第7章 果敢な牡鹿と支える牝鹿
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10.支え
ユキの自室内にある実験室。セブルス・スネイプは石を飲み込んだような重みを胃の腑に感じながらユキの前に立っていた。そんなセブルスを元気づけるようにユキは微笑む。
『今回はどのような報告を?聞いてもいいかしら?』
「無論だ。次の会合では君が服従の呪文と磔の呪文に耐えたことを報告する」
『そうなると、屈服させる方法を探してくるわね。答えは用意している?』
「ユキは真実薬も効かぬ。毒にも耐性があることを伝える。そうなると、闇の帝王は我輩に新薬の開発を命令するだろう……」
『セブの毒って効きそう』
そう言いながらユキは実験途中の机の下に潜り、戸棚を開けて紙を引っ張り出してセブルスの前に戻ってきた。
『これを持っていくといいわ。あなたが努力しているところを見せないといけない』
ユキがセブルスに差し出したのは履歴書だった。これはユキが元居た世界から持ってきた履歴書である。
『簡素なものだけどね……見たことはあったっけ?』
「ユキがここに来た時にダンブルドア校長に見せてもらった」
セブルスは当時の事を思い出した。得体の知れない女の経歴を本物だとは思わなかった。
9歳で忍者学校を卒業。10歳で中忍昇格。9歳からずっとプロの忍として魔法界に来るまで働き続けたことになる。
履歴書はそれだけであっさりとしていて功績も何も書かれていない。
「ここに書かれていることは真か?」
『いいえ。前にも伝えた通り、仕事は暗殺を。卒業校は暗部養成所よ。聞かれたらそう伝えて』
「分かった」
『他に聞きたいことは?』
「暗殺以外の仕事はなかったのか?」
『なかったの。言い方が悪いけど単純な仕事よ。命令されて、殺す。諜報、密書運び、護衛はしてこなかった』
「そうか。聞かれたらそう答えておく」
セブルスは履歴書の写真に目を落とした。
真っ黒な瞳は穴が開いたようで感情がない。魂のない美しい人形のようだった。セブルスの背筋が一瞬ゾクッと寒くなる。ヴォルデモートはユキが自分の思い通りに動く傀儡となることを望んでいるのだ。この写真にある時のユキのように。
死喰い人の拠点となっている屋敷を訪れる死喰い人は―――ベラトリックス・レストレンジを除き―――皆、必要最低限の会話にとどめ、張り詰めた空気の中にいた。ヴォルデモートの不興を買えば身が危うい。
会では魔力消失事件について話された。
既に十数人の死喰い人が魔力と記憶を失って発見されている。
「これの調査についてはどうなっている、アレクト」
「申し訳ございません、我が君。その者は証拠を何一つ残しておりませんでした。襲われた者も任務を与えられていないしがない小物ばかり。何を狙っての犯行かも不明です……」
「引き続き調査を続けよ」
「畏まりました」
「さて、セブルス」
一転、ヴォルデモートの目が愉し気に輝いた。
赤い眼は獲物を狙う蛇のように輝く。
「雪野についての報告を聞こう」
セブルスは嫉妬を含んだ面白くなさそうな視線をベラトリックスから受けながら話し出す。
「本人に通告してからですが、雪野に服従の呪文と磔の呪文をかけました。2つとも抵抗され撥ね退けられました」
「あんたが手を抜いたんじゃないのかい?」
「ベラトリックス、我輩が甘い男に見えると?」
「愛しの彼女ちゃんじゃないか。私にはあんたが雪野を利用しているようには見えないね。すっかり惚れこんでいるように見える」
