第8章 動物たちの戦い
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2.葬儀
ホグワーツ特急で自宅へと帰って行く生徒たちを私とシリウスはロンドンまで付き添った。残った生徒たちはダンブーの葬儀に出ることを望んでいる。
ダンブーに最後のお別れを告げようと、魔法使いや魔女たちがホグズミード村に押し寄せた為、治安が悪くなるだろうと不死鳥の騎士団のメンバーは見回りを強化している。
葬儀の前日の午後遅くにはボーバトンのマダム・マクシームがパステルブルーの馬車に乗ってホグワーツに到着した。その他にも魔法大臣率いる魔法省の役人たちが城の中に泊っている。
「部外者を城に入れるのは反対だわ。死喰い人がポリジュース薬で変身しているかもしれないのよ?」と影分身の私がシリウス不安を訴えた。
「マクゴナガルとスラグホーンが調べているから間違いはないと思うが、確かに気持ちの良いものではないな」
ダンブーが死んだとされるあの日から私はつきっきりでダンブーの傍にいる。今日は魔法薬の力を借りたいと思い、スラグホーン教授のもとを訪れる為に影分身を送っていて、シリウスと話している。
職員会議の帰り、若手武闘派な私の影分身とシリウスは率先して城の見回りを引き受けた。
「スネイプと連絡はまだ取れないのか?」
「えぇ……」
「陰険根暗は心の中が読みにくいし、存在を消すのも上手い。心配しすぎるな」
「ありがとう。そう言ってもらえると不安が薄まるわ」
丘を歩いて正門へと向かっている時だった。遠くの方で花火が上がっているのが見える。私たちは顔を見合わせ、正門へと走っていく。嫌な予感を覚えながら門に着いた私たちが見たのはギョロギョロと大きな目をして柵をガタガタさせている屋敷しもべ妖精だった。
「あなた方はホグワーツの先生様でございますですか?」
「そうよ」
「急がなければなりません。ユキ先生様に話さなければなりません」
「私がユキよ。あなたは誰の屋敷しもべ妖精なの?」
「確かめなければなりません。ご主人様に本物かどうかきちんと確かめるまで話してはいけないと言われているのです。質問を致しますです。砂糖菓子を保存している箱には何が書いてあるのか、でございます」
私はサッと青くなった。この質問はヴェロニカしかしない。
我が恩師、ヴェロニカ・ハッフルパフに任せているリリーの身に何かあったのだ。
「平和を象徴する白い鳩がピンクの薔薇をくわえている絵よ。さあ、中に入って」
私は杖で門に巻きついている鎖を叩き、錠を外し、若い女の屋敷しもべ妖精を中へと入れた。
「シリウス、ヴェロニカ・ハッフルパフの使いよ」
「なんだと!?リリーに何かあったのか!?」
「教えてちょうだい。ヴェロニカからの伝言はなに?」
念の為、耳塞ぎ呪文を辺りにかけてから屋敷しもべ妖精を見ると、大変重大な任務を行うことへの誇りを体に纏わせながら口を開いた。
「ご主人様はこう仰ったのでございますです。襲撃された。身を隠さなければならない。援助がほしい、とのことです」
「襲撃……」
私はあまりの事に急速に血の気が引いていくのを感じた。
「いつの話だ?」
「この者はユキ様ではございません。話せません」
イライラしているシリウスに視線を向けられて同じ質問をする。
「いつ襲撃されたの?」
「3日前でございますです」
「援助……ヴェロニカがそう言うなんてよっぽどよ」
「まさかブルガリアまでヴォルデモートの手が伸びているとは」
「どうしてもリリーを亡き者にしたいのね。兎に角、急いで不死鳥の騎士団本部へ行きましょう。ジェームズに知らせなければいけない。2人は今どこに?」
「安全なところにおりますです。
シリウスがミネルバに影分身をやって、私たちは正門から姿くらましして不死鳥の騎士団本部へとやってきた。暇を持て余していたジェームズが来訪者に喜んでいるような表情でキッチンから出てくる。
「リリーが襲撃された」
