第7章 果敢な牡鹿と支える牝鹿
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蝶は蜘蛛へと変わり 闇の中で潜む
獲物はかかった
『アバダケダブラ』
配置された亡骸
音もなく迷うことなく 蝶は去って行く
戻ってきた冷えた部屋
蝶は胸を痛めながら次の仕事にとりかかった
20.泥沼
セブルス・スネイプは夢を見ていた。
ホグワーツの湖畔。大きなブナの木の下は学生時代の自分、ユキ、リリーのお気に入りの場所だった。
学生時代のリリーはグリフィンドールの友人と過ごすことも多かった。だから、特に自分とユキはかなりの時間をこのブナの木の下で過ごした。
温かな日差しの中2人で本を読む時間は心地よかったし、ユキとならそこで人目を気にせず闇の魔術についても話すことが出来た。
大切な時間を過ごしたあの場所には今、ユキと別の男が立っていた。
遠くにいるのに2人の会話はハッキリと聞こえてくる。
『あなたは人狼、私は化け狐。姿は違っても私たちは同じ悩みを抱えている』
「僕の苦しみを真に理解してくれるのはユキだけだよ」
『私たちは似ているわね』
「そう、僕たちは似た者同士」
『リーマス、あなたになら何でも話すことが出来るわ。いつも、私の傍にいて欲しい』
「勿論だ。僕たち程お互いを理解し合える者はいない」
2人の周りを濃い霧が覆っていく。
そして突風が吹き、霧が消え去った中にいたのはユキとシリウス・ブラックだった。
『私たちは背中を預け合って戦って、私はあなたに自分の命を預けた』
「俺たちは死と隣合わせの試練を乗り越えた」
『私たちは強い絆で結ばれている』
「あぁ、俺たちは死を越えた仲」
『シリウス、あなたになら何でも話すことが出来るわ。いつも、私の傍にいて欲しい』
「勿論だ。俺たち程信頼し合っている者はいない」
再び霧が現れ、セブルスはブナの木の方へと足を進めた。
再び突風が吹き、そこにはユキが1人で立っていた。自分に向かってキラキラした甘い瞳を向けている。
『愛している』
セブルスは震える手で微笑むユキの頬に手を寄せた。
「愛しているというなら何故苦しみを打ち明けてくれないのだ」
『愛しているからこそ見られたくない。あなたに幻滅されたくないの。醜いものを見るような目で、嫌悪の目で見られたら耐えられないわ』
「どんな君でも愛すと言った」
ユキは分かっていないと言うように黙ってゆるゆると首を振る。
「リーマスなら私を理解してくれるのに」
ユキは1歩後ろへと下がった。
「シリウスなら私を信頼して何も言わない」
ユキはいつの間にか手に持っていた狐の面を顔につけた。
「その面を外すんだ!行くな。心配なんだ、君が、ユキっ」
呪文にかかったようにセブルスの体は動けなくなる。セブルスは悪い夢から抜け出そうと身じろいだ。クルリとセブルスに背を向けたユキは湖の桟橋を歩いて行く。
ユキの体は湖の中に吸い込まれていった。
キラキラと煌めく陽の光が降り注ぐ
抜けるように青い空
花の香りを含んだ心地よい風が頬を撫でる
金縛りが溶けたのはすっかり湖の水面が穏やかになってからだった。
「ユキッ」
マントを脱ぎ、セブルスは湖の中に飛び込んだ。
「っ!ハアっ、ハアっ」
目の覚めたセブルスは大きな息をしながらベッドから上体を起こした。嫌な夢は何かを暗示しているようで寒気を感じる。
ユキが見せたくない過去。それをヴォルデモートが利用しようとしているのをセブルスは感じ取っていた。
セブルスはユキがヴォルデモートの手の中に堕ちて精神的に支配されることを怖れていた。ユキの中にはその危うさがある。そうならない為にユキの過去を聞き出そうとしているのだがユキは決して話さないと口を閉ざす。
リーマス・ルーピン……シリウス・ブラック……
彼らが夢に出てきたのはユキが過去を自分に打ち明けてくれない焦りからくるものだろう。
―――愛しているからこそ見られたくない
その気持ちも十分に理解できる。
だが、迫りくる恐怖が目の前まで来ているとセブルスは感じていた。
泥沼へ落ちれば抜け出すのは非常に困難なものになるだろう。
かつての自分のように……。かつて……違う。自分はまだ沼から抜け出せてはいない……。
暗殺という仕事を幼き頃からしてきたユキの心は、聞いただけでは暗闇に染まっているように思えるが、ユキと接すれば直ぐに彼女が純真な人柄だと分かる。
セブルスは心を開かないユキに対してどうすれば良いか分からず苦しみの表情で暗い宙を見上げた。
それから眠れなかったセブルスは研究を数時間し、朝食の席へと向かった。遅めの時間の席にはユキの姿は既になく、顔を見るだけで腹立たしいシリウス・ブラックの姿だけあった。
端から食べ物を平らげる姿、自分の世話をやこうとするユキの姿がないことに寂しさを覚えつつオートミールを掬っているとトタトタと足音がやってくる。
「シリウスせーんせいっ」
明るい声で名前を呼びこちらへやってきたのは栞・プリンス、自分の娘で大変不愉快なことにシリウス・ブラックを教師として慕っているらしい。
「おはよう、栞。朝から元気だな」
テンションの上がったシリウスにイライラするセブルスは難癖をつける機会を窺っていた。どうにかこの2人を引き剝がしたい。
横目で様子を窺っていると栞が元気よくシリウスの前に到着した。
「あのう」
「おう、なんだ?」
「……」
「…………」
「あっ。忘れました」
「ぶふっ」
ポケッと口を開く栞にシリウスは噴き出し、セブルスは内心で頭を抱える。この娘は大丈夫だろうか?
