第8章 動物たちの戦い
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3.闇の帝王動く
セブが戻ってきた夜、私たちは激しく愛し合った。どれだけお互いを求めても不安で、その存在を確かめたくて何度もキスをし、何度も腰を打ち付けた。
もうこれ以上、体を動かせないほど求めあったというのに不安は払拭されず、私はついに泣きながらベッドの上に転がった。泣いても何にもならないに、雰囲気も悪くなって、不吉な気持ちにさせるだけだというのに涙は止まらなかった。
私は何に泣いているのだろうか。色々な感情が混ざり合っていた。ダンブルドアがセブに課した非情な任務。どれだけセブは傷つき、苦しい思いをしただろうか。
――――担任殺し
蘇った記憶は私が担任であったハヤブサ先生を任務で殺した時のことだった。任務だからと淡々とこなした殺人は、後々になって私の上に大きな罪悪感としてのしかかった。だからと言って、この話をしたところで傷の舐め合いとなりセブの傷ついた心を癒すことは出来ないだろう。
どうにかダンブーには生きていて欲しい。そう願うのみだ。
もう1つ、これからセブは不死鳥の騎士団とは距離を置いて任務を行っていくことになる。今までもそうだったが、私には手助け出来ない場所にセブはいる。
「手で擦るのはよくない」
柔らかな絹のような声でセブは言いながら私の手を取ってキスを落とした。一番辛い本人に気を遣わせてしまって申し訳ない気持ちになりながら上体を起こしてセブの唇に口づける。
薄い唇は温かく、私の涙の味がしてしょっぱかった。泣きすぎて頭がクラクラしていて、額をセブの肩に乗せてフッと息を吐き出せば、優しく頭を撫でられる。
「決して死んだりしない」
『その言葉を信じている。約束よ?守れないなら黄泉の国まで追っていくわ』
「不吉なことを言わないでくれ」
『いいえ。私は追って行く。あなたは私にとってどれだけ大事な人かを理解していないの。私の全てと言っていい。セブがいない世界なら生きていたって意味がないでしょ?……なんて重いかしら?』
「いいや。我輩にとってもそうだ。生きる意味がここにある」
優しいく光る瞳の中には泣きそうになりながら微笑みを浮かべる私がいて、その表情からは懇願が見てとれた。あなたなしには生きていけないと何かに願う私の顔。
でも、セブは違った。必ず幸せになるという決意が見てとれた。それに揺るぎない何だろう?……分からない……どこか自信に満ち溢れている。どうしてそんな顔が出来るのか私には理解できなかった。私はいつも人の気持ちを察するのが下手だ。
「こちらへ」
寝転がったセブは腕を広げて私に来るように促した。セブの自信に満ちた様子が私の気持ちを幾分か落ち着けていた。いそいそとセブの腕の中に入るとぎゅうと抱きしめられる。
「少し未来の話をしないか?」
『この戦いが終わったらということ?』
「そうだ」
『プロポーズを楽しみにしている』
「どのようなものが良いか希望はあるかね?」
『そうね……ノクターン横丁で襲われそうになっている私をセブが助けてくれて、そこでプロポーズするのはいかがでしょう?』
「あんな陰気な場所で大事な誓いをするとは趣味がいいとは言えませんな。また、我輩の助けが必要なほどの人材を探すのは至難の業だ。ユキにかかれば大概の魔法使いは瞬殺であろう」
『じゃあ、セブの案を聞かせて』
「君よりましだとだけ言っておこう」
『え!?ズルい!』
クツクツと笑うセブに口づけて笑いを止めてしまうと、体がずっと移動して私は下に、セブが上になった。いつもの甘い雰囲気が戻ってきたことに喜び、私はセブの髪の間に指を入れる。トリッキーの言った通り皮脂で少しばかりべたついている。
しっとりとした髪をにぎにぎしているとセブが私の右胸をにぎにぎしたのでプッと吹き出してしまう。
『シンクロしないでよ。笑っちゃうじゃない』
「暫く風呂に入れなかった。汚いからあまり触るな」
『セブの匂い好きよ』
「ユキの匂いは甘い」
