第6章 探す碧燕
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28.再会 後編
冥界から帰ってきてから数日置いて、私とセブはグリモールド・プレイス12番地を訪れていた。この数日の間にレギュラスはホグワーツを訪ねてくれて再会を果たすことが出来た。
屋敷には前回行った時のようなわっとした賑やかさはなく、落ち着きを取り戻していた。ハリー以外の子供たちがそれぞれの家に帰ったからだ。
いつも皆がいるキッチンに向かっていると階段からハリーが降りてきた。
「ユキ先生だ!父さんと母さんに会いに来たの?」
父さん、母さんと呼ぶハリーの顔は幸せそうでこちらまで嬉しくなる。
『2人はキッチン?』
「父さんは上の部屋でルーピン先生と話しているよ」
『ということは、リリー1人なのね。ハリー、少しリリーと3人で話しても良いかしら』
「え~……あぁ、うん」
少し残念そうな顔をしたハリーはまたトコトコと階段を上って行った。キッチンの扉は開いていた。綺麗な赤い髪を低い位置で結んでリリーが何か作っている。
『リリー』
名前を呼ぶとパッとリリーが振り返る。
「待っていたわ!」
タタタッとかけてきてくれるリリーと私は抱き合った。
「来てくれてありがとう」
大好きなエメラルドグリーンの瞳が目の前でキラキラと光っている。目の前にリリーがいる。幸せがこみ上げてきて胸がきゅーっと締まって涙が出てくる。
「セブも」
セブの首に腕を回してリリーがハグをした。強く瞳を閉じたセブは震える手でリリーを抱きしめた。
やだ。もう泣きそう。
『ぐずっ』
「ユキったら」
『だって』
リリーが私のところに来てもう1度抱きしめてくれた。
『ねえ、リリー。ヴォルデモートの杖から出てきた時の記憶はある?』
「えぇ!あなたの無茶をジェームズとハラハラしながら見たわ。あの時、仲直り出来て良かった」
『ずっと言いたかった。学生の時、自分のことを話さず騙すような真似をしてごめんなさい。私がさっさと話していたら、私たちの仲は……』
「ユキにはユキの事情があった。私が融通の効かない人間だったの。謝るのは私の方よ」
『ぐず、リリーとまた会えてよかった。これからはずっと、ひっく、ずっと一緒よ!』
「ええ!私たち3人!私たちの友情は戻ってきた、ぐずっ、やだ。私もユキの涙から伝染したみたいっ」
『リ゛リ゛~~~~』
私は涙を拭くためにガバッとセブのマントを手に取って顔を埋めた。
「我輩のマントで顔を拭くなっ」
『うぐっ。えぐっ』
「ハンカチを貸すからこちらで拭きたまえ」
セブが貸してくれた黒いハンカチで顔の涙を拭いていると綺麗な瞳を先程とは違う輝かせ方でキラキラさせているリリー。私とセブを交互に見て、ニンマリした。
「ようやくくっついたってわけね」
「っ!」
『そうなの!』
「嬉しいわ!私の親友たちが恋人同士になった!」
リリーが自分の事のように喜んでくれて私は笑顔に、隣のセブも(とても分かりにくいが)照れたような笑みを浮かべていたのだった。
『セブとリリーで話すこともあるでしょう』
2人は視線を交わした。
『私は扉の外で邪魔が入らないように見張っておく。防音呪文はかけておいてね』
私は部屋から出て、扉の外に座り込んだ。
ゴーストのリリーは私にセブを恨んでいない、ハリーを命を懸けて守っていることを感謝していると伝えてくれと私に言った。
セブにはその事を伝えていたが、彼の後悔と罪悪感は消えることはなかった。だが、リリーは生き返ってハリーのもとへ帰ってきた。
大切な人の命を間接的にでも奪ってしまった。
どれだけ辛い日々を過ごしてきただろう。
セブの心中を思うと胸が痛くなる。
良かった……セブ……良かった……
1時間経った頃、音がして上を見ると、ジェームズを先頭にリーマス、ハリーが階段から下りてきた。
私の姿を見ておやという顔をしている。
