第7章 果敢な牡鹿と支える牝鹿
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8.愛する蝙蝠
「知らせを送るわ」
トンクスが杖を振ると、杖先から狼が現れて、暗闇を矢のように飛んでいった。
「今のは伝言を送ったんですか?」
「うん、ハリー。君を保護したと城に伝言した。そうしないと、みんなが心配する。速足で行こう。ぐずぐずしてはいられない」
私たちは速足で馬車道を歩いて行った。
「栞、宴が終わったら医務室に付き添うよ」
「ううん。鼻におできが出来ているだけだから大丈夫。歩けるし、鼻も縮んだから視界も良好だしね」
「それでも、僕を助けようとして呪いを受けたんだもの。付き添わせて」
「わかった。ありがとう、ハリー」
前の2人は新年度についての話に移っていた。
一方の私はトンクスを気にしていた。トンクスも同じみたいでチラチラと私に視線を向けている。
「リーマスに……話してくれたんですね」
勇気を出したようにトンクスが声をかけてくれる。
『リーマスから話があった?』
「はい。私も言いたいことを言って、それで、取り敢えず別れるなんてことはしない。これからも人狼を理由に別れ話を言うのは止めようってことになりました」
『良かった!』
私はホッと胸を撫でおろした。
「随分言い合ったし、私は泣いちゃったけど、ちゃんと気持ちを伝えることが出来ました。ありがとう、ユキさん」
『それじゃあ婚約は続行ね』
「はい」
『あの問題についてはゆっくり考えていきましょう』
「親身になってくれてありがとうございます」
『リーマスにも言ったけど、私も似たような問題を抱えているの。だから他人事じゃないわ』
「そうなんですか?」
リーマスは私の問題について話していなかったらしく、トンクスは目を瞬いた。
『セブに子供を作る意思がなければいいのだけれど』
「はひ!?」
ブンッと凄い勢いで振り向いた栞ちゃんは何もない地面に躓いて転げた。
『大丈夫!?』
「大丈夫です!ちょっと後ろから何か聞こえたような気がして振り返ったんですけど」
私とトンクスは警戒して後ろを見たが、そこには何の気配もなかった。
『安心して。何もいないみたい』
「それじゃあ、ハハハ。私の勘違いだったみたいです。お騒がせしました!」
栞ちゃんは再び前をハリーと歩き出し、私はトンクスとの会話に戻った。
『リーマスとの問題、答えが見つかりますように』
「私たちもユキさんを応援しています。何か困ったことがあったらいつでも相談して下さい」
『ありがとう……さっきの守護霊、良かったわ。リーマスは愛されているのね』
「ユキさんは守護霊を出せますか?」
『ふふ』
私は守護霊を杖先から出した。銀色の蝙蝠は特に伝言を預けずにセブに飛ばした。
漸く真っ暗な中に門が見えてきた。高い門柱の上にある羽のあるイノシシの像が私たちを見下ろしている。
「あれ?門が閉まっている」
ハリーが門を押してガタガタさせた。
『この夏の間に警備措置が百倍も強化されたのよ。教員以外は勝手に門を開けることが出来ないわ。門を開けるわね』
決められた呪文を唱えながら門の鍵を叩くと、ガチャガチャと錠が外れた。大きな門を開けていると、遠く、城の下の方でランタンの灯りが上下に揺れているのが見えた。
「誰かが迎えに来てくれたみたいだね。せっかくだから挨拶して帰るよ」
黄色い灯りが近づいてきて、私はニッコリした。やってきたのはセブだった。かなり急ぎ足でこちらに向かってくる。
「何かあったのか?」
私たちの前に来たセブは息を切らして私たちを見回した。
『何も問題なしよ』
セブが思い切り私を睨んだ。
「では、あの守護霊はなんだ」
『ただ飛ばしただけ』
「何だと!?何ごとかあったのかと思ったのだぞ!」
『ごめん……』
「怒らないで下さい。綺麗なコウモリだから、ユキさんはスネイプ教授の元へ飛ばしたくなったんですよ」
機嫌の悪いセブはジロリとトンクスに狙いを定めるように見て、フンと鼻で笑い意地悪く片方の口の端を上げた。
「君の新しい守護霊は興味深いですな」
セブは門をトンクスの鼻先でガランと大きな音を立てて閉めた。セブが杖で鎖を叩くと、鎖はガチャガチャと門に絡みつく。
「我輩は前の方がいいように思うが」
悪意のこもった声。
「新しいものは弱弱しく見える。いつまでも自己を受け入れられない臆病さが現れているようだ」
トンクスの顔に怒りと衝撃の色が浮かんでいるのが見えた。
私はセブへの怒りよりもショックの方が大きかった。リーマスは私なのだ。
「行くぞ」
バサッとローブを翻したセブは城の方へと歩いて行き、ハリーと栞ちゃんも慌ててついていく。
私は門の柵を隔ててトンクスと向かい合っていた。
『セブがごめんなさい』
「ユキさんが謝ることじゃありません」
『リーマスは優しくて思慮深いから悩んでいる。彼の問題は大きいけれど、トンクスがいれば乗り越えられるわ』
リーマスはトンクスを深く愛している。その様子を私は知っている。
トンクスは弱弱しく微笑んで「それじゃあ」と手を挙げて去って行った。
