第7章 果敢な牡鹿と支える牝鹿
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19.紫の蝶
屋敷しもべ妖精たち全員に守りの護符を配ったのだが、大変だった。彼らは物を受け取ることを強烈に拒んだからだ。最終的にダンブーに命令してもらって無理矢理受け取ってもらう形になった。唯一ドビーだけが積極的に受け取ってくれた。
「ユキ先生様、ありがとうございますです!」
『喜んでくれて嬉しいわ、ドビー』
屋敷しもべ妖精と言えばクリーチャーとトリッキーにも渡しておかなければならない。
レギュラスが闇の陣営に入り込もうとしていると知ったクリーチャーは最近心配で顔色が酷くなってきている。
(私の次に)セブの近くにいるトリッキーの安全も守りたい。
術といえばこちらの完成も直ぐそこ
完璧が目の前にある
蝶は進んでいた
ノクターン横丁は獲物に困らない。魔力が消されて見つかるという奇怪な事件が多発しているにも関わらず、闇の中には怪しげな影が揺らめく。
アービッシュ髑髏パブから出た紫の蝶は足早に暗い路地を進んでいた。蜘蛛の巣にかかったのは店で私と店主のやり取りを遠くから観察していた新参者。店主のアービッシュに確認したところ、見ない顔だと言っていた。
最近ではノクターン横丁に寄り付かない人たちもこの横丁に立ち入るようになった。闇の勢力がイギリスを恐怖に陥れたせいで人は外出しなくなり、店は潰れ、職を失う人も多い。そんな人たちが裏の世界へとやってきたのだ。
新参者だとか、魔力消失事件がノクターン横丁で多発しているのを知らないとか、そういった事は私には関係ない。私を襲えば返り討ちにする。それだけだ。
後ろを気にしている素振りを見せ、足を速める
段々と足を速く
細い路地に入ったその先は行き止まり
「ユキ・雪野だな?」
上から視線?誰かいる。
「お前を連れて行けば例のあの人は俺を喜んで仲間に加えて下さるだろう!」
上を警戒しながら失神呪文を避ける。私の杖から放たれた失神呪文は男の胸に命中して、男は仰向けに後ろに倒れていく。
上からの視線が消えた。
私は放置されていた荷車の陰に身を隠す。
暫く待っているとキイィという音と共に上から視線を感じていた建物の1階ドアが開いた。
「ユキ?」
杖をドアに向けていた私は心臓を跳ね上げた。
それはジェームズの声だった。呆れ返った私はハアアと地面に届きそうな長い溜息を吐き出す。
『ここよ』
「やあ!」
『なにが、やあ!なのよ馬鹿!』
妻が妊娠中のイギリスいち闇の陣営に狙われている男が気軽に出歩くなんてどうかしている!
「怒らないでくれ。みんな一緒だから僕は今イギリスいち安全な男ってわけさ」
ジェームズが出てきたドアからはリーマスとシリウスが厳しい顔つきで出てきた。おっと。これは状況が悪い。彼らの表情から彼らの頭の中が見える。
「……僕たちの予想は当たっていると思うよ。違うかい?」
長年の付き合いからか勘が良い。
『リーマス、少しの覗き見だけで何が分かったの?鎌をかけられても引っ掛からないわよ』
「ではハッキリ言うぞ。魔力消失事件。魔力の消失など魔法界で生きてきてそういう話は聞いたことがない。だが、ユキの国の術ならなりえるかもしれない」
狭い路地。私はシリウスの話を聞きながら3人からジリジリと距離を取った。杖先を中心にいるジェームズに狙いを定める。
『ごめんなさいね。このことは見なかったことにしてもらう』
「へえ。僕たち3人を相手にやるっていうんだ」
ジェームズはへらへらした顔を止めて表情を引き締めた。
「犯行を認めたわけだな」
「どんな風に魔力を消失させたんだい?」
私に杖を向けながらシリウスとリーマスが聞く。
『記憶が消えるのに言う必要ある?』
「俺たちはユキを責めることはしない。俺はユキが悪いことをやったとは思っていないからだ。自分を襲った者を返り討ちにしただけ。だが、何故こんな危険なことを1人でやっていた?それだけは許せないぞ」
シリウスの言葉に目を瞬いた。
『へ?えっと……思っていたのとは違う』
