第7章 果敢な牡鹿と支える牝鹿
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6.スピナーズ・エンド
早朝に目が覚めた私は不機嫌だった。
昨晩私をベッドで抱きしめながらセブは寝ぼけて他の女の名前を呼んだのだ!
怒りをぶつけるように部屋の掃除をしていく。埃のかぶった家具をはたきで叩き、部屋中に箒をかけて、モップで水拭きするのだが、全部魔法でやっているので直ぐに暇になった。
忍装束ではなくランニングウェアに着替えて外へ走りに行く。
リリーの実家がある方向へ走っていると大きな公園につき、私は川沿いを歩いた。ここは私が過去へ行った時に初めてセブと出会った公園。
夏の日差しは既に熱く、私は元気よく葉をつけている木の下へ行き、杖を振って地面の雑草を刈って腰を下ろした。
『分かっていたわよ。それに寝ぼけちゃっただけ』
完璧なエスコートを見せてくれる様子、夜のお上手さからセブが今まで女性経験豊富であることは察していた。
それでも今まで他の女性が頭にチラつくことはなかった。
『モリオン……さんか』
はああぁと重い息を吐き出す。そして私に接するようにモリオンさんに接しているところを想像すると強い嫉妬に襲われた。
きっと美人で胸もお尻も大きかっただろう。セブの性技の上手さから、きっと女性の方もお上手だったはずだ。内面もセブが好きになるくらいだから知的で、物腰も優雅で私のように粗野ではないと思う。
今更ながら私って何で好かれたんだっけ?物珍しさ?
確かに忍の知識と術は知的探求心旺盛なセブの興味をそそるだろう。
私は立ち上がり、胸を触ってお尻を触る。ぺったんこ。
『私の強みはなんだろう?どうにかセブに飽きられないように作戦を……あ!』
ピコーンと良いことを思いついた。
そうだ。私は忍じゃないか!性技は追々上手くなるとして、今でも私には出来ることがある。
私はルンルンと来た道を戻り始める。
セブの実家に戻り、バスルームを借りて2階の寝室に行くと、まだセブは寝ていた。ぐっすりと寝ている愛しい顔を眺めた後、検知不可能拡大呪文のかかった巾着から赤いベビードールを取り出し、着た。お揃いのショーツは紐パンツ。
ゴソゴソと布団の中に入ってシミの付いた天井を見上げ、セブの元恋人を想像して悲しくなったり、忍の技でセブを喜ばせられることがないか考えたりしているとカチッと音が鳴って目覚まし時計がジリリリと鳴った。
低く唸ったセブがナイトテーブルの上に置いてあった目覚まし時計を止め、窓から入る朝の光を遮ろうと掛布団を頭からかぶった。
『おはよう』
セブが引っ張ったために掛布団からはみ出した体を布団の中にねじ込む。まだお疲れの残っているセブには申し訳ないが、色仕掛けをさせてもらおう。私はうつ伏せになって顔を向こうに向けているセブの体に引っ付いた。
ここからどうすればいいのかしら?
引っ張ったら体はひっくり返るだろうか?セブの体の右側面を持ってぐいぐいと引っ張れば、セブは鬱陶しそうに唸りながらも仰向けにひっくり返った。
「眠い」
腕で目元を覆っているセブのパジャマのボタンを外していく。全て外し終わり、前を開けば逞しい胸が現れた。私は自分の計画が順調に進んでいることに笑みを溢しながらセブの上に乗っかる。
襲っている行為が恥ずかしいので頭まですっぽり布団を被りながらセブの胸板に口づける。右の乳首を唾液をたっぷり含ませてチロチロと舐めながら反対側の乳首を指で愛撫していると布団の上越しにセブの両手がポスンと乗って私の頭を抱いた。
「随分と刺激的な起こし方だな」
掠れた声がとても色っぽい。私は布団が捲られそうになるのを阻止して下半身へと進んでいく。
えーと。焦らしプレイをしましょう。
雑誌を思い出しながら、既に大きくなっているセブのモノをパジャマの上から撫でていると、セブの両足が私の体に巻き付いた。
「朝から焦らすな」
自分の思い通りにいって嬉しくなり、調子に乗った私はもっと焦らしてやろうと大事な部分は避けて内腿への愛撫に移る。
「ユキ」
咎めるような口調をクスクス笑っているとバッと涼しくなる。セブが布団を捲ったのだ。
上体を上げると、目を見開いたセブと目が合った。
少しは私の姿にドキドキしてくれただろうか?それとも……もしかして朝からベビードールなんか着てやる気満々な様子に引いている!?どうしよう。急に不安になってきた。
『目は覚めた?』
セブの様子を窺いながら問いかけるが、セブは無表情でまだ固まったままだ。
『あー……引いている?』
しかし、心配は杞憂だったようだ。
起き上がったセブは艶っぽい笑みを浮かべて私のベビードールの裾をひらりと跳ねさせた。
「君から仕掛けてくるとは珍しいな。どういう心境の変化ですかな?」
『心境の変化……』
私は昨晩のことを思い出してぶすっとして腕を体の前で組んだ。
「何か失言をしたか?」
『えぇ。昨晩ね』
目を瞬くセブを押し倒して、馬乗りになる。
私はキョトンとするセブを見下ろしながらニッコリと笑みを浮かべて見せた。
『今後、寝ぼけてでもその口から私以外の女の名前を呼ばせないようにしてあげるわ』