「扉の前で何をしているんだい?」
『なにも』
ジェームズの眉が上がって直ぐに眉根が寄る。
「リリーは?」
『トイレ』
「キッチンで待つよ」
私は立ち上がって扉の前に仁王立ちになった。
「どかないなら容赦はしないけど?」
パッと私たちは同時に杖を抜いた。
「止めるんだ、2人とも」
リーマスが本気で止めていない声で言った。面白がっている。
『誰の杖?』
「リーマスに適当なのを用意してもらったんだ」
『合わない杖を使って私に勝てると思う?』
「やってみないと分からないよ?」
睨み合っているところへ「よお、帰った!」とやってきたのはシリウス。ややこしいことになったわね。
『シリウス、何処へ行ってきたの?調子は?』
「何ともない。だから飲み食いするものを買ってきた。今夜はジェームズとリーマスとで酒盛りだ」
『ふふ。楽しんで』
「ああ。それより、楽しそうなことを始めるなら俺も混ぜてくれ」
シリウスが私とジェームズの杖を交互に見た。
「シリウス、ユキが何か隠しているんだ。キッチンの中になにかある。しかも僕のリリーが関わっている」
「リリー?中にいるのか?」
シリウスが扉を見て、私を見た。
目を数度瞬いたシリウスの鼻に犬が怒ったように皺が寄る。
「スニベルス」
「ああああ!!」
鈍いジェームズが叫んだ。
「中にリリーとスニベルスがいるのか!?」
『ス・ネ・イ・プ・よ!』
「どっちだっていい!そこをどくんだ、ユキ!あいつと2人きりなんて何をされているか分かったもんじゃないッ」
『2人の邪魔をしないでちょうだい』
「2人きりだって認めたなあああああ!!」
『近距離で叫ばないでよ五月蠅いわね!』
強引に扉の取っ手に手をかけるジェームズを阻む私。ジェームズの肩を掴んでぐいっと押し返す。
「通せ!」
『お断りよ!』
「あはは!もっとやれー!」
「アハハ。シリウス、煽っちゃダメだよ」
「父さん頑張れ!」
「息子の前でカッコ悪いところは見せられないね」
『残念だけど惨めな負け顔晒させてやるわよ』
ギャーギャーやっているとパッと後ろの扉が開いた。
「あなたたち何をやっているの!?」
「リリイイイイイイ!」
ジェームズが私の耳元で叫んだ。
『鼓膜が破れる馬鹿眼鏡ッ』
「僕も眼鏡だよ、ユキ先生……」
『あなたは馬鹿じゃなくてハリーよ』
「眼鏡が抜けてただの馬鹿になってるけど!?」
「はいはい。もういい加減にしなさい」
ハアとリリーが溜息を吐きながら呆れた。
『話は出来た?』
「時間を作ってくれてありがとう」
「はっ!よく見たら目が赤い。泣いたのかい!?泣かされたんだね。中にスニべ『スネイプ!』あいつがいるんだろう?許せない!!」
ジェームズが部屋の中に入ろうとするのを必死に体で押し止めていると、後ろから黒い人が現れた。
「ユキから離れろ、ポッター」
「ここにはポッターが3人もいるって知っているか?」
セブが盛大に舌打ちして私の肩を抱き、ジェームズから私を引き離した。
「まるで彼氏面だな」
『彼氏よ』
ジェームズがあんぐりと顎が外れそうなくらい口を開けた。
「正気かい?」
『自慢の恋人よ』
「悪趣味だよ、ユキ」
『ぶん殴るわよ?』
「やってみろ!」
『やってやろうじゃないのっ』
「もういい怪訝にしなさいッ」
ガツンとリリーが怒った。
「学生の時と変わらないんだから」
「父さんとユキ先生は仲が悪かったんですか?」
「どこを見ているんだい、息子よ。僕とユキは最高に仲がいい」
私を見るハリーの前でコロコロ笑ってしまう。
そう、私たちは仲がいい。
「じゃあスネイプ、教授とも本当は……」
「「それはない」」
ジェームズとシリウスが同時に言い、セブは思い切りハリーを睨みつけた。
「ユキ、帰るぞ」
『またね、みんな』
皆に手を振ってセブの後を続こうとすると、シリウスに手が取られる。
「少しだけ時間をくれ」
ぐんぐんとシリウスは私の手を引いて階段を上って行く。シリウスに引っ張られていない方の手をセブが取った。
