第7章 果敢な牡鹿と支える牝鹿
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12.パンプキンナイト
暗い闇は魔法界に日に日に色濃い影を落としていく。
悲惨なニュースが日刊預言者新聞で伝えられ、生徒の親や親戚が死喰い人から攻撃され、または行方不明になり、ホグワーツにも影が差す。それでも、教師たちはヘンテコなホグワーツらしい日常を保とうとし、生徒たちは若者らしいパワー溢れる様子で時代に抗っていた。
私はガリオン金貨に目を落とし、微笑みながら夕食の時間の大広間に入って行った。金貨には次の牡鹿同盟の練習日時が記されている。明後日の夕食後なら私も参加できるからハリーに一声かけておこうと思ったのだ。
「ユキ先生」
スキップの足音が聞こえてきて私の横に並んだのは栞ちゃん。
『泥だらけね。どうしたの?』
「放課後にシリウス先生に忍術を見てもらっていました」
『熱心ね。何を見てもらっていたの?』
「属性別忍術です」
『栞ちゃんは火属性だったわね』
「はい」
『私も火属性だから私にも遠慮なく声をかけてね』
「ありがとうございます!」
元気いっぱいの返事に顔を綻ばせていた私の耳に入ってきた言葉。
「でも、この学年の終わりにはスネイプはいなくなるだろう?」
目の前で食事しているグリフィンドールの7年生は何てことないように言った。
「どういう意味だ?」
隣に座る生徒がカツレツをもぐもぐしながら尋ねると、セブがいなくなると言った生徒がニヤリとする。
「だってあの職は呪われている。1年より長く続いた試しがない……クィレルは死んだって噂だろ。もう1人も出るかもな」
他愛もなく言われた言葉は私を酷く動揺させて叱る言葉も出てこなかった。隣の栞ちゃんも同じだったらしく、彼女はおかしな音で空気を飲み込んで固まった。2人で立ち尽くしていると目の前を白い塊が走った。
「おい!」
「わっ!なんだよ」
私はハッと我に返って何が起こったのかを確認した。セブの話をしていた生徒から3人ほど隔てた席でハリーが立ち上がっていた。先ほど目の前を通った白い塊はナフキンで、ハリーが投げつけたものだったらしい。
「この時期に不吉な話はやめろ!言い過ぎだぞ」
「ちょっとした冗談じゃないか。そんなに怒る事ないだろう?」
「冗談にしては度が過ぎる」
「君だってスネイプを嫌っているだろう、ハリー」
「それとこれとは」
ハリーが私の存在を確認してチラっと見たので
「「すみません……」」
バツの悪そうな顔の生徒2人の耳を引っ張り上げる。
『よくもまあ私のダーリンの悪口を言ってくれたわね』
「「あだだだだ」」
『教師に無礼な口をきいたので1人10点ずつ減点よ』
「「はい……本当にすみません」」
『しかと反省なさい』
私は7年生2人の肩をポンポンと叩き、未だに動揺して固まっている栞ちゃんの背中を押してハリーたちのもとへと向かい、ハリーに微笑みかけた。
『ありがとう、ハリー』
あんなにセブの事を嫌っていたハリーがああして言い返してくれたことがとても嬉しかった。ジェームズとリリーが帰ってきたことで彼の中の何かが変わったのかもしれない。
「栞、顔が真っ青だ。ほら、飲めよ」
ロンが心配そうな顔でパインジュースをゴブレッドに注いで栞ちゃんの前に置き、ハリーは栞ちゃんの手を引いて自分の隣に座らせた。
「ユキ先生も大丈夫ですか?お顔の色が悪いですよ」
『ありがとう、ハーマイオニー。大丈夫よ。ええと、明後日の牡鹿同盟の練習に参加できると伝えに来たの』
「やった!」
ハリーが明るく笑ったので空気が軽くなった。
『今年度に入ってから初めてよね?』
「みんな楽しみにしているみたいです」
まだ動揺している様子だが、それでも空気を元に戻そうというように笑みを作って栞ちゃんが言う。
『私も楽しみよ。ところで、部活の届けは出したわよね?』
4人は顔を見合わせた。
『隠れて活動をするのは良くないから届けを出しておいた方がいいわよ』
「そうですね。では、明後日までに届けを書いてマクゴナガル教授に提出に行きます」
『そうして、ハーマイオニー』
「それならシリウスおじさんが顧問を引き受けてくれるといいんだけど。あ、来た。おじさーん。じゃなくてシリウス先生っ」
大広間の入り口に姿を現したシリウスは手を振るハリーに気が付いてこちらへやってくる。
