第6章 探す碧燕
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27.再会 前編
ユキとシリウスの葬儀は勇敢だった彼らに敬意を表して、そしてこの場でヴォルデモート、死喰い人との戦いが行われたのだと印象づける為に戦いの舞台となった神秘部の円形劇場のような形をしたアーチがある広間で行われることになった。
マクゴナガルはまだ本調子ではない体を押して、娘のように可愛がっていたユキと学生時代には手を焼かされたシリウスの葬儀を取り仕切る役目を担った。
教職員と、各寮の監督生、神秘部で共に戦った生徒、それから特別に蓮も参加を許された。マクゴナガルは彼女がどんな存在であるかを知っている。
マクゴナガルは準備の最終チェックをしながらチラとスネイプの様子を見た。普段から不健康そうなその顔色は今は更に悪く、倒れるのではないかというくらいに血の気がない。目も虚ろで見ていられなかった。
式は厳かに進行されていた。現場が神秘部ということで魔法省の者も参列している。更には日刊預言者新聞の記者までも。
遺体のない祭壇にはユキとシリウスの写真が並べられている。
遺影の2人は良い笑顔で人柄が表れていた。
「黙祷」
誰もが静かに、賑やかで勇敢だった忍術学の教師たちを想っていた時だった。
神聖な場に鼓膜を突き破るような叫び声が聞こえてきた。
『飛べーーーーーーーッッッッ!!!』
ドタンッ ドタンッ
ベールの中から現れた人々。誰もが驚き、動けなかった。
地面に派手な音を立てて転がってきた人物に参列者は見覚えがあった。まず2人は今日弔われているユキとシリウス。そしてもう2人は……ありえない、と参列者は思考を固まらせた。
『「リリー!」』
ユキとあの死んだはずのジェームズ・ポッターが同時に叫んだ。
セブルスの鼓動はここにいる誰よりも早く鳴っていた。
ユキが戻ってきた。やはり死んでなどいなかった。喜びから込み上げてくる涙をセブルスは奥歯を噛みしめて押し止めた。そして、前を見た。
そこには信じられない光景があった。
ジェームズ・ポッターに支えられて立ち上がったのは自分の幼馴染。美しい赤毛、エメラルドグリーンの瞳はハリーを探していた。
「そんな……父さんと……母さん……?」
カメラマンが必死にシャッターを切る。葬式が奇跡の復活と感動の場に早変わりだ。
シャッター音を皮切りに、参列者が一斉に喋りだした。
「あの4人は全員ゴーストってことか!?」
「あれってジェームズ・ポッターとリリー・ポッター!?14年前に死んだ!?」
「どうなっているの!?」
参列者は生き返った4人の姿をよく見ようと首を伸ばして見ている。セブルスの元へ向かうユキにも好奇の視線が注がれていた。
セブルスは喜びを外に出すことを必死に押さえていた。彼の頭の中にあったのは歓喜。そして怖れ。
闇の帝王のユキへの執着は更に激しいものになるだろう。ここで自分が感情を表に出し、抱擁でもすれば、自分にとってユキがどれほど大切な存在か示すことになってしまう。セブルスはギュッと拳を握り感情を消した。
『戻ったわ』
「死んで……なかったようだな」
冷静を取り繕うとしたが、セブルスは自分が思っていたよりも強くユキを想っていたようで、滲んでくる涙を堪える為、気を逸らすようにポッター親子を見た。
リリーについても闇の帝王に報告せねばならない。
