第6章 探す碧燕

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26.ベールの彼方









「プロテゴ!!」

『呪術分解!――ッ!!』

激しい爆発音と共に赤い炎と白煙が噴き上げた。

ハリーは驚愕の顔を張り付けて自分の名付け親と大好きな先生が爆風で吹っ飛んでいき、アーチに掛かっている古ぼけたベールを突き抜けていくのを見た。

「マクネア!貴様ッ!!」

魔法具で爆発を起こしたマクネアにヴォルデモートは怒りの声を上げる。
灰色の煙が薄れていったそこにはユキの姿もシリウスの姿もなかった。


「いやあああああ!!―――っ!!」

ハリーの隣で悲鳴を上げたは目を見開いて顔からうつ伏せに倒れていく。背中に閃光が突き刺さったのだ。

!」

ハリーはが地面に体をぶつける前に彼女の体を支えることに成功していた。

「ポッター!その予言を渡すのだ!」

ヴォルデモートはユキを手に入れられなかったことに烈火として怒りながら叫ぶ。

「ハリー・ポッター!全力でこの部屋から外へ出ろッ」

ムーディがトンクスから手を離して杖をブンとヴォルデモートへ振った。

「ぼ、僕一人だけ逃げることなんか出来ない!」

「ハリーっ。走るんだ!」

ロンが失神呪文を岩陰から放つ。

「あなたは絶対に捕まってはダメなの!皆に任せて逃げるのよ!」

を支えてくれ。置き去りになんか出来ない!」

ロンとハーマイオニーが岩陰から駆け出して両側からハリーの腕を掴んで問答無用で引っ張って行く。

!」

「ハリー、僕に任せて!」

ネビルが呪いで足を踊らせながら岩陰から出た。

キングズリーは残った死喰い人の相手をし、ネビルはの生存を信じながら安全な場所へ引っ張って行こうともがき、ジニー、ルーナはトンクスを守ってプロテゴを叫び続けている。

部屋を出て走るハリー、ロン、ハーマイオニーの後ろを仲間の呪文で意識を取り戻したベラトリックスが体を引きずりながら追っていく。その後ろにリーマスだ。ハリーたち3人は手を離し、全速力で走っていた。

「ステューピファイ」

リーマスの閃光がベラトリックスの頬を掠る。ベラトリックスはハリーを追う足を遅くせざるを得なかった。


「あっ」


神秘部を抜け出し、アトリウムへ続く石段を駆け上がっていたハリーのポケットから予言の水晶玉がこぼれ、床に落ちる。真珠色の煙は立ち上り、声が聞こえたが、後ろの戦闘の音で内容は聞こえなかった。

突如下からガラガラと物が派手に壊れる音が聞こえてくる。
3人は体の奥から恐怖が突き上げてくるのを感じた。ハリーが走りながら振り返ると、黒い髑髏の霧が自分たちの方へと迫っているところだった。

3人はアトリウムに到着した。

ヴォルデモートは直ぐ後ろに迫っている。もはやこれまでといった恐怖の中だが、ハリーは勇敢だった。杖を握りしめ、戦おうとした。しかし、

「隠れていなさいッ」

アトリウムに鋭い声が響いた。

「ダンブルドア!」

ロンが歓喜の声を上げた。

「こっちよ!」

ハーマイオニーが魔法界の同胞の泉の陰にハリーとロンを引っ張って行く。

ハリーは泉の陰から様子を覗き見た。ダンブルドアと痩せた姿のフードの男が対面している。ヴォルデモートは蒼白の蛇のような顔で、爬虫類のような縦に裂けた真っ赤な瞳孔でダンブルドアを睨んでいた。

「また邪魔をしに来たか、ダンブルドア。今日こそ息の根を止めてやる。アバダ・ケダブラ!」

ダンブルドアは緑色の閃光を弾き飛ばした。そして杖を上げ、アトリウムにある金色の像を一斉に動かした。意思を持った黄金の魔法使い像はヴォルデモートに向かっていく。その内数体はハリーたちを守るように立った。

ベラトリックスとリーマスがアトリウムに到着した。

「おおおお我が君。今こそダンブルドアとポッターを殺して下さい」

「ベラトリックス、予言を手に入れろ」

「仰せのままに、我が君。――ッ」

リーマスがベラトリックスに呪文を発射したが寸前で気づいたベラトリックスに弾かれた。

「君の相手は僕だ」

「この汚らわしい半獣がッ」

バーン、バーンと打ち合いが始まる。

ダンブルドアとヴォルデモートは高度な術の掛け合いをしていた。

「今夜ここに現れたのは愚かじゃったな、トム。残りの不死鳥の騎士団がここへやってくるだろう」

ダンブルドアが言葉を言い終えて直ぐ、アトリウムにある暖炉から緑色の炎が上がり、ウィーズリー夫妻が姿を現した。リーマスの後ろからキングズリーがやってくる。

ヴォルデモートは呪い殺さんとばかりに赤い目を鋭くした。

炎の中から次々と現れる不死鳥の騎士団員、アトリウムの奥からも団員が走ってくる。
いくらヴォルデモートといえども多勢に無勢。

「ダンブルドア、ポッター、お前たちの命もあと少しだ」

ヴォルデモートはさざ波のように揺れるぼんやりとした影となり、その姿を消した。それを見たベラトリックスは暖炉の中に滑り込み、リーマス、キングズリーの呪いを弾きながら姿をくらます。


