第7章 果敢な牡鹿と支える牝鹿
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
17.ケリドウェン病院 後編
朝4時。いつもの時間に起きるとセブは昨夜と変わらぬ姿で机に向かっていた。
『おはよう』
「……」
『…………』
感じ悪っ!
着替えてランニングへ行き、昨日買ってきたローストビーフサンドを見せびらかすようにベッドの上で1人で食べた。セブの分もあったが、彼は欲しいと言わなかった。
他人がいると気が散るでしょうからとまだ暗い町を散歩に出かける。
パン屋さんは開いていて私は町中のパン屋を全部回って時間潰しをした。部屋に戻って身支度をすればいい時間なのでセブに一言もかけないで病院へと向かう。
昨日と同じく魔女の服装をした私はイライラしながら昨日言われていた病棟へ行き、診察の順番を待つ。マガジンラックに置いてあったファッション誌を読んでいると名前が呼ばれる。
『失礼します』
中にはヤギを彷彿とさせるお爺さん癒者が椅子に座っていた。
「どうぞお掛けに」
イライラが消えて急に緊張がやってくる。
もっと早くから緊張していれば良かったわ。結果の事を考えなさ過ぎて心の準備が出来ていない。それにとても心細い気持ちだ。
セブがいてくれたら良かったのにと思うが、反対にいない方が良かったのかもと思ったり。そんなことを考えていると机の上に置かれた羊皮紙が私の方に向けられる。
覗き込めば植物や魔法薬の名前、数字が書かれていた。
確かに、体の中に毒はあるようだ。
緊張が高まる。
私が血液検査の結果を読み取る前に癒者が口を開いた。
「見ての通り9つの毒が体内にあります。そのうち5つは魔法薬で解毒できます。3つは在庫があります。2つは調合しましょう」
トントンと羽ペンの先が羊皮紙に書かれている毒の名前を指し示す。
「残り4つのうち2つは1年間毎週解毒薬を飲む必要があります。それから別の1つは少々厄介。解毒薬を探さねばなりません」
『ケリドウェンでお願い出来ますか?』
「勿論、善処しますよ」
『毒を抽出したものを持ち帰れませんか?自分でも解毒薬を探してみようと思うのですが……』
「ハッフルパフ病院長からきっと今みたいな申し出があるだろうと聞いていました。さあ、これを持って帰りなさい」
手渡された試験管は闇色に近い青の液体で満たされていた。
『ありがとうございます。そして、最後の1つは……』
「最後の1つの解毒は難しいでしょう」
『何の……毒でしょうか……?』
覚悟していたが辛さに息が詰まる。
難しい顔で首を捻った癒者は考えるように髭を撫でた。
「毒というよりも……ううむ。感染症や生まれ持っての血と言った方がしっくりくるかもしれませんね」
『感染症というとライカンスローピーのようなものですか?』
満月の晩になると狼人間になるこの症状はライカンスローピーという感染症によって引き起こされる。その事なら血液検査をせずとも分かっていることだった。私は黒い狐に変身することが出来、純粋な人間ではなく、自分では化物に近いものの血が混ざっているのではないかと疑っていた。
この血に流れるものはリーマスと同じく、子供に遺伝するかどうかは怯えるしかないだろう。
ただ、それは分かっていたことだったのでショックは少ない。やはりと言った感じだ。
「これに関しては覚えがあるのかな?」
『実は特殊なアニメーガスに変身することが出来るんです』
「アニメーガス?」
『ドラゴン程の大きさの狐に変身できます。半獣にもなれます……解毒できないとなると子供を産んだ時の遺伝の可能性を考えておいた方がいいですね?』
「ううむ……それは私が言おうとしていたこととは別問題ですね。獣……」
癒者は羊皮紙を手に取りながら首を傾げた。
「それは今回見つからなかった」
『別になにかあるのですか?』
「ヴィーラをご存じかな?」
コクリと頷く。ヴィーラといえば肌が月のように美しく輝く、何もしなくても男を誘惑する美しい女性(生物)の事だ。フラーの祖母がヴィーラだったと思い出す。
「愛の妙薬も勿論ご存じだと思う」
『はい……』
言わんとしていることは何だろう?