「なんだって!?」
一瞬にして青くなったジェームズはどういうことかと私たちに詰め寄った。ヴェロニカの屋敷しもべ妖精から聞いた話を告げると、ジェームズが玄関に向おうとしたのでシリウスが腕を引っ張って引き止めた。
「迎えに行くのはお前だ。だが、どこへ連れていくかは考えないといけない。今のところ、ヴェロニカ・ハッフルパフは安全な場所にいるらしい。慎重に行動するべきだ」
「国外まで追っかけてくるんだ。イギリスに連れ帰っても同じだろう?僕の近くにいた方がリリーも安心してくらせる。連れ戻す!」
「だが、ここはダメだ。前回の会議で本部を移すと決まった。次の本部は隠れ穴だがあそこはハリーの隠れ家になる。リリーを隠すには適していない。リスクは分散すると話したはずだ」
「私の家はどうかしら?」
ジェームズが大きく手を打った。
「それがいい!」
「ヴェロニカにも一緒に来てもらえればお産も手伝って貰えるし、ダンブーの状態も見てもらえる」
「ケリドウェンの病院長がついていてくれるなら安心だよ」
「そうと決まれば直ぐにでも救出に向かおう。ジェームズに俺。それからユキ、一緒に行けるか?」
「勿論。本体で向かう。でも、移動手段は?」
「私めがポートキーを持ってきておりますです」
若い女の屋敷しもべ妖精はキーキーした声で言った。
流石はヨーロッパ中に知り合いを持つヴェロニカ。コネを使ってポートキーを手に入れたようだ。
影分身の私は家に戻り、スラグホーン教授から貰った魔法薬を本体に渡す。そして本体の私はジェームズたちとの待ち合わせ場所へと急いだ。
リリーとヴェロニカの救出は上手く行き、ジェームズとリリーは再会を喜んだ。
私たちは魔法と忍術の罠が沢山張ってある困難な道のりを通り、どうにか私とクィリナスの家に辿り着いた。
漸く安全を確保された場所に着き、ヴェロニカとリリーに向き直る。彼女たちは髪も服も乱していて大変な逃亡を続けていたのだと窺い知れた。
『ヴェロニカ、リリー。本当に無事で良かったわ』
「ユキ、こんなことになってごめんなさい」
『いいえヴェロニカ。私たちの見通しが甘かったのですから謝らないで下さい。こちらこそ危険な目に遭わせてしまい申し訳ございません』
「リリーは身重だというのに勇敢に戦ってくれましたよ」
「いえ、ヴェロニカがいて下さらなかったら危なかったです。ユキ、ヴェロニカったら凄いのよ。襲撃してきた死喰い人8人をあっという間にノックアウトしちゃったの」
そう言って明るく笑うリリーの姿を見てホッとする。
『ヴェロニカ、お疲れのところ恐縮ですがダンブルドア校長の様子を見て頂きたいのです』
ヴェロニカと一緒にダンブーを診察した。魔法薬で気力を回復したが、やはり私の見立て通り後は本人の生命力に賭けるしかないという意見で一致した。そしてこの1週間が山場だとも……。
重い溜息を吐き出しながら居間へと戻るとリリーは綺麗な服に着替えてゆったりとお茶を飲んでいるところだった。
『リリー、私の判断ミスでイギリスとブルガリアを行ったり来たりさせてごめんなさい』
「ううん。ユキのせいじゃないわ。ブルガリアの生活は落ちついたものだった。ヴェロニカも優しく、強い人で、彼女に引き合わせてくれたことが嬉しい」
『この家は安全だと思うけど、念の為に秘密の守り人を決めた方が良いわね』
話し合いの結果、秘密の守り人になるのはシリウスに決まった。彼が仲間を決して裏切らないということは過去の事から証明されている。
『ジェームズ、リリーを振り回してしまって申し訳なかったわ。本人にも謝ったけどあなたにも謝らせて。ごめんなさい』
「みんなで話し合ったことじゃないか。ユキが責任を感じることはないんだ。それに、死喰い人を混乱させるのに役に立った。奴らはまだリリーたちが外国にいると思っているだろう」
「それにしても、ダンブルドア校長の容態は聞いていたが、実際に姿を見るとショックだな」
シリウスはそう言って階段の上にチラと視線を向けた。
