第7章 果敢な牡鹿と支える牝鹿
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27.ステルラ・ステッラ
忍術学と闇の魔術に対する防衛術の合同授業は私が案を出した治癒術の授業、シリウスが案を出した決闘の授業と続き、今はセブが案を出している呪いを解く授業の打ち合わせを行っているのだが……
『シリウス、シリウス・ブラック、聞いている?』
「あぁ。スニベルスの言う通りでいい」
『セブは今、犬は犬小屋へ帰れって言ったのよ』
「……。あんだと!?杖を出せスニベルス!」
『まさに狂犬っ』
私は馬鹿力で立とうとしたシリウスを椅子に座らせた。シリウスの肩がバキッと鳴った。折れていませんように。
「やる気がないなら帰りたまえ」
『今日はどこか変よ。上の空の百面相』
「そんな顔をしていたか?」
『うん。ニコニコしたり、しかめっ面になったり』
「まことに気色悪い」
吐き捨てるように言うセブにシリウスは今度は突っかからなかった。ぼんやりとした瞳を宙に向けながら首を傾げて、そしてフッと女性が卒倒しそうなイケメンスマイルで微笑んだ。
『顔が良いと絵になるわね』
横からの視線が痛い。言うんじゃなかった。
『私の好みはこの顔。大好き』
セブに向かって言うと照れようでかわゆい。
「歳の差のある恋愛をどう思う?」
唐突なシリウスの質問に目を瞬きながら私は口を開く。
『私とセブは10歳差よ』
「そうなのか?!」
「忘れていた」
私がこちらの世界に飛ばされた時は21歳くらいでセブは31歳だった。それから賢者の石事件の時にクィリナスに、クリスマスの悲劇が起こった時にセブに寿命を上げたために今は体年齢が実年齢の10歳上になっている。
『とはいえ、トム・リドルの日記の力で過去に飛ばされて7年間過ごしたから……ううん、でも、精神年齢は全くセブに追い付いていない。という話は置いておいて、歳の差の恋愛いいじゃない』
「俺はそうは思えない……」
「犬の脳みそでも分かっているではないか」
意地悪そうな笑みを浮かべるセブはフンと鼻を鳴らす。
「教師が生徒ほどもある年齢の子供に手を出すなど倫理観を疑いますな」
『歳の差と言えばリーマスとトンクスは13歳差だけど仲良くやっているわ』
「そうだな!」
犬がおやつを目の前にした顔になった。ブンと上がった尻尾が見える気がする。
「歳の差があれば自然の流れとして歳が上の者が先に死ぬ。老後を考えると年齢が近い方が良いだろう」
「そうだな……」
尻尾がへにょりと下がったように思う。
『好きになったら仕方ないじゃない。好きな人と結婚しないと後悔するわよ』
「確かにそうだ」
覚悟をしたような目になった。
「相手の事を想うならこそ身を引くべきであろう」
「確かにそうだ……」
耳が垂れたのが見えるような気がした。
悩んでいる本人を前にして悪いが喜と哀の激しいシリウスに噴きだしそうになりながら何故こんなことを聞くのか聞いてみるとハッとしたシリウスは決して言わないというように首を横に振った。
「聞いてみただけだ」
『シリウス、もしかして好きな人がいるの?』
「い、あ、わ、分からない」
『うまくいくといいわね!』
「分からない……混乱している……」
『いつ死ぬか分からないんだから想いは伝えておくべきよ。心に秘めていては恋心は伝わらない。関係が変わるのを恐れてはいけないと思う』
隣の黒い人は私の言葉を聞きながら口を挟みたそうな勢いを見せていたが、後半の私の言葉を聞いて言葉を飲み込んだ。何か思い当たることがあるらしかった。
「他人の迷惑を考えずに想いを伝えるのはどうかと思うが。例えば生徒と教師の立場であったならば、許されることではない」
