第8章 動物たちの戦い
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5.お伽噺
マルフォイ邸、死喰い人の本拠地。
玄関ホールは異様な雰囲気に包まれていた。
ある者は興奮し鼻息を荒くして目をぎらつかせ、ドラコのように恐ろしくて震えあがり吐き気をもよおしている者もいる。
ヴォルデモートは豪奢な装飾の施された椅子に座り、脚を組んで肘あてに肘をつき、目の前の女を見下ろしていた。
玄関ホールの真ん中にいる女は天井から吊るされたシャンデリアの光の中にいる。絞った灯りに照らされる女は平伏しており、顔は暗く見えない。
「お、お許しを……」
震える女はどうにか絞り出した言葉で闇の帝王に懇願した。だが、ヴォルデモートは答える代わりにセブルスに指で合図する。
ローブから取り出されたのは毒々しい黒色の液体。セブルスは蓋を開けてそれを女に差し出した。
「飲め」
「助けて下さい。せ、セブルス、私を知っているでしょう。逃がして、お願い……」
「飲め。毒薬ではない」
「では、では何なの?それは、それは」
女は泣いていた。
差し出された未知の液体を飲めと言われたのだから当然のこと。どんな苦痛を与えられるかと思うと怖くて怖くて仕方がない。
「これを飲めば死喰い人の一員になれるのだ。光栄な事であろう」
「わ、私達、一時は良い関係だったわ。私はあなたを愛していたし、今でも尊敬してる」
「苦しまない。飲みなさい」
女の言葉を無視し、出来るだけ優しくセブルスは語りかけた。この闇払いの女の行く末は決まっている。
「セブルス、何やってるんだい。服従の呪文で飲ませればいいだろう」
痺れを切らしたベラトリックスが杖を振る。あっという間。女はセブルスから瓶を奪ってガバガバとセブルスの血液が入っている黒い液体を飲み干した。
「ベラトリックス。我輩は人体実験をしたいのだ。余計なことはしないでほしい」
苛々とした声と鋭い視線のセブルスをベラトリックスは笑って女の服従の呪文を解いた。
「セブルス」
冷たい声が響き、死喰い人たちは一斉にヴォルデモートの方を向き、軽く頭を下げた。女はぺたりと座り込んで恐怖で固まり、セブルスを見上げている。
「この魔法薬について今一度説明してみよ」
「はい。これは相手を服従させる魔法薬になります。強力な薬で主の言うことは絶対です。服従の呪文に抵抗できる雪野でも強力な魔法薬には抗えないことが分かっております。ですので、この魔法薬は効くかと」
「主と認めさせるには体の一部分を魔法薬に投入する、だったな」
「はい。魔法薬に自分の体の一部を入れます。血液が一番効果が高いと推測します。他の条件として命令主に畏敬の念を抱いていることが条件です」
「血液……高潔な我が君の血を下賤の者に飲ませるなど……」
「よい、ベラトリックス。確実さを求める……さて、セブルス。この女はお前の昔の女か?」
「はい。昔利用する為に交際を」
「くく、分かった。では命令せよ、最後に殺せ。勿論、その女自身でそうさせるのだ」
「御意」
面白い見世物が始まったと死喰い人たちはにわかに騒ぎ出した。
下品な言葉が飛ぶのを高みから鼻で笑うヴォルデモートやルシウス・マルフォイ。「なんて厭らしい」と野次馬を軽蔑的な目で見るナルシッサとベラトリックス。
セブルスはチラとヴォルデモートを見た。
拷問に近いことをしなければヴォルデモートは満足しないだろう。最終的には死ぬ運命のこの闇払いの女―――ごく短い間だが関係を持っていた―――セブルスは胸を痛くしながら最初の命令を出す。
「我輩の命令には絶対に従うな?」
「はい」
「スネイプ、ストリップさせろ!」
「ぎゃはははは、いいぞ!いいぞ!」
「……自分自身に磔の呪文をかけろ」
セブルスはギャラリーの言葉を無視して命令を下す。