「どうにか生きて欲しい。彼は僕たちの心の支えだ。ヴォルデモートに対抗出来る唯一の存在なのだから」
『そのことだけど、ダンブルドアは命が助かっても魔法使いとしては死んでしまっているわ』
「校長の魔力を使って命を繋いだんだね」
『えぇ』
私は家に残り、シリウスとジェームズは私の影分身に付き添われて帰っていく。
ポタポタ、と音が聞こえ顔を上げると雨粒が窓を濡らし始めたところだった。
今の私の心を映しているようだわ。
ダンブーの部屋は時間が死んでいるように静かだった。
胸に手を持っていく。今にも泣きだしそうだったが、足音に涙を飲み込んだ。
「砂糖菓子ちゃん」
優しい声でヴェロニカが私の名前を呼んだ。私はヴェロニカの方を向かず、ダンブーを見ていた。
ベッドに横たわるダンブーは一瞬死んでいるのかもと思うくらい動きがない。微かに、胸が膨らみ、凹む様子が見られて安堵する。私は彼がこの家に来て以来、この確認を何度も繰り返していた。
いつ消えてしまうかも分からない風前の灯。生きてほしい。それなのに。
『私は最低なんです』
震える唇の間から声を出す。
首の付け根に溜めていた魔力はセブの為のものであった。もし彼がナギニに襲われた時に魔力を送って治療するために長い時間をかけて溜めてきた魔力。
首の付け根に指を持っていく。そこはサラサラと皮膚しかなく、琥珀色の魔力の塊はなくなってしまっていた。
もしセブがナギニに噛まれるホグワーツの戦いが数ヶ月後、数十日後、明日明後日に始まったら?私は治療の1つの手段を失ってしまったのだ。
私はダンブルドアを治療する時に、溜めていた魔力を使うことを一瞬躊躇った。目の前の命を見捨てようとしたのだ。
今でも後悔が半分残っている。ダンブルドアを助けた結果、セブを救えないとしたら?ダンブーは大事な人だ。彼に生きて欲しい。それなのに、それなのに……私の心の中は黒い
ダンブーに申し訳ない気持ちで一杯だった。決して彼の命を軽視しているわけではない。だが、私にとっての命の価値はダンブーよりもセブだった。
『癒者として最低です』
ヴェロニカは何も言わなかったけれど、私の背中をそっと撫でてくれた。慰められる資格なんかないのに。自分の醜さに涙が嗚咽と共に零れてくる。
『生きて』
トンと膝を床についてダンブーの手を握り、強く祈る。どうかダンブーとセブの命をお救い下さい。信心深くない私は何に祈るか知らなかったが、今はただ、何かに祈りたい気持ちだった。
ダンブルドアのお葬式には本体で行くことにした。ダンブーのことはヴェロニカとリリーに任せている。
セブからの連絡はまだ何も来ていない。ダンブーを殺したくらいなのだからセブが危険な目に合うことはないと思うが心配は消えない。
ドラコの方も心配だった。ハリーの話によれば本当はドラコがダンブーを殺す予定だった。だが、殺す勇気が出ずにセブが代わりを務めたというわけだ。
まだ子供だから酷い咎は受けないと思うけれど……。こればかりは分からない。もし、ドラコに何か起こりそうならば、彼は私をポートキーで呼ぶはず。私はその事でここ数日気を張り詰めさせていた。
葬儀に出席する全員が大広間に集まっていた。教職員テーブルの中央にある王座のような椅子は、空席のままになっている。
私はチラと横目でセブの席を見た。セブの席にはルーファス・スクリムジョール魔法大臣が無造作に座っている。その黄ばんだ目は誰かを捜すように大広間を見渡していた。
「雪野教授は」
ライオンのような風貌の魔法大臣は百戦錬磨の闇払いで頼りになると就任当初は思っていたのだが、この1年を通してみていてそのやり方は上手いとは言えなかった。
確かに、目の前の危険を見ないふりするファッジ元魔法大臣と比べると大いに良いが、困っている人を切り捨てるような冷酷な判断をいくつも下していた。
『なんでしょう』
「スネイプ教授と仲がよろしいようだな」
『交際しておりますから』
