第7章 果敢な牡鹿と支える牝鹿
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5.ドラコの回り道
「上々だな」
『えぇ。みんな頑張ってくれたわ』
私とシリウスは魔法試験局を出てホッと息を吐き出した。
O.W.L.試験の結果が出て今日はそれを魔法省に聞きに来たのだ。
結果は生徒の7割が合格点以上のAを取ってくれた。
「あああ。そしてN.E.W.T.の準備が始まるわけだ」
「頑張りましょう。気が遠くなるけれど……」
2年後には忍術学初のN.E.W.T.試験が行われる。
忍術学はイギリス魔法界で注目されていて、魔法コントロールの繊細さを見られることから各分野就職への条件としてO.W.L.合格点取得が求められようとしている。
また、成人魔法使いから忍術を学びたいという希望も聞かれるようになってきた。忍者と言えばジャパン。イギリス人はミステリアスな忍者に興味津々。
私もシリウスもセミナーの講師として何回か大人の魔法使い相手に授業を行っていた。
変化の術はポリジュース薬なしで他人に変身できることから、犯罪防止のために新たな法律の制定も検討されている。
廊下を歩いているとトンクスに出くわした。
「トンクス、疲れた顔をしている」
「死喰い人だけじゃなく、この時代に乗じた犯罪者が出没しててんてこ舞いよ」
トンクスは疲れたように肩を落とした。青い髪はしゅんと萎えている。
「それにまた魔力を失った死喰い人が発見されたの」
「あの奇怪な事件か」
『闇払い局はその事件をどう見ているの?』
そう問うと、トンクスはうーんと唸って肩を竦める。
「当局は対応を決めかねているわ。罪にはなるだろうけど、該当する法がないの。それに被害者は全て死喰い人でしょ。正直……一般の魔法使いに被害が及んでいないから……」
トンクスは言葉を濁した。
「義賊ってことだな。有難いじゃないか」
あっけらかんとシリウスが言う。
『シリウス、そろそろ時間だわ』
「おっ。じゃあ、俺たちはこれで」
「はい。ユキさん、変な詐欺に引っ掛からないように気を付けて下さいね」
『はあい』
私とシリウスは魔法省からダイアゴン横丁に移動した。マグル出身の新入生の入学準備に付き合う為だ。
「やあ、こんにちは。シリウス・ブラックだ」
シリウスが母娘揃ってシリウスに見惚れている家族を連れてロンドン駅から去って行く。私が案内する家族もやってきた。
『はじめまして。ユキ・雪野です。忍術学の教師をしています。ホグワーツ入学おめでとうございます』
「よ、よろしくお願いします」
緊張している初々しい姿に頬を緩める。
だが、こんなダイアゴン横丁を案内するのは辛かった。キラキラと色鮮やかに飾り付けられたショーウインドーはない。七色の湯気を噴き出す大鍋も、最新の箒も、心躍る魔法が書かれた本もない。
ショーウインドーに張り付けられたのは魔法省のポスター。くすんだ紫色のポスターの内容は夏の間に配布されたが死喰い人に対する注意事項。
『ホグワーツは安全な場所ですから安心して下さいね』
そう言いながら足早に歩いていると、薬問屋の店先に貼ってある指名手配書が目に入る。ベラトリックス・レストレンジがニヤニヤと笑っていた。
まずはグリンゴッツ銀行でマグルのお金を魔法界のお金に両替。書店、魔法用具店、洋服店などを回り、駅に戻って、最後にホグワーツ特急の乗り方を案内して解散となった。
今日の仕事はこれでおしまい。
私は再びダイアゴン横丁へと戻った。
キルケー・クーヒェンのお店は店を開けていて、魔法の腕に自信のある店主はこの暗く辛い時代に抗いたいと頑張ってくれている。
『こんにちは』
「あぁ!また来てくれたんだね」
店主のおじさんが私の顔を確認してパッと笑顔になった。
いつも従業員が店先に立っていたが、今は店主1人で切り盛りしているのだ。
