか?だってほら、もう1度言うけど君は頭がいい。学校に拘らなくてもいいだろう?」
「それはどういう……」
「僕ん家に身を隠せばいいじゃないか。隠れ穴だ。ボロボロだけど、父さんも母さんも君を歓迎するし、それにビルやフラーは頭がいいから君に勉強を教えられる」
「まあ!ロン!」
嬉しそうに顔に笑顔の花を咲かせるハーマイオニーに私はおやおやと目を丸くしていた。人の感情を読むのが下手な私だが、この溢れんばかりの2人の好意は分かる。
確認したいとシリウスに視線を向ければニヤッとした笑みが返ってきた。
「私はどうなるのだろう……」
「どうなるって?」
首を傾げるハリーの前で栞ちゃんが眉を寄せている。
「私には自分が半純血だと証明できるものがないの」
『日本から取り寄せられないの?』
「実は私の両親は人に言えない任務についている人たちなんです。イギリスに来る時に偽装した身分証明書を作ったけれど魔法省が徹底的に調べたらどうなるか……」
「疑わしきは排除、かもな」
「シリウスおじさん、栞を不安にさせるようなことを言わないで。大丈夫だよ、栞。僕がついている」
「ありがとう、ハリー。その心がとても嬉しい」
ニッコリと幼女のような笑みを浮かべる栞ちゃんと蕩けるような熱い眼差しをしているハリー。これももしやと思いシリウスを見たのだが、シリウスは複雑そうな顔をして栞ちゃんを見ているだけで私の視線に気が付かなかった。
私はハーマイオニーと栞ちゃんにボーバトンへ移動したらどうかという学校からの手紙を渡し、キッチンへと入って行った。杖を振って料理していると栞ちゃんが隣に並ぶ。
「えへへ」
『ご機嫌ね』
「ユキ先生と話すの好きなんです」
『私も栞ちゃんと話すのが好きよ。そうだ。妹さんだけど、ミネルバが元気にやっていると言っていたわ』
「蓮はボーバトンに行くと言っていましたか?」
『いいえ。何かあってもどうにかするからホグワーツに残る、ですって』
「それじゃあ私も何かあっても、何がなんでもホグワーツに残ります」
『どうするつもり?』
「それは蓮が考えます。だってあの子、私よりもぐーんと頭がいいから」
『困った子。無責任ね』
ツンと人差し指で栞ちゃんの額を突くと一瞬吃驚とした表情を見せた後、パアアと顔を明るくさせた。
「今の!もう1回やって下さい」
『おでこを指で突くこと?』
「はい!」
『元気のいい返事ね』
何が嬉しいのか分からないがツンと栞ちゃんの額を突くとまたパアアとした笑顔になってニコニコした。
『ふふ。何がそんなに嬉しいの?』
「私の母が“困った子”って言いながら私のおでこを今みたいにツンてしたことがあったんです。私は母を困らせることが多かったから、ふふ、1度や2度じゃなくて……あぁ、懐かしいなぁ」
『懐かしい……私も懐かしいわ。私の友達もおでこをツンてされるのが好きだった。みんな元気にしてるだろうか?』
木ノ葉隠れの里の友人を思い出しながら材料を鍋に入れて火にかける。今晩のごはんはビーフシチュー。続いてサラダを作ろうとレタスの葉を剝いていると「あのう」と遠慮がちな声がかかった。
『なあに?』
「人を好きになるってどんな感じですか?」
『恋愛としてよね?』
「はい」
栞ちゃん、人選ミスよ。と思いながら口を開く。
『幸せな感じよ』
と私は短く答えた。
「え、だけですか?」
『うん』
「もっとこう、愛するって時には辛いものなの、とか……」
『確かにそうね。他には?』
「悲しみは半減、喜びは2倍になる」
『うん。その通り。他は?』
「私が質問しているんですよ?」
『私は想いを言葉にするのが苦手なのよ。聞いたところ栞ちゃんの方が恋愛を分かっているようだけど?』
「さっき言ったのは蓮が言った言葉です。私は分からない……」
『ときめいたことはないの?』
「それは、えっと」
『あるんだ。誰?』
「ううんと」
段々と興味が湧いてきてじっと待っていると栞ちゃんは凄く小さな声で「ハリーとか……シリウス先生とか……」と言った。
『2人ともいい男よね』
「優しくてカッコいいんです。でも」
『恋しているかどうかは分からない』