『生徒と教師だからって卒業しちゃえば関係ないでしょう?』
セブの眉が吊り上がったので肩を竦める。
『間違ったこと言った?』
「君は例えばホグワーツの生徒ほどの年齢になる自分の娘がいて、ブラックと交際したいと言ってきたら許せるのかね?元囚人で、家族から勘当され、20も歳の離れた男だぞ?」
『シリウスはいい男よ。濡れ衣で牢獄に入れられて耐え抜き、偏見に満ちた家族と決別し、年上なら頼りがいもあるでしょう?喜んでバージンロードを歩かせるわ』
「バージン……ローっ……」
私は言葉を紡げずに驚愕しているセブを頭にはてなマークをいっぱい浮かべながら見上げた。この人は何を想像しているのだろうか?未来の自分たちの娘を想像しているならば気が早すぎると思うが。
『兎に角、シリウス。私の意見は年齢差など気にせずアタックあるのみ!ダメなら相手の幸せを願えばいい。でも、もし想いが通じたならば生きているうちにやることやったら死んでも後悔ないんじゃない?って暗部の姉さまが言っていた』
「許……さん……っ許さんからな!」
『あなたさっきから大丈夫?』
血管がぶちぎれそうな勢いで怒っているセブに私はもちろん情緒不安定で虚ろとしていたシリウスも目を瞬いている。
『恋愛の事は私よりシリウスの方が得意でしょう?今までの経験を総動員して頑張って。応援しているわ』
「お、おう」
『さあ、集中して打ち合わせを再開しましょう』
どこか吹っ切れたような顔をしているシリウスの恋はうまくいくのだろうか?そしてセブは何故他人事でこんなに怒っているのだろうか?そして何故、教師と生徒にこだわって例えを出していたのか。
私は首を傾げながらセブが考えた授業内容を聞いていたのだった。
合同授業の日がやってきた。今日は嬉しいことにドラコも顔を出してくれている。ドラコの周りにはクラッブ、ゴイルもいるから今夜は企みもお休みということだろう。
パンジーはドラコの腕に巻き付いて蕩けそうな顔をしていて、デリラは誰とも絡まずに無表情でこちらに―――シリウスに目を向けていた。
『デリラ・ミュレーとの婚約の話どうなったの?』
「受けるわけないだろう。だが、カードをチラつかされていてな……曖昧な返事で濁している」
『シリウスらしくないと言いたいところだけど、微妙な状態なのね』
「ヴォルデモートはイギリスを出発地点にグリンデルバルドが出来なかった魔法界革命をしたいと思っているようだ」
『ハグリッドの話によると、フランスはマダム・マクシーム率いるボーバトンが断固反対を唱えている。自由を愛するフランス魔法界もこれに反対だけど、賛成勢力もあり』
「ドイツは微妙だ。魔法法改革に賛成の純血一族が魔法省に多くいて、イギリスの状況に乗っかってマグル生まれを登録する法を通そうとしている。デリラ・ミュレーの伯母が魔法省大臣だ」
『ややこしい話って苦手よ……えーと……ヴォルデモートを消しちゃえば万事解決でしょう?』
「ぷはっ。単純明快。そういうことだ。簡単だな」
『負けられないわね』
「あぁ。生徒たちの為にもな」
大広間は熱気に包まれていた。この合同授業は面白くて為になると人気があり、いつもたくさんの生徒が来てくれている。
時間になり、セブが前に出ると大広間は水を打ったように静かになった。さすがは恐怖の闇の魔術に対する防衛術教授殿。
「今夜は呪いを解く訓練をすることとする。敵に呪いをかけられた場合――――死ななければだが、仲間に頼るかもしくは自分で解術しなければならない。例えば脚を踊らせたままではまともに呪文を放てませんからな」
セブに視線を向けられたネビルが顔を真っ赤にした。意地が悪い。
「君たちにはこの授業でフィニート・インカンターテムを習得してもらう」
