第7章 果敢な牡鹿と支える牝鹿
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22.たまげた日
素敵で刺激的なクリスマス休暇が終わり、明日から生徒たちが戻ってくる。
私たちはグリモールド・プレイス12番地で休暇の最後を楽しんでいた。不死鳥の騎士団の任務やリリーとジェームズの顔を見に学校がある期間もここを訪れるが、それでも授業があれば連休の時と同じようにとはいかない。
『リリーのお腹の子も順調。出産を手伝ってくれる人も慎重に探しているからリリーは安心して過ごしていてね』
「ありがとう、ユキ」
「困ったことがあれば力になる。言ってくれ」
「セブもありがとう」
リリーの後にジェームズにも挨拶をして(出歩かないように強く言っておいた)彼から離れると、驚いたことにジェームズはセブに飛びつくようにハグをした。
硬直というより体が破壊されたような顔をしたセブの顔に浮かぶのは怒りよりも全身に虫唾が走ったという表情。
「んなあ!?!?ジェームズ、正気か?お前、スニベルスに抱きくだなんて!スニベルスだぞ!?」
驚愕して叫ぶシリウスにジェームズはきつく咎めるような視線を向けて首を振った。
「無礼だよ、シリウス。世界中の尊敬を集めるM.S.に対して失礼だ」
「はあ?新しいあだ名か?」
「そうさ!セブルス・スネイプ博士!M.S.とは彼に与えられたマスター・オブ・セックスの称号!ぶへぇッ」
バーン
ジェームズは部屋の向こう側まで吹っ飛んでいった。誰が杖を振ったのかは言うまでもない。
「夫がごめんなさい」
『スニベルスより良いあだ名だと思うわ。ね、セブ』
本気で言っているのか?という目で見てくるセブから視線を逸らし、リリーにもう1度挨拶して私とセブはホグワーツに戻って行った。
クリスマス休暇に家に戻らなかったドラコは自分だけの秘密としているヴォルデモートから与えられている計画を進めているようだが、うまくいっていないらしく顔の色が良くなる様子はない。
誰か個人を狙っている計画なのか、ホグワーツ全体を巻き込むものなのか。
計画が成功すれば大打撃を受けることは分かっていたが、私は大局を見るよりも愛弟子であるドラコがどう平穏に生きていくかを重視している節がある。それを私はセブから強く批判されていた。
『自分がこんなに情によって合理的ではない判断をするとは思っていなかったわ』
自分の変わりように肩を落とす。
セブに対してもドラコに対しても愛に溺れるとはこのことだ。
魔法省は生徒の安全を考慮して特別に煙突飛行ネットワークを学校に開通させていた。
賑やかさの戻ってきた学校。私はホグワーツらしいヘンテコな毎日が大好き。子供たちにも一生の思い出に残る学生生活を送って欲しい。
「ユキ」
夕食が終わり、自分の部屋へと帰ろうと立ち上がるとダンブーに声をかけられ、校長室へと連れていかれた。
「儂は以前こう頼んだ。Mr.ドラコ・マルフォイが何をしているか突き止めて欲しいと。じゃが君は諦めているように見える」
『諦めてはいません。ですが、ドラコの気持ちを優先させてあげたいのです』
「甘すぎると分かっておるはずじゃ」
『えぇ。もしかしたら、とんでもない事態を引き起こすかもしれません』
「お主はMr.マルフォイと信頼関係で結ばれておる。言い方は悪いがそれを利用し、ヴォルデモートの計画を暴くべきじゃ」
『ドラコの口から無理に聞き出すようなことはしたくない』
「だから今までのように傍観すると?お主はMr.ドラコ・マルフォイ以外の生徒はどうでも良いと考えておるのかのう?」
『まさか!私はホグワーツの生徒みんなを等しく可愛いと思っています』
「Mr.マルフォイを依怙贔屓している時点でお主は公平な教師ではないのじゃ、ユキ」
『……私はボージン・アンド・バークスを探っています』
「して、成果は?」
『成果は上がっておりませんが……1度失敗して警備が固くなってしまいました』
「ふむ」
『ですが何としてもドラコが何をしているか、彼に聞かずに探って見せます』
「ユキの努力は分かった。じゃが、それを頼りに儂らが何も手を打たないということも出来ぬ」
『どうするおつもりです?』
「セブルスに探りを入れてもらおうと考えておる」