「はい」
『急ぐ話じゃないわ。自分の気持ちとゆっくり向き合うといい』
昔セブがこのようなことを言ってくれたのを思い出しながら言うと、栞ちゃんは控えめな笑みを浮かべて頷いた。
料理が出来て皆で食卓を囲む。
栞ちゃんの席はシリウスとハリーの間。今さっき話していた2人に挟まれたので居心地悪そうに身を縮めている。
「母さんの様子はどうですか?」
ハリーが心配そうに尋ねる。
『晩産になってしまった。産むのは大変だと思う』
「どうしても会いに行けませんか?」
『ダメよ。ハリーだってリリーと生まれてくる子を危険に晒したくないでしょう?リリーやジェームズだってハリーを危険に晒したくない』
「リリーなら大丈夫だ、ハリー。なんせケリドウェン魔法疾患傷害病院の医院長が面倒を看てくれるんだ。間違いは起こらない」
「そうですね……」
『さあ、そんな顔はやめてモリモリ食べてちょうだい。お兄さんの元気がないと赤ちゃんが心配してしまうわよ?』
「いやいや。待て待て。食べろと言いながら自分の方に皿を引き寄せるなってああああチキンサラダどこいった?!」
「あ……すみません。私の胃の中です」
「ユキ先生も栞もそろそろ分け合うってことを覚えてくれないと」
ロンが恨めしそうに皿を見た。
「はあ。仕方がない。育ち盛りだからな。追加で何か作らせよう。影分身の術」
シリウスが影分身を出してキッチンに行かせる。
『手伝う?』
「いや、大丈夫だ」
シリウスは初め料理が得意ではなかった。それはアズカバンから脱獄して私の部屋に同居するようになってから知った。でも、彼は私の部屋にある台所で料理を覚え、色々作ってくれるようになった。
そういえばセブは料理をするのだろうか?しないのだろうな……。
忙しくなると衣食住全てを投げやりにするような人だ。私がいなければ食事など腹が満たせればいいとでも思っているだろうと思う。とはいえ、私も美味しい料理に喜びを覚えたのは暗部をやめてから。
この戦いが終わったら、一緒の家に住んで、温かい部屋の中で美味しい料理を一緒に食べる。小さな実験室を作って一緒に実験しよう。疲れたら同じベッドに寝る。
幸せなセブとの生活を思い描いていると、みんな大体食べ終わったらしい。
食後の飲み物を飲んでいるとハリーがズボンのポケットから金色のロケットを取り出した。
シリウスも含め、全員がこのロケットが何であるか知っているというのが空気から伝わって来た。ハリーは金色のロケットの蓋を開けて紙切れを取り出す。
R.A.B.の署名のある紙切れに書いてある文字をハリーが読み上げる。
「闇の帝王へ―――
あなたがこれを読む頃には、僕はとうに死んでいるでしょう。
しかし、僕があなたの秘密を発見したことを知って欲しいのです。
本当の分霊箱は僕が盗みました。出来るだけ早く破壊するつもりです。
死に直面する私が望むのは、あなたが手ごわい相手に
ハリーは眉を寄せて頭を振った。
「僕とダンブルドア校長先生があの洞窟に行ったのは無駄だった。本物の分霊箱は既にこのR.A.Bに盗まれた後だったのだから」
分霊箱の話は最重要な秘密であった。知っているのはここにいるロン、ハーマイオニー、栞ちゃん、それにシリウスとジェームズ、マッド‐アイなど、いつもの最も信用できるメンバー。私たちなら捕まっても拷問に耐えられると―――万が一は―――お互いがお互いを信じている。
「分霊箱については最終的な隠れ家に着き、落ち着いたらジェームズから話がある」
「このR.A.B.についてシリウス先生は知っているのですか?」
「知っている」
ハーマイオニーにシリウスは頷いた。
「R.A.Bは俺のよく知る人物だ。しかし、全てはジェームズから、分霊箱探しの話と、死の秘宝についての話をもう1度君たちにすることになっている」
『ヴォルデモートについてあなたたちは知っておくべきだと思うの。その上で、どうすべきか考えていきましょう』
食卓テーブルを片付けて代わりに置かれたのは山のような宿題。ハリーたちは新学期から7年生になる。N.E.W.T.を受ける年だ。