セブが杖の振り方を見せ、授業が開始される。
私たち教師は散らばって生徒に呪文をかけに行く。
『?』
シリウスが行くのはいつもと同じハリーたち仲良し4人組のグループ。でも、何故だろうか、いつもは嬉々としているのに今日はとても緊張した顔をしていた。
不思議に思いながら私は愛弟子のもとへ。
「師匠の呪いは強烈そうですね」
『大丈夫よ。耳ヒクヒク呪文から始めましょう』
毎回のことながら生徒たちは苦戦していた。これは追加練習が必要だと肩を落とす。
『クラッブ、ゴイル。前にも言いましたが身の丈に合った魔法を使う事。これは身に染みているわね?』
「でも、フィニートしてしまえばいいのでしょう?」
『大バカ者!』
クラッブの言葉に私は大きな声を出した後にガクリとまた肩を落とした。術に飲み込まれて死ぬのはクラッブだが、ゴイルも似たような思考回路を持っているため、この2人には十分に注意を促さなければならないと思っていた。
クラッブとゴイルには実際に悪魔の火を使わせてみてその恐ろしさがどれほどのものかを体験してもらったのだが理解して頂けなかったらしい。
『悪魔の火などの魔法は強力です。フィニートで抑えるのはとても難しい』
「でも」
『でももだっても聞きません!』
「横暴だ!」
「そうだそうだ!」
『私に逆らおうとはいい度胸だな』
「クラッブ、ゴイル、やめておけ。師匠が怒ったらお前たち2人共大理石の床に埋め込まれるぞ」
『さすがにそんなことはしないわよ』
「僕は割れた地面の裂け目に挟まったことがあります。あの恐怖は忘れません」
『話をずらさないで頂戴、ドラコ。私はクラッブとゴイルに大事な話をってあの2人はどこへ行ったのよ!』
「急にお腹が減ったとかで厨房に行きました」
『自由すぎるわ!』
デリラの言葉に天を仰ぐ。彼らについては根気強く話していこう。
授業時間が終わり、解散となった。
片づけをしているとハリーと栞ちゃんが私のところへやってくる。
「ユキ先生、マルフォイのことですが何かを企んでいる気配はありますか?キャビネットを壊されたから別の手段を考えているはずです」とハリーが言う。
『彼が授業の時以外は見張りをつけているけど特に変わったことはしていない……でも、ベラトリックスが命を出しているから何かしているでしょう』
「キャビネットの失敗で父親を痛めつけられ、もう失敗できないと分かっているわ。慎重になっているでしょうね」
「栞の言う通りだと思う。ユキ先生、僕たちもマルフォイをよく注意してみておきます。マルフォイのことでもし何か気が付いたことがあれば僕たちに教えて頂けませんか?」
『分かったわ。約束する。ところで、最近のシリウス変だと思わない?』
ハリーと栞ちゃんは同じ方向に首を傾げた。
私の気のせいだったのかしら?
私も一緒になって小首を傾げていると、ハリーがスッと息を吸い込んで真剣な顔になった。エメラルドグリーンの瞳は決意の色を帯びていてその瞳に吸い込まれそうになる。彼の姿にリリーの姿を重ねていると「大事な話がある」とハリーは言った。
「ユキ先生、これはシリウスおじさんにも相談したいのですが……もちろんスネイプ教授もいて下さって構いません。ただ、落ち着ける場所で話したくて……」
『いいわ。私の部屋に来る?』
「お願いします」
『片づけが終わるまでその辺りで待っていて』
「私は寮に戻っているね、ハリー」
私、セブ、シリウス、ハリーの4人で私の部屋へと入る。暖炉に火がいらない季節になって過ごしやすくなったものだと思いながら紅茶を淹れようとしたらポットをセブに取り上げられた。大人しく座っているとティーカップに飴色の紅茶が注がれる。
「それで、大事な話とは?」
