第8章 動物たちの戦い
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
1.戦いの犠牲者
ダンブルドアが死んだ。
それは運命によって決められていたことだった。
「ステルラ・ステッラ」
闇に儚げな光の粒が浮かぶ。
栞・プリンスはまだ死喰い人が校内にいるのではないかと恐々あたりを見渡している人たちを横目に塔の下へと歩き、真っ先に死体の前に着いた。ダンブルドアは芝生に横たわり、頭のあたりの地面は血で濡れていた。骨が折れ、体がひん曲がっている。
地面には青いローブ姿の老人がいて、皮膚の伸びきった細い両足を剥き出しにしている。深い皺の刻まれている顔は意外にも穏やかだった。彼は死を受け入れていたからニワトコの杖の真の所有者だったのだ。
栞はダンブルドアのローブの裾を足元まで下げ、衣服を整えた。出来るだけ大魔法使いとしての尊厳ある姿にして皆の目に触れさせたい。半月眼鏡を曲がった鼻にかけ直し、口から流れた一筋の血をハンカチで拭った。
「栞!」
「ハリー!」
震える声が彼女の名前を呼び、闇の中から走って来たのは杖灯りを出してこちらへと走ってくるハリーの姿だった。その隣にはハグリッドがファングを従えて大股で歩いてくる。
「芝生に横たわっているのは、ありゃ、なんだ?!」
ハグリッドは大声を上げてハリーを追い抜かしこちらへと走って来たので、栞は場所を空けた。後ろを見れば玄関扉から出てきた人だかりがこちらへとやってくる。
ハグリッドの苦痛と衝撃に呻く声が辺りに響き渡り、人々は最悪の想像に慄いた。見たくなくても、自分の目で確認せざるを得なくて、みんなは塔の真下へとやってきて、ある者は悲鳴を上げ、ある者は顔を覆い、校長の死を目の当たりにした。
ハリーはこの半時間の間に受けた様々な呪いで、両脚が痛むのを感じていた。しかし、傍にいる別の人間が痛みを感じているような、奇妙に他人事のような感覚だった。
ハリーは夢遊病者のようにユラユラとダンブルドアが横たわっている傍まで進み、そこに蹲った。
もしかしたら何かの術でユキがダンブルドアを助けたかもしれないという淡い期待は破れてしまった―――いや、頭では分かっていた。スネイプの死の呪いを浴びた時点でダンブルドアは死んでいて、助ける方法などなかった。死者を生き返らせる方法などないのだ。ただ、事実を受け入れたくなくて、もしかしたら、と思っただけなのだ。
「栞」
栞が横を見るといつの間にかそこには双子の妹の蓮が立っていた。その姿は見るからに痛々しく、左頬に青黒い痣を作り、右腕に怪我をしたらしく包帯が巻かれており、血が滲んでいた。
「蓮、無事で良かった」
「ホグワーツ側で死者は出ていないわ。ダンブルドア校長先生以外はだけど……」
「私たちのしたことは正しかったのかしら?」
2人はキラキラと光り輝くブルートパーズの瞳を思い出していた。親身になって世話を焼いてくれ、冗談を言って笑わせてくれた。温かく、お茶目な老人は自分たちに対してまるで家族のように接してくれた。
未来から来たという怪しげな自分たちを保護してくれた見返りがこれとは余りにも恩を仇で返したのではないだろうか?自分たちが未来を告げなければ、また違った未来があったのではないだろうか?
例えば、母に助けを求めていたら―――ダンブルドアは決してそうしてはならないと言っていたが―――事態は変えられていたかもしれない。そう思うと、今更になって後悔と罪悪感が押し寄せてきて、2人の目からは涙が溢れ出してくる。自分たちがダンブルドアを殺したのではないか?
