第7章 果敢な牡鹿と支える牝鹿
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7.似たもの同士
明日から新年度が始まる。
私は校長命令でホグワーツ特急に同乗することになっていた。今日は不死鳥の騎士団の会議でグリモールド・プレイス12番地に来ている。
賑やかなポッター夫妻とシリウス、それからどこか沈んだ様子のリーマスのいるキッチンへ。開け放たれている扉から、楽しそうに会話しながら料理をしているリリーを暫し堪能し、私は中へと入った。
『リリーが尊い』
「またリリーを陰から盗み見していたのか?」
シリウスが気味悪そうに言った。
「ユキ、おはよう」
『おはよう、リリー!』
リリーの隣に並んでニコニコしていると、立ち上がったジェームズがリリーと私の間に立った。
「僕のリリーに怪しげな視線を送る奴は相手が誰であろうと許さないよ」
『私の親友だもの。私のリリーでもあるわ。すっこんでなさいよ、ジェームズ』
「僕は誰に何を言われようとリリーの隣の座は明け渡さない」
『あなたはリリーの夫の座は得られたけど、親友の座は私とセブのものよ』
「スニベルスも親友だと!?許さないからなあああああ」
『スネイプよッ』
あと五月蝿い!!
『何度も何度も同じこと言わせて。あぁ、分かったわ。私に喧嘩を売っているのね。コテンパンにしてやる』
「売られた喧嘩は買ってやるさ!」
「ハハハ。2人共、どんちゃん始めろ!」
シリウスが笑う。
ワーワー言っていた私たちはリーマスを見た。いつもはこの辺りで止めてくれるのだが何かを考えているようで目がぼんやりとしている。私たちは顔を見合わせて喧嘩を止めた。
『あー……ご報告があります。ぺティグリューのことなんだけど』
リリーの顔が固まり、ジェームズがピクリと眉を痙攣させ、シリウスがアズカバンの脱獄囚の顔になった。リーマスもこちらに意識を向ける。
「あの男に会ったのか?」
『えぇ、シリウス。まさかの同居よ』
「はあ?どういう状況だよ」
シリウスが顔を顰めた。
『まずは大事なところから。ピーター・ペティグリューだけど、例の魔力を消失させる事件にあったわ』
「ということは、アイツは魔法を使えなくなったのか?」
私はシリウスの問いに首を横に振った。
『ぺティグリューはヴォルデモートからセブの補佐に命じられたの。使いを頼まれてダイアゴン横丁に行った時に襲われた。魔力は完全に消失していない。でも、物を動かすのでやっとというほどよ』
「魔力の消失……人によっては死と同等に感じるでしょうね」
「リリー、アイツに同情することは無い。それに、ぺティグリューはこのおかげで危険な任務から外されるだろう。奴にとっては願ったりだ」
心優しいリリーの背中をジェームズが摩った。
「魔力消失事件の犯人はどうやって被害者を選んでいるんだろうね」
ふとジェームズが言う。
『選んでいるんじゃなくて、被害者から来るのではないかしら』
そう言いながら顔を向けるとセブがキッチンへと入ってきた。
「こんにちは、セブ」
セブはリリーに微笑みを向けた。
話は戻る。
「わざわざやられにやってくるってことか……なるほど」
リーマスがふうむと声を出しながら話を続ける。
「リーマス、どういうことだ?」
「シリウス、これは僕の予想だけど、犯人は死喰い人にとって魅力的な人物なんだよ。きっと襲ってきたところを返り討ちにしているんだ」
「そうか。正当防衛……それなら罪にも問えないぞ。やるな!」
シリウスはニッとした。
「そいつに会ってみたいものだな。気が合いそうだ。仇を討ってもらったお礼も言いたい」
「そうだね、シリウス。僕も是非会ってみたいな。あぁ、気をつけろよスネイプ。ユキとリーマスの話はあくまで予想だ。魔力消失犯は次に君を狙うかもしれない」
「ジェームズ!」
リリーが怒りでパッと顔を赤くしたのでジェームズがまずいと顔を歪め、肩を竦めた。
