第1章 優しき蝙蝠
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21. 魔法省
「おはようございます」
『おはようございます。もう少しで出来るので待っていて下さい。あ、日刊預言者新聞が机の上にありますよ』
「ありがとう」
トースターの音、コーヒーの香り
『卵はどうします?ゆで卵、目玉焼き、スクランブルエッグ……』
「オムレツがいいです」
『はーい』
台所から顔を出していたユキがにっこり笑って戻っていったのを見て、クィレルは微笑み再び新聞を読み始める。特に主だった事件もない。新聞の一面には自分と同じレイブンクロー寮出身の先輩が完璧なスマイルで写っていた。
『お待たせしました』
「美味しそうです」
高原の爽やかな風が窓から吹き込みカーテンを揺らす。外から聞こえる鳥のさえずり。
他愛のない話をしながら朝食を食べる。妻(予定)の手料理は美味しい。
「ユキ。毎日、早朝に家を出て行っていますよね」
『すみません。起こしてしまって』
「大丈夫ですよ。鍛錬ですか?」
『はい。動かさないと体が鈍ってしまうので。今は水遁の術の習得と杖でも戦えるように練習しています。狙いを外すことが多くて……杖での攻撃は難しいですね』
「よろしければ、私が練習相手になりましょうか?」
『本当ですか!?』
「もちろんです」
『闇の魔術を中心に教えてください。許されざる呪文も念のため習得したいです』
「任せてください。その代わり私にも忍術を教えてくださいね。変化の術を覚えてポリジュース薬なしで変身したいです」
『Mr.クィレルなら直ぐ出来るようになりますよ。変化が出来たら活動範囲も広げられます』
「習得出来たら一緒にダイアゴン横丁に行ってもらえませんか?」
『はい、楽しみにしていますね。では夕方、時間ができたら早速始めましょう。闇の魔術についてはホグワーツで聞くことが出来ませんから助かります。よろしくお願いします』
「こちらこそ。午前中は麓の町まで行って家具屋で本棚とソファー、それから食料品を買うのでしたよね」
『出来たら部屋に飾る絵も買いたいです』
なんと穏やかで平和な時間なのだろう。時々物騒な話が間に入るが、愛する妻(予定)と朝食を食べながら新居の家具を揃える相談をする。自分だけに向けられた優しい笑顔。
絵に描いたような幸せな家庭―――
『Mr.クィレル』
「はぁぁ。来ましたか」
がぶち壊される予感―――
この人さえ来なかったらどんなに良いか。
「エクスパルソ!!!」
「プロテゴ」
『呪術分解』
吹き飛ばされたドアと一緒にユキが作った朝食も部屋の奥へと吹き飛んでいった。今日は半分以上食べることができたからマシなほうだ。
「爽やかな朝じゃのぅっ」
『最悪の朝だ!』
朝から爆破呪文で人の家を破壊した人物は杖をふりふり鼻歌交じりで部屋に入ってきた。
「日に日に家の結界が強くなっておるのう。ここに来るのも命懸けじゃ」
『毎日、毎日、襲撃しやがって。狸爺がっ』
「父親に向かってなんという口のきき方じゃ」
『どこの世に食事を邪魔する父親がいるのよ』
私の妻(予定)はダンブルドアに対してだけは言葉遣いが悪くなる。しかも彼女にとっては襲撃で家が破壊されることよりも食事を邪魔されることのほうが問題らしい。
『ダンブーのせいで全然朝ごはん食べれないのよ!』
今朝はすでに食パン一斤食べたのに?
