第1章 優しき蝙蝠

夢小説設定

本棚全体の夢小説設定
苗字
名前
その他1(別名、偽名など)
その他2(滅多に使いません)
その他3(滅多に使いません)






2.ほぐわぁつ






あっという間に一年が過ぎる。

6月30日23時50分、火影の部屋。

ユキは背中にトランクを一つ背負い、両手にも2つずつ持つ。顔には暗部の狐の白い面。

どこに飛ばされるか分からないため真っ黒な忍装束と暗部の者が身に付ける白い動物の面を被り素顔を見られないようにした。


友人たちと別れの挨拶。

初めてのことがいっぱいの一年間だった。 
胸がじんわりと熱くなってくる。

せっかく仲良くなったのに離れてしまうのが惜しい。


「これは“ほぐわぁつ”の国の長に宛てた親書だ。役に立つかは分からんが、お前が“ほぐわぁつ”に行く事になった経緯を書いておいた。
雪野の履歴書も入れた。信じてもらえる可能性は低いと思って油断のないように。くれぐれも気をつけて」

『ありがとうございます』

結局、どこを調べても“ほぐわぁつ”の国についての情報は得られなかった。治安の良い国とは限らない。

ユキは飛ばされた先が危険な地域であることも想定して色々な練習を積んできた。

やるだけのことはやった。あとは運を天に任せるのみ。

「元気でな、雪野

火影の明るい笑顔にユキは強く頷く。



私は変われる



時計の針がカチリと鳴り、12時の鐘が部屋に響く。

『それでは、行ってまいります』

強い光に包まれてユキの姿は掻き消えた。



***


生徒が夏休みに入ったホグワーツ城は久々の静けさに包まれていた。

今日の職員会議が終われば教師たちも夏休みに入る。


ダンブルドアが会議の終わりを告げようと立ち上がった瞬間、職員室の天井付近に明るい光の玉が出現した。



ユキは落下しながら周囲を素早く見渡す。

真後ろ以外の三方を囲まれているらしい。


部屋の中……運が悪いわね。


デザインの違う椅子がバラバラに置かれた部屋。
両手に持っていた荷物から手を離し、着地する。


正面の白いひげの老人と全身黒服の男性が棒を振り上げるのが見えた。


黒服の男性と一瞬目があったが直ぐに目線をそらす。
頭の中に彼の死に際の映像が浮かんだが打ち消す。




来る



「セクタムセンプラ」

「ペトリフィカス トルタス、石になれ!」

『呪術分解』


三人の声が重った。


スネイプの放った呪文はユキに直撃し血が噴き出す。


正面に突き出されたユキの両掌の前には青白い円の盾。
ダンブルドアの閃光は盾に吸い込まれ、盾の中で文字へ変わる。



強い 強い 強い――――――



盾の中で分解しきれない呪文がユキの体を後ろに押していく。

たまらず天井に向かって術を逃がすが、その衝撃で体は扉まで吹き飛んでいった。

呪文があたりバラバラと降ってくる天井の破片。

強い力を受け止めた為に両手が痺れている。


とりあえず第一段階成功かしら。

戦う意思がないと示すために両手を挙げながらゆっくりと立ち上がる。

今では教室の多くの教師がユキに杖を向けていた。



『どうか、突然の無礼をお許し下さい。私の言葉は通じているでしょうか?』

凛と響くユキの声。


白髪の老人の青い瞳がキラリと光った気がした。


「……うむ。通じておるぞ。何者かなぜここへ来たのか説明して頂こうかの」

厳しい声。

だが、とにかく言葉が通じて助かった。


『私は雪野ユキと申します。苗字が雪野、名がユキです。火の国木の葉の里の忍です。“ほぐわぁつ”の国を作ったサラザール・スリザリン様に手紙を渡すように言われてきました」


一気に言い周りを見ると困惑した顔が目に入る。

戸惑いの静けさが部屋を満たす。

ユキはスリザリン宛の手紙と火影に書いてもらった手紙を手にとった。

『事前に許可を取らずに国へ侵入したこと、お詫びのしようがございません。スリザリン様にお会いすることはできないでしょうか?もし、それが無理でしたらこの手紙だけでもお渡し頂けませんか?』

