第7章 果敢な牡鹿と支える牝鹿
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23.因縁の対決
朝食の席で日刊預言者新聞を読んでいた私は小さな歓声をあげた。
「どうした?」
『見て。マンダンガス・フレッチャーが亡者のふりをして押し込み強盗しようとしてアズカバンに送られたわ』
「ざまぁねぇな」
シリウスがニヤリとしながらソーセージをフォークでブスリと刺した。
信用ならないコソ泥のマンダンガスを私は好きじゃない。これを機会に不死鳥の騎士団から追放されたらいいのにと思いながら新聞を読み進めていく。
オクタビウス・ペッパーという人物が姿を消し、バース近郊の魔法使いの町にある個人病院が死喰い人の襲撃を受けたとあった。
『最近、病院への攻撃が多いわね。セブ、何か聞いていない?』
「その話は今度の不死鳥の騎士団の会議でする予定だった」
『分かったわ。問題ありってことね……さて、行かなくちゃ。セブ、今日のお昼と夜は食べに来られないの。だから会うのは合同授業の時ね。また後で』
「最近朝食を切り上げるのが早くないか?」
シリウスは言ったが、パンが1つもなくなっているパン籠を見て自分の言ったことが間違いだった、とひょうきんな顔をして見せた。
『城を知り尽くしている彼らと防衛策を練っているの』
「城を知り尽くしている奴ら?」
『屋敷しもべ妖精、絵画にゴーストよ』
目を瞬くシリウスと、何か思い当たったことがあったように小さく「あぁ」と声を漏らすセブ。
「ホグワーツ城の地図を作っていたな」
「来たる日に向けてということか」
セブが言うと、続いてなるほどとシリウスが頷いた。
『正直言って大きな
私は去り際に空腹を感じて手のひら大の丸パンを掴んで大広間から出て行った。向かったのは空き教室で、そこは私によって勝手に使用されている。
部屋の壁に横並びで大きく張ってあるのはホグワーツ城の地図。壁際の本棚には戦に関する本が並んでいる。
ここの部屋をダンブーが見れば私の秘密に気がつくかもしれない。だが、こそこそ隠れて動くには無理があった。ダンブーは何か私に秘密があり、それを自分に打ち明けないと分かっているだろう。それと、これに関して私の周りに聞いても無駄だと悟っているはず。
部屋にいるのは屋敷しもべ妖精にゴースト、部屋にかけられた絵画の中にはぎゅうぎゅうに人や動物がひしめき合っていた。
『毎回朝早くからごめんなさい。集まってくれてありがとう。今日は7階に行きましょう』
彼らを説得するのは大変だった。ホグワーツが“もしも”危機的な状況に陥った時に助けて欲しいとお願いしたのだが、
だが、実際にシリウスはホグワーツに侵入出来たのだから、可能性はないとはいえない。何度も何度も説明して、ようやく協力を得られた。
ぞろぞろと移動する私たちを目を丸くして見る生徒たち。生徒にも先生にも尋ねられれば万が一の防衛のためと話した。
もしもの覚悟を持っていて欲しい。
生徒たちは不安な表情を浮かべたもののまさかという顔をしていたが、先生たちの殆どはこの問題に対して考え込んでいた。
守りが弱い箇所、死角、バリケードを作る位置などを考えていたらあっという間に朝の時間は過ぎて1時間目の授業がやってくる。
急いで階段を下りていた私の横を風が通り過ぎた。
『ハリー?』
「やっぱりユキ先生はごまかせないか」
透明マントから姿を現したのはハリーだった。
『必要の部屋に行くの?』
「どうしてもマルフォイが使っている部屋を開けたいんです」
『私も何度も試しているけどダメだわ』
「ハーマイオニーが言うには願い方がダメだって言うんだ」
『ねえ、ハリー。この事に時間を割くよりもスラグホーン教授からヴォルの奴が分霊箱を何個作ったか聞き出す方法を考えるべきだわ』
「それは……」
『正直言って、あなたが頼りよ。私はそういうの下手だから……』
「……頑張ります」
『私はボージン・アンド・バークスから探りを入れているわ。お互いにやれることをやりましょう』
「……はい、ユキ先生」
ハリーは未練があったようで階段の上の方を見つめたが、透明マントを畳みながら私の横に並ぶ。
「そういえば今日の合同授業は決闘クラブですね。シリウスおじさんが主催だから4年前のようにはならない、でしょう?」
期待のこもったニヤニヤ顔にウインクする。
『きっと楽しくて為になる授業になるわ。だけど―――』
「だけど?」
『なーんか嫌な予感がするのよね』
私は授業準備の時、セブとぶつかることなくスイスイと話し合いを進めるシリウスの様子を思い出し、トラブルの予感にブルルと震えたのだった。
合同授業が行われる7時になった。
大広間にいるのは4年生以上の上級生で広間は賑わっている。
