第7章 果敢な牡鹿と支える牝鹿
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11.前を見据え
金曜日の夜、部屋を出て吹きさらしの廊下へと続く階段を下りていると、10メートルほど先にある同じく2階の部屋からシリウスが姿を現した。
『シリウス』
「ユキ」
これからジェームズとリーマスに会えるシリウスは機嫌が良さそうでタップダンスのように楽し気な足音で階段を下りてきた。一方、左の廊下から聞こえてくる足音はズンズンと重く不機嫌そう。顔を見れば眉間にくっきりと皺が刻み込まれていた。
「不機嫌をまき散らすな。こっちまで気分が悪い」
セブは嫌悪の目でシリウスを見たがそれ以上何も言わず私たちの前を通り過ぎて芝生を横切り始める。
『行きましょう、シリウス』
「あいつと喧嘩でもしたのか?」
『いいえ』
「つまらないな」
『私たちは仲良しよ』
「あれと仲良くするユキの気が知れない」
『リリーとジェームズも戻ってきたのだから過去の事は水に流してセブと仲良くしたらどうなの?』
「断る。一目惚れって言葉があるが、一目見た瞬間から嫌いになる奴もいるんだよ」
ホグワーツの敷地外に出た私たちは姿くらまししてグリモールド・プレイス12番地へ移動した。辺りに警戒して屋敷の中に入ると、そこは温かな空気で満たされていた。廊下の奥から聞こえる笑い声に私はセブとシリウスを押しのけて先へと進む。
あぁ、リリー……笑っている。
そっと扉を開いてキッチンの奥を覗けば包丁を手にジェームズと話しているリリーの姿が確認できた。ジェームズのくだらないジョークにも心から笑ってあげている優しいリリー。キラキラとしたエメラルドグリーンの瞳を真正面から見たら喜びで心臓が止まってしまうだろう。
『好き』
「入っていいか?」
私の幸せの時間を壊そうとするシリウスの手首をガっと掴み、ドアノブから離す。
『もうちょっと』
「覗き見だなんて気持ち悪いぞ。そもそもリリーとは仲が良いのにどうしてわざわざ覗き見なんかしているんだ?」
『会話している時は近くにいてリリーの全体像を見られない。こうして遠くから見れば体全てを目に入れることが出来るし、脚の動きもつぶさに堪能できる』
「もう一度言うが気持ち悪いぞ」
『あっ!』
シリウスは制止する間もなく扉を開けて部屋の中へ入って行ってしまった。振り向いたリリーの笑顔!可愛さと美しさが同居している!
『こんばんは』
「こんばんは、ユキ、シリウス、セブ」
リリーがにっこりと笑った。大好き!
部屋の中にいたのはリリーとジェームズ。リーマスはまだ来ていないようだ。
『リリー、お願いがあるのだけどいいかしら?』
「私に出来ることなら」
私はテーブルにポーチを出して杖を振って調合に使う器具を取り出した。私たちの元へは多少イライラの落ちついた様子のセブも来ている。
『魔法薬学が得意なリリーに調合をお願いしたいの』
私はフェリックス・フェリシス改良薬の調合方法を書いた羊皮紙をリリーに手渡した。
「随分複雑な調合ね」
難しそうな顔でずーっと羊皮紙を上から下まで何度か見たリリーだったが、頭の整理がついたようで2度頷き私とセブに微笑んでくれる。
「頑張るわ」
『ありがとう』
「分からなかったら聞いてくれ」
「ありがとう、セブ。多分何度か質問することになると思う。ところでこれは、ホグワーツの戦いに向けての準備よね」
『そうよ。参戦する人全員に飲んでもらいたいの。だから数が必要で……私もセブも頑張っているんだけど人手が足りていなくてリリーに協力をお願いしたの。見ての通り難しい調合だから頼める人が限られていて』
「頼ってもらって嬉しいわ」
「なあ、ユキ。僕に出来ることは?」
『ジェームズに出来ることはリリーに心配をかけないようにこの館で大人しくしていることよ』
