第6章 探す碧燕
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25.不死鳥の騎士団
『今年は安らぎの水薬の減りが早いってマダム・ポンフリーが言っていたわ。忍術学がO.W.L.に加わったせいじゃないといいんだけど……』
「忍術学のO.W.L.合格はまだどの職にも応募条件として示されていない。とはいえ、例年から受験科目が1科目増えたのだ。負担がないとはいえんだろう」
『そうよね……調合を積極的に手伝うわ』
「助かる」
魔法薬学の教室で安らぎの水薬の調合を手伝っていると、控えめに扉が叩かれた。顔を覗かせたのは5年生のグリフィンドール寮生である栞・プリンスとレイブンクロー寮の蓮・プリンスの双子だった。
「あのう、少し宜しいですか?」
少し嬉しそうな顔をしている蓮ちゃんが言った。
「入れ」
私たちの前に来た2人。蓮ちゃんがおずおずと話し出す。
「進路指導があったんです。癒者になりたいって答えました。その……あれから……落ち着いています。凄く、ご迷惑をかけてしまったから、気持ちが持ち直したってお礼を言いたくて」
私はパッと笑顔になった。
『わざわざ来てくれてありがとう。ホッとしたわ。O.W.L.ではベストを尽くして。幸運を祈っているわ』
「っありがとうござい「幸運などない」
セブが杖を振って試験管に安らぎの水薬を詰めながら言った。
「あるのは実力があるか否かだ」
「は、はいっ……」
怯える蓮ちゃんだが、横からは「えぇ~」とどうしようと言った声が上がった。
「運も実力のうちですよ。そうじゃないと大変なことになっちゃう。私、魔法薬学は安らぎの水薬に山掛けしているんです。それが外れたら……何でもないです。お勉強頑張りマス」
しかし、セブは栞ちゃんを見逃しはしなかった。作業の手を止め、腕を組み、栞ちゃんを上から下までたっぷり見てからお説教を始める。
「君の考え方は正にトロール評価に相応しいですな。試験は賭け事ではなく学力を計る場なのだ。運も実力のうちだと?それを言えるのはある程度の実力を持っている者だ。確かに、我輩が見てきた君の調合は液体になるべきものが固体になっていたものばかりで山を賭けたくなる気持ちは分かるが」
「うぅ」
ねちねち言われて栞ちゃんは首を竦めた。
フンと鼻で笑うセブの横で栞ちゃんへの激励の言葉を探していると、しょんぼりしている栞ちゃんの背中を蓮ちゃんが軽く押した。
「栞はユキ先生に話があったんだよね?」
「あ、そうなんです」
さっきのことなどコロッと忘れたように栞ちゃんが笑う。
「忍術学の助手を募集する件についてマクゴナガル教授から聞きました」
忍術学は発展途上の分野だ。謎多きマホウトコロを除くと忍術学を教えている魔法学校はない。マイナーな分野だが、忍術学の評判は良く、ホグワーツも魔法省も忍術学を盛り立てようとしてくれている。
ボーバトン、ダームストラングからも忍術学を教えて欲しいと要請が来ている。こちらが教師を派遣するか、向こうから人が来るか分からないが数年以内に目処が立つだろう。
今のところ忍術学を教えられるような忍術を熟知した人間は私、シリウス、クィリナスの3人だけ。忍術学を普及させるためには教師の育成が必要となる。そういうわけで、近いうちに忍術学ではアシスタントを雇い、忍術学を教える人間を育てようということになっていた。
「卒業後に雇ってもらえるように忍術学頑張ります」
『忍術学だけ頑張っても駄目よ?忍者は薬に強くなくてはならない。だから、職への応募条件には魔法薬学のN.E.W.T成績E(期待以上)が必要になると思うわ』
「何ですって!?」
栞ちゃんが驚愕した。
「今度のO.W.L.何が何でもE以上をもらえるようにしないと」
「寝る間も惜しんで努力すべきですな」
「そうします……あの、スネイプ教授。O.W.L.前の自主練習の集いに参加させて下さい」
「まだ席はある。時間は火曜日の放課後だ」
「ありがとうございます」
「鍋を爆破しないように監視してやるから覚悟しておけ」
「は、はひっ」
深読みするとこれって特に注意を払って教えてあげるってことなのかしら?セブは何だかんだで面倒見が良い。
「用事が終わったなら帰れ。仕事の邪魔だ」
「お話聞いて下さりありがとうございます」
「失礼します」
栞ちゃんと蓮ちゃんが頭を下げた。
部屋を出て行こうとする2人は扉の前で振り返る。
『?』
キラキラとした顔を見合わせた2人は私たちを見て同時に口を開いた。
「「先生たちって付き合っているんですか?」」
さすが双子。何の相談もなしに息がぴったりの言葉が出てきた。
「教師の私情に首を突っ込んでくるな」
にべもなく言ったセブはこの質問に興味を示さずに安らぎの水薬を試験管に詰める作業に意識を移していたので視線は私へ。
『忍は個人情報を公開しない、よ』
私もセブも生徒にこの質問をされたら同じ答えを繰り返している。
一瞬残念そうにした双子だが、2人して私たちを眺め、嬉しそうに頬を緩ませた。
『?』
先ほどからのこの笑みは何だろう?