「最近は仕入れも困難でね。マグルの町から材料を購入したりもしているが……タルトが3種類しか作れない」
『どれも美味しそう。お気に入りのこのお店が開いていてどんなにか嬉しいことか』
「ユキちゃんみたいな常連さんに支えられているよ」
私は2切れずつ全種類ケーキを買い、世間話をして店を出た。
フローリアン・フォーテスキューのアイスパーラーの前で立ち止まる。窓に板が打ち付けてあった。店主は行方不明になってしまっている。
顔なじみがどんどん姿を消してしまっていることに肩を落としていると視線の先におかしなものを捕らえた。
足首が移動している。
『なんだかトラブルの予感ね』
私は巾着の中にケーキを入れ、ズボン姿の魔女の服に変身した。
ショーウインドーやドアを通り過ぎていくと足は角を左に曲がった。ここからはノクターン横丁だ。犯罪の温床となっているノクターン横丁は人気が無いように見えるが、そこかしこに人の気配がある。
透明マントといえばハリー。隠れて移動しているのは仲良し4人組でしょうね。
絡まりそうな足を追跡するのはたやすかった。
この子たち4人が忍術学のO.W.L.を通過したことを思うと、授業を厳しくすべきかもしれないと思う。
足はゆっくりと歩みを緩め、止まった。
彼らがいる道の向かいはボージン・アンド・バークス、邪悪なものを手広く扱っている店。
ハリーであろう人たちの後ろに立ち、店を覗いてみると髑髏や古い瓶類のショーケースの間に、こちらに背を向けて立っているドラコの姿があった。
『あんの大馬鹿者ッ』
「「「「っ!?!?」」」」
尾行されるという失態を犯した不肖の弟子に怒っていると、ビクッと足首が跳ね上がった。
「ユキ先生っ!?」
『ロン、尾行は静かにやりましょうね』
「えぇ~。ユキ先生だって今さっき大声を出したばかりなのに」
「ユキ先生、ドラコの会話を盗み聞きしたいんです。何か方法はありませんか?」
何を企んでいるのか知る機会を逃すまいという焦った声のハリーに応えて私は伸び耳を出した。
ポイっと投げた伸び耳は店の扉と地面の下に挟まる。
「凄いコントロール」
栞ちゃんが呟く。
「邪魔よけ呪文が使われていないといいんだけど」
『大丈夫よ、ハーマイオニー。会話が聞こえてきたわ』
私たち5人は頭を寄せ合って、紐の端にじっと耳を傾けた。
はっきりと大きな音でドラコの声が聞こえてくる。
「……直し方を知っているか?」
「拝見しないことにはなんとも言えません。お持ちいただけますか?」
ドラコは何か直したいものがあり、それは動かせない事。それとは別に何かを保管させていることが分かった。ナルシッサ先輩にすら秘密にしているという。
ドアの鈴を激しく鳴らしながらドラコは満足げに意気揚々と店から出てきた。
『壁に張り付いて腰を落として。さっきから足首が見えているの』
私は透明マントを手探りで整えて4人の姿を見えなくして自分も道端に積まれていた木箱の後ろに隠れた。
「ユキ先生ならドラコが何をしようとしていたか探れますか?」
ドラコが先の角を曲がってハリーたちがローブから姿を現した。
『あらあら。教師を使おうって言うの?ハリー』
「お願い」
『……リリーと同じ目で見るなんてズルいわ……』
可愛い生徒たちに腕や体を掴まれて甘えられてしまっては仕方がない。私はボージン・アンド・バークスへと適当な男の姿に変身して入って行く。
店の中に入るとボージンは青い顔をしてビクッと振り返った。
『邪魔する』
店をぐるりと見て回る。
埃をかぶった物も多い。ここは私も行きつけの店だ。ガラクタも多いが興味深いものも多い。
私は店内を見渡して、なくなっている商品を探した。高価なもので店の中から消えたのは1つ。
「何をお探しで?」
『萎びた手があったと思ったが』
「売れました」
『再入荷は?』
「あれは貴重な品でして。今の世の中ですから……入手は困難なのです」
『遅かったか……では、そこの美しいネックレスを購入する。包んでくれ』