「大人しくなんてもう沢山だ」
大きな溜息を吐き出すジェームズの言葉はイライラしている。
「ここに匿ってもらっているのは有難いと思っている。だが、ちっとも息子の役に立てないなんて生き返った甲斐がない」
『生きていること自体がハリーの為になっているわ』
「僕はもっと―――目に見えて、こう―――」
「ジェームズの気持ちは良く分かる。俺も脱獄してユキの部屋から出られなかった時は悶々としたものだ」
隣の黒い人が目に見えて不機嫌になった。
「ジェームズ、ダンブルドア校長先生は私たちの為を思って外に出るのは止めるよう忠告して下さっているわ」
「だが、才能を腐らせておくのは惜しい」
シリウスが言うのと同時にリーマスが部屋に入ってきた。
「リーマス!君も僕の味方をしてくれるだろう?」
部屋に入って直ぐに言われた言葉にリーマスは目を瞬きながらも会話の大体を察したらしい、ジェームズとシリウスの横に並んだ。
「リーマスなら私たちの側についてくれると思ったのに」
リーマスはリリーに申し訳なさそうに笑いながらジェームズの肩に腕を回した。それを見て楽しそうにシリウスもジェームズの肩に手を回し、2人の親友が自分を支持してくれて嬉しいジェームズは両腕をシリウスとリーマスに回した。
「昔っからこうよ!」
プンプンと怒っている様子のリリーの横で私は悪戯仕掛人に呆れた目を向ける。
『ジェームズはリリーを心配させて胸が痛まないのね』
「それは違う!でも、リリーは理解してくれる」
おずおずと視線を向けるジェームズから思い切りリリーが顔を反らしたので私はケタケタと笑った。セブも満足そうに口角を上げている。
「危険のない任務はないけれど、ジェームズにも出来ることはあるはずだ。考えていくってことでどうだい?」
リーマスがこの場を収める言葉を言ったので私たちは一旦話を終わらせて席につくことになった。このメンバーとは私が妲己に見せられた記憶を告白してから数度会議をしている。
「ごめん……まだドーラには話せていない」
リーマスが首を横に振りながら言った。
ホグワーツの戦いで死ぬと予言されているトンクスについて、リーマスは大きなショックを受けていた。
「話すか話さないかはリーマスに任せる。相談ならいつでも乗るから、納得いくまで悩むといい」
「ありがとう、シリウス」
「俺の方はマッド‐アイに伝えた」
『シリウス、マッド‐アイは何て?』
「すんなりと信じてくれた。肝が据わっているな。恐れている様子はない。この情報は慎重に扱うべきで、自分の死の予言に耐えきれずに口に出す人間に話すべきではないと言っていた」
「リリーはアーサーに話すと言っていたな」
リリーがセブに頷く。
「ここに来た時にアーサーに話したわ。ユキの記憶が見たいと言っていた」
『分かった。今度会う約束を取り付けましょう』
妲己に見せられた記憶は非常に重要な為、憂いの篩の中に入れっぱなしにせずに頭の中に戻してあった。
「記憶を見た感じだと次に亡くなる予定なのはダンブルドア校長になるね……」
リーマスの言葉に誰もが考え込んだ。ダンブーほどの魔法使いが死ぬ時はよっぽどの事があるか死ぬのに理由があるか……。
「ダンブルドア校長に死を伝えるべきではないか?用意周到なあの人なら我々の力にもなってくれるかもしれない」
『いいえ、シリウス。反対よ。話すことで逆に私たちを邪魔してくると私は考える』
「ユキはダンブルドア校長先生に厳しいわね」
『私の嫌いな種類の人間の匂いがするの』
セブはトレローニー教授の予言をヴォルデモートに渡し、それがリリーの死を招くものだと知りダンブーに助けを求めた。セブはその時にダンブーの配下になった。2重スパイとして危険な任務につき、更にこれからも意に沿わない任務を下されるだろう。
もし……それがセブの死と関係していたら?
