第7章 果敢な牡鹿と支える牝鹿
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2.告白
首から血を流し
その血で床は覆われ
胸の痛くなるような切ない眼差しでセブは死ぬ
『いやっ――――いやあああっ!!!』
一緒に授業準備をしていたシリウスと別れ、部屋でシャワーを浴びていた私は頭に浮かんだ映像に戦慄した。
蛇口を捻って急いで服を着て外へと飛び出す。
『ダメ。いやよ。いや、助けて』
助けて欲しい
セブを助けて
前々から1人で抱え込んでいた恐れが表へと飛び出した。
自分の力ではシリウスを守れなかった。
誰かの助けが欲しい。信頼している人の、シリウスの助けが。
真っ青になりながら玄関から廊下に繋がる吹きさらしの階段を下り、10メートルほど先にあるシリウスの部屋へと走って行く。
髪の毛が鬱陶しいと思ったら慌てて出てきたため髪を結っていなかった。肌身離さず持っていた簪をバスルームに忘れるほどに私は心が乱れていた。
まだ夜遅くない。シリウスは寝ていないはず。
ドンドンドンと扉を叩けばシリウスが顔を出してくれた。
「どうした!?」
シリウスが驚くのも無理はない。長い髪を振り乱して私はまるで幽霊みたいだろう。
「顔面蒼白だ」
『シリウス……話せる?』
「中へ」
コツ
私はバッと振り返った。
10メートル先の吹きさらしの廊下にセブの姿がある。私はハッとして自分の姿を見た。適当にひっつかんで着た浴衣は白く傍目には寝巻に見えるだろう。くしくも帯まで白に近い水色。そして髪の毛は下ろしていて男の部屋を訪ねている。
『大変。セブを誤解させてしまう』
「誤解させておけ」
『そういうわけにはいかないわ。訪ねてきて申し訳ないけど、帰るわね。本当に自分勝手で申し訳ないけど、明日話をする時間を作ってもらってもいい?』
「構わない」
『ごめんね。おやすみ、シリウス』
セブの背中が去って行く。動揺に動揺を重ねた私の足が滑る。
「ユキ!!」
ふっと体が浮いたと思ったら私は階段を転げ落ちていた。体が反応して受け身は取っていたからあちこち痛めただけで大事はないだろう。
「頭を打ったか?」
『いいえ。これなら打撲程度よ』
「何があったんだ?ユキ、様子がおかしいぞ?」
『傲慢だったのよ』
「傲慢?」
脈絡のない突然の言葉に当然ながらシリウスは困惑した表情を浮かべている。
『シリウス……助けて欲しい』
「……分かった。まずは話だ。部屋に来い」
『教室で話しましょう』
少し冷静になった頭が答えた。
「分かった」
『痛っ』
起き上がって一歩踏み出した時、脚にジンとした痛みを感じて顔を顰める。
「まずは治療だな」
『この程度怪我に入らない。まずは話をしたい』
「ユキ」
『お願い』
「ハアァ。それならせめて抱き上げさせてくれ。そんなボロボロで見ていられない」
『鍛錬の時にもっとボロボロな姿を見ているでしょう?』
「鍛錬の時は敵に歯を剥き出す手負いの獣、今は傷ついた小動物だ」
『私が小動物だなんて笑えるわ』
「普段はイエティだからな」
『言ったわね!』
「ハハハ」
笑いながらシリウスは私を抱き上げて歩いて行く。
『!?どうして階段を上がるの?行くのは教室だって言ったでしょう!』
シリウスは私の部屋へと続く階段を上っていっている。
「防音呪文は?教室はかけていないだろう。大事な話なら部屋の方がいい」
確かにシリウスの言う通りだ。
『そうね』
部屋に入り、暖炉の近くのソファーに下ろしてもらう。シリウスは丸テーブルを挟んだ1人掛けのソファーに座る。
