第7章 果敢な牡鹿と支える牝鹿
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
9.半純血のプリンスの憂鬱
『顔色悪いわね。また徹夜?』
「あぁ」
『お願いだから体に気をつけてね』
そう言いながら私はフルーツサラダをセブに取り分けた。準備していたとはいえ、新しい科目に移ったのだ。ストレスもあるだろう。
『あーあ。私が学生だったらセブの授業に出席できたのに』
すっかり食欲の戻った私はピザトーストを食べながら羨ましそうに生徒を見渡していた。彼らはあの魅惑的な声と色香溢れる姿を見ながら豊富な知識で語られる闇の魔術に対する防衛方法を教えてもらうことが出来るのだ。
『混じり込みたい』
「手伝いなら歓迎だが」
なんですって!?
私はブンと隣のセブの方を見た。
『なんでもするわ』
「影分身でいい」
『記憶が戻るもの。影分身でも嬉しいわ。ありがとう!』
「では、今週の4年生以上の授業に影分身を寄こしてくれ」
『了解!』
願いが叶うなんて思わなかった!
私はウキウキとしながら残りのピザトーストを食べたのだった。
私、影分身は闇の魔術に対する防衛の教室前に来ていた。
『楽しみで楽しみで……はああ』
甘い溜息を吐いてると徐々に生徒たちが集まってくる。
「あら?誰?」
「パーバティ、おはよう」
「ユキ先生ですねっ」
にっこりと頷く。
私は今、若返って生徒の姿をしている。だってこの方が気分が上がるもの。
私は直ぐに取り囲まれた。
「授業に出るんですか?」
期待した声でロン。
「お手伝いに来たの」
「やったね!それなら今日のスネイプは幾ばくかマイルドになる」
生徒たちがパッと明るい雰囲気になった。学科が変わってもセブの威圧感は相変わらずらしい。
「大人のユキ先生も好きだけど、学生のユキ先生も可愛くて好きだな。これを機会に言っちゃいますけど、ユキ先生は僕の初恋の人なんですよ」
ハリーの言葉が終わらないうちに教室のドアが開き、黒い髪をセクシーに顔に左右に分け、徹夜の疲れが色濃く残った土気色の顔でセブが廊下に出てきた。
行列がたちまちシーンとなってセブを見た。ハリー以外。
「でも、ごめんなさい、ユキ先生。僕は今、栞が好きなんです」
シンとした中にハリーのキリっとした声が良く響いた。
「あら。振られちゃったわ。ふふ。恋が叶うといい「ポッター」
ねっとりとした声に横を向けば、セブが今から強力な呪いをかけますという顔をしていた。
「教師に無礼な態度を取ったとして「あああああ授業間に合ったよね!?」
騒がしい声で廊下の向こうからやってきたのは栞ちゃんだった。うねりのある髪を更にぴょんぴょん跳ねさせている。
この空気をぶち破った声の主に生徒が道を開けた。
「おはようございます、スネイプ教授」
ハリーの想い人は何も知らずにニコニコとセブの前に立った。
「前の時間が空き時間で、寮に帰って昼寝していたんです。ん?この時間だと朝寝かも。アハハ」
セブは奇妙な生き物を見るような顔で栞ちゃんを上から下まで見た。
「中へ入れ」
生徒に混じって闇の魔術に対する防衛術の教室に入る。
セブは既に、教室にセブらしい個性を持ち込んでいた。窓にはカーテンが引かれて陰気くさく、蝋燭で灯りを取っている。
壁に掛けられた絵の多くは、身の毛もよだつ怪我や奇妙にねじ曲がった体の部分をさらして、痛みに苦しむ人の姿だった。
薄暗い中で
「我輩は教科書を出せとは頼んでおらん」
ドアを閉め、生徒と向き合うため教壇の机に向かって歩きながら、セブが言った。
セブが振り向き、ローブが美しく
「前回話した通り、これらの絵は術にかかった者たちがどうなるか正しく表現している。例えば磔の呪文の苦しみ」
セブの手が苦痛に悲鳴を上げている魔女の絵を差した。
「吸魂鬼のキスの感覚」
壁にぐったりと寄りかかり虚ろな目をして
「服従の呪文にかけられた者がどうなるか」
まるで靴が焼けているように苦しそうな顔で踊っている魔女の絵に生徒の目がいく。
「今日、雪野教授に……彼女の影分身にお越し頂いたのは」
ん?嫌な予感が。
ねっとりとした言葉と意地の悪い輝きの目が教室の反対側から私に向けられる。
私はゴクリと唾を飲み込んだ。
「服従の呪文と磔の呪文を実際に受けたらどうなるかを見せる為である」
聞いてないわよ、セブ!