私は去って行った双子の反応に首を傾げながらセブを手伝ったのだった。
2人でバキバキと骨を鳴らしながら伸びをし、出来たての安らぎの水薬を持って地下から地上へと続く階段を上がっていた時だった。玄関ロビーが騒がしいことに気が付いた。
「またウィーズリーの双子ではあるまいな」
セブの予想は当たっていた。
私は笑い声を上げる。私の声はシンとした玄関ロビーに良く響き、天井に吸い込まれていった。
「ユキ先生はこの悪戯を分かって下さると思ったんだ」
「面白いでしょう?」
『とても大胆で面白いわ』
玄関ロビーは沼地になっており、生徒たちが回りを囲んでいた。だが、玄関ロビーは花火の時のような楽しさはない。アンブリッジは猛烈にフレッドとジョージに怒っており、フィルチさんは絶対に今度こそは逃がさないと目をギラギラさせていた。
「よくもっ、よくもっ。こんなことをしてタダで済むとは思っていないでしょうね?」
ウィーズリーの双子は肩を組んだ。
「思っていないですよ。学生家業はここで卒業だって」
「そう!才能を世の中で試す時が来た!」
アンブリッジが何も言えないうちにフレッドとジョージは杖を上げて同時に叫んだ。
「「アクシオ!箒よ、来い!」」
背後でガチャンと大きな音がしたと思うと箒が持ち主めがけて廊下を矢のように飛んでいき、双子の前でぴたりと止まった。
「みなさん!誰かの足元に沼地を作りたいと思うならダイアゴン横丁93番地までお越しください」
フレッドがパチンとウインクした。
「我々の新店舗」
ジョージがニッと笑う。
息を吸い込んだウィーズリーの双子が手を広げる。
「「ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ店へのお越しをお待ちしております!!」」
生徒の大喝采が沸き起こる中をフレッドとジョージは箒でびゅーんと飛んでいき、玄関扉から外へと出て行った。
『最っ高!』
私は生徒に混じって、飛んでいく双子に手を振ったのだった。
***
試験期間が始まった。5年生は将来を左右する大事なO.W.L.試験を迎えようとしている。
私も生徒と同じように緊張していた。最終日の前日である今日はイギリス魔法界初となる忍術学のO.W.L.試験がある。私は試験の見学を申し出て、許可された。他の学年の忍術学試験もあるため、O.W.L試験には影分身を行かせている。
流れてくる記憶―――――
試験は忍術学の教室で行われた。教室を入って左の壁、奥の壁、右の壁に1人用の机が置いてあり、それぞれに試験官がいる。私は前に椅子を置き、目立たない様に気配を消していた。
初めの3人が名前を呼ばれて教室に入ってきた。3人の中にはO.W.Lに怯えていた蓮・プリンスがいたが、彼女は落ち着いているように見えた。
「まずはこの石を粉々にして下さい」
それぞれの机で試験が始まった。物の中心点を見極めて魔力を送り、破壊する課題。これは基礎的なものだ。試験場にいる3人は粉々にする度合いのバラつきはあれど、直ぐに課題をクリアしていた。
「次は分身の術をして下さい」
一斉に印が組まれ、術が唱えられる。
「分身の術」
ポン ポン ポン
完全に成功していたのは蓮ちゃんだけだった。蓮ちゃんの分身は隣にいる彼女とまったく同じ姿形をしている。
「お見事!」
蓮ちゃんの前にいる老齢の魔法使いトフティさんが手を叩いた。
「さあさ、もう1度やってごらんなさいな」
試験官に促されて残り2人も完全な形の分身を出すことを目指す。時間内なら何回でも挑戦できるこの試験。蓮ちゃんは次の課題に進んでいた。3つめの課題は変化の術。目の前にいる試験官に変身するというものだ。
「変化」
今度も蓮ちゃんは一発で変化の術に成功していた。
試験は順調に行われてドラコが入ってくる。栞ちゃんも一緒だ。2人は自分が先に教室内に入ってやると体をぶつけて喧嘩するように中へと入ってきた。その後ろから呆れた顔で入ってきたのはハーマイオニー。
この3人は優秀だった。第1の課題では石を小麦粉のように細かく粉砕し、分身の術では1発で完全な姿の分身を作って見せた。変化の術でもそれぞれの試験官から素晴らしいと声を掛けられたり、拍手をされたり。
ハリーもロンも十分Aが取れるくらいの出来で試験を終えた。
「試験は非常に満足できるものでしたな。私も楽しみました」
口々に生徒の出来の良さを試験官たちに褒めてもらえて私もホッとする。私も生徒たちの出来には大満足だった。みんな日頃の頑張りを形にしてくれた。
今日は忍術学のこれからにとって記念すべき日になるだろう。
シリウスにも見せたかったな。
私と試験官たちは大変だった試験準備をお互いにねぎらい、今日の成功を喜んで握手をし、教室を片付けて部屋を出た。
『みんな頑張ったわね』
影分身の記憶が戻った私がニコニコしながら3年生の試験の片づけをしていると、丘の下からハリーと栞ちゃんが走ってきた。