セブへは……明日冷静になった頭で話に行こう。
「それで、話とは?」
私は唇を噛みしめ、ぐっと心を固めた。
『私がここに来るきっかけを覚えている?妲己という妖狐に会い、その女の力で魔法界に飛ばされた』
シリウスは頷いた。
「たしかサラザール・スリザリンの手紙を届ける為だったよな」
『えぇ。それでその時に妲己は私にはた迷惑な贈り物をしたの。それは、私と関わる人物たちの死に際を見せ、5人の命を救えたら何でも願いを叶えてやろう、というもの』
「死に際……予言か?」
『えぇ。クィリナスに始まり……あなたも』
「神秘部」
シリウスが呟く。
『守りの護符を渡し、あなたの傍にいることで守ろうとした。でも、結果としてあなたはベールの向こうへ行くことになった。私が甘かったの。傲慢だった。自分1人でどうにか妲己に見せられた人たちを救えると思っていたの』
信じるかは聞かなかった。シリウスなら信じてくれる。私の力になってくれる。
「ユキは……沢山の人のこれからの死の予言を知っているんだな?」
『えぇ』
「覚えている限りを話してくれ」
『あなたの目を見て話す勇気はないわ……』
私は火のついていない暖炉を見ながら私が見せられた人たちの死に際を話し出した―――――
「よく話してくれた」
私はシリウスに背中を撫でられていた。未来への恐怖からポタポタと涙が止めどなく流れている。
『本人……ぐず、本人たちには言えない』
「どうだろうな」
『シリウス?』
シリウスが何を考えているか分からず、怪訝な顔で彼の顔を見上げる。
「俺だったら教えてもらいたい」
『こんな不吉なこと……良くない』
「だが、避けようと努力できるだろう?例えばマッド‐アイだったら箒から落下する。それなら箒に乗らなければいい」
『そう、だけど……』
「内にこもり過ぎだ、ユキ。全員に知らせろとは言わない。成人したての子供には酷な話だからな。でも、本人や周りが知っていることで回避できる未来がある」
『本当に、本当に回避できると思う……?』
体がカタカタと震えだす。
床に広がって行く赤い血
『怖いっ……』
妲己に見せられたセブの死に際の光景が頭に浮かんで私はわっと泣き出してしまう。体の震えが大きくなってきて呼吸も荒くなる。
セブを失うなんて想像したくない。
『助けて、シリウスっ』
私はシリウスの胸の服を引っ張って縋りついた。
『死なせたくないの!』
「大丈夫だ。俺が、みんながついている。もう1人じゃない」
『何度考えても、ぐす、完全に防げる方法が、ひく、見つからないのよっ』
「いいや。必ず見つかる。みんなで知恵を出し合おう」
『本当に……そう思う?セブ……死なせたくない……どうすれば』
「俺がいる。みんながいる。この話を信頼出来る人間に話そう。まずはポッター夫妻とリーマス、あと……スネイプにも話す」
『セブにも?言えないわ。リーマスだって聞きたくないかも』
「リーマスは聞きたいと思うだろう。長年の付き合いだから分かる」
『本人を前にして……』
「確かに言いにくいよな」
シリウスが何か思いついた顔をした。
「憂いの篩を使うのはどうだ?」
『映像を見せるってこと?生々し過ぎない?シリウス……あなたが代わりに言ってくれるって言うのは?』
「いいや。他は別としてリーマスと……スネイプには自分から言うべきだ」
私は俯いた。
『憂いの篩か……。部屋にあるけど使ったことないな』
「持っているのか?」
『えぇ。使う気はなかったけど、興味があったから取り寄せたの』
「良かったら、その死に際の記憶を見せてくれないか?」
『分かった』