「だそうだ、セブルス。ベラトリックスの言う通り、雪野に骨抜きか?」
ヴォルデモートの言葉にその場にいた死喰い人は嘲るような笑い声を上げた。
「全ては我が君のために働いております。お疑いなら何なりとご命令を―――」
「いいや。いい。セブルス、お前はよくやっている。報告を続けよ」
「雪野は幼少より服毒しており、それは今も続いています。薬にも毒にも耐性があり、真実薬は効きません」
「素晴らしい。良く鍛えられている。しかし、あの女を屈服させられるものが必要だ……セブルス。服従の呪文のような効果を発する強力な魔法薬はあるか?」
「現在のところはございません」
「どうにかして作れ。早急に」
「畏まりました」
出来ないとは言えない。セブルスはこの無茶に応えなければいけないことに胸を重くしながら
「他にはあるか?」
「内容は薄いですが雪野の履歴書を持ってきました」
ヴォルデモートは目を細めた。
綺麗に纏められた艶やかな黒髪にバランスの取れた目鼻立ち。涼やかな目にある瞳は闇の底より暗い。
「書いてはおりませんが向こうでの仕事は暗殺だったようです。命令されたことをこなす日々だったと」
「くくく。この目、奴隷根性が染みついているようだ」
うっとりとした口調に死喰い人たちは密かに視線を交わした。
「ユキ」
細く長い指でヴォルデモートはユキの写真を撫でる。
「お前は俺様のものになる」
ユキ
呼び方が変わったことにセブルスは強い危機感を覚えた。
***
人が次々と消えている魔法界。
職員会議でも辛い報告が聞かれるようになった。
ホグワーツを危険だと判断した親が生徒の引き取りを申し出たり、最悪の報告は生徒の家族や親族が亡くなったという知らせだ。
今日もレイブンクロー寮の生徒の叔父が亡くなったと報告があり、その生徒は葬式に出席するためにホグワーツを数日離れることになった。この生徒の父親は生徒をホグワーツに残すべきだと言っているが、母親は家に戻したいと主張している。
職員会議が終わり、私はシリウスと教室に向かって歩いていた。
「ホグワーツほど安全な場所はイギリス魔法界にない」
『同意よ。
「そしてダンブルドアがいる」
『ダンブー……』
「眉間に皺を寄せてどうかしたか?」
『シリウス、あの人の考えは計り知れない。ヴォルデモートを倒す過程で何を切り捨ててくるか……』
「大義の為に多少は仕方ないところもあるだろうな」
『私はその仕方ないを受け入れられない時が来ると思う』
「その時は邪魔するつもりか?それが最悪の事態に陥るとしてもか?」
『私は最も大事なものを差し出せないわ』
重く沈黙して歩いていた私たちは教室に到着する。扉を開くと同時に始業のベルが鳴った。気持ちを切り替えなくては。
『授業を始めます』
口寄せの術の授業は続いていた。5年間学んできた生徒たちの中でもO.W.L.に通過した者だけが取れる授業。とはいえ、忍術学は出来たてほやほやの授業なので採点は甘目だったのだ。
前年度の終わりに魔法も拳も何でもありでの試合をしたため、O.W.L.で合格点を取っても恐れ慄いて授業を取らなかった生徒もいるが、合格した7割のうち6割が忍術学を取ってくれた。
今は6年生のスリザリンとグリフィンドールの合同授業。生徒の前には術式の書かれた巻物がある。
『引き続き口寄せの術で物を入れる、取り出す練習をして下さい』
皆なかなか苦労していた。時空間忍術は想像力が強く要求される。
