第7章 果敢な牡鹿と支える牝鹿
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3.残虐
ホグワーツは静かだ。先生方の殆どは家に帰っている。
私は毒の研究に都合がよく、また購入した家はクィリナスと使用しているためホグワーツに残っていた。ダンブルドアもあの家を安全な隠れ場所の一つとして認識している。
シリウスはグリモールド・プレイス12番地で生活している。ジェームズとの失われていた友情の時間を取り戻すように2人で話しているのを見かける。
『セブは家に戻らないの?』
私の部屋で朝食を食べながらセブに聞いた。
「特に戻りたいとは思わない」
『陰気な家だものね』
「事実とはいえ失礼な女だ」
『でも、懐かしいな』
私は自分の失礼発言を詫びずに思い出す。1度、セブの家にお邪魔したことがある。彼の両親に会わないように勝手に上がり込むかたちだったが。
『そう言えば聞いたことなかったわね。今、ご両親は?』
「死んだ」
『残念だったわね』
「夏休みの後半、2週間ほど家に戻る。手入れをせねばならん」
『人が住まないと傷みやすいというものね』
「君は自分の家に戻る予定が?」
『いいえ。ちょこちょこ影分身に帰らせているもの。この夏はずっとホグワーツで解毒薬を研究するわ』
「簡単な実験室は我輩の家にもある。ユキ、君さえよければ来ないか?陰気な家だが」
『行く!』
私は即答した。
『陰気だけどあなたがいれば素敵な家よ』
セブの家で過ごす夏休みを想像しているとフクロウが朝刊を届けにやってきた。フクロウフーズを食べさせて新聞の一面を見れば“新魔法省大臣就任”の文字が飛び込んでくる。
『新しい魔法大臣はルーファス・スクリムジョールですって』
写真の人物は年老いたライオンを彷彿とさせた。
たてがみのような黄褐色の髪やふさふさとして眉は白髪交じりで、細縁眼鏡の奥には黄色味がかった鋭い眼がある。
「闇払い局局長だった彼ならファッジよりマシだろう」
『マシどころか百戦錬磨の戦士でしょう?期待しているわ』
「スクリムジョールはやり過ぎるきらいがある。あまり近づき過ぎぬよう忠告しておく」
『分かったわ』
新聞をめくっていた手が止まる。
『そんな……マダム・ボーンズが亡くなった』
魔法法執行部部長だった彼女は私の裁判にも公平な立場でものを言ってくれた。彼女がいなければ私は大変なことになっていただろう。
『ショックだわ』
「これからこういった事が増えていくだろう」
『前の時もそうだったの?』
「あぁ。次々と人が殺され、消えていった」
私は冷えかけの紅茶を一気飲みした。
再び外から羽音がした。今度は小包を足に結んだフクロウが現れる。
『待ってました!』
私は嬉々としてフクロウから小包を受け取った。テーブルでビリビリと包みを破けば試験管が5本入っている。
「これは?」
興味深そうにセブが試験管を取って光にかざした。
『ヴァンパイアの毒よ』
「どこで手に入れた!」
セブが驚き、珍しく興奮を表に出した。
『Ms.ヴェロニカ・ハッフルパフからよ。ケリドウェン魔法疾患傷害病院は毒の治療に強い病院だから、ヴァンパイアの毒を融通してくれるように頼みこんだのよ』
「これは非常に貴重なものだ」
セブの顔には研究者としての好奇心が浮かんでいる。
『これで実験するわ』
ナギニの毒は採取できないけれど、ヴァンパイアの毒も傷口を閉じさせないという似たような作用がある。
『一緒に解毒薬を開発をしてくれる?』
「当たり前だ。自分の命がかかっている……そんな顔をするな」
顔を青くする私にセブが微笑んだ。
もし解毒薬が見つからなかったらと考えたら恐ろしい。研究など、何年かかるか分からない。アーサーさんの事件で聖マンゴ魔法疾患傷害病院も傷口が閉じない毒を解毒する方法を探っているし、ケリドウェン病院も興味を持って研究を進めてくれるらしいが。
『そうだ。今晩は帰らない予定よ』
「任務か?」
『レギュと分霊箱探し。急遽ダンブーも一緒に行くことになった』