「うん、シリウスおじさん」
ハリーが話してくれたのは予言の話だった。神秘部の戦いで死喰い人たちが狙っていたのはハリーの予言、セブがヴォルデモートに一部を伝えた予言だったのだが、その予言の完全をダンブルドアは知っていた。
一方が他方の手にかかって死なねばならぬ
一方が生きうるかぎり、他方は生きられぬ―――
ダンブーが言うには、予言はヴォルデモートにとってハリーを“自分に
「ダンブルドア校長先生は仰いました。予言に背を向けるのも自由だと、でもヴォルデモートは僕を死ぬまで追い続けるだろうとも言いました。だから、そうなれば―――」
『予言の通り、一方が他方の手にかかって死ぬことになる』
「今までは漠然とヴォルデモートと戦わなければと思ってきました。でも今はハッキリと思うんです。奴を倒すのは自分だって」
「いい覚悟だ。そして大事な予言についてよく話してくれた。だが、そんなに肩に力を入れるな。君には皆がついているんだ」
「でも、最後の一撃は僕が与えなければならない。そうでしょう?」
確かに、ヴォルデモートを倒す者はハリーが相応しい。だが、そうある必要もないと私は思う。
「ヒーローぶるのはいい加減にして頂きたいものだ。誰であろうと、闇の帝王を倒せればそれでいいのだ。それとも、主人公がいつも自分でないと気が済まないのかね?」
『訳すると皆で重荷を分け合いましょうって言っているわ』
「勝手に可笑しな訳をつけるな」
「ハリー、俺たちも君がヴォルデモートを倒す者に相応しいと思っている。だが、いつも仲間が君の傍にいることを忘れてはならない。それが君とヴォルデモートとの大きな違いなのだからな」
「分かりました、おじさん……ふぅ。なんだか体の上にのしかかっていた大岩が下りた感覚です……」
ハリーはヴォルデモートを倒すのは自分しかいないと気張っていて、それ以外あり得ないと思い込んでいたらしく、ほうけたような顔になっている。
「ジェームズとリリーには伝えるのか?」
「そのことですが……本当は自分の口から伝えたいのですけれど……」
おずおずとした目を向けられたシリウスがニヤッとする。
『ダメよ』
「まだ何も言ってないぞ」
『じゃあ言ってごらんなさい』
「ハリーをグリモールド・プレイス12番地に連れて行く」
『却下!』
「じゃあジェームズと妊娠中のリリーをホグワーツに連れてくるのか?」
『それも無理よ。いつものようにシリウスが伝言して』
「ユキ、命に関わる大事な話なんだ。自分の口から話したいというハリーの気持ちを察してやってくれ」
「お前たちの愚かな行いによってリリーとお腹の子が危険にさらされるとしてもそのような馬鹿げた考えを持っていられるのかね?」
「それは……父さんたちに危険が及ぶのは……」
「うまくやればいいだけだ!」
『スリルを味わいたいって心が透けて見えるわ。シリウスは兎も角ハリーの気持ちは分かるけど、我慢して』
「はい……」
『宜しい』
その日の夜、ハリーとシリウスはホグワーツから出て行った。はああああ。
***
春の陽気は麗らかで気持ちがいい。
クィリナスがやってきてダークエルフ族が我々側にもヴォルデモートにも付かないと約束してくれたと言った。今はリーマスと一緒にヴァンパイアの説得にかかっている。
リーマスはいつも不死鳥の騎士団の会議にズタボロの状態で出席していた。人狼との交渉はうまくいっていないということ。同じくハグリッドが交渉している巨人たちもヴォルデモートにつこうとしていた。
個人病院は次々に襲撃を受け、危機感を抱いた聖マンゴ魔法疾患傷害病院は魔法省に警護の依頼をした。医院長から要請を受けたダンブルドアは何かあった時は不死鳥の騎士団も聖マンゴを守ると約束した。