『ええと……』
ヴィーラ……愛の妙薬……つまり……
『あぁ……何てこと……もしや……』
私はこの先の言葉を予想して段々と血の気が引いていくのを感じながら癒者の言葉の続きを待つ。
まさか……
もしこの予想が当たっていたら最悪だ。
早くなる心臓を押さえる。
違ってくれと願う私の前で癒者は口を開いた。
「微量だが愛の妙薬に似た成分が―――この場合、あなたは惚れさせる方ですが―――血液に混じっておるようです」
ドンと暗闇に突き飛ばされた衝撃
『……そんな……』
嫌な予感は当たった。
現実を受け止められず唖然とする私の前で話は続く。
「誘惑する力とでも言いましょうか」
言われた言葉に瞳を閉じた。
『まさか……』
一気に押し寄せてくる絶望感。
「ヴィーラのように強くはないから露骨なアプローチをされたことはないかもしれませんが……」
耳が塞がれたような、もしくは遠くから声が聞こえてくる。
頭をクラクラとさせながら恐ろしいことを確認するために勇気を持って口を開く。
『ですが、ですが……そうなんですね……周りに影響することがある……?』
「そう考えます」
私は座っていた、ゆったりたとした椅子の背もたれにどっと体を倒した。
世界が崩れていくとはこのことだ。
嘘でしょ……
泣きそうになりながらひじ掛けをギュッと掴む。
『いつの間に……』
人を誘惑する力がある毒を自分で飲んだ記憶はなかったが、小さい時は与えられたものを訳も分からず胃の中に落とし、その頃は自分で毒の判別が出来なかった。気づかないうちに飲んでいたのだろうか。女暗部があるくらいだから将来を見据えて薬を盛られていてもおかしくない。
セブとの今までのやり取りが走馬灯のように頭を駆け抜けて、それが全て無になったような気持ちになり強い悲しみを覚えた。
「お顔が真っ青だ」
『だ、大丈夫です。続けて下さい』
「では……続けましょう。残念ながらこの……誘惑成分とでも呼びましょうか。これについては分析しきれていません。ただ、狼人間を人間に、ヴィーラを人間にするようなことは出来ないことは分かります」
『ずっとこのまま……今までも、これからも』
「力不足です」
『私は誰彼構わず誘惑していることになりますか?』
「興味深いものだったのでケリドウェンの研究員で試して見たのですよ。女性は全く反応なし。男性は10人中5人。3人は高揚感を感じ、残り2人は口説き始めました」
『血液に向かってですか?』
乾いた声で笑う私に癒者は気遣うような笑みを見せてくれた。
「お若い方、お嘆きなさるな。ヴィーラも真実の愛を人間との間に見つけるのですよ」
診察室から出た私は疲れていた。
受け入れられない事実は私を打ちのめした。
考えたくない。
今まで私に向けられてきた全ての好意に対して考え、虚無感に襲われて、何もかもが信じられないような感覚に陥っていた。
今までを振り返ってみると、確かに不自然なことも多々あったと思い出す。何故おかしいと気づき、自覚しなかったのか。粗野で愛想もなく、不気味な目を持つ私が好かれる要素などないはずなのにと人からの好意を素直に受け取っていた自分を恥じた。
ただ血に反応して惹きつけられていただけなのに。
セブは半分夢の中にいるような状態なのだ。セブを図らずも騙していたことに胸が痛み、彼が夢から覚めて冷静に私を見られるようになったらと思うと辛くなる。
失意の中何処を目指すでもなく玄関ロビーを突っ切っていると二の腕が掴まれた。
「ユキ」
セブの様子から私は何度も名前を呼ばれていたようだった。
「大丈夫か?」
虚ろな心で見上げたセブとの間には分厚い壁があるような気がして私は知らない赤の他人を見ているようだ。
『……今……何時だっけ?約束の時間には早いような気がするけど……』
周りの音が、自分の声さえも遠くから聞こえてくるように感じる。
「心配だったから来た。結果は出たか?」
私の手に握られている羊皮紙にセブが視線を向けたので私は急いで羊皮紙を丸めてローブのポケットに突っ込んだ。
『いいとは言えなかった』
