第7章 果敢な牡鹿と支える牝鹿
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21. 憂いを払う
クリスマスが終わろうとしている時刻。
私は1人で雪の丘をランタンも持たず、狐火も出さずに歩いていた。
遠くで見えてきた3つの灯り。
羽の付いたイノシシ像が柱の上に乗っている正門の外。
『待たせてごめん』
「時間ピッタリですよ」
レギュが微笑む。
私、セブ、シリウス、グライドの姿をしたレギュは小さな輪を作っていた。先に来ていた皆が耳塞ぎ呪文をかけてくれていたが別れの挨拶は手短な方が良いだろう。
レギュは今から死喰い人の中に本格潜入していく。
今までも死喰い人の下っ端として活動していたのだが、これでは埒が明かないと思い、別の方法に切り替えることにしたのだ。
「ユキ先輩に協力してもらい、ショーン・ワードと成り替わることが出来ました」
ショーン・ワードは左前腕に死喰い人の印をヴォルデモートからもらった死喰い人の上層にいる人物で会合にも参加できる。
「確実に成り替われたんだろうな?」
要するに、憂いはないのかとシリウスが聞いた。
レギュが小さく頷く。私たちはショーン・ワードを殺している。
「クリーチャーが心配しているだろう」
シリウスは自分も心配しているのだが照れていて遠回しに言っているのだと思う。
「うまくやりますよ。ただ1つ気がかりなのは奴にはごく親しい死喰い人がいることですね。名前はエリーナ・ジャクソリン。彼女だけを気をつければ―――」
「その女は死んだと噂で聞いたが」
セブが言い、3人が一斉に私を見た。
『仕事は完璧よ』
「いつの間に……見つかったのなら僕にも連絡を下されば良かったのに」
『忙しそうだったから1人でやったの』
セブの鋭い視線をヒシヒシと感じながら私はレギュに右手を差し出す。
『長居は良くない。そろそろ行った方がいい』
「そうですね。ユキ先輩も十分にお気をつけて過ごして下さい」
『グライドなら必ず任務をやり遂げると信じているわ』
私たちはがっしりと握手した。
「死ぬなよ。クリーチャーを残されても困る」
「僕が死んでもクリーチャーは言うことを聞きませんよ。兄さんはブラック家の家系図から消えていますからね」
「可愛くねぇな」
レギュラスとシリウスもしっかりと握手した。
「セブルス先輩、ユキ先輩をお願いします」
「任せてくれていい。向こうで会っても親しく話は出来ぬと思うが……仲間がいると思うだけで心強い」
こちらも強く握手する。
レギュは姿くらましで去って行った。
『おやすみ、シリウス』
「数時間後の鍛錬で会おう」
シリウスが階段を上って行き、私とセブだけになった。
私たち、仲直り……したわよね?