自分たちは余りにも無力だった。
それどころか、ダンブルドアの死を確実にした。自分たちにはきっと、未来を変えていける力があったはずなのにその努力をしてこなかった。憧れのホグワーツの生活を謳歌し、想像以上に悲惨なイギリス魔法界の状況に震えていた。
勿論、ダンブルドアは彼女達の事を悪くなど思っていない。それどころか感謝していた。未来に希望はあり、栞と蓮がホグワーツの生活を楽しんでいる様子を見るのを彼は喜んでいた。純粋な思いで欲しいものを手にしようと突き進む彼女たちを眩しいものを見るように目を細めて見ていたのだ。
「ぐず。泣いている場合じゃない」
蓮はすすり泣きを止めて袖口で目を擦った。
「大広間に戻るわ。緊急の救護所になっているの。軽症者の診察をマダム・ポンフリーに任されている。ハンナが大広間を預かってくれていて、直ぐに戻らなくちゃ」
蓮は気遣うように栞の腕にそっと触れてから啜り泣きや泣き叫ぶ人を避けて城の中へと戻って行った。栞はダンブルドアの横に膝をついて項垂れているハリーの元へと行き、隣に座った。
「ハリー」
そっと名前を呼ぶと虚ろな目が栞に向けられた。
「何故ダンブルドア校長先生は僕に金縛りの術なんかかけたりしたのだろう……?」
「深い考えがおありだったのよ。私にはそれしか言えない。でも、ダンブルドア校長が決めたことだもの。正しい選択だったのだわ」
「死んでほしくなかった」
「ハリー、立って。あなたの体、見るからに重傷よ。医務室に行ってマダム・ポンフリーに診てもらわなければ」
「いやだ」
「ずっとここにいるわけにはいかないわ。ハリー……さあ、行きましょう……」
「いやだ」
ハリーはダンブルドアの傍を離れたくなかった。どこにも行きたくなかった。ハリーの肩に栞の手が触れた時、別の声がかかる。
「ハリー、行こう」
顔を上げたハリーは安心感で茫然自失から戻って来て、体のそこから悲しみを爆発させた。吠えるように叫んだハリーは隣に片膝をついた父親に、崩れるようにして抱きついた。
「君はよくやったんだ、息子よ」
「救えなかったんだ。僕に力があれば!校長先生は僕を逃がす為に自分を犠牲にされたんだっ」
「そんな考えはやめなさい。さあ、立って。治療が必要だ。栞、君もおいで。みんな医務室にいるんだ」
ジェームズに肩を抱かれたハリーは手で顔を覆いながら城へと歩いて行き、その後ろを栞がついていく。3人はただ歩き続け、玄関ホールに入る階段を上った。
大広間の方向からはガヤガヤと大勢の人の声が聞こえてきている。玄関ホールから上へと続く大理石の階段の前にはグリフィンドールの得点を示すルビーが散らばり、滴った血のように光っていた。
「不死鳥の騎士団のみんなは無事ですか?」
栞のその言葉にハリーはゾッとして顔を上げて父親を見た。恐怖が再びハリーの胸を搔き乱した。置き去りにしてきた、ぐったりと動かない何人かのことを忘れていた。
「父さん、他に……他に誰か死んだの……?」
「いや、大丈夫だ。ホグワーツ側の犠牲者はダンブルドア校長のみ」
「でも、闇の印が―――」
「今回は人を殺したから上げた印ではない。ヴォルデモートがホグワーツを征服するという意思表示だ。ただ……ビルは厄介な事になった」
「どういうこと?」
「グレイバックに噛まれた。知っての通り奴は狼人間だ。だが変身してはいない状態であったから……マダム・ポンフリーが治療してくれている」
「でも、僕がスネイプたちを追いかけている時、他にも死体が転がっていた」
「ネビル・ロングボトムが医務室に入院しているが完全に回復するだろう。あとは死喰い人が何人か、何人“も”だな、死んだ。僕たちは健闘したよ」
医務室に着いて扉を押し開くと、ネビルが扉近くのベッドに横になっているのが目に入った。ロン、ハーマイオニー、トンクス、リーマス、シリウスが病室の1番奥にあるベッドを囲んでいた。みんな一斉に顔を上げ、ハーマイオニーが駆け寄って、ハリーを抱きしめた。シリウスも心配そうに近寄ってくる。
「ハリー、大丈夫か?」
「僕は大丈夫……ビルはどうですか?」
マダム・ポンフリーがビルの容体について話していた時だった。クラクラと揺れたかと思うとトンクスがその場に座り込む。
「ドーラ!」
「リーマス……大事な話をしている時にごめんなさい。気分が……」
リーマスはサッとトンクスを抱き上げて空いているベッドにトンクスを運んだ。トンクスの顔は青白く、顔には薄っすらと汗が滲んでいる。
「呪いを打たれたかい?」
「いいえ」
「診ましょう」
「お願い致します」
リーマスはマダム・ポンフリーに場所を譲り、診察の結果を待った。目を丸くしたマダム・ポンフリーの口元に小さな笑みが浮かび、リーマスを優しく見つめる。
「トンクスは妊娠していますよ」