言われると思っていた言葉とは違い驚いてしまう。なんて残酷なことをするんだと責められると思っていた。特にこの正義感の強いグリフィンドール3人は私の行為を許せないと思っていた。
『もっと言うことがあるはずでしょう?残忍な女だとか、人の命を弄ぶだとか』
「でも君は殺してはいないだろ?」
リーマスが肩を竦めた。
「悪い魔法使いはマグルになってめでたしめでたし。誰も死なずに良いお話じゃないか」
ニッと笑うジェームズの前で口を噤む。
「……おおぅ。なんてこった」
私の反応を見て呻いたジェームズに杖を振ると彼を庇ってリーマスがプロテゴで撥ね返した。
「助かった、リーマス」
「ユキ相手だぞ。気を抜くな、ジェームズ」
シリウスがこちらに呪文を放ってきたので地面を蹴って空中で忍装束に着替える。攻撃方法を忍術に変えよう。
傷つける気がないから難しい。ジェームズたちは流石昔からの親友で息をピッタリに攻撃してくる。だが、負けてはいない。隙をついてシリウスを捉えた。
『水遁・水牢』
水の球体の中に囚われたシリウス。突然に水の塊の中に閉じ込められたシリウスは肺に空気を溜める間もなかったらしく、既に酸欠状態に陥って苦しそうに藻掻きながら水球から出ようとしている。
「シリウスを出すんだ!」
『そんな怖い顔をしないで、ジェームズ。殺さないわ。気を失ってもらうだけ』
杖を動かしそうになったリーマスを睨みつける。
『私を倒したらあの水球は消えなくなるわよ。気絶だけじゃ済まなくなる』
ジェームズとリーマスは視線を交わらせた。どうしようもない状況に追い込まれて悔しそうな表情を浮かべている。
『杖を捨てなさい』
簡単な勝負だった。
ジェームズとリーマスは杖を足元に置いてゆっくりと両手を上げた。
『解』
バシャン
水球が弾けてシリウスが解放される。
「ごほっ、ごほっ、ごほっ」
「大丈夫か、シリウス?」
「あぁ、ごほっ、リーマス。どうにかな」
『シリウスも杖を地面に』
「負けたよ、師匠」
シリウスも大人しく杖を地面に置いた。
『端から記憶を消していくわ。リーマス、あなたから―――っ!?』
突然感じた気配に後ろをバッと振り返る。
私は目を大きく見開いた。
そこには大きな蝙蝠がいた。
「我輩ならば」
嘘――――
ゾゾゾと背中に寒気が走った。
『せ、セブ、そんな』
「口うるさい者から消していくが」
私は衝撃で立ち尽くした。
杖が振られて我に返る。
『くっ』
バンッ
どうにか間に合ってプロテゴを唱えることが出来た。
『ステューピファイ!』
バンッ
ダメだ。魔法から忍術に切り替える余裕がない。更にセブの登場に心を乱してしまっているため、冷静に対処することが出来ないでいる。魔法同士の戦いでは私は不利なのに。このままでは負けてしまう。
セブの魔法に押されて―――セブ……いや、違う。
バンッ
『くっ』
違和感を持った瞬間だった。私の杖が宙を飛び、形勢が一気に逆転する。
セブによって突きつけられた杖。周りを見ればシリウスたちも杖を拾って私に突きつけていた。
『クソッ』
「言葉が悪いよ、ユキ」
ジェームズの楽しそうな声が癪に障る。
「悪いけど縛らせてもらうよ」
リーマスがロープで私をがんじがらめにした。
「杖は下ろすな。ユキは縄抜けが出来る」
『シリウス!あなたね!このセブはあなたの影分身ね!』
「流石だな。正解」
セブの姿でなければ動揺しなかったのに、なんて今言っても遅い。私は悔しくて唇を噛みしめる。
「僕たちの隠れ家にご案内しよう」
歌うように言うジェームズ。私は宙に浮かされて古びた石造りの建物の2階へと運ばれていく。
外観とは違い建物の中は清潔だった。
入れられた部屋は古いが整っていて、赤い炎が暖炉で燃えている。私は古びたワインレッドの3人掛けソファーに横たえられた。
『縄が食い込んで痛いわ』
「下手な芝居は虚しくなるだけだぞ?」
シリウスの答えに舌打ちする。
「改めて、魔力消失事件の犯人がユキだったとはね。言われてみれば納得だ」
ジェームズが私の顔をまじまじと見ながら言った。
「ユキが非道な人間ではないことはわかっている」