ボージンは疑うような視線を私に向けた。
『何か?』
「いえ……残念ながらそちらも売れたばかりです」
『それも売れただと?萎びた手もネックレスも必要なのだ。どこの誰に売った?知り合いならば交渉して買い取りたい』
「お客様の情報をお教えすることは……」
『迷惑はかけない』
ボージンの手にガリオン硬貨を握らせると心が揺らいでいる様子。
ついでに左腕前腕を突き出し、袖を捲るとそこには死喰い人の印。
『任務を邪魔する気か?』
「そんなっ。私に言われてもっ」
『購入者を教えてくれれば後はこちらでどうにかする。そうでなければ……君を我々によく従う者にすげ替えても良いのだが』
「ひっ……待ってください。ほ、本当に私の名前は出しませんね?」
『決して』
「で、では言います……マ、マルフォイ家の坊ちゃまです」
『あぁ。あの子か。マルフォイ家とは懇意にしている。助かった』
ホッとしている様子のボージンの顔を覗き込む。
幻術
ボージンの目に映るのはドラコの姿。
「ドラコお坊ちゃま……?」
『心配になって戻ってきた。保管させているアレを確認したい』
「あ、はい……裏へ……んっ、ぐ……」
ボージンの顔が歪み、幻術から抜け出そうともがいている様子に内心舌打ちする。これ以上はやめておこう。
『ボージン、コレの効果は確かなんだろうな』
裏の物について問うのは諦めてネックレスを頭で指し示す。
「はい、勿論」
『呪いを受けたものは確実に……』
「死にます。お望みどおりに呪われます。ネックレスをつければ、いえ、触れるだけでも死ぬでしょう」
『そうか』
「…………?」
幻術をじわじわと解く。
ボージンは頭を押さえてぐらりと揺れた。
『ボージン?』
「私は……?」
ボージンは私の顔を虚ろな目で見上げた。
『暑さで変になったか?』
「少し記憶が……ドラコお坊ちゃまは……」
ボージンはぼんやりとした目で店内を見渡した。
『ドラコ?』
ハッとしたボージンは口を噤む。
『休んだ方がいい』
「はい、そうですね、はい」
私が店を出て行く後ろでボージンは首を捻りながら札をひっくり返して閉店の札をかけたのだった。
「なんていうか、怖っ。忍者怖っ」
4人のもとへ戻ってくると、ロンが眉を思いっきり顰め、口を歪めて私を見下ろした。
既にロンもハリーも私より大きくなっている。
『伸び耳で聞いていたわね?』
「ばっちりです」
ハリーがニッコリした。
「っ流石はお母、ユキ先生っカッコいい!」
「幻術を実戦で使っているのを初めてみました!幻術を使えるようになれば杖を出すという相手に警戒をされる行為をすることなく術を相手にかけることが出来、諜報活動にも役に立つのみならず相手の動きを止めて攻撃を―――ところでどうして初めから幻術を使わなかったんですか?」
ハーマイオニーが興奮状態からふと気が付いた顔で言った。
うん。私は彼女のこういうところが昔から好きだ。
『現実と幻術を混同させたかったの。騙されたと自覚させたくなかった……とはいっても、例え騙されたと分かってもボージンは私が来たとは言わないでしょうね。秘密を漏らしたと知れたら何をされるか分からないと思っているだろうし』
「幻術は授業でやりますか?」
『えぇ』
ハーマイオニーが知識欲に目をキラキラさせた。
「裏の何かを突き止められなかったのは残念だな」
ハリーが厳しい顔で呟く。
『力足らずでごめんね。機会を見て探ってみるわ』
「ありがとうございます。気をつけて下さいね」
『ありがとう、ハリー。ところで、大人の付き添いなしにこんなところをウロウロするなんて。今日は誰と来たの?みんな心配しているんじゃない?』
全員がうっとした顔になった。
「お願いします、ユキ先生。こっそりジョージとフレッドのお店に連れて行って。じゃないと勝手に店の外に出たと知れたらママがどれだけ怒るか」
また4人は私の腕や体を掴んで「お願い」と揺らした。はああぁ私ったら生徒に甘い!
