第7章 果敢な牡鹿と支える牝鹿
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24.破壊
1年で一番寒いのは2月だと思う。
空を覆う鉛色の雲からは絶え間なく雪が降ってきていて地面は厚い雪で覆われている。
心を凍てつかせるような事件が続いていた。Ms.ハンナ・アボットの母親が死喰い人に襲撃されて亡くなり、モンゴメリー姉妹の弟はフェンリール・グレイバックに噛み殺された。
教師たちは正常なホグワーツの日常を維持しようと必死になっていた。特に各寮監は生徒たちの精神的サポートもあるため忙しい。繊細な心を持ち合わせず、無神経な私は慎重に言葉を選んで生徒に話しかけている。
『ハンナ、治癒術の勉強だけど少しお休みしたら?』
「いいえ。私、頑張りたいんです」
涙を必死に堪えているハンナは治癒術の本をギュッと握りしめ、強い意志で目を光らせた。
勉強に没頭していくハンナを見ていると心身ともに崩れてしまわないかと心配だったが彼女には弱さを見せられる友人がいる。この前はネビルに泣きながら辛さを打ち明けているのを偶然見つけた。
『誰もが支え合っているなか、私の弟子は1人苦しんでいるようだ』
氷のような風が通り抜ける吹きさらしの廊下。冷たい石の椅子に座っていたドラコの横に座るとぼんやりとした灰色の瞳が向けられる。
虚空を見つめていた瞳はゆっくりと焦点を合わせて私を確認した。
ドラコに表情が戻り、力ない笑みが彼の顔に浮かぶ。
「こんにちは、師匠。また僕を心配しに来てくれたんですか?」
『風邪を引くわ』
「病気になっている場合じゃない」
立ち上がったドラコがヨロリとよろめいたので支える。
『私の部屋に来る?』
「考えることがあるので自室に戻ります」
『そう……』
「何か用事でしたか?」
『プレゼントがあるの』
「プレゼント?」
「幸運の液体だ」
ドラコが感嘆として呟いた。
『あなたにあげるわ』
「えっ」
幸運の液体に見惚れていたドラコはハッとして私を見た。戸惑いと期待を顔に浮かべるドラコに小瓶を差し出す。
『戦いに巻き込まれそうになった時、これを飲んで』
小瓶を受け取ったドラコの手は震えていた。寒さのせいではないだろう。手の震えから彼の心が透けて見える。ドラコは胸に小瓶を押し当てて涙を懸命に堪えていた。
「分かっているんですか?」
『あなたは幸運の液体を誤解しているわ。これは幸運をもたらすもので実力以上の成果をあげることは出来ない。私がこの液体をあげるのは自分の身を守るのに使って欲しいからよ』
「分かっています。でも、僕はこれを喉から手が出るほど欲しかった」
『……私は愚か者だわ。それに自惚れている。そして……あなたが可愛くて仕方がない』
「僕はっ……これをっ……」
『身を守るために使いなさい』
自分自身の愚かさや自惚れを棚に上げ、未来をドラコの良心に頼る。なんと愚かな人間だろう。
ドラコの計画が成功すれば誰かが死ぬかもしれないのに、ホグワーツが大変なことになるかもしれないのに。ドラコの計画でホグワーツの戦いが起こり、その戦いでセブやリーマス、ダンブーが死ぬのだろうか?
急いでボージン・アンド・バークスに入り込まなければ。
暗い夜空には薄雲に隠れて満月がぼんやりと透けて見えていた。
その夜、私は影分身をボージン・アンド・バークスに行かせていた。1度潜入に失敗していたため、店の守りは固くなっていた。闇の魔術のかけられた魔法具が扱われているだけあって本体で行くのは危険。
何度か客として店に足を運んで潜入方法を探っていた影分身は玄関の呪いを突破し、更に幾つか呪いを破って地下への階段を下っていた。
「狐火」
小さめの狐火は地下室をユラユラと飛び始める。火の玉の明かりに映し出されたのは干乾びた生首に黒い霧が中で渦巻く水晶玉。全方向から感じられる負のオーラに知らずと眉根が寄ってしまう。
ドラコと関係のあるものはどれだろう?