「我輩にはロックハートの二の舞が見える」
大広間の中心には普段食事で使っている長テーブルが置かれていて上には黒い布がかけられている。ロックハートが決闘クラブを行った時と全く同じ状態だ。
「ブラックは我輩たちに準備を押し付けてどこへ行った?あいつが今日の進行役のはずだが?」
『忘れ物を取りに行っただけよ。直ぐに戻ってくる』
「フン。犬の脳みそには今日の持ち物すら入らないらしい」
『あなたが不機嫌な理由はなに?』
「性欲が溜まっている」
『最っ低』
私は噴き出して笑った。
隣で目の下に隈を作ってギラギラしているセブを見て、笑うのを止めて溜息を吐き出す。体を壊さないようにコントロールしながら徹夜で研究をし、不死鳥の騎士団の任務と闇の陣営の2重スパイ、教員の仕事、忙しさで倒れそうだろうにその性欲はどこから湧いてくるのか。
いや、忙し過ぎるからストレス溜まってこうなっているのだわ……きっと……。
『今日の夜、待っているわ』
怪しい光を放った目を細めるセブは妖艶で、私は思わず喉を鳴らした。
「すまない、待たせた」
大広間へと駆けこんで来て私たちの横へと並んだシリウスは手ぶらだった。
「まさか忘れ物を忘れたとは言わんだろうな?」
「大丈夫だ。ソノーラス。さあ、始めるぞ!」
シリウスはセブの嫌味をサラリとかわして生徒たちに呼びかけた。何が始まるのだろうとワイワイ話し合っていたお喋りがやみ、ポーンとひと蹴りでテーブル上に上がったシリウスに視線が注がれた。
「今日は予告していた通りに決闘クラブを行う。まずは見本として教師が決闘を行う。雪野教授、スネイプ教授、どうぞ壇上へ」
促されて壇上に上がると期待に満ちた生徒たちの視線に囲まれた。
シリウスが決闘の作法について説明する。お辞儀をして、杖を構え、3つのカウントで決闘の開始。
「だが、襲われる時というものは突然くるものだ。優雅に挨拶をする奴なんかいないし、襲撃者は玄関のベルを鳴らしてくれなんかしない。と言いたいところだが、例外があったらしい」
言葉を止めるシリウスを見て生徒たちは不思議そうにしている。私も何だろうと目を瞬きながらシリウスを見つめた。すると、全員がドヨドヨと自分の言葉を待っているのを確認してシリウスは口を再び開いた。
「ヴォルデモートは」
大広間中から息を飲む声と短い悲鳴が聞こえてくる。
「あんな奴だが紳士的なところがあった。誰かさんが言うにはキチンとベルを鳴らして自分が来たことを知らせた」
私は興味津々でシリウスを見ている生徒たちの輪の中で顔を青くしていた。
今までポッター一家が襲われた詳しい状況を知らなかった。
まさか
シリウスは続けた
ベルが鳴る。父親は隠れ家が敵に知られているとは思わず警戒せずに扉を開く。父親は叫ぶ。逃げろ、と妻の名前を叫ぶ父親は死の光線に倒れる。ヴォルデモートは2階の子供部屋へ。
「母親がこの子だけはと命を張って庇った赤ん坊は母親の愛の守りで守られ、ヴォルデモートの死の呪文から逃れ、生き残った。その生き残った少年が誰かはプライバシーがあるから言わないでおこう」
シリウスとハリーが視線を交わすのを見ながら私は眩暈を起こしていた。
まさか。ここまで似ていたとは。
頭に浮かぶ光景。
―――木ノ葉の暗部だ!逃げろ!
落ち着こう。駄目よ。
考えてはいけない。
私は無理矢理に過去を追い出した。今ここで昔の事を思い出している場合ではない。
血の気がすっかり引いてしまった体で足を踏ん張り、シリウスが死に打ち勝つことが出来た愛の魔法について考えて欲しいこと、守りの護符を作る時には護符を渡す相手を想って愛を護符に注いでほしいと話している。
私はその話を複雑な思いで聞いていた。
愛が役に立たない時もあるのだ。
「話が長くなってしまったな。決闘の模範演技に移ろう」
全身真っ黒な忍装束の私。この服は仕事着。教員として目の前の仕事に集中すべきだと頭を切り替えた。私は温和で柔和と呼ばれるユキ先生に戻る。
「先ほども話したが実践では作法なんて関係ない。1対多数なんてこともある。だが今日は、みんなには周りの者とペアを組んで2対2での決闘をしてもらいたいと思う」
私とセブは顔を見合わせた。どうやら今から行われる模範演技ではセブと共闘出来そうだ。
セブの隣で戦えるなんて胸がキュンキュンしちゃう。
実践ではこんな考えなど出来ないが、今は模範演技なのだ。凛々しい恋人の姿を想像してにやけてしまうのは仕方ない。
「模範演技では雪野教授とスネイプ教授にペアを組んでもらう。俺の方は―――影分身を出してもいいがそれでは味気ないから……」
シリウスはローブのポケットからリスを取り出した。
『?』
「ゲストをお迎えしよう!」
『っ!?』
嫌な予感!!