「気を付けろ」
今夜で分霊箱まで辿り着くだろう。最後の最後にどんな罠が待っているのか。気を引き締めていかねばならない。
私こそセブのもとへちゃんと帰って来なくちゃ。
夜がやってきた。
私、レギュ、ダンブーの3人はリンカンシャー州にあるブラッドリー村に来ていた。何度か森への侵入を試みた結果、日の高いうちには罠が発動されず、先へと進めないということも分かっていた。
森に入った私たちは箒に乗って地面から1メートル程の高さを進んでいる。因みにダンブーはレギュの後ろでお菓子を食しており、こっそりと手をレギュのローブで拭いていた。見なかったことにする。
金色のリボンが結んである木まで来た。ここからは箒を下りて進んでいく。辺りには霧が立ち込めていた。
この先からは罠が張られている。黒衣の幻影が現れ、毒の沼へ落とそうと脅してくるのだ。また、一緒に来た人を引き離す魔法もかけられている。
「手を繋いで仲良しこよしじゃ。儂は真ん中がよい」
嫌そうな顔をするレギュの手をダンブーが取る。私は印が結びやすいようにダンブーの手首を掴んだ。
歩き出すと声が森にこだまする。
来い―――――――来い――――――
低い声、高い声、子供の声、しわがれた老人の声。
濃い霧の奥に黒い影がサッと通り過ぎる。
最初の罠。
音もなく近づいてきていた黒衣の者の数は4体。ゆらゆらと私たちの周りを漂っている。
『……』
動いてはいけない。彼らは何も攻撃してこないのだ。
じっとしているとやがて私たちを取り囲んでいた黒衣の者たちは薄れて消えていった。
「進みましょう」
レギュの声で私たちは歩き出す。
霧の間に1本の道が現れた。
冷たい空気が足元から上がってくる。
木々の間から近付いてきたのは吸魂鬼。
私たちは杖を掲げた。
『エクスペクト パトローナム』
私の杖先からは銀色の蝙蝠が飛び出していく。蝙蝠は私に接近してきた吸魂鬼の周りを飛び、追い払う。私たちの周りには燕と不死鳥も飛んでいた。
吸魂鬼の数は少なかったが、奴らは飢えていた。長い間この空間に閉じ込められていたのだろう、餌となる人の幸福を得られず、その存在自体が消えかかっている様子。
奴らはしつこいが、パトローナスが現れては私たちに近づけない。吸魂鬼たちは口惜しそうに遠くから私たちを眺めていた。
やがて1本道は終わり辺りが開け、目の前に屋敷が現れた。見上げる高さの黒い鉄の門と塀が屋敷を取り囲んでいる。
鉄の門の入り口には憂いの篩が壁掛け鏡のように取り付けられていた。
『今日は私がやるわ』
門を開けるにはこの憂いの篩に自分の幸せだった記憶を入れる必要がある。
私は学生時代に初めてクィディッチの優勝杯を手にした記憶を杖を使って慎重に抜き出し、憂いの篩の中に入れた。憂いの篩の渦巻く
キイィ
鉄のさびた音と共に門が開く。
「罠を確認したのはここが最後です」
レギュがダンブーに言った。
レギュとダンブーは杖を掲げて、私はいつでも印が組めるように心構えを持って門をくぐり中へと入って行く。
あっさりと玄関扉は開いた。
私は目を瞬いた。
屋敷だと思ったそこはただの小屋だった。
小屋の中は埃っぽかった。
フォトフレームが床に落ちている。幸せそうな女性とハンサムだがどこか
私たちは手分けして小屋を探し始める。私とダンブーは今いるリビング。レギュは奥の部屋へ。
「ユキ先輩、ダンブルドア校長」
レギュに呼ばれて奥の部屋に行くと、そこは寝室だった。レギュが立っているのは文机の前。文机の上にはこの古い小屋には似つかわしくない金の装飾と宝石で飾られた宝石箱がある。
「開けます。2人とも下がっていて下さい」
何か罠が仕掛けられているかもしれない。ダンブーの横で私も杖を掲げる。この場合、忍術は役に立たない。
「アロホモラ」
レギュが杖を振ると小箱がパカリと開いた。特に何も起きないと安心していると、横のダンブーが小箱に引き寄せられるように走り出した。
「なんてことじゃ」
『何を!』
「ダンブルドア校長!」
