第7章 果敢な牡鹿と支える牝鹿
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14.忙しい毎日
金曜の夜から始まったナギニの毒の解毒薬の実験は3日目の日曜日に入ろうとしていた。第2工程が終わった段階にきて手を止めたセブは小さく息を吐き出した。
「少し休もう」
『火を消して自然に冷ますのよね。その間に仮眠しましょう』
「仮眠までは必要ない」
『昨日も一昨日も碌に寝ていないのよ?寝られる時に少しでも寝るべきだわ。でもその前にお腹に何か入れましょう。空腹で寝られない』
そう言いながら実験室を出てキッチンに入って冷製トマトパスタを作った。
実験室ではむわっとした薬の香りで胸がいっぱいだったから濃い物、熱いものを食べる気がしない。私の好みだがセブは喜んでくれるだろうかと思ったが、セブは言葉にする代わりにガツガツと冷製パスタを頬張った。
食後のハーブティーはセブが淹れてくれて、お茶の温かさが体に染みわたって眠気を誘う。ぼんやりとして半目になっていると優しく名前を呼ばれる。
「寝室で寝よう」
『意識が飛びそうになっていた……』
サッとキッチンで杖を振って片づけをしてベッドルームへ行くとセブは歯を磨いているところだった。色違いの食器、洗面台に並んだ歯ブラシを見ていると付き合っているのだと視覚からも実感出来てにやけてしまう。
ベッドに入ればどっと疲れが押し寄せてきて眠気で頭がくらくらした。
「ユキはポッターが分霊箱だと知っていたのか?」
『このアホ程疲れている時に出す話題?』
私は顔を顰めてセブの方へ寝返りを打った。横向きになって私と向き合っているセブは疲れ過ぎて逆に頭が冴えているのか目がパッチリしていた。迷惑だ。私は溜息を吐き出しながら口を開く。
『レギュと分霊箱を追っている過程でもしかしたらと思い始めたのよ。リリーが冥界から帰ってきたと同時にハリーも不可解なことに気絶した。更にそれ以来憑き物が取れたようだと言っていたし、ダンブルドアは非常に関心を寄せていた』
「ハリー・ポッターが分霊箱でなくなったのはユキのおかげだ。感謝している」
『私、ダンブルドアの考え方にはついていけない』
「だが理解出来るはずだ」
『セブはダンブルドアの
セブは難しそうに眉を寄せて私に手を伸ばした。その手は思ったより冷たく、私の心を不安にさせた。嫌な想像をねじ伏せてセブを見つめる。
『答えて』
「……その時々、としか言いようがない」
恐ろしい思いになって私はセブに背を向けようとしたのだが、反対に背中に手を回されてぐっと引き寄せられた。力強い腕の中で私は震える。
「大丈夫だ」
『それはどういう意味?』
「我輩は自分の命を差し出すことはしない」
『言い切れる?だって、その時々でダンブルドアの命令に従うって言ったじゃない。もし、あなたが―――計画された死を言い渡されたら―――あれを、あれをあなたが受け入れるかもと思ったら、私―――』
「校長は我輩の命を約束した」
トクッと心臓が跳ねる。
『……本当に?』
期待して顔を上げれば穏やかで優しい黒い瞳が私を見下ろしていて、セブは微笑んだ。
『ダンブルドアが言ったの?』
「生きろと言われた」
『わ、私がどれだけ恐れていたか知っている?』
恐怖から解き放たれた私の体はガタガタと震えだしていた。セブがダンブルドアによって計画されていた死を与えられていたら、この人は命令を受け入れて死んでしまうのではないかと私は恐れていた。解毒薬の研究をしている時にこのことを考えて何度絶望しそうになったことか。
『怖かったのよ』
「不安にさせていたんだな。すまない」
『少なくとも、これで故意に死ぬことはないと思っていいのね?』