「彼は今どこにいる?」
『私が一番知りたいです。連絡が来たらいの一番にお教えしますよ』
私にそんな気がないと分かっているスクリムジョール大臣はフンと私を鼻で笑って紅茶に口をつけた。
「間もなく時間です」
ミネルバが呼びかける。
「それぞれの寮監に従って、校庭に出てください。グリフィンドール生はシリウス・ブラック助教授に、スリザリン生はスラグホーン教授についてお行きなさい」
全員が殆ど無言で、各寮のベンチから立ち上がり、ゾロゾロと行列して歩き出した。
正面玄関から出た時、私は眩しさに目を細めた。春の太陽が暖かく顔を照らし出す。気持ちの良いその日は冥界にある楽園のような、何も憂うことの無い心地よい世界のようで、私はその考えにゾクリと背筋を凍らせた。
ダンブーは大丈夫だろうか?急に不安になる。今にも死にそうなダンブーは楽園への階段を上って行ってはいないだろうか。
勝手に死ぬなよとは言ってある。
大丈夫。このまま良くなるんだ。
私は嫌な予感に目を閉じ、開いて吹き飛ばし、他の人と同じように黙黙と歩いていく。
湖に向かって歩いていると、何百という椅子が何列も何列も並んでいる場所に着いた。中央に1本の通路が通り、正面に大理石の台が設えられてある。
私は教員たちが固まって座る席から離れてグリフィンドール生たちが座っている椅子の近くに立った。私のもとへやってくる2人の人物。シリウスと変身したジェームズ。
『任務は?』
「完璧さ」
『お疲れさま』
ダンブーの遺体を何時までも土人形にしておくわけにはいかない。ジェームズとシリウスは遺体を用意し、それをダンブーの姿に変身させて土人形と入れ替えた。
遺体に何をどうしたのかは知らないが、うまくいったようで安心する。
「警戒を怠らないように」
シリウスが言う。
学外からたくさんの人が出席していた。その中には生徒に害をなす、特にハリーを狙う者がいるかもしれない。私達は分散してハリーの警護にあたる。
どこからともなく不思議な、この世のものとは思えない音楽が聞こえてきた。
陽の光を受けて緑色に輝く、澄んだ湖面の数センチ下に水中人が合唱している姿が見える。青白い顔を水中に揺らめかせ、紫がかった髪をゆらゆら広げて理解できない不思議な言葉で歌っていた。
心がザワザワする。どうかダンブーを空に連れて行かないでください。私は魂を天に引き上げようとするような歌声を聴いて『やめて』と叫びそうになっていた。
早く偽物の葬式なんぞ終わればいいのに。不吉な予感に苛立ちながら、任務に集中しようと参列者を見渡す。
“漏れ鍋”のトムに“妖女シスターズ”のベース奏者、“
リータ・スキーターが真っ赤に塗った爪にメモ帳を掴んで何か書いており、ドローレス・アンブリッジは見え透いた悲しみを浮かべていた。
「遺書が見つかっていますので一部を読み上げさせて頂きます」
水中人の合唱が終わり、ミネルバが遺体の置かれた大理石の台の近くまで行って参列者に話しかけ、手元の手紙を開いた。
あれはミネルバとダンブーについての事情を知る私達とで作られたもの。
「土の中で眠るのは悲しい。天に上り美しいホグワーツを空から眺めたい。もし儂が死んだ時には、火葬して遺灰を夜空の中に撒いてほしい」
ダンブルドアらしい、と誰もが思ったようだった。
「火葬はごく一部の者で行いたいと思います」
ミネルバの言葉に続いて、前に出てきたのは黒いローブの喪服を着た、髪がふさふさした小さな魔法使いで途切れ途切れに「高貴な魂」とか「知的な貢献」とかの言葉を織り交ぜて生前のダンブーについて語った。
私はまるで他人の話を聞いているようだった。だってダンブーといえばアリスの格好をして廊下を走り回り、恋愛小説を書いて賞を貰って喜んでいたお茶目な人なのだから。
つつがなく終わった偽物のお葬式の後、グリモールド・プレイス12番地で不死鳥の騎士団の会議が行われた。
「もうすぐこの家ともお別れだな」
『寂しい?』