『ドラコはセブに心を開かないでしょう』
「儂らはやれる手は打たねばならぬのじゃ」
校長室を出た私が自室へと帰って行くと、自室へと続く吹きさらしの階段の1段目にドラコが座っていた。どのくらいここにいたかは分からないがもう日が落ちている中、雪は降っていないがキンとした寒さの外で座っていて体が冷えてしまった事だろう。
『扉に書置きをしてくれれば部屋まで行ったのに』
「部屋の中にいたくなかったんです」
『中に入って温かいものを飲みましょう』
背中に手を添えて立ち上がるのを促し、階段を上って部屋に入って暖炉に火を入れてランプに灯りをつけるとカントリー調の部屋はパッと明るくなった。この部屋はダンブーが用意してくれたもので、この部屋の温かな雰囲気を私は気に入っている。
『何か悩み事?』
「ポッターたちが最近更に五月蠅いんです」
私はハリーたちを肯定する言葉しか頭に浮かんでこなかったので紅茶を淹れることに専念した。
『計画は終わりそうって聞いていい?』
「うまくいかない」
ぼそっと小さな声でドラコが答えてくれた。
「でも、やり遂げられると思う。良くはなっている」
自分に言い聞かせるような声。
良くは。
なるほど。ドラコは何かを改善、または直そうとしている。ボージン・アンド・バークスに何かの保管を頼んだくらいだからドラコが何か魔法具関連で苦労していたのは知っていたが。
必要な部屋にある魔法具とは何だろう?
「父上が例のあの方に頭を下げて僕の計画の成功を待って欲しいと言っているのを知っています。父上は僕を安心させるために何も言いませんが、いつ例のあの方の怒りに触れて罰を受けるか分からない」
『だからといってヴォルデモートはルシウス先輩を殺すことはないでしょう。そんな暴虐を働けば死喰い人は自分について来なくなる、少なくとも自分に対する忠誠心が薄れると分かっているはず。恐怖だけでは人を支配できないもの』
「そうですね」
ドラコはきっと今の話を自分の頭でも考えていただろうが、人からも聞けて良かったいうように息を吐き出している。
『さっき校長室に呼ばれたわ。あなたの計画を聞き出すようにセブに命じるそうよ』
「ユキ先生とスネイプ教授の関係は複雑ですね」
『そう?意外と単純よ。各々自分のやりたいようにやっている』
「自分のやりたいように……」
『羨ましそうね』
小さく微笑んだドラコは壊れそうに見えた。
『私がセブを止めることは出来ない。だから、情報を漏らさないように気を付けるのよ。心を固く閉ざし、入られた場合は押し返す』
「もしくは別の記憶を差し出す」
『宜しい』
私はしっかりとした口調で言われた言葉に微笑んだ。
「今日の紅茶は……頂いた飲み物は白湯でしたか?」
少し元気が出たのかイギリス人らしい皮肉と小生意気な顔で言われ、私は嬉しくなる。
『色のついた白湯よ。次に来たら紅茶を出してあげます。さあ、もう9時になるわ。寮まで送っていきましょうか?』
「いいえ。大丈夫です。ありがとうございます」
2人で立ち上がったところで足音が聞こえてきてセブがやってくるのが分かる。ドラコに告げると顔が歪むほど嫌そうな顔をした。
『あなたの寮監よ?』
「どっちつかずの裏切り者……裏切り……あいつが何を考えているかユキ先生は知りません。気を付けた方がいいですよ」
『私とセブはラブラブよ』
「ユキ先生は時々頭がおめでたいんです。あいつは言っていた。自分にユキ先生は相応しくない。どこの血が混ざっているか分からない女ではなく、自分に相応しいのは純血の女だと」
直後に扉が開き、入ってきたセブは何を考えているか分からない目でドラコを上から下まで見た。
「9時になる。寮へ帰りたまえ」
「今帰るところです。ユキ先生」
ふわりと風が来たと思ったらハグされている。
私はトントンと弟子の背中を叩いた。
『いつでもいらっしゃい』
「はい。お茶を淹れる練習しておいて下さい」
階段で青い顔をして座っていた時よりも元気になった様子に良かったと思いながら私はドラコを見送った。毎回、私の部屋から帰る時に少しでも血色が良くなってくれるのが嬉しく思う。
『ダンブーからドラコの件について聞いた?』
「油断も隙もあったものではないな」
『え?』