憂いの篩は寝室の衣装箪笥の中に隠してある。
「ベッドルームに入って悪いな。変な気はない」
『もちろん分かっている』
私は引き出しを開けて着物を衣装箪笥の上に出し、憂いの篩を露出させた。記憶を取り出すのは今回が初めてで、慎重にやった。銀色の細い帯を憂いの篩の中に投入する。
銀色の細長い線は憂いの篩の中でクルクルと回っている。ツンと杖先でつつくと私の姿が現れた。鍾乳洞の中を体を引きずりながら歩いている。
『ちゃんと出せたみたいだわ』
もう1度つつくと映像は変わりトンクスが閃光に倒れるところに変わった。
「俺が見ている間にその酷い顔をどうにかしろ」
そう言ってシリウスは憂いの篩の中に頭を突っ込んだ。
ただ待っているのも色々と考えてしまって辛くなりそうで私はバスルームに行ってタオルを水で濡らして戻ってきた。
目にタオルを当てながらベッドに腰かけてシリウスが記憶を見終わるのを待つ。
15分ほどしてシリウスが憂いの篩から顔を上げた。
真っ白な顔をしている。
「中々に衝撃的だな」
『やはり口で説明した方が良いでしょうね』
「だが、状況を正確に伝える為にはこの記憶を見せた方がいい。ただし、持ち歩きに注意しなければならない。これが敵の手にでも渡れば大変なことになる」
『まずは……さっき言ったメンバーの意見が聞きたい。それを聞いてからマッド‐アイ他に伝えるかどうか考えたいわ』
「冷静になってきたようだな」
ニッと笑ってくれるシリウスの笑顔に心が少しだけ明るくなる。
『だけど、セブに言う勇気は……』
憂いの篩から自分の記憶を頭に戻しながら言葉を濁して言うと、シリウスが溜息を吐きながら首を横に振った。
「スネイプの為になるようなことを言うのは癪だが、もし、俺がユキの彼氏だったら、話してほしいと思う。こんなに悩んで、こんなに苦しんでいる。そんな思いを彼女にさせたくない」
『どんな顔をして話せばいいか』
「さっきみたいに暖炉に話しかけてればいいだろ?暖炉は怒りも悲しみもしない。きっと、ただ心配するだけだ」
『あなた本当にシリウス?』
気の利いた例えに思わず表情が緩む。
「人が真面目に話しているっていうのに。茶化すのはこの口か?」
『ふがっ。あなたが摘まんでいるのは鼻よ!』
「ははっ」
バタンッと扉が開いた。
私とシリウスがパッと振り返った先にいたのはセブだった。
私は顔を一瞬にして青くした。
『いつからいたの?』
「今しがただ」
『どこから聞いていたの?』
この部屋には防音呪文が厳重に施してある。
「君たちが楽しそうに戯れているところからだ。邪魔をしたようで申し訳ない」
ということは私が見せられた死に際の話は聞いていない。私はホッとしてベッドに腰を落とした。
「ユキ、お前って時々頭の中がおめでたく鈍感になるよな」
『へ?』
ポカンと見上げる私をシリウスはやれやれとした様子で見た後、セブの方を向いた。
「ユキから話がある」
『待って!』
「自分の口から言うべきだ」
『っ!』
シリウスは去り際にポンとセブの肩を叩いて私には聞こえないほどの声で何か話しかけ、ベッドルームから出て行った。
遠くで玄関の閉まる音も聞こえる。私は静かな部屋にセブと2人残された。
まさかこんなに早くこのことを言う機会が訪れるとは思っていなかった私は熱い頭で混乱していた。何と切り出せばよいか分からなかったし、そもそもシリウスの言う通りに伝えるべきかも分からなかった。
膝の上に組んだ手を置き、言うべきか言わざるべきか心を揺らす。
ピンと張り詰めた空気を破ったのはセブだった。
「言うことがあるならば早く言いたまえ」