「ハンッ。まさか。こんな悪趣味な家、離れられて清々しているさ」
『クリーチャーはどうするつもり?』
「あー。本人に聞かないことには分からないな。あいつがレギュラスの傍にいたいということは分かっているが、傍にべったりとはいかない。住む場所が必要だろう」
『私の家がいいかしら?』
「聞いてみるがどうだろうな。お、ちょうどそこにいる。クリーチャー!」
シリウスが呼びかけるとお皿を拭いていたクリーチャーはあからさまに迷惑だという顔をして、それでも呼ばれたからと仕方なさそうにこちらへとやってきた。
「何でございますでしょう、ブラック家から存在を抹消されたシリウス・ブラック様」
「ったく。いちいち嫌味だな。提案がある。この家はもう直ぐ引き払うことになるが、そうしたらユキの家に行くか?」
「……そちらにはレギュラスお坊ちゃまも顔を出せるのでございますですか?」
『私の家は限られた人しか入れないの。だから、レギュラスは来られないわ』
「クリーチャーめはブラック家……今はレギュラスお坊ちゃましかおりませんので、クリーチャーめはレギュラスお坊ちゃまの屋敷しもべ妖精なのでございます。クリーチャーめはレギュラスお坊ちゃまと共におりますです」
『何となく予想していたけど、そうよね』
「こいつの居場所はレギュラスが決めるさ。俺たちにはどうにもならないということだ」
「さようでございます。良く分かっておいでです。血を裏切りブラック家の家系図から抹消されたシリウス・ブラック様」
「……」
『ぷぷぷ』
じとっとした目のクリーチャーの前で顔を歪めているシリウスを笑う。
そう言えばトリッキーはどうしているだろう?あの日以来、トリッキーも姿を消している。モリオンもいないのでセブの部屋の中は空っぽ。
不安を感じながら本日2回目の会議はダンブーの死を知っているメンバーでの会議。ジェームズ、シリウス、リーマス、マッド‐アイに私。
会議の口火を切ったのは私。
『セブにも―――』
「却下だ」
バシッとシリウスが言った。
『私はまだ何も言っていないわ』
「では、続きを言うと言い」
『セブにも……ダンブーの生存を教えたい……』
「ユキ、頭では分かっているはずだよ」
眉を下げてリーマスが諭すように言う。
『セブの心中を思うと辛いのよ。自分のせいで―――セブがダンブーをどう思っているかは知らないけど―――少しは親しみを覚えているでしょう―――そんな人を自分が殺したことに対して苦しんでいるはず』
「お前さんの気持ちは分かるが、知っての通りセブルス・スネイプは敵の陣中真っただ中に潜り込んでいるんだ。危険は冒せない」
「それに、マスター・スネイプの心を覗かれることによってリリーとヴェロニカ・ハッフルパフをも危険に晒すことになる。そしてユキにとって1番恐ろしいのは何故その事を報告しなかったのだとセブルスが責められることだろう」
マッド−アイとジェームズの言葉に私は口を噤むしかなかった。
頭では分かっているのに心ではセブの苦しみを和らげたいと思っている。言ってしまいたい、罪悪感を取り去ってあげたい……だけど―――
『理解しているわ。言わない』
「ユキが傍にいてあげればセブルスは大丈夫だよ。全てが終わったら話せるんだ。それまで皆で頑張ろう」
『うん、リーマス』
私はセブのことを思う胸の辛さを押し込めて口元に笑みを作って見せた。
「ハリーももうすぐ成人だな」
気分を変えるようにシリウスがジェームズに話しかけると、ジェームズはニッコリとした。
「ちょっと死んでいた間に大きくなったよ」
「魔法使いの成人祝いと言えば時計だね。もう用意してあるのかい?」
「うん、リーマス。あちこち街を尋ね歩いて良い店を見つけて『あちこち出歩いたですって!?あなたはイギリスいち命を狙われている「シレンシオ!ジェームズ続けていいぞ」……』
シリウスは私にシレンシオをかけてニヤニヤしながらジェームズに続きを促し、ジェームズもニヤッと笑って話し出す。何て奴らだ!