『セブの香りは気持ち良くてクラクラするの。それでここがじんわりする』
胸を揉んでいた手を秘部へと導くと、くちゅりと音をさせて肉芽を触られて、私は小さく善がってクスクスと笑った。
「初めのころと比べて大胆になったものだな」
『誰がこうしたのかしら?』
チュッと啄むようなキスをもらって笑い合って、私はセブの腰に自分の脚を巻き付ける。
『ねえ、聞いていい?』
私はお腹に固いものを感じて笑った。
『何か元気になる魔法薬を飲んでいるでしょう?』
更にぐりぐりと熱い塊を自分のお腹に押し付ける。
「飲んでなどいない」
『本当に本当?』
「今回の状況で飲む余裕があると思うかね?」
『確かに……ということは、地で毎回こんなに元気なわけ?』
セブと行為をすると毎回1回じゃ済まない。一晩に3回は求められるのが常だ。あと数年で40に届く男がこんなにも性欲があるとは驚きだ。
『さすがジェームズがマスターの称号を授けるだけはあるわね』
「やめろ」
うんざりとした声が降って来た。
『ジェームズはセブを尊敬しているみたいよ。きっかけが何であれ、私はセブとジェームズが仲良くなれて良かったと思っている。この調子でシリウス、クィリナスとも仲良くなれたら嬉しいのだけど』
「ポッターと仲良くなる気はない。他2人も同じだ」
『シリウスは仲間想いだし、クィリナスも実は熱い男。2人とも優秀。シリウスは少しばかり考えなしなところがあるのが難点、クィリナスはちょっと変わっているけど……2人とも良い人なのは知っているでしょう?』
シリウスとクィリナスの顔を思い浮かべて私はニッコリした。
『私たち未来の話をしていたわね。もし娘が出来たらシリウスやクィリナスのような人と結婚できたらいいのに。もちろんリーマスやジェームズ、レギュラスも素敵な――――え?ちょ、そんな怖い顔しないでよ』
セブの腕の中で他の男の人を褒めたのがまずかったのだろう。セブはアズカバンの囚人も恐れ慄くような凶悪な顔をして私を見下ろしている。
「もし娘が出来たならば」
地を這うような声が体に響く。
「決してあのような輩には渡さん。断じて渡さん。娘たちには真っ当な人間と幸せな人生を歩ませたいのだ」
吹き出さないように奥歯を思いっきり噛みしめる。目の前のこの人は大真面目に娘をシリウスとクィリナスに嫁がせる想像をしていたらしい。
『仲を認めてくれないなら絶縁してやるって娘に言われたらどうするの?』
「そのようには育てないつもりだ。だが……いざとなれば……決闘だ」
『娘を賭けてね。セブったら娘に嫌われるわよ?』
うっとした顔をしたセブに今度は笑いを堪え切れずにアハハと笑ってしまう。
「娘が出来たならば行儀作法に厳しいボーバトンに入学させるのがいいだろう」
『私はホグワーツがいいと思うけど。だって我らがホグワーツより素晴らしい学校はないわ』
セブの右手と私の左手の指と指が絡まり合い、1つキスをする。
「この話は保留だ」
『そうね。それから……私はセブにそっくりな男の子も見て見たい』
「我輩と瓜二つでは子供が可哀想だ」
『なんで?』
「我輩は良い容姿とはいえない。出来れば外見はユキに似て欲しい」
『私がどれだけセブの外見が好きか知っているの?』
「君は奇特だ」
『いいえ。セブはモテるはずよ。予言してあげる。私たちが勝利して平和な世の中になった時、セブの功績が表に出るでしょう。その時!どーれだけの女の人があなたの周りに寄ってたかるか今から恐ろしいわよ』
指をセブの顔の前に出して1つずつ折っていく。顔良し、声良し、魔法の腕良し、頭が良くて、勇敢。
『元の彼女達から復縁を迫られたらどうする?』
「断るに決まっている」
『ふうん』
私は半眼になった。
『私の前にもお付き合いしていた人たちが大勢いたわけね。そうよね。知ってたわ』
「愛した者はいなかった」
『体だけの関係ってこと?付き合っているのに?最低ね』
「この話は終いにしてくれ」
セブは私の視線に耐えきれずに横にゴロンと転がった。