悪い顔をしているシリウスは杖を出して空中にリスを放り投げた。閃光の当たったリスはグニャリと歪み、見る見るうちに体が伸びていく。
現れたのはクシャクシャの黒髪に丸眼鏡をかけた顔。イギリスいちの有名人で、イギリスいちの大馬鹿者、ジェームズ・ポッターだった。
「あの男ッ」
セブの憎しみのこもった声はドッカーンという生徒たちの大歓声で掻き消された。
「ジェームズ・ポッターだ!本物だよね!?」
「死んでから15年経って生き返っただなんて。この目で見るまで半信半疑だったんだっ。凄い!」
「うわあ。ハリーにそっくりだ!」
わあわあ騒ぐ生徒たちの中、私はズンズンとテーブルの上を横切ってシリウスとジェームズのところまで歩いて行った。
『どーいうことよ!』
「見ての通りスペシャルゲストだ!」
悪戯が成功して嬉しそうなシリウスの顔が小憎らしい。
『ここには死喰い人の子供もいるのよ?連絡を取られてみなさい。大変なことになる!』
「安全な抜け道があるから大丈夫さ。今日の為にシリウスとリーマスと一緒に完璧な計画を立ててきている」
『リーマスまで加担しているのねっ!』
「そこに来ているよ」
ジェームズの視線の先を追えば、閉ざされた観音開きの扉の前にリーマスがいて悪気のない顔でニコニコしていた。
『後で3人纏めて締め上げてやるわ』
「まあまあ。落ち着いて。お説教は授業の後だよ」
「みんな聞いてくれ。紹介しよう。元闇払いのジェームズ・ポッター。今日はアシスタントを務めてくれる。拍手」
興奮した拍手が大広間に響く。
ハリーを見ればこちらが嬉しくなってしまうような満面の笑みで他の生徒と一緒に拍手していて、この笑顔が見られたならば……なんて甘い考えはしません。後で3人纏めてお説教は決定だ。
「そういうわけで、俺とペアを組むのはジェームズ・ポッター。決闘の内容はそこそこの術を使うとしておこう」
「そこそこだな。理解した」
不穏な口調で隣のセブが呟いた。
位置に向かいながら私はセブに謝る。
『ごめんなさい。私がいるからこちらが不利だわ』
悔しいことに魔法の腕はこの3人には負けてしまう。
「ユキはサポートに徹してくれ」
『了解』
「負けるつもりはない」
どす黒いオーラを放っているセブはいつのことを思い出しているのだろうか。彼が生徒の前で闇の魔術を連発しないことを祈るのみ。
私たちは杖を構えた。
「ハリー、カウントしてくれ」
ハリーが緊張を解すように息を吸い込んで、口を開く。
「3―――2―――1―――」
全員生徒の手本にならない無唱呪文で呪文を打ち始めた。
シリウスとジェームズは事前に決めてきたのであろう、2人してセブに呪文を放っている。
私が出来ることはセブに攻撃の機会を与えること。
シリウスとジェームズが打ってくる呪文を出来るだけ多く弾き、セブに余裕を作らせようと頑張る。
黄色い閃光と紫の閃光が空中で当たって弾けた。
どちらのペアも一歩も引かず。
シリウスとジェームズが楽しそうにしているのを見て、絶対に打ち負かしてやると闘志が燃える。
「アグアメンティ」
セブが勝負に出た。強い声で唱えられた呪文。
杖から噴き出した水はシリウスとジェームズに襲い掛かる。シリウスがブリザードを出し、水の塊を打ち払った。
その隙に私はジェームズを狙って血沸騰の呪いを放つ。セブもジェームズめがけて呪いを放った。ジェームズはセブの呪いを弾きながら私の呪いに倒れる。倒れる瞬間、私の方に呪文を打つ。
『くっ』
プロテゴを唱えたのだが一歩遅く、私の手から杖が舞った。
「一騎打ちだな、スニベルス」
セブは杖なしでも呪えるのではという目つきで杖を振った。
バン
バン バーン
壇上では激しい呪文の打ち合いが行われていて、大迫力の決闘に生徒たちは大歓声を上げていた。実力のある大人が本気でやり合っている決闘は凄まじいもの。
邪魔にならない距離に立っている私は大丈夫だろうかとジェームズを見ていたのだが、彼は傷口の血を沸騰させながら拳を上げてシリウスを応援していたので大丈夫だろう。
「っ!」
シリウスの呪文がセブの頬を掠る。
『はあ』
カッコいい。
血も滴る良い男。
直ぐに態勢を整えて反撃をするセブの姿は勇ましくてとっても男らしい。あの頭の中には膨大な知識が詰まっていて、そしてそれを実践出来る実力もある。
冷静に相手を見極めて、同等かそれ以上の呪文を放つ。咄嗟の判断力と俊敏な杖さばき。
両手を胸の前で組んでセブの後姿をうっとりと見つめていると、終わりが見えないように思えていた決闘の決着が急についた。
「ぐあっ」
タイミングがずれたのであろう、シリウスの胸にオレンジ色の呪文が命中し、吹っ飛んでいく。
『あらら』
私は目を丸くした。
シリウスの全身の体毛という体毛が伸びていき、その毛はシリウスを締めあげ始めた。
『変わった呪文ね。なんていう名前の呪文なの?』
「カピルスカバルス 毛締めの呪文だ」
『聞いたことないわ』
「我輩が作ったからな」
『知的で、強くて、あなた以上の男がいるかしら?』
スッとセブとの距離を詰めて囁く。
『あなたに抱かれる私は幸せね』
「おおおいい、シリウス!!」
大声に顔を向けるとジェームズが必死になってシリウスの毛を杖で切っているところだった。フィニートしたらしく、毛の伸びは止まっているし、シリウスを締め付けようともしていない。