うっとしてセブの顔が明らかに引き攣った。
「それは……そうか……失礼をした」
モゴモゴとセブが言った。
『いいのよ。寝ぼけてだもの。今の彼女は私。例えモリオンさんがどれだけ美人でスタイルが良くて知的で面白い話も出来て色っぽくて床上手な魅力的な女性だとしても、私、頑張るわ。あなたが欲するような女になる為に秘策を思いつきました!ってなんでそんな顔しているわけ!?』
セブは片方の口の端を上げてニヤニヤしている。
「続けろ」
『反省タイムは終了?!』
「あぁ。君の許しを得たからな。して、秘策とは?」
こうもあっさり反省の色を消されると腹立たしいが、怒っていても仕方がない。続きをしよう。
『あなたの彼女は忍。そのことを喜んで』
ニッコリ笑った私は印を組む。
『変化』
「っ!」
吃驚しているセブにパチリとウインク。
私は成人男性向け雑誌で見た美女に変身していた。小麦色の肌に甘栗色の髪。目鼻立ちははっきりしていてぽってりした唇。勿論、胸よし、尻よし、太腿よし。今着ているベビードールがはち切れそうだ。
『どうかしら、セブ』
セブの上に覆いかぶさるとウェーブのかかっている髪がさらりとセブの顔の上にかかった。
「馬鹿なのか?」
『え?気に食わない?困ったわね。影分身の術』
私は影分身を数体出して、それぞれ変化させる。
『どう?』
こちらは金髪碧眼の美女。セブの右隣に寝っ転がった。
『好みはこっち?』
ブロンズのような肌とカールした髪の黒人女性はセブの左側へ行って寝て腕を絡ませる。
『熟女が好き……とか?』
東洋人の抱擁感溢れるたれ目の美女は母性が滲み出ている。セブの右腰に横に正座した。
『八ッ!もしやロリコンぶへっ!』
私の顔に枕がヒットした。
『好みの女性がいなかったからといって「さっさとこれらを消せ!」
セブは怒りながら自分に纏わりつく美女たちを払いのけている。
えぇ~~~~っ。好みに煩い人ね。私は影分身たちを消した。
「お前も元の姿に戻れ」
『やってから』
「戻れ!」
『は、はい……』
ガンと怒られ変化を解くと呆れかえった溜息を吐きながらセブは右手を額に持っていった。
「ユキ」
『なあに?』
「自分の何がいけなかったか分かるか?」
『セブの好みを分かっていなかったこと』
「違う」
『じゃあ何?』
「我輩は……こっちへ来い」
セブの上に寝るとぎゅっと抱きしめられた。セブの体が左右に揺らされ、私の体も左右に揺れる。額に強めのキス。
「我輩は誰彼構わずセックスしたいわけじゃない。君だからしたいんだ」
私は驚いて顔を上げた。
『世界の美女よりどりみどり、複数プレイもお任せあれよ?』
「君以外としたくない」
『男の夢を集めてみたのに』
「君以外に興味はない」
私はセブの考えに目をパチクリさせた。
「はあぁ。ユキ、君は例えば我輩が変化して他の男の姿になったとして、そういう事をしたいかね?」
想像する前に私は眉を寄せて首を横に振った。
『気持ちが悪いわ』
「我輩も同じだ」
『男と女は違うと思っていた……』
「他の男がどうであろうと我輩は違う。君だけだ」
じわじわと胸が熱くなって喜びが胸を満たしていき私はセブの頬に思い切り口づけた。
『とても嬉しい』
「今後馬鹿な真似は止めるように」
『えぇ。他の女性になんか変化しない。でも』
私は印を組んだ。
『これならどうだ!』
ポン ポン ポン ポン ポン
出てきたのは影分身を変化させた私。
半獣の私に成人したての私(黒髪黒目、白髪黄目)にホグワーツ入学頃の私(黒髪黒目、白髪黄目)を出した。
『「「「「「セブだーいすきっ」」」」」』
全員で一斉にセブの体に抱きつく。本体の私は開いた足の間、制服姿の成人したてはセブの両腕にそれぞれ、ホグワーツ入学頃はこちらも制服で両足にそれぞれ、半獣はセブの頭に回って膝枕しながら後ろから手を回す。
「やめろッ」
『全部私よ?複数プレイを楽しんで?』
「まったくッお前という奴は!」
『楽しみましょうよ』
「いけない事しない?」
「抱いて」
「抱かせて」
「何だってやるわ」
「私、頑張る」
頭にいる半獣はセブの両乳首に手を伸ばし、右腕の私は手の甲にキスをし、左腕の私は自分の胸にセブの手を押し当てた。足元の2人は脚を愛撫したり、キスをして、本体の私はパジャマ越しの股間に顔を埋めた。
「くっ……」
セブは色っぽい声を上げて体を捩った。
私は見たことのない快楽に抗おうとする姿にぞくぞくっと背中を震わせる。
「ユキ、不道徳だ」
『不道徳は好きでしょう?』
影分身に手伝ってもらいながらパジャマのズボンをずりずりと下ろしていく。熱い息を吐き出すセブは抵抗しなかった。
「……は……消せ」
『なあに?』
「足元の、子供は消してくれ」
目を瞑って何かに耐えるように色っぽく息を吐き出しながらセブが言う。
私が足元のホグワーツ入学頃の私2体を消し去ると、セブが上体を起こした。
「ここからどうするつもりかね?」
『あ』
「無計画にこのような無茶苦茶を始めたと?どう収拾をつけるおつもりか」
『要はあなたが満足すれば成功でしょう?4人でご奉仕させて頂くわ。ハーレムを楽しんでちょうだい!』
顔に書いてある不安の二文字を快感に変えてあげるわよ!
