第7章 果敢な牡鹿と支える牝鹿
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25.裏切りのマルフォイ家
ドラコはあからさまに私を避けるようになり、掴まえたと思っても憎々し気に睨まれるだけで声すら発してくれない。
追い詰められた彼が待っているのはフクロウ。毎日毎日マルフォイ家の梟がやってこないか青い顔をして大広間に入ってくるフクロウの群れを見つめている。
彼の心配事が的中してしまったのが昨夜だった。
ドラコはその夜セブと一緒にホグワーツを出て行った。
正門の柱にある羽の付いたイノシシ像の上で彼らの帰りを待っていた私の前に姿現しで現れたドラコとセブ。
「戻る、父上に会いに行くッ。離せ!」
「君の両親は君がホグワーツに残ることをお望みだ」
いつも整えられていたプラチナブランドの髪を振り乱し、セブに腕を掴まれたドラコは引きずられるようにして正門を通って丘を下って城へと歩いて行った。
尋常ではない様子に嫌な予感を覚えながら私室に戻り部屋の中を行ったり来たりしていた私の元へセブが来てくれる。
『ルシウス先輩に何かあったのね?』
「そうだ」
『いったい何が』
「座るといい。長い話になる」
セブは疲れた顔をしながら紅茶を淹れてくれた。
眉間に皺をくっきりと刻んでいたセブは話し出す。
「今週末の話だ。会合が始まり、直ぐに卿はドラコに計画は順調に進んでいるかお聞きになった。しかし……ドラコは震えて何も言うことが出来ずルシウス先輩が計画の失敗を話した」
『ヴォルデモートはドラコの計画について知っていた?』
「正直なところあまり期待をしていたようには見えない。ドラコに重大な任務を任せたというよりも神秘部の戦いでのルシウス先輩の失態を償わせるという意味で任務を与えた」
『そうなのね……続けて。ルシウス先輩は無事?生きているわよね?』
「闇の帝王は酷い罰を息子と妻の前でお与えになった。結果、会合が終わってすぐに聖マンゴに運ばれた。生きてはいる、動けるようにもなるだろう。しかし……」
『回復を祈るわ』
「ナルシッサ先輩もドラコもお咎めはなかった。しかし、卿はマルフォイ邸を死喰い人の本拠地にすると仰せられた」
『あら。それは好都合。あの屋敷についてはよく知っているし、ホグワーツにはドビーもいるわ。上手くいけば侵入できるかもしれない』
「ドラコは今後ベラトリックス・レストレンジの指示に従って動くことになった」
『我が弟子はもう私に心を開くことはないかしら……増々孤独を抱え込みプレッシャーに耐えることになる』
「しかし、ベラトリックスという上司を得たのだ。責任は軽くなったとも言える」
『どうかしら。ベラトリックスは平気で人殺しを命令しそうだわ。私は魂を分裂させる行為をドラコにさせたくない』
「ベラトリックスは我輩をダンブルドアから送られたスパイではないかと疑っている。新しい計画の情報を得るのは難しいであろう」
『ドラコから情報を得る……のは難しいかしら……』
1度ナルシッサ先輩かルシウス先輩に会いに行った方がいいだろうか?ドラコのことを心配していると思う。
私は前に座っているセブを見た。もしナルシッサ先輩が私の事を頼りにならないと思ったら、ナルシッサ先輩はドラコを守る任務をセブに頼むような気がする。それは避けたい。セブにこれ以上の心労をかけたくなかったし、事態を複雑にさせたくなかった。
『聖マンゴに行ってくるわ』
「今からか?」
『夜の方が人目につかないし、忍び込みやすい』
「……分かった。周囲に気をつけろ」
『うん。今日は自室に帰って寝て』
「実験をして待っている。安心して寝られないからな」
『ありがとう。それじゃあ、なるべく早く帰ってくる』
外に出たとたんに凍り付くような風にさらされて体が一気に冷えた。
自室から渡り廊下へと下りる階段を下り、廊下の向こうの暗闇に目を凝らす。
『……』
ダメ元だ。
私は正門のある丘の方向ではなく本館へと向かっていった。玄関ロビーに入って地下へと続く階段を下りて行けばそこはスリザリン寮。