「アッハッハ」
「すみません……」
「いや、気にするな。人間は忘れる生き物だ」
「そうですね!」
天真爛漫な笑顔で栞が頷く。
「思い出したらまた声をかけてくれ」
「はい!ところで……シリウス先生、お怪我が酷いようですが……」
シリウスは「あぁ」と言って肩を竦めた。
「朝の鍛錬でユキにボコボコにされたんだ。打撲は治ったが骨が数か所折れていてくっつけている最中だ」
「痛そうですね」
「感情をぶつけられた感じだな」
「?」
「だが、素直に接してもらえるのは嬉しいものだ」
セブルスはシリウスの言葉に苛立ちながらベーコンをフォークで突き刺した。シリウスはその様子に気が付いていて優越感に口の端を上げる。
セブルスは味のしない朝食を適当に胃の中に収めて立ち上がって大広間を出て行き玄関ロビーに出た。
「おはようございます、ユキ先生」
『おはよう』
声がして上を見ればユキが羊皮紙を片手に階段から下りてくるところだった。彼女の横には影分身がいるのだが、それはセブルスを嫌悪の目で見たので直ぐにこいつはクィリナス・クィレルだろうと予感した。
セブルスは既に悪い機嫌を更に悪くしながら教室に向かうために階段を上がって行く。
『おはよう、セブ』
寂しさを映した瞳でユキはセブルスを見上げた。セブルスはユキの挨拶にどのような気持ちで答えていいか分からず、挨拶を返さずに視線を下に向けた。ユキの手元にある羊皮紙にはホグワーツの地図。
『これが気になる?えっと、城の内部の確認をしていたところなの』
「精密な地図だな」
魔力消失事件を続けていたことの怒りはまだ収まっておらず、会話を長引かせるつもりはなかったが地図には興味を唆られた。ユキは声をかけられて嬉しそうにセブルスに地図を差し出す。
『こちらに来て2年目に作ったの。今朝は変わりがないか確認していたところ』
数枚にわたって書かれていた地図は詳細で所々に赤い書き込みがしてある。
『彼にも妲己の事を話しておいたわ』
すっとユキの目が隣の影分身に動いた。
「そうか」
ユキはセブルスの手から羊皮紙を受け取ってクルクルと丸めている。
「例の魔力消失事件のこともか?」
『えぇ』
「我輩の時とは違って簡単に伝えるな」
『き、気づいたのよ……彼が』
動揺と更に嫌われるのではないかという恐れを見せながらユキがセブルスを見上げて誤解しないで欲しいと首を小さく振っていると、ユキの姿をしたクィリナスがユキの肩を抱いた。
「行きましょう」
優しく声をかけたクィリナスはユキを導いて階段を下って行く。
1日の授業が全て終わり、セブルスは研究室で1人小さく頷いていた。
生徒たちの腕が上がり始めていると感じ始めていた。
どこかの教師が危機感を煽り、スパルタ教育をしているおかげであろうな。
忍術学は魔力コントロールを重視していて、それは他の教科に良い影響を与えていた。強く念じる力も鍛えていて魔法を発動する成功率を上げている。
それに授業に臨む生徒が知識と技術を吸収しようと集中しているのをセブルスは感じていた。
片づけを終えて研究室から出たセブルスは教室にまだ生徒が残っていることに気が付いた。
青いネクタイはレイブンクローの生徒。その中にいた綺麗な白髪の生徒、蓮・プリンスが振り返ってニコリと笑った。他の2人もセブルスの存在に気が付いて頭を下げる。
お淑やかなお嬢様の雰囲気を漂わせるこの3人組は尻尾爆発スクリュートを拳でノックダウンさせる逞しい一面も持ち合わせていて、セブルスはその時の様子が頭に浮かび“人は見かけによらない”という言葉を思い出した。
「ここで暇を潰すな」
研究室から教室に繋がっている階段を下りながら言うが少女たちは動く気がなさそうだ。
「無駄なお喋りをしているのなら出て行きたまえ」
「今、守りの護符を作ろうとしているんですよ」
守りの護符の存在はセブルスも知っている。ユキからもらった2枚の守りの護符は自分の心臓に近い場所にしまってあり、それは時々魔力を発して自分の心を温かくする。
たしか忍術学の授業で取り上げて生徒にも作らせるとユキが言っていたとセブルスは思い出した。
「集中して作りたいのでこの教室を貸して下さい」
「お願いします!」
「忍術学教室へ行けばいいであろう」
セブルスは娘の友人2人を見た。
そして期待を込めて自分を見上げる蓮を見る。
一見すれば学生の頃のユキと同じ見た目をしているのに、よくよく見れば自分ほどではないが鼻は鈎鼻で薄い唇は自分に似ている。セブルスは自分の遺伝子が受け継がれたことに半分嬉しく、半分は気の毒になった。うねりのある髪は特に扱いにくいだろう。
娘と娘の友達の前に立つ自分。
彼女たちに愛想よくしたいと思ってしまうのが父親心というものか。
「……備品に触らぬように」
「「「ありがとうございます!」」」
きゃっきゃと楽しそうに話す3人の少女から離れてセブルスは明日の授業準備をしてしまおうと1本足の車輪の付いた鎧人形に杖を振って整列させていく。明日は鎧人形とは別にユキが作った式神とも対戦させるつもりでいた。
広く場所を作りながら自然と聞こえてくる会話。
「蓮は好きな人に守りの護符をプレゼントするんでしょう?」
「ロマンチックなクリスマス・プレゼントになるわよね」
「うん!自分で自分を守れない。そんなところに魅力を感じるわ!」
自分で自分を守れない?