「みんな怪我は!?」

アーサーがロンとハーマイオニーに駆け寄った。

「ぱ、パパ、ママ」

「私たちは、だ、大丈夫です。神秘部の中の人たちが心配です」

ハーマイオニーが震えながら言った。

アトリウムの壁の両側に並ぶ暖炉からは緑色の炎が燃えて人が次々と姿を現し始める。魔法省職員たちの出勤時間になったのだ。

「あの人がここにいたんです!」

紅のローブの魔法省職員がアトリウムの奥の方から叫んだ。そこには人だかりが出来ていて、一斉に喋っている。

恐る恐るこちらへやってきながら「確かに例のあの人がいた」と口々に話していた。

ファッジが現れ、彼はこの1年あまり否定し続けていたヴォルデモート復活をようやく認めた。ドローレス・アンブリッジはホグワーツから除籍される。

ハリーはダンブルドアに連れられてこの場から去った。






トンクス、、ジニー、ネビルは聖マンゴ魔法疾患傷害病院に運ばれて行った。

ハーマイオニー、ロン、ルーナをウィーズリー夫妻と共にホグワーツへ送り届けたリーマスは重い責務を負っていた。


セブルスにユキの事を伝えなければならない。


リーマスは重い足取りで地下へと下りていく。

外は春の日差しで暖かいのに、地下の廊下は黙祷しているように静かで、冷たかった。



トントントントン



「セブルス、私だ。リーマスだ。開けてくれ」

研究室の扉は直ぐに開き、リーマスは中に入り、戸を閉めた。
リーマスは下手な前置きは止めて事実だけを端的に伝えることに決めた。


「セブルス……大変残念だが……」


セブルスは嫌な予感に身を凍らせた。
聞きたくない言葉がリーマスの口から発せられる。


ユキは神秘部にあるアーチのベールの中にシリウスと共に消えてしまった。ユキたちは――――亡くなった」


息を止めたセブルスはリーマスが本当の事を言っているか顔色を見て確かめようとした。

「そのベールというのは……」

「神秘部にあるアーチでベールがかかっている。確かなことは分からないが、死の世界に繋がっていると言われている」

セブルスの言葉を継いでリーマスが答える。

「遺体はないんだな?」

「そうだ。残念ながら」

「分かった」
 
セブルスは短くそう言った。

リーマスは何か聞かれるかと思ったが、セブルスが話は済んだというように自分に背を向けたので部屋から出て行った。


死んだ?


部屋の一番奥に行ったセブルスは肘掛け椅子に座り、こめかみに手を持っていった。


簡単に死ぬ女ではない。


もう少し、死んだであろう瞬間の話をリーマスから聞いておくべきだったかとセブルスは思った。ユキのことだから上手く逃げおおせているかもしれない。そういった可能性の話を聞くことが出来たかもしれない。

ヴォルデモートの悪魔の火に焼かれても生きて戻ってきた。だから、今回の事もにわかには信じがたい。

遺体もないのに突然死を突きつけられて、受け入れるのは難しい。



ユキ先生とシリウス先生を失ったのは非常に残念なことじゃ。2人を想って、黙祷を捧げよう」



夕食時にユキとシリウスの死を悼み黙祷があっても、セブルスは何に祈っているのか分かっていなかった。颯爽と去って行った人はいつもの笑顔で戻ってくるはずだ。

セブルスはユキの死を実感出来ぬまま寮監の仕事、魔法薬学の教員として仕事をこなしていた。絶望にぼんやりとする頭は仕事を欲していた。

数日をそのように過ごしていると、扉がノックされた。

ユキが帰ってきたかもという期待と、そうではない落胆を予想して、ユキは死んだのだと自分を宥める心の声を聞きながら戸を開けると、そこにはマクゴナガルが立っていた。


「こんな時にごめんなさいね」

マクゴナガルはセブルスと同じような真っ黒な服を着ていた。

ユキの大人になってからの写真が欲しいの。遺影に使える写真が私の手元にはないのです」

「遺影?」

マクゴナガルは心配そうに眉を寄せた。

「明日は魔法省の神秘部でユキとシリウスのお葬式があると覚えていますか?」

ユキが死んでからの1週間は矢のように過ぎていた。セブルスは所々、記憶が薄いことに気が付いた。でも、確かに明日はユキの葬式があるとマクゴナガルから言われたのを思い出す。

「そうでしたな……分かりました。今持ってきましょう」

セブルスは私室に入って、クリスタルの写真立てから写真を抜き取った。湖城ホテルをバックに撮った写真で、ニコニコと自分に腕を絡ませているユキと自分の姿が写されている。