私の部屋の階段下まで来て2人して立ち止まる。
『私……反省しているわ。2度と1人で危険な行動と決断をしない』
セブは何を思っているか分からない黒い瞳で私を見下ろし、私の左肩に指を滑らせた。既に着物に着替えていて見えないが、そこには吸血鬼のサングィニに噛まれた跡がある。
「誓えるか?」
『誓うわ』
「もう嘘は懲り懲りだ」
『守ります』
「もう1つ話がある。中に入ろう」
もう1つの話が何かは分からないが、セブが部屋に来てくれることに私は喜んだ。前に立って階段を上って行くセブのマントは踊るように舞っていて私の心を映しているよう。
火が消えてから長い時間が経っていない室内は温かく、私は心も温かくしながらセブの背中に抱きついた。
『これで元通りだと言ってくれる?』
「ユキ、我輩は君に話があると言った」
私が離れるとセブはクルリと振り返って私を見た。
「君は闇の帝王を侮っている。闇の帝王はユキを何が何でも手に入れようとしているのだ。我輩は抵抗の余地を与えない、どんな人間も屈服させる毒を作っておるし、ドラコは君の過去を闇の帝王に提出した」
『人を殺す毒でなければ抗えない薬などないわ』
「自惚れだ。確かに君の毒への免疫は強い。だが、捕まって拘束され薬漬けにされれば太刀打ちできない」
『そんなこと言われてもどうにも出来ないでしょう?私に身を隠せとでも?』
「君はそうしないだろう」
『じゃあどうしろと言うの?』
「我輩は君が1番恐れていることを知っておくべきだと思う」
『私が1番恐れていることはあなたがいなくなることよ。ボガードがそう示したわ』
「みぞの鏡を見たのを覚えているか?」
『……えぇ』
「君は自分の死を望んだ」
『……思い出したわ。あなたは隠れて私とクィリナスの会話を盗み聞きしたんだったわね。良い趣味だわっ。それにあれは変わった!持ち出さないで!』
「落ち着いてくれ。冷静に話し合いたい」
『もう解決した問題をほじくり返さないで!絶対に、あなたには、私が何をしてきたかっ、教えない!!』
「しかし、君はドラコに記憶を渡しただろう」
私は言葉を詰まらせながら肩で息をしていた。
「我輩は強い危機感を感じている。頼むから教えてくれ。他人が知らない自分、秘密を開心させられるだけならまだいい。闇の帝王はその奥、君も他人も知らない領域まで侵入してくる。そうなった時に君がどうなるか」
自分も他人も知らない未知の性質?
ふと私はディメンター相手に鍛錬しことを思い出した。
落ち着く……
ゾッと感じたあの感覚は鮮明でよく覚えている。
しかし、一時の感情をいちいち深く考えていては心身ともに調子を崩すというものだ。
「ユキ」
名前を呼ばれてハッとする。
私はセブは見上げた。
『セブが私を心配してくれる気持ちは痛いほど伝わってくる。でも、だからと言って過去を見せることは出来ない。あなたの言う通りよ。あなたに暗部の私を知られたら私は全てが崩壊してしまうでしょう。だから見せたくない』
「我輩は」
『あなたが決定的に受け入れられない記憶があるの。あぁ、お願い、私―――ここに立っているだけでも、ちょっと待って。ごめんなさい―――直ぐに落ち着くわ』
私は体が倒れていくような気がしてソファーの背もたれに手を乗せた。
―――俺たちは望んだ道を歩んできたか?
―――俺たちは生きようとあがいていただけだ。俺たちは……ユキ、幸せになりたかっただけなんだ。そうだろ?
ヤマブキの言葉を思い返した私の気持ちは落ち着いた。過去は命令に従っていただけだし、今は愛する人たちの幸せを願っている。しかし、ソファーを掴む両手は震えていた。
『やめてちょうだい。言えないわ』
振り返り、強い瞳でセブを見る。
『でも、強くなってみせる。ヤマブキに幸せになれと言われたもの。ヴォルデモートに負けてなどいられない。セブ、私の最悪の記憶は私の中の秘密にさせてほしい』