リーマスは困惑した瞳を私に向けていた。
「もちろん俺もリーマスと同じ意見だ」
『いいえ、リーマス、シリウス。私は目的のためなら何だってするわ』
「そうする理由というのを聞かせて欲しい」
今から長い話を聞こうとするようにリーマスは1人掛けのソファーに腰かけた。ジェームズとシリウスもダイニングチェアーに座る。シリウスの方は私に杖を向けるのを止めてはくれなかった。
「ここまで来たら話すべきじゃないのか?」
『話す義理はないわよ』
シリウスの言葉を鼻で笑う。
1番知られたくないのはセブ。でも、彼らに頼めばセブに伝えることはしないだろう。だが、彼らも大事な友人なのだ。繰り返し殺人を犯していたことを話せば幻滅され、軽蔑と嫌悪の目で見られることになるだろう。
既に殺人を犯していることは知られているが、してきたことを言葉にするのは嫌だった。
だが、納得する言葉を得なければ彼らは引かないと思う。
私はこの状況に陥ることになった自分の不甲斐なさと逃げ場のないこの状況に拳を握りしめた。
「殺したというが……戦いの中で仕方なくだろう?」
優しいリーマスは私を善人のように扱ってくれる。だが、私が嘘を吐くか迷う前にシリウスが私の代わりに否定した。
「……。違うな。もしそうだとしたら言うはずだ。ユキは意図して人を殺したことがある」
『ねえ。もしそうだとしたら、あなたたちは私を魔法省に突き出してアズカバン送りにするの?』
「そんなことはしないさ。僕たちはユキを信じているよ」
『信じている……?』
ジェームズの言葉にキョトンとしてしまう。
「僕たちのユキが根っからの悪事を働くわけがないだろう?」
屈託のない笑顔。
ポカンとしてジェームズを見つめる私の前ではリーマスとシリウスがジェームズの言葉を聞いて可笑しそうに目配せをしている。友人を疑いなく信じるのがジェームズの美徳だ。
『ジェームズ。ご存じないようだから言うけど、世の中には悪い人間がいるのよ?』
「痛いところを突くなぁ」
『私はあなたたちと違って悪事を悪とは思わない人間なの』
「いーや。ユキは違うね」
『どうして言い切れるの?』
「昔からの付き合いだから分かっているよ。ユキは人を思いやる心を持っている優しい子だ」
『っ!』
真っ直ぐな視線から思わず目を背けてしまう。
なんか、必死になって隠しているのが馬鹿みたい。
ジェームズを見ているとそう思えてくる。
大事な友人に残忍だと思われるとか、軽蔑の目で見られるとか、そんなことよりも、あるがままを話すべきだと感じ始めた。信頼を置いている彼らに秘密にしていることがあることこそ大きな罪なように思う。
私は降参を示すように息を吐き出した。
『分かった……』
「話す気になったかい?」
今から冒険話を聞こうとするようなキラキラした瞳を向けてくるジェームズに咎める視線を送る。一応、今から話すことは殺人話なのだが。
『セブとリリーに言わないと言うなら話す』
3人は頷いた。シリウスは漸く杖を下げる。
『拘束は解いてくれないの?』
「油断大敵。マッド‐アイの言葉に俺は従う。ユキ相手には最後まで気を抜けないからな。悪く思わないでくれ。それより、お話のはじまりだ」
『分かったわ』
私は話し出す。
医療忍者である私は怪我人を治療する時に、自分の魔力も消費して怪我人の細胞分裂を促し、怪我を治す。
問題は大きな怪我の場合。私は魔法界に来て1年目に私の術によって大火傷を負ったクィリナスを治癒術で治した。その時に自分の寿命を渡してクィリナスを治すことに成功した。
『でも、そんなことが起こる度に自分の命を削ってはキリがない』
だから相手の何かを引き換えに治癒できないものかと考えた。そこで自分が使う魔力は最小限に、主に怪我人の魔力を使って治癒する方法を探ってきた。
『襲ってきた相手を返り討ちにし、実験体になってもらうことにした』
治癒される体
切り裂かれる体
また治され
また切り裂かれる
魔力が尽きるまで……
相手の魔力を使って治している時に問題が発生した。魔力と気・血・水の三要素は密接に関わっており、力加減を間違えて体内のバランスが崩れて死に至る者が出てしまった。