「どこへ連れて行く気だ」
「用事がある。放せ」
「用ならここで言え」
「デリカシーのない奴だな」
「ユキ、君も何とか言いたまえ」
『そうね。用事があるならここでも……』
「ユキは俺を信用しているだろ?あの時そう言った」
冥界の時の事を言っているのだろう。それなら確かにそう言った。
『えぇ』
「それなら少し来てくれ」
ここまで言うのは何か話があるのだろう。私はセブを振り返った。
『シリウスと話してくるわ。少しだと言っているけれど……先に戻っている?』
セブはシリウスをひと睨みし、私には目を向けず、マントを
私を2階へと引っ張って行ったシリウスは適当な空き部屋に入った。
『それで?』
「俺が言いたいのは一言だけだ」
何を言われるか予想できていない私に言われた言葉は「ヤマブキは勇敢だった」の一言だった。
ドッと強く心臓が鳴る。
私は目を瞬かせながら下を向き、目を閉じる。じんわりと湧き上がってくる感情は胸を揺さぶった。涙を堪えるせいで震えてくる体。
『両端をあなたとヤマブキに任せて良かった。あなたたち2人だったから生きて帰って来られた。あんな短時間だったけど、ヤマブキはあなたと一緒に戦えて良かったと思っていたみたい』
私の目からは涙が消え去っていた。ぎこちなく、私はシリウスに笑いかける。シリウスも私に笑いかけてくれた。どちらともなくハグをする。
「話ならいつでも聞くからな」
『ありがとう』
「何なら今から俺の部屋来るか?」
『ありがとう。でも帰るわ』
「そう上手くは行かないよなぁ」
『何が?』
「こっちの話だ」
『?』
部屋を出て、階段を下りていく。
『ヤマブキを忘れないであげて』
「勿論だ。命の恩人だからな」
『命の恩人……2度目だわ』
呟き声はシリウスに拾われなかった。
バシンッ
ホグワーツの門の前に姿現しした私はゾッとして横を向いた。余りにも近い人の気配に瞬間的に簪に手を伸ばしたが、そこにいたのはセブだった。
『ビックリしたわ。セブも今帰ってきたところ?』
「そうだ」
まだ心臓がドクドク鳴っている。
「ブラックと何を話した」
『……』
「ヤマブキ」
ヤマブキの事を思い出し、辛い気持ちが込み上げて喉を詰まらせているとセブがヤマブキの名前を呼んだ。
私は唇を嚙みしめた。
『どうして』
「リリーが冥界でヤマブキに会ったことを教えてくれた」
『セブ……』
「君はヤマブキの話を省いたな」
『言うのが辛くて』
「残念だった」
『それ以上言わないで』
私は爆発しそうな感情を抑え込みながら言った。頭に浮かぶヤマブキの記憶を全て纏めて1つにし、心の奥底へ持って行って蓋をして鍵を閉めた。心がフッと楽になって私は漸くセブの方を見ることが出来た。
『ごめんなさい……。彼は、良い人だった』
セブは何故か眉間に立て皺を作って不安げな表情を浮かべていた。
頭がぐらぐらする。
夜、私は解毒薬の研究をしていた。
傷口が閉じにくくなる毒を治す薬……ヴァンパイアの毒っていうのを手に入れたいわね。
聖マンゴ魔法疾患傷害病院への協力要請はマダム・ポンフリーを介してしてある。毒に強いブルガリアのケリドウェン魔法疾患傷害病院にもMs.ヴェロニカ・ハッフルパフを通じて協力をお願いした。
やる事をメモに書いて伸びをする。時計を見れば11時。夕食を食べ逃してしまったことに気が付いて肩を落とす。台所で何か作ろう。
実験室の扉を開ければ良い匂いが漂ってきた。
この匂いはミネストローネの香り!
ぐーぐーお腹を鳴らしながら台所に入った私は鍋を覗き込んだ。なんとロールキャベツまで鍋の中に入っているではないか。
『美味しそうっ』
「もう直ぐできます」
『……』
「……?」
『なんでいるのよ!!』
私は絶叫した。
堂々と居過ぎて逆に気が付かなかったわッ。
台所で料理をしていたのはクィリナスだった。
部屋に入るための呪文も変更したのに!