苦悶の表情を浮かべるセブに首を振る。
『この話は終わりにしましょう』
スッと表情を消したセブは私の横を通ってベッドルームへと歩いて行き、扉の前で私に背を向け立ち止まった。
「では……ドラコに渡した記憶を見せてくれ」
『憂いの篩に落とすわ』
私たちはベッドルームに入って行く。
衣装箪笥の中の着物を出して憂いの篩を取り出す。
銀色のキラキラした糸が篩の中に落とされて淡く光りながら漂う。
セブルスは頭を篩の中に入れた。
セブルスは池の傍に立っていた。この記憶は見たことがある。
10歳もいかない年齢の少女はユキで美しい髪は纏められていたがいつもつけている簪ではなく簡素な黒い鉄の棒。まだヤマブキから簪を贈られる前の記憶だろう。
片足を立て、いつでも動けるような浮き気味の体でユキは握り飯を食べていた。しかし、喉元に手を持っていき、口に手を突っ込んで嘔吐を促して池に向かって胃の中の物を吐き出し始めた。
何度も強制的に吐き出して、ウエストポーチから丸薬を取り出して飲む。体を震わせ、今度は吐かないように堪えるユキは脂汗を流していた。
「ユキ!食事に毒が入ってたってお前もか!くそっ」
ヤマブキの出現にユキの動きが変わった。ガシッと力強く地面に足を踏んばって立ち上がる。その姿は怪我していることを隠す野生動物のよう。
『応急処置はした。何人やられたの?先生からの課題は?』
汗を袖で拭うユキはキビキビとした様子でヤマブキの横へと並んだ。
「お前含めて5人が毒にあたった。山頂にある薬の争奪戦だ」
『それから医術の練習ね』
「はぁ。医術が1番出来るお前が毒に当たるなんて。役立たず」
『あんたたちが戻ってくるまで皆を持たせるように薬を作るわ』
ユキを好きだと聞いていたはずのヤマブキが放つキツイ言葉は偽りなく蔑んでいた。しかし、ユキは何も思っていなかったようで薬争奪の作戦について話している。
ヤマブキたちは薬を取りに山頂を目指していき、ユキは残りの級友と廊下を走っていた。
駆け込んだのは誰もいない医務室。
薬棚を開けて、薬材を広げた風呂敷に投げるように置いているユキの後ろでは戦闘が行われていた。医務室の入り口の吹きさらしの廊下には1人が立ち、もう1人も入り口を守る役目だったようだが毒の影響でゲエゲエやっていた。
一方、医務室から顔を出したユキは涼やかな顔に見える。
『薬材が揃った。調合は安全な場所でする』
医務室の入り口で吐いていた者は置いていかれ、戦闘を行っていた者も含めユキを守りながら残りの級友が走る。
医務室から脱出したものの、追撃してくる者がいた。
1人、1人とユキの周りから人が消えていく。
安全な森の奥に着いた時にはユキは1人になっていた。
『これでは何のために調合するのか分からんな』
ふと呟いたが、ユキはガリゴリと薬研を動かし始めた。
半月に照らされたその顔は真っ青で汗を垂らし、今にも倒れそうな様子。
深淵の闇の色をした瞳は感情がなく、ひたすらにガリゴリと薬を潰す様はゾッとする怖さがあった。
記憶が変わった
セブルスは森の中にいた
目の前に跪いて荒い息をしているのは老人と10歳くらいの少女だった。
辺りを見渡していると後ろから矢のように人が走ってくる。
2人いてどちらも動物の面をつけている。顔は分からないがユキの記憶なのだから女の方がユキだろう。だが、もう1人の男は山吹色の髪をしていないからヤマブキではないと思う。
『娘の方をやってくれ』
「わ、分かった」
やはりユキだった。ユキは老人へと襲い掛かって行く。声が若いからまだ少年であろう黒髪の忍は足を躊躇うように止めたが、逃げていく少女を見て追っていった。
「まさか木ノ葉の暗部が関わっていたとはッ」