取り上げられていた杖がカランと大理石の玄関ホールに落とされ、闇払いの女は自身の杖を使って自分に杖を向けた。
「クルーシオ!ギャアアアアアア、クルーシオ、うあああぁクルーシおぉ」
どっと笑いが沸き起こった。
女は苦悶の表情を浮かべながら床をのたうち回り、自身に苦しみを与えている。なんとも滑稽だと笑う死喰い人たちはこの悪趣味なショーを楽しんでいた。
見るに堪えないこの光景をセブルスは終わりにしたかった。どう考えてもこの闇払いの女を助けることは出来ない。見殺しにするしかないのだ。それならば今すぐに終わらせてやりたい。
「我が君、この女が自分自身に死の呪文を放つのをお許しを下さい」
「いや、まだだ」
ヴォルデモートは残酷な笑みを浮かべていた。
「闇払いならばユキの事を知っているだろう?知っていることを全て話すように命令しろ」
「はい……クルーシオをやめろ。そしてユキ ・雪野について知っていることを話せ」
ぜいぜい言っていた女はセブルスの足元に平伏して話し出す。
「ユキは死喰い人の検挙率が闇払い局を抜いて一番。いつもグライド・チェーレンと一緒に闇払い局を訪れていました」
「グライド・チェーレン?」
「ブルガリアの闇払いで雪野と親しくしている者です……」
「親しく、か。くく」
笑いがさざ波のように死喰い人たちの間に広がった。
「続けよ」
「はい。他に雪野の情報があるなら話せ」
「雪野はいつもセブルス・スネイプの話をしていました。自分には勿体ない恋人だ。彼のためなら何だって出来ると……」
「泣かせるな、セブルス。ユキを裏切るのは良心が痛むのでは?」
「いえ。私と雪野は互いに騙し合う間柄です。それをあちらも理解しています」
「情は一切ないと?」
「ございません。
「いいだろう。もしユキをこの手に陥落させることが出来たならば、お前に外国から純血の女を調達しよう」
「ありがたき幸せにございます」
ヴォルデモートの赤い目はセブルスの足元に身を投げうっている女へと向いた。ヴォルデモートの目はその辺の見慣れた家具でも見るような興味を抱かない目をしていた。
「もう十分効果は分かった。セブルス、やれ」
冷たい一言に死喰い人たちは興奮して胸を上下させる。
セブルスはカラカラの喉に無理矢理唾を流し込み、乾いた唇を震わせて言葉を発する。
「自分自身に死の呪文を放て」
「畏まりました」
女は何の抵抗もしなかった。
流れるような動作で杖先を自分のこめかみに向ける。
「アバダ ケダブラ」
消えていった命。
セブルスは自分によって散った命を思い、ぐっと握り拳を作って感情を押し込めた。
「ナギニ、餌の時間だ」
セブルスの横を大きな蛇が通り過ぎていき、一飲みで闇払いの女はナギニの腹の中に消えていった。
***
合言葉を言ってゴドリックの谷にあるポッター家に入った私は家の中の雰囲気に表情を綻ばせていた。
部屋の中にはシリウスとジェームズ、ハリーが話をしていて、ハーマイオニーとロンは暖炉脇でチェスをしていた。
『お邪魔します』
声をかけると皆からいらっしゃいの声。平和な世の家庭のような雰囲気。私は父親と名付け親の間で笑っていたハリーの元へと行った。
『リリーから手紙を預かって来たわよ。こっちはハリー、こちらはジェームズ』
「ありがとうございます!」
「あぁ!愛しのマイハニー!」
ハリーは封を破るのももどかしそうに封を開け、ジェームズの方は封筒の匂いを嗅いだり頬擦りしたりしている。うわあ、変態。シリウスもそう思っているようでジェームズから少し距離を取って座り直した。
顔を輝かせて手紙を読んでいるポッター親子の前の椅子に私は座る。
『そこにも書いてあるけどお腹の子は順調よ。もうすぐ出産ね』
「早いものだね」
『少し遅いくらいよ。もう出産予定日は過ぎている。早く出てきてもらわないと困るわ』
「生まれたら会いに行ってもいいだろう?」