時計を見れば時刻は10時。チェックアウトは11時だ。
『チェックアウトはしてきたのよね?』
「あぁ」
『時間まで8階にカフェテリアがあるから行く?それとも外のカフェを探す?』
「上に行こう」
セブが私の背中に手を添えた時、心臓が飛びあがった。
バシン
結局、カフェテリアでは一言も話さずに私は炭酸レモネードをストローでかき混ぜ続けていた。
時間になり、姿現しでヴェロニカが住んでいる村に到着する。
鉛色の空だが、イギリスと違うのは家々がクリスマスの装飾で賑やかに飾られてキラキラと輝いていることだった。
ボールを投げ合いながら少年たちがワイワイと通り過ぎていく。
ヴェロニカの家は村の一番奥にあって、蜂蜜のような金色のリースが玄関扉に飾られ、家を取り囲む低木には赤い実がなっていた。煙突からは煙が出ていて甘い香りが鼻腔をくすぐる。鳩の装飾のついたドアノックを叩くと暫くしてヴェロニカが顔を出す。
「あらあら」
ニッコリとしたヴェロニカは私に強いハグをする。
「私が思った通りの顔をしているのね、困ったちゃん!」
その言葉でぶわっと涙が溢れ出てきた。
『ヴェロニカっ』
「あなたの検査結果は私も知っています。特殊な例だったから声が掛けられたのよ」
『最悪だったわ!こんなの耐えられないっ』
うわっと私は泣き出した。
「私の砂糖菓子ちゃんは昔も今も変わらないわね。また頭の中で物事をややこしくしているのでしょう?」
『だって、だって』
「そうやって1人で抱え込んで、後ろの彼が心配しているわ。きっと何も話していないのでしょう?ダメよ、そういうの」
『ぐずっ。だって』
「さあ、まずは紹介してちょうだい」
『えぐ、ホ、ホグワーツ闇の魔術に対する防衛術担当のセブルス・スネイプ教授です』
「ようこそ」
「お会いできて光栄です」
セブとヴェロニカが握手した。
「2人共暖炉の前のソファーに座っていて頂戴。テーブルに薔薇の砂糖漬けがあるから食べて待っていなさいね」
温かい家に招き入れられた私とセブは暖炉の前の1人掛けソファーにそれぞれ座った。まだ収まらない涙を流しながら赤い薔薇の砂糖漬けを噛んでいると料理上手なヴェロニカが昼食をテーブルに並べてくれる。
悲しい気持ちなのにお腹がグウゥと鳴ってヴェロニカが笑った。
「Mr.スネイプ、いつもあなたについてユキから手紙で聞いているのよ」
ヴェロニカがニシンパイを私に勧めながらセブに言った。
「あなたの論文を拝読したわ。鋭い角度から切り込んだ内容が面白かった。今後も魔法薬学に携わって下さるでしょう?」
「ライフワークとして研究を続けていきたいと考えています」
「それを聞いて嬉しいわ」
ヴェロニカは私に鶏の香草焼きを勧めてくれた。
「それだけ食欲があれば心配ないわね、砂糖菓子ちゃん」
投げられたウインクに精一杯の微笑を返す。
食後の談笑は早めに切り上げてナギニの解毒薬の話に移った。セブはスラグホーン教授からの意見を取り込んで考え直した研究資料をヴェロニカに見せ、色々なアドバイスや新しいやり方、それに沢山の誉め言葉をもらっていて、顔の血色を良くしていた。
途中から高度な話についていけなくなっていた私は自分の力不足を感じ、昨日セブに理不尽に怒ってしまったことにも反省していた。
「砂糖菓子ちゃんと付き合っていると飽きないでしょう?」
『恥ずかしいからセブの前でそのあだ名は使わないで、ヴェロニカ』
「砂糖菓子とは……?」
「よくぞ聞いてくれました。ユキが学生時代、家にホームステイしている時の話よ――――
ヴェロニカの温かい雰囲気は凍てついていた私の心をリラックスさせ、前向きな気持ちにさせてくれる。心の中に暗いものを抱えているものの、強張っていた私の顔はいつの間にか笑みを浮かべていた。ヴェロニカの力は偉大だ。
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
「お砂糖菓子ちゃん、それにMr.スネイプも真面目だから根を詰めて体を壊さないように気を付けるのよ」