シャッと音がしてユキの仮面が老人の小刀で弾かれた。仮面の下から現れた端正な顔は表情がない。お互いに逃げるという選択肢はないようで、攻撃的な術を放ち、急所を狙って刃物を投げる。
ユキと老人の戦いはユキが優勢になりつつあった。
そんな時、若い娘の声が聞こえてくる。
「援護致します!」
先ほど逃げて行った少女が戻ってきたことで形勢が変わった。老人は勢いを吹き返し、ユキに襲い掛かり、そんな老人を少女は援護した。
ビッ
ユキの脇腹を老人の小刀が引き裂く。
だが、その瞬間にユキは老人の心臓に苦無を突き刺していた。
目を大きくした娘は逃げようと走り出す。その娘の数メートル先に黒髪の少年がぼんやりと立っていた。
「見逃して!私を可哀想と思ってくれるならっ」
黒髪の少年は吃驚したように体を跳ねさせて何もせずに少女が横を通り過ぎていくのを許した。
『そいつを殺れ!おい!聞いてるのかッ』
ユキが少女を追いかけて目の前を通る時に邪魔をするように黒髪の少年はユキの袖を引っ張った。しかしその力は弱いもので直ぐに振り払われ、ユキは少女を追いかける。
セブルスはグングンと空間がユキと共に移動するのに眩暈を感じながら成り行きを見ていた。
脇腹を抑えるユキの走りが遅くなっていく。
『行かせるか』
ユキは立ち止まり、苦無を放った。月光に光って糸が見える。その糸はユキの手と苦無とを結んでいた。
ドスンと少女の背中のど真ん中に刺さった苦無。
炎がユキの手から糸を伝って伸びて苦無の先は灰となった。
「大丈夫か!?」
やってきたのは山吹色の髪の少年。他、
「ごめ、ごめん、俺のせいで」
黒髪の少年が面を取り、暗闇でも分かる青白い顔を晒した。
「落ちている小刀を見たんだ。毒が塗ってあった。直ぐに解毒しないと……」
『この班の医療忍者は私だ。自分で出来る』
「でも、手伝いが必要――」
「次の任務地へ向かう。ユキ、お前には帰還命令を出す」
黒髪の少年の言葉を遮り、血色の髪の男が言葉を遮って冷たく言う。
「ユキ、もしもの時は分かっているな」
『自分の始末くらいつけられます』
血色の髪の男は去って行く。
「ユキ、里で会おう」
ヤマブキは拳を握りしめたがユキに背を向けてあっさりと去って行った。
「ユキ、ごめん、俺……残る。そうだ。里に送り届ける」
『いい加減にしてくれないか?』
「だってこんな切り捨てられるようなっ。俺たち仲間だろう!?」
感情のない穴の開いたような瞳。
ユキは傷口を手で押さえながらヨロヨロと立ち上がり、何も言わずに歩き去って行く。
場面が変わった
森の中の木陰
セブルスの知らない虫の音がけたたましく響いている。
ユキは熱い太陽から逃れるように小さな木陰に身を寄せて顔を歪ませていた。
脇腹に巻かれた包帯は細菌が繁殖しているようで血の色に緑色が混じっている。
また場面が変わった
白い部屋。ベッドの上
カーテンは遠慮なく開けられた。
「ユキ」
血色の髪の男の血色の目は感情がない。
「毒が抜けるまでどのくらいかかる?」
「1週間あれば」
「5日で治せ。次の任務がある」
血色の髪の男は去って行く。
ユキはベッドに仰向けに寝て天井に向かって微笑んでいた。
穴の開いたような瞳と笑っていない目、暗部独特の微笑だった。
セブルスはユキのベッドルームに戻ってきた。
『毒の記憶よ。良く吟味して渡したつもり。合格点だった?』
「答えるのは難しい」
『両方とも私が毒に耐性があるという記憶。ヴォルデモートが欲しがっている記憶だけど……あいつはセブを信頼している。私に勝てる毒をセブが開発出来ると思っている。セブが私の為に毒を調合していると私が知っているとはヴォルデモートは知らないわよね?』
「それは重要ではない。抗えないほど強い魔法薬を作りだせばどうでもいいことだ」