『お生憎、セブなら後ろから襲われても返り討ちにするわ。ね?』
「なら今度試してみよう」
『試す余地は私が与えないわ』
シリウスを睨む。
「
「おおおプリンセス・セブルス」
「シリウス、ジェームズ、いい加減にして。さあ、皆。気分を変えてチョコレートシチューを食べましょうよ」
『わあ。美味しそう。先に食べていて。化粧室に行ってくるわ』
私は何処へ逃げるんだという視線を受けながらキッチンから脱出する。リリーの料理は何というか……あー……個性的だ。攻めが強い。
廊下に出るとトンクスの姿があった。どこか気落ちしているようでピンク色の髪がぺしょんとなっている。
『トンクス、元気ないわね』
「おはよう、ユキさん」
『リーマスも元気がなかったわ』
私はこういった時の会話が下手くそだ。時に心の傷を悪化させたりしてしまう。私は慎重に力になれることはないか聞いた。
『この前まで幸せの絶頂だったじゃない』
婚約して指輪を買いに行ったと言っていたのを思い出していたら、トンクスの目からポロリと涙が零れた。
「それが、それが……」
『ゆっくりでいいわよ』
ひしっとトンクスが私に抱きつく。驚きながらも背中を摩っているとトンクスはとんでもないことを言った。
「リーマスは、リーマスは、結婚を考え直せないかって言ったんです!!!」
『何ですって!?!?』
驚いて大声が口から飛び出してしまう。何かの間違いではないか。だって、あのリーマスが一度決めた大事な約束を白紙に戻そうとするなんて信じられない。
女性関係でないのは確かだ。だから、予想がつくのは1つ。
『リーマスは自分が人狼であることを気にしているのね』
「そうです……」
『でも、それは前々から分かっていたことでしょう?じっくり話し合ったのではないの?』
「話し合い、彼も私も心を決めました。でも……この前ふと子供の話になったんです。そうしたら、変な空気になって」
『どうしてなの?』
「子供にライカンスローピーが遺伝したらどうしようかと考えたみたいで」
『ライカンスローピー……難しい問題ね』
「リーマスは遺伝を恐れています」
狼人間になる症状はライカンスローピーあるいはウェアウルフィーと呼ばれる感染症により引き起こされる。遺伝について調べたことはない。確率はどのくらいなのだろう?私は自分のことを思い、胸をズキリと痛くさせた。
『当人同士で話し合うしかないわ』
「ですよね」
わっと泣きそうなトンクスを見て慌てて口を開く。今のはあまりにも冷たい言い方をしてしまった。
『少しリーマスと話してみるわ』
また慌てて言う。
「で、でも、ぐず、ご迷惑を」
『迷惑なんかじゃないわ。私はリーマスとトンクスの幸せを願っているし……それに、私もリーマスの意見を聞いてみたい』
「ありがとうございます、ユキさん」
『あまり人の相談に乗るのは上手くないの。だから、解決までは導けないと思うわ。そこは期待しないでね』
更に配慮のない言い方が口をつき、もっと言い方があったろうにと頭を抱える。
気の利いた言葉が探せないでいるとガヤガヤと不死鳥の騎士団のメンバーが集まり始めた。もう会議開始の時間だ。
人の流れに乗って会議室に入った私は気がつく。トイレに行き忘れた、と。
「今日はこれで終わりにしよう」
マッド-アイが最後に「油断大敵!」と注意を促して会議はお開きになった。
私は会議の後、明らかにトンクスを避けて帰ろうとするリーマスを玄関前で捕まえた。
『話があるわ』
「もし僕とトンクスの事なら」
『そうよ。首を突っ込ませてもらうわ……他人事と思えないし』
「どういうことだい?」
『どこか部屋に入りましょう』
私は不機嫌そうなセブの視線を受けながらリーマスと階段を上って行き、適当な部屋に入った。
部屋は古かったが清潔感がある。前に来た時は薄汚れて破れていたカーテンも今はシンプルだが新しいものに代わっていたし、床に敷かれているマットも洗濯されていた。きっとレギュがブラック家に帰ってきたおかげでクリーチャーにやる気が戻ったのだと思う。