セブルスは娘が守りの護符を贈ろうとしている相手にかける呪いをピックアップしながら、心の中で小さく首を傾げていた。
その疑問は数日後に解決することになる。
シンシンと降る雪はホグワーツを真っ白く包み込む。
クリスマス休暇直前のホグワーツは友人に贈るクリスマス・プレゼントの話題で持ちきりだった。
「これ、僕が作った守りの護符。持っていてくれたら嬉しい」
愛の告白を込めて贈られる護符
「私たちの友情の証に!」
友達同士で交換される護符
「家族に作ったんです」
大好きな家族に想いを込めて
ユキとシリウスは大忙しだったが、その忙しさも楽しいものだった。生徒たちは自分が作った守りの護符がきちんと作られているか確認やって来る。
生徒たちは陽の気を放っていてホグワーツの雰囲気は明るくなっていた。
「ユキ」
夕食の席でユキがシリウスに呼ばれて視線を向けると、彼の手には守りの護符があった。
『もしかして私に?』
「クリスマスには早いが受け取ってくれ」
『ありがとう―――すごい!あなたの護符は完璧以上ね』
ユキは護符から感じる強力な魔力に驚いて目を大きくした。
「親友に最大の守りを」
『ありがとう!ジェームズとリーマスにも渡したの?』
「実は俺たちはクリスマス・プレゼントでそれぞれ作った守りの護符を交換したんだ」
『ジェームズもリーマスも難しい護符をよく作れたわね。流石だわ。その内に変化の術も習得して3人で悪戯しそう』
「そうなったら最高だな」
『今から恐ろしいわ』
「ところで、ユキは今何枚持っている?」
『生徒が沢山くれたわよ』
「完璧なものだ」
ユキは先ほど貰ったばかりの守りの護符を目線に掲げた。
「なるほど。あと2枚も俺が作る」
『ありがとう』
その会話でセブルスは分かった。
守りの護符は自分の為に作ることが出来ないのだ。
セブルスは知らなかったとはいえ、この波に乗り遅れてしまったことに気を落とした。だが、今からでも遅くないだろう。ユキの為に守りの護符を作りたいと思った。
問題はどうやって作る方法を知るかということと、今の状態からどうやってユキとの関係を元通りにするかということだ。
守りの護符の作り方ならリリーが知っているかもしれないな……。
その晩さっそく、セブルスはリリーの元へ向かうことにした。
ユキとの関係については……どうやって修復すべきか。
セブルスは全くもってユキと別れるつもりはなかった。ただ、ユキが嘘をついて危険な真似を続けていたことには怒っていて心から反省してほしかったし、自分の中にある黒く立ち込める不安についても話し合っておきたかった。
***
生徒たちはクリスマス休暇の為に家に帰って行った。
静かなホグワーツの廊下には私とシリウスのギャイギャイとした声が響いている。
私とシリウスは追いかけっこをしていた。
「絶対に行かないぞっ」
『お願い!スラグホーン教授に首に縄付けてでも連れてくるって約束したのよ。はっ!首に縄!口寄せの術っ』
「待て待て縄を出すな!」
グルングルン縄についている輪を回す私からシリウスが逃げていく。
「ぜえっっっっっっっったいに行かないからなッ」
『どうしてそんなに嫌がるわけ?』
「俺は誰かに媚びるのは大嫌いだ」
『パーティーは人脈を作る場よって前見なさい!』
ドッシーンとシリウスは前から来た人にぶつかってそのまま前に倒れて行った。
「すまない!」
「あわわ~」
シリウスに勢いのまま押し倒されたのは栞ちゃん。鼻を打ったらしく鼻血を出している。
「どこを打った?」
「シリウス先生が体に手を回して下さったのでどこも打ちませんでした」
「だが、鼻血が出てしまっている」
「だって、それは、ほら、こんな体勢だし」
『鼻血を滴らせながら喋らないの』
シリウスに押し倒されていた栞ちゃんはフラフラしながら上体を起こし、私はしゃがんで栞ちゃんの鼻に触り鼻血を止める。
「ありがとうございます」
『どういたしまして。シリウス、廊下を走るなんてっ。反省しなさい』
「ユキに怒られるなんて不本意だが……栞、申し訳なかった」
「いえいえ。ハプニングがあった方が人生楽しいですから」
『ポジティブね』
「ところで、どうされたんですか?」
「あぁ。栞からも無理強いは良くないって言ってくれないか?ユキが俺に気乗りしないパーティーに出席しろと言うんだ」
『半日くらい付き合ってくれてもいいじゃない』
「肩が凝るようなところに半日もいたくないね。それに、パーティーのパートナーもいない……ユキ、お前がパーティーのパートナーになってくれるなら出席するが?」
『私は……』
「スネイプだろ?だがまだ誘えていない」
『教師はパートナー無しでも構わないと思うわ。外からのお客様だって必ずしもパートナー同伴ではないと思うし』
「もしかして話題に出しているパーティーってナメクジ・クラブのクリスマス・パーティーですか?」