ふと思ったこの考えに私は戦慄した。
任務として与えられた死だった場合、セブはちゃんと自分を救う措置を取ってくれるだろうか?
じわっと浮かんだ掌の汗を私は反対の手の甲で交互に拭った。
「ダンブルドア校長の死の予言をどう扱うかは慎重に決めるべきだね」
リーマスの声でハッとなり、私は同調して頷いた。
それからマグル学のチャリティ・バーベッジ教授を守る方法とホグワーツでの戦いで犠牲者をゼロにするための方法を話していたのだが、途中でセブが重い溜息を吐いて首を振った。
「セブ、何か懸念が?」
「生徒たちだが実践に乏し過ぎる。死喰い人と対峙するには無理がある」
授業を見ていて思ったのだろう、セブはもう1度重い溜息を吐き出した。ここに来る前から刻んでいた眉間の皺はこれが原因らしい。
「いっそ生徒を参戦させないというのはどうかしら?」
「いや、リリー。僕たちのハリーを始めとして勇敢な者たちは戦いに臨むだろう。止められないよ」
「兎に角、生徒を鍛えなくてはならないということだな」
私を見たシリウスに頷く。
随分と話し込んでクタクタになっていた頭は糖分を欲していた。
「おやつがあるわ!」
私たちはリリーの作ってくれたジャムをクラッカーのせて食べることに……。
部屋は黙祷しているように静かになっていた。ジェームズ以外。
「やっぱりリリーの料理は最高だよ!頭と体の疲れがひと口で取れたっ」
はしゃいでいるジェームズと温かな目で夫を見るリリー。私はこの光景を見ながらえいっと口の中に2個目のクラッカーを放り込んだ。
『……隠し味は……酢?』
「いれていないわ」
『じゃあなんで酸っぱいの?』
セブがテーブルの下で私の足を蹴った。
リリーは首を捻りながらクラッカーにジャムを乗せて食べ、そしてまた首を捻った。
「酸っぱくはないわ。でも、ショウガが多かったかしら」
『ショウガは問題ないと思うけど。問題は腐りかかったような味、痛っ』
「腐りかかったような何ですって?」
再びテーブルの下で私の足を蹴ったセブは部屋の壁の隅に意識を持っていった。知らん顔を決め込むつもりらしい。助けはない。言わねば!
『言いにくいんだけど、リリー。これは腐った食べ物の味がするわ』
エメラルドグリーンの瞳が大きく開かれてリリーの顔が真っ赤になった。
「そんな!」
シリウスとリーマスの口がオブラートと動いた。
「もしかしてユキは前々からそう思っていたの!?」
隣のセブが緊張したようにゴクリと唾を飲み込んで、ジェームズは答えによっては呪いを打つという顔をして私を睨んでおり、シリウスとリーマスは何かを祈っているような顔だ。私はこれは不味いと慎重に言葉を選ぶ。
『私は……なんていうか……リリーの料理はとても―――その―――「ハッキリ言って!!」不味いです』
ドッカーンと爆発するようにリリーは赤かった顔を更に赤くさせ、膨らんだハリセンボンのような顔になり、周りを見渡した。
「セブ!リーマス!シリウス!あなたたちもそう思っていたの!?」
「魔法薬学が得意なリリーの料理が不味いはずがない」
「心からの嘘をつくな、スニベルス!」
「何ですって、シリウス?」
「いや、すまん、リリー。ええとっ、リーマスはどう思う??」
「すまない、リリー。僕はドーラの料理が一番好きなんだ」
「ズルい逃れ方だな!」
「僕の愛妻を貶すだなんて許さないぞ、シリウス!」
「だいたいお前の味覚が可笑しいから今まで誰も言いだせなかったんだぞ!」
「もう結構よ!ハッキリ言ってもらえて感謝しているわっ」
「泣かないでおくれ。僕にとってリリーの料理は5つ星シェフの作る料理に勝るよ」
