第6章 探す碧燕
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24.最悪な記憶
セブルスは全身にじっとりとした汗をかきながら跪いていた。目の前にはヴォルデモートがゆったりとした様子で足を組み、座っている。寛いだ様子だが、赤い目は貪欲に光っていた。
「ルシウスから聞いたぞ。お前はユキ・雪野と特別な仲だそうだな」
「……はい……」
「あの女はお前に心を許しているか?」
「それは……分かりかねます。あの者は忍です。こちらの情報を抜き取ろうとしている可能性も否定出来ません」
「くく。偽りの愛で近づかれたかもしれないと?」
ヴォルデモートは楽しそうに口許を歪めた。
「こちらも利用する気で近づきました。我が君に予言の実現が可能かどうかお伝え出来ればと思っております」
「あの女の結界は破いたか?」
「……はい」
くつくつと笑いながら目を細めるヴォルデモートを前にセブルスは今1度心を閉ざし直す。
「死を超える力。雪野の信頼を得、その方法を得るのだ」
「御意」
「お前は俺様の期待に応えている。このヴォルデモート卿が礼を言おう」
「恐れ多いお言葉。感謝致します」
「行っていい」
セブルスはヴォルデモートの部屋から辞し、小さく息を吐き出した。ユキとの交際はスパイ活動の一環。自分は恋愛感情など無く、ユキを利用しているだけ。ユキと自分はお互い利用し、騙しあっているだけだと闇の帝王が信じたと思いたい。それには闇の帝王がこの話を信じ続けるようにユキの情報を時々流さねばならないだろう。
ユキの身が危ぶまれる。だが、2人で決めたことだ。手を取り合い、この状況を逆に利用してやろう、と。
「セブルス」
階段を降りたセブルスが玄関ホールを横切っていると後ろから声がかかった。ルシウスは階段の影からこちらへ来るようにと指でセブルスを呼ぶ。
「これをユキに渡して欲しい。君を信頼している」
「……分かりました」
「それでは失礼するよ」
セブルスはローブのポケットに手紙をしまい館から出ていった。
部屋に戻り、ひと息ついて引き摺っていた緊張を全て消化してからユキの元へ向かう。ユキは部屋にはいなかった。かわりに机にはメモが残されていて禁じられた森の入口で鍛錬をしていると書いてあった。
暗い闇の先で火の玉が浮いており、その中心にはユキがいた。近づいていくと、木の間にロープが張られており、そこをユキが歩いているのが見えた。
『お疲れ様』
ユキはセブルスを見ずに声を掛けた。ユラユラと揺れるロープに立つユキの足元を見たセブルスは眉を上げる。ユキが8センチヒールを履いていたからだ。
『ヒールで歩く練習中なの。もう少し待っていて。もう終わりにするわ』
「まるで曲芸師だな」
『来世はサーカスで働くのも楽しそうね。火の輪くぐりとかしてみたい』
ユキは慎重に両手をロープにつきぐるりと側転した。
『夕食はまだ?』
Y字バランスをしながら。
「まだだ」
『部屋に来てくれるなら作るわよ』
「頼む」
『リクエストはある?おっと、危ない』
「特には……」
『オコノミヤキならすぐ作れるけど。いいかしら』
「あぁ」
セブルスの顔を見たユキは微かにセブルスの口許が綻んだのを見て嬉しくなりながら体の動きをピタリと止める。ロープは微動だにしない。
息を止めたユキはロープを蹴って飛び上がり、宙返り。しかし、
ズルっ
着地でヒールがロープを滑った。
『わあっ』
ユキはべしゃりと地面に落下する。
『痛たた』
「大丈夫か?」
『えぇ。お尻を打っただ……けじゃないみたい』
ユキは顔を歪めて右足首を摩った。
『くじいちゃったって、え、セブ?』
スタスタと自分の元へ歩いてきたセブルスに横抱きにされてユキは目を瞬く。
『悪いわ。足を固定したら自分で歩ける』
「治療は部屋に戻ってからにしろ」
『疲れているのに重いものを運ばせられない』
「君は軽すぎる。もっと食べた方が……ホグワーツが破産するな」
『そんな真顔で言わないでよ』
セブルスの腕に抱かれてユキはコロコロと笑う。
ユキの部屋に着き、ユキは足を治療してから料理に取り掛かった。セブルスはオコノミヤキがお気に入りらしいということが最近分かったため、ユキは材料を切らさないようにしている。ジュージューと良い音で焼かれたオコノミヤキの上には鰹節が踊っている。
『頂きます』
