第7章 果敢な牡鹿と支える牝鹿

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26.さらばアラゴグ





城の尖塔せんとうの上に、青空が切れ切れに覗き始めた。こうした春の訪れの印もドラコとハリーの胸を高揚させないようだった。2人共思い悩んでいる。

一時期小生意気な可愛さを取り戻していたドラコだったが、ベラトリックス・レストレンジから何か命令されているらしく、私の目を盗んで何かをしようとしており、良心と葛藤している様子だ。四六時中見張ろうとしても授業のある時間帯は人目があり流石に影分身をドラコにつけさせることは出来ないが、他の時間帯は近くに潜ませて監視している。

ハリーの方はスラグホーン教授からヴォルデモートの分霊箱が何個作られたか聞き出せずにいた。スラグホーン教授は当時のトム・リドルに分霊箱について話したことを悔いているようで口を固く閉ざしてしまっている。

『うぅ。私は人から情報を抜き出す任務が苦手なのよ。私が聞き出しに行って更にスラグホーン教授を警戒させても困るし……ハリーに任せるしかないわ』

「クィディッチや恋愛にうつつを抜かしているポッターが上手く任務をこなせるとは思えませんな」

『何か妙案はないかしら』

話ながら吹きさらしの廊下を歩いていると噂をすれば影が差す。ハリーが前からやって来た。しかし、どこか様子がおかしい。ニコニコと満面の笑みを浮かべていて、隣にはちゃんの姿もあった。

「おかしな薬を飲んだか?」

『そうかも。ハリー』

「呼ぶな。関わりたくない」

スキップしながらやってきたハリーは私たちの前にやってきて止まり、後ろに手を組んで体を左右に振っている。何かの魔法薬を飲んだのは確実で、私とセブは説明を求めるようにちゃんに目を向けた。

「ハリーは幸運薬を飲んだんです」

『何ですって!?まさかこの前渡したフェリックス・フェリシス改良薬!?』

「いいえっ。ハリーがスラグホーン教授から頂いた幸運薬です。この前頂いた魔法薬は有事に備えて取っておくようにと言われているので使っていません。安心して下さい」

「フェリックス・フェリシスを使うからにはそれなりの理由があるのだろうな。っ止めろ、ポッター」

セブが自分のマントの中に入ろうとしているハリーを気味悪そうに引き剥がしながら言った。

「私たち、どうやってもスラグホーン教授から分霊箱の数について聞き出せなくてフェリックス・フェリシスを頼ることにしたんです」

『いい考えだわ』

「ポッター。先ほどから何をしている!」

マントの中に入って自分の後ろに張り付いたハリーにセブは顔を引き攣らせながら怒っている。ハリーったら何をしようとしているのかしら?

『変な行動だけど、これもスラグホーン教授から分霊箱の数を聞き出すのに必要なことじゃない?』

「これがか?」

『嫌そうな顔をしないでそのままされるがままになってよ』

「断る」

『分霊箱のためよ』

「……」

セブが大人しくしていると、ハリーはセブの背中に抱きついて深呼吸を始めた。ゾッとした顔を浮かべているセブに苦笑いを向けていると、ハリーがマントの中から出てくる。

「何の香水を使っていますか?」

「使ってなどいない」

「何の香水を使っていますか??」

「……」

『答えて。任務よ』

「……ファウスト・シークレットのファントム」

「それを買ったら僕の恋は叶う!そんな気がする」

「こいつっ」

ペカーっと太陽のような顔で笑うハリーの前でバジリスク並みの眼光の強さでハリーを睨むセブと首を傾げている私とちゃん。

『分霊箱以外にも全ての事についてハリーに幸運が訪れているみたいね』

「そうみたいですね」

「さっさとスラグホーン教授のもとへ行きたまえ!いや、待て。オブリビエイトしてやる」

セブが杖を抜いた。

『ちょっと!香水の名前を教えただけでしょ?オブリビエイトするなんて正気?直ぐに杖をしまいなさい。それから、私は気になるからハリーについていくわ。一緒に行きましょうよ』