墓穴を掘ったと後悔しているセブの頬をツンツンと突っつくと鬱陶しそうに眉が寄せられたが私の手を払いはしない。指で突つく代わりに何度もチュッチュとキスをしている顰め面を続けられなくなったセブが笑いだした。
幸せな時間に涙が出そうで、でも泣くとさっきの湿った雰囲気に逆戻りしてしまうから私は気分を明るくしながらセブの上に乗っかった。
『ねえ』
ふと私たちの顔から表情が消える。
目だけは情欲に燃えていて、互いを焦がさんばかりに見つめ合う。
貪るようなキスで再び性交が始まった。
リビングで紅茶を飲みながら不死鳥の騎士団で決まった話をセブに伝える。
セブの今の立ち位置と言えば、ダンブルドアを殺したのはダンブルドアの命令によってであると不死鳥の騎士団も理解しているが、本当にそうだろうか?もしや闇の陣営の人間ではないだろうか?という疑惑を持たれている状態。よって、本当に大事なことは伝えられないことになっている。
これは余談になるが、ハリーは完全にセブのことを敵側の人間だと思ってしまっている。目の前でダンブーがセブに殺される瞬間を見せられたのだから無理はない。
『いっぱいのポッター作戦が行われるわ』
「ポッターを新しい隠れ家に連れて行く作戦だな」
『最終的な隠れ先については言うことが出来ない。大丈夫?』
「問題ない。卿も我輩が不死鳥の騎士団に完全に信用されていないと思っているからな。ただ、もう少し情報が欲しい」
『うん。伝えると決まったことを話すわ』
私はセブにポリジュース薬で何人かはハリーに変身して複数のハリーを出して目眩ましすること、移動日はハリーの誕生日と同時であること、移動手段は模索していること、グリモールド・プレイス12番地の秘密の守り人はダンブルドアから変更されたと伝えた。
「グリモールド・プレイス12番地は今のところ安全なのかね?」
『新しい秘密の守り人を決めたけれど、ダンブーの死と新しい秘密の守り人を作るまでの間に時間があった。アズカバンから出たマンダンガス・フリッチャーとかそういった人物が秘密を漏らしていないか不安がある』
「ハリー・ポッターの誕生日に新たな隠れ家に移動とは余りにも芸がないと思うが」
『誕生日が来たら一刻も早く最終的な隠れ家に行くべきだと会議で決めたわ。日にちに嘘は伝えないからどの日でも変わりないと意見が纏まった』
「答えられないならいいが、今ハリー・ポッターはグリモールド・プレイスにいるのか?」
『いいえ。ホグワーツにいる。古の守りがあるここは安全だもの。機会を見計らって仮の隠れ家に移動し、そこから安全な隠れ家に移動する』
「その仮の隠れ家の場所は言えるか?」
『ゴドリックの谷にあるポッター邸よ』
「仮にしてもあそこを隠れ家に選んだのか!?」
『あの場所はヴォルデモートが力を失った場所よ。奴はそこを嫌がるでしょう。私が厳重に罠を張り、秘密の守り人になった』
「今の情報は闇の帝王に伝えて良いということだな?」
『伝えてもらって構わない。あそこに長くは滞在できないけれど、短期間ならばハリーを守り切れる自信はある』
「そうか。して、移動の際に守りを固めるメンバーは?」
『かなり大所帯だけど信頼できるメンバーを集めた』
参加するメンバーの名前を上げていく。
マッド‐アイ、ジェームズ、シリウス、リーマス、トンクス、ビル、フラー、フレッドとジョージ―――
『ロン、ハーマイオニー、栞ちゃん』
「なんだと?」
上げていく名前の中に生徒たちの名前があがったセブは顔を険しくした。
『どうしても参加したいと聞かなかったのよ』
「実力の足りない子供を参加させるべきではない。いったい会議で何を話していたんだ!」
『彼らはもう成人済みよ。それにあの子たちは私たちと共に戦う不死鳥の騎士団のメンバーなの。参加したいと言ったら拒むわけにはいかない』
「これは授業での練習ではない。死喰い人たちは全ての人間を殺しにかかってくるんだ」
『えぇ。彼らはハリーを狙ってくる。そしてロン、ハーマイオニー、栞ちゃんの3人はこれから私たちが勝つまでハリーの傍で彼を支えるのよ。今から共に試練を乗り越えていくべきよ』
どうしてそんな顔をするの?
