第7章 果敢な牡鹿と支える牝鹿
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
1.さざ波
私はウィルトシャー州にあるマルフォイ邸に侵入していた。
『……』
孔雀がいるわ……見て楽しい、食べて美味しい。
寝ているペットの孔雀に気づかれないよう庭を横切る。
静かな屋敷。ルシウス先輩とナルシッサ先輩は1階の暖炉のある大きな部屋の中、寛いだ様子でティータイムを楽しんでいた。
ドラコの部屋の扉を小さく開けると、文机で手紙を書いていて、窓辺ではドラコが炎源郷から連れ帰った白猫が窓の外を見ている。私は部屋の中に入り、静かにドラコの後ろに立って、鼻と口の両方をぐっと押さえた。
「ふぐっ」
息の音しか出せず、慌てて私の手をどけようとするドラコだが、私の力は強い。しかし、このまま私にやられっぱなしかと思ったら違った。ドラコは手を伸ばしてペーパーナイフを手に取った。
『!?』
<ニャアアアゴゴゴゴ>
風を感じて首を回せば、私の後ろに現れたのはマグルの車ほど大きい真っ白な猫。歯を剥き出してドラコを害する私に怒りを向けている。
私はペーパーナイフで自分の口を塞いでいる私の手を狙っているドラコの手を空いている手で掴んで止めた。私は弟子の抵抗に嬉しくなりながらドラコの口を塞いでいた手を放す。
『ドラコ。この猫落ち着かせてくれる?』
「師匠!」
解放されて振り返ったドラコは私を見てパッと顔を明るくさせた後、直ぐに猫の元へ行き「大丈夫だ、スカイ」と猫を宥めてくれた。
『良い護衛だわ』
「僕たちはパートナーの関係ですよ」
シュルルと縮んでいった白猫をドラコは腕に抱く。初めて会った時は子猫だったドラコの猫は成長して成猫の大きさになっていた。美しい水色の瞳で私を睨みつけている。
『ホグワーツに戻ったら口寄せ契約を結びましょうか』
「はい!」
ドラコがパアァと太陽のような笑みを浮かべた。
「ところで、今日は何の御用ですか?まさか僕の様子を見になんて仰らないでしょう?」
『そのまさかよ』
「何ですって!?」
ルシウス先輩はヴォルデモートの部下である死喰い人の筆頭である。そんなマルフォイ邸への侵入は万が一誰かに見られた場合、彼らに危険が及ぶ。だが、どうしてもここに来ておきたかった。
私はドラコを見てニコリとした。
「うげっ。嫌な笑み」
『Mr.ドラコ・マルフォイ』
「はい……師匠。なんですか?」
『私が冥界に行っていた間、鍛錬は怠らなかったかな?』
スイッと逸らされる目。
『ドラコオオオオオオオオ!!』
「すみませんっ。だ、だって、ユキ先生がいなくなってショックで」
『あら。可愛いこと言ってくれるわね。でも、鍛錬は1日休めば自分で分かり、2日休めば仲間に知れて、3日休めば敵に敗れるよ。私がどうなろうが鍛錬は続けるべきでした』
「ユキ先生が生き返ってからは休んでいた分を取り返すように鍛錬しているんですよ?こうやって地獄の底から叱りにくると予想して……」
『それを言うなら冥界からです。勝手に地獄に落とさないでちょうだい』
まずいと口を塞ぐドラコを半眼で睨みつける。相変わらず師匠に対して失礼な弟子ですこと。でも、元気そうで良かったわ。
『最近どう?何か変わりはあった?』
「あぁ……えっと……」
『さっきから分かりやすい態度を取り過ぎよ?』
「すみません」
相手が師匠といえども闇側の話は軽々しく出来ない。板挟み状態で困っているドラコに私は微笑んで彼の左手を掴んだ。驚いた白猫スカイがドラコの腕の中から逃げ出す。
<シャアア>
猫の威嚇の声を聞きながら私とドラコは見つめ合う。