『分かった。ついていらっしゃい』
ウィーズリー・ウィザード・ウィーズがある通りの角に立って、まずはハリーと栞ちゃんを上手く店の中に送り込み、透明マントを持って戻り、次にロンとハーマイオニーを店に戻した。
ウィーズリー・ウィザード・ウィーズをゆっくり見たかったが、部屋に戻って荷造りをしなければならない。明日からセブの家にお泊りだ。
私は店の中にいるウィーズリー一家と店外にいたハグリッドに挨拶をしてホグワーツへと戻った。
***
セブと暮らしたらどんな感じだろうか。
私はウキウキしながら荷物を巾着に詰め込んでいた。無限のように入る巾着だからあれもこれもと入れてしまう。取り出し忘れがないようにしなければならない。
わくわくで寝られない夜を過ごして、朝食をたっぷり食べ終え、セブが迎えに来てくれるのを待つ。
ドアの前で待機していると足音が聞こえてきたので扉を開き、階段をタカタカと下りて行った。
『おはよう』
「珍しい格好だな」
上はぼんやりとしたピンク色の丈の長いウエスリボンのついたシャツ、下は白のショートパンツだが、ショートパンツはほぼ上のシャツに隠れている。靴はぺたんこのサンダル。
『マグルっぽいでしょう?』
「我輩の住んでいる地区にこのような綺麗な格好をした人間はいない」
『うぐ。失敗ね。どんな服がいいか言って。着替えるから』
セブは私の目の前まで来て、私の顎に手を添えた。楽しそうに口角を上げて顎に添わせていた手を下げて喉の窪みまで下ろしていく。ツーっと動いていく人差し指。セブはシャツの第2ボタンを外した。
「行こう」
『服は?』
「そのままでいい。どうせ家の前に姿現しする」
『分かったわ。外出する時はちゃんと目立たない格好にする。ところで、どうしてボタンを外したの?』
「首元が苦しそうであったからだ」
『え、それセブが言う?』
私は無言で進んでいくセブを追いかけた。
バシンッ
私はセブに付き添い姿現ししてもらってスピナーズ・エンドに降り立った。
霧が汚れた川面に漂っていて、草ぼうぼうでゴミの散らかった土手の間を縫うように川が流れている。廃墟になった製糸工場の名残の巨大な煙突が、黒々と不吉にそそり立つ。
『相変わらず治安の悪そうな町ね。昔と変わらないわ』
「襲ってきた相手がマグルなら思いやりを持て」
『そうね。でも魔法使いには容赦しない』
振り返れば板を打ち付けられた窓や壊れた窓の家々。人が住んでいる気配がない。
私は首を戻し、キラキラとセブの家を見上げた。短い間だが1つ屋根の下で一緒に過ごすのだ。
『素敵な家ね。心躍るわ』
セブが面食らった顔をしながら杖で家のドアノブを叩き、解錠して玄関を開けた。
「入れ」
『お邪魔します』
私はぐるりと部屋を見渡した。
学生の時この家を訪ねたが、その時は外から直接セブの部屋を訪ねた。こうして玄関から入って他の部屋を見るのは初めてだ。
今いるのは居間。暗い独房を思わせる。壁は全面びっしり本で覆われていて、黒か茶色の革の背表紙が多い。左奥に扉がある。右奥に階段。
研究室や私室にも本が溢れかえっているのに、この部屋の本棚も本の上に本が差し込まれるほどだ。
『ここにある本全部読んだの?』
「ざっとしか目を通していない本も含まれているがな」
『知性豊かなあなたが好きよ』
「部屋に案内しよう」
2階の階段を上ると左右に扉がある。セブは右側の扉を開いた。
奥の窓の前に2人用のベッドが置かれている。茶色い古ぼけたドレッサーには埃のかぶった化粧品が置かれていた。セブの両親の寝室だろう。
ドレッサーの鏡越しにセブがバサバサとシーツと掛布団と枕をベッドに落としたのが見えた。シーツ以外はホグワーツのセブの部屋から持ってきたもの。