「ゴホッゴホッ」
「漸く顔が見えてきた。良かった。シリウス、君、自分の陰毛に殺されるところだったんだぞ?」
そう言ったジェームズは堪えきれなくなったらしくゲラゲラと笑いだした。
「ごほ。顔に血を滴らせながら笑うなよ。不気味だぞ、ジェームズ」
シリウスは最高に不機嫌そうな顔で手を組んで印を結び、影分身を出現させた。彼の影分身は毛の伸びていない普段のハンサムな姿だ。
「元闇の魔術に対する防衛術の先生だったリーマス・ルーピンにも授業のアシスタントをしてもらう。手近な者とペアを組み、対戦相手を決めてくれ。決まったところから対戦を始めよう!」
わっと生徒たちが動き出した。先ほどの決闘を見て自分たちも激しい打ち合いをしたいとテンション高く友達と話している。
「スネイプ、この毛をどうにかする方法はなんだ?」
「元に戻す必要があるかね?その体毛は君の魅力を引き立てていると思うが」
ビュンッ
セブが足首を持たれたようにして空中で逆さ吊りになった。例のあの日のようにズボンが脱げてパンツが晒されることはなかったがこれほど屈辱的なことはないだろう。私は急いでフィニートした。
風を作ってセブが床に叩きつけられないようにして下ろす。
「貴様ッ」
青筋を浮かべたセブは当然のことながらブチ切れている。私は慌ててセブとシリウスの間に入った。
『決闘の続きは合同授業が終わってからにして頂戴!ここは取り敢えず私とリーマスが見ているからセブはシリウスとジェームズを連れて治療に行って』
セブを睨みつけるシリウスはジェームズに引きずられるようにして壇上から下りていく。私はこちらに注目している生徒に続けるようにと言い、影分身を最大限に出して生徒の中へ行かせた。
『セブ、大丈夫?』
「あの男、呪い殺してやるッ」
『そんな顔しないでシリウスとジェームズを治してあげて。セブのことだからあの毛締めの呪文は厄介なんでしょう?』
「卑怯な行いをする男など一生あのままの姿でいいと思うが。色男ぶりが上がったというものだ」
『負けた腹いせだから大目に見てあげて。決闘に勝ったんだから寛容なところを見せてあげて。お願い』
勝ったという言葉にセブは荒かった呼吸を落ち着けてくれたが、目が「毒薬を飲ませてやる」と言っていた。私の影分身を1体セブの研究室に付き添わせることにしよう。
『治療したら急いで戻って来てね。みんな揃ってよ、ね?約束して』
私は不安を抱えながらジェームズとシリウスの後を追うセブを見送ったのだった。
セブたちは直ぐに戻ってきた。ジェームズは傷跡を残していたが、シリウスは毛の伸びすぎたヤギのような姿から元の男前に戻っている。セブが大人な対応をしてくれたことが非常に嬉しい。
大広間に戻ってきたジェームズは嬉々としてハリーのところへ走って行った。ハリーは破顔して父親を見上げ、教えを受けている。
生徒たちは目が離せなかった。友人同士が対戦相手になっているグループは良かったのだが、最悪なのがグリフィンドール対スリザリンになっているグループだ。相手を打ち負かしてやろうと強力な呪いを放って、既に何人かは大広間の片隅に作った救護所で治療をしている。
生徒の間を縫って歩いていた私はひときわ激しい打ち合いに気が付いた。
スリザリンのドラコとパンジー対レイブンクロー寮の蓮ちゃんと同学年同寮のシモン・リバー。
「インカーセラス」
「インペディメンタ」
「っ」
「ッ」
ドラコと蓮ちゃんは無唱呪文で打ち合っていて私は感心した。6年生になるとどの授業でも無唱呪文が求められているのだが、決闘で使うとなると難しいだろう。
パンジーが倒れ、シモンの杖も飛んだ。
ドラコと蓮ちゃんの一騎打ちを周りの生徒たちは囲んで応援している。
速さも互角、力も互角なように見える。
忍術の腕だけでなく、杖の方も私から指導を受けているドラコと同等にやり合えるとは凄いわね。クィリナスは相当蓮ちゃんを鍛えているようだ。
「激しいな」
セブが隣に並んだ。
『ドラコが勝つわ』
「何故分かる」
『雑念がない』
どんな相手にも怯むな。どんな相手でも見くびるな。
迷うな。
バーン
ドラコの放った閃光が蓮ちゃんの胸に突き刺さり、ガクンと膝から崩れて床へと倒れる。大理石の床にパッと赤い血が散った。
「っすまない!」
サッと顔色を変えたドラコが杖をフォルダーにしまって駆けてくる。
「うぅ。負けたわ」
「いい勝負だった」
ドラコは無理矢理に起き上がった蓮ちゃんの背中を支えて彼女と握手した。周りからは大きな拍手が贈られる。
『ドラコ、血沸騰の呪いね』
「そうです」
『Ms.プリンスのことは任せて。続きを―――もう時間ね』
ソノーラスで拡大されたシリウスの声が合同授業の終わりを告げる。
ドラコは心配そうにして蓮ちゃんの治療が終わるまで待つと言っていたが、大丈夫だからと帰らせた。
「んっ」
救護所へ歩き出そうとしていた蓮ちゃんが膝に両手をつく。
『おんぶするわ』
「ユキ先生が潰れちゃいますよ」
『私が力持ちなのは知っているはずよ』
「でも……」
「遠慮している場合かね?体の血が抜けきってしまう前に薬を飲む必要がある」
「だってユキ先生の体が細いから折れちゃわないか心配で」
そう言った蓮ちゃんはふとセブを見上げた。
「何かね?」
「私も良く分からないです」
セブと蓮ちゃんは同時に小さく小首を傾げた。