「変なあだ名で呼ぶでない。ちゃんと“パパ”と呼びなさい」
『え?バカ?』
「キィィィィィィィイィーーインセンディオ」
「インパービアス。この家は木造なのですから炎は止めてください」
部屋の中で呪いのかけあいを始めようとしたので足に石化呪文をかける。二人とも顔から床に倒れた。
痛そうだが、このくらいで大人しくなる人たちではない。耳を塞ぎたくなる罵り合いをしている。
「まったく。懲りもせずどうして毎日くるのですか?」
「ユキにパパと呼んで欲しいからに決まっておろう」
『そんなこと言って、ミネルバから逃げるために家に来ているのではないですか?』
「ぬあっ!?」
「どういうことですか?」
『実はダンブーの副業は「シレンシオ!きょ、今日は大事な用事があってきたんじゃった。うっかり、うっかり忘れるところだったわい」…………』
ダンブルドアが倒れたままローブをゴソゴソしている間にユキの石化呪文を(ついでにダンブルドアのも)解く。ローブの中から出てきた大量のお菓子や紙くずに紛れて一通の手紙が出てきた。
「ホグワーツ理事会からユキ宛に届いた手紙じゃ」
『……ありがとうございます』
便箋の半分に黒い水濡れの跡がある。
張り付く紙を慎重に開き手紙を読み始めたユキの顔がこわばっていくのが分かる。
手がわなわなと震えている。人の手紙を読むのは失礼だと分かっているが覗かせてもらった。
ホグワ 忍術が――雪野 殿
―――――忍術学――――法省―――――月十五日十時―――――の―――説――――と
実演――――――
ホグワーツ理事会長 ルシウス・マルフォイ
『読めるかぁっ!』
手紙は何か(多分コーヒー)のシミで汚れていて文章が全く読めなかった。
ダンブルドアが挙動不審に目を泳がせている。これが私の新しい上司か……。
『校長、これは、何ですか?』
顔を引きつらせたユキが問う。杖先をダンブルドアからユキに変えた。今にも十八番の火系忍術を放ちそうだ。家が燃えては困る。
「あー手紙の上にうっかりコーヒーをこぼしてしまってのぅ」
『手紙の内容はわかりませんが十五日って……今日ですね』
「すまん、すまん。つい渡すのを忘れておったのじゃ」
ダンブルドアが拳で自分の頭をコツンと叩きながら肩をすくめた。強力な殺気を放つユキの目の前でよくあのポーズができるものだ。
『んなにが“つい、うっかり”よ。毎日来てたじゃないですかっ』
「そう怒るでない。ユキは可愛いから大丈夫じゃ」
『意味がわからんわ!』
「いざとなったら儂から理事会に圧力をかけるから大丈夫じゃよ」
『さすが大魔法使い』
ユキの殺気が弱まった。こういう現金なところも嫌いではない。
あと今更だが、校長は前からこんな人だったのだろうか?
ダンブルアを見るとユキの一言で気を良くしたのか上機嫌でふんぞり返っていた。
「フォッフォッ。やっと大魔法使いである儂の偉大さに気づいたか。さぁ、ユキよ!この偉大な儂をパパと呼び『火遁』シ、シレンシオ!て、 手紙の内容はセブルスに聞きなさい。案内を頼んである。九時にダイアゴン横丁入口じゃ。以上、健闘を祈る!!さらばじゃ!!!」
『ぷはっ。ちょっと待っダンブルドアァァァァ』
ダンブルドアは大慌てでそれだけ言うと風のように消えていった。
よりにもよって案内役にあの男を選ぶなんて腹立たしい。
明日以降どんな魔術を使ってもダンブルドアをこの家に近づけさせない。
レパロを唱えながら心に誓った。
****
「今朝聞いたのか!?」
ダンブルドアの朝の襲撃から手紙を渡された時までの話を聞き終えたスネイプは顔を引きつらせて固まった。
『手紙の内容はスネイプ教授からお聞きするようにと言って、消えました』
肩を落としたユキから手紙を見せられたスネイプは大きくため息をつき手紙の内容を話す。
簡単にまとめると、前期にダンブルドアの独断で急遽カリキュラムに組み込まれた忍術学とはどういうものかホグワーツ理事会に説明しろとのことらしい。
ユキは声にならない悲鳴をあげた。
「君が来たばかりの時にやった模擬授業をそのまますればいい。それに、我輩が聞いた限り忍術学の保護者からの評判は悪くない」
『本当に?』
「特に理事の一人、マルフォイ氏は忍術学に好意的な印象を持っているようだ。理事会における彼の力は大きい。だから心配するな」
スネイプはルシウスと顔を合わせるたびにユキの事を根掘り葉掘り聞かれていた。
会話の内容から、残念ながら興味を持っているのは忍術学よりもユキ自身に対してらしい。
学生時代から多くの女性と浮名を流してきた先輩はユキを放って置かないだろう。