『遺体は消したり放置したり色々』
話していくうちに段々と目の輝きが消えていくジェームズ。リーマスとシリウスも顔を強張らせている。
『最近になって漸くコツが掴めてきた。だからピーター・ペティグリューは魔力を微弱に残す程で調整することが出来た。彼には魔力を残す必要があったから……』
プチリ
話し終わったタイミングで私は縄を解くことに成功した。先ほどから後ろ手に苦無で縄を削っていたのだ。縄は解けたがシリウスも他2人も私に杖を向けてはおらず、重い沈黙の中にいた。
「ユキ、やりすぎだ」
長い静けさの中、リーマスがポツリと言った。
私は暖炉の前まで歩いて、薪を1つ炎の中に放り投げた。
踊るように燃えている火はこちらの状況などお構いなしに愉し気。
私はふとシリウスの言葉を思い出した。
暖炉は怒りも悲しみもしない。
だからそれに話しかければいい。
彼らにこの話をしたことも後悔していない。私は清廉な人間ではないし、目的の為なら残酷な手も厭わない。これが私だ。これから先、遅かれ早かれ残忍な私の姿を見ることになっていたと思う。
目的の為なら何でもする。
私はぐっと拳を握りしめた。
『私は……私の一番大事な人を守る為ならなんだってするわ。絶対に死なせたくない。守りの護符、フェリックス・フェリシス改良薬、ナギニの解毒薬、それにこの術』
それでも無理なら死から生き返らせる術を使う。
『万全にしたいの。実験体となった者には申し訳なかったと思う。だけど私は、この道を選んだ。恨みの呪詛を唱えられようと私は―――』
ポンと肩に手が乗せられて驚く。
私の横に立っていたのはリーマスだった。
「ユキの気持ちは痛いほど分かる。僕もドーラの為なら何だってする。ジェームズもシリウスも同じ気持ちだと思う。だけど……もうこんなことは止めよう」
『……いいえ』
私は首を横に振る。
『不安なの。完璧な準備をしてその時に臨みたい』
「でも、ダメだ」
『いやよ……セブ……セブっ……私は止めないわ……』
「セブルスだって喜ばない。心配するに決まっている。そうだろう?」
リーマスに導かれて私は先ほど座っていた椅子に座らされた。隣に座るリーマスは私を落ち着かせようと背中を摩ってくれる。
「単純に思うが、自分の彼女がこんなことしていたら不安で仕方ない」
シリウスがどこか別の方向を見ながら呟くように言った。
「そうだね。あと、これは個人的な意見だけど、ユキの話を聞いてなお、僕としては人を襲って売ろうとした悪者はどうなっても文句は言えないと思っているよ。だから単純にユキの身が心配さ。今日の僕たちみたいな腕利きと出会ったら負ける可能性だってあるんだから」
私はジェームズが渡してくれたハンカチを受け取って1粒だけ零れ落ちた涙を拭った。
「だから、リーマスの言う通りこんなこともうやっちゃいけないよ?」
「それにもう術は完成したんだろ?止めにすべきだ」
説得してくれるジェームズとシリウスに首を振る。
『もう少し何度か練習を積みたい。自分の中で完璧だと思えるくらいにしたいの』
「友人としてユキが泥沼に入り込んでいくのを見ているわけにはいかない。セブルスの為にも
『リーマス……』
自分だったら……
いつもセブが私に言う言葉だ。
リーマスの言う通りセブが私の為に危険を冒していると考えると不安な気持ちになるし、今すぐ止めて欲しいと思う。
想像は出来たけど、不安で不安で仕方ない……頭を抱える。
「セブルスは大丈夫だよ」
優しく安心させてくれる声でリーマスは言い、私の背中をトントンと叩いた。
夜中も2時を回った頃、私はホグワーツへ戻り、吹きさらしの階段を上って自室の扉を開けた。暖かい部屋はセブが来ている証拠。
自室には影分身を置いてあり、本体のふりをしている。本体の私は用事で外に出ている影分身の
そっと実験室を覗くとセブが大鍋を
私は何か良くない雰囲気を感じ取りながら実験室に入って行った。
「遅い帰宅だな」
『少し用事を足してきたの』
「影分身に行かせればよかろう」