「そうだ」
『私、嫌な想像ばかりして』
額に落とされたキスにポロポロと泣いてしまう。その涙をセブは親指で拭ってくれた。
「随分思い詰めさせてしまっていたようだ」
『これで最悪な展開はなくなったわ。後は脇目も振らずにナギニのことだけを考えていればいい』
重なった唇は手と違って温かかった。柔らかい感触と息遣いに止まっていた涙が再び溢れ出す。私はセブの体に腕を回して自分の方に来るように引っ張って、体の上にセブを導いた。
『体重をかけて』
「潰れるぞ」
『重みを感じたいの』
私の上に覆いかぶさったセブは慎重に私の上に体を下ろしていった。長身の男性の体重は思ったよりも重く、息苦しさを感じるがそれが脳に幸せを感じさせた。しかし、その重さは直ぐに消え去って気づかわし気な瞳が私を見ていた。
『離れないで』
今度は加減して私の上に体重を乗せた。両脚を開いてセブの腰に絡ませる。キスをしながら右手では背中を摩って、左手では髪を撫でる。甘い口露と鼻から吐き出される息は官能的で頭がクラクラしてくる。
愛しくて、愛しくて、愛しくて
泣けるほどに愛おしくて――――
すやすやと寝ている様子はどこか幼くて学生の頃を思い出す。
私の培ったもの全てを出して運命に臨もう。
みんなもいる。大丈夫。
望んだ未来は必ず手に入ると信じている。
***
『えーと、ですね』
私は始まる前からピリつく空気に呆れていた。今から忍術学の研究室で闇の魔術に対する防衛術との合同授業の打ち合わせを始める。
セブとシリウスは何か
『今回の授業は私が前々からやりたいと思っていた応急処置についてやりたいと思います』
「ホグワーツでの戦いを見越してだな」
『えぇ』
セブに頷く。
「我輩の回では解呪術について学ばせたいと思っている」
『それはいいわ。神秘部の戦いではネビルがずっと足を躍らせていたから……生徒にはフィニート・インカンターテムに加えて呪いを調べて解けるようにしてもらいたいわね』
「実践に欠けるということで俺の回では決闘クラブだ」
『け、決闘クラブ』
私とセブの顔が引き攣った。
「反対か?」
『いいえ。嫌な思い出があるだけ。生徒に経験を積ませたいからいいと思うわ』
「収拾がつかぬ混乱にならぬといいがな」
「心配無用だ。上手くまとめてみせる」
セブが鼻で笑い、シリウスが睨んだ。仲が悪いことこの上ない。
『応急処置でやるのは包帯の巻き方から始めて家庭の治癒術の本に載っているような呪文を練習しようと思っているわ』
「マダム・ポンフリーに協力を要請したらどうだ?」
シリウスが提案してくれる。
『そうね、マダム・ポンフリーがいて下さったら心強い。それからセブには治癒で使う重要な魔法薬を紹介して欲しいの』
「分かった」
『授業内でエピスキーは完璧にしたいわね』
「あの呪文は得意だ」
シリウスは日頃の鍛錬を思い出しているのか苦い顔で笑った。
合同授業が開始される7時近く。教室となる大広間には大勢の生徒が詰めかけていた。人が次々と襲われる恐ろしい時代において身を守る術を身につけたいと生徒も思っているようだった。
「人が来過ぎだ」
シリウスが首を振った。
大広間は生徒で溢れかえっていてこれではまともに授業が行えそうにない。
『事前に人数を把握しておくべきだったわ。急遽だけど2回に分けましょう』
ソノーラスで下級生は別に時間を設けるから帰るように伝え、漸く人数が落ち着いて授業を始められるようになった。
まずは教師の紹介。シリウス、セブ、マダム・ポンフリーを紹介して、まずは魔法薬についての説明。傷や火傷に有効な魔法薬についてセブが話し、メモをとってもらう。実技は包帯の巻き方から始めることに。