写真の上に杖先をかざし、上から切り裂いていく。ユキが驚いたように自分から手を離し、そして切れていく箇所を指さして怒っている。

「――っ」

ハラハラと落ちていく写真の片割れ。

頬に涙を伝わせるセブルスは漸くユキの死を実感した。







***





目の前で起こった爆発。目の前がオレンジ色の炎と白煙で包まれる。呪術分解で体は守られたが、衝撃を防ぎきることは出来なかった。

私とシリウスは後ろへと吹き飛ばされ、ベールを越える。
ゴーストの体を通過したような、氷のシャワーをくぐったように体が冷やされた。次に見えたのは真っ暗な闇だった。



ズザザザザ



『っ』

私とシリウスは地面に投げ出されていた。

ユキ、戻るぞ!」

シリウスに声を掛けられ、入ってきたベールへと戻るのだが、直前でベールのアーチは搔き消えてしまった。

「くそっ!」

シリウスが宙を殴った。

『死んだのかしら?』

私は周りをズーっと見た。そこは真っ暗闇ではなかった。洞窟の中のようで、所々の窪みに蝋燭が裸で灯っている。

「ルーモス」

シリウスが杖灯りの呪文を唱えた。

「死んだ実感はないが」

『体も半透明じゃない』

「ハリーたちが心配だ」

『早く戻らなければ』

「進もう」

ここに立ち止まっていても仕方がない。私は狐火を出して進んでいく。

洞窟はハグリッドが3人並んで歩いても十分な広さがあった。天井もそこそこの高さがある。ピチョンピチョンとどこかで水滴の音が聞こえてきていた。


『ごめんなさい、シリウス』

「何がだ?」

『守りの護符が役割を果たさなかった。爆風を致命的な攻撃だと認識しなかったんだわ。私の力不足よ……』

「馬鹿。今回の戦いで守りの護符があってどんなに心強かったことか。これがあったから思い切り戦えた」

シリウスは「そんな顔するな」と私の頭をワシワシ撫でる。

「さっさとこっから出てハリー達に合流しよう」

『えぇ』

それからたっぷり30分は同じ道が続いていた。長い洞窟に終わりはあるのかと心配になってきた頃、前から風を感じる。

「出口のようだ」

『ホッとするわ』

「気を抜くなよ」

『誰にもの言っているのよ』

私たちは洞窟の壁に背を這わせ、外を覗き込んだ。そこには川が流れていた。小さな小舟があり、黒衣にすっぽりと包まれた人が乗っている。

私たちは目で合図を送り合い、同時に飛び出した。
黒衣の人は微動だにしない。

「ここはどこだか教えてもらえるか?」

「向こうへと続く川。私はカロン」

『カロンさん。私たち、元いた場所に戻りたいんです。元居た場所って言うのはイギリスの魔法界なんですけど……』

「乗れ、出発する」

左右を見ると川を下るしかないような洞窟の作りになっていた。右から左へ、10メートルほどの幅の黒い川が流れている。後に戻っても何にもならない。私たちは小舟に乗ることを選んだ。

「代金が必要」

「金か……これはどうだ?」

シリウスがブレスレッドを外してカロンの手に乗せた。シリウスのそれはピンクゴールドに赤い石のあしらわれたブレスレッドで、忍の地図から姿を消すことが出来る。私もシリウスに倣って2つつけているうちの1つのブレスレッドを渡した。

「足りない。お前たちは、魂が重すぎる……」

『ええと、では、これでどうでしょう?』

私は残りの1つのブレスレッドをカロンの手に乗せたが首を振られてしまう。

「ぼったくりじゃないか?」

シリウスが本人を前にして遠慮なく言い、顔を顰めた。私は首にかけていた指輪を取り出す。これを渡したくはないけれど、仕方ないよね。これで足りますように。

「乗れ」

代金は足りたようだ。私たちは小舟に乗り込んだ。

緩やかな川を下って行く。
ひんやりとする洞窟内。

『カロンさん。私たち、死んだんですか?』

ずっと同じような洞窟を見ながら聞いた。

「お前たちはどちらでもない」

「どちらでもないとは?」

カロンさんは黙った。

この川の先に何があるのか。この先を行ってしまと、私たちは――――


死んでしまう。


きっとそうに違いないと何故か強くそう思った。

だが、今なら間に合うのではないか。シリウスを見ると彼もそう思っているようだった。船から身を乗り出して見ると、川は真っ黒で底が見えない。どんな水か分からないので泳ぐのは出来れば避けた方が良さそうだ。

ユキ

シリウスが私の肩を叩いて、前方を指さした。

そこは大きく壁がえぐられて岸のようになっていた。あそこに飛び移るのが良さそうだ。シリウスは杖で、私は忍術で風を起こして船を岸へと寄せていく。渡し守のカロンさんは強い力で元の軌道へと戻そうとしていた。