ダンブルドアに視線を向けると、自分に向かって頷いた。
「行かねばならん」
『気を付けて』
ユキは状況を理解し、頷いた。
セブルスはユキが帰ってきた喜びと今から報告しなければならないことに気を重くし、心の内をぐちゃぐちゃにしながら闇の帝王のもとへ向かった。
館は痛い沈黙とピリピリした空気に包まれていた。予言は失われ、ダンブルドアと不死鳥の騎士団によってヴォルデモートは退却しなければならなかった。
既に不機嫌なヴォルデモートによってユキをベールの向こうへ追いやることになった原因を作ったマクネアは痛めつけられ重傷を負っている。ルシウスも無事とはいえ今回の作戦の統率者として不興を買っていた。
「セブルス」
ナルシッサが階段を上ってくるセブルスに気が付き、声を掛ける。
「ユキの葬儀は終わったの?」
「生き返りました」
短い返事をナルシッサに返すセブルス。
眉を顰め、ナルシッサは訳が分からないというようにポカンとした。
「闇の帝王の元へご報告に参ります」
事態を飲み込めぬナルシッサを置き、セブルスは部屋の扉を叩いた。
「入れ」
会議室。誰もがヴォルデモートの怒りに触れることを恐れ、緊張を高める室内に入ってきたのはセブルス・スネイプ。
部屋の中は重苦しい空気に包まれていた。怯える死喰い人と怒りを纏うヴォルデモート。
セブルスは胸に手を置き、頭を下げた。
「セブルス、雪野は結局死んだわけだ。あの予言は偽りだったことになる」
痛いほどの殺気に、セブルスの背筋が凍る。
「嘘の予言を持ってきたわけではあるまいな?」
ヴォルデモートの赤い目が剣呑に細められる前でセブルスは乾いた口を開いた。
「葬儀は中止となりました、我が君」
ヴォルデモートが訝し気に首を動かす。その様子は鎌首をもたげる蛇のように見えた。
「生き返りました。ベールから戻ってきました。シリウス・ブラックと……ハリー・ポッターの両親と共にです」
「偽りを言うなッスネイプ!」
ベラトリックスが叫んで立ち上がった。
ざわつく室内。
「あいつらは死んだんだ。ベールから戻っただって?夢物語もたいがいにしな。愛しの恋人を失って狂っちまったかい!?」
「ベラトリックス、黙れ」
ハッとして口を閉じるベラトリックスは興奮に瞳をギラつかせる主人の姿を見た。欲を隠そうともせず、セブルスに食らいつくかのように身を前に乗り出している。
「どうやって戻ってきた」
「今しがた行われていた葬儀の最中にベールの向こうから4人は帰ってきました」
「神秘部のベールは死者の国に繋がっていると言われている。だが、入ったが最後戻っては来られないとも聞いた。だが、あの女はこの世に戻ってきて死者を生き返らせたのか。真であるな?」
「はい。この目で見ました。直ぐに我が君にご報告せねばとはせ参じた次第です」
「予言は本当であった!」
ヴォルデモートはハハハハ!と勝利を確信した笑い声を天井に向かって上げた。
「手に入れるぞッ」
バンッとヴォルデモートはテーブルを両手で叩いて立ち上がった。死喰い人は主君の見たことのない高揚を前に、チラチラと仲間内でこの出来事は本当だろうかと視線を交わしている。
「セブルス、調べろ。どうやって死を越えたのかを。そしてあの女をこちら側へ堕とす方法を考えるのだ。死を越えたのだ……戻ってきた……死に打ち勝つ方法がこの手に……」
独り言を言うヴォルデモートの目には誰の姿も見えていない。彼の目に見えているのは渇望する死に打ち勝つ方法。