クラップとゴイルは張り切っていた。忍術学が好きなようだ。それからセブにこの2人は取れる授業が少ないから何としても落ち零れないように面倒見てくれと頼まれている。
ハーマイオニーは1つの物を出し入れできるが、複数の物を同時に出すことに難儀している。ハリーとロンは順調に渡してある複数のお手玉を出し入れしていた。
「栞、優秀だ。グリフィンドールに10点」
栞ちゃんの巻物からは同時に5つのお手玉が出現している。
拍手が鳴る中、フンと馬鹿にしたような音が聞こえた。ドラコだ。
「なによ。あなたは出来るの?マルフォイ」
「口寄せ動物を持っている僕が出来ないはずがないだろう?」
そう言ってドラコは皆の注目が集まっているのを確認しながら巻物をローブのポケットから出した。授業で使っている巻物も持ち、空中に2つの巻物を放り投げた。バアアと巻物が空中で広がる。
「口寄せの術」
素早い動きで印が組まれ、巻物から煙が上がる。巻物から出現した白い猫は目の前のお手玉を1つくわえ、残りをポンポンと蹴ってドラコの腕の中に落とした。スリザリン生は勿論、グリフィンドール生からも拍手が沸き起こる。
『素晴らしい。スリザリンに20点』
得意そうにするドラコの背中をポンポンと叩く。
「師匠、次の課題を下さい」
『休んでいてもいいわよ。少し顔色が悪いわ』
「大丈夫ですよ……」
<ドラコおおぉ顔ワルイイイ>
『ぶふっ。猫に言葉を教えるっていうのはどう?いざって時にコミュニケーションが取れないと大変よ?』
「そうします。それから猫じゃなくてスカイですよ」
パッと顔を紅潮させたドラコはだったが、スカイと遊べることになってホッとした顔を浮かべていた。随分と追い詰められているみたいね。
日を増すごとにドラコの顔は青白くやつれていっているように感じる。
私を頼って来ないドラコに私は悩む。人に頼られるとはどういう風にするべきか。
私はドラコを監視していた。
人目をはばかって8階の必要の部屋に行っていることも知っている。そこで何が行われているかは知らないが、ヴォルデモートから命令された何かをしているのは間違いない。
神秘部での失敗でヴォルデモートからの信頼が失墜したマルフォイ家。ドラコは死喰い人の中でのマルフォイ家の地位を取り戻そうとしているのだ。
このままマルフォイ家の影を薄くするのが賢いやり方だと思うけど、ルシウス先輩は決めかねているみたいね。
ルシウス先輩は勝つ方の見極めに迷っているらしく影では中途半端な姿勢を取り続けている。中途半端を取らざるを得ないと言うべきか、マルフォイ家はルシウス先輩の言う通り、簡単に闇の世界から逃れられない。
夜になり、今日もドラコは必要の部屋に向かう。
部屋から出てくるドラコの顔は青い。
その横を白い猫が心配そうに主を見上げながら歩いている。
私は人気の消えた廊下に立っていた。
ドラコが私に隠そうとしているものが見たい。
ドラコが入った部屋に入りたい。
『はあ。ダメね』
願ってもドラコが使用している必要の部屋は現れない。他の部屋を願ったら部屋は出てくるので、やり方が間違っているのだろう。
私は諦めて部屋へと戻って行く。今夜はセブとの約束がある。
部屋に帰ると影分身たちがリビングで準備を整えていた。石膏で作った蛇の歯の模型に毒を塗って私の腕に刺し、効き目を調べる実験をすることになっている。
実験段階の薬を羊皮紙と照らし合わせているとセブがやってくる。
『こんばんは』
