第7章 果敢な牡鹿と支える牝鹿
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13.運命の歯車
私はダンブー、ミネルバと一緒にエロイーズ・ミジョンを玄関まで見送りに来ていた。エロイーズの父親は死喰い人を恐れており、彼女を家に引き取りに来たのだ。
『守りの護符をあげるわ。あなたを守ってくれる』
「ありがとうございます、ユキ先生」
エロイーズは私とハグをして、ダンブーと握手をし、ミネルバに連れられて城の敷地外へと歩いて行く。
玄関扉を閉じた私たちはシンと静まり返った暗い廊下を月明かりだけを頼りに歩いて行っていた。ダンブーの横顔は厳しかった。長い年月を経て刻まれた顔の皺1つ1つは深く、私の大好きなキラキラ光るブルートパーズの瞳は色がなく、深い思考の中に入っていた。
イギリス魔法界の闇は深く、悲惨な事件が後を絶たない。闇払い局が総力を挙げて対応しているものの全く数が足りない。死喰い人のみならず、この時代に乗じて罪を犯す輩が後を絶たない。
私自身もそれを感じていた。治安の悪い町に行き、暗い路地を歩けば十中八九、暴漢に出くわす。
今晩は町に出ようと考えているとダンブーが足を止めた。
「ユキは」
ピンと張り詰めた空気の中、私たちは見つめ合った。ダンブーの瞳は冷たく、私を警戒しているように感じられた。
「不死鳥の騎士団には入らんかの?」
私は首を横に振る。
『出来ません』
「せめて、邪魔だけはしないで欲しいのじゃ」
『やりたいようにやるだけです』
深い溜息が吐き出される。
「細心の注意を払って立てられた計画はただでさえ成功が危うい。一手一手を確実に決め、外堀を埋めて逃げられぬようにし、一撃で仕留めねばならぬのじゃ」
ダンブーは廊下の窓の外の月を見上げる。
静けさの中で見上げる月はとても無慈悲に思えた。
「大局を見て欲しい」
『譲れません』
「ユキなら避けられぬものがあると分かっているはずじゃ」
『もうそうやって諦めることは止めたんです。綺麗ごとだと分かっていても、私はあがいて、あがいて、砂が手から完全に零れ落ちる最後の一瞬まで諦めたくない』
「その考えは独りよがりじゃ。己の考えで他者の人生を左右するなど傲慢である」
『っ』
私は拳を握りしめた。
目の前の人は自分の死を計画しているのだろうか?端々にそう感じられるところがあった。私の勘もそう告げている。
ダンブーは私が彼の死を知っていることは知らないはずだ。
だから、これはあくまで私の主義主張について物申している。
生きて欲しい。死んでほしくない。
悪ふざけをして、笑って、ミネルバに一緒に怒られて、悪友のようだったダンブーを死なせたくない。
だけどダンブーが生き延びることでヴォルデモートを殺せなくなる?
そんなことってあるかしら……?
「ユキ、お主は優しい良い子じゃ」
ハッとして顔を向けるとダンブーはブルートパーズの瞳を煌めかせて私を見つめていた。
「じゃが、優し過ぎる」
『傲慢と言われようと……私は助けられる命は端から救うつもりです』
「大きな愛じゃ……」
ダンブーには先ほどまでの深刻でキツイ様子はなかった。
嬉しそうに私を見ている。
「ここに来た時から随分と変わった」
『もう大事な人を失いたくない』
「泣くでない」
『泣いていません』
優しくにっこりとダンブーは笑った。
「すまんのう。儂らは相容れぬ」
『えぇ』
ぐずっと涙を拭いて頭を下げる。
『失礼します』
私は数歩歩いてから駆け出して走って行く。
ダンブーの思考が読めない。
彼は何を見据えて動いているのだろうか。
そして、ダンブルドアは正しいのか?
私のしていることこそ正しいの?