ダンブーは私の手をすり抜け、成人男性であるレギュを老人とは思えない勢いで押し払う。小箱の中に入っていた指輪を、ダンブーは泣きそうな表情で手に取り、左手の指につけた。
「あぁ、アリアナ!グリンデルバルド!」
ダンブルドアの手が黒くなっていく。
『レギュ!どいて!』
私は口寄せの術で暗部で支給される剣を取り出し、ダンブルドアの背中を右足で押し、彼の体を文机に倒した。
『舌を噛まないように』
ザンッ
私はダンブルドアの左腕を切り落とした。
レギュが直ぐに杖でダンブーの服を切り裂いていき、状態を確認する。
「呪いは肩から先へはいっていないように思いますが」
『応急処置をしたら直ぐにホグワーツへ帰りましょう。レギュ、腕をお願い』
「分かりました」
「すまん……」
『あなたならコレをつけてはいけないと分かったはずですよ!』
ダンブーは悲しそうにゆるゆると首を振り、そして自分の腕がレギュによって袋へしまわれていくのを見ていた。
「抗いきれぬ……抗いきれなかったのじゃ……」
急いで止血をして、ダンブーを背負って小屋を出る。
帰り道を邪魔するものはない。
私たちは姿くらましをする。
私たちはホグワーツの正門をくぐって校長室を目指した。私の背中の上にいるダンブーはぐったりしている。
『しっかりッ。意識を失ってはいけない』
早急に魔法薬を飲ませないといけない。数も多くなる。出来れば自力で胃の中に流し込んで欲しい。
「エクスペクト パトローナム。セブルス先輩に伝言を。直ぐに校長室に来て欲しいと伝えてくれ」
銀色の燕が猛スピードで飛んでいった。
合言葉を言い、対のガーゴイル像が飛び退くのと同時に動く螺旋階段を駆け上り、扉を開けて校長室へと入り、机の前にダンブーを横たえた。
『フォークス、おいで』
癒しの力のある涙がダンブーの傷口に注がれ、ダンブーの苦痛に歪んでいた表情が和らいだ。私はダンブーの胸に手を置いて細胞分裂を促し、傷口を閉じていく。
『まずいわ』
傷口に黒い焼け焦げた跡のようなものが見える。
「呪いですね。残っていたようです」
レギュが厳しい顔で言ったその時、校長室の扉が開いた。セブがやってきたので私は場所を開ける。
「何をしてこうなった」
セブがダンブーの体に杖を行ったり来たりさせながら言った。
『指輪を』
「これです」
レギュが指輪に触らないように気を付けながらボロンと床にダンブーの腕を転がした。セブは指輪にも杖を向けて考えている。
セブは黒い巾着を開いて杖を向けて何本も試験管を取り出した。
「全て飲ませてくれ。順番は関係ない」
レギュがダンブーの頭を起こし、私が試験管の栓を抜いて端から魔法薬を飲ませていく。その間にセブはブツブツと長い呪文をダンブーの肩に向かってかけていた。
「まだあるのかの?」
『あと5本』
「お腹いっぱいじゃ」
『吐きそう?』
「ううむ」
『堪えて』
ダンブーは全ての魔法薬を飲み終わり、セブの長い詠唱が終わるのを待つ。ダンブーの肩に変化が現れた。黒い呪いは文字となり、ゆっくりと肩をぐるりと囲んで輪になった。
終わったらしい。
セブが息を吐き出した。
「どうかの、セブルス」
「腕を切ったのが良かったようです。抑え込みました」
私とレギュも息を吐き出した。
良かった!
『腕を申し訳ない。痛い思いをさせました』
「ユキがおったから命が助かったのじゃよ」
ダンブーがニコリと私に笑いかける。
『ベッドまで運びましょう』
「いや、この指輪を吟味したい。机に運んでくれんかの」
『分かりました』
「おひょ。お姫様抱っこじゃ!いやーん」
一瞬ダンブーを落とそうかと思った。が、机まで運び、レギュが焼け焦げたような黒い腕を机の上に置いた。
黒いしなびたミイラのような腕には黒い石のついた金の指輪がはめられている。この石の何にダンブーは引き寄せられたのだろうと考えていると、ふらりと私の足が進んだ。
チラチラと頭にヤマブキの顔がチラつく。
「セブルス、ユキを抑えるのじゃ」
ダンブーの低い声と体に腕を回されてぐっと引っ張られた衝撃で私は我に返った。今のは何?