ユキ、必ず守る。
セブルスは頭を下げながら愛しい恋人を想った。
***
重だるい瞼を無理矢理こじ開けると白い天井があった。見慣れない天井に眉を寄せていると視界に大好きな顔が現れる。
「ユキ、起きたか?」
掠れた声で名前を呼ばれた私はセブに手を伸ばした。
『セブ……心配かけてごめんね』
「戻ってくると言い残してから死ぬべきだ」
無茶を言うセブの頬に手を伸ばすと、セブは私の手の甲にキスをし、私の手を自分の頬に押し付けた。
「愛じゃのう」
視線を向けるとニコニコしたダンブーの姿。
『ここはどこですか?』
「聖マンゴ病院じゃよ。全員気を失って運ばれた」
『他の皆は?』
「まだ意識が戻っておらん」
『私たちが戻ってきてからどのくらい時間が経ちましたか?』
「そんなに経っておらん。お前さんらが戻ってきたのは昼、今は夜じゃ」
『セブ、体を起こすの手伝って』
「無理しない方がいい」
『いいから。お願い』
私はセブに手伝ってもらって体を起こした。
部屋には私を含めて4つのベッドがあった。
目の前にシリウスのベッド、私の隣にリリー、斜め前にジェームズが寝ている。部屋には他にハリーとリーマスの姿もある。
『ハリーは気がついたのね。大丈夫?』
「僕は大丈夫です。でも……」
ハリーは心配そうにリリー達に目を向けた。
『ダンブー、癒者はなんと?』
「時間が経てば戻るだろうと。ただ、状況的に何とものう」
『私が試してみます』
「ユキ、無理だ」
セブに大丈夫だと微笑む。
『長くここにはいられない。ですよね?』
「そうじゃ。ユキ、すまんが試してくれ」
ダンブーに頷いてまずはシリウスのところへ行く。死んでからそう時間の経っていないシリウスから診るのが分かりやすい。
確かに癒者の見立て通り悪いところはない。杖でビッと痛みを与えてみると体の反応もある。
脈を診れば気血が足りていない。
ぐっと自分の魔力を注ぎ込んだ。
「シリウスおじさん、頑張って」
ハリーの励ましに応えるようにぴくっとシリウスの瞼が動く。ゆっくりと瞳が開かれ、シリウスが私を見た。
「ジェームズは?」
『まずはありがとうでしょ?ジェームズとリリーは今からよ』
「俺も近くに行く」
「シリウス、僕の肩に掴まってくれ」
リーマスの肩に掴まってシリウスが立ち上がった。私と同じく元気そうだ。セブが横にやってくる。
「寿命は決して使うなよ」
私だけに聞こえるように低く言った。
『うん』
ジェームズもシリウスと同じ状態。ただ、シリウスと比べて気血が極端に少ない。
「ユキ先生……」
『頑張るわ』
ジェームズの体の上に手を置き、じわじわと魔力を送る。これは時間がかかりそうだ。ダラダラと汗をかきながら30分程。
「手の指が動いた!」
ハリーが叫んだ。
「ジェームズ、起きろ!」
「ジェームズ!」
シリウスとリーマスの呼びかけに反応したのか「うっ」とジェームズの口から呻き声が漏れた。眉間に皺を寄せながらジェームズが瞼を開ける。
「お父さんっ」
「ジェームズ!」
「やった!!」
ハリーとシリウスがジェームズに抱きつき、リーマスが大きくガッツポーズをした。
「ユキっ」
後ろにふらりとよろめいてセブに支えられる。
『糖分……糖分……』
お腹が減った。
「儂のお菓子ストックをあげよう」
ダンブーが大量のお菓子をジェームズのベッドに降らせたので私はそれを端からガツガツ食べた。美味しい!元気出た!