『自分からは言わないみたいね』
「っ!」
私はスルスルとドラコの袖を捲った。そこにあるのは髑髏と蛇。死喰い人の印だ。
『はあ。まだ学生なのにどうしてこんな事に』
「ぼ、僕は期待されているんです」
『あなたは期待に応えたいと思っているの?』
サッとドラコの顔が青くなった。
俯くドラコの口からぶつぶつと声が聞こえてくる。
「僕が、僕がやらなくちゃ……」
『ルシウス先輩は神秘部での失態を咎められたようね』
死喰い人を束ねる者として、今回の失敗のお叱りを受けたのだろう。そして、その償いとしてドラコを差し出させられたのだと予想する。
「僕がマルフォイ家を立て直すんだ!」
『私はむしろマルフォイ家の影が薄くなるようにすべきだと思うけど……でも、これはマルフォイ家の問題だから首は突っ込まないわ』
「……ユキ先生は僕の味方なんですか?」
おずおずと問われる。
『そうよ』
不信感を持っている様子のドラコに微笑みかける。
「でも、ダンブルドアの組織に入っているでしょう?」
『入っていないわ』
「嘘だ!」
『ハリーにでも聞いてみたら?』
「……」
『私は人の下につくのが大嫌いなのよ』
納得していない様子のドラコの鼻を指ではじく。
『私は好きなように動いている。ダンブルドアを手伝ったり、一方でこうしてあなたを鍛えたりね。だから、ドラコも好き勝手、思うままに動くといい。その結果どうなっても私が責任を取ってあげるから』
黙り込んで考えているドラコ。
私は気分を変えるように手を打った。
『下からルシウス先輩とナルシッサ先輩を呼んできてちょうだい』
「……分かりました」
ドラコが出て行った部屋を見渡す。
まず目に入ったのは文机の手紙。パンジー・パーキンソンへ宛てて書いている手紙は彼らが親密であると分かる。
2枚目はデリラ・ミュレーへ宛てたもの。こちらは強い口調で書かれていた。純血を尊ぶべきであり、ミュレー家も闇の帝王に従うべきだと書いてある。
純血一族であるデリラは私が魔法界に来てから2年目、バジリスクから彼女を助けた時に、隠していたが自分は半純血であると告白してくれた。
手紙の文からしてミュレー家は態度を決めかねているのだろう。純血一族でも闇の陣営に入るか、不死鳥の騎士団側に入るか、中立を保つか決めかねている家も多い。純血一族を引き入れるメリットは戦力、魔法界への影響力、資金力……だから今シリウスは頑張っている。
机の上の棚に目を移すと闇の魔術に関する本がズラっと並んでいた。本にはいくつも栞が挟んであり、そのページを開けば人を呪い殺すだとか物騒なものばかりだった。
誰か呪い殺したい人でもいるのかしら?ハリーとか?注意しなければならない。もしヴォルデモートからドラコに何らかの命が下っているのだとしたら、セブが知っているだろうか?
考えていると足音が聞こえてきてパッと扉が開かれた。
「ユキ!」
飛び込むように部屋に入ってきたナルシッサ先輩はその勢いのままに私に抱きついてくれた。
「生き返ったのね!良かったわっ。どんなに心配したと思っているの?」
『ご心配をおかけしました』
体を離して私の顔を見つめるナルシッサ先輩の目は潤んでいて私の胸はジンとなる。
「死んだと聞いた時も、生き返った時も信じられなかったよ。ユキは我々を翻弄するのが得意なようだ」
『お互いに無事で何よりです』
ルシウス先輩は剣呑に目を細めて微笑み、私は口の端を上げた。
「地獄から舞い戻った話を聞かせてくれるかな?」
『息子さんにも申し上げましたが冥界です。勝手に地獄落ちさせないで下さい』
「おやおや」
そうだったのかい?みたいな顔しないで下さい!この親子ときたら!