『難しいわね……開発中の魔法薬をもらって徐々に体を慣らしたいところだけど、そんなことしたら捕まって使用された時セブに咎がいってしまう。むむ。もしや普通に抵抗するだけでセブに咎がいくのでは?』
「そこまで考えてくれなくていい」
『考えるわよ。去年のクリスマスのようなことになったら私、耐えられないわ。かと言って私だって屈服したくはないし……』
「ユキ」
『なあに?んっ!?』
ぎゅっと片手で両頬をぶちゅっと潰される。
「さよう。我輩はいつも自分だったらどう思うか考えるよう君に伝えてきた。どうやら君にもティースプーン1杯ほどの想像力があったようで我輩は喜んでいる」
『うぐぐ』
「はあ」
セブがベッドに座ったので私も隣に座った。
「結局憂いは払われないまま進んでいくことになるのか」
『ごめん……許して』
「そんな顔をするな。本来なら胸に秘めていたい記憶を引っ張り出そうとしていたのだ。君の抵抗は良く分かる」
『私、強く願えば叶うと信じているわ。大丈夫だと信じている』
セブが意外そうに私を見たのでクスクス笑う。
『神秘的で未知なる力が良き未来を引き寄せてくれると信じている。あなたとの未来を必ず掴む』
「必ずだ」
『必ずよ』
久しぶりの口づけ。
ゆっくりと体が倒れていく。
久しぶりのキスは甘くて優しい。お互いを感じたいと体を擦りつけ、抱き合う。着物の裾が邪魔で手で裾をよけて足を出し、セブの体に絡みつけた。
セブがゆるゆると腰を動かすので抽挿を想像し、下着がじんわりと濡れた。期待が高まってセブのマントを脱がそうとしたのだが、ねっとりとした口づけをされた後に温もりは遠ざかっていってしまう。
『……セブ、今回の事は反省している。あなたが言いたいことは分かったつもりでいたけれど……まだ話がある?』
「いや、我輩は君の言葉を信じている」
『じゃあ、あれね……最近私は理不尽にセブを怒ったり、泣いて取り乱したり……非常に面倒くさい女になっていたこと』
そう言うとセブは可笑しそうに鼻で笑って首を振った。
「我輩はユキと言い合いになるのも悪くないと思っている」
『変な人ね。何故?』
「君が感情をぶつけてくるのが嬉しいからだ。真剣に心の内を伝えてくれる。我輩はいつも分かり合えずとも感情を押し殺さずに共有できる関係でいたいと思っている」
『セブ―――』
私はセブの考えが嬉しくてキスをした。
しかし、と考える。
『ええと、でも、このタイミングで言うこと?』
あんなに盛り上がっていたのにそれを止めて言うことだろうか?行為が終わった後にゆっくり話し合えばいいと思うのだがと思っていると、セブが杖ではなく手で私の着物を脱がせだした。
「我輩は今、感情を押し殺さずに共有できる関係でいたいと言った」
『もしかして何か話したいことが?』
「ある」
セブは帯を面倒くさがって解くのを諦めて、前襟をぐっと開いて鎖骨付近まで私の肌を露わにした。長く節くれだった細身の指が私の左首筋をツツツと撫でて肩にいきついた。
「他の男の手で随分と艶やかな声で啼いていたな」
『あ、あれはヴァンパイアの力のせいよ!勿論……申し訳なかったとは思っています』
「助けてやれず悪かった」
『金縛りにかかっていたからセブは動けなかった。それに、自分の蒔いた種だもの。良い勉強になった』
「それでも辛かった。そして―――強く嫉妬した」
強い視線に心臓が跳ね上がる。
「分かり合えて優しく愛を交わしたいと思う一方、君を滅茶苦茶にしてやりたい気もある」
『私が決めていいの?』
「我輩が決める。ユキ、オフショルダーの紫のドレスを着てきてくれ。今から君を襲う」
ハッキリと言われた「襲う」の言葉に乾き始めていた秘部が再びジワリと濡れてしまう。
『直ぐに着替えてくる』
激しく甘い夜を期待して私はドレスを持ってバスルームに着替えに行った。