「今のは蘇りの石の力じゃよ。石に影響されて生き返らせたい者の顔が浮かび、石に吸い寄せられる」
『蘇りの石?それは何です?』
「死の秘宝の1つじゃ」
『それも知りません』
「よかろう。話して聞かせよう」
話されたのは3人兄弟の物語。
これは魔法界では有名な子供向けの絵本らしい。
3人兄弟に「死」が語りかけたが3人は危険を回避した。それを怒った「死」は策を巡らし3人に褒美をやると持ち掛ける。
戦闘好きな長男は決闘すれば必ず持ち主が勝つような杖、ニワトコの杖を
傲慢な次男は「死」を更に辱めたいと死者を呼び戻す石を所望した
三男は「死」から逃れる手段を求めて透明マントを得る
「これが死の秘宝のお話じゃ」
『そしてそれは御伽話ではないのですね』
「そうじゃ。今我々の目の前にあるのが次男が求めた蘇りの石じゃよ」
『もしやハリーの持っている透明マント……』
「うむ。あれも死の秘宝の1つじゃな」
『ヴォルデモートは死の秘宝を狙うでしょうか?』
「あの子は3つ全てに興味を持っているわけではないじゃろう」
ヴォルデモートをあの子呼ばわりするダンブーとこの話は今は置いておこう。ダンブーの目線の先にあるのは指輪。
『分霊箱で間違いありませんか?』
ダンブーが頷いた。
私とレギュは複雑な心境なれど、分霊箱を手に入れられたことに喜び、拳を握り締める。
「しかし、今回は随分な犠牲を払ってしまいました」
「レギュラス、大した犠牲ではない。腕一本じゃ。ちょいとバタービールの栓が開けにくくなるだけじゃわい」
ダンブーは何てことないと言ったように肩を竦めて校長室を突っ切り、組み分け帽子の横に飾ってあったグリフィンドールの
「お待ちかねじゃ」
「破壊の許可が下りて嬉しいです。でも、どうしてですか?」
「ある筋からヴォルデモートの分霊箱は奴と繋がっておらぬと報告があったのじゃ」
ルシウス先輩から情報が与えられているのは私とダンブーだけの秘密になっている。
『分霊箱を壊せるのが嬉しい。でも、何故グリフィンドールの剣を使えば壊せると分かるのです?』
「ハリー・ポッターが分霊箱の日記をバジリスクの牙で破壊したのを覚えておらんかの?」
『覚えていますが……』
「あの時、バジリスクの毒をこの剣は吸ったのじゃ。この剣なら破壊できると思う」
『なるほど!』
「さて、誰がやるかのう?」
私はレギュを見た。
『レギュがやって、一番の功労者だわ』
しかし、あっと思いをダンブーを見る。
『破壊に伴う危険をどうみます?』
「日記の時のように邪悪な念が入っておるからのう。何とも言えんが」
『やはり私がやるわ』
「っいけません。僕がやります」
レギュはツカツカとダンブーのもとへ歩んで行ってグリフィンドールの剣を受け取った。
『気を付けて』
浮遊呪文で浮いた腕は床に下ろされる。
レギュは剣先を指輪に当てた。大きく息を吸い込み、止め、真っ直ぐに剣は指輪へと振り下ろされる。
ガンッ
『レギュ!』
ぶわああと半透明の白い風が指輪から噴き出した。その風の中にはヴォルデモートの姿があった。
―――お前は兄を越えられない
―――ブラック家の次男、シリウス・ブラックの弟……この言葉が一生お前に付き纏う
―――兄が家出をしなければ両親はお前など気にも止めなかった
ヴォルデモートの言葉はレギュに鼻で笑われるだけだった。
レギュは剣を持つ手に力を入れ直し、全体重を剣へとかけた。
<ギャアアアアアアア>
部屋の中に静けさが戻ってくる。
床にはダンブーの左手とともに真っ二つになった指輪が残されていた。
「ハア」
レギュが息を吐き出して力を抜く。
『やったわね』
ダンブーは杖で指輪を浮かせて机の上に置いた。
「セブルス、見てくれるかの?」
セブがちゃんと分霊箱が破壊されているか確かめている。
「破壊されたようです。何の魔力も感じません」
「上々じゃ」
私とレギュは
「レギュラス、ユキ、セブルス、お疲れ様じゃった」
ユキたちが出て行った校長室。
ダンブルドアはフォークスを撫でながら小さく息を吐き出した。
「困ったのう。事は単純明快といかなくなったわけじゃ」
失策だったのだろうか。
自分は生にしがみついたのか?