『どうやって入ったわけ!?』
「愛の勝利ですね」
私はクィリナスの顔を鷲掴みにした。
『顔を粉々にされたくなかったのなら言うのね』
「スネイプとあなたが付き合って呪文が変更されてから足しげくこちらに通い、ユキの口元を観察し、人目を盗んで呪い破りをしていました」
命の危険を感じたクィリナスがもの凄い速さで答える。
私は悪寒を感じてその原因である目の前の人物から距離を取った。
「おや、ブレスレッドがないですね」
『冥界の川を渡るのに船賃として渡してしまったのよ。気に入っていたのに残念だったわ』
「ユキの命には代えがたいですよ。しかし、新しいものは必要ですね。作ります」
カロンに渡したブレスレッドはクィリナスに魔法を施してもらったもの。1つは忍の地図のような居場所を特定する魔法具から身を隠すもの。もう1つは感情によって暴走してしまった私が完全獣化して自制が効かず暴れるのを防ぐもの。
『ブレスレッドは私が用意するわ。ちょうど良いのを見つけたの。まだ購入していないから、申し訳ないけど今度取りに来てくれる?』
私からクィリナスに連絡する手段はない。しかし、クィリナスは首を横に振っている。そして杖をサッと出した。
『っ!?』
逃げる間もなくクィリナスの杖の一振りで私は両手両足を縛られ床に倒れた。
『クィリナス!?』
「あなたを失って気も狂わんばかりでした」
縄抜けの術……出来ない?縄が一切緩まない。ホグワーツ内でも使うことのできる時空間忍術の変わり身を使おうとしたがこちらも出来なかった。ジタバタする私をクィリナスは恍惚とした顔で見下げている。
「無駄ですよ。あなたを捕らえる為にどれだけ私が考える時間を割いたと?」
『この縄を解きなさい!』
「ユキ、あなたは今日から私たちのあの家に居を移すことになります。もう2度とホグワーツへ戻ってくることはないでしょう」
『勝手を言わないで!』
怒るがクィリナスは聞いていない様子。
「私とあなた、そして私たちの娘達とともに4人家族。仲睦まじく暮らしましょう」
『私、子供産んだ覚えないけど!?』
「これから生みますし、もう育ってます」
『意味わからないっ。あと怖いっ』
ヒイイィと脳内で叫んでいるとタンタンタンと重い足音がやってきた。セブだ。まずい。クィリナスが剣呑な顔で杖を扉に向けている。セブがやられる!私はどうにか両手を床に着くことが出来た。手を軸に体を回す。
ガンッ バンッ
私の足がクィリナスに当たったことで、クィリナスがセブに放った魔法はセブの体を外れてドア横の壁に激突した。
『セブ逃げて!』
「貴様っ」
「邪魔をするな!」
激しい魔法の打ち合いが始まった。
お互い初めから無唱呪文で、手の振りは残像しか見えないくらい早い。呪文を噛んだり、タイミングを外した方が負けだ。
『やめてちょうだいっ』
どうにかクィリナスを邪魔したいのだが、警戒されて既に体の届かないところにいる。バンバン激しい音は終わりがないように見えたが、一瞬の隙を突いたセブの攻撃がクィリナスの杖を舞わせた。
「くっ」
胸に閃光が突き刺さったクィリナスはドッターンと後ろ向きにふっと飛んでいき、背中を壁に打ち付けてずりずりと落ちていった。気を失っているらしい。
『お見事!』
「何故アレ如きに負けた」
『不覚を取ったわ』
「フン。訓練が足りていない様子だ」
『むぅ』
「ひっくり返れ。縄を解く」
セブが頑丈な呪文を破り縄を解いてくれて自由の身だ。
『影分身の術』
ポン ポン
私はビシッと影分身に命令する。
『禁じられた森に捨ててきてッ』
「湖に沈めろじゃなくて?」
『そこまで思っていないわよ』
「私の思考はあなたの思考よ」
そう言いながら影分身2体はクィリナスの顔が分からないように頭から袋を被せ、担いで部屋から出て行った。
パタンと閉められた扉。縛られていた手首をくるくる回し解しながらセブを見上げる。
『クィリナスが作ってくれていたロールキャベツ入りミネストローネ食べる?』
「よくあいつが作ったものを食べる気になるな……待っていろ」
縛られた私を気遣ってくれてだろうキッチンに向かってくれるセブの優しさにニヤついていたのだが、セブは何も持たずにキッチンから出てきた。
『ごはんは?』
「消した」
『何ですって!?』
「毒入りだった」
『……』
脱力。
クィリナス・クィレル、食材を無駄にするなんて……許せん。
『お腹減った』
「まだ夕食を食べていなかったのか?」