「腕利きの職人を見つけたんだ。その魔女に頼んで牡鹿の描かれた時計を作ってもらった」
『渡すのが楽しみね』
自分で自分に無唱呪文でフィニートをかけて声を出せるようにした。お説教は後回し。
「いっぱいのポッター作戦の時に渡そうと思っている」
もはや任務については止めることは出来ないだろう。息子が心配なのは理解できる。
“いっぱいのポッター作戦”とは今日の会議で決まった作戦で、ハリーを新しい不死鳥の騎士団本部であるウィーズリー家“隠れ穴”に護送する作戦の事を言っている。
ハリーの育て親である、決して良いとは言えない育て親であると強調して言いたい、ダーズリー一家は既に1年前に安全な場所に住まいを移している。
ハリーが夏休みに過ごすのは隠れ穴。秘密の守り人はジェームズ。ハリーは成人になるギリギリまでどこかの隠れ家で過ごし、成人になると同時に箒に乗って隠れ穴に出発する。
煙突飛行ネットワークやポートキーも検討していたのだが、使えるかどうか微妙な状況になってきていて箒という危なげなものに乗る危険な移動になりそうだ。
『セブにもうすぐ会える気がするわ』
「ダンブルドアが死んだことになっているからグリモールド・プレイス12番地の守りが弱くなっていると奴らは思っている。即ち、本部を移動させることはバレているわけだ」
「問題はいつかということ。ヴォルデモートはセブルスにスパイさせるだろうね」
シリウスとリーマスの言葉に頷く。
早く会いたい。顔を見て安心したい。恋しくて、恋しくて堪らない。
抱きしめて、キスをして、あなたの体温を感じたい。心配で胸が潰れそうなこの日々を終わりにし、以前のようにいつも隣にいて支え合いたい。
そう願い、私はグリモールド・プレイス12番地を後にした。
バシンッ
家がある丘のふもとに姿現しする。
目の前の丘は年中霧に覆われていて訪問者の立ち入りを拒んでいる。一歩足を踏み入れれば不思議な世界に迷い込み、同じ位置へと戻ってくる。罠を潜って先へと進めば今度は呪いが、罠が、どんどんと先へ進むにつれて強力なものが襲い掛かる。
薄っすらとした霧の中に目を凝らすと私の膝くらいまでの大きさの生物がいることに気が付いた。警戒していると、その影は動き、私の方へと駆けてきた。
「ユキ様!トリッキーめはお待ちしておりましたです。ご主人様の命を受けてお待ちしておりましたのです!」
『トリッキー!』
影の正体はセブの屋敷しもべ妖精であるトリッキーだった。
私の顔に笑顔を広がっていく。セブからの伝言を預かっているに違いない。
『セブは元気よね?』
「ご主人様は顔色が土気色で、食欲がなく、胃を痛めて、風呂に入る気力もなく髪が皮脂でべたついており―――」
『会って話せるの?』
「ご主人様はホグワーツにお戻りになられることになりました。校長先生様が自室にしまわれておられました遺書を取りに戻られるのです」
『遺書……』
ダンブーとセブの間には取り決めがあったのだ。セブがダンブーを殺したわけはそれしかない。
なんて残酷な老人だろう。私は丘の上の家にいる死にそうな老人に向かって怒りに満ちた視線を送った。
『今すぐ戻ればいい?』
「そうして下さいませ」
バシン
セブに会える!
弾んで鳴る心音を聞きながら正門の錠を開けてホグワーツの敷地内に入り、丘を駆け下って行く。再会したら何と言おうか?