『よし。本番よ!』
「「本番?」」
じとっとした目のシリウスとジェームズの視線を背中に受けつつ、リリーの元へ。
ベッドの向こう側ではジェームズが左手でハリーの肩を抱き、右手でリリーの手を握り跪いている。ハリーも一緒にリリーの手を握りしめていた。
セブの為にも頑張ろう。
読めない顔でじっとリリーを見つめるセブからリリーに視線を戻し、同じように体に手を置いて魔力を送っていく。
気血の欠乏はリリーが一番酷かった。
自分の魔力の底が見えてきたのを感じながら魔力を送り続けていく。頑張れ、リリー。あなたと話したいことがいっぱいある。
送る魔力に祈りも込める―――――
「リリー!」
ジェームズが叫んだ。
「母さん」
ハリーが立ち上がって身を乗り出した。
熱い息がリリーの口から吐き出される。ハリーとそっくりのエメラルドグリーンの瞳は揺れて、そしてジェームズとハリーへ行きついた。
くしゃりとリリーの顔は崩れ、目から涙が零れる。
「夢じゃないのね?」
「あぁ。そうだよ。僕たちはハリーの元へ戻ってきた」
ジェームズとリリーがぎゅっと抱き合った。そして2人は愛する息子に目を向ける。
「おいで、ハリー」
「会いたかったわ」
涙をボロボロと溢して両親に抱きつくハリーを見て、私も感動に胸が熱くなる。目からこぼれた涙を拭いているとグズグズと激しい鼻の音が聞こえ、誰かと思ったら、シリウスが顔をぐしゃぐしゃにして啜り泣いていた。
『す、座るわ』
魔力を使い過ぎて限界だった。震える脚で立っていられなくなり、その場に座り込もうとしたらセブに横抱きされる。
「ヒューヒュー」
冷やかすダンブーを一瞥しながらセブは私を元いたベッドに運んでくれる。
「よく頑張った」
魅惑的なチョコレートのように甘い声。堪らないっ。
ふるふると幸せに身を震わせていると、ダンブーが「さて」と咳払いした。
「ユキ、シリウス、お帰り。それに懐かしいのう。ジェームズ、リリー、よくぞ戻ってきた。本当は思い出話に花を咲かせたいところじゃが、早急にここを出て行かねばならん。闇の陣営がこちらの動きを探っておる」
ジェームズとリリーは不死鳥の騎士団本部であるグリモールド・プレイス12番地に移動することになった。
退院手続きを取らず、全員退院して病院を後にする。
「父さんが姿現ししてあげよう」
ジェームズはニッコリと笑ってハリーの手を取った。
『あなた行く先知らないでしょう?』
「そうだった!」
「2人共、俺と一緒に行こう」
楽しそうなシリウスが両手でハリー父子の肩を抱いて消えた。
『リリーは私とよっ』
「えぇ、ユキ。お願いね」
私はニコニコとリリーと顔を見合わせて姿くらましする。
バシンッ
「儂は失礼する。再会を喜び合うといい」
グリモールド・プレイス12番地ではみんなが待っていてくれた。
わっという歓声と拍手に照れてしまう。
だが、私は限界だ。ふらふらしている。
『リリー、ジェームズ、また日を改めて会いに来るわ』
「ありがとうっユキ!」
ジェームズがガバリと抱きついた。
『ふふっ。これだけ元気なら大丈夫そうね』
「ユキと再会できたなんて夢みたいよ。息子のところへ帰してくれてありがとう」
『沢山話したいことがあるの。リリー……大好き』
ぎゅっと抱きしめ合ってから私は手を振って部屋を出て行った。
もうすぐ夏がやって来る。
生ぬるい風が気持ちの悪さを増幅させる。
「抱き上げよう。立っているのもやっとだろう」
『もう少し強がるわ』
「では、付き添い姿現しはさせてくれ。その状態で姿現しして途中でばらけては困る」
『お願いする』
セブが私の右手を取り、腰に手を回した。
バシンッ
正門をくぐり、ザクザクと芝生を進んでいく。
『状況が知りたいわ』
歩きながらセブが教えてくれる。
私たちがベールの中に消えてから1週間が経過していた。
神秘部の戦いで捕まったのは10人。ルシウス先輩は逃げおおせたようだ。
ヴォルデモートの存在は魔法界に認知され、それから嬉しいことにホグワーツ高等尋問官殿であらせられるアンブリッジ女史は罷免となった。
『自由なホグワーツが戻ってくるのね!』
私はルンルンだ。
『厨房に直行するわ。1週間食べていなかったんだもの。思いっきり食べてくる』
今にも空腹で倒れそう。食べて体力、魔力を回復したい。
「部屋で再会を喜ぶのを期待していたのだがな」
セブがじとっと言った。
『うっ、あ、食い気に負けて……』
「人を散々心配させておいて気遣いもなしとは薄情な女をパートナーにしたものだ」
グーキュルルル
お腹が返事をするよう鳴って私は顔を赤くする。
セブがフッと笑った。
「厨房まで送る」
セブに支えられて厨房に下ると、屋敷しもべ妖精たちがまあるい目で私を見上げながら帰還を喜んでくれた。張り切ってご飯を作ってくれるとのこと。今日はリミットなく食べるぞー!