『ヴェロニカもお体ご自愛下さい。ヴォルデモートについても、国が違うといえど用心して下さいね。今度は元気いっぱいで遊びに来ます』
「いいのよ。自然体でいらっしゃい」
私たちは泊まっていたパブへ戻り、そこから漏れ鍋へポートキーを使って移動し、ホグワーツに戻ってきた。
暗く陰鬱な雰囲気のイギリス魔法界は私の心を再び沈めた。
ヴェロニカに1人で抱え込むなと言われたのにセブに秘密を隠したい思いを強くしていた。それでも誠実に接するには言わないわけにはいかなくて、セブを部屋に誘って私たちはダイニングテーブルについた。
言葉が見つからず、検査結果の書かれた羊皮紙をセブに渡し、私は誘惑作用のある血のこと以外について話す。
「解毒薬は一緒に探そう」
『ありがとう。でも後回しでいいわ。今すぐどうこうしなくてもいいもの』
「では、落ち着いたら必ず」
『うん』
「そして……落ち込んでいたのはこれだな。人を誘惑する成分が血の中に……」
セブが羊皮紙をテーブルの上に置く。言わずとも検査結果でバレていた。
私は泣きそうになるのを堪えて体をブルルと震わせた。
『……本当にごめんなさい。何と言ったらいいか分からない……』
セブの表情からは騙されたという怒りや失望の色は浮かんでいなかった。何を考えているか読めない瞳から視線を逸らす。
「まさか」
落ち着いた声。
「我輩が血に惹かれて君を愛したなどとは思っておらぬだろうな?」
『……思っているわ』
「失礼だと思わないか?」
『だってこれで今までの事全て合点がいったわ。血のせいだと分かったら全て納得できる』
「容姿に惹かれているのは否定しない。だが、人となりを十分理解しているつもりだ」
『私は自分の性格に問題があるのは自覚しているの!気遣いが出来なくて無神経。冷たい物言いをして人を傷つける。しかも考えなしにホイホイ色んな男についていっちゃうのよ?今回だってその類が原因でセブを怒らせた!』
私は派手に音を立てて椅子から立ち上がった。
『セブは私が魔法界に来て割とすぐに好意を抱いてくれたでしょう?どうして?あの時の私は今よりももっと無神経で無遠慮な奴だった。そんな私に惹かれるなんて、やっぱり変っ』
「よく君を見てきたつもりだ」
『夢の中にいれば何でもよく見える!』
「我輩が今もユキの血に酔っている状態だと言いたいのか?まともな感覚と考えを持てていないと?」
『そういうことになるわ』
「分かった」
セブはうんざりしたようだった。
「我輩はいつも君に誠実に接してきたつもりだった。だが、通じていなかったようだ」
『っ!』
「少し距離を置けば我輩の頭もハッキリすることだろう」
『距離を……置く?』
ジンと熱いものが鼻に込み上げてきて涙が出そうになり歯を食いしばる。
『酷いわ。そんな突き放すような言い方……』
「信用を取り戻すにはこの方法しかないであろう」
『何か別な方法があるはず!こんな、こんな、まるで別れる前段階みたいなこと!』
「ではどうしたい?我輩の今までの好意を全否定しておいてこのまま一緒に過ごせと?」
『そ、それもいいかもしれない。あなたに一生夢を見続けてもらうのも手だわ』
「ふざけるなっ!そう思われながら一緒にいられて嬉しいと思うか!?そして、そうだ、君はまたこうして人の気持ちを蔑ろにする!相手の立場になって考えたらと何度言ったら分かるんだ!?」
『私にとって難しいのよ!あなたも知っての通り私は自分勝手な人間なの。暴力的で残忍よ。ご存じなかったかもしれないけれど!』
「そういう面があるとは理解しているが、理由なく殺生を楽しむ人間だと思っていない」
『そういう面を持っている人間とよく付き合う気になるわね』
「君は別れたくてそういう言葉を選ぶのか?」
『距離を置こうと言ったじゃない!』
「1つの解決策を提示しただけだ」
『傷ついたのよ?』
「さっきから身に覚えのないことをなじられている我輩の身になれ」
『セブはいつも正しいわね。頭のいい人格者だわ』
「皮肉か?」