私たちも精一杯岸に小舟を寄せる。

もうすぐだ。

ユキ、せーので飛び移るぞ」

『うん』

「せーのっ」

私たちは小舟を蹴って飛んだ。

『風遁・風布団』

足元に風を起こしてジャンプを助けて、ドタンッと岸辺に着地した。カロンさんを振り返れば何ごともなかったように船を漕いで消えていった。


前方には洞窟が続いていた。初めに出た洞窟と同じようにここにも両側の壁に蝋燭が灯っている。

「兎に角進んでみよう」

歩き出した私たちはギョッとした。左側に女性が2人、岩に腰かけて座っていたからだ。
2人共緩やかな白い足元まで届く裾の服を着ていたが装いが違った。

1人は古代ギリシア人のような服装。もう1人は着物のような長い袖と頭には中心に丸い金の飾りのついた豪奢な髪飾りをつけていた。

『こんにちは……』

すっかり話し込んでいてこちらの様子など気づいていない2人に声をかけると、驚いたような顔で私とシリウスを見上げた。

「生きている人間だわ」

ギリシャ風の服を着ている女性が言った。

「ほほほ。なんて事かしら」

楽しそうに金の髪飾りの女性が笑う。

私は安堵の息を吐き出した。この2人は話が通じそうだ。

「ここがどこかご存じですか?」

「まずは自己紹介をしましょうよ」

ギリシャ風の女性が楽しそうに言って自分はエウリディーチェだと名乗った。

「私はイザナミ」

金色の髪飾りの女性が言う。

「シリウス・ブラックです」

ユキ雪野です』

私たちは握手を交わした。

「あなたたちは恋人同士?」

「残念ながら違います」

エウリディーチェの問いにシリウスが肩を竦めた。

「あなたたちを生き返らせたいと黄泉まで追いかけてくる人はいるかしら?」

『ここは黄泉の国なんですか?』

イザナミの質問を質問で返す。

「まだ途中よ。そこの川を通る船に乗った先が……アアアアァァッ」

私とシリウスはビクッと体を跳ねさせた。イザナミの顔が、体が急に腐ったように崩れていったからだ。

イザナミは皮膚の下から筋肉を剥き出させ、悪臭を放ちながらギョロギョロした目で私とシリウスを交互に見ている。

戸惑う私たち。最初に動いたのはシリウスだった。

「お加減が宜しくないので?」

『「「ぶっ!」」』

私たち女3人は同時に噴き出した。

「どう見ても宜しくないと思うわよ?」

エウリディーチェがコロコロ笑った。

『何だかんだ言ってシリウスも英国紳士よね』

ゲラゲラ笑いながら私が言う。
シリウスは女性を尊重するジェントルマンだ。

「この顔を見ても恐れず、気遣う言葉までもかけるとは。ほほほ。もし恐怖で叫び、喚くならば喰ってやろうと思っていたのに」

イザナミの言葉にじとっと嫌な汗をかく。冗談で言っているようには聞こえなかった。だが、こうして笑っているあたり、私たちは喰われずに済んだらしい。目の前の2人は機嫌よく笑っている。


「オルフェオとエウリディーチェの話を聞きたい?」

「イザナギとイザナミの話も」

笑うのを止めて2人は言う。

『是非』

私は頷いた。


オルフェオとエウリディーチェ
蛇の毒で死んだエウリディーチェの死を嘆き悲しむオルフェオの元に精霊が現れる。妻を生き返らせる機会をあげよう。

「但し、決して妻の顔をみてはならない」

彼女の夫オルフェオは冥界へと赴き、得意の竪琴で怨霊を宥め、妻を連れて地上を目指す。

「でも、彼は約束を守らずに私の顔を見てしまった」

エウリディーチェは死者の国へ戻ることになる。


「あなたはまだましよ」

イザナギとイザナミ

同じようにイザナミはイザナギを残して死んだ。妻を蘇らせようと黄泉の国へ降りたイザナギ。しかし、既に黄泉の国の人間だった妻の顔は腐って醜悪な形相をしていた。

「決して見るなと言ったのに、誓いを破った挙句、妻を見て化け物だなんて酷い話よ」

そう言うイザナミの顔は元の美しい顔に戻っていた。

「男として情けないですね。愛する女性のことは年老いようとも姿が変わろうとも愛するのが男ってもんです」

イザナミは嬉しそうに目を細めた。


『それで、期待してもいいんですか?』

私は2人に聞いた。
生き返る方法があるのだということは分かった。

「えぇ。久しぶりに私たちも“命の輝きと強さ”が見たいもの」

エウリディーチェがニッコリとだが、冷たさを感じさせる笑みで笑う。
イザナミが立ち上がり、壁際にある蝋燭を1つ取ってきて自分とエウリディーチェの間に置いた。

「この洞窟の先に花畑があるわ。右には生者が住む世界への出口。そして左には楽園がある」

「楽園?」

イザナミの言葉に私とシリウスは小さく震えた。

「楽園からは人を連れて帰ることが出来る。私やエウリディーチェがされたように。但し、あなたたち2人合わせて2,3人までよ。頭の中に死者の顔を浮かばせれば、目の前に現れる」

『連れ帰る者の顔は見てはいけない、ですか?』

「いいえ。その条件はもう必要ない。それを上回る難所があるの。このまま真っ直ぐ生者の世界へと続く門を目指しても、厳しい道のり。時間が足りるか……この蝋燭が消える前に生者の世界へ続く門を通過しなくては――――