対になっているものだと思うが……
ペアといえば装飾品だろうか?指輪やネックレスが怪しい。両面鏡のような連絡を取り合うものかもしれない。
罠がないか気をつけながら雑然と並ぶ魔法具の間を歩いていた私の前にふと現れたのは大きなキャビネット。
「見たことがあるわ」
記憶を
去年の出来事だ。スリザリンチームのクィディッチキャプテンであるモンタギューが行方不明になり、暫く後にトイレのパイプに詰まって見つかったことがあった。聞き取りでモンタギューは誰かに無理矢理に姿くらましキャビネットに入れられたと言っていた。
奇妙な事件だったからよく覚えていて私はそのキャビネットを見に行った。
フィルチさんったらあのキャビネットをボージン・アンド・バークスに売った?
あの後、彼が姿くらましキャビネットを片付けたはずだ。
いや、学校の校則に忠実なフィルチさんが備品をちょろまかすはずがない。
ということは、これは学校にあるキャビネットと別物?
杖をキャビネットの取っ手に向けて呪文が掛けられていないことを確認し、扉を開く。キャビネットの中には何も入っていなかった。
「姿くらまし……くらまし……気になるわね」
もしこのキャビネットがホグワーツにあったものと対になっているとしたら……。煙突飛行ネットワークのように人を移動できるとしたら大変なことになる。
「……」
憂いは払うべき、よね?
「うん。壊しましょう!」
私は頷いた。
木っ端みじんに致しましょう!
私は大きく拳を振りかぶる。
「桜花衝」
ドッゴーーーーーン
2度と元通りにならないように壊してやりたかったから音など気にせず思い切り殴り飛ばしたため、部屋中が爆発したような音で響いた。木っ端みじんになったキャビネットは壁にぶつかって、棚にあった魔法具にぶち当たり、ガシャガシャと物が落下する。
ギャーーーーー
体を引き裂かれたような悲鳴がアチコチの魔法具から上がり、部屋がぱっと明るくなった。人の顔の大きさの黄色い目のランプが私を四方から照らす。
ポンっ
影分身の私はボージン・アンド・バークスから消えたのだった。
ポンッ
『おお!』
「どうした?」
影分身の記憶が戻ってきた私は、銀製のナイフで薬材を刻む手を止めて私を見るセブにニッコリと微笑みかける。
『もしかしたらドラコの企みをくじけたかもしれない』
「どういうことだ?」
私はボージン・アンド・バークスであったことを話して聞かせた。だが、セブは喜んでくれない。何故?
「……」
『褒めてくれないの?』
渋い顔をしているセブに首を傾げていると細められた目が鋭く私を見つめる。
「そのキャビネットが全くの無関係だとしたら?君はいよいよ警備を厳しくさせた、もしくはドラコはボージン・アンド・バークスが“例の何か”の保存場所に適していないと場所を変えると思うが」
『ひっ』
「考えなしに拳を振るったと……こんの大馬鹿者が!!!」
『ごごごごごめんなさい!』
取り返しのつかないことをしたかもと、私は得意顔から一瞬にして真っ青になった。
『1度帰ってくればよかった』
「はあ。そのキャビネットが例の何かであることを祈ろう」
『ああああだから命令されない任務って嫌いよ!うぐぐっ!?』
頭を抱えて叫んでいると思い切り両頬を引っ張られて変な声が口から洩れる。
頬を引っ張るという可愛らしいスキンシップのような行動だが、目の前の顔は何故か切羽詰まったように厳しい顔をしていた。
『どうしふぁの?』
「君は……」
『ふぁに?』
「君はいつも自分自身である」
『ふぁい?』
どういうこと?