『釣り合いが取れないと言いたいのよ。あなたに対して私が差し出せるのは貧相な体と暗殺の腕と治癒術。あら、意外とあったわね』
「ユキ!いい加減にしろ!」
『血に誘惑成分が含まれているなんて信じられない!いや!信じたくない!全部っ、全部っ、何もかもが、嘘かもしれない!友情も!愛情も!』
「今まで築いてきた信頼関係は全て噓だったと言いたいのか?いったい何を見てきたんだ?相手に対して不誠実だとは……フン。また不誠実という言葉を口にした。どうやらこの言葉は君にお似合いのようだ」
『感じたままに口に出して頂けると安心するわ。夢から醒めたかしら?』
「そう思って頂いた方がこちらとしても都合がいい」
肩で息をしながら私たちは見つめ合っていた。
先に目を逸らしたのは私。
『……分かった。それなら決めたわ』
「いいだろう。君に従う」
『私、決めた』
「……」
『決めた……』
「……」
『リリーに相談する』
「待て待て待て」
セブが本気で焦った顔をした。
「リリーはユキの肩を持つに決まっている!」
『リリーは公平よ』
「リリーは君に甘いだろっ。君が悪いのに何故か最終的には我輩が注意されていたことが多々あった!」
『きっと今回もわだかまりのない解決へと導いてくれる』
「ズルいぞ、ユキ」
『あなたが暴言吐くからよ』
「ユキの物言いが酷かったから少しばかり言い返しただけだ。2人で解決すべき問題だ。リリーの手を煩わせるな」
『リリーにはいつでも相談してねって言われている。善は急げ。行ってくるわ』
「もう夜遅い、やめろ。待て!」
私はセブの制止を振り払って部屋から飛び出していった。後ろからセブがバンバン魔法を放ちながらついてくる。しかし、忍の雪野先生にかかれば背後からの攻撃だって簡単にかわせるのだ。
大急ぎで正門の鍵を開けてホグワーツ敷地外に出て姿くらましした。
時刻夜11時の訪問は遅い。リリーは寝ているだろうか?そう思いながら館に入ると灯りのついたキッチンにはクリーチャーがいた。
『リリー起きてる?』
「リリー様は部屋におこもりになって魔法薬を作っておられます」
『分かった。ありがとう』
1部屋を調合の部屋にしてリリーはフェリックス・フェリシス改良薬を作ってくれている。難しい手順だが、魔法薬学の得意なリリーは上手く調合してくれていて熟成期間に入る薬が部屋にはたくさん並んでいる。
そんな部屋の扉をノックするとリリーが顔を出してくれた。同時に下で玄関扉が乱暴に開かれる音が聞こえてくる。
『今話せる?』
「えぇ!ちょうど終わりにするところよ。ところで……どうしたの?」
階段を気にする私にリリーは首を傾げ、扉の外へ身を乗り出した。階段をセブが大股で上がってくる。
『リリー大好き。私の味方をして。お願い』
「喧嘩でもしたの?」
『セブに不誠実って言われたのよ。酷くない?』
「リリー!」
セブが私たちのところまで追いついた。息をゼエゼエ言わせながら私を睨みつけている。
「心配かけてすまない。2人で解決する問題だ」
『2人で解決できなかったからリリーを頼りにきたのよ』
「帰るぞ」
セブが私の手首を引っ張ったので私は悲鳴を上げた。
『痛いっ。折れる!』
もちろん痛くない。
「握力でクルミの殻を破壊できる女が言う台詞か?」
「セブったら女の子に乱暴するなんて酷いわ!その手を離しなさい」
「っ!」
セブが私の手首を離したのでさっとリリーの後ろに隠れる。
「余計な知恵をつけおって……」
「セブったら睨まないの。それで、どうしたの?」
かくかくしかじか。私は自分の血に誘惑成分が含まれることを話し、不安からセブと言い合いになったことを話した。
「動揺は想像出来るわ……」
『とても心が暗くなった』
「そうよね。不安になるわよね。それで、セブは何と言ってあげたの?」
リリーが私の背を摩りながらセブに尋ねると、言いたくないのかムスッとしてセブは口を噤んでいる。
「セブ、言いなさい」
「……我輩は……誠実に対応したつもりだ」
ボソボソ言うセブの前でリリーは首を振る。