「栞はシャワーに行かなかったのか?」
「お腹が減って」
グウウゥとお腹を鳴らす栞ちゃんの髪の毛から枯れ葉を取りながらシリウスは笑う。
「それで?俺に用か?」
『ユキ先生から牡鹿同盟を部活動に登録した方がいいって言われたんです。それで、もし牡鹿同盟が部活として認められたらシリウス先生に顧問をやって頂けないかと思って。お願いできませんか?』
「勿論だ」
シリウスは二つ返事で承諾してニッと笑った。
『明後日は必要の部屋でいい?』
「はい」
「待って」
即答するハリーにハーマイオニーが首を振る。
「もし正式にクラブとなるなら色んな人が入部するわ。あの部屋の存在はごく一部の人たちの間で留めて置いたほうがいいと思うの」
「たしかに、ハーマイオニーの言う通りだ」
ロンが頷く。
『では、部屋が決まったら連絡して』
シリウスと教員席へ移動する私の心は先ほどの7年生の会話を思い出し重暗かった。
呪われた職と噂される闇の魔術に対する防衛術。
噂など信じないけれど、気にならないとは言えない。
危険な任務にセブはついている。強い不安に襲われる。
「何かあったか?」
シリウスがチキンのレモンバターソテーをせっせと自分のお皿に移しながら聞いてくれる。
『ちょっとね……あぁ、ダメ。こんな顔をしていては生徒を不安にさせるわ』
私は残りのチキンを皿ごともらった。
『何か楽しいことを考えましょう』
「楽しいことといえばハロウィンはどうするだろうな?」
『ハロウィンはクィディッチと並ぶ大イベントよ。生徒たちに楽しんでもらいたい』
「俺もこんな時代だからこそホグワーツは普通であろうとしてほしい」
私とシリウスがハロウィンへの想いを強めているとセブがやってきた。
『セブは魔法薬学クラブの顧問を続けているの?』
「いや、スラグホーン教授に引き継いだ」
『少しは体が楽になるわね』
今年度に入ってから更に忙しく、心労も増えているセブはいつも顔色が悪い。セブの役に立てることはないものか。まずは出来ることからとノンシュガーのアイスティーを注いでサラダを取り分ける。
「やめろ。自分でやる」
『何と言われようとセブのお世話を焼くわ。不規則な生活、食生活の乱れ、部屋もぐちゃぐちゃ』
「……」
セブは何かを考えだしたようで宙を見た。
「ハッ。ママに怒られて泣いちまった」
『私、ママっぽかった?』
「さあな。だが、多分……そんな感じだろう。まともな母親……」
宙を見つめるシリウス。私のママといえばミネルバだ。生みの親は私を捨てたくらいだから――――
私たち3人は残りの食事を宙を見ながら食したのだった。
牡鹿同盟はクラブとして認められ、シリウスは顧問に就任した。
大っぴらに活動できるようになった牡鹿同盟はクラブメイト募集の張り紙を各所に張った。身を守る術を身に着けたい1年生から7年生までの生徒が殺到し、纏め役を引き受けていたハーマイオニーはパニックに陥っていた。
「こんなに入部希望が来るなんて!」
それはそのはず、神秘部での戦いに参加した生徒が入部していたし、牡鹿同盟はアンブリッジによって解散に追い込まれた時にその存在は有名になった。
60名あまりの部員が集まったため、どの教室にも部員が入らない。牡鹿同盟の活動場所として示されたのは大広間だった。
私はシリウスの隣でガヤガヤとした大広間を見渡していた。ほぼスリザリン以外の3寮で構成されているといっていい。
『私もお手伝いとして牡鹿同盟に関われて嬉しいわ』
「副顧問だ」
『そうなの?』
「もう申請した。引き受けてくれるだろう?」
『順番が逆よ。でも、いいわ。私の条件を飲んでくれるなら受ける』
「条件とは?」
『忍術学の特別授業が忍術学クラブになりました。シリウスは副顧問です』
「ハハ!ユキこそ勝手に決めているじゃないか。しかし、忍術学の特別授業がクラブになったのは良かったな。予算がつく」
『ミネルバに言われたの。今後の事も考えてお金のことも考えなさいって』
『良い母親を持ったな』
「私の母親はミネルバ・マクゴナガル只1人よ」
「そのママとフリットウィック教授が来た」
シリウスに言われて大広間の入り口を見ると栞ちゃんと朗らかに会話しながらミネルバとフリットウィック教授が入ってきた。
「ハリーが人数的に教えるのがキツイから俺たち以外にも先生の手を借りる予定だと言っていたんだ」