「やはり我輩がやる」
部屋に入ってすぐにセブが言った。
『まだ言っているの?諦めて』
セブは私の体が傷つくことに胸を痛めてくれていて、自分が実験体になると何度も申し出てくれていた。
『万が一で頼りになるのもセブ、実験の状態を冷静な目で観察できるのもセブの方が勝っている。お願いだから私に実験体をやらせて。私は体が強いだけが取り柄なんだから』
「しかし」
『セブ』
私はセブの両手を取って自分の腰に回した。
『キルケー・クーヒェンのケーキが食べたいな』
「割に合わないぞ」
眉間に出来ている皺を指で揉み解しながら口づける。
『お願いだから譲って』
「ユキ」
『まだ言うならあなたがいない時に実験するわよ?』
セブはテーブルで作業をしていた影分身を見て、私ならやりかねないと思ったらしい、ハアと息を吐き出した。
「辛くなったら言うのだぞ」
『分かったわ』
テーブルに座ってバスタオルを敷いた上に置いた腕枕に腕を置き、石膏の模型を手に取る。石膏でできた歯には既にヴァンパイアの毒が塗ってあってテラリと光っている。セブも準備出来ている様子。
『いきます』
私はブスリと潔く左腕前腕に歯を突き刺した。
歯の刺さった箇所から赤い血が溢れて流れ出す。影分身が歯を抜いて模型を端にやり、歯を綺麗にして新たに毒を塗る作業をしている。
「エピスキー」
セブが杖を振り、傷は一瞬塞がったに見えたが塞がり切らずに再び開く。これで簡単に傷が塞がってしまっては実験の意味がない。私はナギニの毒と同じであろう傷が塞がりにくいヴァンパイアの毒が効いていることに一先ず満足した。
今日は軟膏の実験。セブが私の傷にドロドロの緑色の軟膏を塗っていく。そして砂時計をひっくり返した。
「どうだ?」
『ヒリヒリするわ』
傷口に塗られた軟膏はプクプクと泡が立っている。
「期待していた効果は薄いな」
セブが結果を羊皮紙に書き込んでいく。
『じゃあ次。右腕』
「待て。こちらを治してから次に進むべきだ」
『最悪、聖マンゴからもらったヴァンパイア毒の薬があるわ。時間の節約のために右腕にいきましょう』
「慎重に」
『やっちゃえ!』
影分身が「えいっ」と右腕前腕に歯を突き刺した。
セブに向かってニーッとすると、咎められるような視線を向けられたが治療に移ってくれる。
影分身が今度は右腕に歯を突き刺す。次の薬が塗られ、吟味し、腕の別の個所に毒を付けた歯を突き刺しを繰り返す。
実験の結果はいまいちだった。
『血が止まるまでに時間がかかり過ぎるわね。あと、ヒリヒリする』
塞がった傷口は荒れていた。
「気分はどうかね?」
『増血薬を飲んだから大丈夫よ。ありがとう』
「少しこのデータを見て考えたい。実験室を借りるぞ」
セブは既に研究モードに入ったようで羊皮紙に目を落としたまま実験室に入って行った。
あとどの位時間が残されているのだろうか?
首を噛まれたセブは死ぬまでに少しだけ時間があったはず。即死ではないと思われる。だけど、瞬時に傷口を塞がなければ出血多量で死んでしまう。
だから今あるヴァンパイア用の薬では効き目が遅すぎる。もっと良い薬を作らねばならない。
焦りは禁物だと分かっているのに焦ってしまう。
『集中集中』
私はもう1本増血薬を飲み、実験室へと入って行く。
中ではセブが実験記録と向き合っていた。
「出て行ってくれ」
『分かりました』
私は踵を返してリビングに戻った。
ああん?
誰の実験室だと思っているのよ!!!
今は1人で考えたい気分なんですって!