「ドラコだ」
『どういう意味?』
「君に色目を使っている」
『あなたの見当違いな嫉妬にはうんざりよ』
セブは目を細めて怒りを示した。
『考えうるならば、あなたへの嫌がらせね』
「ユキにしては良い推測だ」
赤く燃える暖炉前のソファーにセブはドカリと座った。
「ドラコは我輩を信用しておらん。どうやって計画を聞き出すか考えると頭が痛い」
『別件だけど、頭の痛さが取れる手紙が届いたわよ。来て』
セブと一緒に寝室へ入って文机の上から手紙を取り、渡す。差出人はグリンダ新薬研究所に所属している人の名前。スラグホーン教授に紹介してもらい、手紙のやり取りをしていた人だ。
『読んでみて』
セブの目が開かれていく。
「これは良い知らせだ」
そこに書いてあったのは噛まれると傷口が閉じにくくなる毒を持った蛇を知っているという内容。しかも蛇を飼っている魔法生物飼育の専門家を知っているとまで書かれていた。
『交渉して毒を手に入れてくる』
「一緒にと言いたいところだが、任せてもいいか?」
『えぇ。死喰い人の方も目が離せない』
「我輩は関われていないが、大きな計画が進んでいるらしい」
『十分に気を付けて』
「ベッドに」
『スラグホーン教授、ごめん。何?』
声が被ってしまった。腰に回されたセブの手に自分の手を回しながら尋ねると拗ねたような顔をされた。
「スラグホーン教授がなんだ?」
『明日お礼を言いに行こうと思うの。一緒に行かない?』
「あぁ。お礼を申し上げたい」
『研究を進める?』
「先にベッドへ」
『先にってことは、してから研究を始めるってこと?スタートが夜中?明日は土曜日だから朝寝坊が出来るけれど……こら。脱がせ始めるんじゃありません。私はまだ迷っています』
「頼む」
『真顔で言わないで』
「我慢ならん」
『ぷふっ。まったくもう。じゃあ、シャワー浴びてくるからって、わあ!』
押し倒されて笑ってしまう。ガツガツ来てくれるのは正直嬉しいものだ。
『絶対に舐めないでね』
「我輩は構わない」
『私が構うの』
「前に、これだけは我輩に付き合ってもらうと言った、ぐっ」
着物の裾を開いてショーツを下ろそうとしていたセブの首に足を絡ませて締め上げる。
セブはかなりの力と速さで降参だと私の腰をベシベシベシと叩いた。
朝食の席で訪問の約束を取り付け、お昼前にスラグホーン教授の元を訪れるとニコニコ顔で私たちを私室へと招き入れてくれた。
スラグホーン教授からナギニに似た蛇を飼っている人物に関係する人から派生してあらゆる有名人に関する話を乱射呪文トークで聞いていると扉が強く3回叩かれた。
「誰だろうか」
話の邪魔をされたスラグホーン教授が肩を竦めながら扉を開くと、そこにいたのはハリーとロンだったのだが、ハリーの後ろにいるロンの様子が明らかにおかしい。天井を見つめて自分自身を抱きしめている。
「あああああロミルダ!僕のロミルダ!あの人のいない人生はカスタードの入っていないシュークリームっ」
『何か飲んだようね』
「そのようだな」
セブはロンにあまり興味を示しておらず、今が帰るチャンスとばかりに腰を上げた。
「ロミルダ!ロミルダがいない。騙したな。僕を騙したんだな、ハリー!」
ロンがハリーの胸倉を掴んでガクガク扉の前で揺さぶっているので私たちは外へ出ることが出来ない。
「ユキ、セブルス、神経強壮薬に少し手を加える間、このラルフくんを見てやってくれ」
部屋の脱出に失敗してしまったセブは面倒くさそうにロンの首根っこを掴まえて部屋の中へと引き摺り込んだ。私の方はその間に変化してロミルダ・ベインに変身する。
「あ!僕のロミルダ。やっぱりここに、あぁ、ハリー、どうしよう。僕、どう見える?カッコいいかな?もっとイカしたセーターを着てくるべきだった。あれ?本当に君はでも、ロミルダ?」
あら?上手く騙せないのかしら?とはいえ、半分は信じている様子。
セブの後ろでもじもじやっているロンを面白がっているハリー。ロンはセブのマントで恥ずかしそうに顔を隠しながら、セブの後ろから顔を出し、私の様子を覗き見ている。
急にハッとした顔になるロン。
「このマント良い匂いがする!そうだ!良い匂いになればロミルダがハグしてくれるかもしれない!脱いで下さい。僕はこの服が着たいっ」