『1人15人程度なら目が届くわね』
前に立ち、お喋りを静めさせたハリーが見るのは栞ちゃんで、栞ちゃんはハーマイオニーに勇気を出すように背中をトントンとされてハリーの横へと並んだ。
「このクラブ、牡鹿同盟のクラブリーダーを紹介します。Ms.栞・プリンスです」
ハリーが紹介する。
クィディッチのキャプテンを勤めているハリーは牡鹿同盟のリーダーから下りたらしい。
代わりに栞ちゃんがリーダーとなり挨拶をしている。震える声で懸命に牡鹿同盟の意義を話す栞ちゃんを心の中で応援する。
シリウス、私、そしてイレギュラーに先生が来てくれると説明があって今日の活動が開始された。課題は防衛術の基本となるプロテゴとステューピファイ。
『あああああ何てこと!』
部屋はしっちゃかめっちゃかになっていた。セブの嘆きが良く分かった。7年生でも盾の呪文が出来ていない。あちこちで耳ヒクヒク呪文が当たって耳をヒクヒクさせる生徒が続出していた。
この状態で来たるホグワーツの戦いに参加されたらと思うと全身から血の気が引いていく。
頭を抱えたくなりながら大広間を回っていると意外な人物の声が聞こえてきた。その声の主はスリザリン6年生のデリラ・ミュレー。スリザリンの上級生は彼女を含めて4人。その中でも純血一族(デリラは半純血であることを隠している)のデリラは異質だった。
活動が終わり、三々五々生徒が帰っていく中、私はこちらの様子を窺っているデリラに微笑みかけた。デリラはアウェーで仲間を見つけたようにホッとした顔をしながらこちらへ駆け足でやってくる。
『よく参加してくれたわ。勇気がいったでしょう』
「身を守る術を学びたくて」
『今日の課題はどうだった?』
「うまくいきました」
『何か質問があったのでは?』
「いえ。大好きなユキ先生を見つめていただけ……ぐす」
『デリラ?!』
突然涙目になったデリラはわっと私に抱きついた。
『どうしたの?』
「なんでも……ありません。ごめんなさい。失礼します」
何がどうなっているのだろう?デリラは私にペコリと頭を下げ、踵を返して小走りに大広間から出て行ってしまった。残されてポカンとしているとシリウスがやってくる。
「フランスの名門ミュレー」
『ミュレー家はフランス系だったのね』
「あぁ。だからイギリスの聖28一族には数えられていない。純血一族であるミュレー家はイギリス貴族の血を欲して29番目のイギリス純血一族になるのを望んでいる。あの一族は各地に血を撒きたがる」
『もしかしてミュレー家と何かあったの?』
シリウスはヴォルデモート側ではなくダンブー側に協力してほしいと純血一族を説得する任務についている。
「ダンブルドア校長からミュレー家の説得に力を入れて欲しいと頼まれた。ミュレーを説得できればフランスへの足掛かりが出来る」
『反ヴォルデモートの声明を出す海外魔法省もチラホラ出てきた。別の方向からヴォルデモートを攻撃することが出来る。シリウスの苦労が報われて欲しいわ』
「ミュレーの当主は貪欲な人間だ。貴族の血が欲しくて俺にデリラと結婚しろと迫った」
『はあ?』
あまりの強引さに私は目を剥いた。
『もちろんデリラもその話を知っているのよね』
「そうだろうな。新年度が始まってから睨まれたり思い切り顔を背けられたりだ」
『さっき泣いていた意味が分かったわ』
「これだから交渉事は嫌いなんだ」
私たちはハリーたちや先生たちに挨拶して大広間を出て、冷たい風が吹き抜ける吹きさらしの廊下を小走りに進んでいき、おやすみを言ってそれぞれの部屋へと帰って行く。
寝る支度を終えた私はセブの部屋へと行くことにした。教室の灯りがついていたので覗くと、教室の壁に沿って一本足の車輪がついた鎧の人形が並べられていた。
『セブ』
「ユキか」
『お邪魔します』
セブが無唱呪文で杖を振ると呪文の当たった鎧人形は倒れず、揺れてキイキイと車輪の音を軋ませた。
「これでいいだろう」
『人形を使うのね』
「対人では遠慮して力が発揮できない生徒がいる。最後は対人でしなければならないが……それまで人形を使うのも悪くない」
『セブの指導なら生徒も成長するわ』
「そうだといいがな」
後ろに立ったセブは私のお腹に腕を回してこめかみと頬にキスをした。私がくすぐったさにクスクスと笑っていると促されて体を回転させられて向かい合い、私たちは唇を合わせる。