『冥界の話はセブが伝えたので全部ですよ』
「そういうことにしておこう」
『ルシウス先輩、あまり長居は出来ません』
「分かった。では帰る時に私の部屋に寄ってくれ。部屋は……分かるだろう?」
『はい』
ルシウス先輩が去って3人になった部屋。ナルシッサ先輩と私が暖炉の前の2人掛けソファーに座り、ドラコは私たちの前に立っている。
『ナルシッサ先輩、ドラコくんのことを守ると約束したのに不安にさせてしまい申し訳ありません』
頭を下げると肩に手を添えられて体を上げさせられる。
「いいえ。こうして戻ってきてくれたのですもの。死を超える力を持つユキに守ってもらえるなら心強いわ」
『では、このままドラコくんのことは私に任せて頂いて良いのですね?』
ヴォルデモート側の人たちには神秘部のベールこそ死を超えるただ1つの方法だと信じていて欲しい。
私は死を超える力について否定せずに言葉を返した。
「えぇ。ユキ、お願いするわ」
『分かりました。必ず守ります。ですが1つ、改めて約束して下さい。前にも言いましたが私以外の者と似たような契約を交わさないで下さい。いざとなった時にかち合ってしてしまうと大変なので』
「大丈夫よ。約束します」
私はホッと息を吐き出し立ち上がり、ドラコに視線を向けた。
『疑念はあると思うけど、ナルシッサ先輩の判断に従ってくれるかしら?』
「ドラコ、ユキは信用できるわ。私は学生の頃からユキを妹のように可愛がってきたの。ユキがマルフォイ家を裏切るようなことはありません」
「母上のお言葉に……従い……ます」
渋々ドラコは頷いた。
『長居はしない方がいいので失礼します』
私はドラコに休み中の鍛錬メニューを渡し、ナルシッサ先輩ともう一度ハグをして部屋を出て行った。
ナルシッサ先輩と約束を取り付けられて良かったわ。私がいなくなったらナルシッサ先輩が頼るのはセブだろうから。これ以上セブの負担を増やしたくない。
血のような色の絨毯を歩いて行きルシウス先輩の部屋の扉を叩くと、入りなさい、と許可が下りる。
受け取った手紙。
「頼む」
『確かに。ところで、お伺いしたい事があります』
「何かな?」
『回りくどい事はなしにします。ヴォルデモートの分霊箱はご存知でしょう?』
ルシウス先輩は表情を消して華麗な装飾が施された文机から離れて窓辺へと歩いていく。
「帰ってくれ」
『我々の側でも功績を作っておくべきですよ』
「手紙を渡すだけでも危険な行為なのだ。これ以上は出来ない」
『では、今から言う質問の答えを手紙に書いて頂けません?』
「ユキ、いい加減にしてくれ」
『少々欲を出して下さい。闇側が負けた時に生き長らえたとして、名門マルフォイ家の地位を落としたいですか?』
「命には変えられない」
『質問だけでも聞いて下さい』
私は無言のルシウス先輩の背中に問いかける。
『ヴォルデモートは分霊箱の日記が破壊された時、その事に気が付きましたか?破壊を知らされるまで分からなかった?』
「帰れ」
<クィワーア クィワーア>
張り詰めた空気の中、何かの鳴き声が下から聞こえてきて私はルシウス先輩の横に並んで下を見た。何だろう?
「孔雀だ」
『孔雀の鳴き声初めて聞きました!』
あの美しい生き物がこのような珍妙な声で鳴くとは!
『見て楽しい、食べて美味しいに加えて聴いて楽しいね』
「はあ」
『あ、すみません』
「いや……」
ルシウス先輩はふっと微笑んで文机に向かい、椅子に腰掛けた。
「まったくユキには敵わない」
『ルシウス先輩?』
その背中から決意が感じられた。
大きな白い羽のついた羽根ペンをインク壺に浸し、サラサラと文字を書いていく。折り畳まれた手紙は封筒に入れられ、マルフォイ家の紋章の蝋封が押されて私に手渡された。
「気をつけて持って帰りなさい」
『心変わりのきっかけが分かりません』
「分からなくていい。帰りたまえ」
これ以上はもう喋らないという雰囲気。私は手紙を胸元にしまい、適当な姿に変化してマルフォイ邸の裏口から出て行った。
ルシウスは音もなく自分の部屋から出て行ったユキのことを思いながら、館から門へと続く薄暗くなってきた広場を窓辺に立ち見ていた。
ユキを信じたことは間違っていないだろう。
学生時代からユキを知っているルシウスは彼女の純真さを知っている。心を開いた相手には真心を尽くすのだ。