ダンブルドアはユキたちには言わなかった死の秘宝の1つ、ニワトコの杖を見ながら思った。
***
着物の袖がひらりと揺れる
さながら紫色の蝶
誘われるように杖を構えて足を速める男
その男はお尋ね者の死喰い人
男はホグズミード村から出て丘を上っていた
口の端を欲に歪ませながら
『私に用?』
洞窟の入り口、岩の上に腰かける女
男はギョッとする
『立ち去るなら今よ』
「闇の帝王に献上する」
『忠告はしたわ』
「どんなに痛めつけようと生きてりゃいいとのことだ!」
褒美に目の眩んだ男は杖を振る
『呪術返し』
男の体の前で爆発が起こった
意識のない男から杖を取り、女はバキンと折る
『忠告はしたわ』
女は無機質な声でそう言い、男を洞窟の中へと運んで行った
***
血の匂いが臭い。
自家製無添加無香料の石鹸で体を洗っていると、ポンと記憶が頭の中に入ってきた。セブが来てくれたみたい!わーい。急いで出よう。
バスルームから出て行けば面白くなさそうな顔をしたセブがいた。
「これはなんだ」
セブが自分の右足を動かすと、足に絡まっていた糸に括り付けてある鈴がチリンと鳴った。
私は腕を組んでフフフと笑う。
『侵入者避けよ』
「我輩は客ではなく侵入者だったわけか」
『ちゃんとしたお客は足に消音呪文なんかかけないんですが?』
セブが声を喉に詰まらせた。
最近、セブが近づいてきた事に気づかない時があった。
ずっと傍にいるから気配に慣れてしまって気づくのが遅くなったのは私の過失だ。だが、足音まで聞こえないのはおかしい。忍でもない彼が足音を立てないなど難しい。
しかも、足音はその時によって聞こえたり、聞こえなかったりする。そこで1つの可能性として考え付いたのが足に消音呪文をかけることだ。今のセブの態度からこの予想は当たっていたらしい。
私は風を送ってマントを翻した。
『……』
音がしない。
『私の寝首でも掻きに来たの!?』
「……出来心だ」
『お茶目さんってこと?』
セブが私を思い切り睨んだが全く怖くなかった。
『ハハハ。私を驚かそうだなんて良い度胸だ』
笑いながらセブの足元に跪き糸を解いていると腕を引っ張られた。
「立て。これくらい杖一振りだ」
『やってみたら?』
「何の呪文をかけた」
『呪文で解こうとしたら鈴の音が止まらなくなる呪文よ』
解く作業を続けていると溜息が上から降ってくる。
「簡単に人の足元に跪かないことだ」
『あら。征服感にでも浸っているの?』
「そうだな」
冗談を肯定されて驚き顔を上げれば、顎を持たれ、ただでさえ見上げて上がっていた顔を更に上に上げさせられる。
「美しく誇り高いものほど加虐心をそそられる」
『?』
良く分からない。じっと見つめてくるセブに困惑していると、突然くっと顎から手を放された。
頭にはてなマークを浮かべながら紐を解く作業を再開する。
『取れたわ』
鈴付きの紐が取れた。
「新聞を読んだか?」
キッチンに入ったセブがティーセットをふわふわと浮かせて持ってきてくれ、コポコポ紅茶をカップに注いでくれる。飴色の水色は澄んでいて綺麗だ。私はセブの淹れてくれる紅茶が好き。
「ホグズミード村で奇妙な出来事があった。指名手配中の死喰い人が魔力を失い見つかった、と」
『記憶も失っていたらしいわね。聖マンゴは記憶を修復できるかしら』
「どうであろうな」
『新年度のホグズミード行きはどうなるかしら?学校の近くで死喰い人がウロウロするなんて子供たちに危険が及んだら大変よ』
「魔法省も不死鳥の騎士団もホグズミード村の警備を強化するだろう。直ぐに治安は良くなる」
『この前ダイアゴン横丁に用事があって行ったけど、閑散としていたわ』
「今はイギリス魔法界どこもそうであろう」
『ダイアゴン横丁と言えばミネルバから手紙が来たの。あなたにも関係あるわ』
私はミネルバから来た手紙をセブに手渡す。そこにはミネルバが面倒を見ている蓮・プリンスについて書かれていた。
この新年度の授業用品の買い出しは自分が付き合う予定だったのだが、体がまだ本調子ではない為、私とセブに付き添って欲しいと書かれていた。
『あの子何者なのかしらね』
1人の少女に大人2人。ハリー・ポッター並みの警護に自然と疑問が湧き上がる。
『手紙にはこの件については触れるなとだけ。探りたくてうずうずしてくるわ』
「触れるなと言われているのだ。首を突っ込むな」
『そうね。いらぬことを知ると寿命が縮まることもある。当日は3人仲良くお買い物しましょう』
そう言いながら私は言いだしにくい話題を言わなければと思っていた。
先日、ダンブーからスラグホーン教授を改めて魔法薬学の教授に迎える為、死喰い人から逃げ回っているスラグホーン教授のもとへハリーとダンブーと3人で行き、教職に戻るように説得しについて来て欲しいと言われていた。