『教室でこれ以上はダメよ』
「では移動だ」
ランプの灯りを消して教室を出る。ランタンの灯りで作られた壁に映る私たちの影は楽し気だ。
セブに続いて私室に入り、扉を閉めた瞬間に戸に背中を押し付けられた。右手で私の肩を持ち、左腕は逃がさないというように扉につけられている。
『んっ……』
ちゅ ちゅぷ
濃厚なキスに酔っている私の顔をセブの右手がなぞって行き、首筋を通って胸の膨らみにいきつく。
ぐっ、ぐっと両手で開かれた襟元。肌が露わになり、胸の谷間にセブが顔を埋めたので快感を感じて私は天上を向いて熱い息を吐き出した。
『セブっ』
色っぽく私に上目遣いで視線を向けながらセブは右の胸にキスを落とし、足元に跪いた。
『セブ、ベッドに……ベッドに行きたい』
私はこれから起こることに慄いて後ずされないのにその場で足を動かして後ろに後退しようとした。跪かれているのに全く上から見下ろしている感じがしないのは何故だろうか。むしろ、これから甚振られる雰囲気に呼吸が浅くなる。
「しっかり地に足をつけていたまえ」
両手で開かれた着物の裾はぐっと左右に引っ張られて私の脚は露出させられた。
「足袋と草履を履いたままの生足は堪らないな」
『時々セブの感覚が分からない、――っ!』
右脚を抱いたセブが右内太腿に思い切り吸い付いたので私は息を飲みこんだ。既に頭が痺れている私はセブの左肩を右手で握り、反対の手はドアノブを探って握った。
温かい息が太腿にかかりクラクラする。右太腿は舐められ、左の太腿は長い指で撫でられている。舌も指も蛇が這っているような動きで、与えられる快感に私は身を捩った。
「立ってするのも悪くないと思うがどうかね?」
『が、頑張る』
セブの指が下着にかかる。
キイィ
扉の軋む音。
私はセブを押して地面を蹴った。
一回転して忍装束に早着替えした私はベッドルームへと走る。
『影分身の術』
2体出した影分身。1体は扉を開けて、もう1体は部屋の中へと飛び込んだ。私も続いて部屋に入るとそこにいたのはホグワーツではお馴染みの魔法生物だった。
『ハァ……驚かせてごめんなさいね』
屋敷しもべ妖精は吃驚して大きな目を真ん丸に開いて固まっていたのだが、ハッとしてベッドに頭を打ち付け始めた。
「トリッキーは悪いしもべ妖精です。邪魔をしました。悪い屋敷しもべ妖精です。反省します―――罰を受けます―――いいところだったのに『や、止めてちょうだいっ』
恥ずかしい!
私はトリッキーという名の屋敷しもべ妖精を腕の中に封じ込めた。
「忘れていた」
突然おもちゃを取り上げられた子供のような顔をしてベッドルームに入ってきたセブは私とトリッキーを見て肩を竦めた。
『このグチャグチャな部屋の掃除を頼んでいたのね』
「あぁ」
「トリッキーめはご主人様の邪魔をしたので頭を打ち付けなければなりません。腕を離して下さいまし」
『自傷するなら離せない―――待って。なんですって?』
「離して下さいまし。離して下さいまし」
『ご主人様って言わなかった!?』
驚きながらパッとセブを見ると「買った」と短い答えが返ってきた。
『酷い!』
「何がだ?」
『セブのお世話は私の係よ!』
「自分の世話は自分で―――屋敷しもべ妖精にやらせる」
『酷い、酷い!』
私はトリッキーを床に下ろしてセブに詰め寄った。
『とんだ裏切りだわ』
「何故そんなに憤るか理解出来んな」
『私たちの生活に第三者が介入するなんて』
「トリッキーめはお邪魔は致しません。良い屋敷しもべ妖精なのです」
私はクルリと振り向いてトリッキーを見下ろした。
『セブをお世話する権利は渡しません』
「なりません!トリッキーめの仕事です!」
『悪いけど愛情がある分、私の方が良い仕事をするわ』
「それは屋敷しもべ妖精への侮辱です!トリッキーめはちゃんとご主人様から任された仕事を致しますです!」
トリッキーと睨み合っていると後ろからハアァと呆れた溜息が聞こえてきた。
『セブ。今すぐこの屋敷しもべ妖精に服を渡して』
「断る」
『浮気よ!っあなた女じゃないでしょうね?まさか夜の世話まで頼まっ痛あああああい』
バッシーンと叩かれたお尻を押さえて私はんその場でピョンピョン飛び跳ねた。
「気持ち悪い想像をさせるな!」
『想像したんだ』