『みんな将来の職への希望は?面談の時と変わりなし?』
「変わりなしです。僕は闇払いになりたい。父さんが戻って来てからより強くそう思っています」
「もちろんハリーは闇払いになれるさ」
なんだか誇らしくシリウスが胸を張った。
「私は魔法省に入りたいと思います。やりたいことがあって……」
ハーマイオニーは言うか言うまいか戸惑った表情をしたが、決然とした顔に変わり口を開く。
「私は屋敷しもべ妖精のような魔法生物たちが不当に扱われないように法律を作りたい」
「ええぇまだ言っているのか?あいつらは好きで主人に仕えているって言ったじゃないか」
ロンはうんざりとした様子なのでこの話は何度も彼らの中でされているようだった。
「仕事をすれば対価が得られる。働く制度について学べば無償労働で一生こき使われる屋敷しもべ妖精たちを解放してあげられる。彼らはドビーのように変わっていくはず」
「屋敷しもべ妖精にお金を渡しなんかしたら頭を床に叩きつけてカチ割りかねないよ」
ロンもハーマイオニーも一歩も引かない様子。ハリーと栞ちゃんはまた始まったとばかりに顔を見合わせて傍観を決め込んでいる。
「先生方はどう思われますか?」
「あ~……」
『う~ん……』
私とシリウスはどっちつかずの唸り声をあげて答えた。
正直、今まで屋敷しもべ妖精へ給料を支払うだなんて考えたことはなかった。そういうものだと思い込んでいたからだ。
「ハーマイオニーが魔法省の役人になればイギリス魔法界は良い方向に変わっていくだろうな」
シリウスが無難な言葉で場を収めようと頑張ると、ハリーがそれを察知して「話が途中だったけど」と栞ちゃんを見る。
「栞は忍術学の教師を目指しているんだっけ?」
「うん」
話を変えられて不満げなハーマイオニーを横目で見つつ栞ちゃんは自分の将来の夢について話し出す。
「忍術学は少々過激だけど、体を動かすのは楽しい。みんなに体を使う楽しさを知って欲しいし、同時に忍術は繊細なものだと知ってもらいたい。誰もが自由自在に魔法をコントロールできるように手助けしたいの」
『嬉しいことを言ってくれるわね。今すぐ助手に取りたいくらいよ』
「ユキ先生、シリウス先生と一緒に働けたら嬉しいです」
「俺もだ。栞といられるのは嬉しい」
何だか声が甘い。愛おしいものを見るようなシリウスの目は瞳に涙の膜が張ったように潤っていて、輝き、私は胸をドキリとさせた。
もしかしてシリウスは栞ちゃんを好きだったり!?
誰か私の意見に共感している人はいないかと周りを見るとハーマイオニーが目を大きくしていた。やはり彼女も私と同じ気持ちらしい。
因みにハリーは栞ちゃんだけを見ていて気付いていない様子、ロンは特に何も感じていないようであった。
最後に将来のことについて聞くのはロン。
「僕は……なんだろう。マクゴナガルにはパパのように魔法省に入れたらいいのですけどと答えましたが……」
『本心では魔法省の仕事に興味がない?』
「さすがユキ先生ははっきり言う」
ロンは眉を上げて肩を竦めた。
『将来を迷うのは構わない。でもN.E.W.T.に向けての勉強は手を抜かない事。もちろんN.E.W.T.で良い成績が収められなくても将来が絶望的というわけではないけどね』
実力が認められれば職を得られるし、頑張っていれば評価される。私のように運よく職を得られることもある。と話す。
『さあ、お喋りはここまでにして勉強しましょう』
私とシリウスは交代で見張りをして夜を過ごした。
何ごともなく夜は明け、次の見張り役であるマッド‐アイがやって来たので私は彼と交代する。
バシンッ
なだらかな丘が目の前に現れた。膝の高さまである草は大きな風で煽られて、夏の日差しを浴びてグングン成長中の草の香りを私に届けてくれる。
まだ高度は低いと言えど、真夏の太陽の陽射しは1秒進むごとに強さを倍増させている気がする。チリチリと肌が焼けるのを感じながら歩き出すと直ぐに太陽の光が届かないような霧の中に私はいた。
罠、罠、罠。
私は魔法と忍術でかけられた罠を突破して家へとたどり着く。