『まずは包帯がどう巻かれるか知るためにマグル式で包帯を巻いてもらいます』
生徒たちが一斉に喋りだしてガヤガヤが始まった。何人かのグループになって誰かが足を差し出して練習していく。私はスリザリン6年生が固まっている場所へと足を向けた。
「ユキ先生!」
パッと顔を輝かせながらデリラが笑いかけてくれる。
パンジーがデリラの足に包帯を巻いていて、その横ではノットがザビニに包帯を巻いていた。
『ドラコ、クラッブ、ゴイルは来ていないの?』
「用事があるんですって」
ドラコは変化かポリジュース薬で変身させたクラッブとゴイルに見張りをさせて必要の部屋で何かをしている。その何かは残念ながら分かっていなくて私は心を痛めていた。こういう場には必ずやってきて楽しそうにしているドラコだったのに……。
週に1度の鍛錬もいつも真っ青な顔で来ていて倒れないかと心配するほどだ。それでも鍛錬を続けさせるのは心の捌け口にさせ、私との繋がりを持っておいて話しやすい環境を作っておくため。
『包帯はきつ過ぎず緩すぎず巻くのがポイントよ』
クルクルと巻かれていく白い包帯。生徒たちは何だかゆるーい授業になりそうだと思っているようだが、ここからはスピードを上げさせてもらおう。今日はやりたいことが沢山ある。
『次は魔法でよ。杖を振ってから5秒で包帯を巻き終えるようになってね!始め!』
急にユキのスパルタが始まった。
シリウスはいつものことだと横目で見ていたがセブルスはギョッとしている。鞭のような声の飛ぶ熱血指導に若干引きながら恋人から離れていったセブルスが意図せず辿り着いたのはハリーたちの元だった。
チラっとこちらを見て嫌そうな顔をしたハリーを甚振ってやろうとセブルスが思っていると栞に笑顔で名前を呼ばれ、セブルスは面食らいながらハリーたちのもとへと歩み寄った。
何故スネイプを呼んだんだという目を向けられているのに気づかない栞は胸を張ってセブルスを見る。
「見ていて下さい」
栞が呪文を唱えて杖を振るとロンの足にクルクルと包帯が巻き付いた。
「どうでしょうか?」
胸を更に反らせて自慢げにしている栞を奇妙な生き物でも見るような目で一瞥したセブルスは片膝を床について確認したが問題ない出来であった。
「次は無唱呪文で出来るようにしろ」
「え?」
「次々と怪我人が運ばれてくる中、時間の節約をすべきだとは思わないかね?」
「いや、そうではなく、良く出来て偉いぞとか言ってくれないんですか?」
「栞、正気か?」
あんぐりと口を開けて言うロン。ハリー、ハーマイオニーも同じようで目を見開いて栞を見つめる。セブルスは目の前のニコニコ顔の生物を上から下まで見下ろした。
「続けたまえ」
「あっ……行っちゃった」
肩を落とす栞を背にセブルスが思っていたこと。頭に浮かんだのはユキの顔だった。喋り方がそっくりで、あの性格も確かにユキと似ている。母子は似るものだと思うと同時に自分と似ているところはどこだろうと考えていることに気が付いたセブルスは自分を鼻で笑ったのだった。
『次の課題に移りますよー』
私の指示に従って20のグループになるように生徒たちに固まってもらっている。
「そういえばどうやるか聞いていなかったな」
『私の影分身を使うわ』
「名案……なのか?嫌な予感しかしないが……」
ブツブツ呟くシリウスの横で印を組んで影分身を20体出して生徒たちの元へ行かせる。
『これからやるのは傷を癒すエピスキーです。影分身、変化!』
各場所にいる影分身が一斉に印を組んで変化した。
ポンポンポンっ
白煙に包まれた影分身の私は紫色のビキニ姿。
『適当に傷をつけて治して下さーいって、ひいっっっっっっ!!』
スッパーンと家庭の治癒術書でお尻を引っ叩かれた。痛くないけど恥ずかしい!