私は気持ちが沈んでいたのでセブたちに追い付かないように歩調を調整していた。そのおかげで玄関ホールに着いた頃には誰の姿もなく、私は観音開きの扉を開いて大広間へと入って行った。
上手く気配を消していたおかげで誰も私に気づかなかった。挨拶もしたくない気分だったから有難い。私はスッとシリウスとセブの間に腰かけた。
「っうお。吃驚した!」
イチジクと生ハムのサラダに手を伸ばしたシリウスが取り分けトングをガシャンと皿に落とした。
「いつから横に座っていたんだよ!」
『ちょっと前』
「声をかけろよ。ん?沈んでいるようだな」
『少し』
「兎に角食べろ。腹が減っては気分も落ちこむ。取ってやる」
しかし、シリウスがチキンのもも肉をトングで取ろうとしたところで料理は消えて、デザートに切り替わった。
「悪い。時間切れだったようだ」
『ありがとう。ゼリーを食べるわ』
さっぱりしたゼリーはもやもやした胸にスッと気持ちいい。少しだけ元気が出る。
結局ゼリー1つしか食べなかったが今の私には十分だった。これ以上ものを食べたくない。デザートが消えてダンブーが立ち上がり、新年度の挨拶が始まった。
いつもの注意事項とクィディッチ・チームに入団したい者は寮監に名前を提出すること。それから新任の先生の紹介に移る。
「今年は新しい先生をお迎えしておる。スラグホーン教授じゃ。魔法薬学を教えて下さる」
ダンブーの言葉で大広間が一斉に騒がしくなった。みんなセブの方を見ている。
「ところでスネイプ教授は――――」
ダンブーが大広間のガヤガヤに掻き消されないように大声で言った。
「闇の魔術に対する防衛術の後任の先生となられる」
ザワザワが一層大きくなった。グリフィンドールは憤然としているようだったが、スリザリンからは大きな拍手が送られた。私も気持ちを切り替えて力いっぱいの拍手をセブに送る。
『改めておめでとう』
スリザリンテーブルへの拍手に静まるようにと片手を挙げながらセブは「あぁ」と答えた。反対側の隣ではシリウスが腕を組んで思い切り拒否の姿勢を示していた。
セブが念願の職を得られたことで私語で満ちていた大広間は、ダンブーの咳払いで静かになる。
「さて、この広間におる者は誰でも知っておる通り、ヴォルデモート卿とその従者たちが、再び
ダンブーが話すにつれて沈黙が張り詰め、空気が研ぎ澄まされていくようだった。軽率な行動は控えること、安全上の制約事項を遵守するように生徒たちに告げる。
私はドラコを見た。はああ。あの子はダンブーの話など傾聴に値しないという顔でフォークを机の上に浮かべて暇を潰していた。
「みんなベッドが恋しいだろう。明日から授業じゃ。おやすみ、みんな。フカフカの布団で良い夢を。それ行け、ピッピー!」
いつもの騒音が始まった。何百人もの生徒が一斉に列をなして大広間から寮へ向かった。私も立ち上がる。
『明日からまた頑張りましょう、シリウス』
「こちらこそ宜しく頼む。厨房へ行くか?」
『いいえ。このまま帰って寝るわ』
「珍しいな」
『食事をする気分じゃないの』
「明日は槍が降らないことを祈る。じゃあ、一緒に帰ろう」
『うん。それじゃあ、おやすみなさい、セブ。そうだ。これを渡さなくては』
私はプラットホームで蓮ちゃんからセブに渡してほしいと言われたカード入りの封筒をセブに渡した。
『明日ね』
先ほどのショックを引きずっていた私はサラッとセブに挨拶してシリウスと共に大広間から出て行った。
『ジェームズがロンドン駅までハリーを見送りにきたわよ』
「ハリーと会えて良かった!あの人数からハリーを探すのは大変だし、もしかして会えないのではと心配していたんだ」
『心配なのはジェームズの身よ。命を狙われているのに大勢の人が行きかうロンドン駅に行くだなんて。リリーも心配したでしょうに』
「リリーには悪かったと思っている。だが、ジェームズはグリモールド・プレイス12番地に缶詰なんだ。あのままでは爆発してしまう。息抜きって必要だろ?」
『あなたたちに何を言っても無駄だって分かっている。くれぐれも気を付けて』
「抜かりはないさ」
私の部屋の階段下についたので『おやすみ』を言って別れる。
部屋に入った私は真っすぐに実験室へ向かった。四方を薬材と道具、本で囲まれた実験室。私は机の下に潜らなくては開けられない引き出しを開けて箱を取り出した。丸薬、粉薬、液体の薬。
私は昔からずっと服毒を続けてきた。暗部訓練生の頃は毒を見分けられるようにと食事に時々毒を混ぜられた。
例え毒を飲まされても効きが悪くなるように続けていた服毒。
こちらの世界に来て2年目、私はバジリスクによって影分身を石化された。石化はマンドレイク回復薬によって解かれるのだが、毒に慣れていた私は薬が効きにくく、他の石化された人たちが回復する中、回復に時間がかかってしまった。
毒に慣らされた体……体に溜まっているだろう毒……
だが、服毒は続けるべきだと私は思っていた。
せめてヴォルデモートが倒れるまでは続けるべきだろう。
もし、ヴォルデモートの手に落ちた場合、奴がどのような手を使って私を屈服させようとしてくるか分からない。
セブに伝えておくべきだろうか?