涙を浮かべて腕を組んでいるリリーの背中を摩っているジェームズ。シリウスとリーマスは「やっちまったな」という顔で私を見ていて(何故シリウスは自分の事を棚に置いているのだ?)セブを見たらどうにかしろと言うように睨まれた。
私は立ち上がってゴホンと咳払い。
『昔からリリーは研究熱心で料理にも攻める姿勢を忘れないでしょ……?だからこれからは……レシピ通りに作るのを心がけたらどう……かな?』
ツンとしたリリーは何も言ってくれない。
私は困った挙句、3枚目のジェムのせクラッカーを口に運んだ。サクッ。
「美味しくないのに食べなくて結構よ」
『なんだか痴話げんかみたいで嬉しい』
セブがまた私の足を蹴った。
『っ!じゃ、なくて……ジャムの中に入っている酸味……味、見た目からして……魚?』
おずおずと聞くと、リリーは申し訳なさそうな顔をして「ニシンの缶詰を入れた」と言った。
『何故入れた!?あと申し訳なさそうな顔しているってことは少々やっちゃった自覚ありね!?』
「みんな……ふふっ。ごめんね!」
リリーが突然演技を止めた。
『あらあら』
私の顔に笑顔が広がっていく。
『知っていたわ!私はリリーがレシピ通りに作れば美味しいものを作れることを知っていたわ!』
カラカラと私は笑う。部屋の空気が一瞬で明るくなった。
「私は未知なる領域に挑むのが好きなの」
茶目っ気たっぷりに笑うリリーはとんだ食わせ者。
今の今までリリーは大女優顔負けの演技で料理下手を演じていたわけだ!
「ってことはリリーの味覚は正常ってことでいいのかな?」
「ごめんね、リーマス、みんな。失敗作でも食べ物を無駄には出来ないから」
てへっと肩を竦めるリリーが可愛いので一瞬で許してしまう。
そして問題なのは、キョトンとしているこの人だ。
「ジェームズ……」
シリウスに哀れな目を向けられるジェームズは1人状況が分かっていない。リリーの変貌の理由が分からずポカンとしている愚夫に私たちは一斉に噴き出したのであった。
***
夜8時50分。私はホグワーツの正門前で人を待っていた。バシンッという音共に現れたのは変身した姿のレギュラス。
『グライド』
「こんばんは」
『好きなコーヒー豆は?』
「コーヒーは飲みません」
『確かにレギュね』
杖で錠をつつくとガチャガチャと門の柵に絡みついていた鎖が解け、私は正門を開けてレギュをホグワーツの敷地へと招き入れた。
「寒くなってきましたね」
『えぇ。山から下りてきた空気は冬の匂いがするわ』
とりとめのない話をしながら向かった先は校長室。醜いガーゴイル像が入り口を守っている。
『ゾンビポテト ケチャップ多め』
合言葉を言うとガーゴイル像は両脇に飛びのいて私たちを通したので、割れた壁の間を通って自動で動く螺旋階段に乗る。
輝くように磨き上げられた樫の扉の前まで運ばれて、私はグリフィンを
カチャリと鍵が回る音がして扉が薄く開き、私が扉を開くと広くて美しい円形の部屋に入る。
「時間通りじゃの」
ダンブーは私たちを見てニコリと笑い、持っていた羊皮紙を、山積みになっている羊皮紙の上に乗せ立ち上がり、部屋を横切りだした。
背の高さよりも大きいゆっくりと回る地球儀の横を通ってダンブーの横に並ぶ。目の前にあるのは憂いの篩。
「今日は2人にボブ・オグデンの記憶を見てもらおうと思って呼んだのじゃ」
『その人物は?』
「魔法法執行部に勤めていた者じゃ。先ごろ亡くなったが、その前に儂は彼から記憶を譲り受けることが出来た」
ダンブーが憂いの篩を杖でつつくと液体でも気体でもないものが微かに光りながら渦巻いた。
