第7章 果敢な牡鹿と支える牝鹿
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29.毒薬の完成
「ユキ、どうだい?」
『問題なく順調よ、ジェームズ』
グリモールド・プレイス12番地。リリーの定期検診が終わり、みんなが部屋に入って来た。この部屋には今、ポッター夫妻、私とセブ、シリウス、リーマスとトンクスがいる。
リリーのお腹は妊娠6か月を過ぎて目立ってきた。グリモールド・プレイス12番地に閉じ込められているストレスを感じているだろうが、今のところリリーと子供の体調は良好だ。
私たちはリリーの出産場所について話し合ってきたのだが、聖マンゴ病院は頼れそうにない。個人の産婆さんも確実にこちらの味方とは限らない。出産途中に襲撃されたなんてことになれば考えるだけで恐ろしいからだ。
そこで私たちが出した答えはリリーを海外に逃がすこと。
ポートキーでの移動は体に負担がかかるが代わりに安全な出産を行えると思えば多少の無理をしてでも移動した方が良いだろう。
『ごめんね。本当は私が産婆を出来れば良かったのだけど、やはり未経験には厳しいわ』
「ユキにはずっと面倒を看てもらって感謝しかないわ。それに入院先まで探してもらって、何から何までお世話になるわね。ありがとう」
「ユキ、ヴェロニカ・ハッフルパフは本当に信用できる人なんだよね?」
不安そうにジェームズが聞くとセブがこの不届き者がという顔でジェームズを睨みつけた。
「ケリドウェン魔法疾患傷害の病院長を務めるほど献身的に患者と向き合ってこられた方だ。リリーを危険に晒すようなことをされるはずがない」
「随分信頼を置いているようだね」
『うん、リーマス。セブはヴェロニカを崇めているのよ』
「ハッフルパフ寮を作ったヘルガ・ハッフルパフは勤勉・献身・忠誠・フェアプレーを寮の精神としているわ。ヴェロニカ・ハッフルパフはその精神を受け継いだような人だって有名で私たちハッフルパフ生の誇りよ」
トンクスは自分のことのように誇らしげに胸を張った。
「杖の腕もあって、人脈も広い。良い隠れ場所を沢山知っているだろう」とシリウス。
『ハリーにこのことを伝えたの?』
「いいや。手紙に書くのは危険だからね。リリーが無事にブルガリアへ渡ったら直接話に行くよ」
『危険を冒して直接話に行く必要はないわよ。シリウスに伝えてもらえればいいことでしょう?』
「大事なことは父親である僕から話したい」
それも本心であろうがハリーと会える口実を得られたと喜んでいる気持ちが透けて見えるジェームズを見てリリーが溜息を吐き出す。
「ジェームズをイギリスに置いて行くのが心配だわ。無茶をしないか不安でならない。セブ、ユキ、ジェームズのストッパーになってくれる?可能な限りでいいから悪戯仕掛人が何か企んでないか見ていて欲しい」
『えぇ。リーマスは信用できないってことが分かっているし……』
リーマスはニコニコしながら肩を竦めた。
学生の頃、ジェームズとシリウスを止める役目をしていると思っていたリーマスだったが、彼も悪戯仕掛人。何だかんだでジェームズ、シリウスと行動を同じくしていてリリーや私を怒らせている。
『セブ、この無鉄砲たちを抑えられる何か良い魔法薬ない?』
「残念ながら馬鹿につける薬はまだ開発されておらん」
『悪戯仕掛人のみなさん、私たちを心配させるような行動は慎むように』
3人は顔を見合わせてニコニコしと何も言わなかった。まったくもう!!