言葉の意味が分からずに首を傾げていると、頬から離れた両手は私の両肩に乗った。真っ直ぐに覗き込まれる目を見つめ返す。
「ユキ、2度と誰の下にもつきたくないと自分でも言っていたはずだ」
『あ』
「常に自分で考え、自分で答えを導き出す。周りに助言をもらっても最後に判断するのは君だ」
『そうね……』
「ユキには」
セブは優しい手つきで私の頬を撫でる。
「誰にも支配されることなく自由であってほしい」
私は表情を崩し、頬に添えられている大きな手に自分の手を重ねた。
『でも、今日みたいなことになりたくないから助けてね』
「もちろんだ」
私たちは短く口づけを交わした。
『もし姿くらましキャビネットがドラコと関係があるのなら直ぐにボージンからドラコに連絡がくるはず。気を付けてドラコを見ておくわ。それから、明日フィルチさんにモンタギューが押し込まれたキャビネットの行方を聞いてみる』
「何か分かったら報告してくれ」
『了解』
「実験を続けよう」
『そうね』
研究は順調だった。
私たちはナギニに噛まれた時の対策を慎重に練っている。
治療で使用するのは内側から傷を治す魔法薬、外側から傷を閉じる軟膏、増血薬、活力薬。今のところ、ヴァンパイアの毒を塗った歯で噛んでできた傷口を内服薬を飲んで5秒以内で閉じることに成功している。
内服薬を飲んだら直ぐに増血薬を飲み、続いて軟膏、最後に活力薬を飲む。
私が見せられた妲己の記憶ではセブはハリーの目を見つめている時間があった。その時間があるならば魔法薬を服用している時間もあると思いたい。
私は未来を変えていっている。
だから、
「ナギニと似た蛇の毒だがいつ手に入れられそうだ?」
『3月の頭にイングランド南西部にあるドーセットに行ってくる。会うのは魔法動物学者のMr.ニュート・スキャマンダーよ』
「あぁ……学生の時、試験に出た名前だと記憶している」
セブは興味がなさそうだ。私たちは学生の頃から魔法生物にあまり興味がなかった。
『調べたら狼人間登録簿を作成した人だった。なんだかそれって差別的じゃない?』
「グレイバックのような危険な人狼もいる。また、登録簿に登録することで脱狼薬を購入するための金銭的支援を魔法省が人狼に行う未来があるかもしれない」
『脱狼薬!もう少し改良されないかしら?毎月リーマスが大変そうにしているのを見ると胸が痛むわ』
「今夜は満月か」
『そうね』
私はガシャガシャと机の器具をあっちへこっちへ動かし始めた。
「何故満月の夜は別に寝ると言い張るのか」
セブが急に落ち着きが無くなってしまった私を不審気に見ながら言った。
『私の中の問題よ。放っておいて』
「付き合った当初は満月の晩だろうが関係なかったであろう?」
『前と今では状況が変わったのよ』
「というと?」
『言わないわ―――セブ』
私の口から甘い吐息が漏れる。
背後から腰に腕を回されて首元に顔を寄せられてゾクゾクしてしまう。
『房中術とは卑怯よ』
「訳を言うまで続ける」
『お願いだから秘密にさせておいて』
「秘密を纏う女は魅力的だ。だが、多すぎるのは良くない」
『変な目で見られたくないの』
袖が実験の邪魔にならないように今は黒いロングTシャツと黒ズボンを履いていた。セブは両手で鎖骨から手を這わせて胸を揉み、くびれをなぞって手は腰へ。Tシャツの中に入ってきた手は上へと上がってくる。
欲情を誘う手つきと首筋に何度も落とされる艶めいたキス。私はすっかり官能に浸ってセブに身を委ねていた。
「満月の夜の秘密を教えて頂こうか」
『んっ……頭がクラクラする』
セブの右手が移動してジジジとズボンのファスナーを下ろす。手はズボンの中に入ってきて長い指が秘密の膨らみへと届いた。
『あんっ』
焦らすように動かされる指。
『ああっ、セブ』
快楽から逃げるようにもぞもぞと動く私は顔を横に向けてセブを見上げていた。もうやめて欲しい、解放して欲しい、それとも―――
「物欲しそうだな」
『――っ』
ねっとりとした口づけに私の頭は痺れ、思考能力を失った。
『セブ』
ゆるゆると腰を動かして目で強請る。
「先に秘密を言え」
『秘密ってほどでも……ただ……』
「ただ?何かね?」
『っ!』
言うのを躊躇う私の唇が塞がれる。腔内に入ってきた大きな舌は遠慮がなかった。完膚なきまでに私を打ちのめそうとする舌技は私を酔わせ、ショーツの中に入ってきた長い指に悲鳴が漏れてくぐもった声が実験室に響いている。
カタカタと震えながら絶頂へと向かわされる私は痙攣して床に崩れ落ちた。
セブが支えてくれたから足を床に打ち付けなかったが、ハアハア息を荒くする私はそのまま床に押し倒される。
『セブ、私』
天井を見上げて恍惚としていると靴が脱がされる。靴下が脱がされて素足が外気に晒された。
『上がって来て』
覆いかぶさった目の前のセブの頬に右手を寄せる。
恥ずかしくて隠してきた私の秘密――――
『満月になると性欲が強くなるのよ。苦しくて、苦しくて……。いつも半獣の姿で苦しんでいる』
あぁ、やっぱり恥ずかしい。
セブは私をはしたない女だと思ったろうかと思ったが、目をパチパチさせた後、大層色っぽい顔で口の端を上げた。
「満月の夜は1人で楽しんでいたというわけか」
『や、や、や、やってない!』
「嘘はつかなくていい」
『う、あ、う……』
「どうなのだ?」
チュッ
『す、少し』
唇へのキスは真実薬よりも効果がある。
真っ赤になる私の目は恥ずかしさで涙が溜まってきていたのだが、私ったら変態だ、セブに甚振られているこの感じが堪らない。
「少しとは?どのようなことをしていたのかね?」
右胸を揉む悩まし気な手の動き。セブの下半身はゆるゆると動いて自分の秘部を私の秘部に押し当てている。
『下手なの……私……自分でうまく出来ない……』
「それはさぞかし辛い夜を過ごしてきたであろう」
『でも、これからの満月は一緒に過ごしてくれるでしょう?』
恥ずかしい気持ちを抑えてセブの首に腕を回して問えば意地の悪い微笑が返ってくる。
「君が良い生徒であることを望む」
『はい?』
どういうこと?