「断る」

気味悪そうにしてハリーを見ていたセブの眉がピクリと上がった。彼の目の前ではハリーがちゃんの手を握っている。

「行こう、ユキ先生もご一緒に。スネイプ教授は……」

「……幸運薬は運が良くなるだけだ。助けが必要になるかもしれん。一緒に行くことにする」

セブが急に態度を変えて少し驚いている私の前ではハリーがニッコリとしている。

「みんなで行った方がハグリッドも喜ぶと思います。ね、

『今からハグリッドのもとへ行くの?』

「はい。ハリーのもとへアラゴグが死んだからお葬式をする。一緒に埋葬して欲しいって手紙が来たんです。私たち気が進まなかったのですけれど……幸運薬を飲んだとたん、ハリーは行く気になって」

アラゴグとは猛毒を持つ蜘蛛であるアクロマンチュラ。アラゴグには家族があり、私は禁じられた森でアラゴグ一家に襲われて大変な目になったことがある。

『そうなのね。どうか大きな幸運が舞い込んで欲しいわ』

「こっちに行きたい。行きましょう!」

ルンルンのハリーについていくと野菜畑にやってきた。ハグリッドの小屋に行くには厳密には寄り道になるのだが、この気まぐれな行動も意味のあるものだろうと私たちは何も言わずについていく。

春の野菜が畑からチョコチョコと顔を出しているのが見えてきたと思ったら、温室の陰からスラグホーン教授とスプラウト教授が姿を現した。

「ポモーナ、お手間を取らせてすまなかった」

「十分ですか?」

「十分十分。近頃、多くの薬種問屋は休業していて、薬材は高くなるばかり。だから、貴重な薬材が手に入るホグワーツには感謝しています。緑の指を持っておられるスプラウト教授にかかれば育てられない薬草はないでしょう」

「ふふふ。お褒めの言葉光栄ですよ。あら、こんにちは」

こちらに気が付いたスプラウト教授に挨拶しようと口を開いたが、誰よりも早く、そして元気に挨拶をしたのはハリーだった。妙なテンションにスプラウト教授とスラグホーン教授は面食らった顔をしている。

「セブルス、ハリーは何か飲んだのかね?」

「彼は通常からこれです」

しれっと嘘を吐くセブに笑いを堪えているとハリーはローブのポケットをゴソゴソやって封筒を取り出した。

「スラグホーン教授も一緒に来て頂けませんか?」

「何かな?」

少々警戒した様子のスラグホーン教授はハリーから受け取った封筒を開いて中の案内状を取り出した。

―――――
俺の家族ともいえるアラゴグが昨夜亡くなった。おまえさんたちはあいつが俺にとってどんなに特別な奴か知っていると思う。
今日のお昼12時におまえさんたちが埋葬にちょっくら来てくれたら嬉しい。
                       ハグリッド
――――――           

「ふうむ」

スラグホーン教授は鼻を鳴らしながら物欲しそうに目を細めた。

アクロマンチュラの毒は非常に貴重なもので半リットルで百ガリオンにもなる。毒は気性が荒く、猛毒を持つアクロマンチュラが生きている間に採取しなければならない。アラゴグは死んだばかりだから毒を採取できる可能性は高い。

「えーと、スラグホーン教授とスプラウト教授がアラゴグのお葬式に来て頂けるのでしたらハグリッドはとても喜ぶと思います」

「私は用事があるので遠慮するわ」

ちゃんの言葉にスプラウト教授が素早く言った。

「私は出席させて頂こう」

スラグホーン教授の目はいまや情熱的に輝いていた。

「私は飲み物を2、3本持って哀れな獣に乾杯するとしよう―――まあ―――獣の健康を祝してとはいかんが……兎に角、ネクタイを変えてくる。これでは派手過ぎるからね。あっちで落ち合おう」

スラグホーン教授はバタバタと城へと戻り、ハリーは大満悦な顔で私たちの顔を見渡した。

『よくやっているわ』

「ハリーいい感じよ!」

「あら、何だか」

スプラウト教授が目を瞬いて私とちゃんを交互に見た。

「おかしいわね。ふふ。何でもないわ」

『どうしたのですか?』

「ただの目の錯覚よ」

「え~~っ。気になります、スプラウト教授」

「仕様もない考えよ。ただ、一瞬だけどユキ先生とMs.プリンスが似ているように見えたの」

「嬉しい!」

ちゃんの笑顔が弾けた。

『喜んでもらえるなんて私こそ嬉しいわ』

「似ていると言うならはどことなくマスター・スネイプにも似ているよね」

「マスター?」

「ゴホンっ」

スプラウト教授が小首を傾げたのでセブが思い切咳払いをした。
どうやらハリーはセックス・オブ・マスターというジェームズがセブにつけたあだ名を聞いているらしい。学生になんてことを教えているんだ、あの鹿は!