私たちは窓出に並んで立ち、道路を見下ろしていた。顔を上げたトンクスがリーマスの姿を捉え、ぎこちない笑みを浮かべながら手を挙げた。リーマスも同じようにぎこちない笑みを浮かべて手を挙げている。
トンクスはこちらを見ながらバシンと姿くらましして消える。
「ユキ」
こちらに顔だけ向いたリーマスに私も顔だけ向けて視線を合わせる。
「まずは他人事とは思えないってところを聞かせてくれるかな?」
『私も似たような問題を抱えているってこと』
「ライカンスローピーのように遺伝するものがユキの中にもあるってことかい?」
『あなたも見たことがあるけれど、獣化をコントロールできないことがあった。この獣の血が遺伝してしまうのを恐れているわ。それに……これは遺伝というより影響だけど―――――
私は子供のころから毒を飲んできたこと。それによって、体がすっかり毒されていて、体に毒が溜まっていることを話した。
『子供を産んだ時にどう影響するか分からない』
「そう、か。そうだったね。普段普通に生活していたからユキの獣化のことを忘れていたよ。ごめん……それに毒の話まで聞きだしてしまって……」
『いいのよ。私も誰かとこの問題を共有出来て嬉しい』
「僕とユキは本当に似ている」
『そうね』
ハアと息を吐き出したリーマスは部屋の隅に置いてあった木の椅子まで歩いて行き腰かけた。
「トンクスはまだ若いんだ。もっと若くてまともな職に就け、健康な、少なくとも満月の度に狼に変わるような人間じゃない相応しい男がいると思う」
『本気で言っているの?』
「更に子供は諦めてくれなんて残酷だろう?」
『私はセブの子供以外生む気はないわ。トンクスも同じじゃないかしら』
リーマスは驚いたように目を開いて喉を詰まらせた。
『ライカンスローピーの遺伝について調べてみましょうか?』
「調べて遺伝の確率が低くても万が一を考えると……」
『子供に万が一があっては困る』
「ユキなら僕の気持ちを理解してくれると思うけど?」
『えぇ……本当に。どうしよう』
私はハアアァと息を吐き出した。
この問題を考え始めたのはセブと付き合い始めてからだ。セブが子供好きなのはちょっと想像がつかないが、口寄せ動物のウサギのモリオンを可愛がる様子から、自分の子供もあのような優しい顔で抱く様子を想像し、私は時々胸を痛くしていた。
リーマスも重い溜息を吐き出す。
『でも兎に角、別れるのはダメよ。リーマスもそうだけど、トンクスが可哀そうだわ。リーマスがトンクスを思っているように、トンクスもリーマスを思っているのよ。私がトンクスなら、他の男なんかいらないって言うわ』
「それはそのまんまユキのセブルスへの想いだろ?」
『茶化さないで。兎に角、避けちゃダメ。ちゃんと話し合う事。お互いすれ違いのまま死にましたなんて嫌でしょう?』
「っ」
『有り得る話よ。ちゃんと向き合って』
「……分かった」
『ライカンスローピーのことは聖マンゴとケリドウェンに伝手があるから私も調べてみる』
「ありがとう。ユキも……話せるといいね」
『そうね……』
リーマスの気持ちは分かる。この問題は重く、確かな答えは一生見つけられないだろう。
ホグワーツの敷地外に姿現しした私は門を潜って大急ぎで芝生を突っ切っていた。もう直ぐ部屋に帰るからとグリモールド・プレイス12番地でトイレに行かなかったことを後悔している。
ひとっ飛びで階段を上がって部屋の扉を開けるとセブが暖炉前のソファーで寛いでいた。
『来ていたのね』
「アクシオ」
『はあ!?』
セブが私に向かって杖を振った。急な浮遊感に体がビリリと震えたが、セーフ。セブの膝の上に横向きで着地した時も衝撃での失禁を免れた。
「ルーピンと『リーマスと何を話していたかなんて質問はしないで頂戴ね』
体を回して床に足を着こうとする私のことを、セブが私のお腹に手を回して制す。
『まさか嫉妬じゃあないわよね?』
「……」
図星か!