それから2週間後、私とシリウスは変化をして姿を変え、リリーを真ん中に挟んでダイアゴン横丁を漏れ鍋に向かって歩いていた。トンクスが魔法省に予約してくれたポートキーを使ってブルガリアへ移動する。
闇の陣営の力が強まって以来、国外へ脱出する者も多く、ポートキーの予約はいつも満杯。トンクスがコネを使ってどうにかねじ込んでくれたのだ。
どこかでジェームズ、リーマス、セブ、トンクスが見守ってくれている中、私とシリウスは無事にリリーをブルガリアへ送り届けることが出来たのだった。
6月に入るとO.W.L.試験を控えている5年生がいよいよ殺気立ってきた。その他の学年も勉強に忙しく、目の下に隈を作って授業に出席する者もチラホラ見受けられる。
『今週になって
休日の遅い朝、私は部屋で朝食を食べながら対面に座っているセブが読んでいる新聞の一面の写真を見て首を振った。もはや吸魂鬼は魔法省の目の届かないところ、それどころかヴォルデモート側にあり、市民は怯え切っている。守護霊の呪文が出来ない魔法使いも多い。
毎日が目まぐるしいと紅茶を啜りながら思い、対面のセブを盗み見る。セブの顔色も良いとは言えない。疲れている……ならば昨夜大人しく寝ていれば良かったのだが……陰と陽の気を混ぜる行為は体に活力を与える。そう言い訳しておこう。
忍術学と闇の魔術に対する防衛術の合同授業は大人気で、例年なら年に数度の授業を2週に1度の頻度で開催している。
また、牡鹿同盟の活動も活発だ。私とシリウス、それに他の先生方も助っ人してくれて部活動が行われている。
セブは生徒たちが危機感をもって実技を磨いていることに生徒たちの成長を感じていると言っていた。私の方もそうで、忍術学で行っている課題に何とかしてついていこうという気概を感じていた。
「ユキ」
『なあに』
セブが新聞を折りたたんで真剣な目を私に向けた。
「毒薬が完成した」
部屋の空気はピンと張り詰め、私はゆっくりと頷いた。ついに、セブが私を屈服させるようにヴォルデモートから作れと言われていた毒が完成したらしい。
『セブが作った毒なら強力でしょうね』
「合わせて解毒薬も作っておいた。だが……」
『そんな顔しないで』
私はティーカップを置いて机を回り、セブが座っている椅子の横まで行った。顔に手を添えて口づける。
私が毒薬を飲まされる時は即ちヴォルデモートの手に落ちた時。その時は手足を拘束されて酷く痛めつけられていることだろう。抵抗できないような状態で飲まされるであろう強力な魔法薬。ヴォルデモートに捕まれば奴の配下という立場のセブは私に解毒薬を飲ませることは出来ない。
『毒について少し情報を頂ける?』
「服従の呪文にかけられるのとは少し違う。強制的な奴隷関係ではなく、主従の関係を作るような魔法薬になっている。闇の帝王はそうお望みであった」
『良く分からないわ。奴隷関係と主従の関係と何が違うの?』
「服従の呪文のように単に命令を聞くというわけではない。我輩が作った魔法薬には命令する側の体の一部を入れる」
『おえ。絶対に飲みたくない』
「茶化さずに聞け」
『ごめん』
「体の一部を入れた者を主人としよう―――その魔法薬を飲んだ者、信奉者と呼ぶのが正しいかもしれん。主人を崇拝し、主人の言うことを絶対と思うようになる。命令に従うだけではない。心を捧げる」
『世界一強い愛の妙薬であるアモルテンシアのように心を奪われるのね』
「ただし、信奉者が全く主人に対して畏敬の念を抱いていなければこの魔法薬は効果をなさない」
『凄い!』
私は手を打って喜んだ。私がヴォルデモートに微塵も敬う心、救って欲しいという心が無ければセブの作った強力な魔法薬を飲んだところで無意味だということだ。
『セブって天才よ!さすがは私の最愛の人。だーいすきっ』
チュッとセブの頬に口づけした私の視界がグルンと回り、気がつけば私はセブの膝の上に乗っていた。心配そうな顔が私を見下ろしていて、安心させるように微笑む。
『その前に捕まらないって約束する』
「そうしてくれ。本当に強力な魔法薬なのだ。我輩が作った魔法薬は一欠けらだが心を捧げる。服従の呪文のように呪いが解けた後“呪文にかかって命令されていた”と自分に言い訳出来ない」