「ベッドへ行くぞ」
『え?良い生徒?』
立ち上がったセブが差し出す手を取る。
ポカンとする私をセブは小さく笑ったのだった。
***
不死鳥の騎士団の会議では毎回頭を痛める出来事が報告されていた。
リーマスが地下に隠れて生活している人狼たちはヴォルデモート側につく可能性が高いが頑張って説得を続けていると報告し、キングズリーさんは魔法省がマグル生まれの魔法使いを登録する動きが強まってきていると報告した。
「闇の帝王はイギリス中の病院を制圧するつもりだ」
セブの報告によると、ヴォルデモートは相談役であるルシウス先輩やセブ、ベラトリックスらに病院を自分の支配下に置くことで魔法界をコントロールしやすくすると話した。
『これは大問題よ。病気や怪我をした魔法使い、家族たちはヴォルデモートに従わざるを得ない』
「聖マンゴを襲うという話は出ているのか?」
マッド‐アイの言葉にセブが首を振る。
「まだそこまでの話は出ていないがいずれはそうなるであろう。既に個人病院は襲撃されている」
「癒者たちは国外に逃亡しています」
セブに続けてトンクスが言う。
「聖マンゴの守りを固めるべきだろう。あそこを落とされたら痛いぞ」
「シリウスの言う通りだ。魔法省は動いているのかい、キングズリー」
「ジェームズ、動いてはいる。スクリムジョールも各地の病院襲撃に危機感を覚え、闇払い局に聖マンゴが襲撃される可能性を考えて対策を取るように命じた」
『でも、魔法省も不死鳥の騎士団も戦力を割いている余裕がないのでは?』
「ダンブルドアが外国の魔法使いたちに声をかけている。援軍に期待したい」
『援軍?好き好んで外国から戦いにやって来る者がいるのかしら?』
キングズリーさんの言葉に首を傾げる。
「ヴォルデモートに危機感を覚えている海外の魔法使いは多いのよ。グリンデルバルドの魔法界改革がヴォルデモートによってなされるのではないかと恐れている」とリリーが言う。
『グリンデルバルド……ダンブーが甦りの石を見ながら呟いていた名前だわ。有名な人?』
「ゲラート・グリンデルバルドを知らないのか?奴は魔法使いがマグルを支配する階級社会を目指した人物だ。俺たちが黄泉の国から帰ってきた直ぐくらいに監獄となっているヌルメンガード城で殺害されているのが見つかった」
「グリンデルバルドを殺害したのは闇の帝王だ」
シリウスが私の疑問に答えてくれて、その後にセブが補足する。
「闇の帝王は最強の杖であるニワトコの杖をお探しだ」
『それってダンブーが言っていた死の秘宝の1つでしょう?』
「そうだ。グリンデルバルドが以前ニワトコの杖を所有していたと分かっている。だが、奴は行方を吐かなかったそうだ」
『ダンブーはヴォルデモートが死の秘宝の全てには興味がないと言っていた』
私の言葉を聞いてジェームズが頷いた。
「透明マントはポッター家に受け継がれてきた魔法具で今はハリーが持っている。だが、ヴォルデモートは何かから隠れることを欲しないだろうからこれは大丈夫だろう。甦りの石はどうだろう?」
「甦りの石は今ダンブルドア校長先生がお持ちなのよね?」
『えぇ、リリー。ホグワーツで厳重に保管されているから安全だと思う』
「校長先生はニワトコの杖の行方をご存じかしら?」
『ダンブーのことだから調べているはず。今度会った時に聞いてみる』
会議はお開きになった。
瞬間、何かから逃げるようにキングズリーさんとマッド‐アイはもの凄い速さで魔法省へと消えて行った。一方の残された私たちは会議と同じくらい張り詰めた空気の中で座っている。
1人ルンルンとしているリリーが持っている鍋から上がっている湯気の色は何故緑色に見えるのだろうか。
今から行われるのはリリー主催の“新しい味を開拓する夕べ”。もとい、リリー・ポッターによる楽しい人体実験パーティーである。
リリーの実験料理は恐ろしい。食べてお腹を壊すということはないのだが、兎に角不味い。しかも本人自覚済みなのが悪質だと思う。では何故断れなかったと言うと……
―――もし誰も食べてくれないのなら全部自分で食べるしかないわ
とか言いながらお腹を摩ったのだよこの人は!!