「……ふむ。火の国か。聞いたことがないのう」

『これは私の国の長が書いた書状で火の国と私について記したものです』

ニつの巻物を白髪の老人に差し出す。

もし、この場の全員と戦う事になったらどうすればよいか。

そんなことを考えていると楽しそうな笑い声が聞こえた。
キラキラした瞳でこちらに近寄ってくる。

緊張していたユキは目を瞬いた。


「さて、面白いことになった!仮面の御方、この手紙を見せてもらっても良いかの?」

『はい。そのまま開けて頂いて大丈夫です。ご心配なら私が開けます』

「いや。呪いはかけられておらんようじゃ。ありがとう」

巻物の上で杖を行ったり来たりさせていたダンブルドアは微笑んだ。
しかしユキの足元を見て眉間にしわを寄せ厳しい顔つきになる。


足元には血だまり。



「セブルス!すぐに止血の呪文を唱えなさい」

「……ヴァルネラ・サネントゥール」

黒衣の男性が部屋の反対側から杖を向けて歌うような呪文を唱える。


傷口が閉じた!?止まった血に目を瞬く。



「よし。次にハナハッカエキスを持ってくるのじゃ。今だけ姿現しを出来るようにしておくでの。急ぐのじゃ」

ダンブルドアが杖をひと振り。
スネイプは胡散臭そうにユキを見たがバシンッという鞭のような音とともに姿を消した。


不思議なことばかりだ。この世界は面白い。



「ハナハッカエキス入りの薬を飲めば傷は消えるからの。気づかんですまんかった」

『いいえ。ありがとうございます。私は大丈夫ですので手紙をお読みください』

「確かに、その方がお互いの為じゃな。セブルスが戻るまでの間読ませてもらうよ。彼が戻って来るまで座っていなさい」

「いえ。このままで」

心配そうにユキを見たが彼は巻物を開き、杖をひと振りしてから読み始める。

手紙の中の文字が変わった。



ユキは初めて見る魔法に心を奪われていた。


不思議な術を学びたい。あの棒は何?


ふつふつと湧き上がる好奇心。

ダンブルドアが手紙を読み終えたのと同時にスネイプがユキの目の前に現れる。


バシンッと音はしたが、突然現れたことに目を瞬く。


「全て飲みたまえ」

『ありがとうございます』

頭を軽く下げ、仮面を外す。

途端に仮面の中で溜まっていた血が首をつたって滴り落ちた。
顔にはスネイプの呪文でできた左の目の下から顎までの大きな傷跡。


周りの教師が息を呑む音が聞こえる
スネイプはすぐに小瓶の蓋を開け手渡した。

小瓶の中にある液体は変わった香り。


毒の匂いはしない。だが、もし毒だったら……。


薬の成分は何かと考える。


「毒は入っておらん。早く飲むんじゃ」


少し苛立ったような老人の声。

教師たちは急に現れたユキを警戒の目でしか見ていなかったが、今では心配していた。衣服のあちこちが切れ服の下から傷口が覗いていた。

普通に立って、話しているのが信じられない程の傷。

しかも仮面の下から現れた顔は整った顔をした若い女性だった。

その顔には血の気がない。

早く薬を飲まないユキを誰もが心配そうに見ていたが本人は気づいていなかった。

少し口に含み毒が入っていないか舌で確認してから飲み込む。

体の痛みが少し和らいだ気がする。
残りは一気に飲み干した。



傷跡が薄くなり周りはほっと息を吐きだした。

スネイプも安心したように息を吐いたが表情は厳しい。あちこちに傷跡が残っている。


ユキはかさぶたになった腕の傷口を興味深そうに指でなぞっていた。


『すごいです。一瞬で傷口が治っていくなんて。ありがとうございます』


肝を冷やしていた周りをよそにユキは興味深そうに空き瓶を眺めている。

スネイプは色々な感情が入り混じった顔でその様子を見つめていたが、ローブからもう一つ液体の入った瓶を出しユキに差し出した。


「増血薬だ。これも飲みたまえ。毒は入っておらん」

『増血薬……ありがとうございます』


少し匂いを嗅ぎ、今度は躊躇わずに飲み干した。全身に血が巡り顔色も戻る。

ダンブルドアはようやく安堵の表情を見せ、さっと杖を振り足元の血だまりを消しさった。


凄い。どんな仕組みなのかしら!