スネイプは今日一日ユキを自分の目の届く範囲に居させようと心に決める。
『早く終わったらロンドン観光したいなぁ』
遠くに見えるロンドン塔を見上げながらユキが呟く。
ダイアゴン横丁にはよく来ていたがロンドンの街をゆっくりと見て歩いたことはなかった。
『スネイプ教授、良かったら一緒に観光しません?』
「五時までなら構わない」
『わぁ!!ありがとうございます。行きたいレストランがあるのですが、お昼には戻って来られるでしょうか?』
「間に合うだろう」
『やった。楽しみーーー』
嬉しいな。
私は楽しみができて意気揚々とスネイプ教授の後を歩き、マグルの赤い電話ボックスに入る。
スネイプ教授から手渡された銀色のバッチをつけると床が落ち始め地下へと潜っていった。
誰が地下にこのような場所があると思うだろう。目の前には美しく豪華なエントランスホール。
中央には大きな噴水まである。
『ここが英国魔法界の中枢なのですね』
長年の習慣からかユキは辺りを見渡し何がどこにあるか自然と記憶しようとしていた。
自分の顔が作り笑いになっているのに気がつく。この癖はなかなか抜けない。
「今後来ることもあるだろう。理事会の用事が終わったら観光の前に魔法省を案内しよう」
『ありがとうございます』
守衛室で杖の確認をされてからエレベーターに乗り込む。
着物を着てきたユキの艶やかな姿に職員たちが視線を寄越す。
スネイプがユキの腕を引っ張り自分と壁の間に隠すと、不満げな視線を男性職員たちから送られた。
―――神秘部でございます―――
「降りるぞ」
『神秘部ですか?』
「十階へ行くには階段を使うしかないのだ」
地下九階でエレベーターを降りる。一緒に乗っていた職員は全て降りていたためスネイプとユキだけだ。
剥き出しの黒い壁、黒く光る石の廊下を進み階段を下りる。
階段を下りきるとプラチナブロンドの長髪の男性が足音に気づき振り返ったところだった。
「久しぶりだな、セブルス」
「お久しぶりです」
ホグワーツ理事ルシウス・マルフォイは優雅にマントを翻しながらゆったりとこちらへ歩いてきた。
隣のスネイプ教授が目に見えて不機嫌になる。
「セブルスと一緒に来たということは君が忍術学の教授かな?」
『はい。ユキ・雪野です。よろしくお願いします』
「よろしく、雪野教授。私はホグワーツの理事を務めているルシウス・マルフォイだ」
不意に右手を取られ恭しく口付けを落とされた。こういった事に慣れていないユキの体はビクリと跳ねる。
頬を染めて視線をすっと逸らした初々しい様子を見てルシウスは楽しそうに灰色の目を細めた。
『こちらの風習に慣れないもので失礼しました』
「気にすることはない」
ルシウスはごく自然にユキの手を自分に引き寄せエスコートしながら歩き出す。
暗部所属時代は鍛錬と任務に明け暮れ、ホグワーツに来てからも教員の仕事と魔法の習得、忍術の鍛錬で忙しい日々を送っていたユキは自分の粗野具合を十分理解していた。
どう動いたらよいか分からず緊張で体がガチガチになる。
「去年の今頃、ダイアゴン横丁でセブルスと歩く君を見かけた事がある。遠くから見かけただけだったが私は君の美しさに目を奪われてしまった。ずっと会いたいと思っていてね。今日は君をエスコート出来る幸運に恵まれて嬉しいよ」
『そんな……マルフォイ様にエスコートして頂けるなんて光栄です』
「堅苦しいのは止そう。私のことはルシウスと呼んでくれると嬉しいのだがね」
品の良い微笑みと大人の色香にユキは若干の目眩を覚える。頷くので精一杯。
ルシウスはそんなユキの様子を見て満足そうに口の端を上げた。
「可愛らしい人だ。私の手で少女から女性へと育ててみたいものだね」
「戯れは止めていただきたい!」
「何を怒っているセブルス。いずれ彼女もパーティーに出席する機会があるだろう。その時のために色々と覚えておいたほうがいい。私が言いたいのはそういうことだよ」
ニヤリと笑うルシウスは絶対に違う意味で言っただろう。
スネイプは予想通りユキに食指を伸ばし始めた女癖の悪い先輩の背中を苦々しげに見るのだった。
「こんにちは、Mr.マルフォイ。今回は無理を言って申し訳ない」
「一度に終わらせたほうが彼女にも負担が少ないからね」
「おぉ!こちらが忍術学教授のMs.ユキ・雪野ですね。想像していたより随分とお若い」
『はじめまして。ええと―――』
「申し遅れました。魔法試験局局長のグリゼンダ・マーチバンクスです」
『魔法試験局?』