大きな手が私の心臓に置かれる。
「かなり危険な魔法薬だ。分かるな?」
『えぇ、良く分かる。でも、私は……私は……ヴォルデモートが私に救いを与える?そうは思えない。あの男が私を理解できるとは思えないわ』
「闇の帝王は非常に人の心に入り込むのが上手い。かつての我輩もそうであった。崇拝し、あの者の言うことは絶対だと思っていた」
『人心掌握の術については詳しくない……。だけど、私は暗部で拷問の訓練も受けてきた……その時に習ったことがある。相手の意のままに動かされるくらいなら―――』
「ユキ!」
セブの鋭い声に体が跳ねる。
「その先を言うのは許しませんぞ。君には絶対に生き残ってもらう。何をしても、後悔に苛まれても、生きて欲しい。滅多なことは言うな」
『でもね、私がヴォルデモートの意のままに動いたら大変なことになるわ』
「我輩はイギリス魔法界が滅びたとしてもユキが無事ならばそれでいい」
『あなた本当にセブ?任務に忠実なセブルス・スネイプはどこへ行ったの?』
「幸せな未来を掴みたいのだ」
それは私がよく言う言葉だった。
セブも私との温かく明るい未来を欲してくれている。胸がじんわりと温かくなった。
『ねえ、セブにはどんな未来が見えているの?』
「君がいれば他は望まない」
『私もよ。セブがいればそれでいい』
微笑んでセブに口づける。セブの薄い唇は柔らかく、啄むように何度も食んで、それから角度を変えてちゅぷちゅぷと唇を合わせ、興奮していく私たちはどちらともなく舌を絡み合わせた。
蛇のように舌を絡ませて、セブの口露を欲して舌をズズズっと吸い上げる。セブのヌルリとする舌の感触を楽しもうとしたのに、今度は私の舌が思い切り吸い上げられてその気持ち良さに子宮がキュッと締まった。
「ユキ、ベッドルームへいいか?」
『ぷっ。ダメよ。今朝は遅く起きてしまった。色々と仕事を片付けなくちゃ。それに、だいたい昨晩したばかりでしょう?』
「今夜の会議からは場所を移してマルフォイ邸で行われる。そこで先ほど言った魔法薬を闇の帝王に差し出すことになっている。気が重い。であるから―――頼む」
『であるからの意味がちょっと分からない』
「君には影分身がいるであろう?」
『あまりにも激しいと影分身が消えるのは知っているでしょう?だから……優しくしてくれる?』
ニヤッと笑ったセブは私を横抱きにしたまま立ち上がった。
本当に仕方のないダーリンね。私もだけど。
クスクス笑いながら杖を振ってベッドルームに続く扉を開けた時だった。足音が外から聞こえてくる。
『セブ、来客だわ』
「君は不在だ」
『この足音はハリーよ。私の事を訪ねてくるということはドラコ絡みだわ』
「影分身に対応させろ」
『下ろして』
「……」
『後で今までしたことのない刺激的なことしましょうよ』
「ほう。何かね?」
『2人で考えましょう。下ろして。セブも同席する?』
「いや。実験室にいる」
『盗み聞きってわけ?』
「君から習った盗み聞きの技を実践できる良い機会だ」
『実力を発揮できるように祈るわ。後で評価をつけてあげる』
セブが実験室に入るのを見届け、扉を開けると階段の途中に立って困った顔をしているハリーと目が合ったので微笑みかける。
「ユキ先生……」
『私に話があるのね。そんな難しい顔をせずに入っていらっしゃい』
昨晩降った雨の匂いが風と共に部屋の中に入ってきた。
サッと杖を振って朝食を片付ける。
「スネイプ教授が奥にいらっしゃるのですか?」
『朝食を取って寝たわ。昨夜は遅くまで実験していて今朝がた切り上げたの。暫く寝ているでしょう。だから話を聞かれることはないと思う。セブに聞かれてはいけない話?』
「いいえ。ただ、顔を合わせづらくて。ほら、マルフォイのこと、謎のプリンスの魔法を使った事……ユキ先生、マルフォイの様子はどうです?見た感じ良くなさそうだ」
『ドラコの顔色が悪いのはあなたに受けた傷が治りきっていないからではないわ。ベラトリックス・レストレンジから受けている任務のせいね。座って』