『何するのよ!』
「あの影分身どもを即刻消せ!!」
『アレがないと練習できないでしょ?』
「服装にも、影分身とはいえ自分の体を傷つけさせるやり方にも賛成できかねる!」
『セブは優しいわね。好きよ』
「流されないからな」
『お説教なら後から受けるわ』
言い合っていると
「ユキ」
と後ろから名前を呼ばれて背筋が伸びる。振り返ると聖母のような顔に黒いオーラを背負ったマダム・ポンフリーがいた。
「後日、マクゴナガル教授からお呼び出しがあるでしょうから覚悟するように」
『ひいぃそんな!え、え、何が悪いの!?』
よく分からないけど、それだけはどうかご容赦を!私は青くなりながらシリウスの言う通りキャミソールと短パンに変化させ、マダム・ポンフリーには赦免を乞うたのだった。
『始めて下さい』
オロオロしている生徒たちに変わって影分身に傷をつけていく。血を見て気分が悪くなった生徒がチラホラいて大広間から出て行った。これは下級生の授業は考えた方が良さそうね。
マダム・ポンフリーは流石に肝が据わっていて私の体に何種類かの呪文で傷を作ってくれている。シリウスは非常に嫌そうに影分身に杖を振る。セブはというと私のおっぱいを杖で突いていた男子生徒の耳を引っ張り上げているところだった。
あちらこちらからエピスキーの呪文が聞こえてくる。
「素晴らしいわね」
マダム・ポンフリーの声に目を向けると蓮ちゃんの姿があった。興味を惹かれて近づいていけば拍手の中にいる蓮ちゃんは無唱呪文で傷を治しているところだった。
『良く出来ていますね』
「Ms.蓮・プリンスは医務室の手伝いをよくしてくれるのですよ。教えたことも直ぐにものにしてくれます」
『頑張っているのね』
マダム・ポンフリーは影分身に再び傷をつけにいき、蓮ちゃんはニッコリ笑って私の前へとやってきた。期待した眼差しは褒めて褒めてと言っているようだ。
『あなたが治癒術を極めれば、彼も安心して戦えるでしょう』
パッと蓮ちゃんの顔に笑顔が咲く。そして、うっとりと夢見るような顔になった。
「あぁ、泥にまみれ傷つくあなたも素敵でしょう。大きな怪我でないならば、私はそんなあなたを見たい、治したい……」
『?』
「ああああ想像だけで痺れる」
自分で自分を抱く蓮ちゃんから私は静かに離れて行く。
ポッポー ポッポー
前に置いてあった鳩時計から鳩が飛び出して大広間を飛んでいく。今回の授業終了時刻となる8時30分になったのだ。
影分身を全て消し、挨拶をしてお開きになる。
『マダム・ポンフリー、見ていていかがでしたか?』
「初めはどうなるかと思いましたが、生徒たちは頑張っていました。しかし、繰り返し練習する必要がありますね」
マダム・ポンフリーは帰って行き、私たちは大広間の片付けを始める。床に落ちてしまった血もきちんとスコージファイして大広間は元通り。
大広間を出るとそこにはハリーの姿があった。
「どうした?ハリー」
「シリウスおじさん、今日はありがとうございました。僕はユキ先生に用があって」
「そうか。では俺は厨房へ行く。おやすみ、ハリー」
「おやすみなさい、シリウスおじさん」
黒い背中を目で追うと、どこか不機嫌そうに階段を上って行った。
ハリーに向き直った私は顔を上げた。この数ヶ月だけでもハリーはぐんと背が伸びたように感じられた。
『ほんと大きくなったわよね』
「親戚のおばさんみたいですね」
『リリーの息子だもの。親戚の息子みたいなものだわ』
「ところで、マルフォイのことです。何か掴めましたか?あいつ、今日も来ていなかったでしょう?いつも忍術学と闇の魔術に対する防衛術合同授業には顔を出すのに……」
『ハリーはどこまで掴めているの?』
「必要の部屋で何かをしているというのは分かっています」
『私も同じよ。部屋の中で何をしているのは分かっていない。ダンブルドア校長に調査を急ぐように言われているわ』