一緒にいてもいい時もあるのだが、こうして1人になって考えたい時もあるらしく、私は時々こうやって追い出される。実験データも道具も何もかも実験室の中でやれることないじゃないっ。
どうしようかと思っていた私は思いつく。
1人で別の実験をしよう。
私がセブのその時に立ち会えた時、私の力で治せるのか。
石膏の歯に毒を塗って腕に突き刺す。
私は印を組んで忍術で閉じにくいヴァンパイアの傷を治す実験を始めたのだった。
溢れ出る血
開く傷
『本当に閉じにくい傷ね』
閉じないことはないのだが、毒を体外へ排出し、傷を治し続けることを繰り返すのはかなり魔力を消費した。ナギニは大蛇だから傷口も今より数倍大きいだろう。寿命が20年……30年持っていかれると思う。それでもセブを助けられるなら安い物だ。
『セブはおばあちゃんの私でも愛してくれるだろうか?』
私は首の付け根を触った。そこには琥珀色の水晶のようなものがある。ここに魔力を溜め込んでいて、必要な時に一気に放出して治療することが出来る。
『この魔力を使えば寿命を使わなくても済む……頑張らねば』
まだセブは出てくる気配がないため、私は残りの時間を魔力を溜めることに専念する。私は魔力が強いのか、溜まりがいい。
2時間後、バタンと奥の部屋で音が聞こえた。たぶんセブはトイレに立ったのだと思う。実験室に入るなら集中力の切れた今のうちだろう。私は実験室へと入った。
『あぁ……』
これは触れない。
机の上は羊皮紙で埋め尽くされていた。散らかって見えるが実は本人の頭の中ではどこに何があるのか分かっていると思う。これはまた追い出されるだろうかと思っているとセブが戻ってきた。
「これを注文しておいてくれ」
羊皮紙を手渡された。
「それから先ほどの結果を纏めて欲しい。ここに書いたことも一緒に書いておいてくれ。1人手伝いが欲しい」
『今から実験?』
「そうだ。成分を微妙に変えていく。ここまでの過程は同じだから」
『待って、影分身を出す』
ポンと出た影分身はセブから渡された羊皮紙を持って実験室から出て行った。
「ここまでの過程は同じだから――――
セブに言われるがまま動いている私は愛しの恋人を目の前にニッコリとして指示に従っていた。
一言くらい、何か、何か――――声かけてもいいんじゃない?
こんの研究モードに入ると周りへの気遣いゼロ男!私は足りない実験器具や材料をセブの研究室に取りに走りに行かされたり、実験のサポートをしたり、有意義な(皮肉では……ない)時を過ごしたのだった。
「朝食の時間よーー」
影分身に声をかけられて時計を見れば朝食の時間になっていた。教師は何かない限り、生徒の様子を見るのも兼ねて大広間で食事を取らねばならない。
「君の影分身を我輩に変化させて朝食へ行かせてくれ」
『規則を破っちゃ駄目よ』
「今日は体調不良だ。授業も休む」
『乗りに乗っているところ申し訳ないけれど、止めなくてはいけません』
私は無理矢理にセブから羊皮紙を取り上げた。
「考えが纏まりかけていたところだったのだぞ」
睨まれた。
『頭のいいセブの事だから後から考えてもちゃんと纏まります。部屋に戻ってシャワーを浴びて、朝食の席につく。大広間に来なかったら呼びに行きますからね』
私は名残惜しそうに机の上の羊皮紙に目を向けるセブの手を引っ張って自分の部屋から追い出した。
絶対に考え事して怖い顔になって大広間へ向かう生徒を朝から怯えさせているだろう。
シャワーを浴びているとシリウスと鍛錬をした影分身の記憶が入ってきた。
シリウスは忍術に才能が有り、努力家でもあり、着実に強くなってきている。中忍レベルは固いだろう。魔法と合わせれば上忍にもなれるかもしれない。
私は大広間へ。
「おはよう。目の下に隈があるぞ」
『今日の鍛錬影分身で失礼したわ。実験で徹夜よ』
「根詰めるなよ」
『ありがとう』