『純血』
セキュリティゼロのスリザリン寮入り口を通って向かうのは監督生の部屋。私は強めにドラコの部屋の扉を叩いた。
『ドラコ。私よ』
ドンドンドン
『出てきて』
ドンドンドン
『私とお出かけしない?今から病院へ行くわ』
シンとした監督生の部屋が並ぶ廊下に響くのは私の声だけで、スリザリン寮の監督生の中に死喰い人の子供はいなかったが、これ以上大きな声でルシウス先輩のところへ行くと大声を出せなかった。
ドラコは私が憎いだろう。
私のせいでマルフォイ家の地位が復活するチャンスを潰されたどころか父親は重傷を負い、自宅は取り上げられた。自分は残酷な伯母の下で任務を続けなければならない。
諦めよう。
廊下を歩きだした時だった。小さなキイィという音が聞こえて振り返ると幽霊のような顔をしたドラコが扉から顔を覗かせた。
『ドラコ』
嬉しさを抑えて名前を呼ぶと酷く泣き腫れた目をしたドラコが廊下に出てきてくれた。
『私は今からお見舞いに行くわ。一緒に行く?』
無言で歩き出しドラコは私の横を通り過ぎる。
私は彼の後ろをついていく。
風の中に
『掴まって』
バシンッ
聖マンゴ病院への侵入は救急外来から入る。慣れたものだし、ドラコも私が鍛えただけあって気配の消し方に慣れていて容易く侵入することが出来た。
ドラコと手分けして重傷病患者の部屋を確認していけば程なくしてルシウス先輩の部屋が見つかった。
そっと扉を開けて中の様子を窺うと、ランプの光に照らされてナルシッサ先輩がベッド脇の椅子に座り泣いているのが見える。
『ナルシッサ先輩の他には誰もいないわ。お先にどうぞ』
そう促すとドラコは礼儀正しく扉を3回ノックした。
「ど、どなた?」
掠れたナルシッサ先輩の声と同時にドラコが扉を開ける。
「ドラコ!」
「母上っ」
顔をクシャクシャにして泣いているドラコはナルシッサ先輩の胸に吸い込まれていった。部屋の中へと入って後ろ手に扉を閉めた私は意外な様子に目を瞬いた。
ナルシッサ先輩はぐっと目を瞑って涙を消し去り、ヒールをカツンと鳴らして足を踏ん張った。その顔には悲壮さはなく、強さがみなぎっていた。
気品高く、どこか浮世離れした雰囲気をしているナルシッサ先輩の今まで見たことのなかった顔の意味が分からずに首を傾げていると、顔を上げたナルシッサ先輩と視線が合った。
ふと思った。ナルシッサ先輩は私をどう思っているのだろうか?夫が痛めつけられる原因を作ったのは紛れもなく私。憎くないはずはない。
ドラコを守る役割をセブに変えられたくないという邪な思いで来たのは余りにも身勝手だった。私には重傷のルシウス先輩を見舞う気持ちが寸分もなかったことに気が付き、自分の薄情さに幻滅した。なんて心無い人間だろう。
「ユキ」
自分に幻滅しているとナルシッサ先輩に名前を呼ばれた。
『ナルシッサ先輩……?』
ナルシッサ先輩は意外なことに私に微笑を向けてくれていた。怒りをぶつけられると思っていたものだから面食らってしまう。
「良く来てくれたわ」
コツコツとヒールを鳴らして目の前までやってきたナルシッサ先輩は私の手を取ってギュッと握りしめる。ドラコもその様子に戸惑いの目を向けていた。促され、私たちはベッド脇にあるソファーへと座った。
マルフォイ家は流石でこの部屋は特別室。部屋は広く、テーブルを挟んで対面に2人掛けのソファーが置いてある。魔法の窓には暗い夜空にキラキラと星が輝いていた。
「起こったことは全てセブルスから聞いているわよね?」
『はい……私のせいで……』
「ユキのせいではないわ。ドラコに重責を負わせて苦しめてきたのも、ルシウスが傷つけられたのも、マルフォイ邸が取り上げられたのも全ては我が君……闇の帝王がしたこと」
「母上!」
「全て事実だわ。そうではなくって?」
「危険な発言です」
「そうね……でも、危険は今でも直ぐ隣にあるのよ」
決意に満ちた瞳でナルシッサ先輩はベッドへと向かった。
背中を真っ直ぐに、大股にならず、かといって小さ過ぎる歩幅はいけない。口元に微笑を浮かべ、自分に自信を持ち、胸を張りなさい。