生徒が息を飲んでこちらを振り返った。
私はその顔に大丈夫よと微笑む。
「雪野教授、前へお越し頂きたい。後ろの席で見えない生徒は前へ移動したまえ」
心配そうな視線に見守られながら、前へと歩いて行くと震える背中が目に入った。
「ネビル」
ネビルが真っ青な顔をこちらへ向けた。
「気分が悪くなったら遠慮せずに教室を出るのよ」
コクンと頷くネビルの背中を軽く2回叩き、私はセブの横に立った。
「覚悟はいいかね?」
「わざと苦しんで見せた方がいい?」
「君に上手な演技は出来ないだろう。必要ない」
私とセブは距離を置いて立った。
「こちらは雪野教授の影分身だ。心配はいらない」
痛みを受けた苦痛の記憶もしっかり本体に流れ込んでくるのだが、それは生徒に言う必要はない。私は余裕の笑みをセブに向けた。
「では、服従の呪文からだ。抗えるものなら抗え」
「分かったわ。それじゃあ先に謝る。生徒には分かりにくい実演となる」
「いくぞ」
セブが杖を振った。
「インペリオ 跪け」
魅惑的に響くバリトンで命令されれば従いたくなる。一瞬、膝が曲がりかけたが私は踏ん張った。
ぐぐぐっと強い圧力を感じる。
杖先を私に向けたまま、ゆっくりとセブが近づいてくる。
左足が一歩後ろへと下がった。
じりじりと睨み合う中、セブが杖を振り直して呪文を掛け直した。
「くっ」
ぐっと唇を噛みしめる。
呪文に対抗してやる。
私は杖先からやって来る圧力を思い切り押し返した。
「っ!?」
セブが大きく一歩よろめいた。
私がセブの呪文を跳ね返したのだ。
「流石は……雪野教授だ。服従の呪文を撥ね退けられた」
じっとりと浮かんだ汗を私がハンカチで拭っている間に、呪文に抵抗するにはどうするかという話をセブは生徒たちに向けて話した。
私はセブを見ながら思う。
もしかして、初めから私が呪文に抵抗出来ると分かっていたのではないかしら。それをセブは生徒たちに見せたかったのかもしれない。
だが、次はどうだろう。
「磔の呪文は服従の呪文よりも強力である。抵抗するにもそれ相応の力が必要となる。では、雪野教授、宜しいですかな?」
「はい」
セブの杖が振られる。
「クルーシオ」
痛いッ
ポンっ
変化の術が解かれて私の姿は着物姿の大人に変わった。セブが小さく口の端を上げたのが分かる。
『うぐっ』
私は両膝を床に打ち付けた。
体の臓器を捩じり絞られるような感覚に脂汗が浮かんでくる。
だが、訓練は積んできている。
私は歯を食いしばって立ち上がろうと片膝を立てた。
セブが私の方に1歩踏み出し、痛みがギイィと増した。
視界が眩暈を起こしているように揺れて、セブの姿が2重に見える。
それでも私は立ち上がった。私の勝ちだ。
だが、勝ち誇った私の顔はセブの癪に障ったらしく、セブは呪いをかけ直した。
「クルーシオ!」
強く発せられた呪文によって与えられた苦痛は私を床に崩れさせた。着物姿で術を受けるんじゃなかった。動き辛い。
再び起き上がろうとするが体を大岩で押しつぶされるような痛みを感じて、私に出来たのは10数センチ上体を上にあげるのみ。そこへ刺すような痛みが加わった。
「ァァアアアっ……んっ……くぅ、いっ」
パッと体が楽になる。ハッとして顔を上げればセブの黒い靴が近づいてくるところ。
腕を掴まれてぐっと引き上げられ、私はヨロヨロと立ち上がった。
足元が覚束なく、セブの胸に寄りかかってしまう。セブは私の腰に腕を回してしっかり立てるようになるまで支えてくれた。
「このようにして強い呪文は効果を発揮しやすく、抵抗しにくい。雪野教授に拍手を」
拍手に弱弱しく微笑んでいると、その辺りで休んでいろと囁かれる。
それって授業を見学していていいってことねっ。やったー。
パッと顔を輝かせる私に驚きの目を向ける生徒の脇を通って私は1番後ろの席に移動した。
今日は無唱呪文をするらしく、机と椅子は脇に避けられて2人1組になった。
「1人が無言で相手に呪いをかけようとする。相手も同じく無言でその呪いを撥ね返そうとする。はじめたまえ」
あぁ、セブの授業を見学できるなんて至福の時だわ。