「そうなんですね……」
『今日、クラッブとゴイルがいないことに気が付いた?』
「はい」
『2人は変化の術かポリジュース薬で変身して見張りをしている』
「あ!心当たりがあります。低学年の生徒が7階の階段に佇んでいたことがあった。きっとあれがクラッブかゴイルだったんだ」
『必要な部屋にこもるくらいだから大掛かりなことを計画しているに違いないわ』
「急がなくちゃ。なにか大変なことが起こる前に……」
『私もよく見張っておく。声をかけてくれてありがとう』
「ユキ先生も情報をくれてありがとうございます」
『うん。おやすみ』
「おやすみなさい」
ハリーと別れて私が行くのは8階、必要の部屋がある階。
階段を上り切って角を曲がるとスリザリンローブを着た少女が重そうな
『ゴイル』
ビクッと体を跳ねさせたゴイルは秤をガッシャンと派手な音を立てて落とした。
あたふたしているゴイルの元へ歩きながら視線を右に向けるとタペストリーの陰に隠れていたクラッブが変化したであろう少年と目が合った。
『いらっしゃい』
手招きするとすごすごとやってきて、2人は目の前に並んだ。
『何が問題か分かりますか?』
顔を見合わせるクラッブとゴイルを前に目を吊り上げる。
『あなたたちが変身したのは3年生の生徒です。夜9時まで出歩いていいのは5年生からですよ。見つかれば減点、もっと追及されればあなたたちが何者なのかバレます』
「えっと……」
「その……」
『詰めが甘いっ!!!』
クラッブとゴイルは肩を跳ねさせた。
「師匠?」
やってきたのはドラコ。
私の瞳は大きく揺れた。元々血色の良くない顔は更に青くなり、頬はこけ、目の下に黒い隈を作って追い詰められたような顔をしている。
「僕のところの寮生みたいですね……厳しく叱っておきますから……さあ、帰るぞ」
虚ろな声でまだ見破られたと思っていないクラッブとゴイルを促す様は見ていられない。私はドラコの腕を引いて引き止め、手を背中に添えた。ハリーと同じくらい大きいのに何と頼りないことだろう。
『影分身に送らせるからクラッブとゴイルは先に帰りなさい』
「知っていて……」
『ドラコは少し話しましょう』
クラッブとゴイルが帰っていき、私はドラコを見上げた。
『眠れていないのでしょう?安らぎの水薬を渡したけど使っていないの?』
「寝ている場合じゃないです」
『倒れては元も子もないわ』
「僕の事は放っておいて下さい」
『ナルシッサ先輩とルシウス先輩の子供を放っておけないわ。それにあなたは私の愛弟子よ。苦しんでいるならどうにかしてあげたい』
「死喰い人と敵対しているユキ先生にはどうにも出来ません」
『私を信用して。何をしているか教えてくれればマルフォイ家に咎が及ばないようにして解決することが出来るかもしれない』
「この計画は止められないんだ!僕は重要な任務を任されていて、家族の今後がかかっているッ。本当に、放っておいてくれ!」
肉を切られるような叫び声を上げて涙を流すドラコは階段を駆け下りていく。
早急にドラコが何をしているのか突き止めなければいけない。
ドラコの心が崩壊してしまう前に。
『はぁ』
私はどっちつかずになってしまっている。こんな事ではドラコに信用されないのも仕方ないのかもしれない。
ドラコを助けたいと思う気持ちは偽りではない。だがそれはドラコの計画を成功させるという意味ではない。マルフォイ家を守りながら計画を砕くのが目標だ。
信用しろと言っているのに欺くつもりでドラコには申し訳ない。だが、忍とはこういうものだ。
私は急ぎ足で自室へと向かっていた。ナギニ解毒薬調合の第3工程を行うことになっている。部屋に戻るとまだセブの姿はなく、私は急いで寝る準備を整えて黒のタートルネックと黒ズボンに履き替えた。
器具と薬材を用意し終えたところでセブが部屋へとやってきたのでリビングまで出迎えた。