完璧な淑女は何かを決意しているようだった。
愛しい夫の頬に手を添える姿は1枚の絵画のように美しい。
見惚れる私はナルシッサ先輩の声で我に返る。
「ルシウスを治せる?」
『やってみます』
聖マンゴの癒者はいつも良い治療をしてくれている。足りない気血を補えばルシウス先輩は小さく呻いて目を開けた。
「父上!」
「気が付いて良かったわ」
「ここは……」
「聖マンゴ病院よ。ユキが治してくれたの」
『治すだなんて。少し気力を補っただけです。意識は取り戻せても呪いで出来た傷は治せていません』
「ユキ……来ていたか」
『こうなったのは私のせいです』
「ユキは自分の仕事を全うしただけだ。くっ」
『ダメです。まだ体を起こすのは早いです』
「いや、起こしてくれ。ナルシッサ、頼む」
ドラコがヘッドボードに枕を立てかけ、2人に支えられてルシウス先輩は上体を起こした。改めて見てルシウス先輩が酷い仕置きを受けたことが分かる。左目は開いておらず、治療は可能だろうか?治療できなかった傷跡が痛々しい。
「ユキ、少し席を外していてくれるかな?家族で話し合いたい」
『分かりました』
廊下に出て待っているとどこからか騒がしい声が聞こえてくる。一気に警戒する私だが、その声が聞き覚えのある声だと気づき、顔を引き攣らせた。
ロックハート!
そういえばここに入院しているのだったと思い出しながら天井に張り付くと廊下の角から久しぶりのロックハートが姿を現した。
「みなさん、みなさん、拍手をありがとう。マダム、サインですね。喜んで。おおっと、ご婦人が方、危ないので押し合ってはいけませんよ。私が皆さんの見える位置に行きましょう。今から始まるのは私がイエティと戦った時の話です―――
最悪なことにロックハートは私の真下で立ち止まって英雄譚を語りだした。
マルフォイ家の邪魔になる前にどうにかしなければならない。
『ロックハート』
「ん?」
ロックハートの前に着地すると目を丸くして見つめられ、そしてニコッと笑った。
「スミレちゃん!」
入院して何年もたっているのに変わらないハンサムで完璧な笑顔はゆっくりと崩れていく。
「スミレちゃん……?」
『ロックハート?』
「スミレちゃん」
『はい?』
「君は……」
ロックハートは周囲を見渡した。
「スミレちゃんだ」
『はい』
「私は……長いこと入院していた」
『そうですね……んん!?』
私は目を剥いた。
『えっ!?正気を取り戻されましたか!?』
ガバッと目の前が暗くなる。
「あああ!これが愛の力というものだ!」
『放して下さい。違います。そして速やかにここから立ち去って下さい』
「照れてしまって相変わらずだね」
夜なのにキラリと白い歯が光った。
あまり騒いだら中のマルフォイ一家が心配するだろう。私は影分身を出した。
『影分身に病室まで送らせます。正気が戻ったと癒者に報告して検査してもらうべきですよ』
「やはり私を心配しているのだね。だが、もう大丈夫。おや、このパジャマはセンスがないな。こんなところをファンに見られたら大変だ」
『そうですね。早く病室へ戻りましょう』
影分身にさっさと行けと頭を振って指示すると、影分身とロックハートは仲良く廊下を歩いて行った。ホッとしていると病室の扉が少し開いてドラコが顔を覗かせる。
「ユキ先生?」
『ロックハートよ』
「ロックハート?あのロックハートですか?へぼ教師だった?」
『正気を失って入院していたことは知っているでしょう?ふらふらとここまでやって来たのだけど……正気を取り戻したわ』
「中の様子を聞かれました?」
『いいえ。自分の事に夢中だった』
「入って下さい。父上が話したいと言っています」
病室の中に入った私はルシウス先輩の横に置いてあった椅子に促されて腰かけた。
「3人で話し合って決めた」
真っ直ぐに私を見つめる灰色の瞳。
ルシウス先輩が言ったのは「マルフォイ家はユキにつく」という衝撃の一言。
私は言葉が容易に理解できず、唖然としてルシウス先輩を見、続いてナルシッサ先輩とドラコを見た。