ユキは箸で、セブルスはフォークとナイフで食事を開始する。
『ヴォルデモートは納得した様子だった?』
「そう見えた」
セブルスはヴォルデモートとのやり取りをユキに話して聞かせた。
「君に危険が近づいている」
『危険が近づいているのはあなたよ。3重スパイだもの。更に難しい立場になった。お願いだから気をつけてね。いい?本当に気をつけて』
「分かったから人を箸で指すな」
『ごめん』
ユキは箸を下げてオコノミヤキの欠片を行儀悪くブスリと突き刺した。
『私たちが付き合っているという情報はルシウス先輩からヴォルデモートに伝わったのよね?』
「ルシウス先輩はドラコからの手紙で聞いたそうだ」
『ドラコは指示通りに動いてくれたのね』
ユキはドラコに自分とセブルスが付き合っているとルシウスに伝えるように言っていたのだ。
早い段階でヴォルデモートに知らせることでセブルスの身を守りたかった。交際していることはいずれバレること。隠し通すことは出来ないと2人は判断した。ドラコは何の意図も察せず両親と仲の良いユキが幸せの報告をしただけだと思っただろうが……。
「どの情報を闇陣営側に渡すかはしっかりと吟味しなければならない」
『そうね』
「そういえばルシウス先輩から手紙を預かった」
『ありがとう』
ユキはホッとしたように手紙を受け取って机の上に置いた。
「内容が分かっているようだな」
『えぇ』
「……」
『……』
「危ない橋を渡したのだ。内容を教えてくれても良いと思うがね」
『知らないということも時には身を助けるでしょう?』
セブルスは眉を上げ、息を吐いて諦めを示した。こういう時のユキは口を割らない。
「聞きたいことがある」
代わりにセブルスは別のことを追求することにした。
セブルスがナイフとフォークを置いたのでユキも箸を置く。
「死者を甦せる方法は本当にないのか?」
ユキはくどいと言うように眉を寄せた。
『前にも言ったと思うけど、ないわ』
「本当にか?」
『ないわ。あったら私たち暗部は必要ない』
「君はもう暗部ではない。なかった、だ」
『私たちは必要なかったね』
ユキは指摘された箇所を強調して言い直した。
『細かい人ね』
「君にとっては大事な事だと思うが?」
『ぐっ……そう、ね』
自分よりも自分の大事な部分を理解しているセブルスにユキは目を瞬いた。
『ありがとう、セブ』
「それで」
セブルスはオコノミヤキを切った。
「本当にないのか?」
『細かい人は取り消すわ。でも執拗いは確定よ』
はあ、とユキは溜息をつく。
『話は終わりにして食べましょう』
セブルスは諦めたのかいないのか、大人しく食事の続きを始める。
いくらセブが閉心術に長けているとはいえ、これだけは言うわけにはいかないわ。
ユキは魔法界に来る前、砂隠れの秘術を覚えることが出来た。その術の名は
使えば死んでしまうこの術は練習が出来ない。だが、使えるように呪文だけの練習、印を結ぶ練習はしている。
使う準備も心積りも出来ている。
ユキはいつもより早いペースで食事をする恋人を愛おしそうに見つめたのだった。
***
アンブリッジがダンブルドアに代わりホグワーツの校長に就任するという教育令が出された。
あの日の夜の事はホグワーツ中に詳細に伝わっている。何故ならダンブーの指示によって私が言いふらしていたからだ。
適当な姿の生徒に変化して、ダンブーが闇払いを2人、高等尋問官、魔法大臣を1人でやっつけ、不死鳥と共に華麗に姿を消したと図書館、中庭などで人の耳に噂が入るように噂話をした。
『ふふっ。アンブリッジが校長室に入れなかったのはいい気味だったわ』
大変愉快なことにアンブリッジは校長室にホグワーツ校長と認められなかったらしく、合言葉を言っても校長室を守るガーゴイル像が道を開けなかったのだ。
私はグリモールド・プレイス12番地でシリウスとお茶をしていた。
「悔しがっている姿を見たのか?」
『えぇ。最高に気持ちよかったわ』
「俺も見たかった!」
想像だけでもシリウスは笑っている。その場にいたら、声を掛けてアンブリッジを遊び倒したことだろう。
「実はホグワーツに行こうと思っている」
『ぶふうっ!?ゴフゴフ』
私は紅茶を噴き出した。
「そんなに驚くことか?」
『もしそんなことをしたらあなたを一生馬鹿って呼ぶわ』
「俺は変化の術が出来る。バレやしないさ」
ニヤッと楽しそうにシリウスが口の端を上げる。