「そうだ。もしかして栞も出席するのか?」
なんだか期待のこもった声でシリウスが聞く。
「出席……する。とはちょっと違いますけど、私はそのパーティーでウェイトレスのアルバイトをするんです」
「アルバイト?」
「はいっ。学生からスラグホーン教授がアルバイトを募集していたので応募しました」
「そうか」
なんだか複雑そうな顔でシリウスが黙る。
私はさっきからなんだかいつもと様子の違うシリウスを前に首を傾げた。
「アルバイトか……」
「アルバイト代でぴょんぴょんキョンシーグミを1ダース、他にも色々買いたいんです」
栞ちゃんは明るく言って拳を天上に突き上げた。彼女のお腹からは小さく音が聞こえた。
「そうだ。ユキ先生かシリウス先生にお会いしたかったんです」
『もしかして守りの護符の確認かしら?』
「はい!」
栞ちゃんから受け取った守りの護符は強い魔力が込められていた。
『凄いわ。完璧といって良いでしょう』
「さすがだな」
シリウスにニッコリされた栞ちゃんが真っ赤になりながら守りの護符を両手でシリウスに差し出した。
「俺にか?!」
「は、はい。もらって頂けたら嬉しいです」
「ありがとう、栞!」
ホクホクとした顔のシリウスは胸ポケットに護符を入れて上からトントンと叩いた。
お辞儀をして栞ちゃんが戻って行く。
「パーティーだが、行くことにする」
『いいの?』
「任務の為に人脈を作るのも良いだろう。だが、面倒くさくなったら早々に帰らせてもらおう」
『っありがとう!しつこく誘った甲斐があったわ。スラグホーン教授も喜ぶと思う』
私は急な心境の変化に驚きながらもスラグホーン教授との約束を果たせることに喜んだのだった。
豪華な食事を楽しんだクリスマス・イブの宴は楽しかったが夜は寂しいものだった。1人で寝るベッドは広くて、とても悲しくなった。
クリスマスの朝は大吹雪で固めの雪が窓に打ち付けている。
シリウスとの鍛錬はクリスマスということでお休みにしている。私は部屋に飾ってあるクリスマス・ツリーのてっぺんの星を触った。キラキラとした星は光を振りまいて回っている。
『わあ!プレゼントの山だわ!』
ツリーの下にはプレゼントの山があり1つずつ開封していく。嬉しいことに毎年たくさんの生徒がプレゼントにお菓子を贈ってくれて、私はそのお返しに今年は催涙弾をプレゼントした。
ダンブーから貰った両面鏡は縁と裏面に美しい装飾が施されたものだった。鏡以外の部分は銀で出来ており、裏面には花が描かれている。ダンブーのメッセージカードを見るとその花はイギリスでは珍しい花である花菖蒲ということだった。
対になった鏡を誰に渡そうか考えていると足音が聞こえてくる。この大吹雪の中の訪問者は温かい室内を求めようとせずに階段の下で足を止めてしまった。
扉を開けると階段下にドラコの姿がある。
真っ青な顔をして佇んでいる。
『温かいココアを飲みましょう。ココアなら上手に作れるから』
私は声をかけても動かないドラコの元へと下りていき、彼の手を引っ張って階段を上って部屋へと入って行った。杖を振って雪を払い、暖炉の前のソファーに座らせる。
震えるドラコは座ってすぐに頭を抱えて泣き始めた。彼が泣くのは今年度に入ってから珍しくなかったが、今日は更に酷かった。恐怖に耐えきれないと言った様子で体を半分に折り曲げて頭を抱えている。
私はココアを淹れてからドラコの横に膝をついた。
『何があったか言えるかしら?』
肘掛椅子に置いていた私の手がガっと握られた。吃驚している私の手はドラコに両手で握られていて、顔に押し付けられて涙に濡れる。
『あなたが心を痛めることではないわ』
「僕は、せんっせいが、先生を、犠牲に、した、ぐっ、したくない」
『何か新たな任務を任されたのね』
「父上は間違って、いる。僕たちは、えぐっ、逃げるべき……違う、父上は分かっているっ、僕たちは逃げられないっ」
ワアアアアアッと大声を上げたドラコを私は強く腕の中に閉じ込めた。この子は壊れかかってしまっている。
時に、心を閉ざして恐ろしいことをあえて見ないようにすることで精神を保つことが出来るが、それは果たして正しいことなのだろうか?と私は思った。暗部時代の私のようにすれば心が落ち着くと教えていいものか。
私は答えが出せずに只ひしっとドラコを抱きしめ続ける。
「ユキ先生……」
『教えて。どうするかは私が考えるから』
両手でドラコの顔を包み、涙を拭いながら言うと、ふらっと気を失いそうな動きを見せてドラコは前のめりになり私の肩に頭を預けた。啜り泣きの中にゴソゴソと音が聞こえ、視線を向ければドラコがローブから手探りで手紙を取り出すところ。
そこにはMと書かれた蝋封がしてあった。その手紙は既に開封されており、宛名を見ればドラコの名前が書いてある。