「さあ、行こうぞ」
ダンブーに続きレギュが憂いの篩に顔を突っ込み、最後に私。渦巻く闇の中を下へ、下へと落ちていく感覚は何度やっても慣れない。そして突然、眩しい太陽の下に私たちはいた。
いるのは田舎の小道。道の両側は蔦の絡み合った高い生け垣、頭上には勿忘草のように鮮やかなブルーの夏空が広がっていた。
ボブ・オグデンの後をついて辿り着いた先は、人が住んでいるか怪しげなボロボロで汚らしい家だった。
「この男、蛇と喋れる」
隣のレギュが呟いた。玄関でオグデンと話している男は髪がぼうぼうで小さい眼は暗くてそれぞれ別々の方向を見ていて泥にまみれたように汚かった。その男の腕には蛇が絡みついている。
部屋の中に入ったオグデンは年老いた男と話しているのだが、私とレギュが気になっているのは部屋の隅でおどおどとしている若い女性だった。
「分霊箱だった指輪を見つけた小屋にこの女性の写真がありました」
「いかにも。あの指輪はこの女性、メローピーがゴーント家に代々伝わってきたものを相続した」
「そしてあの金のロケットも」
目の前では激しい言い争いが繰り広げられていた。
メローピーの首にかかっていたのはレギュが苦労して探し出したヴォルデモートの分霊箱の1つである金のロケット。話からこれはサラザール・スリザリンのものであると判明した。
ここには私たちが見つけ出した分霊箱が2つもあるということになる。となれば、この記憶はヴォルデモートに関するもの。
―――ねえ、トム。こんな汚い掘っ立て小屋、あなたのお父様は片付けないの?
外から聞こえてきた声に窓を見れば、家の外を腕を組んだ若い男女が歩いて行く。
『トム……もしやメローピーはヴォルデモートの母親?そして外を歩いていたのは父親なのでは?』
「察しがいいのう」
「ヴォルデモートのバックグラウンドが見えてくると彼が何を考えて分霊箱を選んだのか分かってきますね」
「更に察しがいいのう。もう十分じゃからこの辺で上に戻ろう。今日はもう2つ見せたい記憶がある」
再び頭を憂いの篩に突っ込んで見せてもらった記憶はヴォルデモートがホグワーツ入学前、孤児院で過ごしている時の記憶だった。
ヴォルデモートはダンブーから自分が魔法使いであったことを知らされ、やはり自分は人とは違う特別な人間なのだと興奮に目をぎらつかせていた。
「ヴォルデモートはトムという名を相当嫌悪しているようですね」
「あの者は幼い頃より自分と他の者を結び付ける事に対し軽蔑を示した。自分を凡庸にするものに対して全てじゃ」
『ヴォルデモートと名を変えて唯一無二の存在を目指し始める……』
「記憶から見て、非常に自己充足的、秘密主義で友人を持たない。成人してからも変わらずですね。ヴォルデモートは人を信用しない……だが……」
「どうしたのじゃ?レギュラス」
「忠誠心は多少信じているとも感じられました」
「ほう」
ダンブーが目を丸くした。
「儂は違う意見であった」
「自分に陶酔していて決して裏切らぬと思っている者もいると思います。例えばベラトリックス・レストレンジなどいい例です」
「ふうむ。その者には重要な役割を与えると考えておるのかの?」
「傲慢が過ぎればそうするでしょう」
ダンブーは難しそうな顔で髭を触りながら部屋の中を行ったり来たり歩き始めた。それを何往復かし、意識を私たちの方へ戻す。
「すまぬ。考え事をしておった。最後の記憶にいこう」
再び記憶の中に入る。
ある大きな屋敷では厚塗り化粧の女性が鼻歌を歌いながら鏡を見ていた。
「この記憶はこの女主人に仕える屋敷しもべ妖精の記憶じゃ」