クロワッサンにバターを塗るという背徳感を楽しんでいるとセブが大広間にやってきた。予想通り考え事をしているらしく眉間に皺を寄せているため、ササッと生徒たちが避けていく。
『ちゃんと来て偉いわ……それはリンゴジュースよ。あなた好きじゃないでしょう』
私はセブの手からピッチャーを取って、ゴブレッドにオレンジジュースを注いであげた。イングリッシュマフィンとスコーンを1つずつお皿に乗せてフルーツサラダをお皿に盛る。
「ママンにお世話されてご機嫌か?スネイプ」
「……」
『違う世界に飛んでいるから話しかけても無駄よ』
「チッ」
『朝から舌打ちは止めて、シリウス。何か楽しい話をしましょう』
「楽しい……栞は髪が伸びたな」
唐突にシリウスが言った。
視線を追えば栞ちゃんがパーバティにヘアアレンジをしてもらっているところだった。女子生徒の和やかな時間に思わず頬が緩む。
「ああしていれば女の子に見えるのに」
『彼女、子供っぽい振る舞いが多いけど、急に冷静な大人になる時があるわ』
横を向いた私はおやと思った。目を細めて微笑むシリウスの温かな目はこちらがドキリとするほど優しげだった。
『なんだか栞ちゃんに恋でもしている雰囲気ね』
「はあ!?」
大きなシリウスの声に前の席に座っている生徒たちが吃驚して顔を向けた。
『そんなに大声出して驚かなくても』
「何だとブラック」
隣の黒い人が覚醒した。
「生徒相手だぞ。貴様はクビだ。ホグワーツから失せろ」
「ユキが勝手に言っただけだっ。それに仮にそうであってもお前に俺をクビにする権利はない!」
「仮でも考えるとは流石はアズカバンに十数年放り込まれた男は違いますな。犯罪を犯す素質がおありだ」
「んだとスニベルス!」
「では、ここで誓え。決して生徒に手を出さぬと」
「俺を侮辱してんのか!?」
『失礼が過ぎるわよ、セブ!シリウスは教師としての倫理観を持っているわ。それは疑いようがない。シリウスに謝って頂戴!』
「学生の頃よりこいつに倫理観があったと思うか?去勢してやる、この駄犬」
「覚悟しろ泣きべそ野郎!」
『シリウス、杖を抜かないで。セブも座って。お願いだから。お願い、2人とも落ち着いて』
この2人がいる時に栞ちゃんの話題は禁句なのかしら。私は自分の飛んでも発言を棚に上げてそう思ったのだった。
『ルーナ』
神秘部の戦いで戦った生徒たちは全員守りの護符を使ってしまっていた。漸く全員分の新たな護符を作り終えたので配って行く。
「わあ。ありがとう、ユキ先生」
『どういたしまして』
「ユキ先生、これって私たちでも作れますか?」
『かなり難しいと思うわ』
「うーん。少しでもユキ先生の負担を減らせればいいと思ったんだけどな。だって、こんなに魔力が必要なものをホグワーツの大部分の人間に作ったらユキ先生倒れちゃうモン」
『そう……ね』
私はルーナの提案は名案だと思った。
生徒たちが神秘部の戦いの中で守りの護符を使ったことを考えると、出来れば2枚、3枚と渡したい気持ちだった。だが、私の体力と時間がそれを許さない。
不完全な守りの護符でも呪文の威力を軽減できるのではないだろうか?
『アイデアをありがとう、ルーナ。授業で出来ないか考えてみる』
「ウン」
神秘部の戦いにいたハリーたちグリフィンドールのメンバーに守りの護符を渡して授業へと行こうとするとミネルバに呼び止められた。
「こっちへいらっしゃい」
これはお説教の予感だ。
最近は特に悪いことはしていないと思っていた私だが、違った。可哀そうなパフスケインの話をミネルバは持ち出した。
「あんな詐欺に引っ掛かりかけたなんて!」
『シーっ。生徒が振り向いて足を止めていますっ。大体その話、誰から聞いたんですか?』
「そんなことはどうでも宜しい!100ガリオンもの大金を詐欺組織に渡そうとしていただなんて。はあ。嘆かわしいわ」
告げ口したのはどこの誰だ!