「やめろッ、ウィーズリー!」
ロンがセブの服を脱がせようとし出したので私とハリーは噴き出し、笑いだした。セブと大差ないほどの体躯の持ち主であるロンは惚れ薬の力で狂っており、強い力でセブと揉み合っていたので2人は床に倒れた。
私とハリーも床に膝をついて、ロンに服を脱がされそうになっているセブを見てゲラゲラ笑う。
「これこれ。あまり笑っては後から可哀そうだよ」
スラグホーン教授は透明な液体の入ったグラスを持ちながらやってきて、ハリーにロンをセブから引き剥がすように指示をした。
「ラルフくん、これを飲みなさい。君の魅力を倍増する魔法薬だ。彼女に好きになってもらえるよ」
「それは凄い!」
ロンは張り切って、解毒薬をズルズルと派手な音を立てながら飲み干した。私たちが見つめていると、ニッコリと私に笑いかけていたロンのニッコリは引っ込んでいき、消え去って、極端な恐怖の表情と入れ替わった。
「どうやら元に戻った?」
ハリーがニヤッと笑い、私とスラグホーン教授はクスクスと笑っている。
「スラグホーン教授、まともなロンに戻して頂きありがとうございました」
「いやなに、構わん、構わん」
打ちのめされたような顔で、傍の肘掛椅子に倒れ込むロンを見ながらスラグホーン教授が言った。私の方は自分の姿に戻り、セブは不機嫌そうに服装を正していている。
「気付け薬が必要らしいな」
スラグホーン教授が今度は飲み物でびっしりのテーブルに急ぎながら言った。
「バタービールがあるし、ワインもある。オーク樽熟成の蜂蜜酒は最後の1本だ……うーむ……ダンブルドアにクリスマスに贈るつもりだったが……まあ、貰っていなければ残念だとは思わないだろう!」
スポンと軽快に蜂蜜酒の栓が抜ける。
「恋愛絡みの痛手には酒が1番!さあ、グラスを取って」
私はセブにグラスを押し付け、みんなのグラスに黄金色の蜂蜜酒が満たされる。
「若者よ!恋をせよ!失恋の痛手は次なる恋の糧となる。乾杯!」
私は、スラグホーン教授の乾杯の音頭を無視してグラスを口元に持っていくロンのグラスを叩き落とした。
ゾワゾワと粟立つ肌。
鼻腔に届いたのは毒の匂いだった。
「ユキ?」
吃驚して目を丸くするスラグホーン教授を見つめる。
『毒入りかと』
「毒!?そんなまさか!」
匂いを嗅いでいるセブとスラグホーン教授。その横でポカンとするハリーとロン。私は舌先で毒に触れた。
「馬鹿者!吐き出せ!」
引き攣った息を飲みこみ、セブが私の肩をガシッと握ったので私の持っていたグラスから毒入りの蜂蜜酒が零れて床に染みを作った。
『大丈夫よ。毒の強さを見誤るような私じゃないわ。でも、1口飲んだら死んでいたかもしれない』
「わ、私じゃない」
『勿論スラグホーン教授が毒を盛ってみんなに配っただなんて思いません。誰が……は分かりませんが、先ほどダンブルドア校長に蜂蜜酒を贈ると仰いませんでしたか?』
「あ、あぁ。だが、私が用意したものじゃない」
「どういう意味ですか?」
ハリーが興奮気味に聞いた。
「クリスマスプレゼントに貰ったものだったのだよ。送り主は不明だったが……」
「マルフォイだ」
ハッとしたようにハリーは呟いた。
「ポッター。君の短絡的な思考は直ぐにドラコ・マルフォイと結びつくようですな」
ハリーはセブを睨んだが、彼の頭の中に浮かんだこの考えは全く揺らいでいないようだった。
「ダンブルドア校長に危険を知らせるべきです!」
『証拠もないのに?』
ハリーは言い返せなかったが憤然とした様子で、スラグホーン教授に短くお礼を言って1人部屋から出て行った。ロンが色々なことが起こった混乱から少しヨロヨロしながらハリーの後を追いかけていく。
『誰も被害に遭わずに良かったです』
「このような恐ろしいことが起きるなど……」
『念のためスラグホーン教授もお気をつけを』
「君が贈ってくれた守りの護符はこういったことには効かないのだったね?」
『残念ながら』
「分かった。ありがとう。気を付けるよ」
スラグホーン教授の部屋から辞した私たちは距離的に近いセブの部屋へ行くことにした。私室は綺麗に片付いており、セブの屋敷しもべ妖精トリッキーが頑張ってくれているのが見て取れる。
トリッキーは私とセブに紅茶を淹れてくれた。