『いらっしゃい。準備できているわ』
「今日は寝ることが出来ない」
『忍の私に気遣いは無用よ。ところで、先ほど大広間から帰る時どこか不機嫌そうだったのは何故?』
そう言うとセブは不機嫌だったことを思い出したようでスッと目を細めて私を見た。
「先の授業、男子生徒は非常に楽しそうであったな」
『そうかしら?どちらかというと血を見て気分が悪くなったのは男子生徒が多かったけれど』
「まったく。あんな際どい格好をして少しも反省していなかったのか!?」
『際どい……水着の事?布面積が小さいほうが傷をつける面積が多いから練習しやすいでしょう?』
「マダム・ポンフリーに怒られて訳も分からず謝っていたというわけか!」
『うっ。ええと』
思い切り睨まれた私はクルリとセブに背中を向けた。
『実験を始めましょう』
タタタと小走りに逃げようとしていた私だが後ろから捕まえられてセブの腕の中に拘束される。
「バニーだ」
『え?』
「布面積の小さなあの水着姿を他人に晒せるならば、バニーの衣装など羞恥なく着られるであろう?」
『前にも言っているけどバニーは着ないわ!』
「君は着る。否とは言わせん」
『ひっ』
後ろから両胸を鷲掴みされて情けない声が口から出る。
「モリオンとは違う可愛がり方をしてやるから覚悟しておけ」
『あっ……あ、ん……』
服の上からだが胸と秘部を触られて気持ちよく私は身を捩る。
『バニー……は、着ない……わよ』
秘部の部分に穴が空いているバニーのコスプレなんて恥ずかしくて出来るわけがないだろう!
私は激しくなっていく愛撫から無理矢理逃れてセブから距離を取った。
『早く始めないと明日の朝までに終わらなくなってしまう。やるわよ』
セブは思い切り不満そうな顔をしながら実験室についてきたのだった。
***
『人間には体中に走っている
7年生の授業では体内を流れる魔法の巡り方と魔力の発生方法を教えている。忍術学にしては体を使わない小難しい授業内容になっているので生徒たちは頭をユラユラさせていた。
シリウスと授業の片付けと打ち合わせを行い、雑務をして大広間に行ってダーッと夕食を掻き込めば次は外へ出る時間になっている。
スラグホーン教授にお願いされて魔法省、魔法ゲーム・スポーツ部主催の忍術護身術講習会の講師を頼まれている。忙しい毎日だが頭が上がらないほどお世話になっているスラグホーン教授の頼みとあらば受けないわけにはいかない。
「ユキ先生、本日は宜しくお願い致します」
『こちらこそ』
魔法省、魔法ゲーム・スポーツ部に就職したセドリックと挨拶を交わして会場へ。
『逃げるが勝ちということで魔力を足裏に集中させて素早く移動する方法を学んで頂きたいと思います』
この物騒な時代だから人が集まらないのではないかと思ったが、定員を超える応募があったらしくあと数回同じ内容で講座をして欲しいと頼まれた。
講座が終わると忍術学への質問、死者の国への行き方を教えて欲しい、どこから聞いてきたのか守りの護符を作って欲しいとか、読んで欲しいと手紙を渡されて私は頭をいっぱいいっぱいにしながら会場となっていた部屋の外へ出る。
色々な内容を沢山の人から話しかけられて頭の中で処理しながら向かうのは闇払い局。トンクスはいなかったがキングズリーさんとは話すことが出来て最新の情報をもらうことが出来た。
第一次魔法戦争時にヴォルデモートに対抗した人々が真っ先に死喰い人に狙われており、イギリス全土で被害が及んでいるそうだ。
そうこうしているうちに時計は夜9時になった。私は夜遅いのに帰る気配のない闇払い局の職員に挨拶して魔法省を後にする。
ホグワーツに戻って芝生の丘を突っ切って吹きさらしの廊下を歩いていくとミセス・ノリスに出会った。
『おやすみ』
ニャアアと鳴いたミセス・ノリスは走り去っていく。部屋に戻って沢山もらった手紙を開封して読んでいると外から珍しい足音が聞こえてくる。扉を開けるとそこにいたのはフィルチさんだ。