ハリーの前に紅茶を着地させる。黒みがかった茶色の紅茶はあまり美味しそうには見えない。私は少しでも味を良くしようと角砂糖を3つ入れてぐるぐると紅茶をかき混ぜた。
『今日訪ねて来てくれたのはドラコ絡みかしら?』
「そうです。1つはマルフォイが大丈夫かどうかです。僕、とんでもないことをしました」
『色々聞きたいことはあるけど、1つずつ話しましょう。ドラコの傷はセブが直ぐに治療して塞がったし、血も気力も補ったから問題ない。今は傷跡を薄めるためにハナハッカエキス入りの魔法薬を飲んでいるわ』
「傷跡、残るんですか?」
『セクタムセンプラ 切り裂き続けよ。私たちの到着は早いとは言えなかった。命が救えて良かったわ。ハリーも驚いたわよね』
「優しくしないで下さい」
『ねえ、でも、これからもこういう事があるわよ』
「っ!」
『覚悟していたはずでは?ハリー、あなたはまだ人を殺したことがないかしら?』
「たぶん、そう思います」
ハリー自身定かでないようだった。ハリーは今まで懸命に戦ってきた。特にヴォルデモートが復活したあの時、死喰い人を相手に頑張った。それから神秘部の戦いでも勇敢に戦った。もしかしたらその中で命を奪っていたかもしれない。だが、定かではない。どちらも混乱した状況だった。
だが、戦っている相手が自分の杖の一振りによって絶命する瞬間をハリーは近いうちに目にすることになるだろう。優しいこの子の事だ。強く動揺するに違いない。
『覚悟をしていても動揺すると思う。でも、振り返ってはダメ。常に前を向いているのよ』
「ユキ先生はそうしてきたのですか?」
『えぇ。振り返った瞬間に不意を突かれて自分がやられてしまうもの』
「僕は、大丈夫だろうか?」
『どういう意味で?』
「全ての意味でです」
私は天上を見た。
どういう意味だろうか?
『魔法の腕ならば鍛錬を積みつつ自分を信じれば問題ない。あなたは死喰い人には使えない忍術を使うことも出来る。今まで賢者の石の罠やバジリスクにも勝った。あなたは三大魔法学校対抗試合の優勝者よ。自分の腕に自信を持って』
「ありがとうございます」
『それにハリーの周りには皆がいるわ。ロンたち親友、両親、シリウスたちも。もちろん私もよ。精神面でも技術面でも力になれる』
これで答えは間違っていないだろうか?
私に口元だけの笑みを浮かべているハリーの心中は重く暗いのだろう。戦いに身を置くということがどういうことなのか、その苦しみがハリーにのしかかっている。
それでも彼は放棄することは許されない。
ヴォルデモートはハリーを自分と比肩する者とした。一方が生きうるかぎり、他方は生きられぬ。
『自分を信じて、ハリー。皆があなたと共にいる』
「はい」
何度も思う。
ハリーにあってドラコにないものは周りの支え。ドラコは破れぬ誓いを結んだ私を見ていたのに、私に今、彼がやっている任務について教えようとしない。
誕生日を迎えたばかりの成人したての彼が背負うものは大きすぎる。
―――と私が何度悩んだところでドラコの気持ちは変わらないだろう。私は私で出来ることをするのみ。
『そういえば、ドラコにセクタムセンプラを放ったきっかけは?』
「その事もお伝えしたくて来たんです。試合前、グリフィンドール選手の控室にいる時に栞がやってきてマルフォイが森に入ったと伝えに来たんです」
ハーマイオニーは既に観客席に入っていたから大勢の観客の中から探すには時間がかかる。ロンはストレスで嘔吐しにトイレに行っていた。だから栞ちゃんとハリーは2人で森へと走った。
スタジアム近くの森へ入ったハリーと栞ちゃんは手分けしてドラコの行方を追った。
―――行け。誰にも見つかるなよ
茂みの奥から聞こえてきたドラコの声にハリーは走った。茂みをいくつか抜け、ドラコの前に杖を抜いて飛び出したが、そこにはドラコの姿しかない。
―――何をしていた、マルフォイ
―――こんなところにいていいのか?ポッター。試合が始まるぞ
グリフィンドールとレイブンクローの試合はグリフィンドールにとって優勝杯を取れるかどうかの大事な試合。しかもハリーはキャプテンである。ハリーは遠くから聞こえてくる観客の歓声を苛立って聞きながらドラコの方に1歩進み出た。
―――誰に何を命令していた?