ミントグリーンの屋根の可愛いお家が私の家で2階建てとなっており、今はヴェロニカ・ハッフルパフとリリー、トンクス訂正ドーラが住んでいる。
ドーラに合言葉を伝えて家に入るとリビングにはドーラ、リリー、ヴェロニカが寛いだ様子でお茶を楽しんでいるところ。だったのだが……
「ユキ、お疲れ様」
リリーが笑顔で立ち上がった瞬間だった。その顔はパッと驚きの顔に変わる。ハッとした様子のリリーがお腹に手を当てるのを見る。
「破水したかも」
『ついにね。準備した通りにしましょう』
お産の準備は入念にしてあった。
破水したからといって直ぐに生まれるというわけではなく、リリーが出来るだけリラックスを意識出来るよう過ごそうということになった。
私はとんぼ返りしてゴドリックの谷へと向かう。
バシン
家に入ると何事かと言った顔の皆に出迎えられる。
『リリーが破水したわ』
「おお!ついに生まれるんだな!」
シリウスがジェームズの背中をバシンと叩いた。
「生まれる!やっとだっ。あぁ、緊張してきた」
「父さん、僕の分も母さんを応援して」
「分かったよ、ハリー。生まれたら直ぐに知らせに行くから良い子で待っているんだよ」
「妹か弟に会えるのはいつになるだろう……」
「きっと直ぐだよ。そんな顔をしなくていい」
ジェームズは柔らかく笑ってほぼ自分の目の高さにある息子の頭をポンポンと叩いた。
姿現しで家に戻った私とジェームズ。穏やかな部屋の空気をぶち壊したのはジェームズで、リリーの世話を焼こうと数分おきに「欲しいものはないか」「痛いところはないか」と聞いてリリーに宥められている。
ゆっくりと時間は過ぎていき
陣痛の間隔は短くなっていく
ヴェロニカの若い屋敷しもべ妖精はよく訓練されていてテキパキと働いてくれた。いよいよ産む段階に入り、リリーは分娩室にする部屋へと移動する。
「僕も入る!」
『リリーがいいと言えばね』
「いいわ、ジェームズ」
球の汗を浮かべるリリーの額をジェームズがハンカチで拭う。
気張る声が部屋に響き、ジェームズがリリーの手を握りしめる。
「もう直ぐだよ、リリー。頑張って」
予想していたが難産になりそうだ。
私とヴェロニカは視線を交わす。魔法界で帝王切開は一般的ではない。メスを使って肌を切るということは魔法界では狂気的に映るのだ。全て杖か魔法薬で治療を行う。
どろっとした魔法薬を塗り、体の緊張を解すお香を焚く。
三日月は傾いていき
リリーの体力も消耗してきた
強い陣痛にもうひと踏ん張りと声をかける
『リリー、子供の頭が見えている。もう少しよ』
「リリー、頑張って!」
意識を飛ばしそうなリリーにドーラが強い声で声をかける
「しっかりなさいっ」
慌ただしく動くヴェロニカと屋敷しもべ妖精
「リリー!」
「じぇー……むず、くぅ、んんっ!!!」
私は影分身にヴェロニカの手伝いを任せて部屋から出て行った。
緑の丘にどたりとお尻をついて座り込むと草と土の匂いが肺をいっぱいにした。
月は既に西の空に沈み、東の空は薄らと明るんでいる。
血で手が汚れているのにそんなことも忘れるくらい私は嬉しさでぼーっとなっていた。
生まれた瞬間に部屋に響き渡った赤ちゃんの声は私の胸をカーンと突いた。世界の始まりに音が鳴ったとしたら、きっとあのような声が聞こえるのだと思う。それだけに清々しく、力強い声だった。
あんなに小さいのにどこからあの声を出しているのだろう?ほにゃほにゃしている、小さな命は両親や周りの人の愛情をたっぷりと受けて成長していくだろう。
私は血にまみれた手を見た。
目に涙が滲んだと思ったら、止める間もなく涙はポタポタと目から零れ落ちていった。
私は、命を奪う為ではなく、この世に産むために手を血で汚した。
感動の中にヒシヒシと感じるのは学生の頃の憧れ。
癒者は私の夢だった。
学生の間そのために沢山勉強したし、ヴェロニカの元で学び夢は直ぐ目の前だった。
命を救う仕事がしたかった。
教師の仕事が嫌いなわけじゃない。私は生徒と関わるのが大好き。大好きなホグワーツで働けるのが嬉しい。セブの傍で働けるのも嬉しい。
『分からない』
再び湧き上がった情熱を私はどう処理したら良いのだろうか?