ということは、目の前の人は魔法薬学の教授ではなくなる可能性が出てきた。占い学のようにトレローニー教授とフィレンツェの2人の教授で授業を半分ずつする可能性もあるが……失業の可能性も無きにしも非ず。
『ねえ、セブ』
「なんだね」
『私の稼ぎでも……2人で生きていけるわ』
セブが、はあ?という顔をした。これは伝わっていないのね。
『失業したでしょ』
「オブラートに包むのを止めるのが早すぎる。それから、していない」
『あら、そうなの?気を使って損したわ』
私は肩を竦めた。
「校長から我輩が魔法薬学の教授を下りると聞いたのか?」
『いいえ。スラグホーン教授に魔法薬学の教授になってもらうように説得を手伝ってくれと言われたのよ。それで……』
「我輩は別の科目に移る」
『別の科目、移る……っ!』
私はガタンと立ち上がった。導き出した答えに興奮して手で口をパッと覆い、興奮して体を上下に揺らす。
『嘘!本当に!?ほんとにそうなの……!?』
キラキラした目で見つめる先にいるセブは薄い唇に薄い弧を描いている。
『闇の魔術に対する防衛術の教授、就任おめでとう!!』
私はわーっと机を回っていき、床に膝をつき、ぎゅっとセブに抱きついた。慌ててセブがソーサーに置いたティーカップがカシャンと音を立てたが気にしない。火傷はしていないだろう。
『まずは個人的にお祝いを。狙っていた職を得られたこと、おめでとう!』
セブは長年、闇の魔術に対する防衛術の教授に応募し続けていた。何故セブ程の人がその職につけなかったかは、魔法薬学の教授に適した教員を見つけることが出来ないのも一因だと思う。
『それから忍術学教授としてもお祝いと歓迎を』
私はニッコリと笑った。
忍術学では毎年、闇の魔術に対する防衛術の教授と合同で授業をしている。前々年度は三大魔法学校対抗試合があり、昨年度はアンブリッジだったため忍術学が合同授業を拒んだから開催されていなかったが。
『嬉しいわ。久しぶりのまともな、いえ、優秀な教授が就任した』
1年目のクィリナスとの合同授業は良いものだった。だが、彼の頭には当時ヴォルデモートがくっついていた。2年目のロックハートは論外。リーマス!最高だった。ムーディ教授はクラウチ・ジュニアだったし、アンブリッジは最低。
『私にとって新年度いちの喜びになる!』
「先ほどから大げさではないかね」
『いいえ!嬉しいからキスするわ』
セブは私にされるがままキスをされた。
「合同授業の要領は分からん。よろしく頼む」
『やりたいことがあるの。応急処置よ』
「治療ではなく患者に怪我をさせる者が続出しそうだが」
『練習では私の影分身を使うから問題なしよ。あなたの魔法薬学の知識も貸してほしい』
「分かった。授業計画は後日練ろう」
『えぇ。シリウスも何かやりたいことがあるみたいだし、改めて日を設けて3人で話し合いましょう……お願いだからそんな凶悪な顔しないで』
シリウスの名を聞いた途端にこの顔だ。呆れてしまう。相性の悪いセブとシリウス。セブの闇の魔術に対する防衛術教授就任を喜んだが、新年度も一筋縄ではいかなそうだ。
「いつまでも跪いているな」
ぐんと体が持ち上がったと思ったらセブの膝の上に横乗りに座っていた。私は大好きな顔を見ながらセブの首に手を回す。
『就任祝いは何がいい?』
「いらん」
『私に出来ることなら何でもいいわよ』
「何でもか?」
『えぇ!』
「では……炎源郷とやらに連れて行ってくれ」
『なんですって!?あそこ何も楽しくなんかないわよ』
「クィレル、ブラック、そしてドラコまでもそこで口寄せ動物とやらを得たそうではないか」
『羨ましいと』
セブは肯定するように黙って薄く残った紅茶の残りを啜った。
『実力だけではなく運がいるわ。何回行っても得られない可能性もある』
「無論。分かっている」
意志の固そうな瞳を見て私は頷いた。
『いいわ。今から行く?』
挑戦的に口の片端を上げるセブはティーセットをキッチンに下げて戻ってくる。
『ご覚悟を』
私は巻物を開き、逆口寄せの術を唱えた。
炎源郷。
『こんなに強いって知らなかったわ』
私はセブの後ろを唖然としながらついて歩いていた。
茂みから出てくる出てくる魔獣を片っ端から闇の魔術と思われる術で撃退していっている。
『セブー!これは武者修行じゃなくて口寄せ動物を探す目的で来ているんだからねっ』
「分かっている」
本当に分かっているのか?今も茂みから出てきた巨大蜂を一撃で撃退した。「痛いッ」と悲鳴を上げた蜂はブンブン羽を鳴らしながら逃げ去って行く。
口寄せ契約というのは魔法生物と交わす契約であるため、魔法生物が術者を主だと認めていなければならない。だから、魔法生物と意思疎通が必要なわけで、こうして問答無用に一撃で倒していては自分のパートナーとなる口寄せ動物は見つからない。
何か考えでもあるのだろうか?