今日のセブはちょっと奇妙だ。私は彼の心の中を上手く読み取れない。
見たところ、セブは見たくない事実を突きつけられたような顔をしていた。成人したての生徒たちが戦いに巻き込まれていく事実にショックを受けたのだろうか?物事の先々をよくよく考えているセブにしては意外な感情の動きに私は首を傾げた。
『それからリリーのこと、ヴォルデモートから聞いている?』
「行方を追っているとしか聞いていない。探ってくるように言われていた」
『死喰い人からの襲撃があったけど無事だったわ。今はヴェロニカ・ハッフルパフと一緒に安全な場所にいるから安心して』
「ハッフルパフ女史と共にいるならば安心だな」
セブはホッと息を吐きだした。
「場所は教えられなかったと言っておく」
『それで大丈夫?』
「あぁ。問題ない。リリーについての優先順位は低いからな。問題はユキ、君についてだ。闇の帝王は君を渇望している」
『永遠の命……』
「それに賢者の石事件があった年、闇の帝王はユキの忍の知識と技を欲してクィレルを通して死喰い人への勧誘を行った」
『予言のこともある』
「あぁ。闇の帝王は予言を重要視している」
決して見られてはいけないものが私の頭の中にはある。
妲己の記憶、セブが2重スパイで私たちが心から愛し合っているということ、そして一番見られてはいけないのが死者を蘇らせる方法があるということだ。
心の閉ざし方は知っている。
拷問を受けたこともあるが耐えてきた。閉心術には長けているし、磔の呪文でも耐えられる。頭から記憶を抜かれてもスラグホーン教授のように記憶を改ざんさせることが出来るだろう。私なら、やれる。
心を強く持たねば。
「っ!」
『闇の印が痛むの?』
「あぁ。招集がかかったようだ」
『慌ただしいわね』
「行ってくる」
『気を付けてね。今度は早く戻ってこられるでしょう?』
「すまないがそれは分からない」
『……』
「大丈夫だ。必ず戻ってくる」
『うん。行ってらっしゃい』
名残惜しくなるような甘い口づけをしてセブは去って行った。
***
夜風の強いある日、セブルスは月明かりの照らされた細い道に姿現しした。
バシンッ
セブルスは杖を胸の前で構えたが、数歩先の相手が誰か分かり、お互い、ローブのポケットに杖をしまって同じ方向に歩き出した。
「愛しの彼女はダンブルドアの殺害を何と言っていた?」
セブルスはヤックスリーを無視して
小道はやがて馬車道に変わっていく。その時、またバシンという音がしてセブルスとヤックスリーは杖を手に振り返った。
「ワードだ」
そこにいたのは死喰い人の1人であるショーン・ワードだった。本物のショーン・ワードはレギュラスとユキに殺されていて、今ここにいるのは成り代わったレギュラスだ。
「おい、聞いたぞ。もう女を作ったようじゃないか」
ヤックスリーは自分たちの方へ歩いてくるレギュラスにニヤリと下品な笑みを向けた。
「女がいないとやってらんないだろ」
「そう言いながら手当たり次第にしないのが昔から理解出来ん」
レギュラスは死喰い人の中に潜入するにあたり、成り代わる相手のショーン・ワードのことを徹底的に調べていた。口調、仕草、交友関係、食の好みまで抜かりはない。
「既に遅くなっている。急ぐぞ」
セブルスはレギュラスと一瞬目を合わせた。彼らはやっていることは違うといえどニ重スパイという同じ立場だ。セブルスもレギュラスも、もし正体がバレてしまった場合お互い庇えないとしても、同じ志を持つ者が死喰い人の中にいるのを心強く感じていた。
小道はいつの間にか馬車道に変わっており、行く手には壮大な
孔雀が特徴的な鳴き声で一声鳴いた。
「ルシウスの奴、相変わらず贅沢な趣味だな」
真っ直ぐに伸びた馬車道の奥の暗闇に、品の良い美しさを持つ館が姿を現した。1階のひし形の窓に明かりが煌めいている。
広場の真ん中にある噴水の頂上には憂いを帯びた表情で月を見上げているニンフがいる。この噴水の中には陶器の魚が泳いでおり、セブルスはユキが楽しそうな顔で触ろうとしていたことを思い出した。