ダンブーはそう思わないだろう。
少なくとも彼は運命というものがあれば計画通りに歯車を回していくことを望むだろう。
『計画』
私はその言葉にゾクリと背筋を寒くさせた。
***
不死鳥の守護霊がセブルスの部屋を訪れた。
とっぷりと更けた夜。校長室は外の寒さに対して温かく、テーブルに置かれた魔法器具からは愉快そうにポッポポッポと白い湯気が噴き出していた。
校長室に入ったセブルスは近づくように手招きされて校長の机の直ぐ前まで詰めた。
片付けられた机の上にはダンブルドアの杖がある。
「この杖が何か知っておるかの?」
「あなたの杖ということしか」
「ニワトコの杖じゃ」
セブルスの眉がピクリと跳ねた。
「気づいたようじゃの。そう、あの有名な死の秘宝の1つがここにある。前に儂が腕を失った時に話した通り、死から隠れる透明マントに死者を蘇らせる蘇りの石、それにこの無敵のニワトコの杖」
ダンブルドアは皺皺の手で宿命の杖とも呼ばれる杖を撫でた。
死を受け入れることが出来ないと扱えないその杖はダンブルドアを主と認めていた。彼が恐れるのは自らの死ではなく、イギリス、ひいては魔法界、世界の行く末。
ヴォルデモートが支配する恐怖と抑圧の世界ではなく、愛するものと共に笑い合う温かい世界をダンブルドアは望んでいた。
だからこそ、ニワトコの杖はこの世界に無用なのだ。
「最強の杖を破壊したい。手伝って欲しいのじゃ」
「我輩に出来ることとあらば」
「この杖から力を消滅させたい。そうするには儂が“敗北”しないで負ける必要がある」
「……というと?」
「事前に打ち合わせしておいた敗北ならば、杖は儂を敗者とはせぬ」
「分かりました」
「もう1つ」
ダンブルドアはセブルスに杖を無効にするのは今ではないと首を振りながら杖をフォルダーにしまった。
「ヴォルデモートはこの杖を望んでおる。一般的に出来ない妙技も扱えるこの杖を昔からトムは狙っておった」
「力を消滅させた後、物理的に破壊すれば宜しいのでは?」
「いや、この杖をヴォルデモートに渡して欲しい」
「何故です?」
「油断を招きたいのじゃ。ヴォルデモートを破滅させる最後の一撃を奴が真っ向から受け入れるように。そして、その一撃を放つ人物は決まっておった」
「ハリー・ポッター」
「そうじゃ。だが、儂は“決まっておった”と言った」
「どういう意味です?」
「まだ申せぬ……話を戻そう。あの杖の所有者を移動させるために、君には儂を死喰い人たちの前で打ち負かして欲しいのじゃ」
「どのようにして状況を作るおつもりです?」
「君の寮のドラコ・マルフォイが何をやっているか知っておるかね?」
「コソコソと動いているのは知っているのですが……ユキが調査しています」
「その調査を急ぐように言って欲しい」
「はい」
「儂の望みは、然るべき時に君が儂を打ち負かすこと。それから、セブルス。儂がいなくなった後は」
「いなくなるとはホグワーツを去るのですか?」
「いや、違う」
「まさか……」
「あぁ。言葉足らずであった。殺して欲しい。そうすべきだと思う」
「打ち負かすなら殺す必要はない!」
セブルスは憤然と叫んだ。
「儂は表舞台から去らねばならぬ」
「あなたの他に闇の帝王に対抗できる人はいません」
「いいや、去らねばならぬ。1つ、先も言った通りニワトコの杖をこの世から消滅させる計画の為じゃ。2つ、儂はお主を校長にしてヴォルデモートの信頼を確固たるものにしたい。遅かれ早かれヴォルデモートは儂の殺害をお主に頼むじゃろう。もしかしたらドラコ・マルフォイが既に命を受けておるかもしれぬが……あの子にはさせられん。お主に頼みたい」
「前任の校長を殺した者がホグワーツの校長に認められるとは思えませんな。アンブリッジの時のように校長室は我輩を拒むでしょう」
「ヴォルデモートは儂がお主を心から信頼していると思っておる。実際にそうじゃが―――儂に何かあったらハリー・ポッターを導く役目を受け継いでほしいと言われた、その時は次の校長にセブルス、お主を指名していると言われたと報告するのじゃ。あ奴はホグワーツの陥落を喜ぶじゃろうて」
「闇の力で世界を掌握したい闇の帝王にとって最早ホグワーツなどちっぽけなものでしょう」
「ヴォルデモートはホグワーツを愛しておった。愛や親しみを感じない彼だが、確かにホグワーツには愛情を感じておった。現にヴォルデモートは闇の魔術に対する防衛術の教授職を切に望んだ過去があり、断られてその職に呪いをかけた。ホグワーツを手に入れることはあ奴の悲願なのじゃ」
「……あなたを殺す必要はない。負かせばいい話ではないですか」
「下手な小細工をして君が2重スパイだとバレる危険を冒すわけにはいかぬ」
「校長、我輩に多くを求め過ぎてはありませぬか?」
「セブルス、忘れるでない。君は言ったはずじゃ“なんなりと”と」
強い言葉にセブルスは息を止めて体を硬直させた。
かつてトレローニーの予言を聞き、セブルスはヴォルデモートにその予言を差し出した。
その予言で示されたヴォルデモートの脅威となる男の子はハリーだった。ヴォルデモートがハリー親子に狙いを定めたと知ったセブルスはダンブルドアにリリーを助けて欲しいと言った。
―――あの
―――その代わり、儂には何をくれるのじゃ、セブルス?