自分の信用のなさにガッカリしてしまう。あと、早急にトイレに行きたい。
『ちょっとした恋愛相談よ。あなたも私が廊下で泣きそうなトンクスと話していたのを見たでしょう?』
「わざわざ上の部屋に行って籠って話すようなことかね」
あああトイレに行きたい。
『デリケートな話だったから誰にも邪魔されたくなかったのよ』
「君が恋愛相談にまともに答えられるとは思えませんな」
『失礼ね。放っておいてちょうだい』
「先ほどから何をバタバタしている。何かやましいことでも?」
『ないわ。離してッ』
「語気を強めるとは益々怪しいですな。これはブラックの時のように仕置きが必要か?」
『ちょっと』
バシンッ
私は裾に入ってこようとするセブの手を思い切り引っ叩いたのだが、それはセブの不興を買ったらしく、セブの眉間にくっきりと皺が入った。
「ユキ」
セブが私の顎に手を当てて顔を自分の方に向けさせた。
トイレトイレトイレ
「目を合わせろ」
そんな集中力ない。
『私を下ろしてっ』
「何か隠しているな。なんだ」
『疑り深いのも大概にして』
「貴様には前科がある。やましいことがないのなら誠実に対応すべきであろう」
『デリケートな問題だから誰にも話せない。あと誠実な対応って何よ!?』
ももも、もう無理。
「男と2人きりになって恋人に不快な思いをさせたのだ。相応しい言葉くらいかけるべきではないかね?」
『セブを愛しているわ。あなたしか見えない。これでいいわね。解放して』
泣きそう。泣きそう。離して。
「ユキ、先ほどから随分な態度『トイレに行きたいのよ!』
堪らず叫んだ私は顔を真っ赤にさせた。
『会議前にトイレに行き損ねて今に至るの。話なら後からするから解放して』
本当に涙が浮いてきてしまっている。
だが、解放するどころかセブはニヤリと口角を上げた。
「少し遊んでやろう」
『ままままま待って』
バッと大きく捲られた裾。私の太腿をセブが触れるか触れないかのソフトタッチで膝小僧から太腿の方向へ撫でてくる。
私はセブを突き飛ばしてトイレに駆け込める状態ではなくなっていた。もうギリギリの状態で、慎重にトイレに向かわなければ危険。
私は半泣きでセブを見上げていた。
『お願いだから下ろして』
震える手でお腹をホールドしているセブの手をペチペチペチと叩く。
「恋人には気を配るべきではないかね?」
『わ、悪かったわよ。今度から気を付ける』
「君は今、自分が悪かったと言ったな」
『言ったわ』
「悪さをしたのだから仕置きだ」
『ひいっ』
セブがショーツの上から私の秘密の膨らみを指でぎゅっと握った。
目の前がチカチカっとしてヒュンと落ちる感覚に冷や汗がぶわっと出た。
『セブ、やめふぇ。漏れちゃう』
「構わん」
構うわ!!!
『お願い。もう、もう、もう、限界』
体が小刻みに震えてきた。自分の体が熱をもってきているのが分かる。
『せぶ、しぇぶ、おねがい。いかせて』
「そそるな」
『せぶ!ひい、ん』
秘部を下着の上からぷにぷにするセブに大激怒の状況だが、私の頭の中はトイレでいっぱい。
『あ、あ、ダメ、あぁ』
もう、ダメ。
涙が零れる。
「キスして乞え、ユキ」
どんな理不尽なことを言われているか判断がつかない私はセブの唇に自分の唇をパッと合わせる。
『トイレ行かせてください』
「ディープキスだ」
こんんんんの男!
私はセブの顔を両手で挟んで舌を薄い唇の間に差し込んだ。やり直しをさせられないようにぐちゅぐちゅとセブの腔内を犯していく。涎が口の端から流れるのも構わず、鼻息荒く、舌を追いかけ回して絡めるように舐め、乱暴に歯列をなぞっていく。最後に今まで出したことがないような下品なズジュジュジュという音でセブの舌を吸い取って唇を離した。
『お、おトイレ、い、行かせてください』
か細い涙声を前にセブは満足そうな表情で口元の涎を拭った。
「行くといい」
げげげげげ限界!!
