第1章 優しき蝙蝠
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22.虫除け
私たちは三本の箒に移動した。
厄介な預言をされたからといって今すぐどうこうなるものではない。
時間は丁度お昼。
しかし何故ロンドンから離れさせられたのだろう。
『ランチ、観光、ランチ……ロンドンから離れた理由はなんですか?』
「校長に会いにいくぞ。ついてこい」
『ランチ、観光、ランチ』
「さっさと着いてこい」
『観光、ランチ、ランチ、ランチ、ランチ』
一人でロンドンに逆戻りしよう。歩き出す。しかし―――ぐふっ。
「戻るなッ」
スネイプ教授が私をヘッドロックした。
ところで、前から気になっていたのだがスネイプ教授はどうして私を羽交い締めにするか、ヘッドロックをかけるのが好きなんでしょう?
咳き込む私の顔を見て楽しそうに顔を歪ませている彼の性質はドSだと思います。
引き摺られるようにホグワーツへと歩いて行く。
『ホグワーツ半月ぶりです』
先ほどの事を早々に忘れたユキは久しぶりのホグワーツにテンションをあげた。
「引越しは無事に終わったのかね?」
『それが、毎朝、校長が爆破呪文唱えながら突撃してくるので片付かないんですよ。午前中は家の修理で潰れます』
「そんなことになっていたのか」
スネイプ教授が気の毒そうな顔をした。
『でも、もうすぐ片付くので遊びに来てください。否、むしろ校長と一緒に来て片付けを邪魔しないようにして頂けません?』
「アレと関わりたくない」
遠い目をしている。
もしかしたらダンブルドア校長はスネイプ教授にも迷惑をかけているのかもしれないとユキは思う。
校長室前の廊下で二人はお互いを牽制しあっていた。
教師たちが毎回口にするのを躊躇う校長室の合言葉。
「お前が合言葉を言え」
『忘れました』
「嘘をつけ」
『……わんわん ワンダフル フルーツポンチ?』
「それは試験前までの合言葉だ」
『ミミズ 水飴』
「それも違う」
『これ以外知りません』
ユキは肩をすくめてみせる。
しばらく見つめ合ったあとスネイプ教授は大きな舌打ちをした。
「パパ大好き」
『ブハッ。アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ……ギブ、ギブ、ギブです。すみませんでした』
無言でアイアンクローをかけられた。怒り具合がヒシヒシと伝わってくる。
面白かったんだから仕方ないじゃないか。
『あー残念。留守みたいですね』
残念ながら対のガーゴイル像はピクリとも動かない。
スネイプ教授は腹いせで床に何かの呪いをかけていた。ユキも毎朝迷惑を被っているため呪いを追加で加えておく。
「なぜ校長は肝心な時にいないのだ?」
呆れた声でスネイプ教授が言う。
『校長には私から話しておきます。きっと明日も家へ来るでしょうから』
「予言について我輩からも君に話がある。昼食をとりながら話すとしよう」
『やった!お昼ご飯!!』
スネイプは高々と両手を掲げるユキを見て予言の話は食後にしようと決めたのだった。
屋敷しもべ妖精にお昼ご飯を作ってもらい(皆に食べ過ぎてないか心配された)ユキの部屋で昼食をとることにする。
『ん~~美味しい』
「相変わらずだな」
スネイプは久しぶりのユキの笑顔に食後の紅茶を飲みながら頬を緩ませる。
ただの同僚だから当然だが夏休みに入ってから音沙汰なしだったのだ。
いつもは魔法薬の研究で瞬く間に過ぎる夏期休暇だが、ユキに会えないこの半月は随分と長く感じられた。
ようやくユキが昼食を食べ終わる。
食器を杖を振って片付けて、真面目に話をする準備が整った。
『Mr.ルシウス・マルフォイはヴォルデモートと繋がっているのですか?』
直球ストレート。
ユキは開口一番気になっていたことを聞いた。
「そうだ」
予想通り
スネイプは眉間に皺を作り難しい顔をしている。
「死喰い人の一員でもあり、リーダー的存在でもある」
『おまけにホグワーツ理事で魔法族の名家』
「魔法省に多額の寄付を施し権力を持っている。魔法の実力も相当なものだ」
『厄介な相手に目をつけられてしまった……』
ユキはため息をつき紅茶を啜った。