何度でも言う。悪質だと思う!!
『緑色の湯気が上がっていたのに鍋の中身は紫色をしているわ。この……吐瀉物?』
「ベジタブルシチューよ!」
リリーの顔がパッと赤くなった。
「味見し続けていたら味が分からなくなってしまって……皆に試食をお願いしたいの。正直な感想を教えてね。さあ、召し上がれ!」
スプーンにシチューを
「うぐっ」
見る見る歪んでいくシリウスの顔。
恨みのこもった目で私を見ながら必死に吐き出すまいと堪えているシリウスは目をギュッと瞑って口内のシチューを飲み込んだ。
『感想は?』
「ぜ、絶妙なまずさだ……だが」
『だが?』
「一周回って美味しいのでは?と思ってしまう自分がいる」
『リリーマジックよね』
リリーの料理は時々奇跡が起きる。今まで口にしたことがない最高に美味しい料理を出してくれる時があるのだ。それこそどこの一流レストランでも負けはしない。絶妙な焼き加減に絶妙な香辛料の使い方。リリーの最高の料理は一歩間違えば激マズ料理になる危うさを持っている。
不味い不味いと言いつつも、あの体が蕩けるような美味しさを味わいたくて私たちはリリーの試食会に参加しているところがあり、出された料理は絶対完食という厳しいルールも守っているのだ。
『そういえば、ハリーは子供の名前を決めたの?』
雑談の中でふと思い出す。今リリーのお腹にいる新しいポッター家の子供の名前はハリーが決めることになっている。
「それがね、そのことでジェームズが拗ねているの」
『どういうこと?』
「ハリーが考えてくれたのは男の子ならトミー、女の子ならマリー。素敵な名前でしょ?」
『えぇ。拗ねる要素がないと思うけど?』
不思議に思って首を傾げると、鍋からシチューをおかわりしながらジェームズが涙の訴えを始める。
「だって聞いてくれよ。リリー、ハリー、トミーかマリー!みんな2文字で後ろを伸ばす。僕だけ仲間外れじゃないかああああああ!!!」
「くだらないな」
セブの呟きに全員が頷いた。
「リリー、ハリー、トミー、マリー!リリー、ハリー、トミー、マリー!」
ジェームズが何故か皆一緒に!みたいな感じで手を振りだしたが放っておいてピンク色の何かがパンパンに詰まっている餃子をフォークで刺す。極東では食べたら死んでしまう部位のある魚を食べる国があるそうな。食に勇敢な者が至高の一皿に辿り着けるのだ!