杖に手を伸ばしたセブの腕を私は押さえ込んだ。
『私の影分身を使えばいいのにどうして屋敷しもべ妖精を買ったの?』
「君は雑用係ではない。恋人だ」
『喜んで雑用するわ』
「出来るだけ体を休めるべきだ。我輩もユキも時間的、体力的、精神的に余裕がなくなってきているのは自覚があるはずだ。雑用に貴重な時間を割きたくない。割かせたくない」
『そうだけど……』
「屋敷しもべ妖精は主人を裏切らない」
セブはトリッキーを見た。その目は遠く先を見据えていて、トリッキーへの期待が見て取れた。危険な任務を行っているセブの裏切らない部下としてトリッキーが働いてくれるのはいいことだ。
『屋敷しもべ妖精は有能よね。指パッチン1つで魔法を操る』
ホグワーツで行われる戦いに向けて屋敷しもべ妖精にも声をかけており、彼らの守りの護符も作成中だ。
『今後、頼りになるでしょうね……』
「納得したか?」
『たまにはセブのご飯を作らせてくれるでしょう?』
「ユキの料理に勝るものはない」
顔だけ後ろを振り向くとトリッキーが半眼でぶすっとした顔をしていた。
「トリッキー。我輩の命に反しない限りユキの命もきくようにしろ」
「畏まりました……です」
『では早速。セブのパンツは私に洗わせなさい』
「洗濯はお前の仕事だ、トリッキー」
「はい、ご主人様!」
瞳を輝かせて喜ぶトリッキーの前で私は膨れっ面になってセブを見上げたのだった。
***
東洋人の男は黒いマントのフードをすっぽりと頭に被って足早にノクターン横丁を歩いていた。治安の悪いこの通り。影には獲物がいないかと狙う輩が身を潜めている。
音もなく倒れていく影、影、影。
東洋人の男がチラと上を見ると黒い影が夜空を横切った。
その男は黒い瞳を左右に走らせながら道を急ぐ。
ボージン・アンド・バークス
「簡単そうね」
東洋人の男は低くそう言って杖を扉にかざしてブツブツと呪文を詠唱し始めた。暫く後、扉は開く。
「行け」
空を舞っていた影は下降してきて素早く店の中に入り込む。店近くに立っている者はいない。既に排除されている。
バン バンバン バンッ
大音量の爆発音が店中にこだました。
東洋人の男は舌打ちと共に煙となって消える。
寝間着姿に杖を持ったボージンは2階の居住空間から店となっている階下に降りてきた。
開け放たれていた扉に吊るされていたベルがチリンと鳴った――――
蝶は止まっていた
か弱い蝶を狩ろうとするものは報いを受けて当然
やろうとしたからやられたのだ
火柱が上がる
強い風が吹いて灰が暗い空気の中に溶け込んでいく
遠くでベルがチリンと鳴った――――
ジェームズ・ポッターは妻に内緒でグリモールド・プレイス12番地を抜け出していた。リリーは今、ユキとセブルスから頼まれたフェリックス・フェリシス改良薬を調合している。この様子だと徹夜になると思われる。
冷たい夜風は自由の匂い。
ジェームズは大胆にも自分の姿でダイアゴン横丁を散歩していた。
通りを吹き抜ける風が運んできた新聞には個人病院が襲撃された写真が載っており、病院の上には闇の印が上がっている。
板が打ち付けられたショーウィンドーにかつての賑やかだったダイアゴン横丁を思い出しながら悲し気な視線を向けていたジェームズはゾクリと背中を寒くさせる。
ジェームズは店を背に杖を構えた。
「誰だ」
闇払いとして戦ってきた経験が剣呑な空気を感じていた。
「出てこい」
しかし、剣呑な空気はどこかへと消える。
ジェームズは杖を構えたまま姿くらましでダイアゴン横丁から消えた。
蝶は怒っていた
なぜ鹿が町を歩くのかと
しかし、蝶は自分のしていることが分かっていたので声をかけることはしなかった
パチン
シャボン玉が弾けるように記憶が戻る
蝶は蝙蝠の背中を抱きながら狐のように目を細めた
***
ハロウィンが近づいてきた。
ダンブーから話があり、去年のように派手にとはいかないが例年通りのハロウィンを行うと告げられる。
ハグリッドが作るお化けカボチャはジャックオーランタンになって中庭に置かれ、小さなカボチャたちもくりぬかれて蝋燭が入れられた。ホグワーツの空気が幾ばくか明るくなっていくのを感じて私は表情を緩ませる。
そして10月31日がやってきた。