『あら……気が付いていたの?』
内心大いに焦りながら無理矢理笑みを作る。
「否定はせぬのだな」
私は影分身を消した。
記憶が入ってくる。
セブは影分身を壁際に追い詰めて本体はどこに行ったのか問い詰めている。しかも、今までも何度か影分身を本体と偽って今日のようにセブを欺いていただろうと言われていた。
「こんな夜更けに本体で外出するとは何をしていたのか」
『恋人には逐一報告しなければならないの?』
「心配して言っているのだ。嫌な言い回しはやめろ」
『最近喧嘩ばかりね』
「喧嘩の種はいつも君が持ってくる」
私はセブの横に並んだ。
ピンク色の毒々しい液体が渦巻いていた。
『これ失敗じゃない?』
「そうだな」
セブが杖を振って大鍋の中身を消し、私に向き直った。
「話せと言ったら話すか?」
『聞かないでと言ったら聞かないでくれる?』
「ユキ」
『頭のいいあなたなら察しがついているのでは……?』
私は自分でも分かる光のない瞳でセブを見上げる。
「魔力消失事件」
『どうして隠し通せないの……?あなたが……賢過ぎる……せいね』
「認めるんだな?」
『えぇ。私よ』
「何故そのようなことをした?」
『新しい術を完成させるための実験体を得るため、私を襲ってきた相手を返り討ちにして術をかけていた』
「ユキが強いことは知っている。だが、どれだけ危険な行為か分かっているのか?敵の手に落ちたらタダでは済まないのだぞ?闇の帝王の元へ連れていかれでもしたら何をされるか君なら分かるだろう」
『どうしても新しい術を完成したかった』
「使い道は?」
『医療忍術よ』
そう言うと、セブは私を引き寄せて力強く抱きしめた。
「頼むから1人でやろうとするな。我輩たちはいつも一緒だ。それをよく覚えておきたまえ」
私はセブの胸を押して体を離した。
『人を、殺したわ……』
隠そう隠そうと思っていたのに自然と口を突いて出た。
「だから嫌いになったと言えと?」
『そうなっても驚かない』
「ユキ……我輩のためだな?」
『愛しているの』
目に涙が滲んでくる。
「同じくらいそうだと何故分からない?」
『不安なのよ』
「我輩もだ。運命は変わるものだ。どう変わるか分からないのだ。ユキの身に何かがあるかもしれないのだぞ?頼むから1人で危ない橋を渡るのはよしてくれ」
セブは私が一筋流した涙を指で拭ってくれる。
これほどまでセブを心配させてしまい胸が痛くなる。
だが完璧を確信するまであと一歩
欺いてでも納得するまで続けたい
嘘を吐くのは気が引けるが……
「頼む。約束してくれ。そうするまで離さない」
『セブ……セブ……もう、しません。しないわ。愛している……愛している……』
胸にすり寄る私を抱きしめるセブ。
蝶は蝙蝠を欺いた
「若い女が1人でノクターン横丁に現れるとは何されても仕方ねぇよな」
男は呟き、ニタニタ笑いで杖を出して後をつけ始める
闇の中、誘うように紫の袖が揺れる
「残念だな。行き止まりだ。大人しくするなら痛くはしない」
いつものように追いかけてきた魔法使いを路地に誘い込み、迎え撃つ。
『っ!?』
しかし、打ち合っている時に上からも攻撃が降ってきた。
私を追いかけてきていた魔法使いは両面鏡を使って仲間と連絡を取ったのだ。
敵が数人いたところで負ける私ではないのだが、ミスをしてしまった。避け損ねた攻撃が左腕を掠り、肌をえぐって焦がした。
『やってしまった……』
石油のような匂いがしてシューシュー白い煙を出す腕は黒焦げていて、闇の魔術を使われたことが分かった。
体に響く強い痛みに不利を感じ取り、近くの窓ガラスに突進して破り、室内に転がり込んだ。
「逃がすな!」
閃光が後を追ってくる。
乱暴に扉を開けて裏口から外へと飛び出した。
「追えッ!姿くらましさせるな!」
新月の夜は闇に体が溶ける
その闇を利用し、蝶は逃げていた
「こっちだ!右の路地だ。捕まえろっ」
か弱い蝶を狩ろうとするものは報いを受けて当然
やろうとしたからやられたのだ
『今日で完璧』
男たちは蜘蛛の網にかかった。