『急用以外は避けるべきよ』
「バレるようなへまはしないし、妻の出産は最重要な出来事だ」
「僕も会いに行きたいです」
『ダメよ。あそこは何かあった時の最後の隠れ家なの。それにこの家よりもずっとずっと呪文でがんじがらめになっている私の家にハリーはたどり着けないでしょう』
「そんな……」
「息子よ、残念ながらあそこの警備は手強い。父さんでさえ身の危険を感じたほどだ。はあ。僕もリリーに会いに行くのは諦めた方がいいな」
ダンブルドアのことを思い出したらしく、ジェームズは素直に引き下がった。
「トンクス……ドーラはどうだ?」とシリウス。
結婚したトンクスはリーマスの苗字になったため、皆トンクスのことをドーラと呼んでいる。
『元気よ。元気過ぎる。妊婦だって忘れてアレコレしようとするからリリーもヴェロニカも冷や冷やしているみたい』
「ははは。元気ならなによりだ」
『リーマスに伝えたら心配していたわ。何度も“お願いだから落ち着いて行動して欲しい”って伝言を頼まれている』
シリウスが淹れてくれた紅茶は完璧だった。
風味豊かな紅茶を飲んでいると、ハリーが言いにくそうに口を開く。
「あの……」
『なあに』
「スネイプ教授のことです」
私はハリーに微笑んだ。セブがダンブルドアを殺したと誤解したハリーはセブの名前に敬称を外して呼んでいた(今までもこういったことは何度かあったが)。
彼から伝わってくる雰囲気では最早セブに敵対心を持っていないようだった。
『ジェームズから聞いたの?』
「はい。ダンブルドア校長先生は死の秘宝?の1つを持っていたと聞きました」
その話を聞きたいらしく、ロン、ハーマイオニー、栞ちゃんがやってきた。
「最強の杖と言われるニワトコの杖の効力を失わせる為にダンブルドア校長はスネイプ教授に自身の殺害を願ったのですよね?」
『えぇ』
「ニワトコの杖が本当にあったなんて驚きだな。死の秘宝だなんてお伽噺だと思っていたから」
私と同じように空気を読むことがちょっと苦手なロンが朗らかに言った。
「最強の杖であるニワトコの杖、死者を生き返らせる甦りの石、それに死から身を隠す透明マント……お父さんが子供の頃に読んでくれた絵本。ヴォルデモートは最強の杖を望むのね」
「例のあの人の名前を言わないでくれ、栞」
「いい加減に慣れて、ロン」
ロンと栞ちゃんは視線をぶつける。
根っからのマグル生まれではない限り、ヴォルデモートの名前を口にするのは相当な勇気が必要なのだということは分かっている。もし軽々しく口にしているところを死喰い人に見つかれば怒りをかって殺される可能性も無きにしも非ず。
『ロン、私たちはヴォルデモートに勝てるわ』
ロンは私の言葉にまるで今からヴォルデモートと戦って来いと言われたように顔を固くした。
『そんな顔しないで。あいつも人間なのよ。弱点がある。名前を口にしないなんて初めから気持ちで負けていてどうするの?』
「そうですけど……」
『徐々に慣れる練習をして。ベッドの中で布団をかぶり、小声でいいからヴォルデモートの名前を口に出すといい。段々と、あいつも人間だって分かってくる』
ロンは首を捻ったがハリーは大きく頷いていた。ヴォルデモートと対峙したことのあるハリーは何か思うところがあるのだろう。
「スネイプ教授の闇の陣営での立ち位置はどうなんですか?計画的にダンブルドア校長先生を打ち負かしたとヴォ、ルデモートに分かられる可能性はありませんか?」
『心配してくれてありがとう、ハーマイオニー。セブはヴォルデモートの相談役として傍にいるの。閉心術の達人だということはヴォルデモートも知っているし、服従の呪文にかけられたこともある。それに……彼が開発した服従の呪文に近い効果を持つ薬を服用したことも』
「それは初耳だな」
シリウスが聞いてないぞと眉を上げる。