棘のある声に顔を上げる。冷たく私を見下ろすセブに私は眉を顰めた。
『なんでそんなに怒っているの?』
まだ何も話していない。
ポカンとした顔をしているとセブの顔が怒りに歪み、サッと顔に赤みが差した。
「ふざけるな!」
私は驚きで身を固くさせた。なんで怒って……ああ!なんて私は馬鹿なんだろう。今の今までシリウスとベッドルームにいたのだ。その前は髪を振り乱してシリウスの部屋を訪ねていたところも見られている。忘れていた。
『ち、違うのっ』
私は立ち上がった。
「男を寝室に招き入れておいて何が違うのか。どんな言い訳を言うか聞いてみたいものだ」
『私はただ、ただ、相談に乗ってもらっていて』
「ベッドの上で相談事とはまともに言葉を発せられるとは思えぬが」
『っあまりにも!誤解を与えた私が悪いと分かっているけど。あまりにもそんな言い方!』
怒りの形相でツカツカとこちらへ歩いてきたセブは私の体をフッと抱き、ベッドに投げ落とした。ベッドのスプリングでバウンドしながら慌てて身を起こそうとするも、セブが馬乗りになって叶わない。
『やめて、やめて』
伸ばされるセブの手をバタバタと手で払いのける。
『お願い話を聞いて』
「いいや。体に聞く」
ゾッとする低い声。
腰に座られているため動けない。私は上体を起こしてセブの体を押そうとしたのだが、逆に両手首を1つにまとめられて頭上に左手で拘束されてしまった。杖が振られて帯が解かれる勢いでベッドに寝転んでいた体が跳ねる。
震える体と弱い思考力でいつもの馬鹿力が出せない。
『セブ、こんなのもうやめて』
無言のセブの右手が私の左頬に当てられ、ぐっと横を向かせられる。長い指は何かを確かめるように首を滑っていく。反対側の首筋も。
バッと襟が大きく開かれて下着の付けていない肌が露出した。
「動いたら縛る」
私はヒシヒシと感じるセブの怒りに固まっていた。下手に動いてセブの怒りを煽るのが怖い。そもそも私が悪いのだからお叱りは受けるべきだ。
セブは拘束を解き、私の胸を両手でぐにぐにと揉み、回した。いつもの愛情深さはなく、冷淡な様子が怖くて泣きそうだ。
大きな手は緊張で速いテンポで膨らみ縮む肺を通ってウエストをなぞる。
「証拠は残していないようだな。あの男らしくない。だが」
セブか腰の上から消える。
『ひっ』
ぐいっとショーツが膝まで下ろされた。
『待って!こんなのよくない!!』
「慣らさず挿れるぞ」
膝裏を持たれてぐっと上にあげられ、秘部を露出させられた私は恐ろしさに息を吸い込みながら声を鳴らした。
今まで味わったことのない恐怖に大きく震えていると外太腿が触られ、体が小さく跳ねた。
『っ!』
痛みに息を飲みこむ。
ゆるゆると、上げられていた脚が下ろされた。体がひっくり返されて、来ていた着物が少し焦ったようにはぎとられる。
背中を首筋から下へ撫でていくセブの手が止まり、体を押した。
『痛っ』
地味に痛い。
『んっ』
腰を押された。
『っく。さっきから何なのよ!』
お尻を押された痛みで顔を顰めながら私はセブを振り返った。
「これらの痣はどこで作ってきた」
今の私の体は全身あざだらけ。階段から派手に転げ下りたからだ。
セブはその痣をぐりぐりと指圧している。痛い。
『階段から落ちたの』
「君がか?」
信じられないと言った顔をしている。
『足が滑ったの』
忍者なのに間抜けをしてしまったことを告白しなければならず、私はむすっとしながら言った。
「ユキ、ブラックに乱暴をされたのではなかろうな?」
『セブの中のシリウスって本当に信用がないのね』