マントを揺らし、堂々とした姿で歩く雄々しい姿は何に例えたら良いのかしら。
ほぅっと見惚れていた私の耳に聞こえてきたのは「リクタスセンプラアアア!」という元気な声。
「ぶははははははっ」
「出来た!」
ハリーの笑い声と栞ちゃんの歓声が教室に響き渡る。
「スネイプ教授!出来ました!」
栞ちゃんはセブの方を見ながら手を挙げてピョンピョンと飛び跳ねている。
「……Ms.栞・プリンス。我輩にははっきりとリクタスセンプラの呪文が聞こえたが、空耳でしたかな?」
栞ちゃんはキョトンとしてハリーを見、ハリーは笑っていて反応がなかったので苦笑いのハーマイオニーを見た。
「あららー勘違いだったか」
栞ちゃんは腕を捲った。
「よし、ハリー。無唱呪文で笑いを止めてあげるわ」
ヒーヒー言いながら床に転がっているハリーと唇を引き結んで真っ赤になっている栞ちゃんの横でセブは半眼になって呆れている。
「五月蠅い。授業妨害だ」
セブがハリーに杖を振ったことで、漸く教室は静けさを取り戻したのだった。
『セブの授業が見られたなんて私ったらなんてラッキーだったのかしら』
放課後、ハーブティーにお砂糖を入れて飲んでいると聞き慣れた足音がやってきた。セブがやってきたと意気揚々と扉を開ける。
『いらっしゃい』
無言で部屋に入ってきたセブはハーブティーに視線を向けた。
『飲む?』
「いや、結構」
私たちは向かい合わせで座った。
『今日の授業の私、上手くやれたかしら?』
「生徒に良い手本を見せることが出来た」
『それなら良かった。抵抗しすぎたかもと心配していたのよ』
ハリーたちの授業の後、私は気合を入れ直して、服従の呪文には完璧に耐えたし、磔の呪文も膝をついたものの呻き声1つ上げずに1日を終えることが出来た。
「ユキ、この後予定は?」
『6時に罰則の子が研究室にくるわ』
「それまで時間があるのだな?」
『えぇ。どうしたの?』
「寝室に来てくれて」
立ち上がったセブはどこか憂いを秘めたような顔でダイニングテーブルを回り、私の前に来て手を差し出した。
就寝時間前から不謹慎だと思うが、お誘いは魅力的で私は手を取ってセブについて寝室に向かう。
ベッドの前まで来たセブは私をギューッと抱きしめた。
『何かあったの?』
首筋に向かうセブの唇に期待して吐息を吐き出す。
ゾクッ
私はピクリと眉を跳ねさせた。
『セブ?』
私は異変を感じてやんわりとセブの肩を押して自分の体から離した。
『凄く沈んでいるみたい。少し話をしない?』
「体で慰めてくれ」
『あなたにしては妙な言い方ね』
「愛している」
足がふっとすくわれて私は後ろ向きにベッドに倒れていった。
ハタと気が付く。
『クィリナス・クィレル!!』
私は一生懸命にクィリナスであろう体を押した。
「やはりあいつを完璧に模倣するのには無理があったか」
「私の上からどきなさいっ」
私と何度も手合わせしたクィリナスは私の体をしっかりと抑え込むことが出来ていて、クィリナスの下から逃げられない。
『殴るわよ!』
「出来ないのは分かっています。大人しくしていて下さい」
『大人しくやられてたまるかってのよ』
「これ以上のことはしたくありません」
『こんなことして絶交するわよッ』
「私の妻になって子を産んでください」
『だーーーれーーーかーーーー!!』
ひえええええ。
かくなる上は完全獣化して逃げるしかないと思っていた時だった、勢いよくベッドルームの扉が開かれ、殺気立った顔のセブが中へと入ってきた。
「クィレル!」
「何故いつも邪魔をするッ」
『私としては何故いつもこんなことをするのか知りたいわ』
セブは杖を使わず思い切り自分の顔をしたクィリナスを殴った。
ボフンと白煙が上がってクィリナスの姿が現れる。
セブは杖を抜いてクィリナスの前に立った。
「殺してやる」
『その権利を1番に持っているのは私よ』
「クルーシオ」
セブは私を無視した。
「ぎぃああああ」
「最も残酷な方法で葬ってやる」
セブの杖腕を下げさせようとしたが、全く動かなかった。
『お願い。彼は不死鳥の騎士団の大事な戦力よ』
「有害なだけだ」
『クィリナスがいないとエルフ族が動かない』