『グズグズしていると本当に血が抜けきってしまうわよ』
言い終わらないうちに風が私の横を通り抜ける。
「きゃあ」
小さく悲鳴を上げた蓮ちゃんはやってきた私の影分身に横抱きにされた。眉間にしっかりと皺を刻み、怖い顔をしている。雰囲気からして分かる。彼はクィリナス・クィレルだろう。
醸し出す雰囲気で察したらしい、セブも蓮ちゃんを抱き上げたのはクィリナスだと分かり、途端に凶悪な顔に変わった。
「待て」
「早急に治療が必要です」
大股で歩いて行ったクィリナスは救護所を通り過ぎて大広間から出て行った。多分7階にある自室に連れて行って治療するつもりなのだろう。
『セブ、片づけが残っているわよ』
セブは私の声を無視してクィリナスの後を追いかけて行こうとしたのだが、壇上の上に現れたシリウスが杖を振ったのでそれに対応せざるを得なかった。
「我輩は急いでいるのだ。負け犬は犬小屋で震えていろ!」
「仕事をほっぽり出してどこへ行くつもりだ?お片付けの時間だぞ。お部屋をキレイキレイするついでにお洗濯もしよう。薄汚れた灰色のパンツを洗濯してやる」
「あのまま下の毛に殺されていればよかったものを」
バーン
バーンッ
セブとシリウスが決闘を始めた。
『もうすぐ9時になりますから生徒は寮へ帰りなさーい』
ポッター親子は部屋の端でお喋りをしていて、リーマスは椅子に座りチョコスナックを食べながら決闘の見物中。私は呆れながら大広間の片づけを始めたのだった。
9時を回ったところで大広間に現れたミネルバが雷を落とし、セブとシリウスの決闘は終わった。呪いによってレパロ出来ない長テーブルが何脚か大広間の床に無残な姿で転がっていて決闘の激しさを物語っていた。
「新しく購入する机はあなたたちの給料から差し引かせて頂きますからね!」
大の大人が並んで怒られている姿は可笑しくて、私とリーマスはニヤニヤしながらその様子を見ていた。
「シリウスの話に乗って良かったよ」
『私は今日までリーマスを見誤っていたみたいよ。ジェームズをホグワーツに連れてくるなんて……。あなたなら馬鹿2人の計画を止めてくれると思っていたのに』
「リリーには申し訳ないと思っているよ」
『リーマス……疲れた顔をしている』
「同胞の懐柔がうまくいっていない。狼人間たちはグレイバックの意見に賛同しているようだ。ヴォルデモートが自分たちの地位を高めてくれると思っている」
『グレイバックを支持する者たちはあなたの命を狙うでしょうね。くれぐれも気を付けて』
「あぁ。任務をやり遂げなくては……実は今日、C.C.をダンブルドア校長から紹介してもらったよ。彼とヴァンパイアの説得にあたるつもりだ。彼の正体も教えてもらった。驚きだったよ」
『優秀な人よ』
「変わった人だけどね」
『短時間でよく彼が変態だと見抜けたわね』
「ハリーの命を狙った人間をどうやって信じようかと考えていたらユキへの陶酔っぷりを見せられてね……絶対に僕たちを裏切らないと思ったよ」
陶酔か。
私は先ほどの蓮ちゃんへの態度を思い出して、彼の恋愛感情の行方を考えた。蓮ちゃんの恋がうまくいきますように。
お説教の終わったセブは直ぐに大広間を出て行き、不貞腐れたシリウスの元へは笑いながらリーマスが寄って行く。
『先に帰るね。ジェームズ、くれぐれも気を付けて。何かあったらリリーの代わりに私が強力な呪いをお見舞いするわ』
大広間を出ると、不審な動きをしているセブがいた。
ブンブンと色々な方向を見ているのでバサバサとマントが翻っている。
『何しているの?』
「あの2人はどこへいった!?君の部屋か、医務室か、もしくは何か知っているか?」
『自室じゃない?』
「あいつの自室があるのか?このホグワーツに?」
『えぇ』
「連れていけ」
『もう決闘は見飽きたわ。だから連れて行かない』
「インペリオ 服従せよ」
『それ禁じられた呪文だってご存じ?闇の魔術に対する防衛術のスネイプ教授?』
大理石の床で弾けた閃光に顔を引き攣らせていると、私に杖を向けたままセブがドシドシと近づいてくる。
「手遅れになる。案内しろ」
『手遅れって何を想像しているの?』
「いいから案内しろッ!」
あまりにも凄い剣幕で怒鳴られてセブの本気を感じ取り、私はクィリナスの部屋へ連れて行くことに決めた。別に隠しておいてくれとも言われていないしいいだろう。
7階に到着し、何もない壁に向かって呪文を唱えると扉が現れた。ノックを3回すると開けてくれたらしく、カチャリと鍵が回る音がする。私が取っ手に手をかける前にセブが扉を開いた。
「貴様ッ」
「っお前だったか」
バーーーン
大きな音がしたがセブの背中で部屋の中の様子が分からない。どうしたのかと思いながら後ろ手に扉を閉めて部屋の中に進んだ私が見たのは床に倒れて本棚の本に埋もれているクィリナスと―――
『あー……』
下着姿の蓮ちゃんの姿だった。
『せ、セブ、帰るわよ』
私が引こうとした腕は振り払われて、セブはヨロヨロと立ち上がるクィリナスの方へ大股で近づいて行った。
あ、これはまずい。
鳥肌が立つほどの殺気にこれは大変なことになると私は慌ててバシッとセブの手を叩いて杖を落とし、続いて殴りかかりに行こうとするセブを羽交い絞めにした。
『落ち着いて!』
「ユキ、放せ!この男消してやる!」
「お父、スネイプ教授、これは誤解ですっ」