明らかに可笑しな動きで早歩きする私の背から聞こえてくるくつくつという笑い声。私は腹いせに思い切り扉の戸をバタンッと閉めながら焦がれているトイレを目指したのだった。
『よくもまあやってくれたわね!』
トイレから出てきた私は激怒しながらリビングに戻ってきていた。セブは何事もなかった顔で紅茶を嗜んでいる。
「漏らしたか?」
『間に合ったわよ!!』
「残念だ」
『意味が分からないわっ』
私は荒っぽい動きで椅子を引いてセブの対面に腰かけた。
『私が本当に漏らしていたらどうしていたのよ!』
「それはそれで楽しめる」
『こんのど変態!!!』
セブが私に紅茶を淹れてくれた。
『あ、ありがとう』
「紅茶は利尿作用がある。飲むか飲まないかは君に任せる」
『最っ低!だいたい我慢は体に悪いんだからね!それをあんなにっ』
「以後気を付けよう」
『2度とやらないと誓ってちょうだい』
優越感に浸るように鼻で笑ったセブの目前に現れた火の玉。
『今度同じようなことをしてみなさい。あなたのソコを焼いてやるわ』
セブは青くなって、両手を上げたのだった。
***
いつか切り出さなければならない子供の問題。だが、私はセブにこの話題を切り出せないでいた。リーマスの気持ちが良く分かる。
心の中で重い溜息をついている私はロンドン駅9と3/4番線に来ていた。ホグワーツは安全な場所だが、今の情勢だ。大人数が集まる場所は警戒した方が良いということで私が送り込まれていた。
『多重影分身の術』
ポンポンポンポンと軽快に音が鳴って20体の影分身が現れた。
「わあああ凄い!」
裏返った歓声をあげた新1年生に微笑んで私は影分身に見回りに行かせる。半分は姿を変えて9と3/4番線の外へ、もう半分は怪しい人物がいないかプラットホームや列車を見回っている。
「ユキ先生」
名前を呼ばれて振り向けば蓮ちゃんの姿があった。綺麗な白髪を今日はアップスタイルにしている。
『ミネルバに駅まで送ってもらったの?』
「はい。皆でホグワーツ特急に乗った方が楽しいだろうって」
『新年度にワクワクしながら友達とおしゃべりするのは楽しいわ』
学生時代、夏休みの間ミネルバにべったりだった私は、新年度の始まりもミネルバの姿現しで直接ホグワーツへ行っていた。1度だけ、6年生に上がる時にホグワーツ特急に乗ったことがある。
5年生の終わりにあったO.W.L試験の後セブとリリーと絶交し、傷心していたが、ホグワーツ特急内でのレギュラスとクィリナスとの賑やかなお喋りは私の心を癒してくれた。
そんなことを考えていると、蓮ちゃんはゴソゴソと検知不可能拡大呪文がかけられたビロードの青いポーチの中から黒レースのポーチを取り出した。がま口の留め具部分は緑色の石がついていてオシャレ。
「この前ご迷惑をお掛けしたお詫びです。レースも自分で編んで作りました」
『これを自分で作ったの!?凄いわね』
「検知不可能拡大呪文も自分でかけたんです」
『N.E.W.T.レベルの呪文を使いこなしているなんて。優秀だと思いませんか?』
「?」
「ほっほう。期待できる学生だ」
「!?」
蓮ちゃんは突然のスラグホーン教授の登場に目を瞬かせた。
『こちらは新しい魔法薬学の教授、ホラス・スラグホーン教授よ』
「はじめまして」
「はじめまして、お嬢さん。ふうむ。とても綺麗な白髪と琥珀色の瞳だ。ユキ、ホグワーツに入学したての君に似ている」
『私も親近感を感じているんです』
私はパチリと蓮ちゃんにウインク。
「お名前をお伺いしても宜しいかな?学年は?」
「はい。蓮・リリー・プリンスです。6年生になります」
「蓮、呪文が得意なのかい?」