―――か、代わりに……?
ぐっと1歩近づくダンブルドアにセブルスはドタリと膝を床に打ち付けた。
―――何なりと
しかし、ダンブルドアはリリーを助けることが出来なかった。残された男の子はリリーそっくりのエメラルドグリーンの瞳をしていた。
―――リリーの子供を守ることで彼女への償いが出来ることじゃろう
同じ顔つきで言われた言葉はもう1つあった。
―――ユキも君がリリーの子供を守ることを望むじゃろう
2つの記憶がセブルスの頭の中で交錯する。
どちらも実際にあった過去の記憶。
セブルスはそこから2重スパイとして危険な活動をし、ハリーを陰ながら見守ってきた。
そして運命のあの日がやってきた。
職員会議の途中に空中が光り、姿を現した仮面の女。
セクタムセンプラにも負けず立っていたユキは感情のない目で自分を見つめていた。
一目惚れではなかったのに、気になって仕方がなくて、気がつけばユキを目で追っていたことに気が付いた。
不器用な感情表現と鈍感さには今も心配しているし、人として成長していく過程を見るのは楽しかった。
ユキは過去へ飛んでいき、学生となって温かく楽しいかけがえのない学生生活を一緒に送った。
今は自分の恋人として隣にいる。
「あの言葉はまだ有効なのですか?我輩のもとにはリリーが戻ってきました。それにあなたは我輩との約束を守れなかった……」
「では、全ての任務を投げ出すと?」
「それは」
「セブルス、本当に守りたいものを考えるのじゃ。君と、君が愛する人が守りたいものは何かを」
セブルスは考えるまでもなく自分の守りたいものはユキだと思った。
ユキも同じように自分を思ってくれているに違いない。だが、セブルスは思い出していた。ユキはいつもホグワーツが大好きだと言っていた。
厳しく辛い子供時代をユキは過去に行ってホグワーツでやり直した。
ホグワーツに通う子供たちの幸せを願っているとユキの口から聞いたことがある。
ユキはホグワーツの為に戦うだろう。
妲己から未来を見せられたユキの戦いは何年も前から既に始まっていると言っても良い。
セブルスは虚ろな目でダンブルドアを見つめた。
「あなたを殺す以外に方法はあるはずです」
「儂は君が所属している不死鳥の騎士団の団長であり、君が全てを捧げると誓った者じゃ」
「嫌です」
「セブルス」
「ユキにこの事を話します」
「ならん。儂は死ぬことになっておる」
「そしてあなたの中では我輩も死ぬことになっている」
ヴォルデモートが最強の杖を狙っているのならば、ダンブルドアを殺して所有者となった自分をヴォルデモートは殺すだろうと容易に想像がつく。
死ぬことは怖くないがユキと離れると思うと胸が潰れそうになる。
だが、それが自分に与えられた任務ならば明るい未来を勝ち取るために身を捧げるしかないだろう。
「そうなのですね?」
しかし、ダンブルドアの答えは予想していたものと違った。
「いいや、セブルス。お主は生きねばならぬ」
決然としてダンブルドアは言った。
「運命の歯車は正しい人数で、決められた方向に、一定の速度で回す必要がある」
「まるで予言のようですな」
「予言に近い。未来から来た者たちから聞かされた話じゃからの」
「まさか」
セブルスは目を見開いた。
「気づいておったようじゃの。プリンスの双子、お主の娘たちじゃ」
ダンブルドアは少しだけ厳しかった表情を緩めた。
薄々分かってはいたものの、面と向かって他人からそう言われるのはセブルスにとって衝撃だった。
受け止めた衝撃に震える手を握りしめ、どうにか心を落ち着かせてセブルスは乾いた唇を舐める。
「それは確かなのですか?」