強く、思慮深く、人を裏切らない。
裏切らない……。
そこが問題だった。彼女は自分が信じ、認めた相手を裏切らない。一方でそれ以外の人間には笑顔の仮面を被り、必要に応じて嘘をつく。
ユキはマルフォイ家の人間を慕っている。彼女は裏切らない。ただ、ユキは忍だからこちらをある程度利用するだろうとは覚悟している。
家族を守る身としてルシウスは逃げ道を作っておきたかった。影分身を出せるユキは1人で幾人もの戦力になる。
孔雀にはしゃいだ子供のような無垢な瞳を思い出す。
もしもの時に裏切る自分であっても、ユキは自分たちを守るだろう―――
バシンッ バシンッ バシンッ
私は万が一追手がいることを考えて何回か適当な場所に姿くらましして不死鳥の騎士団本部であるグリモールド・プレイス12番地へとやってきた。
会議の時間まで30分余裕がある。
賑やかなキッチン。ジェームズとリリー、シリウス、リーマス、トンクスさんがいて、楽しそうに声を上げて笑っていた。
リリーが笑っている。
壁に張り付いて扉からキッチンの中を盗み見ながら胸を熱く震えさせる。リリーがいる世界が戻ってきた。この風景をずっと見ていたい。
「……あの、ユキ先生?」
私は隣に来ていたハリーに静かにするように首を振る。
『リリーの元気な姿をこうやって眺めるのが好きなの』
「近くに行けばいいじゃないですか」
『こうやって日常生活を送っているリリーの姿を観察するのも楽しいのよ』
「僕は中に入りますよ?」
私のことをちょっと気味悪そうに見たあと、ハリーは中へ入っていった。
リリーがハリーを見て笑った。リリーとハリー母子の仲睦まじい様子。なんて素敵な光景なのだろう!
『っ!?』
胸を震わせてみていた私の体が跳ね上がる。目の前に急にシリウスが現れたからだ。
『吃驚した。足に消音呪文をかけたの?』
「いや。魔法なしだ。なかなかだろう?」
目の前に急に出てきたシリウスは私を驚かすことが出来て満足そうに笑っている。
「こんなところで何をやっているんだ?」
『遠くからリリーを拝んでいたのよ』
「拝む?」
シリウスが首を捻った。
『リリー……大好き』
「まるで恋する乙女だな。さあ、こんなところに突っ立ってないで中へ入れ」
『わわ』
もう少し遠くからリリーの観察をしようと思っていたのだが、シリウスに手首を引っ張られて部屋の中へ入れられた。皆に挨拶をしてシリウスの隣に座る。
「なあ、ユキ。君はスニベ『スネイプよ、ジェームズ』……スネイプのどこが好きなんだい?」
ジェームズが体をテーブルに乗り出してシリウス越しに言った。
『唐突ね』
「君たちが付き合っているって聞いてからずっと疑問だったんだ。納得がいく理由が聞きたくて」
『なんでジェームズを納得させなくちゃいけないのよ』
おかしなことを言うジェームズに鼻に皺を寄せていると、トンクスさんが私も聞きたいと手を挙げた。
「僕も!」
ハリーもだ。
この場の全員が私に注目していて、自然と顔が赤くなってきてしまう。
「ふふ。ユキったら照れちゃって」
『揶揄わないでよ、リリー』
「でも、私も聞きたいな。どこが好きなの?」
『それは……』
逃れられない雰囲気に私は観念することにして言うことに決めた。にやけてしまう顔が抑えられずに俯きながら『優しいところ』と答える。
「月並みじゃないか!」
ハアァと呆れたようにジェームズが言って椅子の背もたれにもたれかかるのでムッとする。
『勿論それだけじゃないわ』
「じゃあなんだい?」
『顔が好き』
「ブウウッ」
ジェームズは紅茶を飲みながら話していたので、口に含んでいた紅茶を霧吹きのように口から噴き出した。
「おい、ジェームズ!」
私とジェームズの間にいたシリウスは近距離から紅茶をかぶった。
『汚いわね。こっちまで飛んできたわ』
「ゴホッ、ゴホッ。だって冗談がキツイから」
『大人の男の魅力が分かっていないのよ』
「カッコいい大人の男っていうのはこういう顔を言うんだ」
ジェームズがシリウスの顔側面に両手を添えてぐりっとユキの方に回した。
『シリウスはカッコいい顔をしている。そんなの昔から知っているわよ』
「栞もシリウスおじさんの顔好きみたい。だから僕には見向きもしない」