「ええと……」
『癒者を目指している彼女は全般で優秀ですよ。癒者に必要な科目で全てOを取ったそうです』
「ほっほう。素晴らしい!」
スラグホーン教授は宝石の原石を見つけたように目を輝かせた。
「でも、私なんかはハーマイオニー・グレンジャーに及びません」
「その生徒も6年生かな?」
「はい。多分、絶対、学年一……ホグワーツで一番の魔女だと思います」
「彼女に会うのも楽しみだ!だが、蓮。自分なんかなんて卑下してはいけないよ。君は十分優秀だからね。それに君はオーラがある」
スラグホーン教授はセイウチのような髭を震わせてニコニコとした。
「今日、ホグワーツ特急の中で生徒と一緒にランチをしようと思っていてね。君も来てくれないかい?」
「はい。お邪魔させて頂きます」
「ユキ、コンパートメントを探すのを手伝ってくれるだろう?」
『コンパートメントCを押さえておきましたよ』
「いつからそんなに気が利くようになったんだ!?」
『大人になったんです。これから受けたご恩を少しずつお返ししていきます』
蓮ちゃんに別れを告げようとした時、彼女に封筒を握らされた。
『これは?』
「カードです。スネイプ教授にお渡しください」
『分かったわ』
あんなに理不尽に怒られてもセブにも気を使ってくれるなんて優しい子。私はスラグホーン教授の荷物を持ってホグワーツ特急へ乗り込んだのだった。
出発間際、紅のホグワーツ特急には生徒たちが慌ただしく乗り込み、窓辺では家族と別れを惜しんでいる。
『急いで。出発するわ。乗り遅れるわよ』
列車にトランクを入れるのを手伝っているとハリーが駆け足でやってきた。モリーさんとアーサーさんも一緒だ。
『ハリー』
「こんにちは、ユキ先生」
ハリーは汽車に乗り込んだ。
「ハリー、体に気を付けるのよ、それからいい子にするのよ、それから――――」
「モリー、大丈夫だよ。ハリー、ホグワーツを楽しむのだよ」
「おじさんとおばさんもお元気で」
ハリーはギュッとウィーズリー夫妻とハグをした。
「ユキ先生、ハリーや子供たちをお願いします」
『お任せください、モリーさん。っ!?』
私は手を振っているハリーの前に出た。真っ直ぐにこちらへ向かってくる人物がいる。パッとアーサーさんとモリーさんが振り返り、近くで見ていた黒スーツの護衛闇払いが杖を出した。
私は呆れ返っていた。
この笑顔には見覚えがある。
『ジェームズ』
「え?!」
ハリーが弾んだ声を上げる。
「流石はユキだ」
『ポリジュース薬?』
「シリウスに手に入れてもらってね。息子のお見送りにはこないと」
『リリーに内緒で?』
「あー……告げ口しないでくれるよね?」
『気づかないリリーじゃないわ』
ポーっと汽車が汽笛を上げた。
『ハリー、お別れを』
命を狙われているのに何て危険なことをしたんだと言うのは後回し。私は汽車の奥に引っ込んでハリーに場所を譲った。
「お願いだから無茶をしないでね、父さん」
「父さんは大丈夫さ!ハリーこそ体を大事にしてホグワーツの生活を楽しむんだよ」
「うん!」
ギュッとハグをする親子。ピピーとホイッスルが鳴らされ、ジェームズは後ろに下がる。
ハリーはジェームズが見えなくなるまで窓に張り付いて手を振り続けていた。
「ハリー!」
汽車の廊下に出ると笑顔の栞ちゃんがいた。
「ネビルとルーナと一緒のコンパートメントに来ない?」
「うん!」
栞ちゃんに話しかけられてウキウキとした顔をしたハリーは私に挨拶をして消えていった。
私はスラグホーン教授がいるコンパートメントCに行くことに。そこでは楽しそうな顔でスラグホーン教授が招待状を書いていた。
「久しぶりのナメクジ・クラブだ」