あまりの言われように私は呆れた息を吐き出したのだが、顎をくっと掴まれる。
「君への信用も失墜したままだ」
『ごめん、なさい……』
顎を投げるように離されて、再びどうシリウスに相談した内容を話すべきか考える私の耳にカチャカチャとベルトを外す音が聞こえてきた。
『え……どういうつもり?』
目を見開き、瞬きなくセブに問う。
「先程も言った。体に聞く。
『そ、そんなことして分かるものなの?』
人間の体って神秘。とか感心している場合ではない。
「ユキ、これは仕置きだ。優しくはしない。だが、最低限の配慮はしてやろう」
『や、やめてっ……やめてっ……』
脚から完全に抜かれて床に投げられたショーツ。
私は恐ろしさに起き上がり、手と足を動かしてベッドの上で後退した。
『怖いわ。ど、どうしちゃったの?落ち着いて。お願い、お願い、っ!』
乱暴に足首が掴まれ引っ張られる。ズリっとベッドに仰向けになった私の脚が開かれる。
本当に、呆れて溜息吐いたり、感心している場合じゃなかった。
『や、やめて!私が余りにも考え無しだったの。許して、ご、ごめんなさい、許して』
「抵抗するならブラックとの不実があったと捉えるが?」
『そんなわけないッ』
「では従順にしていろ」
『―――痛っ!』
私は身を凍らせて無理矢理にセブを受け入れるしかなかった。
ごめんなさい、セブ。でも、なぜ今一瞬笑ったの?
『酷いわ、セブ』
声を絞りだす私の背中にちゅっと柔らかい唇でキスが落とされる。
「酷いのは君だ。それに、満更でもなかった様子だったが。違うか?」
私の顔がカッと熱くなる。
『ソコを蹴りあげられたい!?』
「その体で動けるものならやってみろ」
『っ!』
セブは私の投げた枕を受け止めて、鼻で笑う。
「物を投げられるいわれはない。罪を犯した自覚があるはずだが?」
『それは……申し訳なかったと思っています』
「何を話していた」
冷たくピシャリとした声。
『ベッドでするような話じゃないわ。真面目な話なの』
セブと向き合うように寝返りを打つと、そこにはセブの厳しい顔があった。
「君はブラックをベッドルームに連れ込んで話していたわけだが?」
言わなければ。そうしないと先ほどから話が堂々巡りになってしまっている。
私は呼吸を落ち着けて『憂いの篩で私の記憶を見せた』と言った。
「この部屋にあるのか?」
『衣装箪笥の中にあるわ』
「君はアレに記憶を入れることを嫌がっていただろう」
ピキリと再びセブの目が吊り上がった。
『興味本位に買ったのよ。使うつもりはなかった。でも、話をしているうちに見せた方が良いということになって……』
「その記憶とは?」
『簡単に言えないからシリウスに相談したのっ』
「我輩よりもあの馬鹿犬を信用していると!?」
『怒らないで。そういうことじゃない。私は――――いつも―――あなたを1番に、他の……他の人に申し訳ないくらいに――――あなたのことをっ』
この黒い瞳から光がなくなる
エメラルドグリーンの瞳に伸ばされていた手は力なく床に落ちる
私は頭を抱えた。
私はこの恐怖から抜け出せない。無力に体を震わせて泣くことしか出来ない。
「ユキ、こちらへ」
動かない私を無理矢理自分に引き寄せて私を抱きしめてくれた。
「ユキ、話してくれ。たとえ自分の死に関することでも恐れはしない」
私の息が止まったのを感じ取ったのかセブの私を抱く力が強くなった。
『セブ』
「以前、君は未来を予見出来るのかと思ったことがあった。そうなのか?」
私は首を横に振る。
『そのような力はないわ。でも……』
怖い。