「息子よ!なんとなんと。好きな子がいるのかい?」
ジェームズがガタガタと五月蠅く椅子から立ち上がってハリーの元へと行き、誰も座っていないテーブルの端の方へとハリーを引っ張って行った。
それをきっかけにリリーは食器を下げてシンクに行き、リーマスとトンクスは2人で話し始める。
『ジェームズは息子と関われるのが嬉しいのね。生き生きしている』
「ちょっと前まで死んでいたのにな」
『ハハッ。そうそう!』
ユキとシリウスはカラカラと声を立てて笑った。
『そういえば、任務の忙しさは続きそう?』
「そうだな。図らずも冥界から戻ったことが興味を引いたらしく、今まで話さえ聞かなかった家が話を聞く気にまでなってくれている」
『うまくいくといいわね』
「この任務は苦手だが、ダンブルドアの期待に応えられるようにしたい」
『もう1つの任務は心配していない』
「俺も信用されたな」
『そうでなければ背中は預けないし、自分の命運を託したりはしない。シリウスがいなければ私は死んでいたわ。カロンの渡し船から始まりエウリディーチェとぷふっ』
ユキは思い出し笑いをしてしまう。
『イザナミへお加減が悪いんですかって聞いたアレ。何度思い出しても笑えるわ』
「だって女性には配慮するものだろう?」
『それにしたって、シリウスのそういう感性、好きだわ。蛇女に死の呪文を打たなかったところも!』
「俺がレディーファーストを重んじる紳士だって今頃気がついたのか?」
『学生の時は気が付かなかったわね。気づいたのは……今かも』
「酷いぞ?」
『ふふ。鈍い私に分かるようにしてくれないと』
「確かに。俺の過失だ」
シリウスは肩を竦め、ユキは立ち上がる。
『紅茶飲む?』
「俺もユキも飲まない」
『え?』
ユキはシリウスに手を引っ張られて再び座らせられた。
『シリウス?』
「もう少し、こうして座って俺の事を褒めてくれ」
『変なの。でもいいわ。シリウスは教え方が上手いから教師として私よりも優秀――――
セブルスは動揺してユキとシリウスの様子を部屋の入り口で見ていた。見るからにユキのシリウスへの態度が変わったと感じたからだ。
『アハハっ。確かに、ハハっ』
明るいユキの笑い声がキッチンに響く。
ユキは普段、柔和で優しい。言葉遣いも物腰も。でも、それが時々崩れることがある。それは忍としてものを考えている時だ。その姿は自分も見たことがある。だが、今目にしているユキの姿はそれとも少し違う。シリウスを共に戦った仲間として信頼している姿だった。
『相変わらずの無茶っぷりだった、ぷふっ、あなたって最っ高!』
普段の優しくて柔らかな様子から崩れて粗野な様子が伝わってくる。セブルスはユキの記憶を覗いた時のこと、暗部訓練生だった少女の頃のユキの様子とユキがこちらへ来たばかりの頃を思い出す。
普段の様子を作り物とは思わない。だが、幼き頃から染み付いた粗野な姿もユキの本当の姿。気の置けない人間にだけに見せる姿だとセブルスは思った。
『もう充分褒めたでしょう?シリウス、私は紅茶を飲む』
「俺が淹れよう。なにせユキお墨付きの紳士だからな」
立ち上がって食器棚へと向かうシリウスはセブルスの存在に少し前から気が付いていた。
セブルスと目が合ったシリウスはわざと無視をする。そしてセブルスの目に浮かぶありありとした嫉妬に片方の口の端を上げた。
シリウスもまたユキの自分への態度が変わったと分かっていた。恋愛感情は全く無さそうだが強い信頼が寄せられていることに優越感を感じている。
「うわあっ」
ジェームズの声が上がって彼の視線の先を見ればキッチンの入口にセブがいて、私は反射的に立ち上がる。
「吃驚した。来たのなら挨拶すべきだろ?これだから根暗は」
「ジェームズ」
たしなめるリリーの声を聞きながら私は心臓をドキドキさせていた。足音が全く聞こえなかった。気配すら感じなかったなんて……セブの気配に慣れてしまったせいだろうか。
忍としてセブの存在に気が付けなかったことに落ち込んでいる私は甘くて美味しい紅茶を飲んで立ち上がる。間もなく会議の始まる時刻。私たちは談話室へ移動する。玄関扉からはウィーズリー夫妻やキングズリーさんが入ってくる。
『セブ、気配の消し方を覚えたの?』
「何か不都合が?」
『……ないわ』
セブ?