「我輩は任務関連でしなければならないことがある。喉に詰まらせないようゆっくり食べろ」
『あの……今晩部屋に行ってもいい?』
「無論、構わない」
待っている、とふわりとしたキスを唇に落としてセブは厨房から出て行った。
私は熱めのお湯に浸かって、2度体と頭を洗った。1週間も死んでいたのだ。死臭がしていたら嫌だ。
リリー……ジェームズ……リリー……
あぁ、大好きな親友が戻ってきてくれたのだ。
ゆっくりと語り合いたい。
ハリーは三大魔法学校対抗試合の最終課題、クラウチ・ジュニアの罠にかかってリトル・ハングルトンにポートキーで飛ばされた。
ヴォルデモートが復活したあの時、リリーは杖の逆噴射でゴーストとなってヴォルデモートの杖から出てきた。
その時に少しだけ話すことが出来、リリーは私と仲直りがしたかったと言ってくれた。
学生時代のことを私もリリーに謝りたい。リリーは大事な親友で、口の堅い信用できる人。誤解を招く前に私が忍だったと打ち明けておくべきだった。ずっとだますような真似をしていてごめんって謝りたい。
セブとリリーと私の3人で話す時間も持ちたいな。
お茶を飲みながらゆっくり話したい。
学生の時の思い出話もしたい。
親友が帰ってきた!親友が帰ってきた!
『ふふふ』
私はベッドに仰向けに倒れ、嬉しさに手足をバタつかせたのだった。
夜、セブの私室を訪ねる。
暗くて陰鬱なこの廊下も今はキラキラして見える。
トンっトントトントン
心を表すようにリズミカルに戸を叩けば直ぐに扉が開いてセブが私を部屋に招き入れてくれる。
『お邪魔します』
「充分食べたか?」
『えぇ。屋敷しもべ妖精が慌てて食材を買いに行くくらいにね』
「ユキ」
腕が引っ張られて前へ進み、セブの体に体がひっつき、私はセブの腕にキツく抱きしめられた。
「帰ってきたんだな。本当に戻ってきたんだな」
『戻ってきたわ』
「もう2度とこのような思いはさせないでくれ」
『本当にごめんなさい』
「ユキ……ユキ……」
私の好きなセブの香りを思い切り吸い込んで、顔をぐりぐりとセブに押しつけて存在を確かめる。
『セブ、キスしたい』
見上げて言った言葉の最後は喉へと消えていった。
柔らかくて愛情深い舌使い。セブの甘い口露が欲しくて積極的にセブの舌に舌を伸ばした。しかし、セブの方が
唇が離れると銀色の糸が私たちを繋ぎ、それは緩やかなカーブを描いて消えていった。
『話は明日でいい?あなたが欲しい』
「体は大丈夫なのかね?」
『セブを感じたい。生きている喜びを感じたい』
「辛くなったら直ぐに止めるから言うんだぞ」
横抱きにしてくれるセブの首に手を回し、セブの頬にちゅっちゅと口付けする。丁寧にベッドに下ろされた。脱ぐのに苦労するお互いの服。だが、今はその煩わしさも愛しい時間だ。
ランプの灯り。
セブの影が私の影の上に重なる。
甘くて情熱的な夜。お互いの名前を呼び、愛を囁き、躰を溶け合わせる。行為の後、甘い余韻に浸りながら過ごす時間は格別だ。微睡みの中に愛しているの言葉とキス。夢の中に入る前にセブを強く抱きしめて、私は瞳を閉じた。
翌朝、隣にセブがいなかった。その代わりセブの寝ていた場所にはベッドテーブルに乗った苺とティーセットがこちらに向けられて置かれていた。食べていいってことよね?顔を綻ばせながら体の前に置いて紅茶を注ぐ。
のんびりと紅茶を啜っていればセブがバスルームから出てきた。
『頂いちゃった』
「構わん。君のだ」
『ありがとう。セブって本当に優しいわよね』
こんがらがった髪の毛を長い指で弄ばれながら残りの苺と紅茶を頂いた私はバスルームで朝の身支度。バスローブ姿で出てきた私はまだベッドにいたセブの隣に潜り込んだ。