『ヴォルデモートは私の力を欲しがっているみたい。それで、私を拉致して服従させようとする薬を作るようセブに命令し、セブは完成させた』
「どうしてそんな大事なことを黙っていたんだい!?」
「ごめん、ジェームズ。私なら負けないし、みんなに心配かけたくなかったのよ」
「はあ。自惚れが過ぎるぞ」
シリウスが「このバカ」とでも言いたげに首を横に振ったので私は肩を竦めた。
『捕まってもある程度は毒への耐性がある』
「ある程度、だろ。アモンテルシアのような強力な魔法薬にも抗えるのか?」
痛いところを突いてくるシリウスを前に私は黙り込んだ。セブとの実験で私が魔法薬に耐性があるか調べた。殆どにおいて私は耐性があり、真実薬のように抗うことが出来た。しかし、世界最強の魔法薬ともいわれる愛の妙薬など魔法薬に負けてしまったものもある。
正気を繋ぎとめようとしたものの、時々魔法薬の効果のままにセブを求め、激しく彼の上で腰を振ってしまったことは刺激的な夜だったとはいえ、あの日の醜態は思い出したくない。そして絶対に捕まってはならないと思った。
『絶対に、絶対に捕まらないと誓う』
あとセブの前でも絶対に、二度と、アモンテルシアは飲まないわよ。
「ユキ、不埒なことを考えているんじゃないかい?」
ジェームズなのに私の心を見抜いた鋭いことを言う。
『ゴホンッ。ヴォルデモートは私がドラゴン大の黒狐になれることを知っている。戦力として使われたら大変なことになる。だからその時は皆、私を―――おっと!?』
どんと大きな衝撃が来て目を丸くして横を見れば体の側面に栞ちゃんが抱きついていた。目に見えるほど震えていて、泣きそうなのを堪えている様子に胸が打たれる。
『栞ちゃん?』
「不吉なことを言わないで下さい」
『もしもの場合よ』
「ダメです!!」
私はもっと目を丸くした。
顔を上げた栞ちゃんは私の胸のあたりを両手で掴んで漆黒の瞳を私に向け、ボロボロと涙を零している。
『栞ちゃん……』
「スネイプ教授はなんと言っています?絶対死ぬなって言っていませんでしたか?」
まるで私たちの会話を知っているような言葉に驚きつつ私は反射的に首を縦に振っていた。
「ほら!やっぱりそう!恋人に死んでほしい人間なんかいない。私たちだって大好きな人に死んでほしくないんです」
『ありがとう。だけど』
「だけども糞もありませんよッ」
『あらまあ。糞だなんて言うんじゃありません』
えぐえぐと泣く栞ちゃんは私に抱きついて泣きだした。何か言いたいようだったが言葉が出ないのか、ぐうぅとか変な声が喉から出ている。
私の為に泣いてくれている栞ちゃんの背中を撫でていると、シリウスが杖を振ってコップの中に冷たい水を入れた。
「ユキ、俺たちを侮るな」
「そうさ。ユキの1人や2人や……たくさん、だね。何人いたって不死鳥の騎士団の敵じゃないさ」
『私の強さはご存じだと思っていたけれど』
思っていたよりも冷たい声が口から飛び出して私は口を閉じた。
「いいや、俺たちはユキに勝てる自信がある」
「シリウス、聞かせて頂けるかしら?」
影分身を20体出せ、ドラゴン大ほどの化け狐に変身できる。生まれた頃から暗殺をやってきたし、魔法の腕も悪くない。自分で言うが私は強い。
『言ってみてよ。私に弱点がある?』
「今のお前にはない」
『今の?』
「だが、薬で支配されたとなれば別だ」
『どういうこと?』
「薬漬けになった傀儡には心がない」
『だから強いのよ。余計な考えをせずに任務を遂行出来る』
「いいや。心がない奴は脆い」
『……』
―――人は何かを守りたいと思った時に本当の強さを手に入れられるのだから
直ぐに思い出したのは火の国の長、火影様の言葉だった。
守りたいものを守る気持ちは自分が思っていた以上の力を発揮させる。残念ながら、そうなったことはないが、周りを見ていたらそう思う。