『実は私も思ったことがあったのよ』

クスクスと笑いながら言うと目の前のちゃんの顔がパアァと見ているこちらまで嬉しくなるような顔で明るくなっていく。

「確かにそうねぇ」

スプラウト教授は傾げていた小首をもっと傾げた。

「戯言ですな」

「お父さん、娘さんを僕に下さい」

「断る」

セブが凶悪な顔をした。

『アハハ。演技が上手い』

「本当ね。セブルスが父親になって娘を持ったら大変かもしれないわね」

私たちはスプラウト教授に別れを言って畑を突っ切りだした。ハリーは自分の魅力をセブに話し出して鬱陶しがられている。私はちゃんと話していた。

『シリウスの弟子よね?』

「はい!」

『ハリーたちと行動を共にしているわね』

「はい!」

『聞きたかったのだけど、覚悟は出来ているのかしら?』

そう問うと、元気よく頷いていたちゃんの顔がキュッと引き締まった。

「ハリーは私たちを危険に巻き込まないように自分1人で何もかもを解決しようとするんです。でも、私たち4人は親友。どこまでも一緒に戦います」

『戦いは……引き際が大事。命を落として欲しくない』

「そういうご経験が?」

『うん。でも、私には引くタイミングが分からなかった。私はいつも命令される側だったの。隊長を任されたこともあったけど……不適任だって判定が出た』

「引くって難しそうですね」

『いつも逃げ道を残しておくようにして』

「はい」

『でも、引けない時は覚悟を決めて一瞬も躊躇わずに杖を振ること』

「わかりました」

『ぷっ。前の2人は何をやっているのかしら?』

真面目な話をしていたのに前でギャアギャアやっているハリーとセブを見て吹き出してしまう。

「ハリーって面白いですよね。いつもおどけて見せてくれて笑わせてくれます。さっきだってスネイプ教授のことお父さんだなんて。ぷぷ。お父、スネイプ教授の顔、面白かったなぁ」

『そうね。まるで本当に娘を嫁にくれと言われているようだった』

私たち4人の声は雲の間から覗く青空へと吸い込まれていった。



ハグリッドの小屋の戸を叩くと、靴墨に浸したボロ布で作ったような喪章をつけ、目を真っ赤に泣きはらしたハグリッドが出てきてくれた。

「ハグリッド、大丈夫?」

「辛いわね」

ハリーとちゃんが優しく声をかけてハグリッドの肘をポンポンと叩いた。2人が楽に届くのはせいぜいその高さ止まりだった。

ユキも、スネイプ教授まで、アラゴグは幸せ者だ」

ハグリッドがダーッと涙を流してセブに抱きついたのでミシミシと骨が軋む音がした。

『どこに埋葬する予定?禁じられた森?』

セブをハグリッドから引き離しながら尋ねる。

「いや!それは出来なくなった。アラゴグが死んじまったんで他の蜘蛛のやつらは俺を巣の傍に近づけさせねえ。信じられるか?」

正直信じられた。アラゴグ一家の怖さは身をもって知っている。だが、前よりも空気を読むことが上手くなっていた私は口を閉ざしていた。

ハリーがスラグホーン教授に途中で会って、スラグホーン教授もアラゴグのお葬式に出席してアラゴグに敬意を示したいのだと伝えると、ハグリッドは驚いた様子だったが同時に大変感激しているように見えた。

「あれがアラゴグか?」

充分にハグリッドから距離を取っているセブは窓の外を覗いていて、そこからは庭が見えた。かぼちゃ畑のちょっと向こう側に大きな穴が掘ってあり、その横には恐ろしい光景が見えた。巨大な蜘蛛の死体がひっくり返って、もつれて丸まった足を晒していた。

戸を叩く音がして、ハグリッドはでっかい水玉模様のハンカチでチンと鼻をかみながら戸を開けに行った。

スラグホーン教授は急いで敷居をまたいで入ってきた。腕に瓶を何本か抱え、厳粛な黒いネクタイを締めている。

「ハグリッド、まことにご愁傷さまで」

「ご丁寧に感謝いたします、スラグホーン教授」

「悲しい日だ。哀れなアリコプ『アラゴグです』失礼、アラゴグはどこにいるのかね?」

「こっちだ」

ハグリッドは声を震わせた。

私たちは裏庭に出た。セブは既に試験管を手に持っている。気持ちが先走っているようだ。

春の始まりを感じさせる太陽がアラゴグの亡骸を照らしている。掘ったばかりの土が3メートルもの高さに盛り上げられ、その脇の巨大な穴の縁に、骸が横たわっている。

「壮大なものだ」

スラグホーン教授が蜘蛛の頭部に近づいた。乳白色の目が8個虚ろに空を見上げ、2本の巨大な曲がった牙が動きもせず、日差しを受けて不気味に光っている。

ユキ先生は蜘蛛はお好きですか?」

唐突にハリーが聞いた。
これは正直な感想を述べよということかしら?