「さて、Ms.雪野。この手紙でどうして君がここに来たかは分かった。だが、残念な事に誤解がある」

ユキが小首をかしげるとダンブルドアに楽しそうに笑いかけられた。

「まずは自己紹介からじゃの。わしの名前はアルバス・ダンブルドア。このホグワーツ魔法学校の校長じゃ」


校長


がっこう?


『……ホグワーツは国ではなく学校なのですか!?』


聞いていた話と違う。


『嘘でしょ……』

「本当じゃ」

『そんなぁ』


頭の中に妲己の適当な説明とコロコロとした笑い声が浮かんだ。あの女狐!


「ここはホグワーツ魔法学校の職員室。周りにいるのはホグワーツで働く先生方じゃ。Ms.雪野、君のことを知ってもらう為に他の先生方にも手紙の内容を話してもいいかの?」

『もちろんです。お願いいたします』


ダンブルドアが火影の書いた手紙を読んでいく。


火の国、里、忍の説明。

ユキが忍として働いてきたこと。

任務中に偶然妲己と会いスリザリン宛の手紙を託されたこと。
自分たちはホグワーツを探しても見つけることが出来なかったこと、などなど。

丁寧な言葉で、突然に訪問する事になった謝罪の言葉とユキが国へ帰る術を持たないことが記されていた。

火影の配慮でユキが暗部にいたことは書かれていない。


「まぁ。忍ですか……。不思議なこともあるものですね、アルバス。手紙の内容が本当なら助けて差し上げたいけれど」

「助ける?お言葉ですがマクゴナガル教授。我輩は得体の知れない者をホグワーツに受け入れるのは断固反対だ。アズカバンに送るべきでは?」

「アズカバンなんてとんでもねぇ!スネイプ教授。それにそこのお嬢さんは何の抵抗もしなかっただろ?」

とても大きな体の男性が叫ぶ。


静かだが激しい言い争いが続く。
しばらく様子を見ていたダンブルドアが片手を上げて三人を制した。


「落ち着くのじゃ。まずはスリザリン宛の手紙の話をしよう」


視線が集まる。


「Ms.雪野、誠に残念な話なのじゃが、サラザール・スリザリンは既に亡くなっておるのじゃ。あー……何百年か前にの」

『え゛!?なんですって!?』

思わず大声をあげてしまう。

このためだけに強制的に里を出る羽目になったのに手紙の届け主は亡くなっている。しかも、数百年も前に。

妖の時間の捉え方は人間と違うと聞いていたがここまでとは。
ユキは軽い目眩がして目をつぶった。

「Ms.雪野大丈夫かの?」

『は、はい。どうにか』

とんだ無駄足だ。

そして一瞬にして、路頭に迷った。

これからどうすればいいのか。


「とても困っている様子じゃから、君のことを受け入れてあげたい。だが、セブルスのいう通り証拠もなく受け入れられん。Ms.雪野。君を信じるために心の中を覗かせてもらえんかの?」

ダンブルドアの言葉にユキの表情が少し明るくなる。

『ありがとうございます!お願いします』


目的も達して行くあてもないのだ。
何も怖がることはない。


ニ人の目が真っ直ぐ合い、ユキは杖を向けられる。


もう、どうにでもなれだ。


「いくぞ。開心!レジリメンス!」


ユキの目の前が暗くなる。

そして何かが強く自分の中に押し入ってくる感覚。

体がぞわりと震えた。



“感情を持ってはならない”



頭に響く声。

幼い頃から積んできた厳しい訓練。


“心を閉ざせ!心の中を読まれるな”