「本当ですか!?」
喜びの声を上げたリーマスはハッとして申し訳なさそうな顔になった。ビルが大変なことになっている今は素直に喜びを表に出すことは出来ない。それでも喜びを表現したくてリーマスはトンクスのピンク色の髪を撫で、そっと唇にキスを落とした。
場が落ち着いたところでダンブルドアの死をジェームズが皆に伝え、部屋の中は衝撃と悲鳴に包まれた。
「ダンブルドアが亡くなるなんて信じられないわ。どうしてそんなことに?」
震える声でハーマイオニーが聞いた。
「スネイプが殺した」
ハリーが言い、自分が見たままを皆に聞かせた。
「酷い」
栞は呟いた。
ダンブルドアは大好きだ。だけど、どうして、どうして、父親にそんな酷な命令を出したのだろう?そうしなければならなかったのだろうが、でも、栞は未来で父親がダンブルドアを殺したことを後悔していたことを知っている。
毎年家族で行っている墓参り。
いつも少しの間だけ、父親はダンブルドアの墓の前で1人になる時間を作るのだ。
暗闇のどこかで不死鳥が鳴いていた。恐ろしいまでに美しい、打ちひしがれた嘆きの歌だった。その歌声はまるで嘆きを内に秘めずに開放しなさいと歌っているように思えた。嘆きは不思議と歌となり、校庭を横切り、城の窓を貫いて響き渡っていた。
どのくらい時間が経ったのだろう。
自分たちの追悼の心を映した歌を聞くことで、痛みが少し和らいだような気がした。
バタンと扉が開け放たれて、医務室にいた全員はハッと我に返って入り口を見た。入ってきたのはマクゴナガルで皆と同じように戦いの跡が残り、顔が擦り剝け、ローブは破れていた。
「モリーとアーサーがここに来ます」
全員が夢から醒めたように目を擦ったり、ビルを見たりした。
「ハリー、何が起こったのですか?ハグリッドが言うには、あなたはダンブルドアと一緒だったということですが。それに、スネイプ教授が何か関わっていると」
「スネイプが、ダンブルドアを殺しました」
「スネイプ“教授”とお呼びなさい」
「校長先生を殺した奴に敬称なんかいらない!」
「私はスネイプ教授を信じています」
マクゴナガルは自信があるように胸を張って言い切った。
「セブルスはこちら側の人間です。何故ならダンブルドアがそう言いましたから」
「ダンブルドア校長は人を見る目がなかったんだ!」
「ハリー、落ち着くんだ。僕たち不死鳥の騎士団全員、スネイプに全幅の信頼を寄せている」
「父さん、どうして!?スネイプは元死喰い人だった。あいつの裏切りがなかったら父さんも母さんも死ぬことはなかったのに!あいつはそういう奴なのに!」
「セブルスは二重スパイなんだ。きっと今回の動きもダンブルドアとの間で取り決められていたことなんだろう」
「ルーピン先生、それはスネイプから聞いたわけではないんですよね?」
「そうだが……」
「俺はスネイプの奴が嫌いだ。だが、俺たちを裏切らない理由がある。ユキの存在だ」
「そうだね、シリウス。ユキなら何か知っているかも……ってユキはどこにいるんだい?」
ジェームズの言葉に全員目を瞬いた。影分身1つこの場に寄こさない程、忍としてのユキの察しは悪くない。
「ユキのことは心配いりません。私が保証致します。あの子は強い子ですからね。ハリー、話したいことがあります。校長室までいらっしゃい」
「はい、マクゴナガル教授」
ハリーはマクゴナガルに連れられて医務室を出て行き、ジェームズはシリウスとリーマスに目配せして息子に続き医務室から出て行った。
***
「我輩がダンブルドアを殺した」
校門の外でセブルスとユキは偽りの決闘を演じていた。
『信じてる』
「ユキ……」
『さっきは余計なことを言ったわね。ごめん』
バーン、バーンと魔法がぶつかり合い、火花が弾け辺りを明るくする。
「ホグワーツに戻って来られるかわからん」
『お願いだから慎重にね』
「我輩が人質に取られたとしても、闇の帝王のもとへ行ってはならんぞ」
『愛しているの』
「ユキ、頼む。約束してくれ」
『もう行って。死喰い人が追い付いてきた』
セブルスは横目で死喰い人が校門から今にも出てこようとするのを確認し、ユキに杖を振った。バーンという音と共にユキの体に衝撃が来る。
姿くらましで消えていくセブルス
私は浮遊感を感じながら瞳を閉じた
ギュン
お腹が捻じれる感覚には覚えがある。これはポートキーで移動する時の感覚に似ている。何が起こったのか分からないままごちゃ混ぜになった視界をしっかりと見据え、着地に備える。直ぐに攻撃できるように苦無を出して握っていると視界が安定した。
空中に放り出され、辺りを見渡した私の脚元にいたのはクィリナス。
「ユキ!急いで下さい!」
『何があったの?!』
「ダンブルドアです。死にかけています」
まだ生きているってこと?