「忍術学を将来的にO.W.LやN.E.W.T.の試験科目に加えるか検討するために魔法試験局の者も見に来るとダンブルドアに伝えておいたはずだが……聞いていないかね?」
私は心の中で大絶叫。
後ろではスネイプ教授がため息をついている。
ここまで来てしまっては仕方ない。心の中でダンブルドアに罵詈雑言を浴びせながら準備をする。
手紙の内容を予想して説明の為の図と忍具いくつかは持ってきてあった。
「気負わずやれば大丈夫だ」
『ありがとうございます』
知っている人が一人でもいると心強い。
頭の中でスネイプ教授以外の人の顔を頭の中でカボチャに置き換え忍術学の説明と実演を行った。
***
「ユキ、とても興味深かったよ。忍術学はホグワーツで学ぶに相応しい」
ルシウスの様子からホグワーツ理事会は忍術学を認めてくれたらしい。
朝から張り詰めていた気が緩む。
「―――ところで、この後の予定は決まっているかな?」
『スネイプ教授に魔法省を案内していただく予定です』
「ふむ。では、彼の代わりに私が案内しよう」
『ぬわっ!?』
思い切り帯を掴まれ後ろに引っ張られる。
上を見ると不愉快だとハッキリ書いてあるスネイプ教授の顔。
ルシウスさんは珍しいものを見たと目を丸くしてから喉の奥でクツクツと笑った。
「魔法省の人間が案内したほうが良いとは思わないかね?」
「我輩は校長にこの娘から目を離すなと言われておりましてな」
「可哀想に。ダンブルドアから信用されていないようだね。いっそホグワーツを辞めて魔法省で働く気はないかな?私の秘書が辞めたばかりで代わりを探しているのだ」
「魔法界で忍術学を教えられる者は雪野しかいない。あなたの秘書になりたい者はいくらでもいるでしょう」
「確かにな……ドラコも忍術学を気に入っている。秘書へのスカウトは残念だが諦めるとしよう。だが、魔法省の案内は私にさせてくれるね?」
こちらへ、と促すルシウスにユキとスネイプは抵抗をやめ大人しくついて行く。
床、壁、天井全て黒の窓のない廊下。
「このフロアは神秘部。時・死後の世界、愛の研究。逆転時計と予言の管理を行っている部署だ。神秘部の名にふさわしく魔法省職員でさえ業務内容の詳細を知らない」
物音ひとつ聞こえない暗い廊下は不気味だ。
「面白いものが見られる。中を案内しよう」
取手のない黒い扉から中に入る。まず入ったのは大きな円形の部屋だった。
同一の取手のない黒い扉が等間隔に並んでいる。
壁の所々にある蝋燭が青白い光を放ち揺らめく。
……悪寒がする
この部屋は地下にあった暗部の部署によく似ている。
ユキは暗部時代のことを思い出し無意識に手に力が入り 握り拳を作っていた。
嫌な予感……
「雪野?」
スネイプ教授の声にハッと我に返る。
心配そうにこちらを見つめる顔が目に入った。
「気分が悪いのか?」
『大丈夫です。窓がないから少し圧迫感は感じますけど』
「戻ろう。無理をしないほうがいい」
ルシウスさんにも優しく声をかけられる。
『いえ。折角なのでもう少し見てみたいです。お願いできますか?』
情報は多いほうがいい。今後、魔法省に来ることがあっても神秘部に来る用事はないだろう。
今回を逃せば神秘部を見学できる機会はないかもしれない。
ユキは心配そうに見つめる二人に大丈夫だというように微笑んだ。
「神秘部には女性に見せるには適さない物も多い。部屋を選んで案内しよう」
『ありがとうございます』
「この部屋で最後にしよう」
長方形の細長い部屋に金の鎖でいくつかのランプがぶら下がっている。
今までで一番陰気臭くない部屋だと思い若干気分を明るくしたが、その気持ちは直ぐに萎んだ。
部屋の中央で白目を剥いた老人が水晶玉を手にランプを見上げている。
この部署は変わった人が多い。
『……ん!?』
ルシウスたちに続いてそっと部屋を抜けようとしたがユキは老人の横を通過するときに急に腕を掴まれた。
水晶玉を目の高さまで掲げ白目剥き出しで顔を寄せてくる。
どうにかして欲しいとルシウスの方を向いた時、老人が唸り声を上げ始めた。
「ぅああぁぁぁ異界の魔女よぉぉ」
『うわぁぁ!!』
細い老人の体からは想像出来ない大きく野太い声が部屋中に響き渡る。
かなり怖いが見ず知らずの人を殴り飛ばすわけにもいかない。
『ル、ルシウスさん、私どうしたら!?』
「静かに、予言だ」
よく冷静でいられるものだ。魔法界ではよくあることなのか。動くなと目で制されたユキはうめき声をあげながらしがみつく預言者の体を支える。
トランス状態に陥っている人間を初めて見た。
白目を剥く顔から出来るだけ遠ざかろうと体を反らせる。
「……冥王星ノ加護ヲ受けし……」
……また冥王星?