『無罪を主張します』
「その話は後日だ」
『……』
「ゴホンっ。今日はユキ先生のお力を是非お借りしたいことがございまして……」
いつも迷惑をかけられている私に対して随分下手に出る様子に戸惑いながら私は忍術学教室へ入りましょうと声をかけた。
暗い教室にランプを灯して適当なところへ座ってもらう。それにしても、セブの言いつけに従って私室に男性を入れないようにしていのは不便ね……。後で緩和してもらえるように言ってみよう。
『それで、お話とは?』
フィルチさんは緊張しているようだった。ミセス・ノリスを膝に乗せて何度も何度も背中を撫でながら言いたいことを躊躇っている様子。
『何か難しいことですか?』
「いや、ね……出来るかどうか分からないですが」
フィルチさんが撫でる手を止めたのでミセス・ノリスが不満そうな声を出して顔を上げた。
『もしかして護身術を習いたいとかですか?』
魔法が使えないフィルチさん。この大変な時代だから身を守る術を身につけたいと思っているのだろうかと考えていると、漸く心が決まったらしく顔を上げた。
「7年生の生徒が忍術学で板書した羊皮紙を落としましてね……そこに魔力を解放する穴があると書いてあったのですよ……もしかして、その……私みたいな人間にもですね……」
何が言いたいのか分かったのだが、眉を寄せてしまう。
『経穴をついて魔法を使えるように出来ないかということですね?』
「出来……ますかね?」
期待をさせて申し訳ないがこれはかなり難しいだろう。
『魔力を持っていない人間の経穴をついても、魔力が出てくることはありません。今まで全く魔法を使える兆しがないならば期待しない方がいいでしょう』
「ですが、やってみないと分からないではないですか……?」
『うーん……私は日向一族のように体内の魔力の流れが見えるわけではありませんから、そこは確かにやってみないととなりますが……』
「では、お願いしたい!」
ガタンとフィルチさんが乱暴に立ち上がったのでニャアアッと怒った声を出して膝の上から逃げたミセス・ノリスは机の上に上ってシャーシャーと声を上げた。
『ガッカリさせる可能性の方が高いですが』
「構いませんよ。今まで散々にガッカリしてきたのですからね。それで、いつですか?」
『ベッドで施術します。なのでセブの許しを得たら何時でも』
「スネイプ教授の?」
『隠れて男性と密室にいるのは不誠実なのです』
フィルチさんは私を見てお前なんかと何かあるわけないと嫌そうな顔をした。学生の頃から悪戯をかけまくったから当然か。
「今すぐ許可を取ってきます」
『では、部屋で準備していますね。ミセス・ノリス、おいで』
フィルチさんはセブの部屋へと走って行き、私はミセス・ノリスとともに私室に入って準備を始めた。実験室には針治療のセットがある。申し訳ないが施術台がないので私のベッドでやるしかない。
針を消毒し終えたところでフィルチさんの足音が聞こえてくる。
『準備できています』
針を見たフィルチさんは恐怖の表情を顔に張り付けた。しかし、覚悟は固いらしく服を脱ぎ去ってベッドに横になる。ミセス・ノリスが見守る中、針を打っていく。
必要な全ての経穴に針を打ち終わろうとしているとセブの足音が玄関から入ってきた。真っ直ぐにベッドルームへと入ってきたセブはフィルチさんのプライバシーより自分の好奇心を優先したらしい。入ってきて息を飲みこむのが分かった。
うつ伏せでベッドに寝ているフィルチさんの体には50本ほどの数の針が刺さっている。
『見た目は痛そうに見えるけど、何も感じないのよ』
セブは信じられないらしく何とも言えない表情をフィルチさんの背中に向けている。
『施術中だから出て行きなさい』
セブは部屋から消えて行った。
針を抜き終え、着替えをするということで私はダイニングルームへと移動する。そこではセブが読みかけの私の手紙に目を落としていた。