『……』
結婚どころか婚約すらしていないのに子供がどうとか話すのって重い?いや、ちゃんと話し合っておかなきゃいけない問題だし……。
優しいセブのことだから、私が子供を産めない、産まないと言ったら私の意思を尊重してくれるだろう。でも、彼が望んでいたらと思うと胸にズキリと痛みが走った。
リーマスはこうやって悩んでいたのね。
誰か他に願いを叶えてあげられる素敵な人がいたら、その人と幸せになって欲しいと思う心は理解できる。
セブと歩いて行く未来―――――
愛するセブとの未来を考えるなら、現実としっかり向き合うべきだろう。私は丸薬を1つ口に放り込んで実験室を出て、リビングに戻って手紙を書き始めた。
セブルス・スネイプはユキの様子を思い出していた。自分がトンクスに対して言った言葉はユキを傷つけたらしい。ユキが深くショックを受けた様子を思い出し後悔の念に再び襲われた。
自分がこれほどまでに嫉妬深い人間だと気が付いたのはユキと付き合い始めてからだ。揺るぎない愛を自分に向けてくれているユキを信じるべきだろう。だが、心は勝手に揺さぶられて嫉妬する。
私室に入ってローブのポケットに手を入れ、白い封筒に赤い蠟封のされた手紙を取り出す。スネイプ教授へと流れるような筆記体で書かれている。
自然と頬が緩むのを感じながら蓮・プリンスの手紙の封を切ったセブルスは一瞬にして白煙に包まれてしまった。
「っ!?」
咳き込みながら手で煙を払いのけたセブルスは顔を引き攣らせる。自分の体から弾けるように飛び出してくる小さな赤いハートはキラキラとして輝く。
「あんの小娘!!」
唸るように怒りながらセブルスはカードのメッセージを読んで、更に怒って顔に青筋を立てた。
―――――― 愛って反対されるほど燃え上がるってご存じでした?
クィリナス・クィレル!次あったら確実に消してくれるッ。
セブルスは既に蓮に対して父性を感じていた。可愛い娘がろくでもない男に引っ掛かってしまっている。どうにかしなければならない。
趣味が悪いのは母親譲りだと思ったセブルスは、趣味の悪いユキが選んだのは自分だと気が付いて、特大なブーメランが自分に刺さったことにガクリと肩を落としたのだった。
今日から授業が始まる。
大広間の天井は、高い格子窓で四角に切り取られて見える外の空と同じく、静かに青く澄み、淡い雲が
お上品にベーコンを口には運び、パンジーの熱い視線を受けながらホグワーツの授業など意味のないものだと何故か得意げに喋っているドラコの肩に私は手を置いた。
『忍術学も意味のないものだと?』
息を引きながら飲み込むドラコが恐怖に目を見開きながらこちらを振り返る。
「出た」
『人を藪から飛び出た危険魔法動物みたいな目で見ないで頂戴。それで、忍術学がくだらないと?あなた、忍術学をやめたの?』
「いえ。やめたら師匠にどやされると思って続けるつもりです。あだだ」
『可愛くない弟子ね』
私はドラコのほっぺを引っ張って立ち上がらせた。
『話があるからいらっしゃい』
ぐいぐいとドラコを引っ張っていき、壁際まで連れていく。
「僕にお話が?」
『そうよ。ダイアゴン横丁で……違うわね。ノクターン横丁のボージン・アンド・バークスであなたをみかけました』
「っ!つけていたんですか?」
『えぇ。しかも、ハリーたち4人も一緒よ』
それを聞いたドラコの顔が憎しみに歪んだ。
『尾行されるなんて甘い!』
「くっ……奴らにどこまで知られたんだろう」
『あなたが何かを直したいこと。それからネックレスと萎びた手も入手したそうね』
「そこまで知られているなんて」
『ねぇ、ドラコ』
青い顔のドラコの目を覗き込む。
『何をするの?』
「……言えません。これは僕1人でやり遂げる必要がある」
『そう。言えないならいいわ。でもね、傍にいさせてちょうだい。あなたのやる事に手出しはしないと約束する。ただ、横で見ているだけ。ナルシッサ先輩にあなたを守ると約束したわ。命を守ることは勿論、私は心の支えにもなりたい』