『それはヴォルデモートを裏切りダンブルドアの側につくということですか?』
「いいえ。私たちはユキにつくと言ったのよ」
『意味が分かりません、ナルシッサ先輩』
「我々はダンブルドアを信用できない。校長も同じくだと思う。我々が手を携えたいと思っているのは君だ、ユキ。今までのように私と不死鳥の騎士団を繋ぐパイプとなり、何かあれば助けて欲しい」
『……私はルシウス先輩からもらった手紙の内容を無断でダンブルドアに話したことがあります』
「分霊箱の件だろう?構わない。君が情報を慎重に扱うのは知っているからね。マルフォイ家は不死鳥の騎士団で功績を作りつつ、卿からの逃げ道を探す」
『一家で危険な夜逃げをすると?』
「機会はギリギリまで見定めなければならない。今、闇の帝王は力を増幅させ、かつての勢いをも凌ぐほどだ。そんな時に逃げ出せば卿は草の根をかき分けてでも我々を見つけだし、見せしめに甚振って殺すだろう。そうはなりたくない」
「ユキ、私たちを助けてくれるでしょう?」
『それは勿論です。お2人には学生時代に可愛がってもらいましたし、ドラコは大事な弟子です。だから力になりたい。安全な隠れ家を用意しておきます』
「助かるわ」
『不死鳥の騎士団には何も伝えないのですか?』
「ダンブルドアを含め、ユキが信用できる者には伝えてくれていい。奴らは信じないだろうが、闇の帝王が負けた時の逃げ道となるだろう」
『分かりました。裏切りどころを間違えないで下さいね』
「あぁ」
「気を付けるわ」
ナルシッサ先輩は頷きながらドラコの肩を抱いて私を見た。
「引き続きドラコを宜しくお願いします」
『任せて下さい。ドラコは納得している?』
「僕もこの状況から抜け出したい」
『暫くは辛い状況が続くでしょう。ベラトリックスの命令にも従わなければいけない。でも、前にも言ったわ。あなたのやったことは全て私が責任を負う』
「ありがとうございます、師匠」
『もう帰らなければ。長居は良くない』
私とドラコは聖マンゴからホグワーツへと帰って行った。
ドラコの顔は状況は少しも変わっていないなれど晴れ晴れとしていて久しぶりに私は彼のことでホッとした。マルフォイ家が味方に付いてくれたことで事態が好転することを祈る。セブの他にレギュラス、ルシウス先輩も2重スパイをしていると思うと心が軽くなる。
しかし、部屋で待っていてくれたセブに話すと渋い顔。予想はしていたけど……。
「ルシウス・マルフォイを信用しているのか?日和見主義な男だ。裏切られて痛い目を見るのが目に見えますな」
『私は信じるわ』
「我輩が本で読んだ忍は感情を抜きにして人を観察できる目を持っていたはずだが」
『だって信じたい』
「はあぁ」
『こちら側についたと言っても大きく今までと変わることはないわ。私の仕事は脱出ルートを確保することとドラコの面倒をみることくらいよ』
「それで済めば良いが」
『何を怖れているの?』
「嫌な予感がする」
『具体的には?』
「只の勘だ」
『どうにも出来ないわね』
私はカモミールティーを飲んで立ち上がった。
『研究の続きをする?それとも寝る?』
「朝まで寝よう」
時刻3時。
私たちはお互いを抱き枕にしてぐーぐーと眠ったのだった。
***
ハリーは気分が良かった。
ドラコの企みをユキが挫いたとシリウスから聞いたからだ。しかし、油断をしてはいけない。追い詰められたドラコが何をしてくるかと考えており、警戒を緩めるつもりはない。
ホグワーツにはバレンタインデーがやってきていた。
クリスマスやハロウィンほどの盛り上がりはないとはいえ、生徒たちは騒げる機会を見逃しはしないとバレンタインデーを楽しもうとしていた。
バレンタインデーといえばこの人、ギルデロイ・ロックハートの復活。
数年ぶりに姿を現したロックハートは生徒を見捨てて、加えて、ジニーを見殺しにした上に生徒に忘却呪文をかけようとした黒い噂を持ちながらも華々しく表舞台に戻ってきた。