―――素直に言うと思うか?ふん。馬鹿め。今の言葉でお前は自分が何も知らないと言ったようなものだ。ユキ先生の授業をちゃあんと聞いているのか?
魔法の打ち合いが始まった。
私の弟子のドラコが1対1の勝負で負けるはずがないが今回は栞ちゃんがいる。
―――マルフォイ、降参しなさい!
日頃の授業からハリーと栞ちゃんはペアを組んでいる。2人のコンビネーションは良く、ドラコを押していった。
―――セクタムセンプラ
ハリーの呪いはドラコの体のど真ん中を貫いた。
ドラコの顔や胸から、まるで見えない刃で切られたような血が噴き出した。ドラコはヨロヨロと
ハリーは滑ったりよろめいたりしながらドラコの脇へと飛んだ。ドラコの顔は血で真っ赤に光り、蒼白な両手が血染めの胸を搔きむしっていた。
―――誰か呼んでくる!ハリー!しっかりするのよ。血止めをしていて!
『なるほど。ドラコは誰かに何かを命令していたのね。そこには何の形跡もなかった?』
「僕がマルフォイの前に飛び出した時には誰もいませんでした」
『声も聞いていない?』
「はい……」
『ドラコは誰かに服従の呪文をかけたのね』
「僕もそう思います」
『確証はないからこれは予想だけど、ケイティ・ベルは服従の呪文をかけられたマダム・ロスメルタからネックレスを受け取ったのではないかと思うの』
「マダム・ロスメルタ!確かに、それならネックレスを自分の手元に保管しておく必要がなかった。今年度の始め、ホグワーツに入るのに荷物検査があった。それをマルフォイは見越していたんだ」
『マダム・ロスメルタの服従の呪文は解かれていたし、念のため監視は続けているわ』
「でもマルフォイは新たな手先をこのホグワーツの人間の中から作った」
『一見、服従の呪文にかかっていてもそれを見破るのは難しい。ホグワーツの中からドラコに服従の呪文をかけられた者を見つけ出すのは大変でしょうね』
「今度は何を企んでいるんだ……」
『ハリー、無茶はしないように。今度杖を交えた時、負けるのはあなたかもしれない』
ハリーを部屋の外に送り出した私は息を吐き出した。既にベラトリックスが主導している計画は進行しているのだ。
『セブはどう思う?』
音もなく開いた扉の向こうではセブが伸び耳をくるくる回して糸を巻き取っている。伸び耳で盗み聞きをしていたセブを想像すると可愛くて仕方がない。
「目的を探ればドラコが誰に服従の呪文をかけたかわかるであろう」
『ベラトリックスはドラコにどんな命令を与えたのか……』
「君ならどうする?」
『そうね。今までのようにネックレスや毒酒を贈るような生温いやり方はしないでしょうね』
「そうであろうな。ベラトリックスはそんな女ではない」
『ダンブーはホグワーツの人間になら油断して会うでしょう。ブスっと刺されないか心配。一言ダンブーに言っておいた方が良さそうね。セブ、闇の陣営で何か動きがあるようなら教えてちょうだい』
「あぁ。分かった」
『あっという間に昼だわ。大広間で食べる?』
「……する約束だ」
『アハハ!』
私はケラケラと笑った。
『お腹が減っては何とやらよ。何かつくるわ』
「ユキ」
『じとっとした目で見ないで。性欲お化けさん』
セブが恥ずかしそうに顔を顰めて実験室に戻って行ったので私はまたケラケラと笑ったのだった。
昼食を食べたところで扉が叩かれ、入ってきたのは私。の姿をしたクィリナスだった。彼の名前を呼べば血管がブチ切れそうな顔でセブが立ち上がる。
「帰れ」
『仕事だと思うわ』
「そうです。お前こそカビが
ブンとこちらを見て目で訴えられても困ります。私は呆れた顔で首を横に振った。