『お待たせ』
このドレスを着る時はブラジャーをしない。それをセブも知っていると思うと胸の鼓動が激しくなった。
座っているセブの目の前まで歩いて行くと手を差し出され、その手を取った。
「よく似合っている」
『本気でそう思っている?』
「あぁ」
『始めて着て見せた時は興味なさそうだったじゃない。このドレスに関しては感想1つくれなかったわ』
「ユキは何を着ても似合う」
『それなら次のデートは私が誰からのアドバイスなしに選んだ服を着ることにしましょう』
「……我輩に見立てさせてくれ」
『ふふっ。セブの好みが知れる機会ね。嬉しいわ』
私はセブの首に両手を回して体を跨いで膝の上に座った。おや、という顔をしているセブに片方の口の端を上げて見せる。
『襲うって言っていたけど、襲われるに変更するのはどう?』
返事が返ってくる前にキスをする。くちゅ、ちゅぷとキスをすれば気分が高揚してきて私は興奮してセブの沢山あるボタンに手を伸ばしていた。
『杖持っている?私の杖、んっ、手が届かなくて、自分で脱いで』
パラパラパラと外れていくボタン。私はセブの上の服を脱がせながら首筋へ厭らしいキスをしていく。わざとリップ音を鳴らし、舌を這わせて下へ下へ。乳首を舐めながら膝の上から下りて脚の間に入り、カチャカチャとベルトを外していく。しかし、チャックを下ろしたところで手を掴まれて止められてしまった。
『お願い。させて。したい』
「そそられるが今日はダメだ。気分が高ぶり過ぎて無茶苦茶をしそうになる。ベッドへ上がってくれ」
滅茶苦茶にされても良いというか好きなのだが、セブの言う通りにしてベッドに上がると、ズボンを脱いでパンツ姿になったセブがやってくる。
抱きしめ合って口づけをしたまま体が倒れていく。
「ユキは綺麗だ」
『そう言ってもらえて嬉しい』
「だが、他の男もそう思っている」
『私にはセブがどう思っているかが重要なのよ』
「君がそうでも我輩は違う。頼むから他の男に付けこむ隙を与えないでくれ」
深いキスと大きな手で揉まれる胸、太腿が色っぽく撫で上げられる。
このドレスはぐちゃぐちゃにされる運命らしい。
***
私がドラコを助けていることは皆には伝えてある。そして今日集まった時、私は記憶を渡したこととポートキーを渡したことも話した。予想以上に皆は私に怒ってくれた。
しかし、今更どうにもならない。
私は涙目のリリーに危険な行動はもうしないと誓ってこの話は終わりになった。
「ハリーが、マルフォイが何を企んでいるか調べていて、お前とマルフォイが空き教室でコソコソしていたのを聞いていたそうだぞ。つけられるなんて甘いな、スネイプ」
セブがリリーの手前、小さな舌打ちで留めた。シリウスに向ける顔が凶悪。
「流石は僕たちの息子だ。闇払いとしての素質があるようだ」
「我輩はそうは思えない。ハリー・ポッターは未だに無唱呪文が唱えられないでいる。闇払いとして致命的とは思わんかね?」
「なんでも直ぐ出来ては嫌味だろう?」
「話を逸らさないでちょうだい、ジェームズ。ハリーが何を思っているか知っているシリウスの話を聞きましょう」
リリーが夫の腕に手を添えた。
「正義感の強いあの子たち4人はマルフォイを追い詰めようとしている。これは知っての通りだ。今回のコソコソ話を聞いて、ハリーはユキを心配していたぞ。任務のためとはいえ危険を犯し過ぎではないか、とな」
生徒までにも心配をかけてしまって申し訳ない限りだ。
『彼らは少しも闇の陣営に加担していないかと私に疑いを持っていないの?』
「全く思っていない様子だ。話をしたハリーと栞はただ純粋に心配をしていた―――ハリーからスネイプに伝言だ。ユキ先生を守って下さい、だそうだ。伝えたぞ」
ぶっきらぼうに言うシリウスの言葉を聞いてセブは面食らった顔をしていた。