蓮ちゃんはセブとクィリナスの間に飛び込んだ。
『急いで誤解とやらを解いてちょうだいっ。クィリナスが消される前に!』
「治療していただけなんです。全身に血沸騰の呪いがかかっていたので薬を塗ってもらっていました。ただそれだけですっ」
『治療だって!セブ、杖なしで呪いを呟いても……クィリナス逃げて!』
そう言えばクィリナスは杖なしでハリーの箒に呪いをかけていたことがあったし、セブはそれを妨害していた。
「やましいことはしていません」
そう言いながらクィリナスは自分のローブを脱いで蓮ちゃんの肩にかけた。
『誤解なのよ。セブだって蓮ちゃんがドラコから血沸騰の呪いを受けたのを見ていたでしょう?あの呪いは強力で、治癒が難しい。見たところクィリナスはキチンと治療をしてくれたみたいよ』
どうどう、と羽交い絞めを解かないまま手で落ち着くように肩を叩いていると、呪文を呟くことを止めたセブは大きく息を吸い込んで怒りを静めてくれた。
「治療は終わったのだな?」
コリクと蓮ちゃんが頷く。
「では服を着たまえ」
床に落ちていた制服を拾った蓮ちゃんが心配そうな顔を私に向けたので大丈夫だと微笑んでおく。蓮ちゃんが隣の部屋へと入って行き、セブは嫌味たっぷりの視線をクィリナスに向けた。
「このような部屋を校長から与えられていたとは知りませんでしたな。確かに……日陰で生きる者にはこのような隠し部屋が必要か」
クィリナスはセブを睨みはしたものの、言い返さずに自分にエピスキーをかけている。
「校長も部屋を与えたとはいえ、生徒を連れ込むとは思ってはいまい。ホグワーツの教員として言う。2度と私室に生徒を招き入れるな。これは一生日陰で生きざるを得ないお前の為でもある」
「お前にアレコレと言われる筋合いはない。ここは私の部屋で、ダンブルドアから使用についての制約はつけられていない」
「あの娘は生徒で、未成年だ!不埒な男と密室で2人きりになどさせておけるか!」
「私はあなたの言うように日陰で生きているホグワーツとは切り離された存在です。ホグワーツにいようとも、私はホグワーツに所属していない。自室に誰を招くかは私が判断することです。もし、あの子の私への訪問を止めさせたいのなら本人に言うことですね」
「ペラペラとよく動く口だ」
「もしくはダンブルドアに」
「いや、簡単な方法がある。消えてなくなれ」
危険を察したのか2人が杖を抜いた瞬間にバターンと扉が開いてトレーにティーカップを乗せた蓮ちゃんが入ってきた。
「お、お茶にしませんか?」
全員の注目を浴びる中、引き攣った笑みを蓮ちゃんは浮かべていた。
取り敢えず、全員ソファーに座って紅茶を飲んでいる。
静かな部屋にカチコチと柱時計の音だけが響いていた。
たしかに今回の事は私もビックリした。だって、考えてみればホグワーツに所属しない男が使っているホグワーツの1室でホグワーツの生徒が下着姿でソファーに寝転がっていたのだ。教師の立場で見れば大問題だ。
クィリナスはつらつらと喋っていたが、それは思い返すと内容は薄っぺらいものでその場しのぎにしかならない言い訳。だけど、さっきは確かにそうかと思わせられて、改めてクィリナスの交渉術の上手さに感心した。
『あなたたちがこんなに親密になっていたことには驚いたわ』
「弟子とは可愛いものですね」
「可愛い!ああああクィリナスに可愛いって言われたわああああ」
「蓮、落ち着きなさい。治療したとはいえ、傷はまだ残っているのですから」
血沸騰の呪いは強力な呪いで完全に治るまでハナハッカエキス入りの魔法薬を飲まなくてはならない。
クィリナスは胸の前で手を組んでくねくねしながらハートを飛ばしている蓮ちゃんの横で困ったように眉を下げている。困った顔はしていたが、その目は愛情に満ちていて私は胸をドキッとさせた。これはもしかするともしかするのでは?
私の感じていることは合っているだろうかとセブを見ると先ほどと変わらず凶悪な顔でクィリナスを睨みつけている。それにしてもどうしてセブはこの2人の恋愛をこれほど反対するのだろうか。あぁ、教師だからか。私ってば教師失格?だがこの2人にはうまくいってほしいと思っている。
『魔法、治癒術、忍術、どれも蓮ちゃんは優秀よ。クィリナスに鍛えられていたのね』
「はいっ。手取り足取り教えて頂いています」
「良い生徒ですよ」
『見て、セブ。この2人を引き離すのは無理だと考えて。良い関係を築いているわ』
そういうとギギギと顔だけセブの顔が私の方へ向いた。
「正気かね?この関係を許すと?君は仮にも教師か?」
『クィリナスは今難しい任務についているわ。私としては友人の支えになってくれる人がいて嬉しく思っている。蓮ちゃんもクィリナスを慕っているみたいだし、在学中に一線を越えなければ良いかと思う』
「一線」
硬い声を出すセブの顔には恐怖の感情が浮かんでいた。
固まってしまったセブを放っておいてクィリナスを見る。
『蓮ちゃんを宜しくね。大事な生徒だからくれぐれも手を出さぬように』
「私は手を出されたって構いません!」
「蓮、私はあなたのことを弟子だと思っています。それ以上は思っていませんよ。ユキ、早とちりです」
『ふうん』
「それより、ユキに話があります。実はもうすぐ次の任務に出発しなくてはならないのです。時間を頂いても?」
『勿論。2人で話しましょう』