「ユキ先生!さっきの僕たちの試験どうでした?僕も栞も上手くできた自信があったのだけど」
『うん。2人とも良かったわよ。私ならE以上をつける』
「「やった!」」
『残すところO.W.L試験もあと1日ね』
「魔法薬学の試験、上手くいったんです。きっと合格点をもらえるはずです。だって、安らぎの水薬が実技試験に出たんですよ」
「ユキ先生にたっぷり教えて頂きましたから自信ありです。僕たち、きっと合格だ!」
『良かったわ!スネイプ教授もお喜びになるはずよ』
2人は有り得ないと言うように顔を顰めた。
『明日の試験は何?』
「明日じゃなくて今晩なんです。天文学の試験があります」
ハリーが言った。
『少し仮眠を取らないとね』
「あのう」
栞ちゃんが私を見上げた。
「シリウス先生に私たちの忍術学の試験と魔法薬学の試験がうまくいったと伝えて頂けませんか?シリウス先生には沢山手助けしてもらって、心配してもらったので……」
「シリウスおじさんは元気にしていますか?」
『騎士団本部に行って伝えてくるわ。任務に行っていたら会えないけれど……書置きをしてくる。シリウスは2人のことを聞いて喜ぶでしょう』
「シリウスおじさんは忙しいんですか?」
『騎士団の任務であちこち出歩いているわ。帰ってこられない日もあるくらいよ。でも、シリウスは実力がある。なんの心配もいらないわ』
「うん。シリウスおじさんは強いもの」
『ところで、ハリーったら閉心術の訓練をサボっているそうね。行きなさいって言ったでしょう?』
「あ……だって……スネイプは『先生』……スネイプ、先生は僕を許さない……それに、ショックだったんだ……父さんがあんな……弱い者いじめを……」
『ハリー、どんなに気まずくても閉心術の訓練を続ける必要がある。シリウスがいない今、訓練出来るのはスネイプ教授だけよ』
「ユキ先生に教わっちゃダメ?」
『出来ません』
「うぅ……」
『試験が終わったら必ずスネイプ教授のところへ行くように。行かなければ私が耳を引っ張って連れていきますからね。それにジェームズのことは……』
愉快な悪戯仕掛人でクィディッチが上手。時には行き過ぎる悪戯もしたし、自惚れ癖もあった。でも、歳を重ねるにつれてそれも変わっていった。
『ジェームズは真っすぐで正義感の強い人なの。でもね、完璧な人間なんていないわ』
「そう、ですね……」
『機会があったらシリウスとリーマスに話を聞くといいわ。色々と教えてくれる。リリーのことは私に聞いて。とっても素敵な女性だったから。私もリリーの思い出を語りたい』
「はいっ」
ハリーの顔から少しだけ曇りが取れていたのだった。
夜にグリモールド・プレイス12番地を訪ねるとシリウスとリーマスが談笑していた。
シリウスにハリーのことを伝えると、自分の事のように喜んだ。
「さすがはハリーだ。忍術学の方は全く心配していなかったが聞くと安心する。それにハリーも栞も魔法薬学を上手くクリアしたようで良かった」
私は台所で作ったライスボールを2人の前に置いた。
「これでハリーは夢に一歩近づいたね」
リーマスがにっこりして言う。
『ハリーがシリウスのことを心配していたわよ』
「そうか。心配ないと伝えておいてくれ」
『うん』
「ハリーの閉心術の訓練は順調かい?」
『いいえ、リーマス。訓練を止めてしまっている』
「「なんだって!?」」
シリウスとリーマスが叫んだ。
「それは不味いな。何かあったのかい?」
私はハリーがセブの憂いの篩に首を突っ込んだことを話した。
「どの記憶を見たのだろう?」
リーマスが眉を寄せる。
『ハリーはジェームズがいじめをしていたと言っていたわ。ハリーは自分の父親がそんなことをしていたなんてとショックを受けていた。機会があったらハリーと話してみて』
「そうだね」
「ジェームズを誤解されたくないからな」
食事が終わり、ジェームズに関する昔話で盛り上がっていると時計の針は12時を回っていた。
『帰るわね』
「おやすみ、ユキ」
「気を付けて帰ってくれ」
『うん。2人共おやすみ』
ホグワーツの敷地に入る門に姿現しした私はハグリッドの小屋周辺が騒がしいことに気が付いた。
何だろうと走って行く私の目に入ったのは激しい争いだった。
『ミネルバ!!!』
ハグリッドを庇いに来たであろうミネルバがハグリッドの小屋の周りの人影から放たれた4本もの失神呪文で倒れたところだった。
ハグリッドは怒り狂い、近くの者に思い切りパンチをかました。あっという間に2人が倒れた。ハグリッドの体に呪文が突き刺さる。しかし、ハグリッドは倒れなかった。
私は足を速めた。
ハグリッドは地面に倒れていたファングを担ぎ上げて全速力でこちらへ駆けてきた。賢明な判断だ。
「捕まえなさい!捕まえろ!」
アンブリッジが叫ぶ。
私は忍装束に着替えて闇に溶けた。
「ユキっ」
『時間を稼ぐ』
「マクゴナガル教授を頼んだぞ」
走り去っていくハグリッド。私は風遁の術を放った。突風で煽られて全員数メートル後ろへ飛ばされていく。