彼の根強いファンたちは熱烈なファンレターと愛を詰め込んだプレゼントをバレンタインデーのために贈っていて、新聞にはプレゼントの山に囲まれてキラキラの笑顔を浮かべるロックハートの写真と記事が載っていた。
「この時期にこんなくだらん記事を載せるとは日刊預言者新聞も落ちたものですな」
ユキに新聞を見せられたセブルスは鼻を不機嫌そうに鳴らして朝食に戻った。
本日バレンタインデー。セブルスは少しソワソワしていた。実はリリーから守りの護符の作り方を習ってユキの護符を完成させたのだ。クリスマスに間に合わず、今日に至る。
相手を強く想えば想うほど守りが強くなる護符をユキに渡すのは緊張する。彼女は護符の出来に満足するだろうか?想いは込めて作ったが、自分の能力不足で不出来な物を渡して幻滅させたらと思うと心配でならない。
『ん?どうしたの?糖蜜パイ食べたい?』
「いらん。ユキ、今夜の予定は?」
『ないわ』
「では、部屋に行く」
『うんっ』
バレンタインの夜は思い切りロマンティックに過ごそう。
ユキは前々から準備していたワイン、蝋燭、装飾の魔法をかけるのを楽しみにしながら朝食を続けたのだった。
久しぶりに血色の良いドラコは彼らしさを取り戻していてハリーに突っかかっていた。
「ポッター、死んでた両親は元気かい?お前のパパは随分とお前を溺愛しているようじゃないか。まだバブバブ言ってる1歳のように扱われているのか?まさかまだママのおっぱいをおしゃぶりしているわけじゃないよな?」
闇の魔術に対する防衛術の授業前、ドラコの言葉に周りのスリザリン生はゲラゲラと笑った。真っ赤になったハリーが杖を抜くよりも早く動いたのは栞でドラコに向かって飛んでいく。
「ふんっ。そう何度もやられるか!」
飛び蹴りをかわされた栞は身軽な身のこなしで着地をして体勢を整えた。
「最近は随分余裕そうな顔しているけど、この前まであんただってバブバブ言いながらユキ先生に泣きついていたんじゃないの?そろそろユキ先生のことママって呼んだら?」
「ねえ、栞。今のだとマルフォイの言葉を肯定して僕がバブバブ言ってたことになってる」
それにドラコがユキをママと呼んだらドラコは栞の兄弟になるのでは?とセブルスは高みの見物をしながら思っていた。
「ユキ先生は師匠だ。とても優秀な忍で強さで言ったらダンブルドアを凌ぐかもしれない。君の師匠とは格が違う」
「なんですって!魔法の腕と合わせたらホグワーツいち強いのはシリウス先生よっ」
「何年もアズカバンに入って体を鈍らせていた男なんかユキ先生の足元にも及ばないさ。なんなら弟子同士で試してみるか?」
「上等じゃない。決闘よ!」
わっとギャラリーが盛り上がった。
授業のベルが鳴ったが知った事ではない。ドラコと栞を中心に輪が出来上がる。
セブルスは傍観することに決めた。
この決闘に興味があったからだ。娘が負ける姿は見たくないが、シリウスの弟子が勝つ姿を見るのも癪に障る。自分の感情がどう着地するのか興味があった。
「ハリー、カウントして」
「3―――2―――1―――」
お互い杖を振らないと決めたようでいきなりの殴り合いになった。瞬間、セブルスは傍観を決めたことを後悔することになる。教室で忍術を使うのは無理があった。容赦なく火を噴きだす栞と雷を落とすドラコに教室は大混乱に陥った。
「っやめんか!!」
感情の着地点とか詩的な想いに浸っている場合ではなかった。
セブルスは教室より高い位置にある研究室の入り口の階段の踊り場に立って杖を振る。
結局、決闘と言う名の喧嘩を止めさせて教室を静かにさせるまでに授業の3分の1を使い、セブルスは授業のスタートを重い溜息を吐くことから始めたのだった。
「亡者とゴーストの違いについて羊皮紙30センチ。マルフォイとプリンスは残りたまえ」
ドラコと栞は減点と罰則を言い渡されたのだが、セブルスは問題児の栞だけを教室に止めた。
「どうして私だけ残されたんですか!?」
ドラコは帰らされたのに何故私だけ残されたのだと栞はプリプリ怒っている。セブルスは喧嘩っ早い娘を見て本日何度目かの溜息を吐き出した。