「っ我輩は実験室にいることにする。良いな?」
『もちろんよ』
バサッと乱暴にマントを翻して実験室に入って行くセブにフフっと笑ってからクィリナスに向き直る。
『それで今日の用事は?』
「ホグワーツの防衛についてです。ダンブルドアにも話しましたが、各種族の敵味方が分かってきました。外から攻められやすい場所の確認とその守り方について確認が必要です」
『ホグワーツ城の守りと砦の作り方はある程度考えたけど、城の外についても急いで考えなければならないわね』
何故だろうか。忙しいからだろうか。ダンブーはホグワーツ城の守りについて意見を求めても私たちに任せるとだけしか言わない。
私が妲己に見せられた記憶からホグワーツで大きな戦いが未来に起こることを知っていると、ダンブーに伝えていない。
私はクィリナスと共にホグワーツ城が襲撃された時のことを考えて屋敷しもべ妖精、ゴースト、絵画たちに協力をお願いして策を練ってきていた。先生たちも私が動いていることを知っている。勿論、ダンブーも知っているだろう。
それに最近になってバタバタと動きがあり、巨人族と人狼はヴォルデモート側につく。エルフ族とヴァンパイアはホグワーツ側につくだろう。交渉の大詰めだとクィリナスが言っている。
ダンブーに会った時、こう言われた。
―――ヴォルデモートはホグワーツに特別な思いを持っておる。奴はここを欲するであろう
だから私も言った。
―――ホグワーツが戦場になるとあなたもお思いですね?
ダンブーは「そう思う」と答えた。
校長であるダンブーがそう思っているならば、彼が主導してホグワーツの守りを固めるべきなのに、何故私たちに放り投げるのか。それ程までに忙しいのだろう。信頼されているのは嬉しいが、1番ホグワーツを知っている校長が関わらないとか、ホグワーツの命運を託されている気分だとか、そういった思いと共に得体の知れない不安を感じるのだ。
『各種族どのくらいの戦力を貸してくれるのかしら?』
「ただいま交渉中です。出来るだけ早く準備をします」
『もしホグワーツ周辺に来て下さるなら移動手段や滞在場所も決めなくてはならないわね』
「ヴォルデモート側がどうやって巨人や人狼をホグワーツに送ってくるのか非常に興味があります」
『人狼はともかく、巨人は魔法を使えない。どうするのかしら?』
そういえばハグリッドが弟のグロウプを巨人の住処から連れてきたのだった。ハグリッドに詳しく聞いてみようと思う。
「今からホグワーツの敷地を確認にいきませんか?」
『そうね。クィリナスがホグワーツにいられる時間は限られているもの。是非お願いしたい』
私は扉の向こう側の不機嫌なオーラを感じ取りながらクィリナスと共に部屋の外へと出て行ったのだった。
***
大好きなホグワーツ。私の大好きなホグワーツ。
ホグワーツこそ私の家。
キラキラとした魔法の世界は一瞬で私を虜にし、温かい友人たちに囲まれて、謎めいた不思議な城は私の居場所を作った―――
セブルス・スネイプはマルフォイ邸のロビーにいた。明かりを絞った華麗なシャンデリア、質の良い調度品。
大勢の死喰い人が畏怖の目を去り行くヴォルデモートに向けている。散会し、玄関ロビーの階段を上ることが出来るのは左腕前腕に印のある限られた死喰い人のみ。
セブルスは他の死喰い人と共に酸化した血のような色の絨毯を歩いて会議室へと向かっていた。大股に通り過ぎる死喰い人を壁にかかる青白い肖像画たちが目で追っている。