『読むわよ?』
涙を零し続けるドラコの横でルシウス先輩がドラコに宛てた手紙を読んでいく。そこにはドラコを気遣う内容と任務の内容は書かれていないが、与えられた任務の達成を急ぐようにと書かれていた。そしてその続き――――
闇の帝王はユキの記憶を欲しておられる。特に彼女の人となりが分かる魔法界へ来る前の記憶が欲しいと仰った。ドラコはこれについて胸を痛ませる必要はない。ユキに伝えれば彼女は分かってくれるだろう――――
私は手紙を封筒に入れドラコのポケットに戻した。
ドラコを人質に取って私を強請りにかかってくるだろうとは予想していた。
『分かったわ。記憶を良く選び、あなたに渡します。少し考える時間をちょうだい』
「すみばせんっ」
『いいのよ。この件は私に預けてちょうだい。それに2度と同じことは起きないわ』
ヴォルデモートだとて私がホイホイと記憶を渡し続けるとは思っていないだろう。言うことを聞くのは今回限り。そう思わせる記憶を選ぶべきだろう。
『ドラコにクリスマス・プレゼントがあるのよ。直接渡したかったの』
取り出したのは人型の呪文が書かれた紙。これは三大魔法学校対抗試合の第3課題で選手たちに渡したもので、ポートキーとなっており、破くともう1枚を持っている私を呼び寄せることが出来る。
『もしもって時に使ってちょうだい』
「もしもって……」
『命の危険を感じた時よ。傍に行って守ってあげる。敵の中心にだって飛んで行ってあげるわ』
「でも」
『私がどれだけ強いかってこと忘れた?』
ドラコは大事そうに人型の紙を胸に押し当てる。
ドラコを部屋から送り出し、私は昼食に行くことをせず、考え続け、慎重に選んだ記憶を取り出し瓶に詰め、ドラコの元へと持っていった。
『これで良し』
私は鏡の前で一回りして微笑んだ。
今着ている服は湖城ホテルのディナーの為に用意していた服の内の1着だ。セブによってぐちゃぐちゃにされたこのドレスはオフショルダーの濃い紫色のドレス。着る機会が出来て嬉しい。
『少し早いけど行ってもいい時間でしょう。もしかしたらパイナップルの砂糖漬けをつまみ食いできるかもしれない』
1人呟いてニヤニヤしながら階段を下りて吹きさらしの廊下を歩いて行き、地下へと続く階段を下りて行った。
早い時間かと思ったがスラグホーン教授の私室は開放されており中には10数人の客が既にいて歓談していた。足元までは屋敷しもべ妖精が忙しく歩き回っている。
「メリー・クリスマス、ユキ先生様」
『メリー・クリスマス、ドビー』
魔法をかけられている部屋は他の先生の部屋よりずっと広く、天井と壁はエメラルド、紅、金色の垂れ幕は
天井の中央から凝った装飾を施した金色のランプが下がり、中には本物の妖精が煌びやかな光を放ちながら飛び回り部屋を明るく照らしていた。
「「ユキ先生」」
後ろから声をかけられて振り返ると黒いベストに黒いズボン、シャンパンゴールドのネクタイを締めた栞ちゃんとネビルが立っていた。
『お仕事頑張っているのね』
という私の目線の先は彼らが持っている銀皿で、美味しそうなローストチキンとサーモンとホタテのテリーヌが乗っていた。
『少しだけつまみ食いしても?』
「ダメです。我慢して下さい」
ネビルが銀皿を私から遠ざけた。
「直ぐにパーティーが始まります。スラグホーン教授なら奥にいますよ」
『ありがとう、栞ちゃん』
金色の垂れ幕の下にスラグホーン教授はいてご機嫌に誰かと話していた。
『スラグホーン教授、お招き頂き……』
ふと知った気配を感じて横を見るとセブも丁度スラグホーン教授のところに到着したところだった。普段は首まですっぽり覆う服を着ているが、今夜は濃いグレーのシャツの上に黒いベスト、首元には黒いスカーフ、そして質の良さそうなローブを羽織っていた。
セブは私を見て驚いたように目を見開き硬化呪文をかけられたように止まった。
『?』
「セブルス!ユキ!君たちは吸血鬼の毒を求めていたね。私の友人の友人が協力してくれるかもしれない」
私は視線をセブから横に移す。
紹介されたのは“血兄弟――吸血鬼たちとの日々”の著者であるエルドレド・ウォープル氏と彼の友人で吸血鬼のサングィニ。
「ユキ・雪野!シリウス・ブラックと共に冥界から戻ってきた女性だね。しかもあなたは火の国という未知の国から来たと聞いていますよ」
『はい、そうです』
「シリウス・ブラックと一緒に私のインタビューを受けてくれませんか?1回4時間程のインタビュー2、3回で終わります。日刊預言者新聞のような脚色は加えませんよ。私が書きたいのは真実だ!」
『シリウスのことは本人に聞かなければなりませんが私は……』
言葉をわざと詰めているとウォープルさんはニッコリと笑った。
「勿論、親切な吸血鬼のサングィニはあなたの願いを喜んで叶えてくれるでしょう」