そのうちに何人もの人影が城から走ってきた。ホグワーツの教師たちがやってきたのだ。
私は教師たちが現場に到着するまで風で邪魔をし続けた。
「なんて事なの!!」
スプラウト教授が叫んでミネルバに駆け寄った。私も皆の輪の中に入る。
ミネルバ……ミネルバ……顔面蒼白でぐったりとしている。
もう若くないのに失神呪文を4本も胸に受けて大丈夫なはずがない。
『マダム・ポンフリーに知らせてきます。影分身、行きなさい』
脈が弱い。
私はミネルバに気を送る。
「あまり良くありませんね」
マダム・ポンフリーが厳しい顔をする。ミネルバは聖マンゴ魔法疾患傷害病院に入院した。
ミネルバは明け方に意識を取り戻した。一安心だが、アンブリッジが許せない。
魔法省にアンブリッジがハリーを吸魂鬼で襲わせた証拠を提出させて、アンブリッジをアズカバンにぶちこめればどんなに良いかと眠れず走り込みをしながら考えていた。
試験期間も最終日。
忍術学は全ての試験を終えていたので私は5年生以外の採点を行っていた。
するとバタバタと慌ただしい足音が4人分近づいてきた。扉を開けるとハリーを先頭に栞ちゃん、ハーマイオニー、ロンがやって来る。
「ユキ先生!」
『ハリー、みんなも中へどうぞ』
勢いよく入ってきた4人。ハリー以外は困惑している様子だった。
『何があったの?』
「シリウスおじさんはどこです?」
『不死鳥の騎士団の本部よ』
「命が危ないんです!」
『どういうことかしら?』
ハリーたちのO.W.L試験最終科目は魔法史だった。ハリーは試験中にぼんやりし、また例の夢を見た。
ハリーは神秘部の暗くて冷たい廊下を歩いていた。黒い扉をいくつか通り、円形劇場のような広場を通り過ぎ、大聖堂のような広い部屋へと出た。棚が立ち並び、たくさんのガラスの球が置いてある。その通路の間にヴォルデモートとシリウスがいた。
「シリウスおじさんは磔の呪文を受けていて、おじさんはヴォルデモートの命令に抵抗していました。ヴォルデモートは最終的にはおじさんを殺すって……おじさんは今でも拷問に耐えています!助けて下さい、ユキ先生!」
『神秘部』
血の気が引いていく頭で冷静になれと自分を落ち着ける。
『これは罠の可能性もある』
「ユキ先生まで皆が言うように放っておけと言うんですか!?」
「ユキ先生は放っておけとまで言っていないわ。よく考えて行動すべきだと言ったのよ」
ハーマイオニーがハリーを落ち着けるような口調で言う。
「まだ夕方の5時だ。魔法省には大勢の人が働いている。イギリスいちのお尋ね者2人が誰にも見つからずに神秘部に侵入できるはずがないよ」
ロンが冷静に言うがハリーはシリウスの危機に頭が一杯のようだ。
「ヴォルデモートは透明マントか何かを使ったんだ。それに神秘部はいつも人がいない!」
「ハリーは神秘部に行ったことがないでしょう?夢の中でしか行ったことがない」
「でも、栞、僕の夢が普通の夢じゃないって知っているだろう?ウィーズリーおじさんのことだってある」
『そうね』
全員が私の方を向いた。
『本当かもしれない。不死鳥の騎士団の本部に行ってシリウスの所在を確かめてくる。不在だったら神秘部に忍び込んでみる。これでいい?』
「はい!」
ハリーはホッとしたように頷いた。
『シリウスが任務中だったら直ぐに連絡がつくか分からない。だから、私の連絡があるまでいい子にしてホグワーツで待っているのよ。いいわね?』
私は4人と別れてセブの元へ走った。
「ポッターがまた例の夢を見ただと?」
セブは思い切り眉間に皺を作った。
「はあぁ。閉心術の訓練をしないからこうなるのだ……ブラックを探しに行くのか?」
『えぇ。まずはグリモールド・プレイス12番地に行って、いなかったら神秘部へ行くつもり』
「神秘部へは行くべきではない」
『確認しないと』
「影分身だとしても罠に飛び込むのはよくない。それに、そこにはブラックはいないだろう」
『もしもの可能性もあるわ』
「ユキ」
『行かないと。ハリーが自分でどうにかしたいって思う前に帰ってくるわ』
「……気をつけろ」
『うん。行ってくる』
私は目を閉じた。
「なにかね?」
『行ってらっしゃいのキスは――――
言葉は喉の奥に消えていった。熱い愛のたっぷり含まれたキスをしながら私たちはお互いの体を抱きしめた。
「嫌な予感がする。これは巧妙な罠だ」
『大丈夫よ。愛しているわ、セブ』
「気をつけろ」
『行ってきます』
私は繋がれていたセブの手から手を離し、黒い瞳に見送られてセブの研究室から出て、ホグワーツの敷地の外へ走った。
バシンッ
グリモールド・プレイス12番地に着いた。屋敷には誰もいない。
『クリーチャー』
名前を呼ぶとクリーチャーが廊下の角から姿を現した。
「ユキ先輩様、ご機嫌いかがですか?」
『良いわ。ありがとう。ところで、シリウスを知らない?』
「知りませんです」
クリーチャーは興味なさそうに言って他に用事がないか聞いた。