『お眼鏡にかなう子はいましたか?』
「Ms.ジニー・ウィーズリーが素晴らしいコウモリ鼻糞の呪いをかけていたから招待することにする。すまんが、ユキ」
『お安い御用です』
影分身を出すとスラグホーン教授のほっほうが聞けた。影分身は招待状を渡しに行く。
「さてさて、君には沢山聞きたいことがある」
『何でもお答えします』
私はスラグホーン教授に聞かれるがまま、過去に行ったこと、神秘部での戦いや冥界に行った話、それにヴェロニカ・ハッフルパフとの交流を話す。
「シリウス・ブラックは大人なってしまったが、だが手元に欲しい。ユキ、彼をスラグ・クラブに呼んでくれるね?約束だっただろう?」
『首に縄付けてでも連れてきますよ』
「宜しい!これで一揃いだ」
スラグホーン教授は満足そうだ。
その後も思い出話に花を咲かせていると、ランチ・カートがやってくる。スラグホーン教授はみんなに配る為であろうどっさりと食べ物を買い込んだ。
「余っても君が食べる」
『ふふ。ふふふ美味しそう』
「……隠しておこう」
スラグホーン教授が真顔になってランチに広げたナフキンをかけた。
ガヤガヤと声が聞こえてきて、まずコンパートメントに入ってきたのはザビニ。サッと私の隣に座った。
「これは何の集まりなんです?」
『交流会よ』
ザビニは首を傾げた。
広いコンパートメントCに次々と招待された生徒が入ってくる。7年生が2人。ジニー、蓮ちゃん、ハリー、ネビル。
スラグホーン教授は久しぶりのスラグ・クラブにご機嫌だったが生徒たちは困惑しているようだった。それぞれの自己紹介を終え、漸くお昼ご飯にありつける私はターキーレッグにかぶりついた。
「ハリー、ネビル、ジニー。君たちは神秘部の戦いに参戦したそうだね。ユキから素晴らしい戦いぶりだったと聞いているよ。特に強烈なコウモリ鼻糞の呪いをかけたお嬢さんは活躍しただろう」
「ユキ先生の守りの護符がなかったら危なかったんです」
「おや。その話は聞いていない」
『後でお話してスラグホーン教授の為にもお作り致します』
「ありがとう!ユキ」
私は料理に没頭し始めた。スラグホーン教授は思い出話をしたり、有力者や有名人の家族について色々と聞きだそうとした。ようやく生徒たちはこの会がどんなものかを理解し始めたようだ。
「ユキ先生、それは僕のカツサンドですよ」
『あっ。噛んじゃった。ごめん』
「差し上げます」
『ザビニ。あなた男前ね』
「その言葉と笑顔は狡いですよ。スネイプ教授は気が気じゃないんでしょうね」
『私って尻軽?』
「人に、特に生徒にする質問じゃないですね」
会話は続き、生徒たちに疲れの色が見え始め、列車が何度目かの長い霧の中を過ぎ、真っ赤な夕日が見えた時、スラグホーン教授はやっと薄明りの中で目を瞬き、周りを見回した。
「なんと、もう暗くなってきた。もう帰ってローブに着替えた方がいい。さあ、お帰り、お帰り!」
生徒がそれぞれのコンパートメントに帰って行き、私も立ち上がる。
『影分身はここに残して、駅に先に行って何ごともないか確認してきます』
「ははは。まさか汽車から飛び降りああああ!」
窓を開けて橋を通っていた汽車から飛び降りると、下の湖に体が吸い込まれていく。落ちる感覚を暫し楽しんだ私は術を唱えた。
<お呼びかな?ケケケ>
『気持ちの良い空の散歩を楽しみましょう』
上昇して汽車と並んだ私の口寄せ動物の鳥、炎帝は汽車1車両分の大きさがある。スピードもあり、ぐんぐんと汽車を追い抜いて飛んでいく炎帝。
あっという間に駅が見えてくる。
『トンクス』
「わあお。その大きな鳥カッコいい」
<価値が分かっているお嬢ちゃんだ>