冷たい声。
どこかイライラしている様子のセブに私は首を捻った。
「さて、会議を始めよう。ハリーは外へ」
マッド‐アイが言った。
「僕だけ仲間外れなんて」
「ごめんなさいね、ハリー」
リリーがハリーの頭を撫でたので、ハリーは嬉しさと恥ずかしさを噛み殺す様子を皆から隠すように急いで部屋から出ていった。
「ユキ先生、こんにーちあ」
やってきたのは三大魔法学校対抗試合のボーバトン代表だったフラー・デラクール。相変わらず美しい。
『お久しぶりね。あなたも不死鳥の騎士団だったなんて知らなかったわ』
「最近入りまーした。ビルに誘われました」
不死鳥の騎士団に戦力が増えるのは良い事だけど、本部のここまで簡単に入れてしまうのはどうかと思うが。そう思っているとウィーズリー家の長兄であるビルが「心配いりません」とフラーの肩を抱いた。
「彼女とはもうすぐ結婚するんです」
顔を見合わせる2人の蕩けそうな顔。
『結婚かぁ』
「憧れます?」
トンクスさんが聞いた。
『分からない。トンクスさんは?』
「え!?」
自分に振られると思わなかったのだろう、トンクスさんは驚いたあと、顔を真っ赤に染めた。
『結婚の何を想像して赤くなっているの?』
「そ、そんなこと聞かないで下さいよ!あ、あのですね」
ゴホンと話題を終了させるようにトンクスさんは咳払い。
「そろそろ私のこと、他人行儀にさん付けじゃなくて呼び捨てにしてもらえませんか?」
『ニンファドーラ?』
「ニンファドーラはやめてくださいっ。私、自分の名前ちょっと恥ずかしいんです。だって、可愛い水の妖精ニンファドーラなんて呼ばれたら顔に火がつくわ」
『でも、それこそ結婚したら夫にどう呼ばせるつもりなの?』
「あ、どうしよう……」
『兎に角、トンクスって呼ばせてもらうわね』
「今日は新年度が始まるまでのハリー・ポッターの居場所について連絡する」
ハリーはウィーズリー家の家である隠れ穴で過ごすべきだとダンブーからの連絡がマッド-アイから伝えられた。
「どうして移動すべきなんです?」
「親子を引き離すのは心苦しいが、リスクは分散させる必要がある。今、闇の陣営はポッター夫妻を探し出そうと躍起だ」
と、トンクスの質問にマッド-アイが答える。ジェームズとリリーの復活は徐々に闇の世界に飲まれていく魔法界に強い光を与えている。
当然ながら2人の存在はハリーの強力な支えとなっている。
「家は喜んで歓迎するよ」
アーサーさんがニッコリした。
「ユキ、ダーズリー家について報告を」
『はい、マッド-アイ』
私はダンブーに頼まれてダーズリー家がリリーの愛の守りに護られているか調べた。結果、守りはなくなっていた。
『ダーズリー一家は魔法省の役人警護のもと安全な場所に移住しました』
顔を青くしたリリーが自分に大丈夫だと言い聞かせるように頷いて、ジェームズがリリーの背中を撫でた。
「それから、ジェームズ。ハリーに伝えてくれ。ダンブルドアが近くここに迎えに来るらしい」
「分かった、ムーディ」
「ユキも同行するらしいが聞いているか?」
『まだです。ご連絡ありがとうございます』
私はマッド‐アイを見た。ふと脳裏に浮かぶ映像。マッド‐アイに見せられた彼の死に際は箒から落ちて落下していく姿。
守れるだろうか
「次にダンブルドアから――――
ダンブルドア……塔の上から落ちていく。
私の心臓が嫌な音を立てて鳴る。
冥界から帰ってから私は何度も妲己に見せられた皆の死に際について考えていた。
今までは自分の力で見せられた死を回避すべきだと考えていた。当然そうすべきだと考えていたのだが、今回シリウスが妲己に見せられたようにベールの向こうへ行ってしまったことでその考えが揺らぎ始めていた。
私1人の力では限界がある。
守りの護符を配ったところで状況により発動しないこともあるし、その人の死に際に立ち会おうとしても上手くいかない場合もある。
誰かに言うべき?