『お願いだから来ないで。不死鳥の騎士団の任務で忙しくしているんでしょう?ホグワーツは任せて頂戴』
「授業は任せる。ただ……もうすぐハリーの進路指導があるんだ。悩んだときに相談できる人間が必要だろう?」
私は頭が痛いような気がしてこめかみを揉んだ。
忠告を聞く男じゃないのは分かっている。ハアァ。
『来るなって言っても来るんでしょう?』
「流石は俺を理解している」
何の恐れもなくニッと笑っているシリウスを笑ってしまいながら私は時計を確認した。約束の時間に遅れるといけない。もうここを離れよう。
『一緒に戻る?』
「そのつもりで準備していた」
『ハリーに会ったらすぐ帰ってね』
「あぁ!」
バシンッ
正門からホグワーツの敷地内に入り、芝生を突っ切って校舎へと向かう。遠くに見えるスタジアムでは青いユニフォームを着た選手たちが練習をしていた。
「ハリーも箒に乗りたがっているだろうな」
『そうね』
「俺はここで。ハリーを探しに行く」
『気を付けてね』
シリウスと別れて部屋で仕事を片付けていると扉がノックされる。
やってきたのはドラコだ。
「お呼びでしょうか?」
『そんなに怖がらないで。中へ』
私はいつものようにソファーに座るようドラコに言った。
「また幻術破りですか?」
『自分でも成長を感じているでしょう?』
「それは……はい」
『今日はあなたの成長を再確認したいの。頑張りましょうね』
部屋に入ってきた時はせっかくの休日が潰されて迷惑と言った様子だったが、どんなに嫌がっても逃げられはしない。ドラコは頑張ることに決めたようだ。大きく深呼吸して真っ直ぐな瞳を私に向けた。
『いきます』
ドラコは美しい花畑に来ていた。
水平線が見えそうなくらいだだっ広いそこには誰もいない。
美しい景色の中だが、ドラコの表情は厳しかった。
辺りをぐるりと確認した後は青空の一点を見つめて意識を集中している。
外へ、外へ
意識を外へ
魔力を外へ
ドラコは目を見開いた。
空間が裂け、目の前に真っ黒な瞳で自分を見つめているユキの姿が見えてきたからだ。ドラコは立ち上がり、幻術を振り払う。
『やったわね!』
私は破顔した。
ドラコが幻術を破った!
『よく頑張ったわ!』
嬉しくて誇らしくて、抱き着いてドラコの背中をバンバン叩く。
『こんなに早くに幻術破りが出来るようになるなんて、うちの弟子は天才かしら?』
「師匠ったら褒め過ぎですよ」
体を離すとドラコが顔を真っ赤にして言った。
「でも……」
『どうしたの?』
急に恐る恐るとしたドラコは「幻術破りは役に立つんですか?」と言った。
私はキョトンとして目を瞬く。
『幻術破りは閉心術の役に立つって言っていなかったかしら』
「言っていませんっ」
『ごめん』
うっかりだ。
『幻術破りで力をつけて、最終的に閉心術の訓練をスネイプ教授につけてもらうつもりでいたの。もう頼んでも大丈夫そうね』
「どうして師匠は教えてくれないんですか?」
『閉心術は開心術と密接に関係しているわ。閉心術を破るときにその勢いのまま相手を開心することも出来る。故意でなくともそうなることも多いのよ。だから私は教えられない』
「何故です?」
『私が女だということをお忘れかしら』
「女とは何か」
『今の呟き何??』
「ひっ。師匠の地獄耳」
『悪い口はこれね!』
私は失礼な弟子の口を横にぐにーっと引っ張った。
「すみまふぇんっ」
『明後日の夜7時にスネイプ教授の研究室にいらっしゃい。私も同席します』
むにむにした頬っぺたから手を離した私の耳に聞こえてきたシューーーっという花火のような音。
『何か起こったみたい。部屋から出ましょう』
シリウスの身に何か起こったのではなかろうか。
慌てて部屋の扉を開けると、音は大きくなった。だんだんとこちらへ近づいてきているような気がする。目を瞬く。こちらへ向かってきたのは火花でできたドラゴンだった。火花のドラゴンは私とドラコの間を通過する。
『監督生として仕事をしないとね。混乱の中へ行くでしょう?』
「勿論です。こういうことをやるのはグリフィンドールの馬鹿どもに決まっています。監督生として高等尋問官親衛隊として―――――いえ、なんでもありません」
『公正に仕事するなら何も言わないわ。行きましょう』
ドラコと一緒に駆けていく。
玄関ホールに近づくにつれて火花の数は増えていった。
『凄いことになっているわね!』