迷っているようにドラコは瞳を揺らした。外面では強がっているようだけど、本当はこれから起こることに不安を感じているのだと思う。
でも、今すぐ答えは出ないだろう。
『あなたは只の生徒じゃない。私の弟子なの。師匠としてあなたを守る』
「ありがとうございます……」
『このことセブに言わないでね。話がややこしくなる』
「分かりました」
私はドラコの肩を叩いて職員テーブルへと向かってシリウスにおはようを言う。セブはまだ来ていない。
『忍術学のO.W.L.を通過したのは7割だけど、引き続き忍術学を取る生徒は少し減ったわね』
「去年の5年生以上の最後の方の授業はかなり激しかったからな。ああいうのを好まない生徒もいるだろう」
シリウスは楽しそうな表情を浮かべながら視線を左側に向けた。
「でも、好む奴らもいる」
こちらへ小走りでやってきたのはハリーと栞ちゃん。
「おはようございます、シリウスおじさん、ユキ先生。今年の忍術学は何をするんですか?」
『6年生の1回目の授業は口寄せの術よ』
「もしかして口寄せ動物を得られるんですか?」
跳ねるように言う栞ちゃんに残念だけどと首を横に振る。
『口寄せ動物を得るのはとても難しいの。やるのは検知不可能拡大呪文のような呪文を巻物にかける授業よ』
「そう残念そうな顔をするな、栞。もし君が忍術学関係の職に就くことが出来、かつ実力があると思ったら炎源郷に連れて行ってあげよう」
「本当ですか、シリウス先生!やった!」
「授業楽しみにしています!」
『そうだ。ハリー、牡鹿同盟は続けるの?』
考えていなかったようでハリーは首を傾げた。
「アンブリッジがいなくなったから……」
「スネイプ教授の授業は厳しいだろうけど、為になるだろうしね」
と栞ちゃん。
「俺は牡鹿同盟を続けるべきだと思うぞ」
シリウスが首を横に振りながら真剣な声で言った。
「あの会はとても為になるものだった。6年生になって忙しいと思うが、実力を伸ばしていくべきだ。勿論俺も手伝う」
『私もよ』
そう言うと、ハリーと栞ちゃんは顔を見合わせた。2人は同じ気持ちだったらしく、微笑み合い、頷く。
「続ける方向で進めようと思います。シリウスおじさん、ユキ先生、その時は宜しくお願い致します」
『うん』
「任せておけ」
『2人共魔法薬学は続けられそうなの?あなたたちの進路には魔法薬学が必要になってくるでしょう?』
急に2人の顔が暗くなってしまった。
「僕たち魔法薬学がE(良)だったんです」
「スネイプ教授の授業では次に進むのにO.W.L.がO(優)ないといけないと言われていたから……」
「スネイプ教授はそうでしたが、スラグホーン教授はE(良)の生徒でも喜んで受け入れてくれますよ」
私たちの会話を聞いていたミネルバがニッコリ笑いながら席から立ち上がった。
「「本当ですか!?」」
「席にお戻りなさい。時間割を配ります」
席へと戻って行くハリーと栞ちゃんの嬉しそうな後姿に私とシリウスは頬を緩めた。
生徒たちが楽しそうにワイワイ言いながら食事をしているのを見ながらアスパラガスを突いていた私は、ガチャガチャと金属が皿に落下する派手な音が聞こえて顔を上げた。
観音開きの扉から入ってきた黒い人は服に負けない真っ黒なオーラをまき散らしながら大股で職員テーブルへと向かってくる。
私は近づいてくるセブを大きく目を開けて見ていた。
セブの体からはキャハッと音がしそうな元気さで赤いハートが体中から飛び出していた。
『おはよう』
セブは私を一瞥してドカリと自分の席に座った。
『クランベリージュースをどうぞ』
「いらん」
短くそう言ったセブは腕を組んでレイブンクローのテーブルを睨みつけ始めたので、レイブンクロー生が体をビクリと震わせて、ここに留まりたくないとばかりに朝食を口に掻き込み始めた。
『もしかして蓮・プリンスを探しているの?』
「あの娘が呪文をかけたカードを我輩に送ったことを知っていたのか?」
『いいえ。良いカードをもらったわね。可愛い呪文だわ』
幻術らしく、セブの体から弾けて出てきたハートは掴めなかった。