水牢に閉じ込めて激流の中で揉んでやれば私をつけてきた者たちは程なくして意識を失った。地面に寝かせた5人を端から切り裂き、治していく。
私は小さく口角を上げた。
5人全員死ななかった。
力加減が出来るようになったことに喜ぶ。
これで万が一大事な人に何かあった時でも対応することが出来るだろう。
『―――痛っ』
早くホグワーツに帰って治療しなければならない。襲ってきた魔法使いたちの記憶を消してノクターン横丁から姿くらましする。
痛みに眉を顰めながら芝生を突っ切り部屋へと戻ってくる。実験室に入った私は腕を上げられるような状態ではなくて、杖を使って慎重に左腕の袖を切り外した。
何の呪文を打たれたのだろう?闇の魔術だということは分かるが……まずは火傷として治療してみようと思い、火傷に効く薬を引っ張り出して患部につけた私は悲鳴を上げた。
ジリジリと肌を焼く音が聞こえ、魔法を受けた腕からシューシューと煙が出て皮膚が黒く剥がれ落ちた。
『おかしな呪い打ちやがって』
悪態をつきながら本棚に向かい、闇の魔術の本十数冊に杖を振って自分についてこさせてリビングのテーブルにどさどさと置いた。
まだ読んでいないこの本にヒントが隠されているかもしれない。
心配させてしまうから自分1人で治療したい。もしセブに知れたら約束を破ったと酷く怒るだろう。
この頃の私は泣いたり怒ったり非常に面倒くさい女だと自覚済みで、もうこれ以上マイナスな感情を発する自分をセブに見せたくなかった。
そう思っていた私の耳に聞き慣れた足音が聞こえてくる。
私は焦りながら本を纏めてリビングを通過し棚に収め、杖を振って寝巻を引き寄せてバスルームに飛び込んだ。
バスルームの扉を閉める寸前に玄関の扉がガチャリと開く音が聞こえてくる。
私は早着替えする気力もなく、悲鳴を押し殺しながら服を脱いでいく。患部に重々気をつけていたがカモフラージュに浴びるシャワーは痛かった。
埃と汗を流して包帯を緩く患部に巻き、寝巻を着てバスルームから出て行く。
『いらっしゃい』
「夜遅くにすまない」
『起きていたわ。今夜は会合があるから来られないと言っていたでしょう?』
ヴォルデモートの館で行われる会議は大方夜で、セブは会議に出席した後はダンブーの元へ行き、報告を行うので、その日は私の部屋に来ないことが多い。
『何かあったの?』
「闇の帝王は我輩にユキを思う通りに出来る魔法薬の開発を急ぐように命じられた。だが、その薬を使うのはユキを拉致してからという事らしい」
『私を拉致するのは相当難しいわよ』
「我輩もそう闇の帝王に申し上げた」
私はセブに着替えのパジャマを渡した。
長いマントを預かり、コートハンガーにかけていると、じっとりと汗が滲んでくるのを感じ、気づかれないように寝巻の袖で汗を拭った。
『私を服従させる魔法薬の開発は順調なの?』
「命令通りかなり強力なものを作っている。解毒薬も同時進行で作るつもりだ。だが、闇の帝王の手に堕れば厳しい監視下に置かれる。助け出すのは至難の業だ。我輩は……」
『あなたはヴォルデモートの命令通りに動かなければならないから私を助け出すことは出来ない』
「すまない」
苦しそうな顔をするセブに微笑み、そっと口づけた。
「レギュラスが闇の陣営に潜り込むと聞いているがどうなのだ?」
『既に死喰い人として活動しているようだけど、本部に出入りできるようになるまで時間がかかりそうだと言っていたわ。何か大きな手柄を立てないといけないでしょうね。もしくは誰かに成り代わるか』
「レギュラスなら上手くやるだろう」
『私もそう思っている』
このままベッドに入る流れになった。怪我の治療はセブが寝てたら早急にしよう。
『おやすみ』
ベッドに入った私はサッサとランプの灯を消した。
暗闇の中衣擦れの音が聞こえてきて仰向けになっていた私の腰に腕が回される。
『ごめんなさい、セブ。今夜は気分じゃないの』
セブの方にある左腕を気遣いながら右腕を伸ばしてセブの頬を撫でた。
『拗ねちゃう?』
「子ども扱いするな」
『しようとしていたことは全く子供じゃないけどね』
クスクス笑っているとセブが馬乗りになった。