「この喧嘩を初めから見ていたが、きっかけは君であった。手を出すのはいつも君で、我輩は喧嘩に関して罰則を言い渡す度にいつも注意をしているがご理解頂けないらしい。これは罰則をより厳しいものにしろと言っているのかね?」
「確かに手を出したのは私ですが」
「自覚があってなにより」
「きっかけを作っているのはいつもマルフォイです」
「口に対して暴力で対応するとは野蛮だとは思わないかね?」
「思いません」
きっぱりと言う栞を前にセブルスはこれは完全にユキに似たのだと思った。シリウス、ジェームズと顔を合わせると直ぐに杖を抜きたがる自分の事は完全に棚に上げてである。
「今日の夕食後7時にここに来なさい」
「ええっ。今夜はバレンタインデーですよ!?私だって予定があるのに!」
「誰とだ?」
「嘘です。言ってみただけです」
セブルスはホッとした。
「僕と付き合ってくれませんか?」
「っ喜んで!」
愛の告白を遠目に見ながらセブとシリウスと一緒に大広間へと向かっていると、隣で舌打ちが聞こえた。
「人目がある場所で」
『セブ、ガラが悪いわよ』
「根暗なお前はどこなら相応しいと思うんだ?あぁ、陰気な自室か。素敵だな」
「獣臭いお前の部屋よりはマシだ」
『私を挟んで喧嘩しないでちょうだい』
クリスマス同様に生徒たちの間では守りの護符を贈るのが流行っていた。ユキはホグワーツの教師と屋敷しもべ妖精への守りの護符を作り終えており、今はせっせと生徒の為に守りの護符を作っている。
『熟成させているフェリックス・フェリシス改良薬が出来上がってきている。不死鳥の騎士団のみんなにも配れるわ。生徒用にもあるけれど……』
「学生の俺がフェリックス・フェリシスを手に入れたら速攻で使うだろうな」
「苦労して調合した幸運薬をお前のように無駄使いされては堪らない」
『でも、戦いは急に始まるかもしれない。配っておいた方がいいのでは?』
「反対だ。数が足りなさ過ぎる」
セブが首を横に振った。
「幸運薬は調合を間違えれば悲惨な結果を招く劇薬となる。守りの護符のように生徒が作ることは出来ない。全員に渡せないならば配るべきではないだろう」
「取り敢えず、ハリーたち4人に渡しておくので
『それに先生方なら無闇に飲んだりしないでしょう。お渡ししてもいいと思う』
ハリーたちと先生方に幸運薬を渡し、残りの魔法薬は忍術学教室の研究室に保管すると纏まったところで久しぶりのダンブーが前から歩いてきた。
『ダンブー、プレゼントです』
「娘からの愛のプレゼントとは嬉しいのう。おお!これは!」
『セブ、C.C.、私で改良した幸運薬です』
「これを見ていると人生最良の日を思い出す」
『どんな日でしたか?』
「友人と街に繰り出して笑い合った」
ダンブーは遠くを見つめながら目をキラキラさせて過去に想いを馳せている。
『……私の事を娘と言いますけど、私はあなたと魔法の掛け合いをしたり、口汚く罵り合うのが好きなんです……年が離れていますが、友人のようにも感じているんですよ』
「儂もじゃよ。ユキは得難い友じゃ。さあ、バレンタインデーは特別な夕べ。席に着こう。美味しい料理が待っておる」
背中に手を添えられて椅子へと座った私の前にはいつもと違った料理が並んでいる。野菜はハート型に切られ、料理は華やか。屋敷しもべ妖精が腕によりをかけて作ってくれた料理は美味しそう。
テーブルにはキューピッドの置物が置いてあり、キューピッドの持つラッパからはピンク色のハートとカラフルなリボンが飛び出している。
「ハッピー バレンタイン!愛の日に大切な人の事を想おう。愛の力はどんな力よりも
「「「「「ハッピー バレンタイン!!!」」」」」
ダンブーの声に生徒たちが唱和してバレンタインの祝宴が始まった。豪華な食事に舌鼓。久しぶりに職員テーブルの後ろでダンブーと魔法の掛け合いをして笑い合う。
ドラコはスリザリンテーブルで楽しそうにしていた。パンジーに世話を焼いてもらって、皆の話の輪の中心にいる。