各々の報告。セブは死喰い人の動きを。リーマスは狼人間の仲間と一緒に住んでいて彼らをダンブルドア側に引き入れられないか様子を探っているという話を、シリウスはフォウリー家とシャフィク家はダンブルドア側に協力すると約束したと教えてくれた。
『フォウリーがよくこちら側になると言ったわね』
フォウリー先輩は元スリザリン・クィディッチチームのシーカーだった。練習の時はお菓子をくれたり、面白そうな本を貸してくれる良い先輩だったが、純血を誇る気難しい一面もある人だった。
「事情は秘密にと約束したから言えないが心情的な面でこちら側につきたいと理由を説明してくれた」
「これで聖28一族がそれぞれどちらを味方するか、また中立を保つか決まったわけだね」
「裏切りもないとは限らないがな」
ジェームズにシリウスが肩を竦めた。
シリウスは引き続き人脈を使ってイギリス魔法界の動きがどうなっているのか調べる任務につくことになっている。
息子の妻、夫の父親の姉、と辿っていって反ヴォルデモートの輪を広げていく。死喰い人が束となっているようにこちらも団結して戦っていかねばならない。
「俺たちは頑張っている。もうそろそろクリスマス・パーティーを初めてもいいと思わないか?」
シリウスの言葉に私たちは厳しくしていた表情を崩した。
今夜はグリモールド・プレイス12番地でのクリスマス・パーティーだ。
『ちょうどトンクスが来たわ』
扉を開けて入ってきたトンクスはピンク色の髪を楽し気に跳ねさせている。
ジェームズが杖を振って部屋の隅にあった大きなクリスマス・ツリーに飾られてある蝋燭に火を灯した。張り切って準備してくれていたらしく、壁にはガーランドが飾られ、テーブルの上には陶器の雪だるまが3体現れて腰を振り振りしている。
リリーが杖を振ってテーブルには豪華な料理が並んだ。
「今日の料理は冒険せずにレシピ通りに作ったわ!」
大半が心の中で安堵の溜息を溢す中、シリウスが大きくガッツポーズして叫んだのでエメラルドグリーンの瞳がカッと開いて鋭く光る。
「バックミュージックをかけよう」
リーマスがラジオをつけて相応しい番組がないか探してくれる。部屋に流れてきたのはセレスティナ・ワーベックのわななくような歌声。軽快なジャズはパーティー気分を盛り上げる。
ピンク色のシャンパンがクリスタルのグラスに注がれて(リリーはチェリージュースにしている)乾杯!
「ハリーたちも隠れ穴でウィーズリー家のクリスマス・パーティーを楽しんでいるだろうな。うぅ、ハリーに会いたい」
ハリー、栞ちゃんはウィーズリー家にお世話になることになり、アーサーさんが城に迎えに来てくれて闇払いに警護されながら隠れ穴に帰って行った。ハーマイオニーは家族とクリスマスを過ごす予定だ。
「流石に隠れ穴に会いに向かうのは難しいからね。来年こそハリーと過ごしたいよ」
「その時はお腹の子も一緒ね」
ジェームズとリリーは手を繋いでニッコリした。
『いっぱい食べて栄養取ってね。取り分けるわ』
「ありがとう、ユキ。シチューパイを1つ。それから白魚のワイン蒸しもお願い」
『了解』
ふっと立ち上がったセブが私の手からリリーのお皿を取る。
「我輩がやろう」
『ありがとう』
セブは器用に魚を骨から外してリリーのお皿へと取り分けた。美しくナイフとフォークを使うセブの手の動きに見惚れていると、リリーの視線に気が付いた。
『1匹丸々いきたい気分?』
「いかないわ。そうじゃなくて、セブはいつもこんな感じでユキに優しいの?」
『今のこれはリリーに優しいのよ』
「ユキは相変わらずどこか面白いわよね」
『?』
「セブ、ユキと付き合っていると楽しいでしょ?」
「飽きを感じない人生を送れそうだ」
『セブが愉しんでくれるならピエロの格好をして腹踊りだってするわ』