とはいえ、日に日に死喰い人たちの力が大きくなっていく昨今、魔法省があてになるのだろうか?病院が征服されたらと考えると恐ろしい思いでいっぱいになる。
「グリフィンドールがレイブンクローに300点差で勝てばグリフィンドールが優勝する」
「かなり難しいが、今年のチームなら不可能じゃない」
グリフィンドールの4年生たちがワイワイ言いながら私の横を通り過ぎて行った。
学校中で、グリフィンドール対レイブンクローの試合への関心が極限まで高まっていた。この試合が、混戦状態の優勝杯の行方を決定するはずだから。
雌雄を決するこの試合への序盤戦はもう始まっていた。対抗する寮の生徒たちが相手チームを廊下で脅そうとしたり、選手が通り過ぎる時には、それぞれの選手を厭味ったらしく声高にはやしたてたりした。
選手の方はそれを楽しんで胸を張るか、ロンのようにトイレに飛び込んでゲーゲー吐くかのどちらかだった。
美しい夕焼けが山々の間に沈んでいく。茜色の空は東にいくにつれて群青色から濃い紫色へと変わり、暗くなり始める空には星がポツポツと煌めいている。
花の香りを含む風を胸いっぱいに吸い込んでいると柔らかな薬材の香りがやってくる。
『セブ』
「後ろにも目がついているのかね?」
『少し散歩しない?』
「そうだな」
私たちは歩き出した。
茜色に照らされた丘を上って行けば暴れ柳に到着する。人が近づかなければ暴れ柳は堂々たる様子で力強く、生命力に満ちた良い木だ。
暴れ柳は好きな木。私の杖は暴れ柳から出来ているし、何よりここでセブから指輪をもらった。黄泉の国でカロンに渡してしまった指輪は今でも私の思い出の中にある。
他愛もない話をしながら今度は湖の方へと歩いていると陽射しが消えかかって闇が溶けだす景色の中に影が2つ、湖畔にあるブナの木の下にあるのが見えた。
生徒が寮から出歩いてはいけない時間ではないが、暗くなってから湖の周辺を歩くのは危ない。注意しに行こうと自然と脚を向けているとその2人は杖を掲げた。
「「ステルラ・ステッラ・センプラ」」
合わさったソプラノの声で唱えられた呪文。蛍のような光がポポポと杖から飛び出し少女たちの周りを飛び始めた。ふわりふわりと飛ぶ光の粒は空中を泳ぐクラゲのように宙を漂っている。
「そこで何をしている」
美しさに見とれていると隣の空気を読まない教員が叱る口調で言って杖灯りを出した。その灯りは眩しくて繊細な光の美しさをかき消してしまう。
『せっかく美しい星の光の呪文を楽しんでいるのにぶち壊さないでよ』
「あたりが暗くなったこの時間に湖畔にいるということは大イカに引きずり込まれても文句は言えまい」
「「すみません」」
『プリンスの双子ね?』
「「はい」」
顔は見えないが声で確信できた。
『そっちへ行ってもいいかしら?』
「「もちろんです!」」
「長居するつもりはない。帰るぞ」
『少しくらいいいじゃない。一緒に楽しませてもらいましょうよ』
遠慮無しに杖灯りを煌々と掲げているセブに続いて湖の畔まで来ると杖の灯りにぼんやりと照らされたそっくりな顔はニコニコしていた。一応セブに暗い時間に湖に近づくのは良くないと怒られているわけだが彼女たちは全く気にしていない様子。むしろ私たちの登場を喜んでいるようだった。
「何を笑っている」
「「嬉しいからです」」
「何がだ」
「「教えません!」」
『息がぴったりね』
「先生たちも星の光の呪文を見ていきませんか?」
蓮ちゃんが言った。
「帰れ」
『私は見たいわ。それにまだ出歩いてもいい時間よ。彼女たちを城に追ったてることは出来ないわよ?』
「では勝手にやれ」
『大イカに湖に引きずり込まれたら危ないと言ったのはセブよ。一緒に星の光を楽しみましょうよ』