『いいえ。ないわ。ありがとう』
やはり神秘部へ向かうしかないのか。
余程慎重に行かなければならないと玄関に向かいかけていると玄関が開いた。入ってきたのはリーマスとトンクスさん。
「あれ、ユキさん。こんにちは。今日はどうされたんですか?」
オレンジ色の髪のトンクスさん。
『シリウスの行方が知りたいの』
「シリウスなら朝から任務に行っているよ。もうすぐ戻るんじゃないかな」
リーマスがサラッと言った。
『聞いて欲しい話があるの』
私はハリーが見た夢の内容をリーマスとトンクスさんに話した。
「閉心術に失敗してヴォルデモートの思考と繋がってしまったわけだね」
『ハリーはとても心配している。安心させられるような情報を持ち帰ってあげたい』
「いつも夕飯時には集まって皆で食事をするんだ。シリウスももうすぐ帰ってくるはずだ」
『でも、念のために神秘部に影分身を潜り込ませることにするわ』
「ユキの影分身は何かあってもユキ自身に影響はないんだろう?」
『えぇ』
影分身はスーツに着替えてグリモールド・プレイス12番地から出ていく。前回は偶然扉が開いていたから入り込めたが、神秘部に上手く入り込めるかが問題だ。だが、私の事だから上手くやるだろう。
のろのろとした時間が過ぎていく。
影分身を送り出してから1時間が経過した。
時刻は夜7時。ハリーたちも心配しているだろう。
まだかまだかと思っている時、影分身の記憶が頭に流れ込んできた。ハリーの言っていた水晶玉がいっぱいの部屋には誰もいなかった。他の部屋も確認したが、怪しい影はなさそうだ。私は安堵の息を吐き出した。
『シリウスは神秘部にいないみたい』
「それは良かった」
『直ぐにハリーたちへ影分身を送るわ。早く安心させてあげたい。私はもう少しシリウスを待たせてもらう』
時刻、8時
ハリーたちの元へ行かせた影分身はセブへの報告も終えて消え、私に記憶が戻ってきた。
生存を伝えるだけなのに随分と手間取ったと思ったらハリーはシリウスが神秘部からどこかへ連れ去られたのだと主張していた。
何とかその意見を押さえつけ、シリウスが不死鳥の騎士団の本部へ戻ってきたら連絡しに行くと約束して彼らを部屋へ戻らせていた。
もうシリウスを待つ以外にすることはない。
任務の状況によってはいつ帰ってくるか分からないシリウス。ハリーたちを早く安心させてあげたいが、こればかりはどうにもならない。
私はリーマス、トンクスさんと話をしながらシリウスの帰りを待つことにした。
***
ハリーは焦っていた。
自分の唯一の家族だと思っているシリウスがヴォルデモートの手に落ちたかもしれないからだ。
ヴォルデモートはシリウスにしか取り出せない武器を神秘部から取り出すように要求していた。だが、勇敢な自分のおじはヴォルデモートに屈することなどしない。
おじさんは死ぬまで抵抗し続けるだろう。
時刻7時
ユキの影分身がグリフィンドール寮に行くと、ハリーたちは談話室の暖炉の前で待っていて、ユキが来た瞬間、一斉に立ち上がった。
「おじさんは!?」
『安心して。神秘部にはいなかったわ』
「会えたんですか?」
『いいえ。まだ騎士団の本部には戻ってきていない』
「それじゃあどこかに囚われているのかもしれない」
『落ち着いて。リーマスが言っていたからシリウスは任務で出ているだけだと思う。任務の内容によっては暫く帰って来られないこともあるわ。様子を見ましょう』
「でも、それで手遅れになったら」
『ハリー、あなたはヴォルデモートに幻覚を見せられたのよ。無視すべきだわ。それに、シリウスはそう簡単にやられる人間じゃない。彼を信じましょう』
「シリウスおじさんが死んでしまったらっ」
『神秘部にいなかったということはこれは罠なの。我慢して待つのよ』
「っ」
ぐっと拳を握りしめるハリーは納得している様子ではなく、ユキは眉間に皺を寄せる。ハーマイオニー、ロン、栞はそんなハリーを困惑して、ハラハラして見つめている。ハリーが何か突拍子もない行動を起こさないか心配していた。
ハリーは押し黙っては勢い良く喋るのを繰り返した。アーサー・ウィーズリーの前例がある。自分が見たことがただの幻だとは思えなかった。
おじさんが死んだら、おじさんが死んでしまったら――――
ユキ先生も、みんなもどうして冷静でいられるんだ。
今まさにシリウスおじさんは拷問にかけられ、ヴォルデモートの杖一振りで殺されるかもしれないのに。
『心配だろうけど寝なさい。シリウスが戻ってきたら直ぐに知らせに行きますから』
シリウスおじさん……おじさん―――――
ハリーがロンに背中を押されて寝室へと戻って行くのを見送ってからユキはセブルスに現状の報告をしに行った。
―――――渡すのだ。もう時間稼ぎは出来ないぞ。やはりアレはこの部屋にある。苦痛を長引かせるのは賢明とはいえないシリウス・ブラックよ――――――
――――俺は騎士団を、ハリーを裏切る真似だけはっアアアアアアア!!