弓の名手である誇り高いエルフ族と交渉したのはクィリナスで、エルフ族は大きな戦力となり私たちを助けてくれることになっている。
セブは大きな舌打ちをしてクィリナスに石化呪文をかけた。
「君はこの男を許すのかね?今回ばかりは身の危険を感じたであろう」
『そうだけど……でも、おかしいと思うの。いくらクィリナスだってこれはやり過ぎだわ。訳を聞きたい』
私は杖を振ってクィリナスを縄でぐるぐる巻きにし、石化呪文を解いた。
途端にクィリナスは顔を歪めてシクシクと泣き出した。うわあ。
『何かあったの?』
「……の……子……った……です」
『はい?』
「あ、あの子たちは私とユキの子供ではなかったのです!」
悲しみに叫ぶクィリナスの前で私とセブは真顔になった。
『もしや……栞・プリンスと蓮・プリンスのことを言っている?』
「そうです」
呆れかえって言葉も出ない。
『馬鹿なの!?』
こんなのことで私は襲われたのか。
「プリンスの双子は16歳になる歳なのよ。どーやって私が……分けわかんない!」
爆発しそうだ。
「あの子たちはタイムターナーでここへとやってきたのですよ。きっと」
『本人に聞いたの?』
「ほのめかしていました」
『ハアァ。勝手に推測して、勝手に熱くなって、それで?私の娘じゃないと分かったんでしょ?』
「いいえ。あなたの娘だと思います」
『……分かった。それでは話が進まないから受け入れましょう。でも、あなたの娘じゃなかった』
クィリナスはまたシクシクと泣き出した。
『面白そうだからその作り話の続きを聞かせて下さいな。プリンスの双子の父親は誰?』
「想像したくもありません」
『では、お話頂かなくて結構よ。でもこれには答えて頂きます。どーして私を襲うことに繋がったわけ?』
「未来を捻じ曲げようとしたのです。私の子を産めばあの子たちも私の子に変わグフッ」
私が思い切りクィリナスのお腹を蹴ったので鈍い音を鳴らしたクィリナスは横向きの状態からゴロっと仰向けになった。私はその横にしゃがみ込んで苦無を取り出し縄を切った。
『いいか、クィリナス。今度という今度は流石の私も怒ったよ。次はないと思って欲しい。私は大事な友人を失いたくない』
『あなたの言っていることは何一つ理解出来ないけれど、ただ1つ分かるのはMs. 蓮・プリンスはあなたを慕っている。彼女とは向き合ってあげてね』
「今は何も……考えられません」
フラフラした足取りで歩いて行くクィリナス。そんな彼をまだ殴り足りないと言った様子で見ているセブを目で制す。面倒くさいからこれ以上長引かせたくない。
ちゃんと出て行くところを確かめようとリビングに行ったところで外から足音が聞こえてきた。噂をすれば何とやらだ。クィリナスを追い越して扉を開ければ蓮ちゃんの姿があった。
『入っていらっしゃい』
蓮ちゃんには本当の姿のクィリナスに会わせても大丈夫だろう。そう思い中へ招き入れると、蓮ちゃんは涙ぐんでクィリナスに駆け寄り、抱きついた。
「あなたの落胆は分かります!でも、どうかそんなに嘆き悲しまないでっ。こうして私がいるではありませんかってあああ!」
セブがクィリナスから蓮ちゃんを引き離した。
「Ms. 蓮・プリンス、君の目は節穴かね?」
ねっとりと毒気のある声で蓮ちゃんの手首を握っているセブ。
「君の大好きなクィレルは残念ながら雪野教授にご執心で君の事は目にも入らぬらしい。賢明な君なら理解していると思うがね」
「――っ」
「この男は今さっき、無理矢理に雪野教授を我が物にしようとした
蓮ちゃんは激しく動揺したらしかった。真っ青な顔で否定して欲しそうにクィリナスのことを見つめている。
「消えろ、クィレル」
蓮ちゃんの前を通り切る前に、クィリナスのローブは蓮ちゃんによって掴まれた。
「私……諦めませんから、クィリナス」
クィリナスが歩を進め、蓮ちゃんの手からクィリナスのローブが離れる。蓮ちゃんの涙がポロリと床に落ちた。
『クィリナス!変化してから出て行きなさい!』
クィリナスは私の姿に変化して部屋から出て行った。
『あなたも寮に戻るといいわ』