夜の帳が下りたホグワーツでは至る所に置かれたジャックオーランタンが光っている。今年はゾンコの品は勿論、フレッドとジョージの店であるウィーズリー・ウィザード・ウィーズの品も許されていて至る所で大爆笑が起こっていた。
『ハロウィンって大好き』
私は廊下を歩きながら道行く人誰彼構わず呪文を放ってローブをカボチャ色に変えながら歩いている。
「トリック オア トリートという言葉は無視ですか?」
隣を歩くミネルバが呆れて言うが、私を止める気はないらしい。そんなミネルバの服もカボチャ色に変色させている。とっても似合っている。
『えいっ』
目の前に現れたダンブーに杖を振ってローブをカボチャ色に変えた。
『良くお似合いよ!』
「なんともイケイケじゃな!」
ダンブーはその場でクルリと回って手を叩いた。
「おっ。そおれ!儂も魔法をかけてみようぞ」
ブンとダンブーが振った杖の先を見た私は被害者に同情した。階段から玄関ロビーへと下りてきたセブが被害者で、真っ黒なその服はフラミンゴ色に変えられてしまっていた。セブは突然の出来事に唖然と固まっている。
「愛の騎士ってかんじじゃ!」
「ご冗談を」
上司じゃなかったら呪い殺していただろうセブは自分に杖を振ったのだがフラミンゴ色の服は黒に戻らない。セブは思い切りダンブーを睨みつけた。
「手伝いがいりますか?セブルス」
コロコロと笑いながらミネルバが声をかける。
「結構」
『ふふふ。楽しそうなので私はセブを追いかけます』
「パーティーに遅れないように」
『はい、ミネルバ』
私は、私の代わりに誰彼構わず服に変色呪文をかけまくるダンブーと大魔法使いに呪文をかけてもらって喜ぶ生徒たちを笑いながら見て、セブを追いかける。
『待って』
大股で歩いて行ったセブが乱暴に開いた私室の扉の隙間から部屋の中へと潜り込む。
「トリッキー、着替えだ」
「はい、ご主人様」
フラミンゴ色の服を着ている主人を吃驚した目で見たトリッキーは私を疑わしそうに見た。濡れ衣だ。
ベッドルームに入って服を脱いでいくセブの横でベッドに座る。
『ロックハートみたいで素敵よ』
「あれを素敵だと思っていたのかね?悪趣味にも程がある」
『顔とスマイルは完璧だったわ。わあっ』
セブが私を押し倒した。
「ロックハートに押し倒されていたことがあったが、やぶさかではなかったということか?」
まずい。不機嫌なところに怒らせるようなことを言ってしまった。
『まさか……。セブが助けてくれて助かった。あの時の事は感謝している』
「どうだかな」
『本当にほんとよ?』
「では、態度で示せ」
『就業中にいかがわしいことはしないわよ』
「なるほど。誤解されまままでいいというわけか」
『誤解を解くのは今日の夜に。何の日か知っているでしょう?』
「バニーの仮装でもしてくれるのかね?」
『ハロウィンじゃなくて。な・ん・の・日・か・よく考えて』
「何の日だ?」
『……』
「睨むな。分かっている」
パアアァと顔を輝かせる私を見てセブが愉しそうにフッと笑う。
「続きをしたいがあと15分でパーティーが始まる。行かねば「トリッキーめはまたご主人様の性交渉を目撃してしまいました。悪いしもべ妖精です、悪い『あああ止めてトリッキー』
私は慌ててベッドから起き上がって頭を床にぶつけだしたトリッキーを止め、セブの着替えを手伝ったのだった。
今日は私もカボチャ色の着物を着て席についている。隣のシリウスはというと、頭から犬の耳を垂らしていた。
『可愛い仮装ね』
「中庭で生徒とゴブストーンをして負けたんだ」
シリウスは肩を竦めて笑った。
生徒の席を見れば控えめだが皆、思い思いに仮装を楽しんでいる。
『背中に蝙蝠の羽をくっつけている生徒が多いわね』
背中でパタパタと小さな羽が羽ばたいていて可愛らしい。
「ウィーズリー・ウィザード・ウィーズが仮装グッズを売り出したらしい」
『さすがフレッドとジョージは生徒のツボを押さえているわ』
「もう1つ、売れ筋商品がある。試してみるか?」
シリウスはローブのポケットから白い箱を取り出した。正六面体の箱には特殊な衣装を着た魔女が描かれている。
『ウィッチ・クローゼット・ルーレット?』
肩だし白シャツの上にビスチェを着た女海賊、セクシーな踊り子、黒いミニ丈ワンピースの悪魔、屋敷しもべ妖精風ワンピース、ロング丈のメイド服、胸元がV字に開いた全身レオタードの女豹(尻尾と耳付き)の6種類。