「ハリー、ハリー!起きるんだ」
ハリーはロンに揺り起こされて目を覚ました。額が割れるように痛い。
「や、やっぱりシリウスおじさんは捕まっていた」
「捕まっていないってユキ先生が言ったじゃないか」
「神秘部の中を連れ回されていたんだ。だから、運悪くユキ先生は見つけることが出来なかったんだよ」
「自分が無茶苦茶なことを言っているって分かっているのか!?しっかりしてくれよ、ハリー!」
「助けに行かなくちゃ。時間がない」
ハリーが着替えだしたのでロンも慌てて着替えた。2人が談話室に下りるとハーマイオニーと栞、ジニーが暖炉の前に座っていた。ネビルは青い顔でO.W.Lの問題用紙を眺めている。
「2人とも起きていたのか」
「えぇ、ロン。私たち……心配で」
ハーマイオニーはハリーを見た。何かしでかしそうだからというのは心の奥にしまい口には出さなかった。
「ジニーは何をしているんだ?」とロン。
「お母さんに手紙を書いていたのよ。フレッドとジョージから連絡がなくて心配しているから慰めたくて」
「ハリー、随分慌てた様子だけど……」
栞がじれったそうにしているハリーに話しかけると、ハリーはぶわっと今見た夢を話し出した。そして自分はシリウスを助けに行くと宣言した。
「ユキ先生の言葉に従うべきよ!」
「君たちはそうしてくれ!」
ハーマイオニーの忠告など耳に入らない。
ハリーの限界はとうに超えていた。みんなは一斉に顔を見合わせて寮の外へと出ていくハリーの後を追いかけていく。
「あれえ?ハリー?」
突然聞こえてきた声にハリーは体を跳ねさせた。
「ルーナか……ごめん。僕たち急いでいて」
「そっちに行ったらアンブリッジの親衛隊がいるよ」
夢見たように話すルーナ。彼女は夢遊病でふらふらと出歩き、目が覚め、気がついたらこの廊下にいたのだ。
「そもそもどこへ向かっているの?」
ハーマイオニーが問いかける。
「神秘部さ!」
「どうやって!」
ハーマイオニーの問いにハリーは声を詰まらせた。勢いで出てきてしまったものの、手段を考えていなかった。
「アンブリッジの暖炉は魔法省に繋がっているわ」
そう言ったのは栞だ。
「アンブリッジの部屋へ行こう!」
「私が何かしら?」
猫なで声にハリーたちが顔を上げるとそこにはアンブリッジと尋問官親衛隊の姿があった。
「全員私の部屋にいらっしゃい」
嬉々としたアンブリッジは何を企んでいるのか吐かせようとドラコにセブルスを呼んでくるように言った。アンブリッジの部屋の戸口、セブルスは無関心の様子で部屋の中を見渡している。
「校長、お呼びですかな?」
「あぁ、スネイプ教授。真実薬をひと瓶欲しいのですが、持ってきて頂けます?」
そうだ!どうして忘れていたんだ。スネイプも騎士団の人間じゃないか!
もしかしたらユキ先生と連絡を取ってくれるかもしれない。
ユキ先生にもう1度神秘部に潜り込んでもらおう。そうすれば皆を危険に巻き込まずに済む。
ハリーははやる気持ちを抑えて自分の気持ちが伝われとセブルスを見た。
「先週あなたが持っていったひと瓶が在庫の最後でしたが……まさか3滴で十分と申し上げたあれをもはや使い切ってしまったのではありますまい」
「ェヘンッ、ェヘンッ。もう少し、調合して下さいますよね?急ぎですのよ」
「そうですな。大体1ヶ月でお渡しできるでしょう」
セブルスは思い通りに行かなかったことで怒るアンブリッジに皮肉を言ってからその場を立ち去ろうとした。ハリーは叫んだ。
「パッドフットはやはり捕まっていたんだ!」
しかし、セブルスは不可解と言った顔をして、フンと鼻でハリーを笑う。
「戯言薬でも飲んだかね?」
「っ!」
ホグワーツに残った最後の不死鳥の騎士団員であるセブルスに動く気がないことが分かり、ハリーは強く落胆し、同時にセブルスを恨んだ。やはり自分たちで解決するしかない。そうハリーが思っていると栞が口を開く。
「き、狐が捕まったと!パッドフットと一緒に!」
栞はセブルスの興味を引こうと嘘を言う。
セブルスは真実を見極めるように目を細めて栞を見たが、今度も態度は冷たかった。
「毎回酷いことになっている自作の薬でも飲んだのかね?必要ならば解毒薬を用意するが?」
「―っ!結構です……」
唇を噛む栞を一瞥してセブルスは扉を閉めて自室へと歩いて行く。
ユキが捕まった夢をポッターが見た?先ほどはブラックだけだったはずだ。
しかし、ユキは神秘部へ行き、シリウスはいなかったと報告に来ていた。
ユキが騎士団の本部にいるか確認しに行くべきか?