『そうね……アラゴグ一家に襲われたことがあったから……彼らの毒は強いわね』

「そう!私は連中を崇めている」

スラグホーン教授が無理矢理な言葉を発したが、ハグリッドは気にしなかったらしく嬉しそうにして目から涙をポタポタと流した。

「スラグホーン教授、スネイプ教授、良かったら2人共アラゴグの毒を採取してくだせえ。研究のお役に立てるならば天国のアラゴグも喜ぶと思いますから」

魔法薬学の研究者たちは何も言わなかったが背中が心の内を語っていた。ルンルン鼻歌でも歌ってそうな後姿でアラゴグの毒を採取している。

『では、アラゴグの埋葬を始めましょう』

「私からお別れの言葉を述べさせて頂いてもいいかな?」

スラグホーン教授は満足そうに口元を緩めながら唱え始める。



アラゴグよ、蜘蛛の王者よ

汝との固き友情を忘れまじ

汝の子孫が永久に栄えますよう――――



埋葬を終えて私たちはハグリッドの小屋の中に入った。埋葬の間、隠れていたファングが尻尾を振りながら近づいてきてちゃんの膝の上に頭を乗せている。スラグホーン教授はワインのコルクを抜いた。

「すべて毒見を済ませてある」

ニッコリとスラグホーン教授は笑ってハグリッドのバケツ並みのマグにワインを注ぎ、渡した。子供たちと私は葡萄ジュース。

『ハグリッドの小屋は宝の山だわ。ユニコーンの毛に太陽野薔薇のドライフラワー……』

「どれも森を歩いていれば見つかるもので珍しいもんじゃねえさ。アラゴグと散歩しながら森を散歩したのを思い出す」

「しかし、君、あれがどんなに高価な物か知っているかね?」

「さあ。欲しいって言うんでしたら差し上げますよ、スラグホーン教授」

スラグホーン教授とセブの目は注意深く小屋を見渡していた。

ハグリッドのご機嫌を取ろうとスラグホーン教授は最近森に棲む生き物についてや、面倒の見かたについて質問した。話は盛り上がって2人はどんどんワインを飲んでいく。もう終いにした方がいいのではないかと思っていたところ、ハリーが動いた。

ユキ先生、空になりかけたボトルに補充呪文をかけて下さい」

ハリーの言うことには従うべきで、私はワインボトルに補充呪文をかけた。半分酔っぱらっている2人は満タンになったボトルを変に思うことなく、飲み進めていく。

1時間ほど経つと、ハグリッドとスラグホーン教授は乾杯を連呼していた。

「ハグリッドの気前の良さにに乾杯!」

「屋敷しもべ妖精醸造のワインに乾杯!さあ、ハリーも言っちょくれ」

「えっと、大事な友人たちに乾杯!次はだよ」

「運命を打破する勇気に乾杯!ユキ先生の番ですよ」

『そうね……大好きな人たちの傍にいられる幸せに乾杯!最後はセブよ』

「我輩は」

『この盛り上がりを消さないで。任務、任務』

小声で囁くとセブは渋々ゴブレッドを上げる。

「ホグワーツに」

『「「「「乾杯!!」」」」』

それから上機嫌のスラグホーン教授はオドと呼ばれる魔法使いの死を語る、ゆっくりとした悲しい曲を暫く歌っていた。その歌が心地よかったらしく、ハグリッドはドンと両腕をテーブルにつき、腕に頭を落としてグーグーと大いびきをかいて眠りだした。