ケンタウロスに言われたことと同じことを言われ戸惑いながらも預言者の顔を見て次の言葉を待つ。
手に持っていた水晶玉の中に白い煙が充満しグルグルと渦を巻きだした。
「……運命ノ歯車ヲ狂わす、異界の魔女に祝福サレシモノ……必ずやタナトスの手から逃れん……イカイノマジョの……逆鱗に触れしモノ、地獄の業火にヤカレ……永久の眠りニツク……異界ノ魔女ニ……愛サレシモノ……人智を越えたチカラで……死を越える……」
『ちょっ、しっかりして下さい!』
突如意識を失った預言者。
タナトス。確か死を運ぶ神の名。業火に焼かれ、は火遁忍術。人智を超えた力は妲己か?
預言者を床に横たえて介抱するフリをする。背中に二人の視線をヒシヒシと感じる。
先程とは違い部屋に張り詰めた空気が漂っている。
……冷静にならないと。神秘部があるくらいだもの。魔法界の予言はそれなりに重要視されているはず
『気を失っているだけのようです。この方は一体……』
「トランス状態に陥り予言を告げた後は気を失う者も多い。この預言者は神秘部の者に任せよう」
差し出されたルシウスさんの手を取り立ち上がる。
「顔色が良くない。雪野はこのまま連れて帰ります」
「そのほうがいいだろう。エントランスまで送っていこう」
三人はそれぞれの思考に耽りながら無言でエレベーターに乗り込んだ。
守衛室でバッチを返す。帰りはエレベーター式の電話ボックスではなく暖炉から帰るらしい。
長い廊下にいくつも並ぶ暖炉。出勤退勤時間帯ではないため人は殆どいない。
『ルシウスさん、今日はご案内頂きありがとうございます』
「いいや。怖い思いをさせてすまなかったね」
探るような眼差し。
聞きたいことがあるなら聞かせるべきだ。
ユキは敢えて自分から話題を振ることに決めた。
予言内容を出来るだけ否定し、ルシウスさんの反応を見ておきたい。
不安そうな表情を顔に作りルシウスさんを見上げる。
『あの、先ほどの予言は私のことを言っていたのでしょうか?』
「異界の魔女と言っていたから多分そうだろうね」
『タナトスはギリシア神話に登場する死の神でしたよね。他にも地獄の業火、など恐ろしい予言でした。でも、予言は予言であって未来を予知したわけではないのですよね?』
「そうだね。予言はあくまで予言だ」
『あの予言は記録として残るのでしょうか?』
「先ほどの予言は水晶玉の中に封じ込められ神秘部で保管される。予言を聞くことができるのはその予言に関係する者だけだ」
『よかった。あの預言者が言ったような力、私にはないので誰かに誤解されたら困ります』
「そうか……占い学は最も不正確な分野と言われているが真実を映し出すこともある。心当たりはないかな?」
ルシウスさんの目がスっと細められた。
私は小首を傾げて難しそうな顔を作り考えるフリをする。
『私が医療忍者、魔法界の癒者だからあのような予言がされたのだと思います。ですが、忍術でも人を生き返らせることは出来ません。火を使う忍術が得意なので業火はその事だと思いますが、あとはさっぱりです』
「なるほど……」
『あの、信じてくださいますよね?』
「勿論だ、ユキ」
品の良い笑みを浮かべたルシウスさんは乱れて顔にかかっていた私の髪を耳にかけた。
「行くぞ。三本の箒に出ろ」
暖炉の前でスネイプ教授が不機嫌そうな声で言った。
『え?ロンドンから離れるんですか?』
スネイプ教授はさっさと炎の中に消えてしまう。
私も急いで緑色の炎に入り強く目を閉じる。
炎の中で見えたのは私の心を見透かそうとするようなグレーの瞳。
自分の勘を信じ、嫌な予感がした時に神秘部から引き返すべきだった。
「また近いうちにお会いしましょう」と恭しく手の甲にキスを落としたルシウスの灰色の瞳には野心と欲望の色がありありと浮かんでいた。
あ、オブリビエイトしとけばよかった。
ユキは心の中で盛大に舌打ちをした。