「あの子たちはある日突然ホグワーツを訪ねてきた。狐にかどわかされて未来からやってきたと話した2人には未来に帰る術がなかった。儂は未来を包み隠さず話すことを条件に彼女たちを保護すると約束した」
「その未来にあなたはいない」
「先ほども言った通り“運命の歯車は正しい人数で、正しい方向に、正しい速度で回す必要がある”のじゃ。お主もユキがこの世界へやってきたことで、ユキが過去へ行ったことで起こった変化を実感したはずじゃ」
ユキが過去へ行ったことで自分の学生生活は大きく変わった。リリー以外に友人のいない暗く寂しい学生生活はユキが加わったことで明るく楽しいものへと変わった。
二重にある記憶。
ホグワーツで沢山の人間がユキと関わった。蝶が羽ばたく程度の
「運命の歯車は過去、現在、未来の3人で回すと言われておる。過去へと飛んだユキ、未来から来た娘たち、そして現在を生きてきたお主。ユキかお主が欠ければ未来が変わる。回す方向を間違えれば世界が増える。速度を変えれば世界が歪む」
ダンブルドアは立ち上がり、校長室の広いスペースまで出て、行ったり来たり歩き始めた。白い髭を撫で、眉間に深い皺を刻んでいる。
「確実に、一歩一歩未来を歩んでいかなければならぬ。その先にヴォルデモートのいない平和な世界がある」
セブルスはこれ以上拒むわけにはいかなかった。
自分の他に適任者はいない。
この戦いには確実に勝たねばならない。目を瞑り、重い口を開く。
「……分かりました」
「すまぬな、セブルス。儂はお主を信用しておる。これからも……頼まれてくれ」
セブルスはやるせない思いに浸りながら
「何なりと」
不死鳥の優しい歌も、今のセブルスの耳には入らなかった。
「プリンスの双子……娘たちが語った未来を教えて頂きたい」
「それは出来ぬ。お主が閉心術の達人だと知っておるが、お主の直ぐ隣にはいつも開心術の達人もおるでのう。もし記憶を覗いたならばユキは未来を積極的に捻じ曲げようとするじゃろう」
「我輩はなるがままに行動しろということですね。あなたの命令の範囲でということですが」
「さすれば歯車は正常に回っていくと考えておる」
人の死を回避しようと画策している自分たちとダンブルドアの考えは相対する。セブルスはどちらの考えに賛同すべきか決められないでいた。
しかし、自分がどちらにつこうとも変わらないことがある。
ダンブルドアは考えを曲げないであろうし、ユキは死の回避を諦めたりしない。それこそ運命に身を任せる外はないとセブルスは思った。
沈黙の中で考えに耽っていると扉がノックされる。
「あぁ、思ったより時間がなかった……セブルス、もう1つやって欲しいことがある」
ダンブルドアが軽く手を挙げると自動でピカピカに磨かれた扉は開き、現れたのはジェームズ、リリー、ユキだった。
「「失礼します」」
会釈するポッター夫妻をダンブルドアは見ておらず、怒った様子でユキを見つめていた。
「ユキ、お主は呼んでおらぬぞ」
「え。呼ばれているって言ったじゃないか」
吃驚した顔でジェームズが言うとユキは特に悪く思っていない様子で肩を竦めて見せた。
『あなたたちがグリモールド・プレイス12番地を出てホグワーツに来るなんて相当の理由があるはずよ。ついて来ないわけにはいけない』
「ハァ、まったく。出て行くべきよ」
咎めるような視線を向けるリリーを避けるようにユキはダンブルドアのもとへ歩いて行った。
「なんと無遠慮で無作法なんじゃ」
『それが私です』
トントントントンと4回ノックがして、ダンブルドアは落胆の顔で溜息を吐き出し額に手をやった。自動で開かれた扉の前にいたのはハリー・ポッター。
ハリーの顔を見たユキの顔から表情が消えていく。
『まさか』
ポッター夫妻を見、セブルスを見、もう一度ハリーを見たユキは最後にダンブルドアを見た。