「あの生徒には100点引いて罰則を科す」
『セブにも破れない呪文だなんて凄いわ。蓮・プリンスは優秀ね』
私はセブに睨みつけられながら自分のゴブレッドにクランベリージュースを注いで飲み干した。
ゲラゲラとセブを笑いものにしたシリウスは笑い過ぎて後ろ向きに椅子ごとひっくり返っていった。
ハートを飛ばしながら時間割を配るセブに困惑するスリザリン生。蓮ちゃんは大広間にやってきたが、フリットウィック教授から時間割をもらい、もの凄い速さで大広間から消えていった。残念ながらセブはハートを飛ばしながら授業を行うことになりそうだ。
『今日は口寄せの術をします』
7年生の授業。この1週間はどの学年も教室での授業。この時間は口寄せの術を説明していた。
『口寄せの術は色々と用途があります。1つは検知不可能拡大呪文のように物を収納出来ます。これを利用して、収納した武器を発射しながら戦うことも可能です。これは外の授業の時に見せますね』
口寄せ動物の話もしてから実際に口寄せの術の習得に進んでもらう。
シリウスと共に生徒たちの間を歩いていた私は急な吐き気にうっと顔を顰めた。口元に手を持っていき、耐える。昨日飲んだ毒が良くなかったのだろう。
微量から初めて少しずつ量を増やしていく毒。増やし方が急過ぎたのだと思う。
「ユキ、気分が悪そうだが」
『吐き気が。シリウス、少しここをお願いしてもいいかしら』
「勿論だ。というかこの時間は俺に任せて休め」
『ありがとう』
私室に戻ってトイレで思いっきり吐き、落ち着きを取り戻した私は授業の終わりには教室に戻ることが出来たのだった。
昼休み、シリウスと玄関ロビーを突っ切っているとレイブンクロー寮へと続く階段の入り口付近にセブが立っていた。強面で、こちらを見た生徒は片っ端から減点してやるといった様子である。だが、まだ体からハートが飛んでいるので恐ろしさ半減だ。
「スニベルスにあのハートの悪戯をしたのは誰だ?」
『6年生レイブンクロー寮の蓮・プリンスよ』
「おお!栞の妹か。姉妹揃っていい子だ。会ったら加点してあげよう」
『私はセブのところへ行くわ。きっと蓮ちゃんを捕まえて減点と罰則を言い渡すつもりでしょう。少し加減してあげるように取り計らいたい』
「そうしてやってくれ」
「ユキ先生!シリウス先生!」
「こんにちは」
噂をすれば何とやら。プリンスの双子が私たちのところへやってきた。
『栞ちゃん、今朝聞けなかったけど鼻の痛みはとれた?』
「鼻?」
首を傾げるシリウスに、昨日、ドラコと栞ちゃんが取っ組み合いの喧嘩をして、栞ちゃんがファーナンキュラス鼻呪いをドラコに打たれたことを話した。
「女の子の顔になんて酷いことを!」
「別に気にしていません。大した顔ってわけじゃないし」
両耳の穴に親指を突っ込んだ栞ちゃんは変な顔を作って耳から飛び出した4本の指をピロピロと振った。
「栞、そんな顔をしたって君は可愛い。自分を卑下するな」
栞ちゃんは驚いたようで口をひし形にし、真っ赤になった。色男は罪ね。
「じゃあ、蓮・プリンスを頼む。栞、マルフォイと殴り合いになった経緯を聞かせてくれ」
うぶな反応を見せる可愛らしい栞ちゃんの背中を押してシリウスが大広間へと入って行くのを追いかけていこうとする黒い大きな物体があったので、私はそれに抱きついた。
『あなたがお探しのお嬢さんはここよ』
「離したまえ。ユキっ。ブラックに一言申し上げる」
『何を?』
「生徒に対して馴れ馴れしい」
『そうかしら?』
セブはシリウスの方へ進もうとしたのだが、私の馬鹿力がセブを阻んだ。
『落ち着いて。その赤いハートをどうにかしたいんじゃないの?』
セブはここで待ち伏せしていた目的を思い出し、凶悪な顔を蓮ちゃんに向けた。蓮ちゃんは青くなっているがツンとして自分は悪くないと言った風。
「まずはこの馬鹿げた物体が我輩の体から飛び出るのを止めたまえ」
そうセブが言うと、蓮ちゃんは気の毒そうな顔を作って両手を口に持っていき「あら」と言った。
「ごめんなさい。闇の魔術に対する防衛術の先生なら呪いを解けるかと思っていました」