奈落に落ちる魂

「魂はあてもなく暗闇を永遠に彷徨うことになるでしょう」

とエウリディーチェは言った。

「洞窟を抜けたら左に曲がってジェームズとリリーを引っ張って生者の世界へ続く門を目指す。簡単だな。俺は行く」

『当然、私も行くわよ』

「もう1つ」

イザナミが大事なだと言うように細く長い指を1本出した。

「楽園から出たら全員手を離さないこと」

『離したら?』

「死者は連れて帰れない」

『分かりました』

「もうないか?」

シリウスが蝋燭を見ながら焦れたように言った。

「ないわ。行きなさい」

エウリディーチェが洞窟の先を指さす。

「走るぞ、ユキ!」

『チャンスをものにしましょう!』

頑張って!と涼やかな声の声援を聞きながら私たちは洞窟の中を走って行く。今度の洞窟はそんなに長くなかった。

洞窟の向こうに光が見え始め、近づくにつれ、赤い絨毯のような花畑が見えてきた。洞窟を抜けた先に会ったのは彼岸花の花畑だった。血を吸ったように赤く、狂ったように咲いており、どこまでも続いているように見える。

私たちは左に折れて並んで走り出した。
頭の中で思い浮かべる。ジェームズ、リリー、そして――――ヤマブキ

頭に描きながらひた走っていると、霧が出始めた。私は迷わないようにシリウスの左手を取り、左手に杖を構える。


「どこだ、ジェームズ、リリー」

『ジェームズ、リリー、ヤマブキ』

「ヤマブキ?」

『集中して』

もはや濃い霧で一寸先も見えない。私たちは注意し、頭の中で連れて帰りたい彼らの姿を想像し、口で名前を呟きながら歩いて行く。すると、花の香りが胸を満たした。

霧が晴れていき、そこには色とりどりの花が咲き乱れた花畑があった。明るく柔らかい黄金色の光で満たされている、苦しみや悲しみのない世界。

私たちは息を飲んだ。

50メートルほど離れたところにジェームズがリリーの膝枕で寝っ転がっている。その横ではヤマブキが寛いだ様子で地面に座っていた。

「ジェームズ!」

シリウスが私の手を離して駆け出した。

「シリウス!?」

起き上がったジェームズも走ってくる。

「久しぶりじゃないか!死んでしまったのかい!?」

「いいや。生きてる。ジェームズこそ血色の好い死人だな」

「ハハハ!」

ドンっとシリウスとジェームズが抱き合った。

ユキ!」

『リリー!』

私とリリーも抱き合う。


ユキ……?」

後ろからの声に私は振り返った。

『ヤマブキ』

「元気そうだな」

『うん』

私とヤマブキはギュッと握手をした。


「死んだんじゃないならどうしてここへ来たんだい?」

「ジェームズ、みんなも聞いてくれ」

シリウスがエウリディーチェとイザナミから言われたことを口早に説明した。


「なんて危ない賭けに出たのよ!」

リリーが口に手を当てて恐ろしそうに叫んだ。

『私もシリウスも即断したわ』

「覚悟はできている。だが、失敗するつもりはない」

「リリー。一緒に来てくれるかい?」

ジェームズがリリーの名前を呼んだ。リリーは口元に笑みを作って頷く。

「行くわ。どこまでも一緒に行く」

「絶対に戻ろう」

リリーとジェームズが抱き合った。

『ヤマブキ、行くわよ』

「相変わらず勝手に決めてくれるな」

ヤマブキは懐かしいニッとした笑みで私の右手を取った。

「全員手を離すな。いいな?」

シリウスの声にリリーが私の手を取った。

『これだと私、戦えないのですが?』

右手にヤマブキ、左手にリリー、リリーの隣がジェームズで、その隣がシリウスだ。

ユキの分は俺が戦うから安心しろ!」

『ヤマブキが私の分を……?』

「不安な顔するなって!相変わらず失礼だなッ。印を組みやすいように俺の手首を掴んでくれ」

私はヤマブキの手首を掴んだ。そして、身を乗り出してもう1人の私たちの命運を握る人物を見る。

『シリウス、場所交換しようか?』

「この中で1番優秀な魔法使いは誰だ?」

「僕だね!」

「黙れ、ジェームズ。お前は杖持ってないだろ」

私はシリウスを見た。

日頃から接していて知っている。シリウスは学生時代から優秀な魔法使い。悔しいが魔法の腕は私よりも上。しかも忍術までできる。

一方をヤマブキに任せた今、反対側にはシリウスを置くのが得策。

『あなたを信じるわ』

「任せろ!」

シリウスがニッと笑った。


私たちは駆け出した。


直ぐに濃い霧に入り、程なくして彼岸花の花畑へとやってきた。花を踏み荒らしながら進んでいく。先ほど出てきた洞窟の出口が見えてきた。そこにはエウリディーチェとイザナミの姿がある。

「あと半分よ!」

エウリディーチェが蠟燭を上に掲げながら叫ぶ。

「後ろに気をつけなさいっ」

イザナミの叫びに後ろを見ると、青く穏やかだった空に暗雲が立ち込めて暗くなり、雷鳴がとどろき、稲妻が空を走っていた。

何かが暗雲と一緒にこちらへと向かっていることに気が付いた。

『蛇?』

下半身が蛇、上半身が裸体の女。口は裂けていて牙が生えている。稲妻の光に照らされながらシューシューと蛇が出す音を響かせて空中を飛び、私たちを追いかけてきていた。八体いる。