『今のオドという魔法使いの歌は魔法界では有名なのですか?』

「若くして汚名を着せられて死んだ英雄オドの話は有名だね。ヒック。あぁ、いい人間は早死にする……だが、君の両親は生き返った!」

「奇跡が起きました。でも、両親の事を考えると胸が苦しくなります。ヴォルデモートは僕に、母は死ぬ必要がなかったと言いました。僕の前から退けば母は死ななかった……」

「おお、なんと。逃げられたのに……死ぬ必要は……なんとむごい」

セブはこの話を聞いていて大丈夫だろうか?心配になって見たが表情に変わりはなかった。何を考えているのだろうか……彼の感情は時々読めない。

ハリーとスラグホーン教授はリリーについての話を続けていた。魔法薬学が得意であったこと、美しい魔法のかけられた贈り物をくれたこと。

「いつになったら会えるだろうか。あの子は身を隠して生活しているのだろう?」

「そうです。ヴォルデモートを倒すまでその生活は続くでしょう」

「もうその名前を呼ぶのはやめてくれ」

「先生、戦わなければ。スラグホーン教授は僕の母を好いてくれているようです……どうか……僕の母さんを助けてくれませんか?」

「記憶だね……私は後悔している……恥ずべき記憶。あの日、私はとんでもない惨事を引き起こしてしまったのではないかと思う……」

「勇気を出して下さい。僕に記憶を渡せば、先生のやったことは全て帳消しになります」

ハリーが言った。

「そうするのは、とても勇敢で気高いことです」

スラグホーン教授は迷いに満ちた目で辺りを見渡し、その途中で私にどうにか楽にしてくれと言うように視線を止めた。

『ハリーの言う通りです。この戦いを終わらせるきっかけを作るのは先生です。どうか私たちに力を貸して下さい』

眉間に皺を寄せていたスラグホーン教授は溜息を吐き出した。

窓から入る柔らかな日差しを浴びながら、スラグホーン教授は杖を取り出し頭から長い銀色の糸を引き出した。記憶の糸は長々と伸び、試験管の中に入れられ、糸は螺旋状に渦巻いている。

ハリーはついにスラグホーン教授が持っていた分霊箱の記憶を手に入れたのだ。



ハリーはダンブーに報告するために校長室へと小走りに向かって行き、スラグホーン教授は顔色を悪くしながら、でも、どこかスッキリした様子でその後を歩いて行った。残った私たちは丘をのんびりと下っていく。

「先生たちは行かなくていいのですか?」

「後から話があると思う。それまで待つとする」

『誰に何を話すかはダンブルドア校長が決めるでしょう。勿論、私の場合は聞かされなかったら誰かから聞き出すつもり』

「うっかり口を滑らさないように気をつけなくちゃ」

「君はポッターといつも一緒にいるようだが……」

「親友です。これから先、一緒に戦うつもりです」

「本当にそれがどういうことか分かっているのかね?」

セブの批判めいた声にちゃんはムッとしたように口を尖らせた。

「神秘部の戦いをご覧になっていたら私たちの覚悟が伝わっていたはずです」

「……」

押し黙ったセブは苦しそうな表情をしていた。

ハリーとともに行動するちゃんはヴォルデモートと近いところで戦う可能性が出てくる。未成年の魔法使いと闇の魔術を知り尽くしているような闇の帝王。学生が束になってかかっても勝てるかどうか。私たち大人がハリー達がピンチに陥らないように助けなければいけない。