箱を開けると6面に書かれた衣装のどれかに変身するらしい。
『大人向けの商品も取り扱っているのね』
「チャレンジしてみろよ。笑ってやるから」
『笑いものにされると分かってやらないわよ。シリウスがやったら?』
「見たいか?」
『特に女豹がね』
「ハハハ。子供には刺激が強すぎるな」
笑っているとハッピーハロウィンの言葉とともにハロウィンパーティーが始まった。
大広間の上空を飛ぶ蝙蝠、壁に飾られている髑髏に蜘蛛の巣、テーブルには美味しそうなカボチャ料理が沢山並ぶ。楽しいお喋りに花が咲き、あちこちでトリック オア トリートの声が聞こえる。
宴も中盤に差し掛かったところでハリーたち仲良し4人組がやってきた。
「ユキ先生、去年頂いた黒い飴を下さいませんか?」
「ロンったら。トリック オア トリートでしょ?でも、私もあの飴また食べたいんです。トリック オア トリートさせて下さい」
『黒飴ね。持っているわ。さあ、言ってみて』
「「「「トリックオアトリート」」」」
元気な声に微笑みながら私は今日の為に用意していた黒飴を皆の掌に乗せた。
「あ!ウィーズリー・ウィザード・ウィーズのウィッチ・クローゼット・ルーレットだ」
ハリーがテーブルの上に置いてあった例のコスプレボックスを手に取った。
「栞、これ開けて見て」
「ん?何が入っているの?」
「あ、馬鹿、開けるな!」
シリウスが止めたが遅かった。口の中で飴をコロコロ転がしていた栞ちゃんは何の疑いもなしに箱を開けて煙に包まれた。
女豹だけは止めてあげて!
ハラハラしながら見守る私の前に出てきた栞ちゃんの姿は――――ぼろ布の妖精?
「ぷっ。ぶふっ。栞!なんて引きの良さだ!」
ゲラゲラとシリウスは笑いだす。
頭と手を出すところをくり抜いた枕カバーに身を包んだ栞ちゃんの姿はてるてる坊主のようで可愛い。状況が分からずポケッとした顔も相まって皆笑いだしてしまう。
「あわわ。どうなってるの!?」
「その、栞、とっても可愛いよ。屋敷しもべ妖精には見えない。もっとこう、可愛らしい妖精―――ええと」
「まな板の妖精とか?」
小さく吹き出したセブが俯いた。その体はぷるぷる震えている。
「あ!スネイプ教授笑いましたね」
「茶番が終わったのなら席に戻りたまえ」
「私は~まな板のー妖精~。白くてちょっと色移りしているー」
『あはは。踊らないでっ。ふふふ』
「可愛い、ハハハ、妖精だな」
シリウスが笑いながら立ち上がった。
「だが、寒そうだ」
そしてローブを脱ぎ、栞ちゃんに渡した。
「着るといい」
「え!?シリウス先生が風邪を引きますよ」
「俺は鍛えているから大丈夫だ。酒も飲んでいる。それに、責任はとらないとな。その悪戯ボックスは俺が持ってきたんだ。だから、遠慮なく着なさい」
「シリウスおじさんの言う通りだよ。風邪を引いたら大変だ。僕が悪戯したせいでこんなブフッ」
「どうかー私の上で~トマトを切ってちょうだいぃぃ」
「もうやめて。ぷふっ。帰るわよ」
栞ちゃんはハーマイオニーに背中を押され、ゲラゲラ笑うハリーとロンとともにグリフィンドールテーブルへと戻って行った。
「あの子はいつも笑いをくれる」
『ひょうきんな子ね』
「だが一方で非常に優秀な忍術使いでもある。友達思いで正義感も強い。絵に描いたようなグリフィンドール生だ」
『絵に描いたようなスリザリン生の私の弟子は今日も顔色が悪い』
スリザリン席で周りを友人に囲まれながらも誰とも話さずフォークでカボチャパイをつついているドラコを見る。
「ハリーからマルフォイは何か企んでいると聞いたぞ。そうなのか?」
『今探っているわ』
「分かったら教えてくれ」
『えぇ。セブはドラコから何か相談を受けている?』
「ユキに何も言わないなら我輩の手は余計に借りんだろう」
『日に日に追い詰められていく様子は見ていられない』
ハロウィンの夜は更けていく。
大広間の片づけを終えて部屋に帰ってシャワーを浴びる。
リビングにあるダイニングテーブルの上には私作のジャックオーランタンがあり、蝋燭が入れられている。ランプの灯は消してあって部屋の灯りは暖炉の火とこのジャックオーランタンの灯りだけ。
コツコツという足音に私が跳ねるように自室の扉を開くとセブがボトルを片手に階段を上がってくるところだった。
『いらっしゃい』
「グラスを出してくれ」
『ワイン?』