口を歪めているとニヤニヤ笑いのシリウスが大広間から出てきて忍術学教室の方へと歩いて行った。お前かッ、駄犬。
「いいですか。世の中が荒れてきて詐欺も増えてきています。十分に気を付けなければなりません」
『はい……』
「セブルスも心配しているでしょう」
『セブには結婚して私の財産を管理してほしいと伝えてあるんです』
「ユキの為にもそうするのがいいかもしれませんね」
ミネルバは大きな溜息をつき、それから心配そうに私を見た。
「最近、無理をし過ぎではないかしら?」
『それぞれ皆追い詰められてきています』
「そうですね。ですが、あなたは1人で抱え込むところがありますから負担は分担すべきですよ。頼られた方も喜びます」
人を頼る。
ルーナと話していたことの通り。
1人で戦っても勝てない。
今年は聞くことが出来なかったが、組み分け帽子は昨年度と同じように4つの寮で団結せよと歌ったらしい。
『そう致します』
ミネルバはニコリと笑って去って行く。私も今日の授業へと向かったのだった。
昼休み。
私は教室に残って人を待っていた。やってきたのは蓮・プリンスとハンナ・アボットの2人。
『あななたちは癒者を目指していると聞いたけれど間違いないかしら?』
「「はい!」」
『忍術学から医療に関する宿題を出そうと思うのだけど、やってみる?』
「「お願いします」」
私は分厚い教科書を3冊それぞれに渡した。
『読んで、理解できないところは聞いて下さい。それから特別に授業をつけます。木曜日の放課後6時。どうかしら?』
2人共重い教科書に顔を引き攣らせながら頷いた。だが、癒者になるならこれしきで顔を引き攣らせてはいられないわよ?
『マダム・ポンフリーのお手伝いに行って下さい。出来る限り多くの患者を診て、マダム・ポンフリーから癒者の知識を教えてもらう事。私も学生の時にお世話になってとても勉強になりました』
私はマダム・ポンフリーに話は通してあるからと蓮ちゃんとハンナを教室から送り出す。
彼女たちが未来に起こるであろうホグワーツの戦いに参加してくれるとは限らないが、生徒の中に治癒の心得がある者を増やしていかなければならない。せめて自分や友達の簡単な治療や呪いを解けるように。
だから次の闇の魔術に対する防衛術との合同授業では応急処置をする。
『本当に忙しい』
私は慌ただしく昼食を取りに大広間へと向かったのだった。
夜、気分転換にとホグワーツを歩き回っていた。
必要の部屋へ行って何か面白そうな部屋でも出してみようかと考えて階段を上がっていた私はハッとして廊下の陰に隠れた。
遠くの7階廊下の角を曲がったのは蓮ちゃんだろう。あの白髪は間違いないと思う。とうに生徒が出歩いて良い時間は過ぎている。私は彼女を追うことに。
足音のない蓮ちゃんが進んでいくその先がどこか気が付いて私は息を吐き出した。この先にはクィリナスがミネルバから用意してもらった部屋がある。
蓮ちゃんを柱の陰から覗いていると、石壁に杖を振って扉を出現させ、ドアノブを杖で叩き、更に印を組んで呪文を解き、中へと入って行った。
私もこの部屋の中へ入ったことは数度。クィリナスと話をする時は私の部屋に彼が訪ねてきて話をするからだ。長期任務で自宅やホグワーツへ留まるのも少ないからこの部屋は使っていないと思うのだけど……。
「ユキ」
ゾクッ
「ぐふっ」
私は咄嗟に後ろにいた人物を蹴り飛ばした。ズザザーと飛んでいく体を申し訳ないと思いながら見ると、私の姿をした多分クィリナスであろう人物が廊下で呻いていた。
『ごめん。あなたよね?』
「はい」
クィリナスに手を貸した私はクィリナスの顔の酷さに驚いた。私の顔に濃い隈を作って顔色を悪くしている。
『大丈夫?体調が良いようには見えないわ』
「任務が緊迫していまして」
『ホグワーツに来たということは少しは休めそうなの?』
「ダンブルドアに報告に行ってきたところです。直ぐに出発します。ユキにも会いに行こうと思っていたので良かったです」