もの凄い勢いで近づいてきた蛇女は口から蛇のような細長い舌をシューシュー鳴らしながら鋭い爪を持つ手を伸ばしてくる。

「風遁・かまいたちの術」

ヤマブキの術で三日月形の風の塊が現れ、蛇女に向かっていった。ギャアと悲鳴が上がり、体の切り裂かれた蛇女が後退する。

「ステューピファイ!」

シリウスが蛇女の1人を失神させた。ドシンと音がして落下した蛇女は紅い彼岸花の中に沈んだ。先ほどヤマブキが攻撃した蛇女は傷つけられ荒れて、怒り狂いながらこちらへと向かってくる。

私たちはシリウスとヤマブキが呪文を放っている間でも走るのことを止めていなかった。

獲物を我先に捕らえようと残りの7体の蛇女は狂ったような奇声を発して飛んできている。

「ステューピファイ!」

「シリウス!死の呪文を使うべきじゃないかい?」

「レディにか?」

シリウスがこんな時なのに冗談を言い、ジェームズが笑い声を上げた。

「今に喰われるぞ!何か策を講じねぇと!」

ヤマブキがかまいたちの術で切り裂き、風遁・豪空砲で蛇女を吹き飛ばしながら叫ぶ。
蛇女は倒しても倒しても、入れ代わり立ち代わり向かってくる。彼女たちの動きは素早く、シリウスの動きを見切ったようで、発射した閃光を避けてしまっている。

「蛇は変温動物よ。気温が下がり過ぎると冬眠するわっ」

「流石は僕のリリーだ!シリウス、ブリザードを出してくれ」

シリウスがグルンと杖を振った。杖先から出てきた氷の風はシリウスに目前まで迫っていた蛇女を飲み込んだ。これは明らかに効果的だった。重い音を立てて蛇女2体が地面に倒れ、動かなくなる。

「こっちも頼む!」

ヤマブキの声に応えてシリウスがブリザードを出し、蛇女は全て鎮圧された。


『シリウス、あなたに任せて良かった』

「だろ?俺は頼れる男だからな」


みんな息が上がっていたが歩みを止めようと言う者はいなかった。荒い息を吐き出し、ゴクリと唾を飲み込むのを繰り返しながら前へ前へと歩いて行くと、彼岸花の花畑は終わり、私たちは河原に出た。

子鼠ほどの大きさの石がある広い河原は左右どこまでも真っ直ぐに続いている。目の前には川があった。川には霧が立ち込めており先が見えない。


『小舟があるわ』

無人の船着き場には木の小舟が浮かんでいた。真っ直ぐに進むのならこの小舟に乗って川を横断するしかない。

『気を付けて乗りましょう』

シリウスを先頭に私たちは小舟に乗り込んだ。オールをシリウスと一番後ろにいるヤマブキが漕ぎ、岸から離れる。

「ここにもきっと、罠があるわよね?」

何かないか慎重に視線を動かしていたリリーがあっと声を上げた。

「お父さんとお母さんがいるわ」

リリーがよく見ようと私の方に一歩踏み出した。

「ダメよ、リリー。罠だわ」

そうリリーを落ち着かせていた私の耳にも聞き覚えのある声が聞こえてくる。私は岸辺を見て息を飲みこんだ。


ハヤブサ先生……。


そこにいたのは暗部養成所時代の私たちの担任であるハヤブサ先生の姿があった。暗部養成所を卒業して暗部の忍となった私とヤマブキはハヤブサ先生とスリーマンセルを組んで任務をこなしていた。

ハヤブサ先生の裏切り。

抜け忍となったハヤブサ先生を暗殺する任務を受け、私は彼と彼の妊婦だった恋人を殺したのだ。


――――戻れ、お前が生者の世界へ戻る資格があると思うのか……?


サーっと血の気が引いていく。

こうして大好きなリリー、気の合う友人であるシリウスとジェームズ、そして長年のパートナーだったヤマブキと手を繋いでいることに対して耐えきれないほどの罪悪感に襲われた。


――――自分だけが幸せになる資格があるのか……?


見れば岸辺には沢山の人で溢れていた。見たことのない顔もいたが、その全ての人は私が任務で手にかけたことのある人で恨みつらみを叫んでいた。ヴォルデモートが復活した時に焼き殺した死喰い人の姿もあり、子供の元へ返せと叫んでいる。



――――償え……償え…………


『あ、あっ……』

「おい!ユキ!!どうした!?しっかりしろッ」

ハッとすると視界には黒い水面があり、顔面蒼白な私の顔が水面に映し出されていた。私は手を引っ張られて体を引き戻される。

「何を惑わされてんだよ!」

ヤマブキが私をキッと睨んだ。

『あ、あなたにも聞こえたでしょう?』

きっとヤマブキにも同じものが見えて、聞こえているはず。

「そうだ……だが、ユキ。聞け」

ヤマブキが私の肩を強く掴んだ。

「俺たちが1度でも暗殺を楽しんだことがあったか?任務で喜びを感じたことはあったか?俺たちは望んだ道を歩んできたか?」

肩に置かれた手の力が強まった。

「俺たちは生きようとあがいていただけだ。俺たちは……ユキ、幸せになりたかっただけなんだ。そうだろ?」

『っ!』

「俺たちは自己を抑圧された中でも幸せを探していた。俺はあの暗い日々の中でお前という幸せを見つけた。俺は……今なら言う勇気がある。ユキ、お前が好きだ。幸せに生きて欲しい」