背が高くてやつれているサングィニは目の下に隈を作った顔で私をじっと見つめた。
「歯から滴る毒を試験管に溜めて渡す行為が吸血鬼にとってどれだけの辱めになるかご存じか?」
場が凍り付いた。
しかし、めげてはいけない。
『お礼は致します。吸血鬼は毒を出さずとも血を吸うことが出来るとか』
サングィニの目が怪しくギラついた。
「ユキっ!」
「ほっほう」
鋭いセブの声と感心したようなスラグホーン教授の声が重なるのは同時だった。
「この子の大胆さにはいつも驚かされる。こういう勇敢さがあったから死者の国から帰って来られたのだよ」
「そうだね、ホラス。非常に勇敢なお嬢さんだ」
「そしてスリザリン生らしく非常に狡猾!」
スラグホーン教授とウォープルさんが笑った。
「ユキ、許しませんぞ」
『今持っている毒の量では足りない。伝手を辿ってもヴァンパイアの毒の入手は困難。チャンスは掴むべきだわ』
「危険だ。それに身を削らせるようなことは出来ない。絶対にやらせん」
『目先の事に囚われないで』
「だが」
「レディ、ダンスはいかがかな?」
『是非』
ショックを受けた様子のセブの顔を見ないようにしながら腰に回ったサングィニの手に導かれて部屋の中心に移動していく。
開始の合図はなかったが既にパーティーは始まっている状態で部屋にはマンドリンのような音に合わせて歌声が流れていた。
何組か踊っている中に紛れる。
ゆったりと踊っているとぐっとサングィニの方へ体が引き寄せられた。
「君は美しく勇敢だ」
『狡猾という言葉も加えて下さい。非常に難しい実験をしているんです。出来るだけ毒を多く頂きたい……ご協力願えませんか?』
「それは君の協力次第だ」
『死なない程度になら』
「勿論。あぁ、待ちきれない」
サングィニが私の首に視線を向けながら艶めいた声を出した。
『私もパーティーに戻ってきたい。行きましょう。今外に出ればパーティーの終盤には戻って来られるでしょうから』
サングィニは首元の蝶ネクタイを緩め、マントを蝙蝠のように
「血を抜いた後は強い脱力感に見舞われる。君のベッドに案内してもらっても?その方が君にとっていい」
『男性をベッドルームに入れないと恋人と約束しているんです』
「ふむ。恋人を心配する彼に見せつけるのもいいだろう」
『よくありません。これは取引です。淡々と行われるべきです』
「ユキ!」
廊下を足早に歩いていた私たちの目の前に突然障壁が現れてそれ以上進めなくなった。
やる、やめろの言い合いになったら鬱陶しいと思っていると右手が取られ、サングィニに口付けられる。
「君の恋人を安心させるべきだ」
「やめろ。ユキ、こっちへ戻ってこい。サングィニ、彼女を解放して頂こう」
「彼女は自ら私に血を吸われることを望んでいるのだ。解放も何もない」
『私たちの手持ちの毒はあと少しよ。補充が必要だわ』
「君の身を犠牲にしてまで必要ない!」
憤然と叫ぶセブに吃驚したが、私は直ぐに首を振った。
『ちょっと血が抜かれるくらいよ。採血と同じじゃない。そんなに怒ったり心配しないでちょうだい』
「っお前という奴は」
『さあ、サングィニ行きましょう。セブもついてきたかったら来ていいわ。あ、えーと、この障壁消してくれる?』
「後悔しろッ」
セブは低く吐き捨てて障壁を消した。サングィニを部屋に招く。
部屋中のランプに灯りを灯して暖炉に火を入れれば部屋は明るくなる。暖かな部屋では装飾豊かなクリスマス・ツリーが立っていて、オーナメントがクスクスと笑いながらお喋りしている。
私はクリスマスの明るいムード漂う部屋でニッコリと笑った。ヴァンパイアの毒が得られるなど最高のクリスマス・プレゼントだ。
『どこでしましょうか?』
「あのソファーにお掛けを」
指定された2人掛けのソファーにサングィニと腰かける。
『首は怖いから避けて頂いても?』
「では肩に」
セブはソファーから1歩引いたところでこちらを見ていた。私はセブの様子に少しだけ首を傾げる。
サングィニの顔が近づいてくる。セブに安心させるように微笑んで見せていた私の顔が
首筋にかかる温かい息。
体にゾッと悪寒が走って私は思わず身を引いた。しかし、ガっと両手で体を掴まれて恐ろしさで硬直してしまう。
怖い
思わず助けを求めるような弱気な視線でセブを見てしまった私の左肩に吸血鬼の牙が突き刺さった。
『―――っ』
痛みには体が慣れているからなんてことはない。ただ、私はその後の感覚に震えた。
官能が一気に体を駆け抜けてブルッと体が震え、悲鳴のような甘い声が私の口から飛び出した。
『あっ、やめ、あっ―――やめっ、て』
全身に力が入らなくなり、私の体が後ろへと倒れていく。それを感じ取ってサングィニが私をソファーに押し倒した。
ジュルルルっ
『ど、どうなってっ』
「甘美だろう?吸血鬼に血を吸われると官能が体を満たす」