『言いたくないっ。話したくないッ。でももう私の手に負えないのよ!!手詰まりだわ。私が求める完璧は手に入らないッ、あぁ、どうしたらどうじだら、あぁ……出来ないっ、嫌なの話せない―――
私は恐怖に駆られて支離滅裂に叫び始めた。
「落ち着くんだ。ユキ、何も考えるな。落ち着くんだ」
低く深い声が痺れる頭に届く。
「我輩は傍にいる。ずっとだ。ずっと傍にいる」
『セブ、お願い、傍にいて、傍に』
「心配いらない。傍にいる。大丈夫だ」
セブは辛抱強く、私が落ち着くまで背中を撫でてくれた。
荒かった呼吸が穏やかになるにつれて頭が冷静になっていく。
大好きな人の腕の中に抱かれ、私の中に立ち向かう力が沸いてきた。
私は目の前の存在を確かめようとセブを抱きしめる。
『ごめんなさい……落ち着いた……』
「いつも気丈な君がここまで苦しむ姿を見るのは辛い」
セブの優しいキスにまた涙が零れてしまう。
「痛みを分けてくれ。言っただろう?どんな時も全てを分け合おうと」
健やかなる時も、病める時も
喜びの時も悲しみの時も
富める時も、貧しい時も
あの魔法契約のような言葉を思い出した私はセブの黒い瞳を見た。
私を心から心配してくれている瞳。
『セブ、私―――』
言おう。
私は心を決める。
だが、セブの顔を見て言うことはできなかった。私は妲己に沢山の人の死に際を見せられたと告白した。その中にセブがいることも……
「はあ」
セブの溜息が頭にかかる。
「もっと早くに言うべきだ」
私は強くセブを抱きしめた。
「1人で抱え込む話ではない」
『こんな不吉な話をしてあなたの心を傷つけたくなかった』
「我輩としては君がこうして思い悩む方がよほど心を痛めるのだがね。鈍い君は分かっていないらしい。前々から君の鈍さは承知していたが」
物わかりの悪い生徒に言うような言い方に思わずクスリと笑みが零れてしまう。少しだけ気分が明るくなった。
「それで、ブラックを相談相手に選んだわけは?」
『見せられた死を回避できたからよ』
「神秘部のベールか」
『そう。でも、私は危うくシリウスを死なせかけてしまった。それで、私の力だけでは助けられないと思い、シリウスに相談したの。これからの人に言うわけにはいかないと思って』
「そこでブラックを選んだのは間違いでしたな」
『私はシリウスを信頼しているわ』
「チッ」
頭の上から舌打ちが降ってきた。
「それで?」
顎が掬われて顔を上げさせられセブと目が合う。
「我輩はどのようにして死ぬのだね?」
『っセブ!』
「聞かせろ。怖くはない」
『私が怖いの。言うのも恐ろしいのよ』
セブは収まっていた涙が再び流れてくるのを顔に手を添えて指で涙を拭ってくれる。
「では、記憶を見せてくれ」
『セブ』
「分かっていた方が回避出来る。そうであろう?」
『う゛ぅ゛』
私はセブの胸に顔をつけて、震えながら顔を縦に振った。
自分の死に際を見たセブよりも私の方が動揺して震え、おまけに泣いていた。泣きたいのはセブの方だろうに私ときたらなんて奴だろう。
ベッドに並んで座っている私たち。
私の背中を撫でて宥めながらセブは優しい声で私に言う。
「あのようにはならない。大丈夫だ」
『えぇ。そうはさせない。一緒に、対策を』
涙で喉を詰まらせながら言い、セブの体に寄りかかる。
『蛇の毒の研究をしているわ』
「ナギニの毒だな」
『ナギニ?』
「闇の帝王が所有している蛇のことだ」
『そいつ殺せない?』
「闇の帝王の傍を離れない。卿はナギニを大切にしている」
『どうにか始末できる機会があればいいのに……』