「新しいのはシーツだけで悪いな」
『いつも使っている寝具のほうが落ち着くわ』
「どの部屋でも適当に使ってくれ」
『家を探検していい?』
「我輩は実験室にいる」
『ねえ、今日の夜までの食材しか持って来ていないの』
「午後から買い物に行こう」
『うん』
私はタカタカと階段を下りて居間に戻り、まずは本棚の隣の窮屈そうにある扉を開けた。細い廊下に出て、歩くと直ぐ右側に扉があり、開いてみるとそこはバスルーム。更に廊下を進んだ2番目の右の扉はキッチン。
小さなキッチンは魔法界仕様になっている。調理場から振り返ったらそこは食器棚。食器はバラバラで同じ柄の物は殆どない。
キッチンを出て突き当り左の部屋は知っている。
『わあ。あの時のままだ』
部屋はとてもシンプル。本棚と机、ベッド。左に窓がある。私がセブをキャンプに誘おうとやってきた窓だ。
私は居間に戻った。
階段を上って行き、左へ。扉をノックして開いた私は驚いた。そこにあったのは立派な実験室。
1階にあるセブの部屋と同じくらいの広さがあり、部屋の全面は魔法薬材と実験器具で埋め尽くされていた。真っ暗な部屋にはランプがいつくか灯り、セブは荷解きをしている。
「午後買い物から帰ったら研究をしたい。君も一緒にどうだ?ナギニの解毒薬を探す」
『一緒にする……でも……おかしいわ』
私はまだ家の事を考えていた。
「何がだ」
『部屋が足りない』
「気づいたか」
セブがニヤリと小さく口角を上げる前で私は胸を弾ませる。
『隠し部屋があるのね!』
「察しの通り」
『あなたのこういう茶目っ気のあるところ好きよ。探しに行く。入り口はきっと居間ね』
「一緒に行こう。君がどうやって探し出すかを見て見たい」
私たちは居間に下り、私は居間の奥を見つめていた。隠し部屋は位置的に実験室の左横、居間の上にある。ならば、入口はこの本棚の後ろが怪しい。
跪いて床すれすれに手をかざす。流れていく空気。空気の流れに従って本棚に近づいていく。
本棚の前に来て直ぐに分かった。簡単すぎる。
上から5段目の本棚、一番右の本の上の部分は擦り切れていた。その本を手前に引くと、カチッと音がして本棚になっている扉が手前に開く。直ぐそこには隠し階段があった。
くるりと振り返ってセブにニコリと笑いかけると簡単にやられて残念というように肩を竦めた。
『何があるのか見に行ってもいい?』
「空っぽの部屋しかない」
『それでも隠し部屋だなんてワクワクする』
「我輩は実験室に戻る」
『はーい』
隠し階段を上ると3歩もいかない廊下の先に扉があり、中に入ると空っぽの部屋があった。狐火を出して窓のない部屋を見渡す。こじんまりした部屋は埃っぽくて何にもない。
『っ!?』
何かが部屋の片隅で動いた。
杖を出す。グールお化けだろうか?そうであってほしいと思ったのに出てきたのは違うもの。私は重い溜息を吐き出した。
グルグルと回る黒い円は下に落下していく。
床に倒れているのはセブだった。
首から血を流して死んでいる。
ものまねボガードだと察した時点で覚悟していたのにセブの死体を見せられて私は動揺していた。だが、ボガードごときを退治できないほどではない。
『リディクラス』
パチンと消えたボガード。
昔ボガードが見せた私が一番恐れるものは「私」だった。それがいつの間に変わったのか……。自分の中を締めるセブの大きさ。
『セブ』
私はセブが恋しくなって実験室へと移動する。
午前中の実験は話し合いで終わった。
「君はいい研究者だ」
和綴の本に書かれた実験の記録を見ながらセブが褒めてくれるが、私は首を振った。