炎帝が機嫌良さそうに言って雷鳴のような笑い声を上げた。
トンクスと話しているとホグワーツ特急が到着して生徒たちが汽車から下りてくる。
星が瞬き始めている空を飛んでくると言った炎帝は上空を飛んでいて、生徒たちが感嘆の声を上げて自分に注目するのを悦に浸った目で見下ろしていた。
「ハリーが来ませんね」
『おかしいわね』
ポンポンと戻ってくる影分身の記憶は異常なし。だが、次の記憶が戻ってきた私は眉を上げた。
『いたわ。ブラインドの下がった車両で石化呪文をかけられ床に倒れている』
そう言った瞬間、怒鳴り声が聞こえてきた。
車両から崩れるように出てきたのはドラコと栞ちゃん。殴り合いをしている。
『何をやっているの!』
「私はハリーの元へ行きます」
『お願い、トンクス』
私は火を噴きだした栞ちゃんのもとへと飛んでいった。
『やめなさい!』
「ハリーをどこにやったのよッ」
「ポッターのお守りか?君みたいな馬鹿に面倒みられるなんてポッターもお可哀そうに」
素早い動きでドラコの隙をついた栞ちゃんはドラコをホームへ押し倒して馬乗りになって顔に一発入れた。
『やめなさいと言っているでしょう!』
ドラコが杖を取り出して振る。ファーナンキュラス鼻呪いだったらしく、みるみるうちに栞ちゃんの鼻は膨らんでいき、ぶつぶつの大きなおできが出来る。
「顔が可愛くなったぞ、栞・プリンス、ぶふっ」
栞ちゃんが呪いをものともせずにもう一発ドラコの顔にパンチを入れたところで私は2人を引き離すことに成功した。
『2人共!何故喧嘩したかは察しがつきます。後から寮監の先生に罰則を言い渡してもらいますよ』
私はドラコを先に治療して馬車へ向かわせた。次は栞ちゃん。興奮が収まって痛みが出てきたらしく涙目になっている。
杖を振って鼻呪いを解くが、鼻にぶつぶつのニキビのような出来物が残ってしまった。生憎だがおできを治す薬は持ち合わせていない。
『新年度の宴が終わったら医務室へ行きなさい』
「分かりました……」
『一に力で訴えるのはお止めなさい。落ち着いて、冷静に、対処すること』
「……」
『返事は?』
「……はい」
自分はやったことを後悔していないという顔で栞ちゃんは言った。
「あ、ハリー!」
列車からトンクスとハリーが下りてきたのとホグワーツ特急が出発の汽笛を鳴らすのはほぼ同時だった。
「マルフォイがあなたの居場所を吐かなくて。心配したわ」
「その鼻はどうしたの?」
栞ちゃんがぶすっと口を噤んだので私がドラコからファーナンキュラス鼻呪いを打たれたことを言った。
「僕の為にっ。ありがとう、栞」
「全然良くない。マルフォイからあなたの事を聞きだせなかったんだから。ハリーがロンドンへ逆戻りしなくて良かった」
私たちは駅を離れて歩いて行く。
乗り場にはセストラルが引く馬車はなかった。もう全部出たか帰ってしまったようだ。
『みんなで炎帝に乗って行きましょう』
私は空を見上げ、指笛を吹いた。バーッと飛んできた炎帝が頭上で羽ばたく。
『乗せて』
<お断りだね。あっちの森へ行ってちいちゃな動物たちを驚かしてやる、ケケケ>
『何ですって!?』
ボオオオォと炎帝が火を空に向かって噴いたので夜風で冷たくなっていた体が急速に熱せられた。
<ケケケケ。途中で消したりして邪魔するんじゃないよ>
炎帝を強制的に消して再び手元から出せば良いのだが、そんなことをしても炎帝は機嫌を損ねて私たちを乗せないだろう。私は気まぐれな怪鳥にハアアァと溜息を吐き出した。
『みんな、ごめん』
「あの大きな鳥に乗れないのは残念ですけど、
私たちはトンクスに促されてホグワーツへと歩き出したのだった。