ローズの香りがイライラした心を少しだけ落ち着けてくれる。
『Mr.マルフォイは“占いは不正確な分野だ”と言っていました。ミネルバも似たようなことを言っていた記憶があります』
トレローニー教授の授業は有名だ。占い学の最初の授業で一人は死の予言を告げられるらしい。
生徒を怖がらせるなんて!とミネルバが怒っているのを見たことがある。
『当たるか分からない預言をヴォルデモートに伝える可能性は低いのでは?』
大人二人が不正確な予言に右往左往するなんて変な話だ。
「いや。闇の帝王は予言を重要視している。予言は君を味方につければ死から逃れると言っていたのだ」
『マルフォイ氏にも言いましたが私にはそんな力ありませんよ』
「“逆鱗に触れし者地獄の業火に焼かれ永遠の眠りにつく”というのは当たっているであろう。君は予言通りヴォルデモートに憑依されていたクィレルを火遁の術で倒した」
嫌なことを聞かれユキの眉間にも皺が寄る。
『でも、クィレルの事は過去の事だ。予言にならないですよ』
「だが闇の帝王は君が火遁の術を使うところを見ていたのであろう。予言された他の力もあると考えるはずだ」
残る予言は一つ
「人智を超える力。心当たりは?」
『ありません』
五人の命を救えば望みを一つ叶えるといった妲己。
しかし、このようなことを言うわけにはいかない。
「君は妲己という妖狐の力で魔法界へ来たのであろう?」
スネイプ教授の視線が鋭い。
よく覚えていらっしゃる。
記憶力の良さに感心しつつ口を開く。
『私が妲己と会ったのは手紙を託されたあの日だけ。気位の高い大妖が人間ごときに力を貸すことはないでしょう。きっと私のことなど忘れていると思います」
「そうか。それから、一応聞いておくが忍術には死者を蘇らせる術はあるのか?」
『ないですね』
きっぱりと言い切る。
実際には方法はいくつかあるのだが、いずれも術者の命を引換にする。この術が記された書物は厳重に保管され限られた者しか見ることはできなかった。門外不出の禁術。
『見逃してくれないかな』
「闇の帝王を甘く見るな。どんな手を使ってでも君を手に入れようとするだろう」
『たかが予言で大げさ』
ユキの言葉はバンッとスネイプが両手でテーブルを叩きつける音で遮られた。
カップが倒れテーブルに紅茶が広がっていく。
驚いて顔を上げる。
「預言で……」
絞り出された声は途中で切れた。
『すまない』
表情で分かった。
暗い光を宿した瞳
予言絡みでスネイプ教授が大切な人を失ったのだと察しがついた。
ユキの頭の中にふとみぞの鏡の前で涙を流すスネイプの姿が浮かぶ。
リリー……か。
ズキンと心臓に痛みが走り、続いて腹のあたりで何かが重く蠢くように感じた。
胸が苦しい。
『大丈夫です』
杖を振り零れた紅茶を消し去る。
『私は強い。それに予言通りならヴォルデモートが行き着く先は地獄だ』
決然と言い放ち、笑ってみせた。
ユキはスネイプの表情に強い不安と怖れが表れていたことには気付いていなかった。
***
新居は遠い。
姿現しの使えないユキは煙突飛行を何度も繰り返し、マグルのバスで家のある山の麓の町まで行き、そこから野を越え、丘を越え、無駄に厳重になってしまった結界を破らないと家に帰れない。
『お願いね』
クィレル宛の手紙に“今日はホグワーツに泊まる”と書き梟に託す。無事に届くだろうか。
夕御飯も食べ、あとは特にやることもない。
たまには早く眠ればいいのだがユキはクィレルとの魔法具研究で夜ふかし癖がついてしまい全然眠くない。
しばらくピーブズと水風船を投げで遊んでいたが途中で飽きたのか消えてしまった。
あてもなく城中をほっつき歩きたどり着いたのは天文台。
『んーーー気持ちいい!』
空は珍しく雲一つなく晴れ渡っており星が輝く。
肉眼でも冥王星は見えるのだろうかと天文学に詳しくないユキは空を見上げたが人の気配を感じ振り向いた。スネイプ教授だ。
『こんばんは』
先ほどのこともあって何となく気まずい。
何か明るい話題をと考えていたがツカツカと歩いてきて、ぐにーっと頬を引っ張られる。
『むぐぐ。いきなり何するんですか!?』
「こっちの台詞だ。馬鹿者が」
手渡されたのは水の抜けた風船。
「生徒がいないのにどうなっているのだとフィルチが怒っていたぞ」