帰りそうになるセブの腕を引っ張ると意外なことに素直に抵抗を止めたので、もしかしたらセブも心の中では彼女たちと星の呪文を見たかったのかもしれない。セブは素直じゃないところがある。
杖灯りが消えて暗闇になった。
4人で木の根がもり上がっている場所にそれぞれ腰かけた。栞ちゃんと蓮ちゃんが掛け声無しに声を揃えて星の光の呪文を唱えると、杖から飛び出した光の粒が闇の中に散り始めた。
呪文の名の如くキラキラ光る光の粒は空に浮かぶ星のよう。すっかり日が沈んであたりは真っ暗になっていたので夜空に放り込まれたような感覚になった。
『懐かしいわね』
セブは答えなかったが暗闇で見えないことをいいことにそっと私の腰に手を回した。彼も私と同じことを思い出しているのだろう。ステルラ・ステッラの呪文は私とセブにとって思い出深い呪文。
早朝のスケートで星の光を頼りに湖を滑ったこともあるし、新月の晩に天文台に行って寝転びながら2人で呪文を唱えた。美しい思い出たちは周りで輝いている星のように私の心の中にある。
キラキラした日常は私が渇望していたものだった。
セブや仲間と過ごしてきたホグワーツの記憶さえあれば、私はどんな闇に落とされようとも力強く生き抜くことが出来るだろう。
前に座るプリンスの双子に見つからないようにそっとセブの頬に口づけをした。星の光に照らされるセブの黒い瞳は甘く、また彼の瞳に映る私の顔も甘く蕩けていた。
前で動いた双子にハッとしてセブとの距離を取る。
双子は私たちを見てニッコリした。
「美しい呪文ですよね」
「私たち家族はみんなこの呪文がお気に入りなんです。ね、栞」
「家族全員が集まって、部屋を真っ暗にして父親がこの呪文を唱えるんです。家族団らんのひと時……早く戻るといいなぁ」
「星の光の呪文は古く、使う者は少ない」
セブが呟くように言った。
『私とセブは学生の時にたまたま開いた
「あの本に書いてあったのは“ステルラ・ステッラ”のみであった。君たちはセンプラをつけていたな。センプラには“続ける”という意味があるが、星の光の呪文につけることで何が起こるのかね?」
『センプラをつけなくても星の光は長時間光り続けるものね』
「父が言うには実際の星に近づくそうです。星の光に手を近づけてみると温かいんですよ」
蓮ちゃんに言われて星に手を伸ばすと確かに熱が伝わってきた。その温かさは掌からじんわりと体の中に入り、血液の流れと一緒に体を巡って行った。胸に到達した温かさはこれ以上にない幸せを感じさせてくれて涙が滲む。
『幸福で満たされる感覚だわ』
「術者の想いが伝わると父が言っていました。両親が出す星の光はいつも心をポカポカにしてくれました」
栞ちゃんはそう言って星の光を1粒両手の中に閉じ込めた。
「先生たちは運命を信じますか?」
栞ちゃんは何気ない風を装っているが、その声からは固さを感じた。
『トレローニー教授に怖い予言をされたの?』
「実はそうなんです」
栞ちゃんが答える前にサッと蓮ちゃんが言葉を差し入れる。
「大事な人が死んでしまうという予言をされました」
『心配ないわ。トレローニー教授は毎年少なくとも1人以上死の予言をしないと気が済まないのよ』
「だけど怖くて……」
顔を青くしている蓮ちゃんに微笑みかける。生徒を怖がらせてトレローニー教授には困ったものだ。
『私は信じないわ』
「ユキ先生が過去に行ったことで色々なことが変わったと聞きました。でも……全て良い方に変わったとは言えませんよね」
『私の周りには悪い方に変わった人はいなかった』
「私の周り。でも、他はどうですか?」
『んーー……興味がない』
蓮ちゃんは驚いたように目を見開いたまま固まった。どうしたというのだろう?