どうして?死の呪文を受けて死んだのでは?
沢山の疑問が沸き起こるが、今はクィリナスについて行ってダンブーの状態を確かめなければならない。空中から地面に落ちた私はクィリナスの背中の先を見た。
そこにはダンブルドアがベッドに横たわっていた。
この部屋は私たちが住む家にある一室だった。私たちの家とは、クィリナスが賢者の石事件の時に死にかけてから復活して偽りの身分になった時、ちょうど私は長期休暇に住める家を探しており、購入したのがこの家だ。
クィリナスと2人で使用しているこの家は魔法と忍術で厳重な呪いと罠が張ってある。住んでいる私たちでさえ毎回苦労して帰宅していて、ここに入れるのは私とクィリナス、ダンブーの3人くらいだろう。
『生きているの?』
ベッドに寝かされているダンブーの顔は青白く、右手右脚がおかしな方向に曲がっていた。
「どうにか。治せますか?」
『頑張る』
彼の体は大きなダメージを受けている様子だった。セブが放った何かの呪文、それが軽いものであっても老体には辛いものだったろうし、それとは別に骨を折るくらいの衝撃を受けている。骨だけでなく、内臓もやられてしまっている。
虫の息で、いつ息を引き取ってもおかしくない。命を繋ぐ細い糸は切れかかっていた。
慎重に私はローブを引き裂いて、裸の、骨の浮いた老体に手を置いた。ダンブー自身の魔力を使うだけでは足りない。
首の根元にある琥珀色をした魔力の塊。私はこれを開放してダンブーに一気に注ぎ込んだ。
「うっ」
小さな呻き声がダンブーから上がり、クィリナスが大きな声で呼びかける。
「しっかりしなさい。戻ってくるのです。死んではなりませんッ」
足りない、足りない。魔力が足りない。
指の間から零れ落ちていく命の砂。
指の間を締め、命をこの世に残すのだ。
私はダンブーの顔を見た。
緊張を深呼吸で解き、軽く息を吸って呼吸を止める。
何人もの人を犠牲にして習得したこの術。
患者の魔力を使って傷を癒す術を私は使った。
慎重に
慎重に
額から零れた汗が睫毛にかかり、目を瞬く私の顔をハンカチでクィリナスが拭いてくれた。長い時間をかけて行われる治療。
私は――――
「どうです?」
私は大きな息を吐き出しながらダンブーから手を離し、疲れにより一歩後ろによろめいた。足元から崩れそうになり、背中を支えてくれるクィリナスの腕に掴まりながら私は床に座り込む。
『はあ、はあ』
荒い息をしながら私はこちらの反応をじっと待っているクィリナスに1つ頷いて見せた。
『やれることはやった』
「命は繋いだということですね?」
『そうね。でも、老体に強い衝撃を受けて体は弱り切ってしまっている。治すところは治したから、後は本人次第。今のところ、私が出来るのはここまでよ』
「ユキ、ダンブルドアの代わりに礼を言います」
『ところでクィリナス。何があったの?』
どうしてダンブルドアがここにいるのだろうか?その状況を知りたかった。
「幸運薬が効いたのですよ。死喰い人がホグワーツに入ってきた時、私もちょうどホグワーツにいたのです。そして、天文台へと上って行くダンブルドアとハリー・ポッターを見ました」
『セブも一緒だった?』
「追いかけようとしたが、急に外へ出たい気分になりまして塔の下へと行ったのです。そうしたら、人が落下してきた」
クィリナスは土遁の術を使う。彼は柔らかな土でクッションを作り、ダンブーを受け止めてくれたのだ。
「ダンブルドアは塔から落ちる途中、どこかに体をぶつけたようでした」
クィリナスはダンブーが地面に叩きつけられるのを防いだものの、ダンブーは瀕死の重傷を負っていた。
「そしてあなたを逆口寄せしたのです」
『死喰い人はダンブルドアが生きていると知って探し回っているでしょうね』
「いいえ。カモフラージュをしてきました」
『カモフラージュ?』
「ダンブルドアそっくりの土人形を作ったのですよ。魔法で服も着せておきました」
『では、ダンブーは世間では死んだことになっている!あなたって天才よ、クィリナス!』
「おっと」