『やらないって言ったでしょ?』
「そうだな。だが、この程度なら許されるであろう?」
覆いかぶさってきたセブは大きな両手で私の頭に手を添えて口づける。くちゅちゅぷと気分を高揚させる音を出して口内を搔き乱されて腕が燃やされているように痛いと言うのに気持ち良いと感じてしまう。
『んっ……っく……』
官能と痛みからくる呻きが混じる。
痛みから出る声は無理矢理に抑えることが出来るとも、汗を止めることは出来ず、寝巻が濡れるくらいに汗が噴き出してくる。
「汗ばんでいるようだが気分が悪いのか?」
『少しお腹が痛くて』
「薬が必要か?」
『いいえ、ありがとう。もう飲んだわ』
「無理強いをして悪かった」
『ううん。凄く気持ちのいいキスだった』
「いつでも起こしてくれていい」
『ありがとう、セ――っ!』
触れられた左腕。激痛が患部から体全体に広がった。歯を食いしばる私の体から汗が噴き出す。真っ暗な中だから私の表情の変化は見えないだろう。見えていても堪えたから苦痛に歪む顔は見られなかっただろうが……私は汗をかきながら呼吸を整えた。
「着替えた方がいい。体を温めるものも用意しよう。確か君のガラクタコレクションの中に湯たんぽがあったな。持ってくる」
そう言ってセブはランプの灯りをつけてしまった。
灯りの中に照らされてしまった私の顔。セブが表情を変えた。
「ユキ?」
慌てた様子で私の額に手を伸ばそうとするセブの手首を掴む。
『薬は飲んだから暫くしたら良くなる。着替えてくるわね。ふふ。私の素敵なものコレクションから湯たんぽを取って来て』
「手伝いはいらぬか?」
『大丈夫よ。でも、お水が欲しい』
「分かった」
新しい寝巻を衣装箪笥から出す私は苦痛に顔を歪めていた。一刻も早く治療を行うべきだろう。かけられた呪文は広がってはいないようだが、良くもなっていない。私の体をジリジリと痛めつけている。
早く治療しなくては。かくなる上はベッドに入ったらセブにステューピファイしましょう。そうさせて頂きましょう。
痛みでクラクラしながらバスルームで着替えてベッドルームに戻ると、セブが心配そうにベッドに腰かけていた。
「勝手におかしな毒を飲んだのではあるまいな?」
『食あたりよ』
「自分で調合した薬を飲んだのか?」
『えぇ。だから数時間で良くなるわ』
ベッドに入り、セブがランプの灯りを消してくれる。
『おやすみ』
私はなかなか寝ないセブをステューピファイした。
夜中の3時を回っても治癒方法が見つからず、私は焦っていた。この状態では明日の授業をこなすことが出来ない。それに痛みで疲れ果ててしまってきていた。
本に、受けた呪文に似た呪文を見つけることが出来た。それには魔法薬ではなく呪文によって解術すべしと書いてある。本を見て予想するところ、何種類かの呪文が織り交ぜられていると思う。
火傷の呪文を解術したのだが、まだ私の左腕はシューシュー白い煙を薄っすらと出し、肌は黒く焼け焦げている。傷口はジュクジュクから乾燥したが、傷み具合は変わらない。
『はぁ、はぁ』
私は読んでいた本をバンッと閉じた。
自分の力の限界を感じた。
痛みでぼーっとした頭でいくら考えても解術方法は見つからないだろう。
セブに頼るしかない――――
それならどうして初めから頼まなかったのか。
嘘に嘘を重ねて私の信頼は地に落ちていっている。
あんなに私を心配して、私の事を思ってくれて、いつも私の心に寄り添ってくれている人に対して私はいつも不誠実だ。
『不誠実―――本当に私にお似合いの言葉だわ』
自分自身に幻滅した私はやはりセブに知られたくないと、もう1度自分で解術する方法を調べようとして本を開いたのだが、やってきた痛みの波に机に突っ伏した。
呪いを解く方法が見つかっても震える手ではまともに杖を振れるとは思えない。
私はセブに失望されるだろうことに泣きそうになりながらベッドルームに入ってランプを灯した。ステューピファイされて眠っているセブの肩をトントンと叩く。
『セブ』
情けない。
『セブ、起きて下さい』
私ってなんて馬鹿なの?