私たち4人は頷き合って、
「……嫌な予感しかしない」
セブの体にぎゅっと抱き着いたのだった。
『「「「セブだーーーいすきっ」」」』
ベッドの中、本体の私は機嫌良さそうに私の髪をいじっているセブの横でフルフルと震えていた。影分身は全て消して、違う。セブから与えられた快感に耐えきれずに消えてしまったのだ。
「くく。4人揃ってふがいないな」
私はカチンとしながら涙目でセブを睨みつける。
『えぇ、えぇ、そうでしょうとも。経験豊富なあなたをご満足させるには誰かさんみたいなテクニックが必要でしょうねっ』
「モリオンか?」
嫌味を言ってしまったことに後悔する間もなく、セブが例の彼女の名前を言った。
『ごめん。嫉妬は醜いわね。忘れて』
「君が嫉妬してくれたおかげで楽しい思いをすることが出来た。モリオンには感謝せねばならん」
『……』
「そう悲しそうな顔をするな。君の嫉妬はお門違いだ、ユキ」
『どういう……』
「君はモリオンに会ったことがある」
『私とセブの共通の知り合いにモリオンなんて女性……も男性もいないわ』
忍という仕事柄、人の名前と顔を覚えるのは得意だ。訝し気に眉を顰めていると、セブが両手を組んだ。
「口寄せの術」
ポン
低いバリトンボイスで術が唱えられると、白い煙幕の中に白ウサギの姿が現れ、セブのお腹に落下した。
「モリオンっ」
セブが声を大きくする。
ウサギのお腹には赤い線が走っていた。
「この傷はどうした」
<モリオン、たたかった、さると>
『治すわ』
「頼む」
ウサギの傷は幸い浅く、直ぐに治すことが出来た。
<なおった、すごい、ユキすき>
ウサギがぴょんと飛んで私の膝の上に乗ったのだが、その温もりは直ぐに消えた。セブがウサギを抱き上げて自分の腕の中に抱いたから。
「炎源郷などに戻るなとあれ程言ったではないか」
<モリオン、つよくなる>
フンスとウサギが鼻息を吹き出す。
セブに頭を撫でられて耳を倒しているウサギとウサギを溺愛している様子のセブの顔を交互に見た私は大きく息を吐き出した。
『モリオンってウサギのこと!?』
「そうだ。君の嫉妬の対象はウサギだ」
『悩んだ時間を返して!』
「ユキが勝手に勘違いしたのだ。だが、我輩は君の勘違いのおかげで君たち4人のお相手をすることが出来た。楽しかったぞ、ユキ。礼を言う」
『なんて意地悪なのっ。私がモリオンの名前を言った時点であなたは私の勘違いに気が付いていたくせにっ。陰険よ!あんな、あんな、恥ずかしいことさせてっ』
「モリオンの前でいかがわしい話はよせ」
<いかがわしい、いみ、なに?>
「知らなくていい」
蕩けるようなチョコレートボイスでセブはウサギの耳の後ろを掻きながら言った。
『モリオン』
モリオンがくりくりした黒い瞳で私を見上げた。
『良い名前をもらって良かったわね。セブ、意味はあるの?』
「魔よけの力が強い黒水晶だ」
『純粋な黒い瞳はよく磨かれた水晶みたいだものね』
<モリオン、くちよせどうぶつ、せぶ、まもる>
モリオンは再びフンスと鼻を鳴らした。
「我輩の部屋で穏やかに暮らせば良いと言っておるのに口寄せ動物として強くなりたいと言って聞かぬのだ」
『口寄せ動物として良い心掛けじゃない』
「心配だ」
『過保護ね』
「過保護ではない。現に先ほど怪我をしていたであろう」
『野生動物だもの。少しくらい怪我はするわよ』
「これは我輩のペットだ」
『溺愛しているのね』
セブはモリオンを愛おしそうに撫でた。
<モリオン、つかれた>
「ここで寝るといい」
セブは自分の横にモリオンを下ろし、自分も枕に頭を沈めて寝転がった。私も寝転がってモリオンの方を向く。モリオン越しに見えるセブは柔らかい光を瞳に宿してモリオンの背中を一定のスピードで優しく撫でている。
『モリオンがウサギだって分かったのに嫉妬しそうだわ』
セブは可笑しそうにフッと私に笑いかけ、モリオンを撫でていた手を伸ばして私の頭を撫でた。
小動物のようによしよしと撫でられてクスクスと笑っていた私だが、コンコンコンと怯えたように玄関のドアノックの音が聞こえて体を起こした。
『お客さんだわ』
「客?」
今度は気づいて欲しそうに強くトントントンとノックが聞こえた。
『念のため私の影分身にセブの姿をさせて行かせるわ』
私はセブの返事を待たずに影分身をセブに変身させて寝室から送り出した。
布団から出て服に着替えていた私は驚いてTシャツを床に落とす。影分身が消えて入ってきた記憶。
「誰であった?」
『ピーター・ペティグリュー』
「っ!」
杖を振って全てのボタンを締めながら歩くセブの後ろに続いて寝室を出て行く。