今にも大泣きしそうな蓮ちゃんは小走りに扉から出て行った。パタパタと走って行く音が遠のいて行って私は長い息を吐きだした。
『セブ、あそこまで言う必要なかったわ。子供相手に生々しいことを言うなんてよくなかった』
「最後の反応を見るに、もっと強く言っておくべきだったと我輩は後悔している」
セブは私を後ろから抱き締めた。
「ユキ、君が無事で良かった」
『ねえ、セブ。首筋にキスしてみて』
セブの唇が首筋についた瞬間ドクンと心臓が跳ね上がって、クィリナスの時とは違うゾクゾク感が体を駆け抜けた。
熱い息を吐き出しながら私はセブの腕から無理矢理に離れる。
『生徒が罰則に来るの』
興が削がれてセブは眉間に皺を寄せた。
「忍術学で罰則など珍しいな」
『Ms. 栞・プリンスが授業が始まる間際にやってきながらドラコに飛び蹴りしたのよ』
「またあの娘か!」
セブが額に手をやった。
『面白い子よね』
「短絡的な問題児」
『明るくて勇気があるわ。私の部屋にいる?それとも部屋へ戻る?』
「自分の部屋へ戻る」
2人で階段を下りて行くとちょうど栞ちゃんが来たところだった。
『走らなくていいわよ』
今から罰則なのにニコニコしながら走って来た栞ちゃんは私たちの前に来て明るい笑顔で挨拶してくれた。
「先生たち仲良しですね」
『ふふ。そうね』
「今日の罰則はなんですか?」
『煙玉作りよ』
「いくつか持って帰ってもいいですか?」
『上手に出来たらいいわ。さあ、中へ。セブ、またね』
「あぁ」
「栞!」
10メートル先にある部屋の階段からシリウスが下りてきた。帰りかけていたセブは振り返って凶悪な顔をした。
「時間が出来たんだ。栞の話し相手には俺がなる」
『話し相手じゃなくて監督よ、シリウス』
「栞の飛び蹴りだが、聞いた話によるとマルフォイがリリーの悪口を言ったことが原因だそうじゃないか。そうだろ?」
「はい」
「ただの敵討ちだ」
『仕方ないみたいな顔しないで。暴力でやり返すだなんて許されません』
「だが、リリーを穢れた血呼ばわりされたらユキだって怒るだろ?」
シリウスはセブの傷をえぐるように言った。
『監督に2人はいらないわ。休んでいたら?』
「折角出てきたんだ。それなら俺がする」
何故セブはゴゴゴゴと黒いオーラを背に背負ったのだろう?良く分からないが、シリウスに甘えさせてもらおうと思う。
『では、お願いする。ありがとう。中に準備はしてあるわ』
「あぁ!栞、炎源郷の話はどこまで話したっけか」
「大きなムカデに囲まれてたところに獅子がやってきて……」
「そこからが面白い。話して聞かせよう」
楽しそうに話しながら歩いて行くシリウスと栞ちゃん。バタンと忍術学教室の扉は閉まった。
「ユキ」
『なあに?』
振り向くと眼光鋭いセブは忍術学教室の扉を睨んでいた。
「年頃の娘を男と2人きり、密室に入れてもいいのかね?」
『あなた大丈夫?』
私は唖然と口を開いた。
『教師と生徒よ』
「ブラックと若い娘だ」
『シリウスに対してあまりにも侮辱が過ぎるわ』
「何かあってからでは遅い」
『あなたプリンスの双子が関わると変になるって自覚ある?』
セブはぐっと喉を詰まらせた後ふいっと私から顔を背けた。
私はその顔を見ながらふふっと笑う。
『自分に似ているから感情移入してしまうのかもしれないけれど』
セブが吃驚した目で私を見たので、肩を竦める。
『ごめんなさい。馬鹿みたいな冗談ね』
何とも言えない空気になって、私たちはぎこちない挨拶でそれぞれの部屋へと帰って行った。
***
栞・プリンスは興奮していた。何故ならハリーが魔法薬学の授業で教室の書棚から借りた上級魔法薬の教科書がおそらく父親の物だと予想されるからだった。
ハリーに見せてもらった教科書にはどのページにも余白がなくなるほどいっぱいに細かい文字で書き込みがされていた。
勤勉で研究熱心な持ち主の性格を窺わせるその教科書はハリーを導き、ハーマイオニーをしのぎ、クラスの中で唯一完璧に生ける屍の水薬を完成させるに至らせた。
栞はハリーから教科書を見せてもらってパラパラとページを捲り、裏表紙の下の方にある文字を見つけた。
半純血のプリンス蔵書