『プライバシー!』
「どこでもらった手紙だ」
セブは私のプライバシーをないがしろにして言った。
『いっぱいあり過ぎてどこで貰ったか忘れたわ』
「そんなことを言うのは失礼ではないかね?この手紙の主は優しい笑顔を向けてきた君と夫婦になりたいと願っているほど思い詰めているようなのだからな」
『そんな言い方やめて』
私は机に置いてある他の便箋を手に取った。
『こちらの人はあなたは娘の生き写しだと思う。だから一緒に住みましょう。こっちはうちの息子とお見合いしませんか。みんな私をボディーガードにしたいだけよ。だって私、死喰い人の検挙率、闇祓いを抑えてナンバーワンだもの』
そう言うと厳しい顔をしていたセブはフッと可笑しそうに笑った。
「苦労しているようだ」
『みんな不安なんだと思う』
「だが、思い詰めて過度な行動に走る者もいる。よく気を付けるように」
『お誘いがある度に素敵な恋人がいるって断っているのよ』
セブの顔を両手で挟んでキスしようとしていると、ベッドルームからドッカーンと大きな爆発音が聞こえてきた。
『フィルチさん!?』
大急ぎでベッドルームへと飛び込んだ私たちは衝撃に固まっていた。
「ひゃああああっほほほほうっいやあああっほっほっほう!!」
粉々に割られた姿鏡。文机は木っ端みじんにされて黒く焼け焦げ煙をあげており、フィルチさんはベッドの上で奇声を発しながら飛び跳ねている。シャーシャー言っているミセスノリスが箪笥の上でランプのような瞳を爛爛と輝かせていた。
部屋の惨状に呆然と立ち尽くしていると、私に気が付いたフィルチさんがテンション高くベッドから跳ね下りてきて私に抱きついた。直ぐにセブが引き離した。
「見ましたか!?」
『えぇ……』
私は可哀そうなお気に入りの全身鏡を見た。
『魔法が使えたんですね』
「あの文机を黒焦げにしたのは私だ!鏡もだ!」
『本来は怒るところなんでしょうけど……』
「あぁ!ありがとう!!君の今までの悪戯が全て可愛く思えてきたっ」
そう言ったフィルチさんは感極まってようで私にハグしてブチュっと頬にキスをした。セブが杖を抜いた。
「用が終わったのなら帰れ」
しかし、フィルチさんはセブの殺気に気が付かないほど舞い上がっている。
「あぁ、あぁ、部屋に帰って手紙を書こう。ずっと私をスクイブだと馬鹿にしていたあいつに!そして魔法を習得して一泡吹かせてやるんだ。これで生徒の悪戯だってちょちょいのちょいで取り上げて―――
フィルチさんは慌ただしく部屋から出て行った。
『良かったわね』
騒音が過ぎ去り私は肩を竦めて言った。
「シャワーを浴びるといい。よく顔を洗うように。我輩はベッドシーツを燃やしておく」
『洗っておくじゃなくて?』
「他の男が裸で寝そべったシーツなど使えると思うか?」
『潔癖ね』
「気にしないユキの神経の方が分からん」
バスルームから出た私はセブの横に寝転がった。
「ユキは我輩を嫉妬深いと思うか?」
『その事だけど、リビングルームの中に男性を入れるのを許してくれない?今日みたいなことがあると不便だわ。お茶を出して話したい時もあるし……』
「自分が嫌になる」
セブが私の髪に指を入れて梳いた。
「出来ればユキを監禁して誰にも会わせたくない」
『思考が危ないわ』
「昔からユキは異性を惹きつける」
『セブ以外に興味はない』
「バニーだ」
『何ですって?わあっ』
セブが私の上に覆いかぶさった。
「バニーを着るならリビングルームに男を入れることを許可する」
『ここでバニーを持ち出すなんて卑怯よ』
「最大限の譲歩だぞ?」
「まったくもう!」
無茶苦茶な条件に私は堪らず笑ってしまう。
こんなに望んでくれているのなら、バニーの衣装を着て喜ばせてあげたい
『いいわ、着る』
私はセブの頭と首に手を回し、甘ったるい口づけをした。