「シャンパンにした」
栓の抜ける軽快な音が室内に響き、トクトクと心地よい音で注がれるシャンパンは黄金色。クリスタルのグラスを合わせるとチンと涼やかな音が鳴った。
『美味しい。全てにおいてセブのセンスはいいわ』
「気に入ったのなら何よりだ」
『付き合って1年よ』
「色々あったな……」
クリスマスにヴォルデモートによって瀕死に追い込まれたセブ、素敵な湖上ホテルでのお泊り、アンブリッジに牛耳られたホグワーツ、神秘部での戦い、死の世界と生者の世界で別れ別れになったこと、付き合って初めて分かったセブの顔が沢山ある。
『これからも色々あるでしょうけど、どうにかしましょう』
「不思議とユキとならどうにかなる気がする」
口元に笑みを浮かべてセブはグラスのシャンパンを飲み干した。
お酒の力で饒舌になり、話は過去へと遡る。
「ユキの第一印象は強烈だったな。美しい氷の彫刻を連想させた」
『私の方もセブの第一印象は強烈だったわよ。会った瞬間セクタムセンプラですもの……ううん、違う。セブを初めてみたのは妲己に見せられた記憶。どうしてこんな目をしているのかと思った……』
シャンパンの飲み過ぎだ。涙脆くなってしまっているらしく、涙が滲んで私は瞳を閉じた。右手を口に当てて涙を溢さないように耐えていると、セブが席から立ち上がって私の体に手を添えて立ち上がるよう促す。
「大丈夫だ」
『そうね』
「もう飲むのは終わりにして寝よう。ここは片付けるから先にベッドへ」
寝巻の浴衣に着替え終わったところでセブがベッドルームに入ってきた。付き合って1年の記念日なのだから悲しい気持ちは消し去ってお祝いしよう。
気分を変えるように2人で歯磨き。
ヘッドボードに寄りかかってセブが着替えるのを見ていたのだが、パジャマを着ずにセブはベッドの中に入ってきた。
『やる気満々じゃない!』
私はコロコロと笑う。
「君もそうだと思うが。違うか?」
『そうね。脱ぐわ』
「バニーのコスプレをしてくれ」
『お断りよ』
「今日はハロウィンだ」
『トリック オア トリート』
セブに手を差し出すと困ったように眉を寄せた。
「生憎、何も持っていない」
『じゃあトリックね。さて、どうしてやろうかしら。そこにウィーズリー・ウィザード・ウィーズの品があるわ』
小さなテーブルには書きかけの手紙の上にドンと大きな箱が置かれていた。
『いつもお世話になっているからってウィーズリーの双子が贈ってくれたの』
「中を開けても?」
『そうしましょう』
私が寝巻を脱いで下着姿になっている間にセブが箱を取ってきてくれる。箱を覗き込む私は子供のようにはしゃいでいた。セブも楽しそうに使えそうなものはないか吟味している。
『蝙蝠さんにはこれよ。口を開けて』
「なんだ?」
『舐めると背中に蝙蝠の羽が生える飴』
「あぁ、あれか」
セブは私の手から飴を食べ、口の中でコロコロと転がす。後ろに回り込んでみるとキラリと背中が光って蝙蝠の羽が現れた。
『可愛い!私の大きな蝙蝠さん』
セブの背中にギュッと抱き着いてチュッチュとキスをする。
「ユキ、トリック オア トリート」
そう言いながらセブが渡してきたのはウィッチ・クローゼット・ルーレットだ。
『いいわ。大人しくトリックされる。セブはどの衣装がお好み?』
「ユキならどれでも似合うであろう」
『そうやっていつも自分の好みをはぐらかすのはズルいわ』
「本心でどれでも似合うと言っている」
『試してみましょう。この箱を見て』
パッパッパッと6面の全てをセブに見せながら表情を観察する。時に目は口程に物を言う。瞬きと目の開き具合に私はニヤリとした。
『ふうむ。セクシーな踊り子がお好みなのね?』
セブは否定をせずにピクリと一瞬、眉根を寄せた。
『ふふ。では、踊り子が出るように祈っていて』
開いた箱から出た煙で私は包まれる。
白煙が薄らいでいき、私とセブは声を上げて笑った。
『私は~まな板のー精霊~。白くてちょっと色移りしているー』
「くっ、くく。やめるんだ、来るな、ユキ。踊るなっ、やめたまえ!」
『どうかー私の上で~トマトを切ってちょうだいぃぃ』
ケタケタ笑いながら始まった夜は、次第にお菓子のように甘くなっていったのだった。
┈┈┈┈┈後書き┈┈┈┈┈┈┈
ロックハートに襲われた話→2章3. 曇る心
交際スタートの話→6章 15.煌めく夜 後編