昔、栞の母であるユキは記憶を失って過去に飛ばされたことがある。その時に名乗っていた姓がプリンス。セブルスが母親の旧姓からつけた苗字である。その事を栞は思い出話としてユキから聞いていた。
――――セブは魔法薬学が得意だったの。呪文を作りだしたりもしていた
ユキがセブルスの話をする時、いつもユキの目は温かくキラキラと輝いていた。
栞は愛おし気にセブルスの学生時代の話をするユキの顔が好きだった。もっと好きなのは話をしている時にセブルスがやって来る時。恥ずかしくて居たたまれないという様子のセブルス。
――――ユキ、もうやめなさい
セブルスはユキの体に手を添え、ユキは止めさせたいなら口を塞げと言うように顔を上げてキスを催促する。
触れるだけのキスがいつも額に落とされる。
――――唇へのキスを期待していたのに
――――子供たちの前だ
一瞬不機嫌そうに見える顔を持つセブルスは子供たちの前でいちゃつくことを好まない。そんな父親の精一杯の譲歩。
トロトロと蕩ける表情をするユキに優しい眼差しを向けるセブルス。そんな仲の良い両親の様子を子供たちは見て、表情を崩す。
確かめてみよう。確信したい。
栞はハリーにプリンスという名前はユキが学生時代に使っていた苗字だと告げた。誰から聞いたと問われたのでシリウスからと答える。
事実かどうか確かめたいとハリーは栞を連れてユキの私室を訪れた。
『いらっしゃい。どうしたの?』
「この教科書の持ち主はユキ先生かもしれないと栞が言っていて持ってきたんです」
ユキは教科書を開いて直ぐにこの本の持ち主が誰か分かった。
ユキは思い出す。ブナの木に背中を預けながら一生懸命に羽ペンを動かすセブルスの手元を覗き見ながら緩やかに放課後や休日の時間を過ごしていたことを。
懐かしさに目を細くしながらページを捲っていき、ユキは最後に裏表紙にいきつき、半純血のプリンスの名前に人差し指をゆっくりと滑らせた。
「ユキ先生の教科書でしたか?」
ハリーの問いに懐かしい日々から我に返ったユキは残念そうな顔を作って首を横に振る。
『私の教科書ではない。でも、とても興味深い教科書だったわ。この教科書の持ち主は勤勉で研究熱心な生徒だったのね』
ハリーは残念そうな顔をした。
「呪いがかけられているか調べてもらってもいいですか?ハーマイオニーやジニーが危険だからこの教科書を手放した方がいいって言うんです」
ユキは呪いなどかけられていない事は分かっていたが、杖を教科書の上で振った。
『大丈夫よ。この本から多くの事を学べそうね』
「良かった!この本凄いんです。だから手元に置けて嬉しい。この本の持ち主、きっと天才だよ」
教師から持っていていいとお墨付きをもらったハリーは自分に幸運の液体を得させた教科書を手元に置ける喜びで笑った。
『この本はどこで手に入れたの?』
「教室の本棚から借りたんです」
『そうなの……』
栞はというと、これが父親の教科書だとユキから聞けずに落胆していた。
自分たちが未来からやって来たとは言わないようにしている。未来の話をすることで崩れていく未来がある。
だから、栞はユキにこれ以上突っ込んで話を聞くことは諦めた。栞には意外と慎重な一面がある。
ハリーと栞が帰って行き、ユキは寝支度をしてセブルスの部屋を訪ねることにした。3階に上がると、3Cの教室からはガタガタと物音が聞こえてきていた。ユキがノブを回して扉を開くと、教室の主が杖を振って机と椅子を端に寄せているところ。
『お手伝いしましょうか?』
「ユキか。いや、終わったところだ」
ユキは教室の中に入ってぐるっと上方の壁を見渡した。そこには変わらず服従の呪文、磔の呪文、亡者などの闇の魔術に関するおどろおどろしい絵が掛けられていた。きっと生徒の危機感を高めるためのものだろうとユキは思う。
「思ったより実践が出来ない」
重い声でセブルスが言った。
『実践を全くしない年が数年あったもの』
「急いで鍛えねばならん」
『ハリーたちは牡鹿同盟を続けるそうよ。まさか邪魔はしないわよね?』
「勝手にすればいい」
『ハリーに伝えておくわ。団員もセブに認められていたらやりやすいでしょう』