屋敷にやってきたのは若き日のヴォルデモート。非常にハンサムで紳士的な物腰。
彼はボージン・アンド・バークスでアルバイトをしており、魔法具の買取をしているようだった。
「あなたにだけ特別にお見せするわ」
うっとりとヴォルデモートを見る女主人はヴォルデモートの気を引こうと勿体ぶって屋敷しもべ妖精に持ってこさせた箱を開ける。
「ヘルガ・ハッフルパフのカップよ。私は子孫なの」
ヴォルデモートの目が赤く貪欲に輝く――――
私たちは憂いの篩の外へ戻ってきた。
「ハッブルパフのカップ。これが分霊箱の1つでは?しかし……あと何個あるのやら」
「近々、ハリーに分霊箱がいくつあるかスラグホーン教授に尋ねるように言っておる」
『スラグホーン教授は教えてくれるでしょうか?』
「どうにかして聞き出さねばならん。ハリーが失敗したらユキの出番じゃ」
『その時は頑張ります』
「うむ。2人共夜遅くまですまんかったの。話はこれで終いじゃ」
私とレギュは眉間に深く皺を刻んだままのダンブーに別れを告げて校長室から出て行った。
レギュを送るために歩いていた私はギョッとする。玄関ロビーに大の字に倒れている人がいた。
『トレローニー教授!』
駆け寄って肩を叩くとヒックと声が鳴った。お酒臭い。
安物のチェリー酒の香りがプンプンする。ただの泥酔のようだ。
『こんなところに寝ていたら風邪を引きますよ』
「私の占いの腕が鈍った?ありえないわ。だって私は心眼を持っている」
「起きて下さい」
私とレギュは肩を貸してトレローニー教授を起き上がらせる。立ち上がったトレローニー教授は虚ろな目で上を見上げた。
「黒髪の男、逆位置ダイヤの2……死神、それなのに世界とカップの10が続く……ハートのキングまで……いずれも正位置……でも危うい。逆位置のスペードの2……このカードの意味は人生の別れ又は再スタート……」
『影分身の術。トレローニー教授を部屋までお送りしてちょうだい』
ぶつぶつと呟くトレローニー教授は私の影分身に両脇を支えられて私室のある塔へと帰って行く。
『残りの分霊箱だけど、予想がついたと思わない?』
「えぇ」
私たちは歩きながら話し出した。
「ユキ先生のお部屋に少しお邪魔しても?」
『あー……』
「許可を取らないといけない人がいるようですね。ですが、僕の部屋には来ているのにおかしな話です」
『それは知っていると思うんだけどな……見ないフリというか……グライドのことをセブは紳士的で信用できる人だと思っているから』
「何故でしょうね。胸がむかむかします」
『えっと?』
「そんな顔をしなくていいですよ。信用されて今まで通りユキ先生と関われるのは嬉しいです」
私は後ろを振り向いた。噂をすれば影が差す。ランタンの灯りを揺らしながらセブがこちらへと歩いて来ていた。
『セブに話を聞かれてもいいでしょう?』
「問題ありません」
レギュは目の前に来たセブに会釈した。
「こんばんは、スネイプ教授」
「レ……Mr.チェーレン、来ていたのか」
「ユキ先生のお部屋で少しお話したいんです。まさか追い返したりなさいませんよね?」
「人の部屋だ。我輩がどうこう言う権利はない」
「ユキ先生はそうは思っていないようですよ」
セブはよく躾けられた犬を見るように私を見て、満足そうに目を細めた。
「我輩は部屋へ戻ろう」
『いいの。一緒にいても大丈夫。中へ入りましょ』
部屋へ入ってランプに灯りを灯すと部屋は温かな炎で明るくなった。セブがお茶を淹れてくれて私たちは座った。