「私は常にフェリックス・フェリシスを飲んでいるような人間なんですよ」

唐突にちゃんは言って、タタッとスキップするように私たちの前に出てクルリと振り向いた。明るい笑顔は太陽を思わせた。

「私はとっても強運なんです。私の周りの人にも強運が伝染しちゃうくらいに!だから、大丈夫!」

拳を天に突き上げているちゃんを見る私は眩しいものを見るように目を細めた。純粋さと快活さ。理由のない強い自信。どの道にでも進める未来ある少女。

心が熱く、強さが溢れてくる。
私はちゃんから元気をもらった。セブもそうだったようで優しい顔でちゃんを見ている。

「フェリックス・フェリシス……なるほど。君の能天気さは幸運薬を飲んでいたせいであったか」

「飲んでいる“ような”ですよ!私は真面目でしおらしい人間です!」

「?」

「いやいや、真顔で首捻るのやめてください冗談ですよ!明るく元気が私の長所です!」

『うん。あなたの明るさに救われる人、多いと思う』

「えへへ。照れます」

3人で話しているといつの間にか私の部屋の階段前に着いていた。

「それでは、先生方。ここで失礼致します」

ペコリとお辞儀したちゃんは思い出したように「あっ」と言って私を見た。

「ハリーがスネイプ教授の香水の事を言っていて思い出したのですが、今日はユキ先生も珍しく香水をつけていますよね?いい香りでした!その香り大好きです」

『ありがとう』

「何という香水ですか?私も欲しくて……」

『毒の九姉妹というブランドのモーガン・ル・フェイという香水よ。でも、もし香水をつけるなら香りで敵に居場所がバレてしまう可能性があるから使用には気を付けること』

「分かりました」

もう1度さようならと頭を下げたちゃんは廊下を駆けていく。

春のうららかな気候に対して隣の人は何故か不機嫌。
先ほどまでは微笑みさえ浮かべていたのに急な変わりようは何だろう?春はみんな情緒が不安定になりやすい。お部屋に戻ってハーブティーでも淹れてあげよう。

『お部屋に入りましょう』

セブは何も言わずについてきた。

バタン

扉が閉まった瞬間に後ろから抱きすくめられる。

『セブ?』

「グルマンノートの香水だな」

『お菓子のような香りで気に入っているわ』

「君が香水をつけるのは珍しい」

『今日は校外に出ないと分かっていたから。気分転換につけたの。城の外に出ないと決めつけるなんて……ううむ。忍失格かしら?』

「それはユキが判断することだ。だが、我輩が判断できることもある」

『なあに?』

「この香水は誰に貰ったものだ?」

『どうして人からもらったものだと分かるの?でも、貰ったわ。レギュよ』

「男が女に香水を贈る心理を知っているか?」

『さあ』

「独占欲だ」

『そうなの?』

「バスルームへ行け」

『シャワーを浴びて来いってこと?この香水気に入っているの。平和な世になったら沢山つけるつもり』

「逆の立場でも同じことが言えるか?」

『多分、言えると思う。それに私とレギュは良い友達よ。折角送ってもらった香水をこれから先使えないなんて勿体ないわ』

「我輩は嫉妬深いか?」

『そう思う』

セブは眉間に皺を寄せながら複雑そうな顔をして棒立ちになった。

『でも……セブが気に入らないなら使わない』

「いや……」

『シャワーに行ってくる』

ザアアとシャワーを浴びながら考える。もしセブが元彼女からもらった香水を身に着けていたら私は嫌だろうか?香水に罪はないのだから問題ないのでは?でも、何故だろう、この心のモヤモヤは……。胸が詰まったように不快な気持ちになった。

でも、レギュは私にとって、勿論恋愛に関してではなく、特別な人だ。一緒に分霊箱を探し、その過程で危険な目にも合ってそれを乗り越えた。そんな彼からの贈り物を捨てることは出来ない。

だけど、胸に感じるモヤモヤ―――これをセブも感じているのだとしたら、そんな思いをして欲しくない。

どうして私は相手の気持ちも自分の気持ちもはっきりと分からないのだろうか。
まだまだ、私には難しいことが多い。

バスルームから出るとセブが反省したように猫背になってベッドに座っていたのでクスリと笑ってしまう。拗ねているような子供にも見える彼の隣に座って自分の体の側面をセブの側面にくっつけた。

『もうレギュからもらった香水は体につけない。でも、好きな香りだから別の使い方を考える』

ユキを束縛するつもりはない。したくないと思っている」

『さっき考えたの。セブが誰か私以外の女の人からもらった香水をつけていたらと思うと心がモヤモヤした。あなたもそう?』

セブは答えの代わりに私の腰を抱いた。
ふわりと香るのは洗練された神秘的な香り。私はこの香りは薬材が混じった香りだと思っていたが、それに加えて香水もつけていたとは知らなかった。

『私はセブの香りが好き』

体を動かし、脚を開いてセブの体を跨いで向かい合う。ぺしょんとなってしまっている可愛いセブに私は口づけをした。




***




ダンブーから連絡があり、レギュに連絡をつけるように言われた。

日中は暖かいとはいえ夜は肌寒い。冷たいと感じる風が吹く中、正門前で待っているとバシンと音がして男が1人現れた。

「僕です」

『好きなコーヒー豆は?』

「コーヒーは飲みません」

『もう1つ。1番大切に想っている家族は?』

「クリーチャーですね」

『レギュならそう言うと思ったわ。入って』

門にがんじがらめになっている鎖を叩くとジャラジャラと音がして解けていく。重い門を押して男1人が通れる隙間を作り、ホグワーツの敷地へと入ってもらう。しっかりと施錠をして私たちは丘を下りだす。