この戦いが終わったら癒者になる?もう一度勉強し直す?それもいいかもしれない。
大きく大の字に寝転がるとそこにはまだ星が光っていた。
広大な宇宙から見たら今日生まれた命などちっぽけなものかもしれない。
でも、私たちにとっては、私にとっては、大事な大事な命なのだ。
ジェームズ、リリー、ハリー、そして新しくポッター家に加わった女の子の赤ちゃん、マリー。彼らの幸せを願い、私は夜明けの星空に願った。
リリーが落ち着いたのを見て、ジェームズは嬉々としてゴドリックの谷へと帰って行った。
「皆さん、ありがとうございます」
『頑張ったわね。まずはゆっくり休むといいわ。難産だったから体力を消耗しているでしょう。赤ちゃんのことは心配しないで。お世話をする手はいっぱいあるもの』
「うん。少し寝させてもらうわね」
リリーが目を瞑り、部屋から出た私たち。
『っ!』
頭の中に入ってくる記憶。
私は目を大きく見開いた。
入って来た記憶はダンブーの部屋に置いていた影分身のもの。
『ヴェロニカ』
「何?」
『ダンブーが目を覚ましました』
「本当なの!?」
『はい!』
「良かったわ!急いで部屋に向かいましょう」
「私も行っていいですか?」
『もちろん。あ、でも階段を上る時に注意してちょうだいね。慌てず、ゆっくりよ』
「はーい」
のんびりとしたドーラの声を背中で聞きながらヴェロニカの後について階段を上ってダンブーが寝ている部屋へと着く。
『ダンブー!』
返事はない。だが、顔を見ると目は開いていて視線はぼんやりと宙を彷徨っていた。
「ご気分は?ご自身のお名前が分かりますか?」
「ここは……」
『私の家です』
「ユキ……なんと……まさか……」
『いいえ。あなたの計画は失敗していませんよ』
「セブルスが……うまくやった……のじゃな?」
『はい。全てあなたが作った最悪卑劣な計画通りに進みました』
「セブルスには申し訳……なかっ……た、と思っておる」
『申し訳なかった?あなたはセブに多くのことを求めすぎた。最低よ!こんな非道な人間に付き従っている人たちが可哀想でならないッ。目的の為なら何をしてもいいと?ニワトコの杖を―――
「おやめなさい、ユキ」
ピシャリとヴェロニカに言われるが言い足りなくて口を開く。しかし、言葉を出す前に振り返ったヴェロニカに思い切り睨みつけられた。
「ダンブルドア校長は漸く意識を取り戻したところなのですよ。あなたも癒者の端くれならやることをやりなさい!」
『わ、かりました。魔法薬を準備します』
あぁ!腹が立つっ。
安心したらダンブーへの怒りがドッカーンと噴き上がって我慢できなくなってきた。
セブにあんな非情な任務を言い渡し、ニワトコの杖の所有者であるダンブーに死喰い人の前で勝ったように見せかけた。ヴォルデモートはセブを負かせば、違う。奴のことだから殺せば、だ。最強の杖であるニワトコの杖の所有者になれると考えているだろう。
『魔法薬を喉に流し込んでやる!』
「ユキ!」
『だって!』
「その魔法薬をこちらへ渡しなさい。そして気を送る準備をなさい」
『……』
「ユキ!あなたは癒者の端くれです!」
『……はぁい』
「ふぉっふぉっ……嫌われ、たもんじゃのう」
『うん。大嫌い』
ブルートパーズの瞳が優しく輝き私を見つめる。
「ユキ」
『なによ』
「心配させた、ようじゃのぅ……」
『っばーーーーかっ』
ヴェロニカとドーラがクスクス笑う。
私は涙を流しながらベッド横に跪き、大嫌いな老人の手を握って額を押し付けた。
広大な宇宙から見たら消えずにつないだ命などちっぽけなものかもしれない。
でも、私たちにとっては、私にとっては、大事な大事な命なのだ。
これで思いっきりダンブーに文句が言える。
ありがとう、ありがとう。
私は何かにこう叫びたかった。