「察しの通り、セブルスにハリーの“具合”を見てもらう」
『なんてことなの』
低い声で呟いたユキは嫌悪でダンブルドアから1歩後ずさった。その目は軽蔑に満ちている。ハリーは勿論、ポッター夫妻もセブルスも今の事態を飲み込めていなかったが、怒っているのはダンブルドアではなく今度はユキだと分かった。
汚いものを見るようにダンブルドアを見たユキは小さく首を振って声を絞り出す。
『あなたは私の上司だった人間にそっくりだ。残忍で、反吐が出る』
「邪魔じゃ。帰りなさい」
『言われなくても帰るわ』
ユキは黒い瞳でダンブルドアを睨みつけた後、踵を返して誰とも目を合わせずに校長室を横切って出て行った。
おかしな空気になった校長室は不死鳥の美しい鳴き声で幾分か空気が和らいだ。ダンブルドアは厳しい顔をしておらず、柔和な表情をしてポッター夫妻とハリー、セブルスにお茶を勧めた。
「今日呼んだのはセブルスにハリーの額の傷を見てもらおうと思っての。2人が死者の国から帰ってきた時にハリーも共に気絶した。偶然とは考えられなくての……」
「セブに見てもらえれば心強いわ」
リリーはニッコリとセブルスに微笑みかけたのだが、セブルスは先ほどのユキの事を考えていたため心ここにあらずでリリーの微笑には気づかなかった。
「こんな奴に息子を任せて大丈夫なのか?」
「セブに失礼を言わないで頂戴、ジェームズ」
「さっそく始めるとするかの」
ハリーは見事な木彫りの肘掛椅子に座らされた。
ダンブルドアはハリーの傷跡に杖を向けることに対して非常に期待していた。どうかそうであってほしいと願いつつ、セブルスに目で始めるようにと促した。
杖を出したセブルスは呪いの類について調べることにした。慎重にいくつかの呪文を試し、何か呪いがかけられていないかを調べたが何も反応はない。ダンブルドアの意図が読み取れないままセブルスは調べを終えた。
「儂も失礼するでのう」
ダンブルドアもセブルスと同じようにいくつもの呪文を試した。その表情は厳しく、ハリーが座っている椅子の周りを考え事をしながら何周か回った。額の傷跡を指で触りながらハリーを見下ろすダンブルドアの目はどこか冷たいものであった。
ハリーから離れて大きな地球儀の元へ行き、そこを回ったダンブルドアの顔には微笑が浮かんでいた。何かが成功したように目を光らせるダンブルドアの表情には歓喜が滲み出ていた。
「僕に何があったのですか?」
「リリーが
「それでは、ヴォルデモートの思考が入り込んでくることに怯えなくて済むということですね?」
「そういうことじゃ」
「よかった……のですよね?」
「勿論じゃ。奴の邪悪な思考が君に与える影響は百害あって一利なしであった。君はアーサーの命を助けられたことを言っているのだと思うが、反対に意図的に作られたシリウスの間違った情報に踊らされもした。繋がりを断つということは君の健全な魂を守る上で重要なことじゃった」
ダンブルドアはニッコリと優しい笑みを浮かべてハリーの肩をトントンと叩いた。
「夜遅くに来てくれてありがとう。もう9時を過ぎてしまった。気を付けて帰りなさい」
ハリーは両親との時間をもらえないかと期待を込めてジェームズとリリーを見たが、2人とも笑みを返すだけだった。ハリーは残念な思いになりながらハグをする。
「どうしてもクリスマス休暇を一緒に過ごせない?」
「息子よ、残念だが出来ない。僕たちと一緒いるのは危険なんだ。すまないね」
「いつものように手紙をシリウスかユキに託すわ」
「うん……」
「おやすみ」
リリーに頬へのキスをされたハリーは赤くなりながら嬉しそうに顔を綻ばせ、校長室から出て行った。残されたポッター夫妻とセブルスの3人はダンブルドアのもとへ集まった。