クリスマス・イブのあの日、マルフォイ邸に招かれた自分とユキはここではしゃぎ合いに近い喧嘩をしたと懐かしい日を思い出す。
灯りを絞った広い玄関ホールを横切り、階段を上った3人はがっしりとした木の扉の前で立ち止まった。一瞬3人は躊躇いに動かなかったが、セブルスがブロンズの取っ手を回した。
装飾を凝らした長テーブルには黙りこくった人々で埋められていた。暖炉の火だけで灯りが取られている部屋は薄暗い。
「ヤックスリー、スネイプ、ワード。遅刻すれすれだ」
声の主は暖炉を背にして座っていた。
薄暗さに目が慣れてきた3人はそれぞれに動き出す。空いているヴォルデモートの左手側にセブルスが腰を掛けた時に嫉妬と怒りの目をベラトリックス・レストレンジが向けた。
「それで?」
振り返ったヴォルデモートは赤い両眼でセブルスを見た。
セブルスは頭を下げ、話し出す。
「我が君、不死鳥の騎士団はハリー・ポッターを隠れ家から奴の誕生日に合わせて移動させる予定です」
テーブルの周辺がにわかに色めき立った。
緊張する者、ソワソワする者。ただ、マルフォイ夫婦は表情を変えず、ドラコはこの空気に震えていた。
「それはユキから得た情報だな?」
ヴォルデモートは既に雪野ではなくユキと呼ぶようになっていた。その変化に戸惑う死喰い人たちだったが訳を聞くことなど出来はしない。ただこの変化をどうとらえるべきか死喰い人の間で憶測を呼んでいた。
「今ハリー・ポッターはどこにいる?」
「ホグワーツにおります」
「ホグワーツから隠れ家に移動するということか?」
「いいえ。どこかに1度移してから最終的な隠れ家に移動するつもりだそうです」
「お待ちください。私が得た情報は違っております」
ヤックスリーが長いテーブルの向こうから身を乗り出して、ヴォルデモートとセブルスを見た。全員の顔がヤックスリーに向いた。
「言ってみろ」
「闇払いのドーリッシュが漏らしたところでは、17歳になる前、次の土曜の夕暮れに移動するということです」
ヤックスリーの言葉をセブルスは鼻で笑った。
「我輩の情報源によれば偽の手がかりを残す計画があるとのことだ。きっとそれだろう。秘密の守り人から聞いた話より確かなことはないと思うがね」
「畏れながら我が君、私が請け合います。ドーリッシュは確信があるようでした」
「錯乱の呪文にかかっていれば、確信があるのは当然だ」
「雪野がお前に本当のことを言うと思っているのか?利用されているだけだと気づきたくないのか?」
ヤックスリーの言葉にせせら笑いがテーブルに広がっていったが、ヴォルデモートは宙を見て別のことを考えていた。
「ドーリッシュは例の小僧の移動に闇払い局から相当な人数が差し向けられると考えておりますし―――
ヴォルデモートは白い蝋燭のように長い指の手を挙げて制した。
ヤックスリーは口を噤み、ヴォルデモートが再びセブルスに向き直るのを恨めし気に見た。
「あの小僧を今度はどこに隠すのだ?」
「まずはゴドリックの谷の旧ポッター邸に移すと聞きました」
静まり返っていた会議室がキンとした痛いほどの緊張感に包まれた。誰もヴォルデモートのことを見ることが出来ず、俯いている。
ヴォルデモートは蛇のような目をセブルスに向けた。
「確かか?」
「雪野は自分が秘密の守り人だと言っていました。但し、ポッター邸は雪野の忍の結界と不死鳥の騎士団の呪文で厳重に守られており、襲撃できないと言い切っておりました」
「あの女がそう言い切るならそうだろう」
これにはセブルスも他の死喰い人たちも驚いた。ユキの実力は絶対だと言うような言い方に死喰い人たちはチラチラと視線を交わし合う。
「奴らは大っぴらに行動せねばならん。かえって好都合だ」
ヴォルデモートは月を背負い、不気味に口角を上げた。
「あの小僧は俺様が直々に始末する。ハリー・ポッターに関しては、これまであまりにも失態が多かった。ポッターが生きているのは、あやつの勝利というより俺様の思わぬ誤算によるものだ」
ヴォルデモートは誰かに向かって話しているのではなかった。自分自身に話していた。