しかし、ヴォルデモートの元へ行くのは無理があるだろう。ナギニを殺す機会はないと考えた方が良さそうだ。
考えていると温かい口づけが額に落とされた。
「まだ時間はある。考えるのはやめだ。今日は寝て休む方がいい」
セブはそう言って私を横抱きにしてベッドに横たえてくれた。
「もう我輩に隠している秘密はないかね?」
『ないわ』
視線を逃れるようにキスをする。
枕に頭を沈めてお互いの顔を見合う。
「大丈夫だ。ユキ、ずっと君の傍にいる」
恐ろしい運命は、絶対に回避する。
私が最も恐れるのは、セブ、あなたがいなくなってしまうこと。
それに大好きな友人たち。
あなた達を失うことが、私は何より怖いのだ――――
私はぎゅっとセブに抱きついた。
良い匂い。
心を落ち着かせる匂いでもあり、私を興奮させる匂いでもある。すりすりと顔をセブの胸に擦りつける。
「泣き足りないか?」
『ううん。キスがしたい』
唇を強請り、私たちの唇が重なる。滑らかな舌が私の腔内に入ってきて、歯列をなぞっていく。キスはいつもより丁寧に感じた。少しずつ流れ込んでくる口露をこくっこくっの喉の奥に落としていくと、体の内側からじんじんとした快感がやってくる。
もっとセブを感じたくなってセブの脚の間に自分の脚を押し入れると、ぐんっとセブが私の上に乗った。
『そういえば昼から機嫌が悪かったわね』
セブは明らかに興が削がれたといった顔をしたが、続けるようで私の体を撫で始めた。
「無理をさせたばかりだが、続けても?」
『私の質問には答えないの?』
「君は痩せたそうだな」
ぶっきらぼうにセブが言った。
『?えぇ。3キロほど』
「食事はいつも通りのようだが」
『おやつを抜いたわ』
セブがシュッと腰紐を解いた。
「胸は縮んでいなかった」
寝巻の上からセブはさらっと左胸を撫でた。
「尻の肉も変わらずだ」
『私、お尻は元からぺたんこだから』
自分で言っていて悲しくなってきた。
セブが左脚の膝小僧に両手を置いた。そして両手をゆっくりと上に向かって肌の上を滑らせていく。
「痩せたのはここだな」
太腿にキスを落とされて小さく身じろぐ。
『正解』
「間違い探しの正解に辿り着いた。印をつけておこう」
『んっ』
ピリッとした刺激。
『まだ違ったところはあるかしら?』
「見て見よう」
セブがショーツを下げようとしたので止める。
『そこは痩せないわ』
「確かめて見ねば分かるまい」
『ダメよ。次へいって』
「残念だ」
セブの大きな両手はウエストへ。
「ここもだな」
『正解』
セブは息を吐き出した。
「ユキ、君は元からふくよかな方ではない。我輩には痩せすぎに思えるが?」
『パワーでは男に負けるのよ。速さと柔軟性では勝ちたい』
「我輩は君が石の床にクレーターを作ったのを見たがね。力で君に勝てる人間がいるのか?」
『魔法の打ち合いではあなたにいつも負ける』
速さがあるから先手を打つことは出来る。だが、打ち合いが長引くと力負けしてしまうのだ。悔しくて思わず眉根がよりブスっとした顔になってしまう。
『我輩のように跡がついては困る』
セブが人差し指を私の眉間に当ててくるくると回して解した。
「歪んだ君の顔も悪くない……違うな。非常に情欲を唆る」
妖しく光るその目は先程無理矢理に私を抱いた時の目で私は思わず体を引いた。
「身構えるな。君がまた馬鹿をしなければあのような真似はしない」
ぐっとセブに腰を引き寄せられ、お互いの体が近づく。
「だが、プレイとして楽しむのも悪くないと思うが。どうだ?」
体が疼き思わず太腿を擦り合わせる私を見てセブは口の端を引きながら私の耳に口を寄せる。