大丈夫?頑張ったわね。あなたは間違っていない。辛かったわね。
言葉を選べないうちに、セブの私室の前に着いた。呼吸を整えないまま扉を叩くと自動で開いていく。
『セブ』
部屋の中で解錠の呪文を唱えた直後のセブは杖を掲げた状態のまま、無理矢理な小さな微笑を口元に浮かべて見せた。その姿があまりにも痛々しくて、泣きたくなる。いや、私は泣いていた。
「ユキなら理解してくれていると思っていた」
『どうしてダンブルドアとの取り決めを教えてくれなかったの?』
扉を後ろ手に閉め、セブの方へと歩いて行き、体に手を回して抱きついた。背中に回された手が苦しいほどに私を抱きしめる。流れていく私の涙はセブの服に染み込んでいき、ぐっしょりと冷たく濡れた。
『独りで抱え込んで!辛いことも分け合おうと言ったのに!』
「すまない。どうしてもこの任務を遂行させる必要があったのだ」
『ダンブルドアに私が計画を邪魔するだろうと言われていたのね』
「そうだ」
『ハリーが言うにはドラコの代わりにダンブーを殺す役目を代わったと聞いた』
「ダンブルドアはドラコに校長を殺させることを願ってはいなかった。殺人によって魂が分断されるのを防ぎたいとのことだった」
『だから代わりにあなたを?あなただったらいいとでも!?そんなの酷いじゃない!!』
「ドラコに殺人を犯させたくないからというだけが理由ではない。校長はニワトコの杖を無効にしたいと考えておいでだった」
『ニワトコの杖……というと死の秘宝の1つよね』
「そうだ。ダンブルドアの杖は最強の杖と言われるニワトコの杖であった」
セブは続けてヴォル野郎がこの杖を狙っていること、この杖を無効にした上でヴォルデモートに渡したいこと、死喰い人の前でそのやり取りを見せることを望んだと言った。
『それでは……セブがニワトコの杖の所有者だとヴォルの奴は思っているのよね』
冷水を頭から被せられたように体が一気に冷えた。
『セブ、あなた、殺されるわ』
あの老人はなんと恐ろしいことをしてくれたのだろう。ヴォルデモートはニワトコの杖の所有者になる為にセブを殺すだろう。
『ダンブルドアはやはりあなたに死ねと?前に生きろと言われたと言っていたはずだわ』
「校長に生きろと言われたのは確かだ。我輩は決して死ぬ気はない」
『でも、杖はどうするの?』
「負けさえすれば死ぬ必要はない」
『ヴォルデモートの奴がそんな中途半端な行動をする人間には思えないわ』
「必要な者は殺されない。我輩には価値がある」
『怖いわ……もし計画がバレたら……』
「細心の注意を払うつもりだ。決して校長の計画がバレるような無理はしない」
『セブの慎重さは知っているわ。うん……信じている』
「ユキ」
『なあに?』
「抱きしめてもいいか?」
『ふふ。もう抱きしめ合っているじゃない』
「ベッドでだ。君の体温を直に感じたい」
『私もよ。セブが戻って来たって実感したい』
一瞬でも体を離すのが惜しく、私たちは手を繋ぎながらベッドルームへと入って行った。いつもはシャワーを浴びてからするのだが、今日はそのままベッドへと行き、競い合うようにお互いの服を脱がせていく。
生まれたままの姿になった私は座っているセブの上に乗り、両手で頭を抱いて口づけた。柔らかくて、ひんやりとしたセブの薄い唇を食む。セブの舌が口内に侵入してきて、セブが鼻から吐き出した息が私の脳内に届いて頭をクラクラとさせた。
胸と胸があたっている部分が、合わさっている唇が、下半身が熱を持ち始める。湿り気を帯びてきた下半身が更にセブを感じられる準備は整ったと知らせていた。
『愛しているわ』
「傍にいてくれ」
『あなたの支えになりたい』
「激しくさせてくれ」
『うん』
熱い吐息の中に、苦しい叫び声が混じっている気がした。