しかし、セブルスはホグワーツに留まることを選んだ。現在ホグワーツにいる不死鳥の騎士団の団員は自分1人だけだ。ここを離れるわけにはいかない。
セブルスは何かあったら直ぐに気が付けるように研究室の扉を開け放って気を紛らわせるために調合を始めたのだった。
***
『シリウス!』
玄関が開く音がしてキッチンから飛び出して行った私は漸く戻ってきた人物にホッとして顔を輝かせた。
「おいおい。そんな笑顔で出迎えられたらどうしたらいいんだよ」
『これでやっとハリーが安心するわ』
「ハリー?」
『ハリーがあなたがヴォルの奴によって神秘部によって囚われた夢を見たのよ』
「閉心術は失敗か……。ハリーはホグワーツで大人しくしているだろうな?まさか神秘部に突入なんてしていないだろう?」
『神秘部へは私が行ってきた。ハリーにはシリウスがいなかったって伝えてあるし、あなたの帰りを待つようにも言ってある』
「俺が直接伝えに行ってもいいか?」
『ふふ。危険だけど、へまはしないでしょう?』
「あったりまえだ。リーマス、トンクスも心配かけたな。この時間まで待たせてすまない」
「いや。無事に戻って何よりだよ」
「お疲れ様です」
「よし。早くホグワーツへ行こう」
私たちが開く前に玄関扉は開いた。入ってきたのはセブだった。顔面蒼白だ。
「ポッターたちが神秘部へ向かった」
『何ですって!?』
「ハリーッ!なんてことだ!!」
ガンとシリウスが壁を拳で殴った。
私は影分身を1体出す。
『ダンブルドアへ連絡を』
「トンクス、連絡のつく不死鳥の騎士団員を探してくれ。魔法省の地下8階アトリウムで集合だ」
トンクスさんがリーマスに言われて連絡に使っている両面鏡に走って行った。
『神秘部に行ったのはいつもの4人?』
「それに加えてネビル・ロングボトム、ジニー・ウィーズリー、ルーナ・ルブグッドだ」
「7人か……。ユキ、シリウス。影分身を頼めるかい?」
『「勿論」』
トンクスさんが戻ってきた。
「ムーディとキングズリーに連絡がついたわ」
「僕たちは6人で突入するしかなさそうだ。行こう」
『セブ、連絡ありがとう。行ってくる』
セブは何も言わなかったが凄く心配してくれているのが分かった。
バシンッ
魔法省のアトリウムに着くとマッドーアイとキングズリーさんが待っていた。彼らの足元には縛られた死喰い人らしき魔法使いが3人転がっている。
「油断大敵で進むべきだ」
「ユキの話だとハリーたちは水晶が沢山ある部屋を目指したはずだ」
「予言の間だな」
リーマスの言葉にキングズリーさんが頷いた。
「今回は作戦もへったくれもないだろう?リーマス。突入だ」
「あぁ。行こう」
リーマスがトンクスさんの背中に手を添え、2人は顔を一瞬見合わせた。
この戦いだろうか?
私はシリウスをチラと見る。心してかからなければ。
シリウスを妲己に見せられたように死なせるわけにはいかない。
神秘部の扉は2人の魔法使いがいたが、既に伸びきっていた。私とシリウスの影分身を先駆けさせていたからだ。
惑星が天井からぶら下げてある部屋を通り抜けると一面が黒い部屋へと入った。何の印も取っ手もない黒い扉が壁一面に等間隔で並んでいる。壁の所々で青い炎の蝋燭が燃えていた。
「扉に✕印がされてあるわ」
トンクスさんが言った。
『こちらに。予言の間に続く扉よ。ここにも✕印がされている』
「よく分かったな」
「こういうの得意だもの」
シリウスにそう言って、私とシリウスの影分身を扉の前に置く。
『3――2――1っ』
私が扉を開き、影分身が駆けだした。
その後ろをシリウス、リーマス、トンクスさん、マッドーアイ、キングズリーさん、私と続く。
「ここで戦闘があったようだな」
マッドーアイが魔法の目を360度回転させた。
予言の間は暗闇で背の高さが見えないほど高い棚に水晶玉が並んでいるのだが、あちらこちらで棚は倒され、床に水晶玉が砕け散っていた。割れた水晶玉からは白い湯気のようなものが立ち上っており、小さな声が聞こえてきている。
私たちは急いで予言の間を確かめた。誰もいない。
「さっきの部屋に戻ろう」
リーマスの指示に従って別の扉から別の部屋へ移動することにする。
別の✕印の付けられた扉を開ける。
わっと声が聞こえてきた。
「いたぞ!雷遁・雷撃!」
『火遁・火炎の輪の術』
扉から飛び出していったシリウスと私の影分身が前方で叫んだのが聞こえた。
私たちが入ったのはやはり円形劇場の部屋だった。そのずっと上の2階部分に私たちは出ていた。薄暗い照明の部屋の中心には石のアーチがあり、黒いベールのようなものが揺れていた。
ハリー以外の生徒たちは部屋にバラバラに散らばって死喰い人たちに拘束された瞬間だった。ハリーの隣には黒衣の男が痙攣している。シリウスの影分身にやられたのだろう。
『多重影分身の術!生徒1人につき3人で守りを固めろ!』
一瞬にして激しい戦闘が始まった。生徒たちを拘束していた死喰い人たちは私たちの到着で気が逸れ、生徒から離れていた。
シリウスの影分身とシリウス自身はハリーの元へ飛んだ。
「ハリー、その手の水晶玉はなんだ?」
「あいつらはこれを狙っているみたいなんだ」
「取られるなよ」
「分かった!」
「ユキの影分身が守りを固めるから打って、打って、打ちまくれ!」
あちらこちらで閃光が衝突し、火花が弾ける。
キングズリーさんが2人の死喰い人を相手に打ち合っている。トンクスさんは爆破呪文をベラトリックスに向かって発射していた。
リーマスの背にはネビルとジニーがいた。援護射撃をするようにネビルとジニーはリーマスの後ろから上半身を出して呪文を放っている。彼らについていた私の影分身はというと、上から影のように急降下してくる死喰い人に対応していた。
箒なしで飛んでいる?