「でも、足りなかったのよ」
「十分に自分の気持ちは伝えた」
『セブは私に距離を置こうと言ったのよっ』
「まあ!そんな突き放すようなことを!?」
「話を端折るな、ユキ!」
『おまけに私を不誠実とまで。ぐすん』
「泣きまねをするな。卑怯だぞ」
「傷ついている子に対して何てことを言うの!」
「ぐっ」
「ユキがセブを好きだってことはユキの様子から伝わってくる。不誠実なんて言い方あんまりよ。言葉は考えてから発しなさい」
何を思い出したのかセブは青くなって口を引き結び、私に恨めし気な視線を向けた。ニヤニヤしているとこちらを向いたリリーと視線が合う。
「でも」
優しく笑いかけてくれるリリー。
「ユキだってセブがどれだけあなたを大切にしているか知っているはずよ。それは誘惑されて夢を見ているからではない。あなたの人間性に惹かれていく過程を私は見てきたわ」
『それって学生の頃の話よね……?』
「まさかセブが学生の頃、ユキに告白しようとしていたことを知らないの?」
『!?』
ブンとセブを見るとほのかに頬を上気させ、私の視線を避けるように袖口を整えた。
『セブ、本当に?友達としてではなく、恋愛対象として私を見てくれていた?』
「昔の事を語るつもりはない」
「不安を取るためには必要だと思うけれど?」
『リリーの言う通りだわ』
「ユキ、後で覚えておけ」
『いつから私を好きになってくれたのだろう……』
「それこそ徐々にって感じだったわ。気づけば目で追っていたし、ユキを気にしていた。他の男の子と話していたら嫉妬もしていたわ」
パチンとウインクするリリーの話を聞いて私の顔に笑みが広がっていく。O.W.L.試験最終日までの丸5年間を考える。セブは初めリリーが好きで私とは友達だった。5年間時間をかけて私を知って恋心を抱いてくれたのだとしたら、私の中に流れる誘惑の血に酔わされたのではないと思う。
一緒に罠を突破した賢者の石、石化された私を心配してくれたバジリスクの事件。セブは彼の言う通りいつも誠実な心で接してくれていた。それなのに……
『セブ、ごめんなさい……』
とても反省している。
誠実でいつも私の事を考え寄り添ってくれるセブに対して酷い考え方をしてしまった。
『あなたを信じるわ』
もう1度ごめんね、と謝ってセブを見ると口元に小さく笑みを浮かべてくれる。
「気にするな。不安になって当然だ」
『もう不安にならない』
「ユキの間抜けで無様な様子も、欠点も学生の頃から沢山見てきた。そして沢山の良い部分も……たとえ、きっかけが君の言う誘惑の血だったとしても、今は君を理解して傍にいると分かって欲しい」
私はセブのもとへ行き、頬に軽くキスをする。
『私を好きになったところ教えてくれる?』
「言わせるな。それにリリーの前だぞ」
『それじゃあセブの素敵なところの話をしましょうか』
「やめてくれ」
『ふふ。まず第一に顔が好き』
「はぁ。いきなり外面から入るとは……」
セブの色気に酔う感覚を私は知っている。
セブの優しさ、勇敢さ、思慮深さ、博識なところ、揺るがない心、やり通す力……内面を知っているから信頼と愛情が生まれる。
外面も内面も醸し出す空気も全部好き。
だから、同じようにセブもそうだと私は思う。
「めでたしめでたしね!」
『ありがとう、リリー。やっぱり頼りになるわ』
私はリリーに抱きついた。
「世話をかけてしまった。すまない」
「いいのよ。2人の役に立てて嬉しい。いつもこんなに甘い内容の痴話喧嘩をしているの?」
『普段はセブの意地悪に怒っている』
「どんな意地悪か聞きたいわね」
セブはまた顔を赤くさせて腕を組んだ。
『夜遅くにごめんね。やることがあるなら手伝って帰るわ』
「後は片づけだけなの」
『一緒にする』
立ったまま長話させてしまったと思いながらリリーの後ろについて部屋に入った時だった。
「うっ」
リリーの体がクラリと傾く。
『リリー!?』
卒倒したリリーの体が私の腕の中に落ちていく。セブもやってきて一緒にリリーの体を支えた。
『診るわ』