「ユキ」
『なあに』
「ここにはウサギはいないのか?」
『ウサギ?』
「何でもない」
考え……あったみたいね。
下の方ばかりキョロキョロしている黒い背中から視線を逸らして笑いを堪える。ウサギ……好き、なんだっ……。
笑っては失礼だわ。でも、いつも厳しい顔つきのセブが大きな体をして膝にウサギを乗せて可愛がっているところを想像すると可愛くて、可愛くて。そんな姿がみたいな。
『セブ』
私はセブの横に並んだ。
『ここの動物は喋る。何か知っているかもしれないよ、おっと』
ブンッ
セブが杖を振った。
<ウキャ!!>
セブは3つ目のサルを一瞬にして縛り上げ、甚振るような声で尋問し始めた。ああぁサルが可哀そう。
「人間なんて嫌いだあああ」
セブを驚かそうとしたのが運の尽き。初めはセブの言うことに歯を剥き出していたサルだったが、セブがあらゆる術を使ってじわじわと追い詰めていったため、最終的にサルはウサギの住処を吐いた。その後にセブはサルに開心術を使った。サルが可哀そう。
『あんなにしなくても。しかも開心術まで』
「初めは嘘ばかり吐かれたのだ。情報が真であるか確認すべきであろう」
『初めから開心術すればよくない?』
「そこは魔法使いとしての礼儀だ」
セブの足取りは軽いが、期待させたら可哀想だから言っておかねばならない。
『ウサギは異形の可能性もあるのよ。体全体に鱗があるかもしれないし、ドラゴンのように大きいかもしれない』
「我輩はペットを求めに来たわけではない」
『それ本心?』
30分ほど歩き、私たちは花畑にやってきた。
『美しい場所ね』
「この花は見たことがない」
セブが興味深そうに水色の花を摘んでローブのポケットの中に入れた。
『私もこの花畑には来たことがないわ』
何が出てくるか分からない。周囲に視線を走らせていると、白い何かが遠くで跳ねるのが見えた。
『っ杖を構えて!』
目にもとまらぬ速さで駆けてくる白い物体。
『火遁』
「やめろ、手を出すな」
『分かったわ。重々気を付けて』
攻撃はセブに任せて、守りに集中させてもらう。
白い何かは私たちの周りをぐるぐると回り始めた。早すぎて白い残像しか見えず、周りをまわっているのが何なのかさっぱり分からない。
これでは魔法を打っても当たらないだろう。
どうするだろうと横目で見ていたらセブがローブのポケットに手を突っ込んだ。魔法薬を使うらしい。と思ったが、ん?ニンジン?ローブのポケットから出てきたのはニンジンだった。
セブはポケットから出したニンジンをぽいっと白い残像に向けて放った。
残像が止まる。
『可愛い!』
白い残像の正体はウサギだった。白くてふわふわ。長い耳がピンと立っていて、黒いお目めはくりくりだ。
<あまい、おいしい>
ポリポリとニンジンを食べるウサギ。
『声まで可愛い!』
愛らしい声に思わず表情も緩む。チラと横目でセブを見ると、本当にウサギを探していたのかっていうくらい無表情だった。何か気に食わないのかしら?ムキムキマッチョなウサギでも探していた?