『ヤマブキ……』

「ライバルに勝つ自信はある」

急にニッとヤマブキが悪戯っぽく笑った。

「そのライバルって奴に俺も加えろっ。あと、しっかり漕げ!」

シリウスがオールを漕ぎながら振り返る。

「ははっ。新参者に負ける気はしねぇな。あと、真面目に漕ぐよ」

いつの間にか亡者の姿も恨みつらみの声も消えていた。


岸に着いた私たちは真っ直ぐに歩いて行った。川辺の石はいつの間にか消え、足元には深い霧が立ち込めており、地面が何でできているか分からない。私たちは周囲に気を付けながら速足で進んでいた。


――――最後よ……ここを通過すれば門よ……


――――蝋燭がもうすぐ消えるわ……急ぎなさい……


わーんわーんとエウリディーチェとイザナミの声が黒い空間に響く。不思議なことに頭の中に残り少ないロウソクが浮かんだ。時間が無い。

私たちはいつの間にか暗闇の中を走っていた。道が合っているのか分からなかったが、歩みを止めて行く方向を考えている時間はない。きっと考えても無駄だろう。私たちは突き進んでいた。



グルルルル



低い唸り声。

「ケルベロスだ」

ジェームズが呟いた。

私たちは足を止めた。

賢者の石を守っていた三頭犬が子犬に見えるくらいの大きな大きな三頭犬が立ち上がり、こちらに向かって唸り声を上げていた。その奥には白い門がケルベロスの四つ足の間から見えていた。門の大きさはちょうど神秘部にあったあのアーチと同じ程。大人2人が並んで通れるほどの幅がある。

「用意はいいか?」

「準備オーケーさ」

「いつでもいいわ」

『シリウス、ヤマブキ、頼むわよ』

「任せておけ」

行くぞ!のシリウスの掛け声で駆け出した。

三頭犬の咆哮が響き、その音で体がビリビリと震える。

「アバダ・ケダブラ!」

シリウスは蛇女の時のように死の呪文を出し渋りしなかった。大きな的には当たったが、しかし、大きな体の三頭犬には不十分だった。体を痙攣させただけでどの頭も弱った様子はない。

「くそっ。時間がないぞ。体が消えていく」

ヤマブキの声でハッとして顔を横に向ければヤマブキの体がゴーストのように薄れていっていた。

「こうなったらユキとシリウスだけでも門を通過すべきだわ」

「そうだね。僕たちが囮になる」

「リリー、ジェームズ、馬鹿言うなッ」

「君の気持ちは嬉しい、シリウス。だが、現実を見なくちゃいけない。僕とリリーは既に死んでいる。だが、君とユキはまだ生きているんだ。生きなくちゃいけない」

「ここまで来てそんな弱気なこと言うな!」

「言い争っている場合じゃないわッ」

回り道をしている暇はない。最短距離で門をくぐらねば見せられた蝋燭の残りからして間に合わないだろう。

誰かが囮になる必要がある。ヤマブキとリリーの手を繋がせて私が、



「誰かが囮になる必要があるな」



私は息を飲みこんだ。

私は自分の右手の掌を見て、下ろしていた手から顔を上にあげた。

ビッと切られた繋がり。

どうしてもっと強く握っておかなかったのだろう。

それでも、止まれない。悲しんでいる時間はない。




『進め!!行こう!!』




前を見て、私は叫んだ。

ヤマブキが矢のように三頭犬の方へと走って行く。

事態を飲み込んだシリウス、ジェームズ、リリーも私につられて走り出す。


「行くぞ!」

「絶対戻るッ」

「ハリーのところへ行くの!」


私は杖を出した。

『ヤマブキを信じて最短距離で門へ向かうッ』

「了解だ!」

シリウスが飛んできた三頭犬の涎を弾き飛ばしながら言う。

流石はヤマブキだ。

風遁使いの彼は風で三頭犬を翻弄して三つの頭全ての注意を自分に向けさせて門から離れさせているところ。ズンズンと左方向へ移動する三頭犬。巨大な三頭犬の陰から白い門の全体が現れ、立ちふさがるものはもはや何もない。