『ちゃんと片付けたはずなのにな』
「お前の部屋の前でピーブズがもうひと勝負だと騒いでいたのだ」
『じゃあ、私悪くないじゃん』
呟くと上からため息が降ってきた。
夏休みまで罰則はごめんだ。
明日は日の出とともにホグワーツから出ることを決める。
「星が綺麗だな」
『え!?あぁ、そうですね』
唐突にケンタウロスのような台詞を言ったことに驚く。
じっと見つめているとふいと顔をそらされた。
『体調悪いですか?』
「なぜそのようなことを聞く?」
『耳が赤いです』
「五月蝿い」
『えーー!?』
訳が分からず抗議の声をあげるユキを無視してスネイプはローブを翻し奥の方へと歩いていった。
「こっちへ来い」
先程五月蝿いと言ったばかりなのに横暴な男だ。
ユキは少々むくれながらスネイプのもとへ移動する。
「今日はよく見える」
指さされた方向に目を向ける。
『天の川だ』
「君の国ではそう呼ぶのか。英国ではギリシャ神話にちなみミルキーウェイと呼ばれている」
『綺麗』
視界を遮る物はなにもない。
夜空にキラキラと輝く星の河。
瞬く星は伸ばせば手が届きそうなほど近く感じる。
「君にこれを」
夜空から隣へ視線を移すと小さな小箱が差し出されていた。
クリスタルのような透明なジュエリーケースは星を連想させる。
『指輪?』
流麗なSラインのフォルムの銀色の指輪。中心に紫色の宝石が輝いている。
仕事中に邪魔にならないデザインだ。
「前に言っていた引越し祝いの虫除けだ」
『わーい、虫除けだ。じゃなくて、ダメですよ!こんな高価なもの受け取れません』
「返されても困る」
スネイプはユキの右手を取り薬指に指輪をはめた。ほっそりとした白い指に紫の宝石が優しく輝く。
「我輩の誕生日を祝ってくれただろう。その時のお返しも含めている。それとも気に入らないか?」
『いいえ!とても素敵です。ありがとうございます』
戸惑いながら顔を上げると真っ直ぐにこちらを見つめる黒い瞳と視線が合う。熱い血液が体中を巡っていく。
「君の誕生日はいつなのかね?」
『分かりません』
怪訝そうな顔をされた。
『一歳になるかならない頃に森の中で拾われて孤児院に来たそうです。多分、春か夏生まれだと思います』
「すまない」
『気にしないで下さい。私自身も気にしたことがないのですから。あ、そうだ。それじゃあ今日を私の誕生日にします!』
「は?」
随分と驚いた顔をしたものだから、つい笑ってしまう。
『素敵なプレゼントを頂きましたし、今日を誕生日にしたいです。ダメですか?』
淡い月明かりに照らされたユキの顔は太陽のように輝く。
スネイプは無意識のうちにユキを引き寄せ抱きしめていた。
不思議な感覚にスネイプは酔う。
『スネイプ教授……?』
「誕生日おめでとう、ユキ」
自分を慰めるために抱きしめてくれているのだろうか。
ユキは総身を甘く震わせながら考えていた。
***
「その指輪は?」
『引越しと誕生日祝いにスネイプ教授に頂きました!』
「外しなさい」
『折角頂いたのに嫌ですよ!それに、この指輪は虫除け機能もついてるんです』
「虫除け、ですか……」
『全く魔力が感じられないのが不思議ですよね。どんな魔法をかけたのでしょう?』
「では、分解してみましょう」
『ダメです』
クィレルは先を越され心の中で舌打ちをする。
指輪を贈るなら交際を申し込むときと思っていたのがいけなかった。
さすがは狡猾なスリザリン出身。
「分かりました。分解しませんから床に降りてきて下さい」
杖を出す自分から逃れるために天井にぶら下がっていたユキを見上げる。コウモリみたいだ。
「私にもユキの誕生日をお祝いさせて下さい」
ようやく天井からおりて(落ちて?)きた。
『ケーキ食べたいです。あとバーベキューとキャンプファイヤーしてみたい』
「いいですね。明日にでも道具を買いに行きましょう」
『やったー』
惚れた弱みか。
学生時代はする気さえ起こらなかったのに瞬時に快諾してしまった。
自分の性格、行動が変わっていくのが楽しい。
彼女の前だと自然体でいられる。
「プレゼントも楽しみにしていて下さいね」
『嬉しい。ありがとう!』
次は遅れをとりません。
負けませんよ、セブルス・スネイプ。
第1章 優しき蝙蝠 《おしまい》