では、誰に?
直ぐに頭に浮かんだのは隣にいるシリウスだった。
妲己に見せられた死に際が今より未来に起こる人に話すのは躊躇われた。その点シリウスの死は既に回避されている。
話すべきか、否か。
会議は解散して三三五五帰路に着く。今日はシリウスもホグワーツに帰るそうだ。
「親子3人の時間もあと少しだ。邪魔しちゃ悪い」
『シリウス、夜の時間空いていたら新年度の準備をしたいのだけど』
「あぁ。教室に7時でどうだ?」
『うん』
バシンッ
私たち3人は姿現しでホグワーツの門前に着いた。
「夜食にライスボールを作ってくれないか?」
『ふふ。今から夜食の話?』
「チキンの丸焼きの次にユキのライスボールが好きだ」
『チキンの丸焼きには勝てないのね』
「機嫌を損ねたか?」
『いいえ。大きめのチキンが入ったライスボールを作るわ』
「チーズトロトロで頼む」
『そんなこと言われたらもうお腹が減ってきた』
「ちゃんと食べろよ。最近体重が減っただろう」
『よく分かったわね』
驚いて目を瞬く。
『どうして気づいたの?』
「蹴りが軽い」
『うぅ』
私は唸った。確かに最近体重を減量していた。理由は俊敏性を上げるためだ。しかし、それによって蹴りにパワーが無くなったらしい。
『俊敏性を取るかパワーを取るか。悩みどころね』
「俺なら俊敏性を取る」
『そうね……そうする』
「だが、これ以上体重を減らすなよ」
『うん』
「じゃあ7時に」
シリウスは左に、そしてセブは右だ。セブはマントを翻してズンズンと去っていく……音もなく。
3人でいたのにシリウスとばかり会話して除け者みたいにしてしまって申し訳なかった。嫌な気持ちにさせてしまっただろうな。自分の配慮の無さに溜息をつきながら私は部屋へと戻って行った。
新年度の授業準備も一段落。
『次の闇の魔術に対する防衛術の教授、誰なんでしょうね』
「誰であれアンブリッジより悪いことは無いだろう」
『それもそうね』
私たちは広げていた巻物や本を研究室の棚に片付けていく。
ノックの音がして扉が開き、影分身が入ってきた。
「ライスボールだ!」
『丁度良いタイミングね』
熱々のライスボール。ナイフで切ればサクッと衣の音がする。中からはミートソースで味付けされたご飯の間からとろりとチーズがとろける。
「旨い」
『シリウス、あの……』
私は妲己の記憶を打ち明けようと口を開いた。だが、
『……』
「どうした?」
切り出し方が分からない。
シリウスに話を聞いてもらったらどんなに心強いだろう。
だけど……
急に迷いが出る。
他人の死に関することを話して良いものか……
『ううん。なんでもない』
結局この途方もない話を私は言うことが出来ず、シリウスと別れて部屋へと戻った。
ベッドルームに入るとナイトテーブルの上に置いてある写真立てが目に入る。4つに区切られたそこには2枚の写真が収められていた。私はベッドに腰かけた。
1つは魔法界に来てから2年目、セブとロンドンにデートに行った時の写真。もう1枚は湖城ホテルで撮影した写真でセブと腕を組んでいる私はとても幸せそう。
『セブったらどうしてこんなにカッコいいのかしら』
頭に思い浮かべるだけでにやけてしまう。強さ、優しさ、情熱的なところ、勤勉で、努力家、忍耐強い。知性を感じる黒い瞳と薄い唇、雄々しい鉤鼻、それにあの声!名前を呼ばれるだけで溶けてしまいそうになる。
『あなたのいない人生が想像できないし、想像したくないの』
こしょこしょと写真のセブをくすぐったら杖を出された。この形相だと写真越しから呪いを放ってきそうな勢いである。
私は小さく笑って、ベッドに仰向けになった。
『セブ、あぁ、セブ』
こんなに人を好きになるなんて思わなかった。
『セブ、好きなの』
涙が零れる。
私は最悪の想像に涙を流しながら立ち上がる。シャワーを浴びて嫌な想像を洗い流そう。私はよろよろとバスルームへと向かったのだった。