「真顔で言うな。絶対にするなよ」
「ユキさん、興味あるので教えて下さい。スネイプ教授ってデレデレしたりするんですか?」
トンクスの問いにセブがガンを飛ばし、続いて絶対に言うなよという圧を私に向けた。これは下手なことを口走ったら大変なことになりそうだ。
『ええと、言えないわ。変なことを言ったらまたお仕置きされそうだもの』
「お仕置き……!なんて厭らしい響きっ」
「まあっ」
パッとトンクスとリリーが両手を口にやった。
「おいっ、スニベニー!泣きべそ!ユキが何も知らないからって滅茶苦茶しているんじゃないだろうな!しているだろう!」
ガタンっと立ち上がったシリウスを鼻であしらいながらセブはシャンパンをひと口飲んだ。
「合意は得ている」
「無理矢理に決まっている!」
セブの言葉にトンクスとリリーが口に手を当てたまま大きく息を吸い込んだ。
「君たち、パーティーの初っ端から下ネタトークとは最高だね!」
「トンクス、絶対に僕たちのアレは口にしないと誓ってくれ頼むから」
キラキラしているジェームズと小さな声で早口でトンクスに囁くリーマス。
私は言うなれば程度の低い下ネタトークに関わっているセブを興味深く見ていた。
「え、え、え、例えばどんなことしているんですか?」
興味津々、遠慮ゼロで私にトンクスが聞いて、ジェームズが面白そうなことを見逃すまいと身を乗り出した。
『い、言わないわっ』
「我輩は構わないが」
『なっ』
「ふーん、こんな感じで意地悪しているのね」
リリーがニヤニヤする。
「確かにサディスティックなのは間違いなさそうですね。イメージ通りって感じです」
「要は面白みがないってことだな」
トンクスが私に心配そうな視線を送り、ハンッとシリウスが笑う。
『赤ちゃんプレイを提案したら断られたわ』
「僕たちはしたことあるよね、リリー!」
「だ、黙りなさいっ」
リリーの顔が火のように真っ赤になった。
「夢がかなって良かったね、ジェームズ」
『え?リーマス、どういうこと?』
「僕が自分でお答えしよう。僕は学生の頃からリリーのおっぱいをしゃぶりたかったんだ」
『怖いから真剣な瞳を向けないでくれる?』
「俺もリーマスもこの話を聞いた時は親友をやめようかと思ったからな」
ドン引いた様子でシリウス。
「プレイと言えばスネイプ教授が開発改良した年齢後退薬はアダルトグッズとしても売れているらしいですね」
『トンクスどこから情報仕入れてくるの?』
忍として情報網は開拓しておきたい。
「セブったらまさかソレ目的で作ったわけじゃ……」
「ない。馬鹿を言わないでくれ、リリー」
セブの雰囲気が少し学生の頃に戻っていて面白い。
「研究好きの陰険根暗、おまけにムッツリはやることが違うね。他にも色々作ったんだろう?今度分けてくれ!」
「ジェームズ、貶しながらものを頼むなんて成功するとは思えないな」
アハハとリーマスが笑う。
「それで、実際にはどうなんですか?魔法薬使ったりするんですか??」
『えっと、その、たまに……は……』
トンクスのがっつき具合に気圧されて頷いてしまう。チラとセブを見ると楽しそうに口角を上げているのみだ。これは続きを答えても良いということだろうか。
「どんな薬を使うんですか?」
質問されたから答える。反射的な行動。
私の中には言っていいことと悪いことの境界線というものが存在していなかった。ありのままを口に出す。
『うん。えっとね――――
床に届きそうなほど落ちていく皆の下顎。
面白がって一歩引いて成り行きをみていたセブがパッと顔色を変えて立ち上がり、私の口を塞ぐが時すでに遅しだったらしい。
「スニベルス、いや、スネイプ様。お前……プロか?」
ジェームズのどこか感嘆とした声が部屋に響く。
楽しい、楽しい、大人たちのクリスマスは続くのだった。