思い出す。ネビルは神秘部の戦いと先のホグワーツ襲撃時に怖い気持ちを押し込め勇気を出して戦った。普段の彼からは考えられないような戦いぶりだった。
後から聞いたが蓮・プリンスも活躍していたらしい。普段慎重な彼女だが、勇猛果敢に敵に向かっていき、戦いの後は救護活動に回った。
気持ちがニ人を強く動かした。ボロボロの体だっただろうに、ホグワーツと仲間を守りたいという想いだけで動いてくれた。
『でも、気持ちだけで私に勝てると思う?』
「何度も言うが自分を高く評価しすぎではないか?」
『私が心身ともに調子が悪かった時以外、シリウスは私に勝てたことがない』
「そうだな。だが、俺たち相手だと違う」
ニヤッと笑ったシリウスの横でジェームズがこちらにウィンクする。
「ユキは僕たちに負けたことを忘れたわけじゃあないよね?」
ジェームズが言ってるのはノクターン横丁でジェームズ、シリウス、リーマスの三人に負けて縄で縛られたこと。二の句が継げない私にニ人はニヤニヤしている。
『……覚えている』
「僕たちはユキに勝つよ。そして闇の中から引きずり出す。シリウスとユキが冥界から僕たちを連れ帰ってくたように助け出す」
「今度は生きているんだ。死者の国から引っ張り出すより簡単だ」
『ありがとう。ジェームズ、シリウス』
「約束だぞ?」
『うん……』
「聞いたか?栞」
「うぐ、ず、ぐは、うぅ」
シリウスの呼びかけに顔を上げたユキちゃん。その顔は凄いことになっていた。泣きはらした目はぽってりしていて、顔全体が赤く、鼻水が出ている。
『泣いてくれてありがとう。自分で命を断ったりしない。みんなを信じることにする』
「ほんどうでずね?」
『本当よ』
「よがっだ」
泣き止んだ栞ちゃんは私の横でコップのお水を飲んでいて、他のみんなは座って死の秘宝についての話に戻っている。
ハリーたちはジェームズからニワトコの杖に関するダンブーの考えを全て聞いているようだった。
「驕るヴォルデモートは最強の杖を手に入れ、今度こそハリーを殺せると思うだろうね。だが、大丈夫だ。息子よ、君には僕たちがついている」
「無効化されている杖は普通の杖と変わらない。誰でもヴォルデモートを殺せるというわけだ」
『ヴォルデモートはここぞという時にしか前に出てこないでしょうね』
「例えば……次の新しい隠れ家への移動の時とかですか?」
『まだホグワーツは完全に陥落していない。ヴォルデモートはニワトコの杖をまだ手に入れてはいないわ。ホグワーツの敷地に入る門という門には教員しか分からない呪文が新しくかけ直された。その教員の中にセブはいない』
つい最近かけられた呪文によってセブはホグワーツから締め出されて自宅へと戻っている。
「だが、ヴォルデモートは理事会を動かしてスネイプを校長にするつもりだ。そうなればホグワーツの門は外に開かれちまう」
シリウスは反吐が出そうだとばかりに言った。
『理事会が粘って隠れ家への移動日までホグワーツを陥落させないといいのだけれど……』
これ以上事態が悪化するといよいよ移動が大変だろう。移動といえば聞いた話がある。
『相手の方は箒なしで飛ぶ方法があるみたい。私達は今回ホグワーツから移動したようにポートキーと姿くらましを封じられたら箒での移動となる』
「僕、皆を……」
「巻き込みたくない、だなんて言わせないぞ、ハリー。ユキとのやりとりを聞いていたはずだ。俺たちは強い絆で結ばれている。助け合うことこそ強さだ」
「シリウスの言う通りさ!自分の為に危険を冒させるだなんて申し訳ないなどと思わなくていい。僕たちは共通の敵に立ち向かっている同士なのだから」
「はい、シリウスおじさん、父さん」
ハリーはシリウスとジェームズの言葉に肩の荷が下りたようにホッとした顔で頷いた。
自然と集まりは解散した。ロンとハーマイオニーは死の秘宝の話をしながら暖炉の方へと歩いて行ったし、ハリー、ジェームズ、シリウスは生まれる赤ちゃんのことについて話している。