十分に門から距離を取ったところでレギュは死喰い人のショーン・ワードの姿から元ブルガリア魔法省闇払いのグライド・チェーレンの姿に変化した。

「吉報だとか」

『えぇ。ハリーがヴォルデモートの分霊箱がいくつあるのかという記憶をスラグホーン教授から得ることが出来た』

「これで目標が見えてきました」

『死喰い人の中への潜入はうまくいっている?』

レギュが死喰い人の中に入って以来、私たちは連絡を取らなくなっていた。今回もクリーチャーに頼んで細心の注意を払ってもらい、レギュに会いたいと連絡してもらった。

校長室に入るとダンブーの他にセブがいた。フォークスの美しい声に迎えられた私たちがセブの横に並ぶと、部屋の中をグルグルと歩き回っていたダンブーが低く呻いた。

「君たちの意見を聞きたい」

私たちはハリーがスラグホーン教授からもらった記憶を憂いの篩で見た。その中にあったのはヴォルデモートが学生トム・リドルだった頃の記憶でスラグホーン教授に質問をしていた。

―――魂は1回しか分断できないのでしょうか?

そう聞いたトムは例えば、7という1番強い魔法数字の回数魂を分断できないか問うていた。

剥き出しの幸福感に溢れる非人間的な顔を見ながら私たちは記憶から戻ってくる。

「どう思うかのう?」

「7回……魂が壊れ、死んでいてもおかしくない数字だと思いますが……」

レギュが深く考えた声で言った。

「闇の帝王は自分ならやり遂げられると思い、行ったと思います」

「儂もそう思う、セブルス。7つには分断したじゃろう」

『私は8つと考えます。ハリー・ポッターを含めて8つに魂は分断されたと考えます』

「あの人間離れした姿は魂をいくつも分断した証拠じゃろう。そして、この7のいう数字……いや、儂もユキと同様に考える。この数字が最大数だと思う」

「そうなると、壊さなければならない分霊箱はいくつになるでしょうか?」

レギュが今まで見つけ出した分霊箱を上げていく。
金色のスリザリンのロケット、マールヴォロの指輪、トム・リドルの日記、意図せず分霊箱となったハリー・ポッター。

「ナギニもそうであろう」

『今見つかっているものでヴォルデモートが意図せず作ったハリーを除けば4つ見つかっているのね。だから、残り3つを探さなければならない』

「いいや。2つじゃ。魂の1つはどんなに損傷されていようとも、体に宿っていなければならない。長年の逃亡中、幽霊のような存在で生きていた部分じゃ」

「最後に攻撃しなければならないのはヴォルデモート自身ですね。奴に気づかれないように僕たちは残り2つを見つけ出して破壊しなければならない」

『スリザリンのロケットにハッフルパフのカップの記憶もあった。だから、レイブンクローかグリフィンドールゆかりの物が分霊箱となっている可能性が高いと前に話したわね』

「その線で動いています」

「レギュラス、危険な任務じゃが続けてくれ。儂もヴォルデモートと接触のあった人物たちを調べておる」

私たちは解散となったが、私は校長室に残った。
ダンブーはすっかり老け込んだ顔をしていていた。気を送ると温かく微笑み私の手をトントンと叩いた。それが何故だか泣きそうになった。

『全てが終わったら恋愛小説の続きを書いてくれるでしょう?』

「そうじゃな」

『読者はみんなハッピーエンドを望んでいるとトレローニー教授が言っていました』

「もちろん最後はハッピーエンドじゃよ。ピンク色の風船と鳩が空に飛んで王様は姫君を娶って妃にする」

『姫の父親は結婚式に参列しますよね?』

「敵国にスパイとして娘を送り込んだ父親を姫は許さんじゃろう」

私は何も言えなかった。お話の中の話なのにとても悲しく感じられ、私は自分の例え話が失敗したことで自分自身にガッカリした。

目の前の老人が知らない人のように思えた。冗談を言って、みんなが吹き出すような面白い魔法を披露する彼はどこに行ったのか。もう戻ってこないのだろうか?

海辺に作られた砂の山が崩れるように命が消え去っていくのを肌が感じ取り、ゾクッとした。

『私の幸せな未来にはあなたがいます』

「きっと賑やかな未来じゃろう」

『えぇ。未来を掴み取ります。あなたの未来も私が掴み取ります』

ユキ

皺皺の手が私の二の腕を摩った。

「優しい子じゃのう」





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