「どう思う?」
『分からないわ』
「君は飲めば死ぬ毒酒だと言っていたな。ホグワーツで殺人事件未遂が起こったなど大事件だぞ」
『このことが学校中に知られればホグワーツは大混乱に陥るわ。子供たちを引き取る保護者が増えるでしょうね』
「最悪、理事会がホグワーツを閉鎖しかねない……昨日、ドラコの様子におかしな点はあったかね?」
『いいえ。顔が青かったけど……今年度が始まってからはずっとそうだったから……』
「……ポッターの言う通り、ドラコは容疑者の1人として浮かび上がる」
『そうでしょうけど、分からない。でも、きっとダンブーを狙った犯行ね』
「校長が命を狙われるのは今の状況だと意外なことではない。問題は誰が、だ。考えたくない気持ちが透けて見えますな」
『それを考えるはあなたの仕事になったはずよ』
「あくまでドラコを野放しにしておく気だな?」
『見つけたら邪魔くらいするわ』
「はぁ。分かった」
『軽蔑した顔しないで。傷つく。ボージン・アンド・バークスの方で頑張らせてもらう』
「あの闇の魔術のかけられたものしかない魔法具専門店に侵入するのがいかに危険か理解しているのかね?」
『理解している』
「以前失敗したと言っていたな。防犯は厳しくなっているはずだ……気をつけろ」
『やめろと言わない辺り私を分かってきてくれたみたいね』
「ユキ」
セブは何も言わずに私を抱きしめて頬にキスをくれた。
言い合いになっても、今はお互いの心は相手の元にあるのだという安心感で私たちは思う存分本音を言い合える関係になっていた。
***
上級生は誰もが担当科目の教授を呪いながら宿題をこなしていた。基本的に力で解決の忍術学も例外ではなく、難しいレポート課題を生徒たちに課している。
私はクラッブとゴイルを忍術学の教室に監禁してレポートの作成を手伝っていた。
『クラップ、もう少し詳しく書いて。術者が術に飲み込まれる時は、術の力が術者の魔力を上回る時であり、誤って自分の力では制御しきれないほどの術を発動した場合は―――って、ビンセント・クラッブ!寝るんじゃありません!』
説明中にうつらうつらし始めたクラッブを叱り飛ばすと、ハッとして目を開けた後、直ぐに白目になって再び夢の世界を目指そうとしたので肩を掴んで揺する。
この子には今回の課題をしっかりと頭に叩き込まなければならない。何故なら、妲己から見せられた記憶では、クラッブは自分が発動した悪魔の火と思われる呪文によって飲み込まれて死んでしまったからだ。
ゴイルの方も似たような思考を持っているから、彼にもよく理解してもらいたい。
私は目覚まし薬を2人の机にドンと置いて飲み干すように促した。
「どーして俺たちだけ呼び出されて缶詰に……」
ゴイルがスッキリした目をしながら顔を顰めてまだ10センチも書けていない羊皮紙を摘まみ上げた。
『スネイプ教授からあなたたち2人のことをよくよく見て欲しいと言われているのよ。スネイプ教授はあなたたちが忍術学のN.E.W.T.に合格してホグワーツを卒業することをお望みです』
「確かに、忍術学はホグワーツの授業の中では価値がある」
ニヤリとクラッブが笑った。
この2人もドラコと同じく、ホグワーツの授業など役に立たないものだと思っている。もう直ぐヴォルデモートの支配する世界がやって来て、ホグワーツでの成績など将来になんの影響も与えないし、授業など鼻で笑う程のお遊びだと感じているらしい。
今、その考えを正すことはしない。彼らは少しばかり―――情報を与えすぎると混乱するきらいがあるからだ。だからまず今日は身の程に合わない術を使うとどうなるか教えることにする。
『先ほども言った通り、術者の力を上回る術を発動した場合は術を制御できなくなる。これは忍術だけではなく魔法でも同じよ。例えば悪魔の火をあなたたちが使えば、火に飲み込まれるでしょう』
どうやらピンときていないようだ。
『私は自分の実力以上の火遁術を使い、術者が三日三晩死ねもせずに火で焼かれ、最後には息絶えたのを見たことがある』
俺たちはそうはならないという顔だ。
『使いたい術があったら私に確認しに来なさい!自分で制御できるか実戦で試して、判断してあげます!』
「「悪魔の火を使ってみたい!」」
『いい覚悟だ。表へ出ろ!』