『何回も癇癪を起して本を投げているからヨレヨレよ。気が短いの。辛抱強いあなたと違って研究者には向いていない』
私は立ち上がった。
『お昼にしましょう。続きはお昼を食べて買い物してからよ。キッチンを借りるわ』
先に階下に降り、キッチンに入って今日の夜までの食材を取り出す。
調理器具は全て揃っていたのでセブの家のものを借りることにする。
炊いてタッパーに入れておいたご飯と食材でチキンライスを作り、鼻歌を歌いながら卵をかき混ぜる。フライパンでバターが溶ける良い匂い。
半熟のふわふわトロトロオムライスとしっかり火の通った薄焼き卵で包んだオムライスの2種類を作った。
オムライスを両手に持って居間に入った私は首を傾げた。そういえばダイニングテーブルがない。階段を下りてくるセブを見上げる。
『どこで食べたらいい?』
「考えていなかった」
『家に帰ってきた時どこで食事を取っていたの?』
セブが記憶を失った顔をした。
どうせ研究に没頭して食事など気にかけず適当にしていたのだろう。
『そこのソファーと椅子に腰かけて、膝をテーブルにして食べましょう』
セブが肘掛椅子へ、私は2人用のソファーに座った。
『どちらにする?』
セブはどちらを選ぶだろう?私が何か1つ好みのものを選んで欲しいと尋ねると、セブはいつも「どちらでもいい」と答えをはぐらかすのだ。
「君が先に選べ」
私はセブを鼻で笑った。
「なんだ?」
訝しげな顔にニヤリとする。
『あなたが素直じゃないって知っているわ。だから!私も自分の能力を総動員することに決めましたッ』
カッと目を見開き立ち上がる。
『トロトロオムライスを見る時間が薄焼きオムライスを見る時間より長かったです。しかも物欲しげに口元が動きました。よって、セブが望むのはトロトロオムライス!忍の彼女を持ったことを後悔するのね!』
私は勝利の悦に浸りながらセブにトロトロオムライスを手渡した。
「……」
『ちょ、ちょっと!珍獣を見るような目で見ないでよ。恥ずかしくなるじゃない』
私は妙なテンションになっていたことを恥じ入りながら2人掛けのソファーに座った。
膝の上にある私のオムライスは薄焼き卵。そこにはセブに渡してもいいようにハートマークが書かれていた。それをスプーンの裏で伸ばしていると、結構なスピードでセブのスプーンが進んでいることに気が付いた。
『また朝ご飯を抜いたのね』
学期が始まっている時、教師は基本的に生徒の様子を見ることも兼ねて食事の席に顔を出すことになっている。また、私の部屋に泊まりに来てくれた時にはセブに用がない限り一緒に私の部屋で朝食を取っていた。それ以外は多分……セブは朝食を抜いている。
研究に没頭すると自分の事に無頓着になるのだから。私は食事も寝るのも忘れるセブの姿を知っている。
もう少し健康の事を考えて欲しいものだと思いながら私は既に3分の2のオムライスを食べたセブを見たのであった。
パッと片づけをして買い物だ。
魔法界の町はどこもダイアゴン横丁と似たようなもの。まともな買い物が出来ないので私たちはマグルの町へ買い物に行くことにした。
セブはローブとボタンいっぱいの黒い服を脱いで、黒シャツと黒いジャケット。全身黒いのは変わりない。
『私もTシャツとジーパンにした方が無難かしら?』
「そうだな。生足を出すのは家の中だけにしろ」
『もしかして下品?はしたない?若作り?』
「いや、非常に唆られる」
ぐっと手を引かれて私はセブの胸の中に収まった。
『ん、はあ』
節くれだった手が私の太腿に添わされて肌を上へと滑っていく。ショートパンツの裾からセブの手が侵入してきた。
『セブ、今から出かけるんでしょ?』
「朝から君の挑発的な服装に耐えてきた。我慢の限界だ」