「蓮、今日は帰りなさい。ハナハッカエキス入りの魔法薬を傷口が綺麗に消えるまで飲むことを忘れないようにして下さい」
「はい、クィリナス。先に出ていましょう、スネイプ教授」
『セブ、9時をとっくに過ぎてしまっているから蓮ちゃんを寮まで送ってあげてね』
セブは何か言いたそうにしていたが、結局何も言わずに蓮ちゃんと一緒に部屋を出て行った。
『クィリナス、不死鳥の騎士団の活動報告をするわ』
ユキとクィリナスはいつものようにお互いの任務の報告を始めたのだった――――
セブルスは隣を歩く娘に対して憤っていた。この娘は男を見る目がなさ過ぎる。よりにもよってクィリナス・クィレルを好きになるなどとんでもないことだ。
クィリナスは死んだことになっている人物で、ユキのストーカーの変態。ヴォルデモートを頭にくっつけていた人物で、闇の魔術に詳しい力に対して貪欲な人間だ。
娘には健康的な思考を持った好青年と付き合って欲しい。否、まだ学生なのだから学業に集中すべきなのだ。
そう思って口を開こうとしたセブルスだが、口を開いたのは蓮が先だった。
「私の父親はとても頑固な人です」
普通の者なら急になんだと思うところだが、この2人は父娘。そのことをお互いが知っているとは知らないが、それぞれ父娘であると知っている。
セブルスは目で続きを促した。
「父は私と栞をとても可愛がってくれていて、可愛いと思っているが故に私たちを躾けの厳しいマホウトコロに入学させました」
本当は、栞と蓮はセブルスの意向によりボーバトンに入学させられた。共学であるものの、女子生徒が圧倒的多数を占め、三大魔法学校対抗試合でやってきた生徒は全て女子生徒であったくらいだ。
蓮と栞はボーバトンに行くことを嫌がり、ホグワーツに入学したいと訴えたがセブルスは聞く耳を持たず、2人はボーバトンに入学することになる。
両親が通ったホグワーツ。よく家に遊びに来ていたリーマス、シリウス、クィリナスはホグワーツ出身で、ホグワーツがいかに楽しくて素晴らしい学校か話して聞かせてくれた。
だが、セブルスは自分たちの初めての子供である蓮と栞が可愛くて仕方なかった。校則の厳しいボーバトンならば娘たちに変な虫はつかないだろう。そう考え、娘は全員ボーバトンに入れようと考えていた。
だが、栞が1年生の終わりに龍痘にかかったことで下の子供たちの入学先が変わった。
栞は現地の病院に入院し、セブルスは仕事の合間を縫って、ユキは下の子供たちの世話を影分身やシッターに任せてフランスへ見舞いに行く。姿現しではなくポートキーでの移動は大変だった。
―――下の子たちはホグワーツに入学させましょう。女の子も含めて。お願い、セブ。
かくして、蓮たちより下の子供たちはホグワーツに入学することになった。蓮と栞はというと、中途半端で転校するよりもボーバトンにそのまま在籍した方が良いとセブルスが言い、ボーバトンに残ることになった。蓮と栞のホグワーツに転校したいという必死の抗議は聞き届けられず。
セブルスは思っていた。蓮と栞より下の子供たちは同学年に男の子がいる。何かあればきっと彼らが女の子たちを守ってくれるだろう。だが、1番上の2人は違う。蓮と栞を守るにはボーバトンで学ばせるのが1番。
ボーバトンはホグワーツに負けない優秀な教師陣と美しい学び舎、主にヨーロッパ各国から集まる向上心の高い生徒たちが在籍し、学校生活は楽しいものであった。だが、蓮と栞は両親の通ったホグワーツに強い憧れを持っていた。
どうやったらホグワーツで学べるのかしら?
手紙を送る度に、夏休みに家に帰る度にホグワーツに転校したいと訴えてもダメだと一蹴してしまう父親に不満を募らせる。
学年も上がっていき、ホグワーツに通えないかもと焦りを感じる中で出会った人物。
蓮と栞は過去へとタイムスリップする機会を得る。
―――怪我はありませんか?
物心つく前から時々遊びに来ていたクィリナスを蓮は慕っていた。そしてあの日、木から落ちた自分を助けてくれたクィリナスに恋をした。しかし、紳士的でどこかミステリアスな雰囲気を纏うその男性の視線はいつも母にあった。
―――あの、紙が落ちました
―――ありがとうございます
何の拍子だったのかヒラヒラと落ちたの上質な紙の切れ端には“C.C. あなたを信じて待っている。愛を込めて ユキ”と書かれていた。
手紙の結びの言葉である“愛を込めて”の文章はまるで何度も上から指でなぞったかのようにインクが擦れていた。
クィリナスがユキを愛していると気づいたのはいつだっただろうか。憧れを見るような瞳でクィリナスがユキを見つめているのが辛かった。
私を見て。
子ども扱いしないで。
もし、私がもう少しだけ大人だったならば。
―――行きたい!
―――2度と元の時間軸には戻れないよ?
―――構わない。私を過去に飛ばして下さい!
―――蓮、よく考えるべきだわ。
―――いいえ、栞。私はこのチャンスを掴みたい!
あの人への想いだけで私は過去へと飛ぶと決めた。私を心配してついて来てくれた栞には感謝しかない。私の双子の姉は優しく勇敢なのだ。
―――ふうむ。未来から来た……。
ダンブルドア校長に全てを話した。
―――未来に起こることを決して誰にも告げてはならぬ。未来が変わる危険性をよく考えるのじゃ。
変えてはいけない未来。でも、ささやかな変化なら起こしてもいいでしょう?