後は時間との闘いだった。

ジェームズとリリーの体が霧のように薄くなる。



「頼むッジェームズ。もってくれ!」




狂い咲いた血潮のような色の彼岸花




「リリー、頑張れ!」




雷を喰らう8体の蛇女から逃げ





「ハリー……ハリーッ、今、今―――」





彼岸の亡者に別れを告げる


蝋燭が消えれば通れない道がある






ユキ!絶対に幸せになるんだぞっ」






ケルベロスと戦う少年は勝利を確信して微笑み、霧となって消える






『飛べーーーーーーーッッッッ!!!』





私たちは一斉に地面を蹴った。
リリーとジェームズを先頭にその後ろに私とシリウスが続いて門を潜り抜ける。

白く揺らめくベールは氷のシャワーを潜ったように冷たい。

暗闇から、世界は一気に明るくなった。



ドタンッ ドタンッ



激しく体を打ち付けながらどこかから転がり落ちた。

『「リリー!」』

私とジェームズが同時に叫んだ。

私はハッとして立ち上がった。
目の前には椅子に座った沢山の人がいて、みんな一様に黒い服を着ている。その人たちは衝撃を受けて目を見開きこちらを見つめている。

構えていた杖をゆるゆると下げる私はその殆どの人が知っている顔だと気が付いた。
ホグワーツの教職員、生徒の一部、不死鳥の騎士団、変身しているレギュラス……

私たちはこの世に戻ってくることに成功したのだ。ヤマブキを除いて……。

誰もが驚きに声を喉に詰まらせる中、ゼェゼェ言いながら声を発したのはリリーを支えながら立ち上がったジェームズだった。

「おやおや、これは」

ジェームズは人を探すように参列客に視線を走らせた。

「僕とリリーの復活パーティーかな?」

口調は軽いが真剣な顔でまだずーっと参列客を見渡している。

「見ろ、ジェームズ」

こちらは口調も表情も明るいシリウスだ。

「俺とユキが主役だ」

ニッコニコで楽しそうなシリウスは自分の横にある祭壇を指さした。そこには花の中に私とシリウスの遺影が飾られていた。

私とシリウスのお葬式が行われているということは、神秘部での戦いから何日か時間が経過しているらしい。あの戦いはどうなったのだろうか?

考えているとジェームズは参列客から遺影に視線を移し、そしてニヤリとした。

「本日の主役、シリウスとユキの為にプレゼントを用意しなくては」

「趣味の悪いものはお断りだぞ」

「困ったな」

ジェームズは考えるように顎に手を当てる。

「大分死んでいたから流行に乗り遅れているんだ。大目に見てくれよ」

パチリとウインクした。

『ジェームズ、見つけ切れなかったようだから教えてあげるけど、あんたの息子は後ろから2番目に座っているわよ』

ガタンッとハリーが立ち上がった。

「そんな……父さんと……母さん……?」

「ハリー……会えた。まさか……会えるなんて、会えるなんてっ」

リリーが声を震わせる。

ハリーは後ろの席から駆けてきて、前列まで来て立ち止まった。戸惑いと喜び、信じられない思いで混乱した表情を浮かべているハリーの元へリリーとジェームズが近づいていく。

「ハリー、ハリーっ……大きくなって」

「立派になったな」

リリーとジェームズが目を潤ませてハリーを見ている。足を震わせながら歩いてきたハリーはエメラルドグリーンの瞳を揺らして両親の前までやってきた。目の前の出来事が信じられず、両親に抱きつけないハリーを、ジェームズがリリーと一緒に力強く引き寄せた。


バシャバシャとカメラのフラッシュがたかれた。


止まっていた時がわっと動き出した。

参列客が一斉に動き、喋りだす。
部屋中が興奮した声で満たされる。

私は無事にジェームズとリリーが実体を持ってハリーと再会したことを確認したので目当ての人物の元へ走った。

その人物は喪服も普段着も変わらないような格好をしていた。
参列者はポッター親子を見ているか、シリウスを見ているか、私を目で追っていた。

私は周りの視線を鬱陶しく感じながらセブの前に立った。
セブは普段から良いとは言えない顔色を更に悪くして、瞳を揺らして私を見ながら立ち上がった。

『戻ったわ』

「死んで……なかったようだな」

熱い抱擁が待っていると思ったが、違った。
セブはポッター親子に視線を向けた。


「俺の帰還を喜ぶ奴はいないのか?」

「うわああああんシリウス先生~~~~ッ」

おどけて言うシリウスにちゃんがダーッと駆けて行き抱きついた。

「おあっ!?!?」

「生ぎていでよがったでずううううぅぅぅ」

「ハハハ。ありがとな」

シリウスの元へは参列していた生徒がわっと駆け寄って行っていた。


「行かねばならん」

『気を付けて』

セブは黒いマントを翻して去って行った。

去って行く後姿が歪む。
気持ちが悪い。

胸に手を当てていると後ろからハリーの悲鳴が聞こえてきた。

「母さんっ、父さんっ!」

見ればリリーとジェームズが地面に膝をついていた。

「シリウス先生!」

シリウスの方も胸を押さえて今にも倒れそうな様子でゆらゆらと揺れている。

私は両膝に手をついた。

『はあ、はあ』

視界が歪む。

「ハリー!」

ジェームズが自身も膝をつきながら気絶するハリーを抱きとめている。
私たちは兎も角ハリーまでどうなっているの!?


ユキさんっ」

トンクスさんが駆けてきて私の体を支えてくれた。

「直ぐに聖マンゴ魔法疾患傷害病院に運ぶのじゃ。担架を出して下され。マダム・ポンフリー、看て頂きたい」

ダンブーが指示を出す。
私は意識が遠のいていく中、ある人物を見ていた。

「ひっ」

私と目の合ったドラコは真っ青になり仰け反り、遠目でも分かるほどプルプルと震えている。

鍛錬サボってないでしょうね??

ぼやけた視界の中では人が混ざり、目の前は暗くなった。









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