「君は以前拘束プレイに興味があると言っていたな」
震えるほどの艶やかな声に自然と熱い吐息が漏れる。
私は、息を早くする私の様子を楽しんでいる、セブの余裕の表情を崩したくなった。
起き上がり、セブの上に馬乗りになる。セブは私のなされるがまま。私は彼を見下ろした。
『拘束プレイに興味があるわ。縛るのは得意よ』
セブの両手首を掴んで合わせて自分の体の前まで持っていき、そこに口付けをする。セブは不機嫌そうに眉を寄せた。
「お生憎だがそういう趣味はない」
『新しい扉を開いてみましょうよ』
「断る」
『女に主導権を握らせるのは嫌なの?』
「いや。今のように君が上に乗るのも」
『きゃあっ』
セブが腰を上にあげたので私の体が跳ねた。
「悪くない」
『ふふふ』
笑いながら私はそれぞれの手をセブの指に絡めて繋いだ。
『ねえ、今度薬を盛っていい?』
「何の薬だ?」
『あなたが開発改良した年齢後退薬か惚れ薬がいい』
「恋人に薬を盛る訳を聞かせて頂こうか」
楽しそうな笑みを向けるセブに笑いかける。
『学生のセブとしてみたいわ』
「10代……性欲が盛んな時期だな」
『待って。今よりお盛んだったら身が持たない。やめましょう』
「薬を飲むなら君も一緒にだ」
『やめましょうって聞こえたでしょう?』
「もうその気になった。撤回はなしだ」
セブが繋いでいた私の手を引っ張ったので、私の体はセブの上に重なった。セブの体温が感じられて気持ちが良い。
『惚れ薬を飲ませて理性を狂わせて私を好きになるセブが見てみたい』
私は体を少し下にずらして、セブの服をたくし上げ、彼の胸に吸い付いた。
ちゅーっ
「これ以上無様な姿を君に晒したくはない」
『あなたが無様だったことがあった?いつも堂々として余裕たっぷり。昼も夜も』
ちゅっ、ちゅっ
セブは分かっていないと言うように息を吐き出して私のお尻をむにむにと揉んだ。
私は先程からやっていた作業に戻る。
ちゅっ、ちゅーっ
「先ほどから熱心に何をしているのかね?」
『跡をつけようとしているのだけど』
全然上手くいかない。
角度を変えても強く吸っても何の形跡も残らず膨れる。
そんな様子をセブは肩肘をついて手に頭を乗せて面白そうに眺めている。
『見ていないでアドバイスをくれてもいいんじゃないですか?先生』
「教師に対する口の利き方がなっていないぞ、Ms.雪野」
『うっ。教えて頂けますか、スネイプ教授』
セブが私の髪に手を入れてくしゃりと掴んだ。
「吸う力が足りていない」
『結構吸っているわよ。でも、やってみる』
「口の中に空気をいれず、口をすぼめて、くっ、くく」
セブが笑って顔で手を覆った。
「大イカ」
ぼそっとした呟き声を私の耳が拾った。
『セブ!』
くつくつと笑い物にされた私は顔を真っ赤に染めながらセブの胸に噛み付く。
「くく、そうだ。歯を立てることだ。歯を立てながら吸い付けば跡が残せるだろう」
『後出しとは酷いわね。意地悪するからあちこちにキスマークつけてやるわ』
言われたように歯を立てて吸い付き見ると、ちゃんと跡がついていて私の顔はパッと輝く。
「そんなに嬉しそうな顔をするな。笑いが込み上げてくる」
カジっ ちゅー
「っ!」
セブが息を飲んだ。
ニヤニヤしながらセブを見上げれば咎める目をしていた。理由は私が乳首に吸い付いたから。
『大イカ呼ばわりされた御礼はしないと』
体を下げていき、鳩尾にも跡をつける。続いてお臍の下へ。
『疲れてる?』
「続けてくれ」
片方の口角を上げるセブに見せつけるように下着をずり下げ、リップ音を立ててキスをした。