『セブ。ごめん。起きて』
小さく眉間に皺を寄せたセブは頭を左右に動かしてゆっくりと目を開いた。
「ユキ……真っ青だ。まだ腹が痛むか……?」
『ち、違うの』
情けなく、幻滅されるのが怖く、自分自身に強く腹の立っていた私は痛みも相まって小さくすすり泣いていた。
「どうした?」
起き上がるセブの前で私は床に膝をつき猫背で小さくなっていた。
「ユキ?」
『た、助けて欲しくて……』
訝し気な瞳を向けるセブの前で言葉を続ける。
『呪いを……今日、今夜……呪文を打たれて……自分で……自分で解術出来なくて……あなたの力を借りたいと……』
「呪文?」
『……何の呪文を打たれたか私には分からないの……自分の力では限界……呪いを解けなくて……』
「どこだ。見せて見ろ」
私は震える手で左腕の袖を捲った。
シューシューと白煙を上らす黒焦げた腕が露出する。
「何時間前だ?」
『5時間前くらい』
「ベッドに横になれ」
指示されてベッドに横になると部屋に置かれている全てのランプに光が灯った。
「っ!」
患部を見てセブが顔を強ばらせて目を開いた。だが、直ぐに杖を取り出す。
セブが腕、それに体にも杖を向けて行ったり来たりし始める。
「自分で何かしたか?」
『火傷の呪文の解術をしました』
「……この馬鹿が」
『どうやら私は方法を間違ったみたいね』
「我輩に任せてくれ」
『うん。お願い』
私はセブに全てを委ね、ぐちゃぐちゃの感情から流れる涙を止めることに専念した。
セブは1時間もしないうちに呪文を解いてくれた。
今はハナハッカエキス入りの魔法薬を飲み、セブに火傷跡が残らない薬を自室から取ってきてもらって塗ってもらっている。
「……」
『…………』
「……言うべきことがあるのではないか?」
『私……』
ポロポロと涙が零れ落ちる。
「泣いて逃げる気か?」
『いいえ』
「今夜何処へ行っていた?」
『ごめん……私は、ノ……ノクターン横丁に……』
キッとセブの目が吊り上がった。
「まだ続けていたのか!!」
ガンッとした声に私は体を跳ねさせた。
「自分を過信した結果がこれだ。満足したかね?」
『過信はしていない!こうなることも想定はしていた!』
「我輩に助けを求めたのも想定内か?」
『いいえっ……ち、違います……』
「その上、怪我をしたのを隠蔽しようと演技までしたな。名演技であった。何故直ぐに言わなかった!」
『私はセブに幻滅されたくなかったの。隠し通したかった』
「悪いことをしている自覚はあったわけだ」
『ごめんなさい。結局、自分で解術出来ずにあなたの手を煩わせた』
「君のつまらぬ考えのせいで一歩間違えれば危険な状態になりえるかもしれなかったのだぞ。現にこの呪いの跡は一生消えないだろう」
私は左腕に浮かぶ大きな三日月形の黒い痣のような呪いの跡を見た。まだ暖炉で燃える炭のように赤黒く見える。
これでもセブが頑張ってくれてここまで小さくしてくれたのだ。
『すごく……すごく、反省しているの……』
「ポーズだけの反省なら結構だ」
立ち上がったセブが着替え始めるのを私は呆然と見ていた。
「治療方法は先に述べた通り。以上だ」
部屋を出て行くセブを引き留める言葉を私は探せなかった。
翌日の朝。セブとすれ違いにならないように早い時間から朝食の席にいた私は冷めきった紅茶とフォークで差し過ぎて穴だらけになったキウイフルーツを見つめていた。
大広間に入ってきたセブを見て鼓動が早く鳴る。
不機嫌そうな様子でやってきたセブは定位置の私の隣に座った。
『昨夜はありがとう。少し寝られた?』
話しかけてもセブはこちらを一瞥もしない。
大きな後悔と強い悲しみに襲われていると、こちらの様子を窺っていたシリウスが口を開いた。
「もしやあのことがバレたのか?俺たちの間での秘密だったはずだが?」
『っ!』
セブの空気が一気に黒くなった。怒りを纏うセブは何も取られず空っぽの皿を放置して立ち上がり、大広間から出て行った。
『シリウス!あなたって陰険よッ』
「今の嫌がらせはユキに対してだぞ」
『どういう意味よ』
「今朝の鍛錬、左腕を庇っていただろ」
『……よく分かったわね』
「まだ続けていたな?」
『やめるとは言っていないわ』
「俺たちの心配は無意味だってわけか」
私はハッとして息を飲んだ。
「どれだけ自分が周りから心配されているか考えることだ」
心配―――
人から心配されるということが私は良く分かっていなかったようだ。
どれだけ私の事を考えてくれているかも、どれだけ心を痛めてくれているかも。
そしてその心を蔑ろにした自分の無情さに嫌気がさした。