『実験に夢中になっていたの。何か作るわ』
台所に入って食材を確認する。簡単にトマトスープパスタにしよう。早くできるしミネストローネを見たからお腹がトマト味を欲している。
『スープパスタ、セブも食べる?』
「いや、結構。実験室を見ていても?」
『勿論いいわ』
トマト、ニンジン、玉ねぎ、ベーコンの入ったトマトスープを作ってパスタを投入する。
クィリナスに負けたことで不機嫌だ。だけど、セブのカッコいい姿が見られたのは良かったわ。ふふ。
スープスパゲッティを食べてセブに声を掛け、シャワーを浴びる。出てくるとセブもパジャマになってベッドに入り、本を読んでいた。
日常が戻ってきた喜びを感じながら私もナイトテーブルに置いてあった読みかけの本を読んでいたのだが、
――――誰かが囮になる必要があるな
頭の中にヤマブキの顔が浮かび、声が響いた。
こちらの世界に帰ってきてもう何度目か……爆発しそうな感情を纏めて心の奥底へ沈めることに集中しているとセブに名前を呼ばれた。
「顔色が悪い」
『疲れたのかしら……寝るわ』
1行も読まなかった本をナイトテーブルに置いて私は布団に入るとセブも同じようにナイトテーブルに本を置き、布団の中に入った。
ランプが消えて部屋が暗くなる。
部屋が暗くなったのがどう作用したのかは分からないが、ヤマブキの事が強く強く思い出されてきた。冥界でのことだけではなく、もっと前、幼い頃からの記憶が時系列に関係なくバラバラと頭の中に流れていく。
可笑しな音で空気を飲みこんだ私はセブに背を向けた。
じわじわと痺れていく頭、苦しい息。
――――ユキ!絶対に幸せになるんだぞっ
耳を覆って叫びたい。
感情を沈め直そう。私らしくない。心を乱して、何かいいことがある?喜びのままに動くのは好き。でも、負の感情のままに振舞うのは嫌。
私は心を落ち着けようと自分で自分を抱きしめた。感情に耐えていると後ろでゴソリとセブが動き、衣擦れの音がして私に寄り添った。
『申し訳ないけど、今日は疲れているから……』
「抱きしめても?」
『えぇ』
セブの大きな腕が体の前に回ってくる。薬材と甘さの入り混じった香りを吸い込むと、少し心が落ち着いた。
温かい腕の中
涙が零れる
『あぁ……ヤマブキ……』
私は溢れ出してくる涙を止めようと目を覆った。
『ごめんっ、恋人の……腕の中で……他の男の名を……』
「君の大事な親友だったのだ」
プツリ、と何かが繋がった。
親友
そうだ
彼はただ単に仕事上のパートナーだけだったわけではない。一緒に育った親友。私を1番分かってくれていた。冥界で川を渡る時、彼の言葉がなければ私は亡者に引き寄せられて死んでいた。いつも助けられ、勇気づけられ、励まされ……
『どうして毎回こうなの?』
私は体に回されているセブの左手を両手で握った。
あぁ、溢れていく
『どうしていつもこうなのよ!!』
叫んだ声が部屋に響いた。堰を切ったように流れ出した涙がボロボロと目から流れ出て頬を伝っていく。髪の毛を鷲掴みし、声を上げて泣く。激しく泣いているせいで息が上がり、頭がジンジンした。
ぐいっと体が持ち上がり、体がひっくり返った。目の前にあった胸に縋りつき、叫ぶ。
『一緒に戻ってぎだがったッ』
擦られる背中から伝わる優しさ。
『ヤマブキは私を残す選択をじだけど、私だって、ぐず、ヤマブキを生かす選択をじだかった。残されるのは辛いって、あいつだって知っているはずだのにっ』
セブが私を抱き寄せて、額にキスをしてくれた。
私は泣きじゃくりながら叫んだ。ヤマブキに関することで後悔は沢山ある。冷たく当たり、差し伸べられた彼の手を払い、死に際の告白を理解せず、今回は手を放した。
セブは黙って聞いてくれていた。あちこちの記憶から叫んでいたので支離滅裂だったろうに辛抱強く私を慰めてくれていた。
思うままに感情を吐き切ったことがなく、自分の状態が良く分かっていない。
とても醜いだろうということは分かる。それでも受け止めてくれる人がいる。
段々と、心が落ち着いてくるにしたがって、涙も収まってきた。ぐっしょりと濡れたセブのパジャマに私は顔を埋める。
『2度目なの……ヤマブキに命を助けられたのは……2度目』
―――絶対生き残るぞ、ユキ
―――そうね。ここは重要な場所。決して通すわけにはいかない
―――いや……そういう意味で言ったわけじゃなくってよ……
―――じゃあどういう意味?