レイブンクローテーブルではゲームをしているらしく盛り上がっていて、ハッフルパフテーブルでは誰かが誰かに告白して成功したらしい、拍手が沸き起こっていた。グリフィンドールのテーブルでは誰かが悪戯グッズを爆発させて大混乱。
まるで平和が戻ってきたようで私は目を細めて微笑んだのだった。
宴会は終わり、生徒たちは寮へと戻って行く。部屋に戻って寝る支度を整えているとセブが部屋にやってきてくれた。
『いらっしゃい。あら?どうしたの、眉間に皺が寄っているわ』
「栞・プリンスの罰則をしていたのだ」
『バレンタインの夜に可哀想じゃない。怒っていたでしょう』
「マグル式で授業で使っている一本足の鎧人形の掃除を命じたのだが、途中でフィルチが教室に入ってきてな」
『フィルチさんが?』
「罰則のダブルブッキングだ」
『あらら』
「あの娘の行く末を考えると頭が痛くなる」
『セブは良い教師ね。でも、大丈夫。栞ちゃんは忍術が得意。ホグワーツ忍術学のアシスタント職が得られなくても外部で教える事ができるわ。伝手ならある』
「ユキが面倒を見てくれるのなら安心だ」
『飲み物はワインでいいかしら?』
「あぁ。だが……先に渡すものがある」
『なあに?』
セブがローブのポケットから出したものに私は目を瞬いた。人型に文字が書かれた紙は守りの護符に見える。
『私に?えっと……セブから?セブが作った?』
「そうだ」
信じられず上手く言葉が出てこない。
本当にセブが私の為に作ったのだろうか?
『これを作るのは難しいわ』
「確かに難しかった」
『誰に教わったの?リリー?』
「あぁ」
『触れてもいい?』
「君のものだ」
セブはフッと笑って、差し出す私の両掌に守りの護符を乗せた。瞬間、ジンとした熱が掌から体全体へと駆け巡った。想いの大きさを感じ、温かい愛が体を包み込んで涙が滲んでくる。
『こんなに思って、ぐす、もらえて幸せよ』
「うまく出来ているか?」
おずおずと聞くセブにニコリと微笑む。
『えぇ。完璧』
セブはホッとした顔を見せて私を大きな腕で包み込んだ。
「出来れば使わないことを祈る」
『うん。お守りとして肌身離さず持っておく』
セブの首に腕を回して温かいキスをする。幸せに浸っていると頭を撫でられながらやんわりと体を離された。
「始めよう」
『そうね。あまり遅くはなれない』
ワインを飲んで、お喋り。だが、飲み潰れることは出来ない。私達にはやることが沢山ある。ほどほどにして切り上げるべき、よね……。
キラキラと光る部屋の装飾はピンクとシルバーに統一してある。私にしては悪くないセンスだとセブに褒めてもらえた。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
「そろそろ実験に移ろう」
セブが立ち上がった。
『そうね……どの実験にする?』
もっと話したかった。イチャイチャしたかった。だけど……ダメ、だよね。こんな考え……。
やる事は沢山ある。フェリックス・フェリシス改良薬の調合、ナギニの毒の解毒薬作り、私の毒への耐性調べ、セブに守りの護符作りを手伝ってもらうのもいいだろう。
気持ちを切り替えてやりましょう。今日もきっと徹夜!
自分に気合を入れていると意地悪な顔が目の前にあった。何かしら?
「今夜は君だけに頑張ってもらおう」
『どういうこと?』
「ロックハートがバレンタインの時に我輩に愛の妙薬の作り方を生徒に見せたらどうかと言っていたのを思い出しましてな」
『ええと。嫌な予感』
「今夜は毒の耐性の実験をする」
『愛の妙薬で?』
「さよう」
『ちょ、ちょっと……突然そんなこと。それに今は平静じゃないから……』
「平静でないとは?」
お酒を飲みながらの甘い時間は楽しかった。
セブへの愛で胸いっぱいで愛の妙薬に速攻で堕ちてしまうと思う。だなんて言えない!
『意地悪ね』
「魔法薬の準備はしている。楽しませてもらおうか」
魔法薬から香るのは薬草の香り。
私の願っていた時間が始まる。
『負ける気はないわ。でも、万が一の時は幻滅しないでね』
あぁ、ぼんやりとした頭で組み伏せられるのはなんと心地の良いことだろう。