『待って、いやっ。あ、あ、待って!』
「良い声だ」
『ひっ、ひゃあっ、ん―――』
声を抑えられない。
血を吸い上げられ、時々肩を厭らしく舐められる。
私は力のない手でサングィニを押しながらセブを涙目で見上げていた。
『助け―――くっ』
セブに助けを求めるなど卑怯だ。自分の言動の始末は自分でつけるべき。
「彼は助けられない。我々ヴァンパイアには目を合わせるだけで金縛りをかけられる力があるのだよ」
『セブに、危害を、あっ、やめてっ』
「軽い金縛りだ。これを終える頃には解ける」
『もう、もう、お終いに』
「毒が欲しくないのか?」
『っ!』
これは毒を得るために必要な行為。
欲しいものがあるなら多少の犠牲は払うべき。求める未来のために、幸せな未来のためにやり遂げるべき。
『あっ、くっ―――はぁ、うぅ』
私はサングィニを押すのを止め、セブから思い切り顔を背けた。
こうするべき
ああするべき
昔から“するべき”という言葉は私を強くし、同時に苦しめてきた。
苦しめてきた
私はハッとして顔を動かした。
苦しみ、悲しみ、怒りと衝撃の混ざった黒い瞳に見つめられはたとして気づく。
私は周りも苦しめてきた。
『ごめんなさいっ―――ごめんな、い、いやあああっ――――
意識を遠のかせながら悲鳴を上げる。
気絶はしなかったが頭がぼんやりとしていた。虚ろな意識の中でセブが「もう十分であろうッ」と怒鳴ったことや、サングィニが「約束は守る」と言っていたのは覚えている。
サングィニが去り、今は2人掛けのソファーの上で、私はセブの膝の上に横座りで乗って抱きかかえられていた。
『セブは私以上のスパルタね』
力なく言う私のこめかみにセブが長いキスをする。
『誰かを心配する辛い気持ちも、身を削る恐怖も分かった』
「我輩が感じていたことに気づいてくれたようだな。こういった形で自覚を促すつもりはなかったが……」
『ふふ、はははっ!私は馬鹿だわ!』
急に私が笑い声を上げたのでセブが嫌な予感貼り付けた顔で私を見た。
私は頭を抱える。
『私はドラコが可愛いのよ!可愛くて仕方ない。あの子を守り、あの子を助ける。初めはお世話になったナルシッサ先輩とルシウス先輩の子供だからと面倒を見ていたのに、いつの間にか情が移って、あの子は大事な愛弟子になっていた!』
「ユキ……何をした」
『私を呼び出せるポートキーを渡した。ハリーたちに三大魔法学校対抗試合で渡したものよ』
「なんと馬鹿なことを……!」
血を抜かれた私のように真っ青な顔と向き合う。
『それに記憶を渡したわ……ドラコは今やっている何かの任務に加えて師匠である私を探る任務を時々与えられている』
死喰い人の中で崖っぷちのマルフォイ家。神秘部での失敗で不興を買い、それ以来ルシウス先輩には危険な任務が任されるようになった。ドラコにも責任の重い任務が与えられ、失敗をすればどうなるか……。
自分たちの命を救うために私を利用せざるを得ない。
どうでもいいような人ならこんな危険を冒さないのに。私はドラコへの情で自分の記憶を渡してしまった。
「愚か者ッ」
『でも後悔していない』
「相談してほしかった。なんて事を―――ユキ……頼むからせめて今後は慎重になると誓ってくれ」
『これからはそうするわ……』
セブは長いこと私を抱きしめて、優しく何度もキスをしてくれた。
『パーティーに戻りましょう』
「ここで休んでいた方がいい」
『スラグホーン教授が心配するわ。パーティーを抜けたお詫びをしなくては』
私たちはパーティーに戻った。
パーティーのガヤガヤに圧倒されながら部屋に入るとシリウスが見つけた!とばかりにやって来る。
「人を誘っておいてどこ行っていたんだ?ん?顔が青いが……」
シリウスがセブがまた私に過剰な仕置をしたのでは無いかとセブを睨みつけた。
『セブとは仲直りしたのよ。睨まないで。スラグホーン教授には挨拶した?』
「一揃いだ!と喜んでいた」
理解できないとシリウスは肩を竦める。
「シリウスせんせいっ」
顔を向ければ栞ちゃんが大きなチキンの丸焼きを銀皿に乗せてやってきた。
「お約束のチキンを確保してきましたよ」
「ありがとう!向こうで食べよう。栞だって少しくらい休憩しても構わないだろう?」
「はい!殆ど仕事は終わったようなものですから」
じゃあ、と仲良さそうに消えていくシリウスと栞ちゃんについていこうとするセブを押し止めていると蓮ちゃんが誰かから逃げるようにやってきた。
「はあぁ。最悪だわ。おっと。スネイプ教授、ユキ先生、こんばんは」
『こんばんは』
「悪魔の罠とでも格闘していたのかね?」
セブが蓮ちゃんを上から下まで見る。見るからにぐしゃぐしゃで結った髪からはピュンピュン髪が飛び出ていて、夕暮れのような青いドレスローブはヨレている。