開け放たれていた部屋に入ると1番奥、床から天井まで届くガラス窓を背にしてヴォルデモートはゆったりと椅子に座っていた。客間の装飾を凝らした長テーブルに死喰い人たちは座っていく。
見事な大理石のマントルピースの上には金箔押しの鏡がかかり、その下では外の温かい気候にも関わらず炎が燃え盛っていた。この部屋の気温は真冬のように寒い。
ルシウスはヴォルデモートの右手に、セブルスは左手に。ベラトリックスはセブルスを恨めし気に睨んでからルシウスの隣に腰かけた。
「おまえたちの誰かから杖を借りる。ポッターを殺すにはそうする必要がある。進んで差し出す者は?」
会議が始まって開口一番の言葉にその場の全員が衝撃を受けた表情になった。腕を1本差し出せと宣言されたようだった。
「いないのか?」
ヴォルデモートが聞いた。
「さてと……ルシウス。おまえはもう杖を持っている必要がなかろう」
ルシウスが顔をあげた。暖炉の灯りに照らし出された顔は、皮膚が黄ばんで蠟のように血の気がなく、両眼は落ち窪んで隈が出来ていた。
ルシウスは横目で妻を見た。ナルシッサは顔を動かさなかったがテーブルの下では一瞬、ほっそりとした指で夫の手首を掴んだ。妻の手を感じたルシウスはローブに手を入れて杖を引き出し、ヴォルデモートに渡した。
悔しさを噛みしめるルシウスの耳に聞こえてきたのはシューっという密やかな音。それは次第に大きくなり、居並ぶ魔法使いたちは身震いした。ズズズとテーブルの下を重たいものが滑っていく音が聞こえて、机の下からヴォルデモートの隣に現れたのは巨大な蛇。
「さて、セブルス」
ヴォルデモートは鎌首を上げるナギニをゆったりと撫でながらセブルスに視線を移した。
「アレは出来たのか?」
「はい。お持ち致しました」
セブルスはローブのポケットから黒色の液体の入った小瓶を取り出した。凝った装飾の施された小瓶はヴォルデモートの手に渡る。
「俺様の要求通りに作ったな?」
「はい」
「試してみるとしよう。飲め、セブルス」
セブルスの全身から嫌な汗がバッと噴き出した。この薬がどれほど強力なものかは自分が良く知っている。命令されるままに動き、話す。知られてはならない秘密をセブルスは数多く持っていた。
しかしながら、抵抗すればもっと状況が悪くなることは分かっている。
運を天に任せるしかない。
セブルスは動揺を悟られないようにしながらローブのポケットから今度は白色の液体の入った小瓶を取り出した。
「こちらは解毒薬になります。我が君がお持ちである魔法薬は主となる者の一部を入れる必要がございます」
「お待ちください!」
ヴォルデモートが小瓶の蓋を開けて、そこに指と杖先を持っていったのを見てベラトリックスが叫んだ。
「御身を傷つけるなど……!私にお任せください」
「俺様は自分で出来を確かめたい。下がっていろ」
「しかし……!」
「控えろ」
ピシャリと言われたベラトリックスが泣きそうな顔でヴォルデモートを見つめる中、血液が小瓶の中に落とされる。一瞬、パッと花火のように煌めいた液体は直ぐに闇のような黒色に戻る。
「飲め」
「畏まりました」
セブルスは皆が見つめる中、コクリとひと口魔法薬を飲んだ。喉仏が上下して胃へと入った途端にセブルスに変化が訪れる。強い眩暈。だが、セブルスは勝利を感じていた。この魔法薬は自分に効いていない。
「セブルス、跪け」
セブルスは椅子から下りてヴォルデモートの前に跪いた。
「魔法薬は効いているか?」
「はい」
「この魔法薬の持続時間は?」
「1瓶で5時間です」
「ユキにこの魔法薬の存在を知らせたか?」
「はい」
「飲ませたか?」
「いいえ」
「何故だ」