「もはや幸運などない。以前には理解していなかったことが今は分かる。ポッターの息の根を止めるのは俺様でなければならぬ。そうしてやる」
「おお!我が君!ようやく我が君の時代がやって来るのですね。あなた様のお傍にいられるのは何と名誉なことでございましょうか。ああ、良き時代が来る!なんと喜ばしい」
ベラトリックスの声に気が付いたヴォルデモートはその顔を意地悪く歪ませた。
「喜ばしいか……口が上手いな、ベラトリックス」
「いいえ、いいえ。我が君は私が心からそう申し上げているのをご存じでいらっしゃいます」
「喜ばしいと言えばお前の姪は狼男の子を宿していると聞いた。ルシウス、ナルシッサ、お前たちの姪でもある。さぞや鼻が高かろう」
部屋中がどっとした笑いで満ちた。身を乗り出して笑うもの、机を拳で叩くものもいる。ベラトリックスは血筋を汚された辱めに顔をまだらに赤くさせて醜い顔に変わった。
「もうよい、古い家柄の血筋も時間と共にいくぶん腐ってくるものが多い」
ベラトリックスは息を殺し、取り縋るようにヴォルデモートを見つめていた。
「おまえたちの場合も、健全さを保つためには枝落としが必要ではないか?」
死喰い人たちはぐっとヴォルデモートに惹きつけられた。
「腐った部分を切り落とすのだ」
「分かりました、我が君」
ベラトリックスは感謝に目を潤ませて、恋人に囁くように言った。
「出来るだけ早く致します」
「そうするがよい。お前の家系においても、世界全体でも……純血のみの世になるまで、我々を蝕む病根を切り取るのだ。ところで、セブルス」
「はい」
「先日持ってきたダンブルドアの遺書に書いてあった通り、お前をホグワーツの校長とする」
「畏まりました」
「そう言えば拉致を命じていたチャリティ・バーベッジが消えたと言っていたな」
「不死鳥の騎士団が隠したようです。あの女はマグルと積極的に交わるべきと話しておりましたので危険と判断したのでしょう」
「あの女をナギニの餌にしてやろうと思っていたに残念なことよ」
「マグル学と闇の魔術に対する防衛術の教員の席が空きました。どうされますか?」
「お前たちの中から選び、後日伝える」
ヴォルデモートの理念と我こそがホグワーツ陥落に向けての重大な役目を担えるかもしれないという興奮と期待を覚えていた死喰い人たちだったが、ズルズルと足元で何かが這って行くのを感じて扉に近い席に座っている者から口を閉ざしていく。ナギニはテーブルの下から出てきてヴォルデモートの横に身を起こした。
チロチロと長い舌を出しながら会議の出席者を端から舐めるように見つめている。
ヴォルデモートはナギニの頭部に手をやり、知らずのうちにうっとりとした目をしていた。
「ユキのことだが、セブルス、お前がダンブルドアを殺したことをどう思っている?」
「何か理由があるのではと思っているようです。校長と言えない取り決めをしていたと嘘を言っておきました」
セブルスは真実を嘘とした。
「では、信頼は失われていないのだな?」
「はい。今回のハリー・ポッターの作戦を話すくらいですから
「捕らえてここに連れてくる方法を考えたか?」
「残念ながらあ奴は強く、隙をつくことが出来ません。何か策を講じる必要があるかと思います」
「策……ルシウス。お前の家族はユキと親しかったな」
「はい。私もナルシッサも兄、姉のように慕われております。またドラコを弟子としております」
「ほう。では、ドラコは忍の技が十分に使えるのだな?」
ドラコは闇の帝王から直接声をかけられて心臓を鷲掴みにされたような恐怖に落とされた。脂汗をかき、全身をブルブルと震えさせながら助けを求めるように母親を見る。
「聞いているのだ。答えよ」
それでもドラコは緊張で口を開けない。からからに乾いた開いた口からは掠れた声にならない声が微かに出ているのみ。それを見たベラトリックスは何と失礼な態度をという顔で首を横に振り、ヴォルデモートを見た。
「甥の御無礼をお許し下さいませ。我が君の威光を前に口がきけないようでございます」
「フン。では、ルシウス、お前が代わりに答えろ」