帰ろうかと思っていた私は自分の忍装束を見た。上衣がちょいと栞ちゃんによって掴まれている。
『目が腫れてしまったわね』
「うぐ」
まだ喋れない様子の栞ちゃんの背中を撫でるとまた涙がこみ上げてきたらしい、ポロポロと泣きだしてしまう。
『私ごときに感情移入し過ぎよ』
「な、なんでそんな事言うんですか。ユキ先生は私にとって大事な人なのに」
『ご、ごめん』
顔を覆って泣いている栞ちゃんを前に私はオロオロしながら彼女の背中を撫でる。
『バスルームへ行かない?顔を冷やした方がいい』
おいで、と促して階段を上って行く。栞ちゃんを彼女が使用している部屋まで見送って、私はバスルームに入ってタオルを濡らしてくる。
普段からクルクル表情を変える栞ちゃんは感情豊かな子なのだろう。ただの教師である私をあそこまで心配してくれることが素直に嬉しかった。
部屋に入ると栞ちゃんはベッドに座って猫背になって手の甲で目元を擦っている。
『擦るのは良くないわ。これで冷やして』
「ありがとうございます」
さて、何と話しかけようか。
栞ちゃんの隣に座るのだが毎回のことながら上手い言葉が頭に出てこない。
涙で頬に張りついた髪を払う。生徒の横顔なんかまじまじと見たことがない。
横から見ると少し鉤鼻、唇は薄め。そう言えばセブに似ていると思ったことがあったと思い出し、私は今回も自分の考えに心の中で笑った。恋しさに何からでもセブの要素を見出そうとしているらしい。
「ユキ先生」
涙声だがもう泣いてはいなかった。タオルで片目を冷やしながらこちらを見る目は穴が開いたように黒い。
『なあに?』
「スネイプ教授は大丈夫ですよね?」
『大丈夫に決まっているわ。彼は誰よりも思慮深く、勇敢であり、強いもの』
「ユキ先生よりも?」
少し元気を取り戻したのだろうか。悪戯っぽい顔を覗かせてくれる。
『私は強さはあれども思慮深さと勇敢さは劣る。私はセブに敵わない』
「尊敬しあえる夫婦っていいなぁ」
『私たちまだ結婚していないわよ』
「でも、結婚するんですよね?プロポーズはされたんですか?」
『全てが終わったらしてくれる予定だって』
「わあ!素敵!プロポーズってロマンティック!私の父は思い出の地で母にプロポーズをしたんですって。いいなぁ。憧れるなぁ。指輪をパカッてされたいな」
『ぱかっ?』
どういうことだ?
頭にクエスチョンマークを浮かべていると栞ちゃんが説明してくれる。片膝をついて指輪の箱をパカッと開けてプロポーズをするシチュエーションに多くの女性が憧れているそうだ。
『銀で出来た指輪が欲しいな。ペアでつけると魂の繋がりが目に見えるような気がするの』
「結婚式があって甘ーい新婚生活。それに子供も!」
闇色だった目に急に光が灯ってキラキラと光り私を見る。元気になった栞ちゃんに喜びながらも私の心中は複雑だった。
『そうね、できたらきっと賑やかでしょう』
「何人くらい欲しいですか?」
『ふふ。気が早いわね。でも沢山欲しい』
体の中の毒が抜けない事には子供を作ることは出来ないが、想像するだけならいいだろう。セブとの子供を想像してみる。
セブの頭の中には既に娘がいるようだ。しかも何故かクィリナスとシリウスに娘を取られるかもと心配している。娘がニ人……
『栞ちゃんのように元気で素直な子供が出来たら嬉しいな』
「本当ですか!?」
『うん』
幸せそうに顔を綻ばせた栞ちゃんはバタンと後ろ向きにベッドに倒れて行った。ニコニコしながら天井に両手を伸ばしている。
「父と母は忙しい人たちですが、時間がある時には子供部屋に来て寝かしつけをしてくれました」
栞ちゃんは杖を振ってステルラ・ステッラ・センプラの呪文を唱えた。光の粒がふわりと舞い、部屋の中をゆっくりと浮遊している。
光の粒から感じられる温かさに胸を満たしていると、栞ちゃんがこちらに寝返りをうった。