但し、レポートを書き終えてからと言われてまた死んだ魚の目になるクラッブとゴイル。それでも彼らのお尻を引っ叩いて(もちろん実際にはしていない)レポートを仕上げさせて私たちは丘へと向かったのだった。
『結果、クラッブとゴイルは自分の実力以上の魔法を使ったらどうなるか身をもって理解したわ』
「寮監として礼を言う」
私は羊皮紙を広げて“ケーキを水で溶かさない”という項目を羽ペンで消した。やることリストはこうして暗号で書かれている。
『ハリーがスラグホーン教授からヴォルデモートが何個分霊箱を作ったのか聞きだすのに難儀しているわね』
「今のところ最重要な課題だ。しかしながら、ポッターは真面目に取り組んでいるようには見えませんな。奴は父親と同じく女の気を引くのに躍起になって自分のやるべきことに取り組まない。選ばれた男の子はクィディッチチームのキャプテンとなり周囲からもてはやされ、自分に注目『ハリーはジェームズじゃないわよ』
セブはまだ言い足りなさそうだったが口を噤んだ。
『ハリーの性格がリリー似のいい子だって知っているでしょう?』
何か思い出したことがあったのかセブは言い返さなかった。
私は杖を振ってティーセットを片付ける。今日はこれからグリフィンドール対ハッフルパフのクィディッチ試合があるのだ。
私とセブも観戦すべく私の私室を出て競技場へと歩いて行く。
すると、途中でドラコと出くわした。彼は両隣に可愛い女子生徒をつれている。彼女たちがクラッブとゴイルだということは簡単に予想が出来た。
私たちは通りすがりに目を合わせたが無言で各々が目指す方向へと歩いて行った。
十分距離を取ったところで小さな溜息を漏らす。
空に響く大歓声。
紅のローブとカナリアンイエローのローブが空を走る。
――――あーーっ。大変。マクラーゲンが打ったブラッジャーがハリーの頭に直撃しました。もしかしてフウーパーの鳴き声を聞いたのかなぁ?
夢見心地のような声のルーナの解説の中ハリーはぐんぐんと地面に吸い込まれていった。
グリフィンドールチームのキーパーであるマクラーゲンが放ったブラッジャーが頭に直撃したハリーは気絶して箒から放り出されて落下していったが、地面に叩きつけられる前にシリウスによってキャッチされた。
私もセブもホッと息を吐き出す。
隣を見ればムッとした顔。ハリーを心配していたことに気づかれたのが嫌だったらしい。
『あなたが良い人だって知っているわ』
セブは鼻を鳴らしてブスっとした。
『この後、セブの部屋に行ってもいいかしら?トリッキーに用事があるの。それにモリオンにも会いたいな』
「構わん」
まったく私の方を見ないセブの顔は不機嫌そうで、その視線の先を追うと、競技場に飛び出していった友人思いのハーマイオニー、栞ちゃんの姿があった。
『何があなたをそんな顔にさせるの?』
「行くぞ」
『あ、待って』
私はマントを靡かせて大股で歩いて行くセブの背中を追いかけたのだった。
『トリッキー』
「ユキ様はきっとまたトリッキーめに無理な命令をしようとなさいます!ご主人様の使い古しのパンツはモゴモゴモゴ」
私はセブの屋敷しもべ妖精であるトリッキーが余計なことを言う前に口を塞いだのだが、耳のいい恋人は聞き逃さなかったらしく眼光鋭くこちらを見つめている。
ゴホン。話を変えよう。
『トリッキーに渡したいものがあるの』
私は着物の袂から鏡を取り出した。銀色の美しい鏡は掌に収まるサイズの両面鏡。私は迷いに迷ったがこの両面鏡の片割れをトリッキーに渡すことに決めた。
ホグワーツ内ですら自由に姿現し出来る屋敷しもべ妖精は強い味方で、セブに万が一にあった時、知らせてくれることが出来るかもと淡い期待を抱いていた。
ホグワーツで大きな戦いが始まった時、トリッキーには密かにセブの傍にいて様子を窺っていて欲しい。トリッキーに予言の事は言わなかったが、セブが危険な目に遭っていたら知らせて欲しいと言って両面鏡を渡した。
「はじめてまともな命令をユキ様は下さったのでございます!ご主人様が脱いだパンツとワイシャツをご所望になるユキ様は」
『黙って、トリッキー』
私は再びトリッキーの口を塞いだ。
「トリッキー、我輩の衣服の管理には気をつけろ」