取り敢えずの状態を確認すると気絶しているだけの様子。
『部屋に運びましょう』
セブにリリーを抱いてもらい階段を下りていき、ポッター夫妻が使っている寝室へと入った。ジェームズの姿が館にないことに苛立ちながら今度はゆっくりと体の状態を確認する。
「どうだ?」
『脳貧血だわ。足を高くしましょう』
枕を脚の下に入れて高くしていると下から音が聞こえてきた。
『馬鹿たちが帰ってきたみたいだわ。セブ、大馬鹿者のジェームズを呼んできてくれる?』
扉を開けたまま出て行ったセブ。程なくしてバーンという音の後に「リリーが気を失った。ポッター、上がってこい」という全世界の憎しみを込めた声が聞こえてきた。
セブが部屋に戻って来て、五月蠅い足音と共にジェームズが部屋へとやってくる。
「リリー!」
『静かに。今目を覚ましたわ』
小さく呻いたリリーはぼんやりとしたエメラルドグリーンの瞳をジェームズに向けた。
「ジェームズ、怪我はない?」
「僕は怪我1つしていないよ。シリウスとリーマスもいるからね。僕たちは無敵さ。それよりも大丈夫かい?」
「段々と血の気が引いてきたと思ったら意識が遠のいていって……」
『体調の変化に気づかずにごめんなさい』
「ユキ、リリーの具合を診てくれたのかい?」
『えぇ』
「もしや黄泉の国から帰った影響が?」
戸口のシリウスとリーマスも心配そうにこちらを窺っている。
「っ!」
私がドンとジェームズの肩を突いたのでジェームズは尻餅をついた。
『その前にどこに行っていたのか話しなさい。こんなに夜遅くまで、イギリスで1番注目を浴びていて死喰い人から命を狙われているあなたが頻繁に館から抜け出すなんて何を考えているの?』
「今話すことじゃないだろう!?」
『リリーの気持ちを考えてみなさいよ!』
「それは……」
言い淀むジェームズを睨みつけていると二の腕にそっと手を添えられた。
「いいのよ、ユキ。私はジェームズの性格を理解しているし、信じている」
「ほうらね」
『腹の立つ男だな!』
「それより、私はどこか悪いの?」
私はリリーを安心させるように微笑んで顔を横に振る。
『大丈夫よ』
「安心したよ。最近根を詰めて調合していたから疲れたのかな?」
『違います』
「じゃあなんだい?」
『妊娠2ヶ月』
ジェームズは顎が床に届かんばかりに口を開けた。表情の変化を見ていると面白い。じわじわと感動が込み上げてきたのかプルプルと震えだし、目に涙を滲ませて両手でガッツポーズをして叫んだ。
「あああ!リリー!!」
ジェームズがリリーに覆いかぶさった。
「ふふふっ。ジェームズったら苦しいわ」
「おめでとう、ジェームズ、リリー」
「ハリーも喜ぶだろうな!」
リーマスとシリウスもニコニコで部屋が一気に明るくなる。セブも優しい瞳をリリーに向けている。
「癒者のユキ先生にもハグだっ」
私はコロコロ笑いながらジェームズを受け止めた。
「今ならスニベルスにもハグしたい気分さ」
「向こうへ行け」
ジェームズはリーマスとシリウスのもとへ行き、ハイタッチをしてワイワイ言っている。
「おめでとう、リリー」
「ありがとう、セブ」
『大事に育てていきましょう』
「宜しく頼むわね、ユキ。出産まで面倒を看てくれるでしょう?」
『お産の経験はないから安全な方法で病院か助産師を頼れないか考えないといけない。でも、もし方法がないなら私が取り上げるわ』
「ユキがいるから安心よ」
『ところで、ジェームズは何処へ行ったのかしら?』
戸口からいなくなったと思ったら、打ち上げ花火の音が下から聞こえてきた。真正の馬鹿だ。
「今日は安静にして寝るべきだ」
「そうするわ、セブ」
『飲み物を取ってくるわね』
「ありがとう」
リリーの傍にセブについていてもらい階段を下って行った私は廊下を跳ねまわりながら花火を発射して奇声に近い歓声を上げているジェームズの股間めがけて杖を振る。
『3人目が作れるといいわね』
「おおおぅぅ」
股間を押さえながら内股に膝をつくジェームズ。リーマスとシリウスは静かに花火を消して杖を下げた。