『モリオンはここにいなさい』
階段を下りながら玄関を見れば、開け放たれた扉の前にピーター・ペティグリューがおどおどとして立っていた。
ピーターは近づいてくる私を恐怖の表情で見て、セブを見、地面に視線を落としながら両手を神経質に動かしている。
「何用だ、ペティグリュー」
「あ、あの方が私をセブルス、君の補佐をするように送られた」
「任務か」
「そ、そうだ」
「入れ」
セブは玄関から顔を出し、辺りに誰もいないか確認して玄関扉を閉めた。
重く息を吐き出したセブは肘掛椅子に腰かけて足を組み、ひじ掛けに肘をついてこめかみに手をやった。
「ユキ、君も座りたまえ」
『いいえ。立っている』
私はセブの背後に立った。
「ペティグリュー、座れ」
「あ、あぁ。ありがとう」
2人掛けのソファーに座るペティグリューの姿は小さく見えた。
セブはそんなペティグリューを見て嘲るように笑う。
「脆弱な監視役が来たものだ」
「補佐役だよ、セブルス」
ペティグリューは無理矢理に笑った。
「ユキも……久しぶり、だね」
『そうね』
「わ、私にまだ怒っているだろう?」
『当然よ』
私はペティグリューに感情のない瞳を向けた。すると、彼はガタガタと震えだし、目を恐怖に染める。
「で、でも!私は例のあの人の命令によってここに来た!」
ペティグリューは恐ろしさからくる緊張に精神が耐えきれず猟師の前に自ら飛び出した鴨のように立ち上がり、叫んだ。
「君は、君は、私を殺せない。殺せないんだぞ、ユキっ」
『残念よ』
無機質にそう言うと、ペティグリューはへなへなとソファーに座り込んだ。その体の震えは大きくなり、これ以上私を見ていたら魂を取られるとでもいうように私から目を逸らした。
「監視役ということはこの家に滞在するのだな」
「え、あ、あぁ。お世話になるよ、セブルス」
声をひっくり返してペティグリューは答える。
「ここで待て」
セブは子供の頃使っていた部屋と続く扉へと入って行った。
程なくして戻ってきたセブは「ついて来い」とペティグリューに声をかける。
2人は隠し扉から階段へ消えていった。
『ペティグリュー』
ペティグリューが裏切らなければシリウスはアズカバンに行くことはなかった。
ペティグリューが裏切らなければリリーとジェームズは死ななかった。
ペティグリューが裏切らなければセブは大事な幼馴染を間接的に殺したと苦しまなかった。
隠し階段を見上げているとセブが下りてくる。
セブは隠し扉を閉め、小さく舌打ちした。
「勝手に動き回るなと言っておいた。動き回るだろうが」
『特に実験室には気を付けないと』
「施錠に気を付けよう」
『いつまでいるのかしら』
「いくら使えないペティグリューとはいえ、空の家に置きとどめることはすまい。我輩たちがホグワーツに戻れば出ていくだろう」
『そうね』
「ユキ、大丈夫か?君はペティグリューを憎んでいる……」
『あなたほどじゃないわ』
もうこの家でイチャイチャなど出来ない。
私たちは研究に没頭することにした。
ペティグリューはチョコチョコと鼠のように姿を覗かせたが、私に話しかけてくるようなことはなかった。私に怯え切っているらしい。
セブと私は険悪なはずはないのに、どこか私たちの間にはイライラとした空気が漂っていた。お互いその原因はペティグリューだと分かっていたから感情を抑えてお互いに接した。
そんな日が数日続き、私とセブが蓮・プリンスの買い物に付き合う日がやってきた。
「実験室の扉には我輩が思いつく限りで最も苦痛を伴う呪いをかけておいた。気が向いたらドアノブを回して見るといい」
「そ、そんなっ。扉を開けないよ。実験室は大事なものが溢れているじゃないか」
実際に施錠は厳重にしてあるし、ペティグリューが見て分かりそうな資料や道具は隠しておいた。
バシンッ
私たちはダイアゴン横丁のグリンゴッツ銀行へとやってきた。ここが待ち合わせ場所だ。蓮ちゃんはミネルバと一緒にいた。
「おはようございます!」
蓮・プリンスが笑顔で大きく手を振っているのを見て、私は久しぶり笑顔になったことに気が付いた。セブも同じだったらしく、空気が柔らかくなる。
『ミネルバ。お加減はいかがですか?』
「新学期までには全回復するでしょう。セブルス、聞きましたよ。闇の魔術に対する防衛術の教授に就任したそうですね。おめでとう」
「引き続きよろしくお願い致します」
「さて、蓮・プリンスをお願いします。15時までお願いしても良いかしら?」
『はい』
残された私たち3人。
「お手数お掛け致します」