「畏まりましたです、ご主人様」
獲物を狙う目で自分の枕カバーを見ているユキを見て、セブルスは追加の命令を下すことに決めた。
ハリーは頭蓋骨骨折だったが、それも幸運だったのかもと思うくらい彼は嬉しさに浮かれていた。自分の枕元横にある椅子には心配そうな顔をして栞が座っているからだ。
「マクラーゲンを呪ってやりたいわ!やりたい放題して、挙句の果てに仲間にブラッジャーを打ち込むなんて!」
プンプンと怒る栞の横でハリーはニコニコ笑ってしまうのをやめられない。そんなハリーを見てこれは別の意味で重症だとロンとハーマイオニーは顔を見合わせていた。
この4人の関係は少し複雑化していた。
ハリーは栞が好きだが、栞の方はハリーを何とも思っておらず、ハリーは全く気付いてもらえていない。ロンは心の奥底でハーマイオニーが好きなのにラベンダーと付き合っていて、ハーマイオニーの方は心が荒んで好きでもないマクラーゲンをスラグ・クラブのクリスマス・パーティーのパートナーに誘ったりしていた。
ダンブルドアは危惧していた。
この4人の友情は本物であり、何があってもお互いを支え合ってヴォルデモートに立ち向かっていくと信じている。だが、少しのいざこざは回避できないだろう。
その少しが命取りになってはしまいかと不安でならない。
敵は強大であり、彼らはまだ若い。良い形で彼らの関係が纏まって欲しいと、こればかりは何一つ手伝いは出来ぬと歯痒い思いをしながら若い恋を見守っていた。
ただ、黙って見守れない人物がいる。
セブルス・スネイプは自分の口寄せ動物であるウサギのモリオンと自分の自室で戯れているユキを置いて医務室へやってきていた。そこには予想通りのメンバーが揃っており、苛立ちで頬の筋肉を痙攣させる。
「スネイプ教授、御用ですか?」
セブルスは無理矢理作った用事をマダム・ポンフリーに伝えて、続いて今気が付いたとでも言うようにハリーが寝ているベッドへと視線を移した。
「ポッター、気分はどうかね?近々君の両親に会う予定がある。君が仲間の放ったブラッジャーに当たって入院する羽目になったことを伝えて進ぜよう。特に君の父親は息子の試合に大変興味を示していたからな。生きていることが分かったら安心するだろう」
ハリーはせせら笑っているセブルスに腹を立て、上体を起き上がらせようとしたが、痛みで顔を歪めて枕に頭を沈めた。
その様子を満足そうに見てからセブルスは落ち着くようにハリーの二の腕を軽くたたいている栞を見た。
「栞・プリンス、ついて来い。3日前にゴイルと廊下で呪いをかけあった罰則をする」
「え!?罰則は明後日の予定です」
「我輩の予定が変わったのだ。別の罰則で忙しいようなら新たに日を決め直すが」
「行きますっ。罰則で予定が埋まっているような言い方しないで下さい」
栞はお気の毒にというハリーたちの目に見送られてセブルスについていく。
揺れる黒い長いマント。
栞は自然と表情を緩めていた。幼い時、このマントを追いかけ、中に入り隠れん坊の隠れ場所に使ったり、ユキに怒られて逃げ込んだこともあった。
薬草の香りのする黒いマント。
ユキを黒いマントの中にすっぽり包み込み、2人でクスクス楽し気に笑いながら窓辺でイチャイチャしているのを見た時は、私たちも!と走って行って蓮と2人で仲間に混ぜてもらいにいったこともあった。
皆でソファーに移動し、栞はセブルスの膝の上へ、蓮はユキの膝の上に座って、お喋りをしながら穏やかな昼下がりを楽しんだ。
幼い日の思い出を回想していると闇の魔術に対する防衛術の教室に到着した。
暗くて陰鬱な教室はセブルスの趣味全開で昔も今も変わらないと苦笑してしまう。
「いつ来てもおどろおどろしいです」
「君が闇の魔術に対してどういったイメージを持っているかは知らない」
母親よりもずっとずっと趣味が良い父親は自分の理想の“闇の魔術に対する防衛術”の教室を上手く作り上げて満足しているように見えた。
教室を突っ切ってボージン・アンド・バークス顔負けの魔法具が棚に並んでいる研究室へ入るとソファーに座るように指示される。
「ニガヨモギの葉を茎から外すのを手作業で、その
目の前の丸テーブルの上にはニガヨモギでいっぱいの木箱。気が遠くなりそうな量に夕食までに罰則は終わるのだろうかと栞は不安になった。