「もし捕まった場合、この魔法薬に耐性があると分かった場合、我輩に咎が行くのを恐れております」
「随分と愛されているようだ」
馬鹿にした鼻息がヴォルデモートから漏れた。
「あの女はお前を愛しているのだな?」
「はい」
「非常に楽しみだ」
残酷な笑みがヴォルデモートの顔に浮かぶ。それは何を意味するのかセブルスは不安に思いながらも今に集中する。
ヴォルデモートは脚を組み、膝の上に組んだ両手を乗せた。
「あの女が1番大切にしているものは何だ?」
「
ブハっと堪え切れない笑い声が死喰い人たちから起こる。ヴォルデモートもクツクツと喉の奥で笑った。
「他には?」
迂闊な答えは出来ない。
リリーだと答えればリリーの命が更に危なくなるだろう。他の者の名前をあげてもユキは喜ばない。であれば、ユキにとって大事なものは何か。
「ホグワーツです」
ヴォルデモートの頬が小さく痙攣した。
「ホグワーツ」
「さようでございます。ユキはホグワーツを自分の家のように感じていると話していました」
「そうか……以上だ。解毒薬を飲め」
急な態度の変化。手でサッサとしろと払う仕草をして命令するヴォルデモートを遮ったのはベラトリックスだった。
「我が君、恐れながらスネイプにスパイ活動についての質問もすべきかと思います。私はスネイプを信頼できないと思っております」
「セブルスはよくやっている」
「ですが」
「くどい」
赤い目がベラトリックスを睨み、ベラトリックスは息を飲みこんで身を縮ませた。ナギニは獲物に狙いを定めるように動き、細く長い舌をシューシューと出し入れしている。
「解毒薬を飲め、セブルス」
「畏まりました」
セブルスはヴォルデモートがこの話を終いにしたいのだと感じながら解毒薬を飲んだ。
触れたくない話とは何であろうか?ベラトリックスの言う通り確認すべき話が沢山あるだろうにそれをしないことにセブルスは眉を寄せる。
そんなにも自分の言ったことがヴォルデモートの何か……大事な部分に触れたのか……兎に角、今は解放を喜ぶべきだろう。
セブルスは内心で溜息を吐き出しながら席へと戻る。
ホグワーツ……ホグワーツ……
ホグワーツこそ――――
『ホグホグ、ワツワツ、ホグワーツ~♪』
会合から帰って真っ直ぐにユキの部屋に向かったセブルスは扉を開けた瞬間肩の力を抜いていた。部屋に入ると部屋はお菓子の甘い香りで満たされていて、キッチンから調子はずれの歌を歌いながら出てきたユキの手には苺のショートケーキが乗ってた。
本来ならばダンブルドアの元へ報告に行くべきなのだが、直ぐにでもユキの顔を見たくなったからユキの部屋にやってきて、ダンブルドアには失礼を承知の上で今夜は行かれないとパトローナスを送ってある。
「もうすぐ日付が変わるぞ。今からこのように甘いものを食べるのかね?」
『甘いものはいつでも食べられるわ。でも、セブは食べないでしょう?』
「ブランデーをもらう」
『今日の話をして』
「隣に座ってくれ」
正確には隣ではなかった。セブルスは暖炉の前の1人掛けソファーに腰かけ、自分の上にユキを座らせ、今日の会合の話を始める。
愛しいユキの身に魔の手が忍び寄る。
言葉巧みなヴォルデモートはユキの心を虜にするだろうか?
考えて見ればユキとヴォルデモートは境遇が似ている。孤児として育ち、ホグワーツを愛している。
『……ぶ……セブ』
セブルスは目の前で手が振られていることに気が付きハッとした。
『大丈夫よ』
ユキは怯える幼子を安心させるように優しくセブルスに微笑みかける。
『大丈夫』
「ユキ」
セブルスはユキの体をきつく抱き、首に顔を埋めた。