「ああ、逃げてきたところなんです……パーティーのパートナーがちょっと、何か可笑しなものでも飲んじゃったのでしょう、私をヤドリギの下にあの手この手で連れて行こうとして……うぅ。あの人以外をパートナーに選んだ罰だわ」
「パートナーの名前は?」
「ザカリアス・スミス」
「ハッフルパフ6年生だな。覚えておこう」
『なんで覚えておくの?』
「……」
「やだ。こっちに来たわ。失礼します!」
蓮ちゃんの動きの速さはまるで姿くらまししたかのようだった。目で追っていればあちらへこちらへ、次の瞬間、馬鹿笑いしている魔女の間に割り込んで、さっと消えてしまった。
「あの娘は男を見る目がない」
ブツブツと呟くセブを見上げていると「スラグホーン教授!」と嬉々としたフィルチさんの声がパーティー会場に入ってきた。
顎を震わせ、飛び出した目に異常な情熱の光を宿したフィルチさんはゼイゼイした息で話し出す。
「こいつが上の階の廊下をうろついているところを見つけました。先生のパーティーに招かれたのに、出かけるのが遅れたと主張しています。こいつに招待状をお出しになりましたですかね?」
縄で上半身をぐるぐる巻きにされていたドラコがバランスを崩して床にドタンと倒れたので私は大急ぎで駆け寄った。
『大丈夫?直ぐに縄を解くわ。フィルチさん、生徒に縄縛りの術をかけるのはやり過ぎです』
縄が解かれたドラコは憤慨した顔でフィルチさんを見上げた。
「僕は勝手にパーティーに押し掛けた。それで満足か?」
「いーや。満足なものか!」
言葉のちぐはぐにフィルチさんの顔には歓喜の色が浮かんでいた。
「許可なく校内をうろつくなと校長先生が言っていたのを忘れたか?」
「かまわんよ、フィルチ、かまわん」
騒動を収めようとやってきたのは主催者のスラグホーン教授。お酒で真っ赤になった顔でニコニコとして騒ぐのはやめなさいと手を振っている。
「クリスマスだ。パーティーに来たいと言うのは罪ではない。今回だけ罰するのは忘れよう。ドラコ、ここにいて宜しい」
『ドラコ』
「ドラコ、来い」
私が連れ出そうとするより早くセブがドラコの腕を掴んで引っ張った。
『私の弟子よ。部屋まで送るわ』
「我輩は寮監だ。この者を罰するのは我輩の役目だ。ユキ、君はここにいたまえ」
『ドラコっ』
「大丈夫ですから、師匠」
病気ではないかと思える顔色で弱弱しく微笑んだドラコはセブの後を追ってパーティー会場を出て行った。どうしようかと迷っている間に私の脇をハリーが通り過ぎる。
ハリーは人気のない廊下に出た。ポケットから透明マントを出して身に着けるのは容易いことだった。むしろセブルスとドラコを見つける方が難しかった。
ハリーは廊下を走った。背後からは流れてくる音楽や声高な声が聞こえている。スネイプは自分の部屋にマルフォイを連れて行ったのかもしれない……と思いながらドアというドアに耳を押し付けながら廊下を疾走していた時だった。鍵穴に屈みこんだ時に中から声が聞こえてくる。
「…………ミスは許されないぞ、ドラコ。なぜなら、君が退学になれば―――」
「僕はあれには一切関係がない、わかったか?」
「勿論、あのようなお粗末な方法を君は取るまい」
「これは僕の任務だ。お前に言うべき話ではないっ―――そんな目で見るな!お前は僕が閉心出来ることを知っているはずだぞッ。しゃしゃり出てくるな!僕は1人でやり遂げられる」
「1人で?今日のように初歩的なミスでフィルチに見つかる君が任務を完遂できるとは思えませんな。我輩を信用しろ。さすれば助けてやる」
「お前の手なんか借りない。どうしても借りるとしたらユキ先生だ」
「さようさよう、その大好きな雪野教授をマルフォイ家は売ったのでしたな」
「っ!」
「雪野の記憶を一旦返せ。心配しなくとも良く吟味して新しい記憶を君のお父上にお渡ししよう」
「既に……既に記憶は送ってある」
「チッ……仕事が早いことだ。あの者の善意に甘えるならばこちら側に協力すべきだ」
「師匠は僕を理解してくれている。だから、何も言わないでいてくれるんだ……僕たちの間に入ってくるなっ……お前なんか、お前なんか、信用ならない……」
「軽率な君にポートキーを持たせてはおけぬ。返すのだ」
「これはユキ先生から僕がもらったものだ!お前に取り上げる資格なんかないぞっ」
「それがもたらす最悪の結果を想像できんのかッ!?」
「ユキ先生は僕を守ってくれる。守ってくれるんだ!うわああっあああユキ先生は強いから大丈夫だッ!」
「……よく考えたまえ」
スネイプはドラコが
いまだ突き止められないドラコの任務
泥沼に陥りかけているユキ
パーティー会場に戻ったハリーは真っすぐにご馳走を囲んで談笑しているシリウスと栞の元へと向かった。
彼には頼もしい仲間がいる。
┈┈┈┈┈後書き┈┈┈┈┈┈┈
花菖蒲の花言葉→あなたを信じる