『いいのよ。私もセブも息抜きが必要だわ』
「次々と人が姿を消している。治安が良くない故、勝手な行動はするな」
「はい。気を付けます」
『さっそく行きましょう』
私たちは夏なのに冷え切った雰囲気のダイアゴン横丁を蓮ちゃんを間に挟んで歩いて行く。教師1人だけでなく、私とセブの両方に面倒を見させる何かが蓮ちゃんにはあるのだと思う。
『O.W.L.の試験結果は出た?』
「はい!癒者に必要な科目で全て優(O)を取りました!」
『全てで優をとったの!?凄いわね。因みに忍術学は?見たところではE以上だと思ったけれど』
「Oでした!」
『素晴らしいっ。プレッシャーに負けず頑張ったわね』
蓮ちゃんはニコニコと可愛らしい笑顔を浮かべた。
「スネイプ教授、闇の魔術に対する防衛術教授就任おめでとうございます。先生から魔法薬学を教えて頂けなくなるのは残念ですが……わっ」
私たちの前にゆらりと怪しげな風体の小柄な魔法使いが飛び出してきたので咄嗟に蓮ちゃんの肩を引き寄せる。
「奥さん、娘さんにお1ついかが?」
呪文が印字されているタグがぶら下がっている銀のネックレスが魔法使いの腕の中でジャラジャラと揺れている。
「娘さんの可愛い首を護りませんか、お父さん?」
私たちは魔法使いを無視して歩いて行く。
「ありがとうございます、ユキ先生」
『治安が悪くなったわね』
「ユキ、君がああいう輩に引っ掛からないで安心した」
『ああいうつまらない詐欺には引っ掛からないわ』
「可哀そうなパフスケインと同レベルだと思うがね」
「え、ユキ先生ったら詐欺にあったんですか?」
『寸前で止められたわ。持つべきものは友達ね』
「買い物リストはあるか?」
「これです」
私たちはマダム・マルキンのお店に入った。
『買うのはドレスローブね』
セブの手にある買い物リストを覗き込みながら言う。
「マクゴナガル教授が1枚持っておいた方がいいと仰って」
私たちはドレス選びを開始した。
セブは早々にソファーに座って本を読んでいる。
『見て見て。攻めてるってかんじ。これは?』
私はハンガーラックから緑色のオーガンジーのドレスを引っ張り出した。
「ぐふっ。そんなもの着たら乳首も大事なところも透けるじゃないですか!」
「それは水着を着て着るものですよ」
マダム・マルキンが教えてくれる。
『ダメ?』
「こんなのホグワーツで着られませんっ。あだ名が痴女になります!」
『セブもそう思う?』
振り返ったセブは眉間に皺を寄せて本に戻った。
『そうねぇ……じゃあ、こっちは?』
蓮ちゃんはドレスの背中についている可愛らしい妖精の羽を顔を歪めて触った。
「私は5歳の子供じゃないんです。こんなメルヘンチックなもの着ません。ハロウィンじゃないんですから。それにフリルがゴテゴテ」
『えぇ~。可愛いのに。セブはどう思う?』
セブは振り向きもしなかったのでハンガーラックにドレスを戻す。
蓮ちゃんは邪魔されたくないというように私から離れていった。
「そういえばユキ先生、冬にご購入頂いたドレスはお相手の方に喜んでいただけましたか?」
『多分そうだと思います』
マダム・マルキンの質問に私の頬は膨らんだ。
「多分?」
『似合っていると言葉にしてもらえなかったんです』
私はセブに恨みがましい視線を向けた。
『しかも2着のうち1着はぐちゃぐちゃにされまして』
「あらまあ!」
マダム・マルキンはなんてことをと目を大きく見開いた後、眉間に皺を寄せた。
「なんて幼稚な!」
『幼稚!そうそう。その表現はぴったりですね』
私はぶすっとしたオーラを放っているセブに仕返しできたとフンと鼻で笑う。いつもいつも素直に自分の好みを教えてくれないのが悪い。
「ユキ先生はご入用の服ございます?」
『いいえ。それに今日は付き添いですし、時間のある時にまた来ます』
「前のようにいつでも見立てますからね。その……言いにくいのですが……ユキ先生が選んだ服を手放しに褒める店員がいる店に行くべきではありません」
『ハハハ……』
「前にも言いましたが自分の服を買うときは店員に、プレゼントを買う時も店員に、店員が忙しいようならマネキンが着ている物を買ってください」
『はい……』
ふと視線を横に向けるとセブの肩が小刻みに震えていた。
蓮ちゃんは夕暮れのような青色のドレスローブを購入し、私たちは店を出た。フローリッシュ・アンド・ブロッツで教科書を購入し、薬問屋へ。
『薬材も高くなったわね』
薬問屋のおじさんと話している間、セブが蓮ちゃんの面倒を見てくれていた。私は薬問屋のおじさんと仲がいい。