私は優秀な親友の言葉に疲れを吹き飛ばして喜び、抱きついた。
「ふふ。あなたに抱きつかれて、こういう気分になるとは思いませんでした?」
『ん?』
「ユキ」
クィリナスは私の手を取り、跪いて手の甲に口づけを落とした。しかし私は今までのようにゾッとした悪寒を感じることはなかった。
温かく、心が満たされるようだった。私と彼の関係性が今まさに固まったような気分であった。
「私は今まで通り、あなたに忠誠を誓います。あなたを敬い、あなたを助け、この身を挺してあなたを守ります」
『私もクィリナスの力になりたい。親友として、共に戦うパートナーとして』
私は取られていた手を握手に変え、がっしりと握りしめた。クィリナスは立ち上がり、私たちは微笑み合う。
クィリナスはいつも私を静かに見守ってくれていた。優しい親友が、私は大好きだ。
「不死鳥の騎士団に知らせるべきでしょうか?」
『限られた人間のみに話すべきでしょう』
「いつものメンバーですか?」
『えぇ。それからミネルバにも。ダンブーの面倒についてミネルバと話し合いたい』
「さて、ユキはホグワーツに帰るべきでしょう。教師がいないと皆に怪しまれますよ」
『うん。ダンブーをお願い』
「分かりました」
罠を潜り抜けて姿現しして正門を開けながら考える。それにしてもどうして教師しか開けることのできない正門が開いたのだろうか?首を傾げているとガサリと左の藪から音がする。
死喰い人の残党だろうか?
警戒して手の中で苦無を回していたが、出てきたのは意外な人物だった。
『トレローニー教授!』
トレローニー教授はボロボロな姿で、眼鏡はどこかへいってしまい目が見えなくて足取りが危なっかしくしく、髪の毛はボサボサ、肩にかけているストールの片側は地面に引き摺られている。
「おどきなさい」
『!?』
トレローニー教授が私に杖を向けた。様子がおかしい。
ヨタヨタと亡者のような足取りで歩いてくるトレローニー教授は杖を私に向けて振った。
『プロテゴ』
この様子―――服従の呪文にかかっている!?
そう考えると全てが繋がった。
トレローニー教授はダンブーとハリーが、レギュが金色のロケットを取った場所へ行くということを聞いていて、ドラコに報告したのだ。教師しか開けられない門を開けたのもトレローニー教授。ホグワーツの教授に呪文をかけるなんてよくもやってくれたわね、ドラコ。
優秀な弟子を半ば関心、半ば恨めしく思いながらトレローニー教授の呪文を解く。やはり服従の呪文にかけられていたようで、トレローニー教授はキョトンとした顔で辺りを見渡した。
「あら、わたくしどうしてここに?」
『服従の呪文にかかって操られていたようです』
「わたくしが?服従の呪文に??」
『死喰い人がホグワーツの敷地内に入り込み、戦いとなりました。城へ行きましょう。後片付けや職員会議があるはずです。アクシオ、トレローニー教授の眼鏡』
ヒュンと飛んできた眼鏡をトレローニー教授に渡して私たちは歩き出す。
城に近づくにつれて見えてきたのは大きな影と成人男性くらいの大きさの影。徐々に顔が判別出来てきて、松明の炎で照らされている2つの顔、ハグリッドとジェームズの顔が見えた。
「ユキ、無事でよかったよ。スネイプは?」
『いなくなったわ』
「スネイプ!あの野郎!裏切り者のゴミ屑が!!」
『ハグリッド!セブは裏切ってなんかいないわ』
「さっき聞いてきたんだ。ダンブルドア校長を殺したのはスネイプだと皆が言っちょる!」
『不死鳥の騎士団の任務よ!』
「いーや!ユキには悪いがそうは思えねぇ。ダンブルドア校長はイギリス魔法界に必要な方だ。自分を殺すようにと命令を下すとは思えねぇっ」
『セブは私たちを裏切らないわ。私にも信じて欲しいと言った』
「悪い奴はみんなそう言う!」
『セブは――――』
「やめるんだ。遺体の前だよ」
私とハグリッドは争うのを止めてダンブーの遺体に視線を向けた。私たちの横ではトレローニー教授が口に手を当てて声も出せずにワナワナと震えている。
「おぉ、おぉ、予言が当たったのですわ。わたくしの予言が当たってしまった!!」