<たべた、ない>
小さなお鼻をひくひくさせて食べこぼしたニンジンがないか探しているウサギの前にセブはゆっくりと腰を落とした。
「まだ欲しいか?」
<だれ?>
ウサギの耳がピンと立った。
「セブルス・スネイプ。魔法使いだ」
<まほうつかい、にんげん?>
「そうだ」
<にんげん?>
ウサギが私を見た。
『そうよ』
<はじめてみた>
人間を初めてみたらしいが、好奇心旺盛なウサギのようでスンスンとセブの匂いを体を乗り出して嗅ぎ、そしてピョンと1つ跳ねてセブとの距離を詰めた。
『気を付けて』
「あぁ」
人畜無害そうな姿をしているが、光のような速さの動きを見せられている。至近距離で攻撃されたら大怪我だ。
「ニンジンは好きか?」
甘いチョコレートのような声でセブがウサギに尋ねた。
<すき、たべたいな>
「もう1つやろう」
ウサギは黒いくりくりとした目を輝かせてセブを見上げた。セブ手ずからニンジンを食べさせてもらっているウサギに少々嫉妬してしまう。
ウサギがぴょんと飛んだと思ったらセブの周りを高速で回りだした。
<いいひと、いいひと>
白い残像から声が聞こえてくる。どうやら美味しくてはしゃいでいるらしい。
「落ち着きなさい」
セブが海よりも深い抱擁感のある声で言うと、ウサギはピタッとセブの前で止まった。あれだけ早く走っていたのに急に止まれるなんて凄いわね。
<もっと、もっと>
「もっと欲しいのか?」
―――ユキ、もっと欲しいのか?
―――セブ、はぁ、欲しいっ、お願い
―――言え、どうして欲しいか、強請ってみろ
艶やかな声に夜の情事を思い出し、私は顔を紅潮させた。
「ユキ、何を想像している」
『聞かないで。ウサギに集中してちょうだい』
セブは私に揶揄うような視線を向けてからウサギに視線を戻し、慎重にウサギに手を伸ばしていく。キョトンとした様子のウサギは警戒心がないのか、自分の体にセブが触れるのを許した。
大きく節くれだった手が優しくウサギのふわふわした白い毛並みを何度も撫でる。ウサギは気持ちが良いのか目を瞑ってしまった。
<にんじんほしい、ねむい>
「ニンジンは我輩の部屋にある。一緒に来るか?」
<ねむい>
「暖かな寝床も用意しよう」
完全に目を瞑ってしまったウサギの体をセブは慎重に抱き上げる。ウサギは浮遊感を感じたのだろう目を開いた。純粋そうなくりくりの目がセブを見上げる。
<わるいひと?>
「良い人だ。我輩と共に来るかね?」
<いく>
「我輩と口寄せ契約を結ぶか?」
ずるい。抱き上げられてあんな声で言われたら誰だって逆らえないだろう。しかも良い香りなのだろう、ウサギはすんすんと鼻を動かして匂いを嗅ぎ、頭をセブの胸に寄せた。
<にんじん、ねどこ、いじめられない?>
「どれも約束しよう」
<けいやく、くちよせ、なに?>
「我輩と君は親しい友人になる」
<ともだち、はじめて!>
ウサギの目がキラキラと輝いた。
ニヤリと口の端を上げるセブ。契約前にウサギにはきちんと口寄せ契約が何たるかを教えておかなければならない。騙すのは良くないわよ、セブ。
『帰りましょうか』
ウサギはセブの腕に抱かれてホグワーツにやってきた。
ウサギは人間の言葉を理解できるが喋るのは苦手なようだった。
<ともだち、なる>
契約者の呼び出しに応えなければいけないとの説明は理解してもらえた。血で契約を
『普段は炎源郷に置いて、必要な時に呼び出すといいわ』
「こちらに置いても問題はないのであろう?」
『メロメロね』
ゴオオと嫉妬の炎が燃え上がる。
その様子に気が付いたセブがニヤリと笑った。
「確か君はウサギのコスチュームを持っていたな」
『んなっ!あんな破廉恥なコスプレしないわよ!』
「ウサギは音に敏感なのだ。大きな声を出さないで頂きたい」
『っ!』
私は膨れた。
フッとセブが笑う声が聞こえてくる。
「ユキ、こちらへ来い。触ってみろ」
『うん』
真っ白な毛。くりくりとした目は純粋さを表している。小さなピンク色の鼻が可愛らしくヒクヒクと動く。
<ち、におい。けが?へいき?>
ウサギにかけられた言葉。
私は澄んだ黒い瞳に微笑みかける。
『えぇ。心配ないわ』
私の方を見るセブに首を横に振る。
『炎源郷で少し切ったの。手当ては済んでいる』
柔らかな毛並みを撫でる。
『ウサギの名前、決まったら教えてね』
血はしっかりと、洗い流さねばならない。