『さて、冥界の話よね』
私はベールに消えてからのことをセブに話して聞かせた。
――――誰かが囮になる必要があるな
急に眩暈がした。
言葉が詰まって私は黙り込む。
「ユキ」
セブが私の背中を撫でてくれる。
「大丈夫か?」
『えぇ。あらましを話しておきたい』
私は話を続けたが、どうしてもヤマブキの事を口に出すことは出来なかった。あの時のショックが胸を苦しくさせる。
――――ユキ!絶対に幸せになるんだぞっ
彼の手を放さなければもしかしたら一緒に帰って来られたのかもしれない。いや、囮は必要だった。私が囮になれば……。彼はまた私の前からいなくなった。私を庇って……。
私は強い悲しみの感情でぐらぐら揺れる頭で冥界の話を続けた。
「理解の範疇を越える話だな」
『まるで冒険小説よ。読んだことないけど』
「話からすると、君が冥界に行くために何かしたということはなさそうだが」
『そうね。ベールを越したらそこは既に冥界だった。行こうとして行った訳では無い』
「誰でも行けるものなのか」
『どうかしら。行ったとしても、今回リリーとジェームズを連れ帰れたのはエウリディーチェとイザナミの善意があってのことよ。2度目はないわね』
「闇の帝王は納得しないだろうな」
『でも、ありもしない忍の術を詮索されるよりも、今回の、ベールの向こうに行けば死人を連れ帰られる話を信じてくれたほうが私は都合がいい』
「卿は君を手の内に置き、完全に屈服させ、自分が死んだら迎えにこさせるような人間にすることを望むだろう」
『ちょっとやそっとで服従する私じゃないわよ』
「闇の帝王は我輩に、君がそうなる手段を考えろと命令した。自分がどうされたらそうなるか、考えてみるといい」
『そうね……』
セブを人質に取られたら?
『あなたは……私を人質に取られたら自分の任務を投げ出す?』
セブは眉間に皺を寄せ、苦しそうに首を横に振った。
「いや」
『安心したわ』
「同じようにしてくれ」
『死者を蘇らせる方法なんか知らないわ。そうなったら私はあなたを見殺しにするしかない』
死者を蘇らせる方法はひた隠すべきだ。セブは無言で私を抱き寄せ、こめかみにキスをくれた。
『カロンに指輪を取られたのは残念だったわ』
私は重い溜息を漏らした。
セブからもらった紫色の宝石がついた指輪はお気に入りだった。
「指輪はまた贈ることが出来る」
セブが私の左手を手に取りながら言う。
「しかし、術の邪魔になるならば指輪は贈らぬほうが良いか?」
『シンプルなデザインだったら大丈夫。石がついてなくて、ツルツルしているものだったら大丈夫かな』
「……」
『どうしたの?』
セブは何も言わずに私の左手薬指にキスをした。
「もう少し休むといい」
『ありがとう。ベッドでゴロゴロさせてもらうわ』
「我輩は仕事だ。何かあったら研究室にいるからパトローナスを飛ばしてくれ」
セブが着替えてベッドルームから出ていったので私はセブの枕を抱きしめて微睡んだ。
2度寝をして私はセブのベッドルームから出て行った。ノックをして研究室の戸を開ければ真剣な眼差しで研究をしているセブの姿がある。
『帰るわ』
「帰るな」
私は眉を上げた。
「今君のところへ行こうとしていた」
『何か用事?』
「一緒にいるのに用事が必要か?」
『研究中に私を思い出して恋しくなった?』
「片付けを手伝ってくれ」
顔を見ると図星だったらしくニヤニヤしてしまう。
私たちは外へ散歩に行くことにした。軽食を持って湖へと向かう。
生徒のいないホグワーツは静かで、初夏の風が気持ちよく吹いている。