「ドラコはホグワーツの生徒で一番忍術に長けており、ユキはドラコを可愛がっています。しかしながら、前にご報告した通り我が君から与えられていた作戦で使用しようと思っていた姿くらましキャビネットを破壊したのはユキです」
「あくまで不死鳥の騎士団側の人間ということか」
「そうですが、完全に不死鳥の騎士団の人間というわけではありません。ユキはダンブルドアを好かないとも言っておりました」
セブルスが意見を言うとヴォルデモートは興味深そうにセブルスを見た。
「どのあたりをだ?」
「冷酷な一面を持っているところと言っていました」
セブルスは慎重に言葉を選んで伝えた。元の上司に似ているからダンブルドアの一部分を嫌っていたということはわざわざ自分から言わない方がいいだろう。
「近いうちにユキを手に入れる」
ヴォルデモートはナギニを見てそう言ったのだが、それはまるでユキに話しかけているような様子だった。
「ユキはそれ程までに重要でしょうか?戦力にはなりますが、あ奴は貴重な情報源です。このまま泳がせていても良いかと思います」
チラとベラトリックスを見たヴォルデモートはなんとも言い表せないような不思議な目をしていた。今夜の月のように怪しく澄んだ瞳は何を考えているか分からない。
「相応しいと思わないか?」
「……と言いますと……」
「俺様の隣に並ぶのが相応しい女だ。知識、力、忠誠心。あの者は我らが魔法界を征服する上で必要である」
ヴォルデモートは立ち上がり、皆に背を向けて窓辺に立った。ナギニはついて行きヴォルデモートの足元にとぐろを巻いて蹲る。
「解散だ。命令したことについて、しくじるな」
周りの様子を見ながら1人また1人と無言でヴォルデモートの背中に敬礼をして部屋から去って行く。
セブルスは嫌な予感がしていてその場に立ち尽くしてヴォルデモートの背中を見つめていた。
<あの女は俺様の隣に相応しいと思わないか?>
<……>
蛇語をセブルスは分からない。
<手に入れる。この渇きを満たすのだ>
セブルスはこのまま留まっては不審がられるとハッとして皆と同じように敬礼して部屋から出て行った。
―――人を誘惑する成分が血の中に……
ユキの体の中にはアモルテンシア―――この場合はユキが誘惑する側だが―――に似た作用を持つ血液が流れている。
ケリドウェン魔法疾患傷害で行われた実験では男性の10人に3人は高揚感を感じ、残り2人は血液に向かって口説き始めた。
その作用がどこまで強いものかは分からない。ホグワーツには沢山の男子学生がいるが、ユキに好意を持ったとしても恋に狂ったようになる者は見たことがなかった。もしかしたら慣れというものがあるのかもしれない。もしくは本人が気づいてないだけであろうか?
だが実際に魔法省でも旅先でも口説かれているところを見ると誘惑の血を持っているのは違いないと思われる。そしてそれはヴォルデモートにも作用したのではないだろうか?
その考えはセブルスをゾッとさせた。
何が何でも自分のモノにしたいとヴォルデモートが思っているとすれば、恋に狂い、何をしてくるか分からない。
そして手に入れたユキをどうするつもりだろうか?
以前、ユキの目を見て奴隷根性が染みついていると言って満足そうに笑っていたのを思い出す。服従の呪文だけなら可愛いものではないか?その先を考えると恐ろしさしかない。
セブルスは急にユキに会いたくなった。この腕に抱きしめて存在を確かめたかった。
姿くらましをしてユキの自室の前の階段を上がっていると扉はセブルスが戸口に立つ前に開かれ、ニッコリと優しい笑顔のユキが現れた。
『お疲れ様』
「ユキ」
セブルスは会ったら抱きしめたいと思っていたのにそうは出来なかった。愛おしい目の前の存在がいつか消えてしまう儚いものに感じて抱きしめて視界から消してしまえば消えてしまうのではないかと思った。
震える右手で頬に触れ、そっと撫でる。
『どうしたの?何かあった?』
「いや」
不吉な予感を口に出したくはなかった。
口に出したら本当になってしまうような気がしたからだ。
言葉を発する代わりに優しいキスをする。
夏の夜の風は心地よい。
セブルスのマントが翻り、ユキを包み込んだ。