それでもやらない事には終わらない。腕まくりをしてニガヨモギに手を伸ばす。
セブルスは机に座って書き物を始めた。
文字を書く音とプチっとニガヨモギの葉を茎から外す音。
暖炉の中で薪が爆ぜる。
栞が気持ちよく頭をぼーっとさせながら作業していると、ふとセブルスが顔を上げた。
「前々から君には感心していた、栞・プリンス。君ほどグリフィンドールに相応しい魔女はいないだろう」
「ありがとうございます!」
「勇気と書いて時に考えなしと読む」
栞は突然に褒められた喜びを引っ込めた。
「直ぐにカッとなって杖を抜く。その知的とは言えない衝動的な行動はいつか君の命取りになるであろう」
「それは私も自分の欠点だと気づいています……」
「ほう。気づけるだけの賢さは持っていたわけだ。だが、行動が伴わない。今年度に入って罰則を受けるのは何度めですかな?」
「数えていたらきりがありません」
「そんなにか……」
「マクゴナガル教授は親に手紙を書きたい気持ちだと仰っていました……手紙を書いても届けられないのが悲しいところですけれど……」
切ない気持ちは顔に出て、セブルスの胸はキュッと締まった。微笑んで見せる栞はセブルスに肩を竦めて見せる。
「闇の陣営が滅びたら、きっと両親と暮らせるようになると思うんです。その時に、よく頑張ってきたわねって言われるような私でいたいと思います」
「努力が必要ですな」
「分かっております……あ」
セブルスは杖を振った。
丸テーブルに乗っていた木箱はふわふわと飛んで部屋の片隅に着地し、代わりにテーブルの上に置かれたのはティーセットだった。お皿の上にはクッキー。
「キルケー・クーヒェンのクッキーだ!」
「見てわかるのかね?」
「変わらない味、変わらないクオリティー、進化し続ける美味しさ。最高の矛盾をあなたに。お茶のおともにキルケー・クーヒェンのクッキーをどうぞ」
栞はニコニコしながら宣伝文句を言い、ドライフルーツの練り込まれたクッキーを1枚摘まんだ。
「私の中ではお母さんのクッキーといい勝負です」
対面に座ったセブルスは意地悪をしていた。皿の上には5枚のクッキーがある。奇数だ。どうやって分けるだろうかと興味があったのだが、栞は遠慮なくお皿のクッキーを食べつくすというセブルスの予想の上をいった。予想の上……ではない。母親と同じだとセブルスは思い返す。
「料理上手の母親から人と分け合う精神を学ばなかったのかね?」
「教えられましたが、守っていたのは弟のゾイくらいですね」
セブルスは目を瞬いた。
「兄弟がいるのか?」
「はい!」
自分たちの子供たちは栞と蓮の双子だけだと勝手に思いこんでいたセブルスは嬉しくて、擽ったい気分になった。
男か……。
どんな子供なのだろうか。上手く想像できないでいると、にっこりと笑いかけられる。
「ゾイはお父さんにそっくりなんです。顔も性格も瓜二つで、両親は生き写しって言っています」
「そうか」
聞かずとも話し始めたことに口角を上げていたセブルスは栞の次の言葉で眉が寄る。
「他の兄弟は―――」
「兄弟が多いのか?」
何故か両手を広げて体の前に持っていった栞にセブルスの顔が引き攣った。
「あはは!実はうちの家族のあだ名はスネ、プリンス一族なんですよ。兄弟の数はロンの兄弟のば」
トントントン
栞の言葉はノックの音で途切れた。
ば?
続きはなんだ?
セブルスは硬直しながらその言葉の続きを考えようとしたが、脳が拒否した。セブルスによって振られた杖で開いた扉から現れたのは未来の妻。
『お邪魔します。あら、栞ちゃん、こんにちは』
「こんにちは」
『後にした方がいいかしら?』
「スネイプ教授が罰則を早めに切り上げて下さって、お茶をご馳走になっていたところなんです」
『私もご一緒してもいい?』
全く同じ真っ黒な2人の瞳は期待に輝いてセブルスを見つめている。
「分け合って食べるように」
杖が振られてクッキーが現れる。
ドライフルーツたっぷりのクッキーを蕩けるような笑顔で食べるユキと栞の前でセブルスはスネイプ一族と呼ばれる自分の家族を思い描けないでいたのだった。
「……はあ。分け合っての中に我輩は含まれていないらしい」
『「あ」』
ユキと栞は同時に頭を抱えた。