ショートパンツと下着を器用によけてセブの指が体の一番敏感なところへと届き、私は熱い息と共に嬌声を上げた。
『セブ、あっ、避妊具は?』
「……上だ」
私は天上を見上げて呻いた。
熱が高まっていて上に行く気分じゃない。
『いいわ。分かった。責任を取る』
私はショートパンツに入っていたセブの手をどけて、彼の薄い唇にキスをし、ニヤリと笑って跪く。
「後で君への責任も取らせてくれ」
カチャカチャとベルトを外す私の頭をセブは優しく撫でた。
リリーの実家がある町のスーパーマーケットにやってきた。カートを押して野菜売り場から回って行く。
私もセブもゲテモノ以外嫌いな食べ物はない。トマトや玉ねぎなど幅広い料理に使えそうな食材をかごの中に入れていく。セブが実家で料理しないことを見越して調味料類は私の部屋から持って来ていた。
『何かリクエストはある?』
「あー……君に任せる」
『じゃあ、グラタン、ハンバーグ、エビフライ、オコノミヤキ。この辺りでどう?』
セブは一瞬、満足そうな笑みを口元に浮かべた。セブって結構お子様舌なのよね。
魚と量り売りの肉をもらってレジへ。
「この量で君は足りるのか?」
かごの中身は1週間分の食料。
『影分身を出さなければ一般的な女性以下の食事で事足りるのよ』
「金なら心配はいらない。我輩が出す」
『ありがとう。でも、本当に大丈夫よ。昔はそんなに食べなかったのよ。食べる喜びに目覚めたのは暗部を辞めてから……この話はいいわ』
「……家具屋へ行こう。ダイニングテーブルがないと不便だ」
会計を終え、店を出て直ぐの曲がり角で探知不可能拡大呪文をかけた巾着に買ったものを入れ、中古家具を取り扱っている店へと行った。
店先にも本棚、テーブル、衣装箪笥が並べられていて、ここにあるのは店内の商品より値段もお手頃。今回は短期滞在だし、セブも頻繁に実家に戻ってくるわけでもないので間に合わせの家具でいい。私たちは木目が目立つベージュのダイニングテーブルを購入した。
「配送しましょうか?」
『いえ、2人で持って帰ります』
「は?」
『家が近いんです』
本気か?と眉を上げる店主の視線から逃げるようにテーブルの上に椅子をひっくり返して乗せて歩いて行く。幸い道に人通りはなく、私たちは誰もいないことを確認してからダイニングテーブルセットも探知不可能拡大呪文のかけられた巾着の中に入れ、セブの実家へと戻った。
ダイニングテーブルはセブが子供時代に使っていた部屋に置かれることになった。
『さっそく研究を始めましょうか』
セブはいつもの服に着替え、私は動きやすいように黒いロングTシャツに黒いズボン。私が進めてきた研究結果を見ながら話し合う。セブは知識とセンスがある。私の荒い研究を良い方向に修正していく。
私はセブの手伝いをしつつ、蛇の歯の模型を作っていた。
ヴァンパイアの毒を手に入れてある。ヴァンパイアに噛まれると大体の人間は失血死してしまう。噛まれると傷口が塞がらなくなり、ヴォルデモートの蛇ナギニに噛まれた時と同じ症状になれるのだ。
「ユキの影分身がいると便利だな。実験体を任せられる」
『そうね。でも、このヴァンパイアの毒についての臨床試験は私でやるわよ』
セブが私を睨んだ。
『影分身は負荷に耐えられなくなると消えてしまうのよ。貴重なヴァンパイアの毒を無駄にしたくない』
「それは君に耐えられない負荷がかかると言っているようなものだが?」
『ご心配ありがとう。でも、私は耐えられます』
「我輩の体で行う。毒牙にかかるのは我輩なのだからな」
『あなたが苦しむ姿を見たくないわ』
「逆も同じだと思わんのか?」