『さて、分霊箱だけど大方の予想がついたと思うの。ヴォルデモートの記憶から判断するに、自分を特別な人間だと思い、それを証明したがっている。スリザリンのロケットやゴーント家の指輪のように由緒正しい物を分霊箱に選ぶと思う。こういうのが苦手な私としてはなかなかの推理じゃない?』
「僕もユキ先輩と同じ意見ですよ。スリザリン、ハッフルパフゆかりの物を分霊箱に選んだならば、他のホグワーツ創始者ゆかりの物も手に入れたかもしれない。他に考えられるのは伝説的な魔法具……」
『ハリーが上手くスラグホーン教授から分霊箱がいくつ作られたか聞きだしてくれたらいいんだけど……私はそういうの上手くない』
「分霊箱の1つはヴォルデモートが手元に置いているでしょう。リスクを分散させるなら……1つは自分の思考とは切り離すかも」
『ヴォルデモートが分霊箱を他人に託し、隠し場所を他人に委ねると?』
「他人に委ねた“己の考え”にヴォルデモートは満足するでしょう」
『うーん。そうなると分霊箱を預けるとしたらルシウス先輩かしら?』
「いいえ。ルシウス先輩は1度ヴォルデモート卿を裏切っていますね」
『では、アズカバンに収容されていた忠実な部下たち……やはりベラトリックス・レストレンジ?』
「可能性はあると思いますよ」
『うぅ。本格的に内部に潜り込む方法を考えるべきかもね』
「その時は僕が入ります」
『でも』
「変化の術も完璧に出来ますから。ユキ先輩は他の事で忙しいですし、それに、僕は分霊箱に関して危険を冒す心積もりは出来ています」
『……分かった。その時は残り2枚の守りの護符を渡すわ』
「あれは合計3枚持てるのですね。ありがとうございます」
では、と立ち上がったレギュを正門まで送りに行って、私は自分の部屋へと帰ってきた。
テーブルの上は片付けられていてセブの姿はなく、実験室の扉の下から明かりが漏れている。中に入るとセブが魔法薬を
「レギュラスにはクリーチャーがいる。慎重で思慮深いレギュラスなら任務をうまく遂行できるだろう」
『分かっているわ。私もレギュを信じている』
「酷い顔をしている自覚が?」
『ないわ』
「まだ決まってもいないことに深刻になり過ぎだ」
『そうね……』
私は心の中の不安を逃がすように息を吐き出してセブの横に並んだ。
『単純作業なら変わりましょうか?』
「ターコイズブルーになるまで撹拌してくれ」
一定の速度で私が撹拌している間にセブは飲み薬のナギニの解毒薬調合方法について考えていた。
私が以前から考えてベースを作ってきたのは塗り薬。傷口に塗って血止めをして傷口を塞ぐ。飲み薬は内側から傷を修復する。更に治癒魔法でも傷を癒すつもりでいる。その他に飲むのは増血薬、活力薬。
『ターコイズブルーになった』
難しい作業になるらしくセブとバトンタッチした私は影分身を1体置き、リビングに戻って守りの護符作りを開始した。1枚でも多く作って生徒に渡したい。
ドラコ経由でルシウス先輩とナルシッサ先輩にも渡してもらわないと。
あとはスラグホーン教授にもお渡しすると約束していた。
『ん……』
魔力の限界を感じて椅子の背もたれに寄りかかりながら暖炉の上に置いてある時計を見ると12時半を回ったところ。まだセブは研究を続けるだろうと思いながら生徒に守りの護符の作り方を教える準備をする。
同等の力を持っている守りの護符の場合、どちらが先に発動しても良いのだが、守りの力が弱い護符の場合はどうだろう?今まで完璧な護符しか持ったことがなかった。
ちゃんと与えられる呪文に応じた護符が発動するのだろうか?1度試して見なければならない―――今やりましょう。
『夜はこれから!』
私は天上に拳を突きあげて、ない魔力を出して効き目の薄い守りの護符を作り出す。