「私室に戻ろう」
セブルスの私室はごちゃごちゃしていた。引っ越しが上手くいかなかったのが明らかだった。黒を基調としたその部屋は四方が薬材棚や実験器具置き場、本棚になっている。
『ここはいつになったら片付くのかしら』
「これで片付け終わった状態だ」
『落ち着けない私室ね』
「だから会う時は君の私室でと言っていたではないか」
『どうしても話したい事があったから来たのよ』
「何かね?」
『それにはまずこれを飲んで頂けないかしら?』
ユキは水色の液体が入った試験管を
「年齢後退薬か」
『えぇ。あなたが開発改良したレシピで作ったわ。私の調合を信じるでしょう?』
「シャワーを浴びてくる」
『逃げるの?』
「いや。飲んだらそのまま寝ることになるであろう?」
『セブ!』
暗に夜の情事を匂わされてユキは顔を赤らめる。だが、ユキは気持ちを持ち返して余裕ぶるようにポーチを取り出した。このポーチは蓮・プリンスから贈られたもの。そのポーチに杖を向け取り出されたのはホグワーツの制服一式だった。
「着ないぞ」
『制服ならより一層燃えると思うわよ。私があなたに命令できる権利があるってお忘れじゃあないわよね?』
ピタッと表情を固まらせるセブルスを前にユキはご機嫌で笑う。
『これくらい可愛いお願いじゃない。それとももっと過激な命令がお好み?愛の妙薬でも飲む?』
渋々ながら制服を受け取ったセブルス。2人はベッドルームへと入って行く。しかし、そこは前の部屋に負けず劣らず酷かった。スライド式の本棚には本が前後の棚ぎっしり詰まっており、文机には羊皮紙が崩れそうになりながら積み重なっていた。
『完全に油断していたわね』
ベッドの上には後で洗濯しますと言い訳が書いていそうなセブルスの服が積み重なっていた。
『部屋に持ち帰って洗濯して持ってきてあげる』
「結構だ。暇があるときにスコージファイする」
『洗濯する気ないじゃない!スコージファイよりお湯で洗った方が衛生的よ。ってアズカバンで実感した』
「では、屋敷しもべ妖精に頼む」
『いーえ、ダメよ。愛しのセブの洗濯物を洗う権利は渡さないわ』
歌うように言ってユキはセブルスがこれ以上何か言う前に洗濯物をポーチの中にしまい込んだ。
『準備しているから早くシャワーを浴びてきて、ダーリン』
「ユキ、君も年齢後退薬を飲むだろうな?」
『飲まない方がお好み?坊や』
「調子に乗るのもほどほどにしておくといい」
セブルスはユキにギラついた視線を向けてからバスルームへと入って行く。
ポーチの中から飛び出した女子生徒の制服。もちろんネクタイもローブもスリザリンのもの。ユキは年齢後退薬を飲み、縮んでいきながら着物も長襦袢も脱ぎ去り、制服へと着替えた。
ひざ丈のスカート。髪は下ろしており、簪は枕元に置かれた。靴は持ってきてなかったためベッドで膝を八の字に曲げて座りながら手近にあった本を読んでいるとセブルスがバスルームから出てきた。
『どうしよう。予想以上に素敵だわ』
ユキは興奮した声で両手を胸の前で握りしめた。
目の前には15、6歳ほどのセブルスの姿があった。知的で思慮深そうな瞳は変わらずだが、どこかあどけなさの残るその顔にはどう成長するか分からない不安定な精神も見えていて、保護欲が掻き立てられる。
「ユキ」
ユキの心臓がドキリと跳ねた。その声にユキの目は潤んでいく。
『あの日のセブがここにいるのね……』
セブルスは不思議に思いながら涙ぐむユキの頭に手を伸ばした。
『このくらいの歳のセブは私に冷たい視線を、いえ、視線さえ向けようとしなかった』
小さく震えて涙を堪えるように目を瞑るユキの理由が漸く分かったセブルスはベッドに上がり、ユキを優しく抱き締めた。
「あの時はすまない、ユキ」
『謝らないで。私も悪かった』
瞳を開いて顔を上げたユキの目からキラキラと涙が零れて、セブルスはその涙を親指でそっと拭い去り、ユキの頬に手を添えて口づけした。舌は入らないが深い深い口づけにユキは過ぎ去った日の別世界を感じ、胸を震わせた。
あのまま過去に残り、セブと付き合えたらどうなっていただろうか?