『はむっ……んんん!!ナニコレ美味しい!』
先陣を切った私の様子を窺っていたジェームズ以外の顔がパアアと明るくなった。次々と餃子に伸びていく手。
「わあっ。とっても美味しいです!」
「うん。味わったことのない美味しさだ」
トンクスとリーマスが頬に手を当てて笑みを浮かべる。
「口の中にねっとりと広がっていく濃厚な旨味。素晴らしいの一言だ」
シリウスはそう言いながら自分の皿に餃子を3個確保する。
「セブはどうかしら?」
「とても美味だ」
『この旨味の素になっているものはなあに?』
「ドラゴンの睾丸よ。臭みを取るのが大変だったの」
『そっ……か……』
ニコニコしているリリーの前で私たちは複雑な表情を浮かべながら皿に残っている餃子を見つめたのだった。
「そういえば、謎の男C.C.について誰か聞いているかい?」
ジェームズが激マズシチューの鍋を平らげて私たちの顔をぐるりと見渡した。
「ジェームズ、誰情報だ?」
「ダンブルドア校長からの情報だよ、シリウス。そろそろ僕とリリーも顔を合わせておいたほうがいいと言われたんだ」
「そうか、だったら―――」
「待って、シリウスさん。私は部屋から出て行くわ」
トンクスが遠慮して立ち上がったところでトントントンと強く扉が叩かれた。玄関の鍵が回った音が聞こえず、部屋の扉が叩かれたことに吃驚して私はボフンと忍装束に着替えて苦無を握りしめた。
「落ち着け、ユキ。ノックをしてくる時点で敵ではない」
『そうとも限らないわよ』
セブに小さく首を振る私はヴォルデモートが呼び鈴を鳴らしてポッター家を襲撃したことを思い出していた。
全員が杖を抜いて扉に向ける中、シリウスが動いた。杖を目線まで掲げながら扉の前に立つ。
「誰だ?」
「C.C.と呼ばれている者です」
なんというタイミングだろう。私たちは顔を見合わせた。
問題は変化しているのであろう、クィリナスの声ではないということ。シリウスも確証が持てずに扉を開けられずにいた。
「私だと確かめる質問をして頂けますか?」
『シリウス、お願い』
「わかった。では、お前の忍術の属性と好きな酒の種類を」
「忍術の属性は土。好きな酒の種類はファイアウイスキーです」
「合っている。開けるか?」
『待って。もう1つ。弟子の名前は?』
「蓮・プリンスです」
ここまで答えてもらえたら確実だ。私はシリウスに頷き、扉が開かれた。立っていたのは鼠色の髪をした中肉中背の地味な顔立ちの男だった。
「こんばんは。歓迎されていませんか?」
気に食わないと顔に書いてあるセブと視線をバチバチ合わせながらクィリナスが言うと、ジェームズがニッコリした。
「そんなことないですよ!コードネームで呼ばれる謎の男の正体を是非知りたい。さあ、座って下さい」
『ジェームズ、この男に椅子を引いたら後悔するわよ』
「何故だい?」
『この男、クィリナス・クィレルはあなたの息子を殺そうとしたことがある』
「はあああ!?」
目を大きく開いて顔を歪めるジェームズと眉を寄せて固まるリリー。私は自分の隣の椅子を引いてクィリナスに座るように促した。
「あなたときたら直球を投げすぎですよ」
『回りくどい言い方は苦手なの。紅茶を飲む?外は寒かったでしょう』
「ユキは優しいですね。ですが、紅茶はあなた以外の誰かが淹れるので座っていて下さい」
『遠回しに私の紅茶は不味いってこと?酷いなぁ。でもね、練習あるのみ。今日のところは私の紅茶で我慢してちょうだい。皆の分も淹れてくるわね』
キッチンに行くとクリーチャーに紅茶を淹れるのを反対された。酷い。
「どうぞお戻りくださいまし!」
『どうしても?』
「どうしてもと仰るならばユキ先輩様が酷い紅茶を入れたとレギュラスお坊ちゃまに言いつけますです」
え、やだ。レギュラスに紅茶の淹れ方指導されそう。完璧なイギリス紳士は完璧な紅茶を求めるだろう。指導が怖そう。
『じゃあ、お願いするわ』
それにやっぱり飲むなら美味しい方がいい。後で持ってきてくれるということで会議をしていた部屋に戻ると、ジェームズの対面でクィリナスが睨まれていた。
『紅茶はクリーチャーが淹れてくれる。ジェームズ、睨もうと殴ろうと止めはしないわ。でも、彼に杖を振って消したりしないと約束して欲しい。彼は不死鳥の騎士団に欠かせない存在よ』
「お詫びの前にまずは本当の姿をお見せ致します」
ポン
白煙に包まれて現れたのは濃い栗色の髪に灰色がかった青い目の男性で、グレーのシャツに黒ベスト、濃紺のネクタイとローブを着ている男性。神経質そうな口元と目元は同時に知的さを醸し出している。
自分でヴォルデモートを頭にくっつけていた話を言うのは辛かろうと思い私がハリーが1年生の時に起こった賢者の石事件について話すことに。
ジェームズとリリーはハリーから賢者の石事件のことを聞いていたようで話は早かった。
「1年間、僕の息子の命を狙い続けていた奴が不死鳥の騎士団の団員だって!?」
バーン
短気なジェームズが杖を振ったのでクィリナスが壁まで吹っ飛んでいった。最近吹き飛ばされることが多いが大丈夫だろうか?体が心配だ。ちなみに事情を知っていた我々一同いっさいジェームズを止める気はない。
「11歳の子供を手にかけようとするなんて人でなしの最低野郎だ」
ズキリ
胸に痛みが走った。
人でなしの最低野郎と罵られて済む罪ではない。
魔法界に来て子供と接する機会をもらうことが出来て分かったことがある。彼らは本当に尊い存在だ。
キラキラと光る
無垢な心は何もかもを繊細に感じ取って自分のものとし、ぐんぐんと大空に枝を伸ばしていく。大嵐に遭い、雷に打たれようとも、人の手で切り倒されて命を奪われることはあってはならない。
思考が深い闇に沈みかけていると背中に優しい手が添えられた。
見下ろす瞳は私を気づかわし気にしていて私はセブに大丈夫だと微笑んだ。
何故ヴォルデモートを頭に憑依させた?