『おじさん、これを買いたいのですがあるかしら?』
実験で使う材料のリストを渡したが、何種類かの薬材は取り寄せになるとのこと。
「貴重な薬材が数種類あるね。今はフクロウ便もあてにならないから直接取りに来た方が安全だよ」
『そうします』
「それはそうとユキちゃん、行かないと思うが……ノクターン横丁のアービッシュ髑髏パブには気を付けた方がいい。死喰い人の溜まり場だそうだ」
『ノクターン横丁にいるような魔法使いがダイアゴン横丁にまで出てきている。おじさんも気を付けて下さいね』
「正直、店を締めようか迷っているよ。あちこちで人が消えている。命には代えられない」
『自分の身を護るのが最優先です』
「死喰い人狩りに期待しているよ。この辺りで活動することが多いらしく、治安が少しマシになったんだ。マシになったとはいえ、そりゃあ、こんなだけど」
『死喰い人狩りとは例の魔法を使えなくして記憶を消される事件ですね』
「あぁ。市民の英雄さ」
英雄……
私は薬問屋のおじさんにニッコリと笑みを作って見せた。
全ての買い物を終えた私たちはフレッドとジョージのお店、ウィーズリー・ウィザード・ウィーズに行くことにした。
ど派手な大きなピエロが店の看板上でビヨヨーンと伸びたり縮んだりしている。店の中は相当賑わっていた。
「あの店で待つ」
『私は蓮ちゃんと中に入るわ』
「直ぐに戻ります」
「急いでいない」
セブは店の反対側にある寂れたカフェに入って行った。
前回はゆっくり見られなかった店内は目の眩むような商品の数々が回って跳ねて光ったり、弾んだり叫んだりしていた。壁に貼ってあるポスターが目の眩むような色で点滅している。
私は蓮ちゃんの後をついて回る。
「ずる休みスナックボックス!鼻血ヌルヌル・ヌガー!」
『新年度から使われないように気をつけないと』
「これ凄いわ!」
蓮ちゃんが見ているのはパッケージにハンサムな若者とうっとりした女性が描かれていて、簡単な呪文で最高級の夢の旅に30分と書かれている。
「1つ買っていきます」
『私も1つ買うわ。生徒がどんな風になるか見ておきたいもの』
「「ああ!ユキ先生だ。いらっしゃいませ」」
お店の奥から長身の赤毛の双子がやってきた。
『お久しぶりね、フレッド、ジョージ。お店は大繁盛ね』
「みんなストレスが溜まっているんだ。日頃の鬱憤を晴らすものを求めている」
ニヤリとフレッドが笑う。
「ユキ先生から習った煙幕弾と催涙弾は大人にも人気ですよ。だからお手持ちの箱は無料進呈致します」
『ありがとう!』
「そうだ。パフスケインを奥で売っているんです。可哀そうなあいつらを1匹買っていきませんか?」
『あああやめて』
フレッドとジョージは声をあげて笑った。言いふらしたのは誰よ!
気になる悪戯グッズを買ってお店の外にでる。
『お待たせ』
「お待たせしました」
『中でもみくちゃになって喉が渇いたわ』
「ちょうど昼時だ。時間潰しも兼ねて漏れ鍋に行こう」
『セブのお腹ちゃぷちゃぷにならない?』
「問題ない」
「ふふ。ちゃぷちゃぷっ」
『ふふふ』
「……」
漏れ鍋の中はお昼時だというのに閑散としている。
気さくな店主のトムは私たちを喜んで迎えてくれた。
私はサンデーロースト・チキン、セブはシェパーズ・パイ、蓮ちゃんはフィッシュアンドチップスを頼んだ。
『何故ミネルバのお世話になっているの?』
「人の家庭に首を突っ込むな」
『あ……。ごめんなさい。デリカシーにかけることを言ったわね』
「いえ、いいんです。事情があって両親と一緒に暮らせなくなったのですが、両親ともに元気です」
『良かったわ』
この不安定な時代において自分の配慮のなさに心の中で頭を抱えながら相槌を打つ。
「私の両親、凄く良い人たちなんですよ」
蓮ちゃんは私たちを見てにっこりした。
「優しくて、温かくて、かっこよくて、強くって。私はお父さんとお母さんを見て癒者になりたいと思ったんです」
『ご両親は癒者なの?』
「お母さんが元癒者でした。お父さんは魔法薬学に詳しいんです」
料理がやってきて私たちの会話はホグワーツについての会話に移った。
『そういえば蓮ちゃん、C.C.と時々会っているそうね』
そう言うと察しの良いセブがフォークを止めた。C.C.が誰か気づいたようだ。
蓮ちゃんは私と私に変化しているクィリナスを見分けることが出来る。
「Ms.プリンス、君はアイツを知っているのかね?」
眉間に皺をくっきり作っているセブに蓮ちゃんは恍惚とした顔で「はい」と答えた。
「秘密の特訓をつけてもらっています」
「なんだと!?」