あわわわわわ
「貴様っ」
『お、落ち着きましょう』
ぐっとセブが体を蓮ちゃんの方へ乗り出すと、蓮ちゃんも受けて立ってやるというように足を一歩踏み出した。ちなみにセブの体からはまだハートが飛んでいる。
「ついて来い」
私は勝手にセブと蓮ちゃんについていくことにした。
隣を歩く憤然とした様子の蓮ちゃんは漏れ鍋でセブにクィリナスのことを強く反対されたことを根に持っているのだろう。あの時のセブは言い過ぎだった。しかし、その恨みがこういう形で晴らされることになろうとは。
階段を上って3階に着き、教室を横切って研究室へと続く階段を上る。研究室に入ると、セブはバッとマントを靡かせて振り返った。カッコいい。
「まずはこの呪文を解け」
「はい」
驚いたことに蓮ちゃんは無唱呪文を使った。セブの体からハートが飛ぶのが消える。セブは何かに気が付いたようだ。
「この馬鹿げた呪文はクィリナス・クィレルから習ったものであろう」
「そうです。あの方は“誰よりも”優秀な魔法使いですから」
明らかにセブよりもと言った言葉にセブはピクリと眉を痙攣させたが、感情を抑え込んだらしく表情を消した。
「Ms.プリンス、前回は……我輩も言い過ぎたようだ」
ねっとりとした声で小さな子に言い聞かせるようにセブは話し出す。
なんと!セブが生徒に謝ったですって?!私は天地がひっくり返ったような面持ちでセブを凝視する。
「だが、クィリナス・クィレルは君も知っている通り、世間的には死んでいる存在である。過去には罪も犯している。別の道を探したほうがいいであろう」
辛抱強く自分の気持ちを伝えたセブだったが、蓮ちゃんには通じなかったようだ。恋する乙女は恐れを知らない。高らかに宣言する。
「あの人が影に生きるなら、私は影を作る大木になります。それに人は誰でも道を間違える時があるって私の大好きな赤毛のおばさんが言っていました!!」
蓮ちゃんの言葉にセブがぐっと喉を詰まらせた。おやまあ。セブは言い負かされたらしい。ギッと睨み合っているセブと蓮ちゃん。
「Ms.蓮・プリンス、君のような優秀な魔女に相応しい罰則を科そう。本日6時、我輩の研究室にきたまえ」
「分かりました。失礼いたします」
鋭い琥珀色の瞳でセブを睨んだ蓮ちゃんは美しい白髪をサラッと振ってセブの研究室から出て行った。
「チっ。親泣かせとはこのことですな」
『確かに。恋人が死んだことになっていると聞いたら驚くでしょうけど。クィリナスと接したら蓮ちゃんの親も彼を理解するはずよ』
「我輩が親なら勘当レベルだ」
『駆け落ち婚ってこと?』
セブがギョッとした。
『感情移入しすぎじゃない?』
「……大広間に行くぞ」
階段を下りていき、生徒で賑わった大広間へ。食べ物の匂いで満ちた空気に私は眉を寄せた。まだ胃がムカついている。
『ごめんなさい。吐き気がするから部屋に戻るわ』
「無理するな」
『ありがとう』
本当に今回の毒は体に合わなかったようだ。精神的なものも影響しているのだろうか?心が体に毒を取り入れるのを拒否している、とか?
私は心の中で思い切り舌打ちした。精神的なものにコンディションを左右される私ではない。
新年度1週間が経ったホグワーツではある噂が持ちきりになっていた。誰が言いだしたのかは分からないが忍術学教授のユキ・雪野が妊娠したという噂。
私はその噂を複雑な思いで聞いていた。
(そうは言っても私に直接噂を確認しに来る生徒はいなかったが)
食事は相変わらず小食。
今回の毒とは相性が悪くて食欲が失せている。だが、この毒の服毒も昨日で最後。今日の夜には解毒薬を飲み、体から毒を出す。
夕食に出たアクアパッツァを適当に食べて立ち上がった私はセブに声をかけられた。
「9時に部屋に行っても?」
『勿論』
部屋に戻った私は直ぐに解毒薬を飲んだ。私作の毒薬と解毒薬。今回も良い出来だった。
ところで、相手を服従させるような薬はあっただろうか?例えば真実薬のような強制的に真実を言わせる薬。私はこれには抗うことが出来た。他はどうだろう?