厄介な動きに苦戦しながらも、徐々に形勢が傾いてきた。不死鳥の騎士団が場を圧倒し始めている。しかし、ヴォルデモートに強く命令されているのであろう死喰い人は引いてくれない。
その時、一斉に黒い影が空中に集まりだした。
『シリウス!上だ!』
「走れ、ハリーっ」
シリウスがハリーの背中を押し出した。頭上から降ってくる多数の死喰い人にシリウス、彼の影分身、私の影分身が対応する。
「予言を渡すのだ、ポッター」
ハリーの目の前にルシウス先輩が迫った。
『火遁・煉獄』
ズズっ
ルシウス先輩の姿が影となり、うねり、こちらへ向かってきた。その背後では火柱が上がる。
「容赦ないな」
ルシウス先輩の魔法と私の術がぶつかる。
今ハリーから離れるのは良くない。
『ハリー、ルシウス先輩以外に注意を向けて』
「は、はい!」
「ボンバーダ!ハリー、一緒に戦う!」
閃光を搔い潜りながら栞ちゃんが私たちの元へと駆けてきた。
『縄縛りの術』
「コンフリンゴ」
『呪術分解』
私は一気にルシウス先輩との間合いを詰めた。
『やあっ』
ドーンと蹴り飛ばされてルシウス先輩が後ろ向きに吹き飛んでいき、地面をバウンドして転がった。
ここまでしても身じろぎをしたことに驚く。完全に意識を落とすべきだと思ったが、横手から悲鳴が上がった。
ルーナが見上げる先ではトンクスさんが石の階段から落下するところ。ベラトリックスがこちらへやってくるのをマッドーアイが邪魔をした。ルーナはマッドーアイにくっついている。
場は混乱を極めていた。
私はロンの目の前に下りてきた死喰い人を飛び蹴りした。
「ロン!こっちよ!」
ハーマイオニーが岩陰からロンを呼ぶ。ハーマイオニーは私の影分身と一緒に呪文を放っていた。私の火遁とハーマイオニーの水遁であたりには誰も近づけない。ロンが盾の呪文を唱えながら走って行った。
マッドーアイはいまやベラトリックスを含めた3人相手だ。
「いいぞ!ジェームズ!ハハッ」
私は青くなった。
いつの間にか移動していたシリウスとハリーがベールの真ん前で決闘している。栞ちゃんは私の影分身と共に勇敢に戦っていた。
私は走った。
シリウスが新聞に載っていた脱獄囚の1人、マクシベールをハリーと共に打ち負かした。
視線の端に動く人を捉える。
『左だッシリウスッ』
バンッ
シリウスがベラトリックスの呪いを弾き飛ばした。マッドーアイが再びベラトリックスを引き付けて対応にあたった。
「ハリーは栞のところへ行っていろ!」
ハリーがアーチのある岩から飛び降りて栞ちゃんと合流した。代わりに私がシリウスの隣に立つ。
「援護はいらないぞ?」
『でも、背中は預けてくれるでしょう?』
私とシリウスはニヤリとしながらベールを背に、別方向に呪文を放ちだした。
『火遁・狐火』
狐火を出して攻撃する余裕を持たせないほどボンボンと死喰い人に放っていく。隣では杖の残像が見えないくらい早い魔法の打ち合いがなされていた。だが、決着はもう直ぐだ。そちこちでは不死鳥の騎士団が勝利を収めるか、相手を圧倒していた。
その時、体がサーっと冷たくなった。
「おいおい。ご登場だぞ」
シリウスが顔を一層引き締めた。
天井を覆い隠す黒い霧の中心には髑髏があり、それはこちらに向かってゴオォと勢いよく伸びてくる。
「ああああ我が君っぐっ」
ベラトリックスがマッドーアイの閃光に倒れ、シリウスが一騎打ちに勝利した。私の方も決着がついた。
「目的は果たした!全員退却っ」
リーマスが叫んだ。
マッドーアイがトンクスさんを抱き、ルーナと一緒に引きずって行く。
ヴォルデモートは私たちが入ってきた2階の階段に立った。
不死鳥の騎士団は生徒を背に隠しながらヴォルデモートに杖を向け、じりじりと出口へと移動していく。
「来い、雪野」
天井に渦巻いていた大きな
シリウスが放った呪文は手の中でバチバチと稲妻のように光って消えた。
『風遁・風布団』
これは効いた。手の形が歪んで崩れる。
「ユキ危なねぇッ!!プロテゴ!」
『っ呪術分解!』
別方向から私に呪文が放たれた。その1人はルシウス先輩だ。
コロン
それは突然過ぎて対応できなかった。
不気味に耳に届いた小さな音。
目の前に転がった黒いキューブ。
赤い光と共に爆発する。
「プロテゴ!!」
『呪術分解!――ッ!!』
「マクネア貴様ッ!!」
ヴォルデモートの怒鳴り声。
吹き飛ばされていく体。
私たちの体はベールの先へ飛んでいった。