『C.C.が弟子を取るなんて。良かったわね』
「はい!」
アズカバンの囚人にいそうな凶悪な顔をした人の隣で蓮ちゃんは頷く。
「1対1の秘密のレッスン。手取り足取り教えて頂いています」
「っあの男!」
『セブ、そんな怖い顔しないで』
「蓮・プリンス、どういうことか説明しろ。あの男は身を潜めて行動しているはずだ」
「どんな姿をしていてもあの人をあの人だと見分けられる私はあの人にとって特別な存在なんです。ですから、あの人も私を特別扱いするんです」
「今すぐ関係を断つべきだ。あの男と関わり合うのは危険だ。ここで誓え。2度と、あの男と、会わないと!」
『セブったらそんなに怒ることないじゃない。C.C.の用心深さを私たちは知っているし、蓮ちゃんもホグワーツ以外でC.C.と会ったことはないでしょう?』
「はい。次に会う約束も出来ない……私が廊下であの人を偶然見つけるか、あの人がホグワーツに来た時に私に連絡をくれるかしか会える方法はありません。勿論その連絡も決して誰にも見つからない方法です」
「ユキ、このことを知っていたのか?」
『軽く聞いていたわ』
「何故止めなかった!」
『私も初めは驚いたけど、好きにさせたらいいじゃない』
「いいや。金輪際あの男と会うな。我輩は―――ホグワーツの教師として、生徒が部外者とホグワーツ敷地内で会うのを禁ずる」
「そんな!あの人は私の生き甲斐なんです!あの人のいない人生なんて!」
セブは衝撃の表情を張り付けて大きく目を見開いて固まった。
『あらまあ。恋しているの?』
「はい!」
バンッ
セブが勢いよくテーブルを両手で叩いて立ち上がったので、漏れ鍋の店主トムさんが驚いて拭いていたグラスを床に落として割った。
『え、え、何でそんなに怒っているの?そんなに怒ること?』
目にクィリナスを呪い殺すと書いているセブに首を傾げる。蓮ちゃんはセブの激怒にフルフルと震えている。
「お前が我輩の言うことを聞かぬというならそれでいい。だが、我輩はこの関係を認めるわけにはいかぬ」
セブがジロリと目だけで蓮ちゃんを見下ろした。
「あの男は2度とお前の前に現れない。我輩がそうしてやる。2度と変な気を起こさぬように。よいな?」
「そ、そんな!」
ブンと助けを求めるように蓮ちゃんが私を見た。
「おか、おか、おか」
『おかわり欲しいの?』
「違いますっ。お母、ユキ先生はどう思いますか!?」
好きな人との交流を強く禁止されて怒りから真っ赤になっている蓮ちゃんの前で私は鶏肉をつつきながら考える。
『もし想いが通じても成人するまでは色々待ちなさい』
「ユキ!」
「我慢します!それに振り向いてもらえるよう頑張ります!」
「ダメだ!絶対に許さんっ」
『セブったらどうしたの?応援してあげましょうよ』
「あいつの変質者ぶりはユキも知っているはずだ。そんな奴を―――生徒と関わらせるわけにはいかんッ」
『落ち着いて。座りましょう』
私はセブの袖を引っ張って椅子に座らせた。
「もう1度言う。あの男と会うのを禁ずる」
「酷いッ」
「将来、我輩の判断に感謝する日が来るであろう。もうこの話は終わりだ。さっさと残りを食べたまえ」
「そんな」
「終わりだ。残りを食べろッ」
何か言いたげな蓮ちゃんにピシャリと言って食事を再開するセブ。
死んだことになっているクィリナス。そんな彼と生徒が関わるのが教員として心配なのね。それに比べて私はお気楽過ぎるのかしら……。
怒っているセブと涙目の蓮ちゃん。
私はどちらにも声をかけられず、残りのサンデー・ロースト・チキンを食べるのに集中したのだった。
『甘い物食べて元気出しましょう』
あまりにも気落ちしてしまった様子の蓮ちゃんにはキルケー・クーヒェンのケーキをお土産に持たせてミネルバのもとへ送り届けた。
私とセブも帰路につく。
紫色の蝶は舞う
ヒラヒラとヒラヒラと
数日後――――
『薬種問屋から薬材が届いたから取りに来て欲しいと連絡があったわ』
「ペティグリュー、行ってこい」
「っ!私は、セブルス、君の補佐に来たのであって召使いになったわけじゃない!」
「それは知らなかったな、ペティグリュー。お前がもっと危険な任務を渇望していたとはね。では、闇の帝王にお話申し上げて―――」
「わ、分かった。分かった。行く」
「宜しい。ユキ、ついでがあるなら頼むといい」
『では、申し訳ないけれどアービッシュ髑髏パブの店主にこれを届けて欲しい』
「それは?」
セブルスはユキが着物の袂から取り出した手紙を見た。糊付けされていない手紙は封蝋だけしてある。
『あちこちで情報を集めているのよ』