『私ったら、ぐす。馬鹿ね。ノリノリでコスプレを楽しむつもりだったのに』
「確かにそういった気分ではないな」
私たちの体がゆっくりと倒れていく。
あぁ、あの日のセブが私を組み伏せている。
望んでいた過去が目の前にあった。手を伸ばせば届いて、セブは微笑んでくれる。
私の愛しい蝙蝠。
失った時を埋めるように私たちは愛を交わした。
『セブ、待って。もう2時よ。やめて!』
数時間後のベッドの上。私は悲鳴に近い声を上げながらベッドの上を後退していた。ボタンの外されたシャツ、露な下着にネクタイとくしゃくしゃのスカート。私の手はセブのネクタイで縛られている。
「君が飲ませた薬の責任は取るべきだ」
『5回もしたら十分責任は果たしていると思うけど!?』
その性欲、学生時代大変だったでしょうに!
『明日も授業があるんだからこのくらいにして。許してちょうだい』
「どうしても無理か?」
『その顔ズルいわよ!でも、ダメ』
「チっ」
『こういう時に舌打ちしたらいけないと思いますっ。スリザリン20点減て「待て。本当に点が減るぞ、馬鹿者」
私の口を押えたセブは諦めてくれたらしく自分のパジャマに着替え始めた。少しブカブカなようで萌える。解放された私もポーチから寝巻を取り出し、着た。2人でミネラルウォーターの瓶を1瓶ずつ空けてベッドに横になる。
『実は懐かしいものを見たのよ』
私はセブの耳に手と口を持っていく。
『半純血のプリンスさん』
「っ!?もしや上級魔法薬学の教科書か?」
『ハリーが持ってきて、私の本じゃないかって聞いたの』
「我輩のものだと答えたか?」
『いいえ。謎に包まれていた方が面白いでしょう?』
「今後も絶対言うなよ」
『ハリーは半純血のプリンスを尊敬しているような口ぶりだったけど。仲良くなるきっかけが出来るんじゃない?』
思い切り睨まれた。
『それにしても、どうしてあの本が教室の本棚に収まっていたのかしら』
「はあ。灯台下暗しとはこのことか」
『あんな大事な物をなくすなんて。うっかりさんね』
セブが苦虫を嚙み潰したような顔をしたので悪戯仕掛人が関わっていることが分かった。
『時間切れだわ』
私たちの体がゆっくりと元の姿に戻っていく。
『少年から大人になるまで何があってこんな色気がついたの?やっぱりいい。聞きたくない』
質問して勝手に嫉妬する面倒くさい女だったが、セブは背を向ける私を後ろから抱きしめてくれる。
「もう寝そうだ。こちらを向いてくれ」
眠そうな声に振り向いてセブにチュッと口づける。
『あなたが大好きよ。私の
目が覚めたようにパチッと目を見開いたセブは何故か口を歪めた。
『白馬の王子は似合わないわね。セブは何が似合うかしら?キャンディ・ブルートパーズの小説ではセストラルに乗って戦いゴフッ』
「頼むから寝てくれ」
後頭部に手を添えられてセブの胸に顔を押し付けられる。
「はああ」
大きなため息が上から降ってきたのであった。