『興味なくてすっ飛ばしていたけど、アモルテンシアを飲むのもいいかもしれない』
世界一強力な愛の妙薬として知られているアモルテンシア。ヴォルデモートに捕まったと仮定して、奴に恋して何でも言うことを聞く、なんて状況もあるかも。
だけど、アモルテンシアを使うなら好きになる対象が必要なのよね。迷惑をかせさせて頂くとしたらセブなのだが、そうすると服毒の話もしなければならないのか……。
結局、話は子供の事に戻ってきてしまった。
私は影分身を出してシャワーを浴びた。ポンと影分身の記憶が入ってきてセブが来てくれたことを知る。
10分でバスルームから出た私はセブにニッコリした。
『いらっしゃい』
「気分は?」
『問題なしよ』
「最近は食欲もなく、吐き気もあるようだが医務室へは行ったか?」
『心配しないで。大丈夫』
「ユキ」
セブが私の左手を両手で握った。真剣な目で見つめられ、私の心臓が跳ねる。
「聞きたいことがある」
『なあに?』
「もしや……もしや……妊娠したか?」
何を言われるか気を張り詰めていた私は体の力を抜いて首を横に振った。
『違うわ』
「確かめたか?」
『確かめる?』
「妊娠検査薬だ。確かめたか?」
『いいえ』
「確かめるべきだ。我輩たちは以前……」
セブが何を言おうとしたか分かって私は顔を赤らめさせた。
『大丈夫。暗部印の緊急避妊薬は絶対に失敗しないわ』
「世の中に絶対などない」
『あるわ。でも……あなたが安心するならマグルの町まで行って買ってくる』
「君は休んでいてくれ。我輩が行く」
『大丈夫。影分身に行かせるわ』
影分身にマグルのお金を持たせ、部屋から送り出す。
部屋は何とも言えない空気に満たされていた。
女の体を使う暗部の姉様たちが使う薬は決して失敗がない。眠り薬、幻惑薬、媚薬、避妊薬、失敗したなんて話は聞いたことがなかった。
『お茶でも飲む?』
「淹れよう」
お互い無言でセブが淹れてくれたお茶を飲んでいると、影分身が戻ってきた。
早速使えば結果は陰性。
『妊娠していないわ』
リビングに入りながら言ったのだが、セブは意外なことにホッとした顔を浮かべなかった。
『喜ばないの?』
困惑して尋ねる。
「結果はどちらでも構わなかった。事実が知りたかっただけだ」
私は衝撃を受けて固まった。
セブは子供がいる未来を否定していない。
思わずよろめいて一歩後ろに下がる。
血の気がサーっと引いていく感覚だった。
『セブは……子供が欲しいと思うの?』
私の声は強張っていた。
「君はどうかね?」
『どうかといわれましても、最近考え始めたばかりよ』
「考えてくれていたのか」
セブがとても優しい顔で微笑んだので胸がギッと痛み、私はセブにくるりと背を向けてベッドルームへと入って行った。
「どうかしたか?」
セブが追いかけてきてくれる。
『あ、えぇ……あなたが子供のいる家庭を望むのが意外だっただけよ。失礼だけど、その……子供好きには見えない。でも、勘違いしないで。良い教育者よ、あなたは』
セブは言葉をぶつ切りに話す私を不思議そうに見ながら衣装箪笥から自分のパジャマを出して着替え始めた。
ベッドに入った私は堪らない気持ちになって着替え途中で上半身裸のセブの体に抱きついた。
セブが振り返って私の頭を撫でるが、私の泣きそうな表情を見て動きを止めた。
「何かあったのかね?」
『私は最近の私が嫌いよ。泣いてばかり。以前の私はもっと強かった。動じず、揺らがず、恐れを抱かない。でも、最近の私は違う。不安に震えて、恐れて、情けない』
セブはベッドに腰を下ろし私の体に手を回して自分の横に導いた。
「それは君が人として成長した証だ。何も恥じることはない」
『セブ、あなたをガッカリさせたくない』
「何か我輩に話があるようだな」
『あなたは優しいからきっと何を言っても私を受け入れてくれる。だからこそ辛い』
「ユキ、こちらを向け」
顔をあげるとセブの顔が近づいてきて、私はそっと瞳を閉じた。薄い唇は柔らかく温もりがあった。愛情深く、口づけの角度を変えて、何度も唇が重なる。優しさで包み込まれて涙が出てきた。
「子供を産むのが怖いか?」
『あなたは何でもお見通しね』
「君が望まないなら……」
『あなたとの子供なら前向きに考えたい。でも……セブ、私は……この言い方は好きじゃないけど化物だわ。暴走する狐の化物の血が受け継がれるかも』
感情を爆発させて獣化したことのある私は自分を制御できなくなってセブを傷つけてしまったことがある。
『それに……毒が、体に溜まっている、と思う』
「毒?」
『昔から今までずっと服毒してきたの』
セブは厳しい顔で眉を寄せた。
「昔の事は知らない。だが、今もと言ったか?」
『えぇ』
「どういうことだ?」
『毒を体に慣らすために毒を飲んでいる』
セブが息を吸い込んで止めた。
「何故そのようなことをしている」
『抜けきらない習慣からよ。何かあった時に毒に対応できるように。ずっと、昔から、これは、食事や入浴と同じ、私の習慣だった』