「預けて大丈夫なのか?」
『暗号で書いてあるし、内容も大したことない』
ユキはそう言ってペティグリューに手紙を渡した。
ヒラヒラと迷うことなく
路地を進んでいく蝶
蝶は黒い蜘蛛へと姿を変える
ピーターはノクターン横丁の路地を進んでいたが、ふと辺りを見渡して赤茶色に錆びた鉄の階段の下に入り込み、ローブのポケットから手紙を取り出した。
左右をもう一度確認し、封蝋を外す。
「うっ」
手紙から上がった白煙はピーターの顔を覆い、彼は地面へと崩れ落ちていく。
蜘蛛から出た糸が男に巻き付き、男は音もなく地面に倒れることになった
黒い蜘蛛はピーターの手から手紙を取り上げ、手の中で燃やした。
『セクタムセンプラ』
薬によって気を失っていたピーターは顔を激痛に歪めただけで声を上げることはなかった。切り裂かれた体から流れる血を踏みながら蜘蛛はピーターの前に座り、彼の体に手を置いた。
治癒される体
切り裂かれる体
また治され
また切り裂かれる
『オブリビエイト』
蜘蛛は仕上げに杖を振った。
***
セブと研究に勤しんでいると玄関の扉が乱暴バッターンと開いた音が聞こえてきた。
何ごとかと研究室から出て階段を下りていく私たちの目に映ったのは髪を振り乱し、服を乱れさせ、目を絶望の色に染めていたペティグリューの姿だった。
「お前の仕業だ!お前だ!お前に違いないッ」
私とセブは顔を見合わせ、眉を寄せた。
「返せっ返せ!!」
ガタンっと足を踏み外し、四つん這いになるようにして階段を上ってくるペティグリューから庇うようにセブが私の前に立った。
「錯乱したか?ペティグリュー」
「セブルス!その女を渡せッ。その女だ。その女が私をこんな体にした!!」
『何の話?』
「とぼける気か!見ろ!私を、私をこうしたのを!知らないとは言わせないぞッ。お前しかいない!!」
『さっきから何なの?』
「嘘をつくなッ。お前だ!残忍な奴!残酷な行い。出来るのはお前だけだ!」
ペティグリューは半狂乱で叫び続けている。
「お前は、お前は、私の魔力を、もはや私は物を動かすことさえやっとという始末、お前のせいだ。昔からそう思っていた、残忍で、感情のない、人とは思えないッ」
「いい加減にしろ!」
「うわああああぁぁ!!!」
セブに怒鳴られたペティグリューは子供のように頭を抱えて大声で泣きだした。
「ユキ、君は寝室に行っていてくれ。ペティグリューの状態は普通じゃない」
「分かった……セブも気をつけて」
寝室に入った私はコツンと小さな物音に窓を開けた。後ろを確認し、しっかりと扉が閉まっているのを確認して下を向いて頷く。壁をよじ登り、本体の私が部屋の中に入ってきた。
部屋の中にいた影分身が消え、私1人が寝室に残される。
<ユキ>
光のような速さで足元にやってきた白い物体はセブの口寄せ動物であるウサギ。
『モリオン、起こしたかしら?』
<ち、におい、けが?へいき?>
『えぇ。心配ないわ』
血の匂いがするのか……。落としてきたつもりだけど、でも、人間に嗅ぎ分けられる程ではないはず。シャワーを浴びている時間はないだろう。私はモリオンを抱き上げる。
『セブが心配してしまうから血の匂いがしたことは言わないでくれる?それから私が外から帰ってきた事も。お願い』
<せぶ、しんぱい、させない、モリオン、いわない>
『ありがとう、モリオン。良い子ね』
ベッドに座り、膝の上にモリオンを乗せて撫でていると、寝室にセブがやってきた。
『どうだった?』
「少しは落ち着いたようだ」
『様子からするに、例の魔力消失事件に遭ったと思われるけれど』
「そのようだ。だが、ペティグリューの魔力は僅かながら残っている。記憶は消されたそうだが」
『魔力が残されていて良かったわね』
「先ほど言っていた通り、物を動かす程度しか出来ぬようになっていた」
『そう……ヴォルデモートに報告を?』
「面倒だがそうせねばな。黙っていてご不興を買っても困る。ユキ、君はホグワーツか自分の部屋に戻るといい」
『何故?』
「君がいくら強いとはいえ、強く恨まれているのだ。何かあったらと心配だ」
『……分かった。先にホグワーツに戻るわね』
「あぁ」
『荷造りして、出て行くときに声をかけるわ』
紫色の蝶はどこかウキウキと芝生の上を飛んでいく
「ぺティグリューは引き続き我輩の補佐として残ることになった」
『新たに他の者を送り込まれるより良かったわ』
山からホグワーツへ下りてくる風は秋の香りを帯びてきた
「……ユキ」
『なあに?』
着物の袖がひらりと揺れる
「……いいや、なんでもない」
さながら紫色の蝶