『知らない他人のことまで気にする必要がある?』
「そうですけども……」
「教師であるならば相応しい言葉を選べ」
『何か失敗をした?』
頭にはてなマークを浮かべる私の横ではセブが呆れ顔をしている。
「スネイプ教授はどう思われますか?予言は信じます?運命はあると思いますか?」
そうセブに聞く栞ちゃんの前で私はうっと息を飲みこんだ。セブに予言の話題は勝手に禁句だと思っている。だが、セブは嫌な顔などおくびにも見せなかった。
「魔法省は予言を重要視している。少なからず未来を予言できる力を持っていると思う。だが、それに憑りつかれるのは良くない。運命があるか……誠実に生きれば運命は良い方に切り開けるだろう」
『これが正しい解答ね』
素直に感心していたのだが、茶化すように聞こえたらしくセブにジトっと睨まれた。プリンスの双子といえばキラキラした顔でセブを見つめている。そして何故か口々に「懐かしい」と呟いていた。
『懐かしい?』
「「なんでもないです」」
ハキハキとプリンスの双子は言った。
『ステルラ・ステッラ・センプラ』
杖を宙に振ると闇の中に浮かぶ光の粒の中に新たな光の粒たちが加わった。
「わあ。ユキ先生の光の粒、凄く温かいです」
「それに顔がにやけてくる」
『スネイプ教授への想いをいっぱいに込めました』
「ゴホンッ。生徒の前でやめろ」
『セブも呪文を唱えてみて。もちろん私への愛をたーっぷり込めて』
「いつの間に戯言薬を飲んだのかね?」
『恥ずかしがらずに、さあ』
「断る。これ以上光が増えれば情緒がない」
いまや私たちの周りには沢山の光の粒が飛んでいた。それらから放たれる愛に溢れた気が私たちの体に入り込み、幸福な気持ちにさせる。
なんだか不思議な感じがした。生徒がいる前でこんなに寛げているのはどうしてだろう?今の私は先生ではなかったし、もちろん忍でもなかった。セブと私室にいる時のようにリラックスしていた。
プリンスの双子を寮に送り届けて私の私室へ2人で向かった。
『娘がいたらどんな気分だろう?悪い男に狙われないか心配だから護身術は身に着けて欲しい』
「悪い人間にも種類がある。クィレルのような変質者と交際すれば恐ろしい目にあうだろう。また、ブラックのような女たらしならば泣く羽目になる」
『クィリナスとシリウスのことは置いておいて、そういった悪い男にも気を付けて欲しいわ』
「君がそう思っているならなによりだ。クィレルとブラックについては改めて冷静な目で見て判断したまえ」
『ご存じでしょうけど、私は詐欺に引っ掛かりやすいから……こういう事はセブに頼ることになりそう。こういうこと以外も色々……さっきだって蓮ちゃんを驚かせたみたい』
「気にするな。間違った事ではない。自分、自分の周り、その外、1人の人間が影響力を発揮出来る範囲は限られている。まずは自分を大切にすることだ」
チュッとセブが私の額にキスをくれる。
「そうすれば、君を愛する人間も幸せになれるだろう」
『セブもそうしてね。1番に自分の幸せを考えて。そうしたら私も幸せだわ』
「あぁ」
私はギュッとセブを抱きしめた。
『……はあ。寝る準備面倒くさい』
くくくっとセブが笑って体が振動した。
「今日はどうするかね?」
耳に響いた甘いバリトンボイスに心臓が甘く絞られた。
『楽しみがあったら面倒くさい寝る準備も楽しく出来るわ』
歯を磨いて、シャワーを浴びて、スキンケアをして……
「一緒に風呂に入るか?」
『ダメよ。お風呂は裸になって無防備になる時間だもの。いつも影分身を出して警戒しつつ浴びているの』
「そんなことをしていたのか」
『先にバスルームを使って』
「では、そうさせてもらう」
パジャマを持ってバスルームに入って行くセブを呼び止める。
『ステルラ・ステッラ・センプラを唱えてくれない?』
断られると思ったがセブはふっと笑って杖を振ってくれた。キラキラとしたシャンパンゴールドの光が部屋に飛び出したので私はランプの灯りを消した。
1人になった部屋。
ふと、声が聞こえたような気がした。頭の中にぼんやりとしたイメージが浮かんだ。
鈴を転がすような笑い声とバリトンの笑い声。
温かな空気が私を包み込む。
私の隣にセブがいて、誰かが他にもいる。
誰だろう?楽しそうな笑い声は誰のものだろうか?
温かい家庭―――
瞬く星の光の中に幸せな家族の姿が見えたような気がした。