湖の水面が昼過ぎの高い太陽の光に照らされてキラキラと黄金色に輝いていた。
私たちは小舟に乗った。
セブが船を漕いでくれているので私は水面に手を当てて水の感触を楽しんでいる。適当な距離で船を止め、私たちはサンドウィッチを食べた。
そこへ羽の音が聞こえてきて体を回して空を見れば、やってきたのは手紙の束を足に括り付けているフクロウだった。
『ありがとう。それからごめんね。フクロウフーズを持っていないの』
手紙を受け取ってそう言うと、フクロウは撫でてと体を擦りつけてきたのでコリコリと顎を撫でた。フクロウが飛んでいき手紙の束に目を向ける。
『随分あるわね』
「ユキが冥界から戻ってきた話は今朝の新聞の一面に掲載された」
『何だか手紙を読むのが憂鬱になってきたわ』
生徒、学生時代の友人からの手紙は嬉しいのだが知らない人からも手紙が来ている。
『げっ』
再び羽音がして後ろを向けばフクロウが数羽こちらへ向かってきていた。その足には手紙の束。どさどさと手紙が私の膝の上に落とされた。
試しに知らない人からの手紙を開けてみれば死んだ夫を連れ帰ってきてほしいと書かれている。知らない人からきた手紙はどれも同じ内容だと予想される。私は頭を抱えた。
『気が進まないけど日刊預言者新聞のインタビューを受けるべきね』
見つけた日刊預言者新聞からの手紙には冥界の事を記事にしたいのでインタビューを受けて欲しいと書かれていた。
ふとボートに散らばる手紙に目を落とすと水滴に文字が滲んだ手紙が目に入る。差出人は栞・プリンスからのもので私とシリウスが戻ってきてくれて嬉しいと書かれていて、泣きながら書いたのだろうか文字は所々溶けてしまっている。
『栞ちゃんは今回の戦いで頑張ったわね』
「そのようだ」
『最後の文にセブに宜しくお伝えくださいって書いてある』
「ごまをすられても魔法薬学の成績は上がらない」
『でも、O.W.L.の出来は良かったそうよ。彼女頑張っていたでしょ?O.W.L.前の自主練習の集いにも参加していたそうじゃない』
「安らぎの水薬に山を張ってそれ以外を練習しなかったが……運が良い生徒のようだ。今回の実技は安らぎの水薬だった」
『じゃあきっと合格ね』
「こんなことをして授業についていけるとは思えんがな」
フンとセブが鼻を鳴らした。
『妹さんからも来ているわ』
こちらの手紙も涙で文字が滲んでいた。
『こちらにもセブに宜しくって書いてある。あなた、この双子に好かれているのね』
「どうでもいい」
『喜べばいいのに』
手紙は全て検知不可能拡大呪文のかけられた巾着の中にしまわれた。
ボートに慎重に寝っ転がれば太陽が眩しく目を瞑った。閉じた瞼の上から感じる光の眩しさはコトコトという音共に消える。私は目を開けてセブの首に腕を回した。
私たちの唇が重なる。キスは水筒に入れて持ってきた、さっき飲んだ紅茶の味。その味は段々と変わっていき、甘い口蜜の味へ。
「ユキ、愛している」
熱い吐息と共に耳元で囁かれ、首に吸い付くセブ。
私はセブの手を自分の指に絡めた。
決して私の手を離さないでいて。愛している。いつまでも、あなたの傍に。
『セブ』
私はセブの体を掻き抱いた。
バッと着物の裾が捲られて私の足が露出する。太腿を官能的に触りながらセブの体が下がっていき、私は起き上がり襟を開いて熱い体を露出させようとしたのだが、
グラグラっ
『おわっ』
「っ!」
ボートが大きく揺れて顔を見合わせる私たち。
『ぷふっ、あはは』
「くく」
私たちは同時に噴き出した。
『続きはまた今度』
「慎重にすればいい」
『危ないわ』
「スリルがある」
『馬鹿ね』
私たちの笑い声は青空に吸い込まれていった。