外に出れば満天の星が空に輝いていた。
月明かりの中芝生の上に立ち、杖を振る。
打たれたら大怪我をするだろうという魔法を影分身が本体の私に放つと、胸元に入れてあった守りの護符が飛び出した。
『よし』
人型の護符は私の前で呪文を弾き返した。
『さて、問題はこの不完全な護符ね』
今までこの失敗作のような中途半端な守りしかできない護符を身に着けたことがない。どうなるだろうか?私は先ほどと同じ呪文を影分身に放たせた。
発光とともに飛んでいく体。
体に来る衝撃は大きく、私は数メートル後ろへ吹き飛ばされた。地面に転がった私が起き上がりながら体を確認すると、所々避けた服から傷口が覗き、血が泡を吹いていた。それでも、放った呪いを考えたら呪いの程度は軽い。
『影分身。渡していた護符をちょうだい』
もう少し弱い呪文を打った場合、先に効力の弱い護符が発動するだろうか?複数護符があった場合、護符はどのような判断をして発動するのか。
今日は完全な護符、不完全な護符が残り1枚ずつしかないけれど、後日実験を重ねて反応を見ておかねばならないと思う。
目の前で弾ける閃光。
『期待通り』
先ほどより弱い呪文を打つと不完全な護符が私を守る。
いつもこうだといいのだけれど。きちんとデータをとらねば。
それに生徒がどのくらいの効力の護符を作れるか分からない。そもそも作れる生徒が何人いるだろうか?
影分身を消して丘を下りながら歩く私は不穏な空気の漂う魔法界を思い、焦りを感じていたのだった。
部屋に戻ってベッドルームへ入ると着替え途中のセブがギョッとして私を見た。
『そんなに驚かなくても。着替えているセブもカッコいいわよ』
「何の呪いだ?」
『呪い?』
「全身傷だらけだ」
『あぁ』
考え事をしていて体を切っていたのを忘れていた。後ろを向くと床に血が垂れてしまっている。掃除がめんどう。
「これは切り裂き血沸騰の呪いか?」
『正解』
「よくもそんな強力な呪いを自分に打ったな。実験室から薬を取ってくる」
『ありがとう。バスルームにいるわ。床が汚れてしまう』
「持っていく」
バスルームで血と土に汚れた忍装束を脱いで下着姿になっているとセブが薬を持ってきてくれた。
『これはセブの調合した薬じゃなく私作だわ。残念』
「傷が綺麗に癒えるまでハナハッカエキスの服薬するように」
『分かった。今夜はもう終わりにしたの?』
「切りがいいところで終わりにした。ただ、明日は早めに始めたい」
『課題が山積みで眩暈がしそうよ』
「意識して休息する時間を作るべきだ」
私は傷の塞がった腕を撫でた。
『今からシャワーを浴びるわ』
「手伝おう」
『ダメ。パジャマが汚れてしまう』
抱きつこうとするセブをやんわりと制す。
「では、ベッドで待っている。これでいいか?」
『ダメです。先に寝ていて。明日こそ徹夜の予感よ。今晩は寝て』
「我輩は」
『寝て』
「だが」
『寝なさい』
じとっと面白くなさそうな目のセブをクスクス笑って私は背伸びをして薄い唇に口づけた。
『寝かしつけが必要?』
「寝る。今度時間を取ってくれ」
『私もセブに甘える時間が欲しい』
セブは私の額に優しくキスをしてバスルームから出て行く。
シャワーと寝る支度を終えてバスルームから出て行けば穏やかな寝顔でセブは眠りについていた。顔にかかる髪を払えば軽く眉間に皺を寄せて鬱陶しそうに顔を左右に小さく振る。
布団の中で手を伸ばしてセブのパジャマを握ると、心が嬉しくなった。
『セブ……好き……ふああ』
ゴロンとこちらへ寝返りを打ったセブに微笑み、私は瞳を閉じた。