「体にいいはずがない。それは君も分かっているはずだ」
『セブと付き合う前は自分の体に悪いなんて考えなかったのよ。でも、付き合いだして思ったの。もしあなたが子供を望んだらどうしようって』
「今は子供の話は置いておこう」
『置いておけないわよ。そもそも、こんなややこしい女』
「ユキ、その先を言うのは許しませんぞ」
私は続きを言う代わりに大粒の涙を零した。
『ごめん……』
「ユキ、来るんだ」
私が動く前にセブにキツく抱きしめられた。
『化物に生まれたら子供は生き辛いでしょう』
「子供を産む産まないは君の気持ちを尊重する。だが、それはさておき、我輩はこう思う。子供に精一杯の愛情を注ぎ、生きる術を身につけさせるのが親の役目だと。さすれば、どう生きるかは本人が決めることが出来る」
私は顔を上げ、手をセブの頬に伸ばした。
この人と一緒ならどんな困難にも立ち向かっていけるだろう。
セブだって幸せな愛情深い家に育ったわけではない。でも彼は人として立派に成長した。愛情深く、思いやりがあり、人格者。私には勿体ないような人。
何もかも確実なものはなく、願っても叶わないこともある。生まれ備わったもの、生きていくうちに襲いかかる困難。
それを乗り越える、又はこれが自分なのだと受け入れるのは容易ではなく、その作業は苦しく、悔しく、どうしてだろうと運命を呪うだろう。
私だってそうだ。化狐になってセブを襲わないか不安になる。だけど、私の全てを受け入れようとしてくれるセブの側にいれば気持ちは安定して大丈夫だという気持ちになる。
良き友人であるクィリナスは魔法具を作ってくれた。リーマスとは獣化の悩みを話し合い、心が軽くなった。
シリウス、レギュラス、リリー、ジェームズ、皆が支えてくれる。
私もセブも注げる全ての愛情を子供に与えるだろうし、周りの人に支えられて幸せな人生を歩んで欲しいと切に願う。
穏やかで温かで、賑やかな家庭を私は作りたい。
『セブ、あなたの子供が欲しい』
自然と口に出ていた。
掠れた私の言葉に応えるようにセブはチュッとリップ音を鳴らしてキスをくれる。
ゆっくりと私たちの体が倒れていき、私は私の体に覆いかぶさるセブの背中を抱きしめる。既に上半身裸のセブの体は空気に当たって冷えていた。
セブがキスを続けたまま流れるような動きで私の寝間着の腰紐を解き、前合わせを開く。流麗な動きに流されていた私は思い切りおでこを指で弾かれた。
『痛~~~~。何するのよ!』
セブは私の横にゴロンと寝転んだ。
「毒を飲む悪習は止めたまえ」
『このタイミングで言うこと!?』
私はぐわっとセブに怒った。
「もしやここ数日の不調も毒の影響ではあるまいな?」
『お恥ずかしながらそうよ。今まで服毒で授業に支障をきたしたことはなかったのに、今回の毒とは相性が悪かった』
私はセブの方に寝返りを打ち、セブも私の方に寝返りを打った。
「我輩と付き合ってから体に悪いことをするのに躊躇いが出てきたようだが、まだ続けているのは何故か」
『ヴォルデモートに捕らえられた時の事を想定しているの。毒で責められることもあるでしょうから、少しでも耐性をつけておきたくて』
そう言うとセブは大きな溜息を吐き出した。
「用意周到な考えはいいが、あまりにも自分を犠牲にし過ぎている」
『体内に溜まるような毒は選んでいないつもりよ』
「それでも体に良いことはなかろう」
『万全を期さなくては』
「意志が固そうだな」
セブが縦皺の入った眉間を揉んだ。
「どうしても服毒を続けると言うのならば我輩の監視下でやって頂きたい」
『セブが協力してくれるなんて思わなかったわ』
「言ってもやめないであろう。苦肉の策だ」
『セブの監督下なら安心して毒が飲める』
「まず初めに試すのは真実薬だな」
『えっ……セブが薬を決めるの?』
「いいや。だが、まず1回目は真実薬を飲んでもらう。君に初めて会った時、我輩は真実薬を君に渡した。覚えているかね?」
『覚えているわ……』
「我輩は尋ねた。ここに来る前から、この中の人間を知っていたか?と。君は嘘を吐くのがお上手だったようだ」
『そんな昔の事いいじゃない』
「さよう。昔の事はいい。だが……死者を生き返らせる方法があるのか?」
『しつこいわね!ないわよ!』
セブはこの話がお好きなようだ。
「ユキ」
『?』
「ただ、我輩は安心したいだけだ」
私は心臓をビクリと跳ねさせた。
その目は知っていた。
愛しさの中に見える切なさ。見ているだけで胸が締めつけられる黒い瞳。その目に映っているのはエメラルドグリーンの瞳ではなく、私の顔。
『セブ』
優しく名前を呼んで安心させるように微笑む。
『あなたとの幸せな未来を必ず掴むわ』
軽快に口づければ、セブの表情は緩み、瞳に柔らかい温かさが戻る。
『ねえ、このままだと風邪を引きそうなのだけど』
「それは困る」
『温めて』
「愛している、ユキ」
私の愛する蝙蝠
私の愛する人は、尊敬できる人
私を愛する蝙蝠
あなたが私を愛してくれることに感謝を