―――だ、だから、俺は……この大戦が終わったら……――っ!?
私はセブに第四次忍界大戦で命を助けられた時の事を話した。
『相打ちしようとした私をヤマブキは体を張って助けてくれた。それなのに、それなのに、私、今際の際に告白してくれたヤマブキの“好きだ”という言葉を当時の私は理解できず、何も声を掛けられずに逝かせてしまった……せっかく会ったのに、ヤマブキにありがとうの一言も言えなかった』
「ヤマブキは全て分かっているはずだ」
『言葉にしたかった』
「彼の写真を持って、供養しに行こう」
私は再び滲んでくる涙を堪えなかった。
『うん……』
その時は一緒に来て欲しいとお願いすると、セブは快く承諾してくれた。
『ありがとう、セブ。ありがとう……』
不思議だ。
胸から吐き出された思いは少し軽くなった気がした。セブが一緒に分かち合ってくれたからなのだろう。
温かい。
人の心、体の温かさが身に染みる。
『セブに話……というか喋っていたというよりほぼ叫んでいたけれど……聞いてもらって良かったわ』
セブが持ってきてくれた冷たいタオルで目を冷やしながら言う。セブは横で私が男に変化した時に使う男物の寝巻の浴衣に着替えていた。
「ユキ、これを機に言おう。君はもっと負の感情を表に出すべきだ」
『出しているわよ』
「肝心なところは出していない」
『……』
「時々君が心配になる」
セブがベッドに入って私に手を伸ばした。その手を取り、自分の頬へと導く。彼の手から伝わってくる温かい熱は泣き疲れた私を癒してくれる。
強く心配してくれていることが伝わってきて、私は彼の深い愛情を感じながら口を開く。
『辛い時、セブに傍にいて欲しい。幸せな時もあなたと分かち合いたい。セブがいれば、私は何事も乗り越えていける。私もセブにとってそんな存在でありたい』
2,3度目を瞬いたセブはふーっと息を軽く吐き出し、とても真っ直ぐに私に視線を向けた。何か大事なことを言われるような気がして、私も真っ直ぐにセブの瞳を見つめ返す。
「ユキ、健やかなる時も、病める時も」
甘い声が低く響く。
「喜びの時も、悲しみの時も」
言葉は1つ1つ噛みしめられるように紡がれていく。
「富める時も、貧しい時も」
私は目を閉じた。
「……君を愛し、君を敬い」
甘くて優しい口づけ。濡れたリップ音が部屋に響く。
「君を慰め、君を助け……」
目を開ければそこには月の光に煌めいた黒い瞳と視線が交わる。
「ユキ、この命ある限り、真心を尽くすことを誓う」
君は?と聞かれて私はニッコリと微笑んだ。
『私も、誓うわ。セブ、愛している。でも……それは何かの呪文なの?魔法契約かなにか?』
特に魔力は感じられないけれど……。
しかし、フッと笑ったセブは答えてくれなかった。
「寝るぞ」
『あなたって時々意地悪よね』
ゴロンと仰向けになったセブの顔を起き上がって覗き込む。
『……』
「……」
『…………この顔本当に好き』
照れたのかセブが掌で私の顔を押した。
『わあ』
ストンと尻餅をつく。
窓からは丸くなりかけている月が覗いている。
人の居場所を照らし出す明るい月が昔は嫌いだった。
でも今は、愛しい人の姿を優しく照らす月が好きだ。
「ユキ?」
『おやすみ、セブ』
「よく休め」
セブの腕の中は心地よく、私は彼の心音を子守歌に夢の中へと入っていった。
第6章 探す碧燕 《おしまい》