何故闇の魔術に興味を持ったのか。
子供に危害を加えることに抵抗はなかったのか。
本当にヴォルデモートを見限り、ダンブルドアに忠誠を誓っているのか。
ジェームズは彼にしては珍しい低く怒りのこもった声でクィリナスを詰問している。
「この際ですから正直に言います。私はダンブルドアに忠誠を誓っているわけではない。不死鳥の騎士団の活動に賛同しているのです」
「ダンブルドアに忠誠を誓っていないだって!?」
「そうです。私は」
クィリナスが私を見た。
私はセブの背中に隠れた。
「ユキに忠誠を誓っています。私の命を救ってくれたのはユキです。その後、生きる意味を失っていた私を救ってくれたのもユキです。私はユキの下僕なのです。ユキが不死鳥の騎士団を支持する限り、私は裏切りません」
「は?しもべ?」
ポカンと口を開けたジェームズはクィリナスの変態っぷりが感じられる発言に怒りを忘れて引いた顔をした。リリーにいたっては小さく吹き出してしまっている。急に笑われたクィリナスのキョトン顔を見て部屋にはさざ波のように小さな笑い声が広がっていった。
「ジェームズ、少し話しましょう」
「そうだね」
寄り添ってくるリリーの肩をジェームズは抱く。
私はこの夫婦が好きだ。
寛容で、温かく、正義感が強い。
人を思いやり、誰もが心に善を持っていると信じている。
そんな彼らはクィリナスを許した。
ジェームズとリリーと握手をするクィリナスを私はどこか遠い景色を見るように見ていた。
***
朝食を食べているとフクロウ便の時間になった。
白、茶色、クリーム色のフクロウに混じって飛んできた1羽のフクロウがドラコに手紙を落としていった。あれはマルフォイ家の梟ではない。
クロワッサンにバターを塗る手を止めて見つめていると、手紙を開いたドラコがガタンと立ち上がった。手紙を持つ手は遠目にも震えている。
青い顔の彼が見つめる先は私だ。
抜かれた杖は振られ、呪文が飛んでくる。
頭を傾けると直ぐ横を閃光が通り過ぎ、後ろの壁に当たって光が弾けた。
朝のガヤガヤは収まっていなかった。スリザリンの一部の生徒以外ドラコの行いに気が付いていないようで各々朝食を楽しんでいる。
私はクロワッサンにバターを塗る作業に戻った。
「おい、あれを放っておいていいのか?」
「いいのよ。シリウス、どうやら私はドラコの企みを挫けたみたいだわ。ハリーにボージン・アンド・バークスに保管されていた姿くらましキャビネットを破壊したと伝えておいてくれる?」
「姿くらましキャビネット……なるほど。必要の部屋にはボージン・アンド・バークスにあったキャビネットと対になった物があったんだな。恐ろしい計画だ」
「追い詰められたドラコは何をするか分からない。気をつけろ」
『セブ、私については心配ない。心配なのはドラコが自虐に走らないかということよ』
ルシウス先輩に咎がいかなければいいが……。ドラコもそれを1番心配しているだろう。
ドラコが何かとんでもないことをしでかさないか私は不安で胸をいっぱいにしながらクロワッサンを口に運んだのだった。