大好きなあの人に振り向いてもらいたい。
夢にまで見たホグワーツでの学生生活
父がいて
母がいて
そして―――話に聞いていたよりも危機迫るイギリス魔法界に青ざめる。
だが、私は戦う心積もりが出来ている。
クィリナスの役に立ちたい。あの人の心に少しでも入り込みたいと思ってきた。
クィリナスの隣に堂々と立てる人間に私はなるのだ。
そうなった時、彼は私に言うでしょう。運命の人は私だって。でも彼は年齢差に躊躇していて、そんな彼に私は「愛に年齢なんか関係ないわ」ってありふれた台詞を言うの。そうしたら彼は微笑んで私の頬に手を寄せる。キラキラと降り注ぐ光の中で温かい彼の腕に抱かれながら幸せに
「……我輩は……と思う。君が……」
頬を染めるの。そこからお付き合いが始まるんだけどここからが大変。きっとお父さんが邪魔してくると思うけど、私たちの愛の絆は固く、私はクィリナスの良いところを訴え、クィリナスは誠実さを示してくれる。デートの時は門限までに家の玄関まで送り届けてくれるし、初めてキスをするシチュエーションはどんな風がいいだろう、手を繋ぐのは私から?それとも
「……て……Ms.……」
クィリナスからかしら?交際してからどのくらいでプロポーズに至るのだろう。プロポーズ!夜景の見えるレストランもいいし、夕日の落ちる湖を見ながらというのも素敵かもしれない。クィリナスは片膝をついてカパッと婚約指輪の入った箱を開いて私に
「きゃあ!」
蓮は騙し階段の穴にはまって悲鳴を上げた。妄想の世界から帰ってきた蓮は腰まですっぽり穴にはまり、目を白黒させる。
「6年生にもなって騙し階段に落ちるとは」
「た、助けて下さい」
「君は奴の部屋を出てから我輩が話していたことを聞いていたかね?」
「いいえ。別の事を考えていました」
「教師が話しかけているのに上の空とは成績優秀の優等生は礼儀を知らなくてもいいと思っているようですな」
「申し訳ありません」
「では、もう1度話して聞かせよう」
「先に穴から引き抜いて頂けませんか?」
「漸く話を聞ける態勢になったのだ。これから我輩が言うことをこのまま聞き、終わったら“はい”と言いたまえ」
「……はい?」
「今ここで今後クィリナス・クィレルと接触しないと誓え」
「あの人の事を外で話す時はC.C.と呼んでください」
「あいつの身の破滅など知った事か」
「ユキ先生が大激怒しますよ。C.C.の不死鳥の騎士団における貢献はそれはそれは大きいものですから」
「チッ」
「ガラが悪い……」
「あいつの何がいい?」
半ギレでセブルスは聞いた。
「顔」
「趣味が悪い」
「性格」
「変質者だ」
「知を貪欲に求めるところ」
「結果、闇の帝王を頭にくっつけることになった」
「匂い」
「……」
セブルスは奇妙な生き物を見るようにまじまじと蓮を見つめた。
「そんな目で見ないで下さい」
「MS. 蓮・プリンス。恋は盲目という言葉をご存じですかな?君はあの男の真の姿が見えていない。強く忠告させて頂こう。自室に若い娘を連れ込み下着姿にさせるなど良識も誠実さも持ち合わせていない男のすることだ」
「あれは治療の為でした。あと、自分から脱ぎました」
「……治療ならば大広間の救護所で出来たはずだ。部屋に連れ込むなど言語道断だ」
「C.C.にやましい気持ちなどなかったと思います。ただ純粋に私を心配してくれただけで―――」
「下着姿になってソファーで寝て、男に体を触らせる。未成年の未婚の女子生徒だ」
「でも―――」
「君のご両親は大層ショックを受けるであろう」
ハッとして蓮は息を飲みこんだ。
目の前の父親は怒りとも悲しみとも取れるなんとも辛そうな表情をしていた。
確かに、考えてみればセブルスの言う通りで娘が男の部屋であられもない姿になっていたら心配するのは当然だ。
「ごめんなさい」
「漸く言葉が通じたようで何よりだ」
「もう服は脱ぎません。次に服を脱ぐ時は初夜の時にします!」
「明日の朝までその階段にはまっていたまえ!」
「ま、待って下さい。誓います。両親を心配させるような行動をしないと誓います!」
蓮にクルリと背を向けて階段を数段下りていたセブルスは振り返った。
「ご両親は安心なさるだろう。我輩もホグワーツ教員として生徒が健全な学生生活を送ることを望んでいる」
「学業に専念して慎み深く生活します」
セブルスは杖を振って底なし沼のように蓮の体を飲み込んでいっている階段から蓮を救い出した。
「雪野教授とマダム・ポンフリーから治癒術を習っていると聞いた。順調かね?」
「お2人共ビシビシ鍛えて下さいます……それはもう、ビシビシと」
「癒者は人の命を預かる仕事だ。人一倍努力が必要になる。君は魔法薬に関しての知識が足りないように思えるが……必要なら補講を致そう。どうかね?」
「治癒に必要な魔法薬!」
「余裕があるなら解術についても教えよう。ついて来られるようならば、だが」
「大丈夫です。頑張ります!宜しくお願い致します、スネイプ教授」
クィリナスの役に立てる魔女に、クィリナスの隣に立てるような人間になりたい。それにお父さんに魔法薬や解術を教えてもらえるなんて最高じゃない!
ニコニコしている蓮の前でセブルスはほくそ笑んでいた。
課題をたんまりと出して忙殺し、出来るだけ自分の目の届く範囲にいさせて監視し、いつでも声をかけられる関係を作ることに成功した。
あの男にだけは娘を渡してなるものか。
セブルスは未来を考え、目の前の蓮と双子の姉の栞が生まれて成長したら、校則が厳しく女子生徒が大半を占めているボーバトンに入学させようと決めたのだった。