「予言していた!?だったらどーして助けてくれなかったんですか!?もしダンブルドア校長が予言をしっちょったら―――」
「ハグリッド」
ジェームズは落ち着くようにハグリッドの腕をトントンと叩いた。
ハグリッドはホグワーツを退学になってからも学校に残るように取り計らってくれたダンブーに恩があり、尊敬し、大好きなのだ。今はとても感情的になっているから落ち着く時間が必要だろう。
『私の影分身と共に森を見回って来てくれないかしら?』
「それはいいが……」
「ダンブルドア校長の遺体は僕が責任も持って然るべきところに安置しておくよ。トレローニー教授は中へ入って温かい飲み物を飲むと良いでしょう」
「じゃあ、頼むぞ、ジェームズ」
「わたくしも失礼させて頂きますわ」
ハグリッドは私の影分身とともに森へと去って行き、トレローニー教授は城の中へと入って行く。ジェームズは地面に片膝をついてダンブルドア校長の胸に手を置いた。
「バレないように人を遠ざけるのは苦労したんだ」
ニヤリとジェームズが笑う。
「これ、良く出来ているけど土で出来ているだろう?」
『やはり気づく人は気づくのね』
「ユキが?」
『いえ、C.C.よ』
「大したものだ。それで、校長は?」
『無事とは言えないわね。治療はしたけど、もしかしたら助からないかもしれない』
「我らがマスターは裏切ってなんかないだろう?」
『えぇ。信じてあげて』
「もちろんさ。皆もスネイプのことを信じている」
『みんな?本当に?』
「あぁ」
『シリウスも?』
「あぁ!」
ニッコリと笑うジェームズに私は嬉しくなった。
これから厳しい任務が待ち受けているセブは孤独に戦うのではない。彼には信じてくれる友人たちがいる。
私たちは校長室に遺体を運ぶことにした。合言葉を言って中へと入ると不死鳥の騎士団のメンバーの大半がいた。
ダンブーの土人形は校長室奥にある私室に運ばれ、ベッドに安置された。
『今日の大まかなことが分かりました』
私はトレローニー教授のことを話して聞かせる。天文台で起こったことについてはミネルバがハリーから聞き取りしたことを教えてくれた。
アーサーさんとモリーさんはビルのもとへと戻って行き、その他の不死鳥の騎士団メンバーもマッド‐アイに指示を出されて任務へと向かっていった。
「それで」
マッド‐アイが私を見た。
「先ほどからのアイコンタクト、何かあるようだな」
『はい』
「儂がいても?」
ジェームズをチラと見ると頷いたので私は耳塞ぎ呪文を辺りにかけた。
『ダンブルドアは辛うじて生きています』
シリウスとリーマスがガッツポーズをし、マッド‐アイは小さく口元に笑みを浮かべて何度も頷き、ミネルバは涙を浮かべて天井を仰いだ。
「どこにいらっしゃるの?」
『私の家です』
「あの厳重な警備の家ですね」
『あそこならもしダンブーが生きていると死喰い人に知れても、彼の元まで辿り着くことは出来ないでしょう』
「ユキ、辛うじてとはどういうこと?」
私はリーマスの問いに答えるためにクィリナスがしてくれたことを皆に伝えた。
「あの変態野郎もやる時はやるな」
感心したように言ってシリウスがニヤリとする。
『でも、予断を許さないから医療に詳しい人が傍にいる必要があるわ。ミネルバ、誰か信頼できる人に心当たりはありませんか?』
「不死鳥の騎士団のメンバーに癒者もいます。ですが、これほど重大な秘密を打ち明けられるかというと別ですね」
『私の影分身ではいざという時に頼りない。やはり私が傍についていたほうがよさそうね』
「しかし、いつまでもユキ本体が付きっ切りというわけにもいかないだろうから解決策を考えないといけないね」
『そうね、リーマス』
その時、一筋の光が天井窓から差し込んできた。
夜が明けたのだ。
この戦いは妲己に見せられたあのホグワーツの戦いではなかった。
今日を教訓に来たる日に向けて準備しなければならない。
私が手にしたいのは、完全な勝利。最後には皆笑って―――ダンブーも一緒に―――ホグワーツで食卓を囲みたいのだ。
私はあのヘンテコな日常を必ず取り戻す。