ダンブルドアはここにいる1人1人の目をしっかりと見つめ、目を瞑って眉間に皺を寄せた。どんなに罵られようとも告げなければならないことがある。隠すことも出来たが、ダンブルドアは誠実さを選んだ。
「儂は昔から分霊箱を追っていた。分霊箱とは人の魂を殺人によって分裂させ、物に宿すことであり、ヴォルデモートはそれをいくつか作っている」
唐突に始まった分霊箱の話だったが、3人の胸に嫌なモヤモヤが頭をもたげていた。
「ヴォルデモートを真に倒すには、分霊箱の破壊が不可欠じゃ。いくつあるかは調査中じゃが、その全てを壊し、最終的にヴォルデモート本体を殺す―――魂の宿った分霊箱の特徴として、奴の邪悪な魂と犠牲者の嘆きが分霊箱に込められておる」
ダンブルドアはローブのポケットから金色のロケットを取り出し、机の上に置いた。
「感じて見るとよい」
3人はそれぞれ杖を取り出して分霊箱に向けた。すると、ゾッとする悪寒と悲痛な嘆きで胸が満たされた。
「セブルス、これにかけられている魔法の力を外そうとしてくれるかの?先ほどハリーに試したものがよい」
「そんな……」
察したリリーが首を振って天を仰いだ。ジェームズとセブルスも顔色を変え、目の前の大魔法使いを見つめた。
「セブルス、やりなさい」
穏やかな声に促されてセブルスは杖を金色のロケットに向けて振った。その瞬間、パンっと光と共に強い圧力がやってきてセブルスの杖は手から飛んでいく。セブルスは床に転がった杖を拾わず、ダンブルドアに視線を移動させた。
「どうするおつもりでしたか?」
「謝らねばならぬ。儂はそうするつもりであった」
「あなたを見損ないました!」
「落ち着いて、ジェームズ」
怒りの形相でダンブルドアに詰め寄ろうとするジェームズをリリーは抱きついて取り押さえた。真っ青な顔は今にも倒れそうで、体は震えている。
セブルスは思い出していた。残酷な目の前の老人は自分にハリー・ポッターを守れと命令した。大切に守れと言われた者は養豚場の豚のように育てられて最後には目的のために殺される運命にあったのだ。
リリーの息子だから守ろうと思った。それが亡きリリーへの償いでもあったし、自分の生きる理由でもあった。しかし、その思いは裏切られていたのだ。
それでもセブルスたちは感情では許せないものの、頭では理解していた。ヴォルデモートに可能性を残しておけば、暗黒の闇に世界を落とす脅威を残しておくことになる。生き残った男の子の運命は命を繋いだ時点で決まっていたのだ。
「儂は罵られようと侮蔑されようと間違った選択をしたとは思わぬ。しかし、事態は変わった。分霊箱を作るのに必要だった犠牲であるリリーが生き返ったことでハリーは分霊箱ではなくなった」
「確実ですか……?」
セブルスは慎重に聞いた。
「ハリーに杖を向けたのは今回が初めてじゃった。であるから、以前の状態を残念ながら知らぬ。だが、儂は現存する分霊箱の様子からも考えて、自分の見立てとお主の見立てを信じている」
「スネイプ、確かに何も感じられなかったんだな?」
「何も」
「ハリーは……ハリーは無事でいられるということですね?」
縋るような視線をダンブルドアに向けるリリーは倒れそうで今はジェームズに腰を支えられて立っていた。
「そうじゃ」
3人は息を吐き出した。
運命は変わり、ハリーは安寧を得た。リリーとジェームズが戻ってきたことで運命の歯車を回す人数が変わった。
「お主たちは儂を許せぬじゃろう。だが、頼みたい。これからも不死鳥の騎士団の団員であり続け、任務を遂行して欲しい」
これから先、何があるのだろう?今のように残酷な出来事が待ち受けているかもしれない。しかし、彼らは自分たちが騎士団に入った志を忘れてはいなかった。それはヴォルデモートと死喰い人によってもたらされた恐怖を消し去ろうという意志。