『それは……でも、臨床試験中に気分が悪くなった場合、セブに控えていてもらった方が安心できる。やっぱり被験者は私よ』
そう言いながら私は思いついた。
『誰か攫ってくる?』
「恐ろしい女だな」
『冗談よ』
「顔が冗談だと言っていない」
私は肩を竦めた。
恐ろしいこと……だよね。やっぱり。
冷えた顔で、私は石膏でできた牙にやすりをかけて尖らせていく。
結局、夜ご飯を食べ忘れ、私たちが実験を切り上げたのは明け方。私たちはシャワーも浴びずにベッドへ倒れ込んだ。しかもセブに至っては何か気になることがあったらしく、3時間の睡眠で実験室に戻って行ってしまった。
3日間こうして実験と仮眠と適当な食事を繰り返していた私はハッとした。ひとつ屋根の下での甘い2人きりの生活を期待してここに来たのに、気づいてみればホグワーツでも出来そうな日々を送っている。
もっと、こう、おはようのキスから始まって、紅茶を飲みながら穏やかな朝食を食べ、新聞を読みながらお喋りをし……なんて……そんなのどうでもいいわ。
私は隣のセブを見上げた。
当然だけど、一時の楽しさよりもセブのいる未来の方が大事。だけど……
『セブ、キリが良くなったら終わりよ。まともに寝ない、食べないで4日目に突入しています』
「あぁ」
『あとどのくらいでひと段落出来そう?』
「あぁ」
聞いていない!
だけど、大事な実験中に器具を取り上げることも出来ないので私は溜息を吐いて実験室から出て行く。
お腹に優しいリゾットの下ごしらえをし、ベッドメイキングをして、セブの助手に戻る。
セブはそれから5時間たっぷり研究を続けて漸く自分が疲れていることに気が付いた。
「今何時だ?」
『夜の9時よ。あなたは今日の朝も昼もご飯を食べていません』
「何か食べ物はあるか?」
セブのお腹がキュウと小さな音で鳴った。
『直ぐに作るわね』
「シャワーを浴びてくる」
『えぇ。ふふ、無精ひげが素敵よ?』
眉間に皺を寄せて眠そうに目を瞑り、じょりじょりと手で自分の顎を摩るセブに口づける。
『休憩も大事なことよ』
ポコッと大鍋の水面で音が鳴ったのでセブの意識が大鍋に移り、セブが引き寄せられるように机に歩み寄ったので私はやれやれと首を振った。
『シャワー浴びて、ご飯食べて、寝る。行くわよ』
後ろ髪を引かれるようなセブを引っ張って実験室から出て、背中を押して寝室へ入れて扉を閉めた。どうかセブが実験室に戻りませんように。そう願いながらリゾットを作った私がキッチンから出て行くと、セブがバスルームへ入るところ。
『バスルームで寝ないように』
既にパジャマの上にナイトローブを着ているセブは半分しか開いていない目でバスルームへ入っていった。
『ふふ。水も滴るいい男』
バスルームから出て元セブの部屋だったこの部屋へやって来たセブは今、リゾットを口に運んでいる。
『今夜は思い切り寝るのよ?』
「あぁ」
セブがスプーンを止めて視線を遠くにやった。
別の事考えているわね。
私は食事を終えた研究お馬鹿に必ず真っ直ぐに寝室に行くように言って部屋から送り出す。
片づけを終えて寝室に戻るとスースーと寝息を立ててセブが寝ていて安心した。
『ゆっくり休んで、セブ』
チュッとセブの頬に唇を落とした私はしまったと眉を寄せた。ぼんやりとセブの目が開いてしまった。
『起こしてごめん……』
「こちらへ」
掠れた低い声に従ってセブの前に体を横たえる私は腕枕されて抱きしめられた。
セブは満足したらしく、吸った息を長く吐き出す。
「良い子だ」
頭に落とされるキス。
「モリオン」
吐息と共に甘く響いた声。
私は思い切り頬を膨らませ、去る私を捕まえようとする腕から逃れてセブに背を向けて寝たのだった。
信じられない!