「父は絵本の読み聞かせをよくしてくれました。母もしてくれたのですが……母はいっつも棒読みで―――父も上手くないけれど、抱擁感のある父の声は私たちを眠りへと誘ってくれた」
私はセブの声を思い出していた。ビロードのように滑らかで深みのある声は眠りの中に入って行く私の耳に、頭に心地良い。
『どんなお話を読んでくれたの?』
「魔法界では有名な御伽話です。たくさんの宝の泉、魔法使いとポンポン飛ぶポット、ぺちゃくちゃウサちゃんとぺちゃくちゃ切り株。でもお気に入りはマグルの御伽話です」
『ご両親はマグル出身だったけ?』
「いえ。その本は父がマグル出身の魔女の友人から教えてもらった本だそうです。題名は“お化け蝙蝠と姫君”。ご存じですか?」
「いいえ。知らないわ。どんなお話なの?」
「簡単なあらすじは――――
昔々、大陸の大部分を治める王様がおりました。他国を侵略するその王はいつも真っ黒な服を着ていましたから“お化け蝙蝠”と呼ばれていました。
ある日、お隣の国から人質として美しい姫君がやってきます。
初めはお互いを嫌っていたお化け蝙蝠と姫君。ですが、様々な困難を一緒に乗り越えるうちにニ人は仲良くなっていきました。
「この戦いが終わったら私と結婚しませんか?」
「はい、喜んで。この戦いが終わったらあなたと結婚します」
あと一つ、国を併合すれば大陸全てがお化け蝙蝠の王様のものになります。今まで併合された国々はとっても豊かになり、国民は幸せに暮らしていました。実は、併合される前の周辺国は贅沢三昧の悪い王様ばかりだったのでした。
「お化け蝙蝠さん、私も一緒に戦うわ」
「戦場は危ない。城にいて欲しい」
「私が強いとご存じのはずよ。一緒に戦い、一緒に国に戻りましょう」
戦場を馬が駆け、剣が合わさる音が響き、大地に地が染み込みました。
進む、進む
敵城の門は開かれ、敵国の王は捕らえられる。
戦は終わり、
天窓から朝の光が射しこんでくる
『勝ったわ』
微笑んだ姫は顔を汚していましたが、その顔は美しく、微笑をお化け蝙蝠の王様に向けました。
天窓から射しこんでくる朝の光
勝利の朝
お化け蝙蝠の王様は片膝をついてこう言いました。
「健やかなる時も、病める時も 喜びの時も、悲しみの時も
富める時も、貧しい時も
君を愛し、君を敬い 君を慰め、君を助け
この命ある限り、真心を尽くすことを誓う」
愛を誓い合ったニ人は国に戻り、末永く、幸せに幸せに暮らしたのでした。
めでたし、めでたし
『幸せな物語ね』
「はい!」
しかし、何となくどこかで聞いたようなあらすじだった気がするが……どこでだろう?うむむと考えているとトントントンと開け放たれていた扉がノックされる。戸口に立っていたのはシリウスだった。
「邪魔をしてすまない。栞が心配で様子を見に来た」
「ありがとうございます、シリウス先生。ユキ先生と話しているうちに落ち着きました」
「何か手伝えることがあるか?」
「もう大丈夫です。お気遣いありがとうございます!」
『折角来たのだから星の呪文を楽しんでいったら?』
「星の呪文?もしかして空中に浮遊しているこの光の粒か?」
「触ってみて下さい。心がポカポカしますよ」
シリウスは光の粒に触って「おぉっ」と声をあげた。
「美しく心温まる良い呪文だな」
シリウスが部屋に入って来て、私は立ち上がる。そろそろここを出てホグワーツに戻った方がいい。やりたいことを片付けなければならない。
『ニ人共おやすみなさい。ゆっくり休んでね』
「さようなら、ユキ先生」
「気を付けて帰れよ」
部屋の外から出る時に見えたのはステルラ・ステッラを出して見せる栞ちゃんの隣で優しい笑みを浮かべているシリウスの姿。
そう言えば、あんな顔他の生徒にはしないのよね。
私はもしかしたらの予感にワクワクしながらホグワーツへと帰って行った。