その過程で命を失った者もいるし、正気を失った者もいる。
彼らの死を無駄にしない為にも戦い続けなければならない。
そして誰よりも戦う方法を考え、知略に長けたダンブルドアに従うのが良いということは分かっている。3人はこれからも不死鳥の騎士団であり続けると頷いた。
「ありがとう、ありがとう」
礼を言うダンブルドアは一気に老け込んだように見えた。目線を窓に向けたダンブルドアは煌めく北極星を見ながら小さく息を吐き出した。
「ユキは違う。あの子は儂を許さんじゃろう。誰の言うことも聞かぬであろうし、自由な意志で突き進む」
何度も変えられる運命の歯車の歯は決められた未来を壊し、改良も改悪もしていく。
校長室を辞した3人は正門に向かっていた。
「グリモールド・プレイス12番地まで護衛する」
「姿現しでドアの前までひとっ飛びだから心配ないわ」
「念のためだ」
「リリーには僕がいるからお節介をするな。それより……ユキの元へ行ったらどうだ?ユキがダンブルドアと対立するのは良くない」
「ユキがああしてダンブルドアを嫌っているのは昔からのことだ。だが、普段は仲がいいと言っても良い。あの2人の関係性は複雑だ」
それから無言で歩いた3人は正門で立ち止まった。
『あの爺さんの元に留まるのか?』
「「「っ!」」」
3人が上を見上げると羽のついたイノシシの銅像の上に人影が見える。
「ユキなの?」
音もなく、急に目の前に現れたユキの周りにポッと火の玉が浮かぶ。火の玉に照らされたその顔は不気味なほど白く、眼は穴が開いたように黒かった。
『ハリーを殺そうとしていた男だよ?いいの?』
「ハリーの件はショックだよ。だが、ダンブルドアの言い分も理解できてしまうんだ……僕たちは意志を貫き、ダンブルドアの命令に従う」
『リリーも?』
「えぇ」
『セブもなのね?』
「そうだ」
『……分かった。では今まで通り、何も変わらない。期待していたが……予想通りだ』
暗い瞳はどこを見ているのか分からない。
『私たちは自由に動く。ぶつかる時もあるだろう。その時は恨みっこなしだ』
ユキは振り返り、鉄の門に絡みついている鎖を杖で叩いて錠を外し、キイイイと門を開けた。
『セブが送ってくれるの?』
「あぁ」
『皆おやすみ』
ふーっと幽霊のように立ち去って行くユキの姿が闇に溶けるまで3人は見つめていたのだった。
高い木のてっぺんに立つユキは夜空を見上げていた。
ゆっくりと星が位置を変えていく。
これほど危険で難しい戦いになると犠牲なく終えることは出来ないと分かっている。今までで十分身に染みてきたことだ。
知らぬ人間のことなど知らん。
自分が大切に想う人だけ幸せであればそれでいい。
だから、ヴォルデモートのいない世が必要。やっぱり最終的な目標はダンブルドアや不死鳥の騎士団と同じ。
でも、望む未来の世界の中では大切な人が全て揃っていなくてはいけない。
もう誰も失いたくない。
目的のために次々と目の前で死んでいく人たち。死を悼む間もなく進み続けなければならないあの苦しみを2度と味わいたくない。
ユキは木から飛び降りて走り出した。
自室の部屋の扉を開けて部屋を見渡し、ベッドルームも確認する。廊下を駆け抜けて階段を上がり、闇の魔術に対する防衛術の教室を開いた。教室を突っ切って研究室をノックする。研究室の扉の前から教室へと続く階段を下りたユキはセブルスの私室へと向かっていた。
今は明け方で冬の一番寒い時間だ。
ユキはセブルスの私室ドアの前に跪き、両手と顔を扉に押し付け、涙を堪えていた。流石にこの時間に自分の都合で叩き起こすことは出来ない。
『お願いだから私から離れないで』
ユキは呪文をかけるように言い、木の扉の前で啜り泣いた。