ユキは無意識のうちに心を強く閉ざし何かを押し返した。

ダンブルドアの顔が視界に映る。


「ほう。閉心術に長けておるようじゃの」

ため息をついて首を横に振っている。

『あ……申し訳ありません。私、思わず……。もう一度お願い出来ませんか?』

「いやいや。それだけ強く心を閉ざしていては無理じゃと思う」

そう言って思案顔で髭を撫で始めた。


ダンブルドアの開心術が効かなかったことに誰もが驚いているようだ。


ユキは先程から鋭い目線で睨むスネイプを見つめ返す。
再び何かが押し入ってくる感覚がしたが、やはり無意識にその感覚を追い出した。


盛大に舌打ちをしたあとスネイプはダンブルドアに向き直った。


「校長、真実薬を持ってきます」

ダンブルドアが答えるより早くスネイプが姿を消した。


「Ms.雪野。色々とすまんの。真実薬とは本当のことしか話せなくなる薬じゃ。飲んでくれるかの?」

『はい。喜んで。こちらこそお手数おかけ致します』


穏やかな受け答え。

教師たちは姿現しのできないホグワーツに突然現れたユキに警戒していたものの、
全てを受け入れ自分が何者か証明しようとする姿に好感を抱き始めていた。


バシンッという音がして再びスネイプが現れる。

手にしているのはニ本の試験管。

ユキは無言で手渡された無色の液体を飲む。



今度こそ失敗できない。



心をできるだけ穏やかにして妲己と出会ってからのことを思い出し、ダンブルドアに頷いた。



「まず初めに真実薬は効いておるかの?」

『はい』

「よろしい。儂に渡したこの手紙に偽りは書かれておらんか?」

『はい』

「君はホグワーツが魔法学校だと知っていたか?ここに来るまでに魔法を見たことがあるか?」

『いいえ』

「この学校で誰かに危害を与えるつもりはあるか?」

『いいえ』


その他、妲己、里や忍についての質問が続いたが、ユキが困る質問はなかった。

勝手に動く口が気持ち悪く止めたくなったが薬の感覚に身を委ねるように努力して答え続ける。



どのくらい続いたのだろうか。

質問を終えたダンブルドアはにっこり笑って教師たちを振り返った。



「儂からの質問は以上だ。他に聞きたいことのある先生はいらっしゃるかな?」


首を横に振る教師の中で、やはりスネイプだけが厳しい視線を送ってくる。

無言でユキの正面まで歩いてきて冷たい瞳で見下ろした。


教室の空気が再び張り詰める。



「ハリー・ポッターと“例のあの人”を知っているか?」


『いいえ』


即答した答えに周りの空気が緩むのが分かる。



ハリー・ポッター、例のあの人。この世界では有名な人なのだろう。
だけど、例のあの人って……言い方がもっとあるでしょうに。

名前で確認しなくて良いのだろうかとぼんやり考えた。



「さぁ、もう良いじゃろうセブルス。Ms.雪野の疑いは晴れた!」

「そうと決まったら解毒薬を飲ませてあげて下さい。真実薬なんて可哀想ですから」

厳格そうな女性が心配そうな声で言う。


スネイプはもう一本の試験管を差し出したが気が変わったのかひょいと引っ込めてしまった。

ユキの手が宙を掻く。



疑り深いを通り越してしつこい気がするのは気のせいか。

解毒薬を渡すように言った女性が呆れたような顔をしていた。


「最後に」

猫なで声で言いながら詰め寄られる。


この国のパーソナルスペースは随分と狭いらしい。

男性にこんなに近くまで近寄られたことのないユキは思わず一歩後ずさる。
無表情は作れているが鼓動が早くなるのを感じた。


「最後に。ここに来る前から、この中の人間を知っていたか?」

探るような目のスネイプ。


どうしてこんな質問をするのだろう。

何か気取られるようなことをしただろうか。
彼の言う通り知りたくなかったけど、何人かは知っている。



妲己に見せられた未来。



「知っているかね?」



『いいえ』


目を見つめハッキリと答えた。



男は不機嫌そうに鼻を鳴らした。



ダンブルドアが今度こそと言うようにポンと手を打つ。


「Ms.雪野、歓迎しよう!!」


校長の明るい声に場の空気が一気に歓迎ムードになる。

得体の知れない自分をこんなに簡単に受け入れてくれるとは思わなかった。



胸が暖かい。



先生方から自己紹介と歓迎の言葉を言われ、
ようやくユキは胸をなで下ろした。




***

ホグワーツに来たのは夕方だったようだ。

ユキはダンブルドアの計いで部屋を準備してもらうことになり、その間マクゴナガルにホグワーツ城内を案内してもらうことになった。


天井の高い玄関ホール、動く階段に愛想よく話しかけてくる絵画たち。

突然壁から飛び出してくるゴースト。


外に出ると壮大な城に圧倒された。

夕日色に染まっていた城がゆっくりと紫色に姿を変えていく。


『ホグワーツで学べる生徒は幸せですね』


素直に感想を述べると優しい笑顔のマクゴナガルが頷いた。











2/23ページ
スキ