『私にも、ということは蓮・プリンスにも会う約束があるのね』
「えぇ。中へ入って下さい。任務の話をお聞かせします」
部屋に入るとちょこんとソファーに座っていた蓮ちゃんが私を見てニッコリした。
「こんばんは!……あ。減点なさいます?」
『クィリナスに会うにはこうする他ないもの。見ないふりをしてあげるわ』
嬉しそうに笑った蓮ちゃんは紅茶を淹れると席を立って隣の部屋へ消えた。
その間にクィリナスが行っている任務について教えてもらう。
クィリナスはダークエルフ族に協力要請をしているらしい。
「エルフ族と仲の悪いダークエルフ。下手をしたらエルフ族からの協力を失うかもしれない。手を引くべきだとダンブルドア校長には申し上げました」
『でも、ヴォルデモート側につかれたら困る。そうよね?』
「そうです。せめて中立の立場を保ってもらわなければ」
それから海外の魔法界の事情について聞いて話がひと段落したところでクィリナスが立ちあがり、蓮ちゃんを中に入れた。
「待たせましたね」
「いえいえ!」
2人は微笑みあった。
『お待たせしてごめんなさいね』
「お気遣いなく。紅茶をどうぞ」
『ありがとう。そうだわ、クィリナス。元気づけに気を送りましょうか?』
「ありがとうございます。ですが、蓮にやってもらいます。優秀なんです」
『弟子であり、支えである人が近くにいて良かったわね』
「支え……?」
クィリナスは吃驚したように目を見開いて固まった。
『何か変なこと言った?』
「いえ……」
『蓮ちゃん、夜遅くなり過ぎないように帰るのよ』
「はいっ」
機嫌の良い蓮ちゃんと未だにポケッとしているクィリナスに見送られて私は自分の部屋に帰って行く。とても良い気分転換になった。
皆それぞれに支えとなってくれる人がいる。
1人じゃない。
部屋に戻ると実験室から音がした。セブが来ているらしい。もう11時30分。私が夜の散歩に出たのが10時30分だから、ここに来て間もないだろう。
『いらっしゃい』
「頼んでいた材料はどこだ?」
もやはこちらに目もくれないのは気にしないし、挨拶が返ってこないのも気にしない。私は包みを破って机に場所を作り、材料を広げた。
「ベゾアール石を粉末に、マンドレイクから液体を絞ってくれ」
『了解』
今日は追い出されなさそうなので私は嬉しくなりながら言われた作業を行う。眉間に皺を寄せて研究しているセブの顔は本当にかっこ良くて見惚れてしまう。そんなセブと同じ空気を吸えるだけで私は幸せだ。
たっぷり実験を3時間して私たちはベッドに入った。隣の人が「やはり」とか呟いたり、起きだそうとするのを何とか留めようとするのだが、気持ちが実験室にあるのか寝てくれない。
『頭を空っぽにしなくちゃ』
「気になるならいっそ起きた方がいいと思わないかね?」
『ベッドに横になるだけで体は休まるのよ』
セブは諦めたのか私の背中に手を回して自分の方に引き寄せ、顔を私の頭に擦りつけた。
「モリオン」
『ウサギといえども私を抱きながら他の女の名前を呼ぶなんてぶん殴るわよ?』
「最近、呼び出しても直ぐに炎源郷に戻ろうとする」
『セブの為に強くなりたいと思っているのでしょう』
「我輩の癒しだ」
『私の癒しはセブよ』
押し倒されてセブがキスをくれたので私は満足する。やっと実験にもモリオンにも勝つことが出来たらしかった。
『眠いからやめましょうね』
「誘っている風に感じていたが気のせいだったのかね?」
『嫉妬していただけよ。体の為に寝なくちゃ』
「このままでは寝付けない」
重みを分け合える人がいるから私は強く生きられる。
私の頭に声が響いた。
自分にとって大切なものを見つけるのだ
人は何かを守りたいと思った時に本当の強さを手に入れられるのだから
頭の中に響いたのは元居た世界で言われた、木ノ葉隠れの里の火影様の言葉。
私にとって大切な人たちは、同じように私を大切にしてくれます。
重みを分け合い、共に進んでいく。
私は、幸せを手にしています。
誰もが1人じゃない。
ドラコ
気づいて