思わず声が弾んでしまう。玄関ロビーは楽しいことになっていた。
破裂した伏魔殿状態。誰かが巨大な仕掛け花火のようなものを爆発させたらしい。
「っこら。お前たち!」
ドラコが教科書で花火を羽根突きしているスリザリン生を注意しに行った。
全身が緑色と金色の火花でできたドラゴンが何匹も階段を行ったり来たりしながら、火の粉をまき散らし、バンバン大きな音を立てている。直径1・5メートルもあるショッキングピンクのねずみ花火が暴れまわっていた。
他にもある。色々と趣向の凝らされた花火が飛び回る様は面白い。
『こんな大規模な悪戯、私も悪戯仕掛も仕掛けたことがない!』
「「お気に召しましたか?師匠!」」
目の前に見知らぬグリフィンドール生2人が現れた。
『フレッドとジョージね』
私はホグワーツ史上最大であろう悪戯を仕掛けた2人の顔を見る。
『花火で学校は大混乱。ここだけでなく、学校中に花火は飛んで行っている。グリフィンドール、それぞれ25点ずつ減点』
「「酷いよ師匠!」」
『でも』
私はニッコリした。
『変化の術で他人以外、自分で考えだした人物に変身できたとしてそれぞれに50点ずつあげます』
「「そうでなくっちゃ!」」
ウィーズリーの双子は元気よくハイタッチした。
『悪戯は最後まで気を抜いちゃ駄目よ』
「心得ているよ、師匠」
「花火を楽しんで!」
フレッドとジョージは見物客の様子を楽しもうと人ごみの中に消えていった。
「ユキ」
ミネルバが消失呪文を花火にかけると花火が10倍に膨れ上がった。
「大変だわ」
あまり大変といった様子ではない。
ミネルバは笑みを押さえ切れないといった様子。
「これは何の騒ぎか知っている?」
『いいえ。でも、ウィーズリーの双子が上手に変化の術をしていたので2人合わせて100点あげました。その前にちょっとしたトラブルを起こしたので50点ほど引きましたけど』
「宜しい」
ミネルバが杖を振った先では花火が10倍に膨れ上がった。
「アンブリッジ校長先生はこの騒ぎに気付いていらして?」
『ええと、今到着されたようです』
2人で手摺から身を乗り出して見物を始めた。
フィルチさんを従えてやってきたアンブリッジはあんぐりと口を開けて火花で満たされている玄関ロビーを見上げている。アンブリッジがかけた消失呪文で花火は10倍に膨れ上がり、アンブリッジは悲鳴をあげた。
フィルチさんは近くの倉庫に飛び込み、箒を引っ張り出し、空中の花火を叩き始めたが箒が燃えてしまって大慌て。
「アンブリッジ校長先生の初仕事ですね。ご手腕を拝見致しましょう」
『はい、ミネルバ』
私たちはクスクス笑い、飛び回る花火に消失呪文をかけまくった。
5階の階段の手摺に座ってこの騒ぎを高みの見物していると、同じような考えを持った人たちが階段を上がってきた。ハリーと私だ。
「邪魔するぞ」
『いらっしゃい。特等席よ』
私はニッとした。
『ハリー、十分に話は出来た?』
「はい、おじさんに色々話を聞いてもらいました」
『良かったわね』
「この花火最高だな」
バーンと丸い花火が弾け、その中心には“アンブリッジ女史 祝!校長就任”と書かれていた。
3人で笑い声を上げていたのだが、私の瞳は階段を上ってくる黒い人の姿を捉えた。
『シリウス、逃げるのよ』
「なんで俺がスニベニーちゃんから逃げないといけないんだよ」
『本来あなたはここにいてはいけないのよ』
「スネイプがアンブリッジに告げ口するかも。逃げて下さい、おじさん」
『ハリー。スネイプにどうこうされる俺だと思うか?』
不機嫌そうに鼻を鳴らすシリウスはパッと人の悪い笑みを浮かべた。私の顔でそんな表情作らないで頂戴!そして嫌な予感だ。
「ユキ」
『何を企んでいるの?』
「邪魔するなよ」
セブが階段を上り切って私たちの前に来た。その目は剣呑に輝いている。
「どちらがブラックだ」
『「こっちよ」』
私とシリウスが声を揃えて指を指し合った。
「ユキ、こちらへ来い」
まさかのまさか。シリウスがセブの横にピタリとついた。私よりも早く。ハリーがポカンとする目の先ではシリウスが私の顔で困った顔を作っている。
「お願い、セブ。シリウスを見逃してあげて。今回だけでいいから」
『それは私じゃないわ。あなたの傍にいるのはパッドフットよっ』
ハリーがパッと振り返って私の腕を掴んだ。
え?何この顔。
「おじさん、もう行きましょう。これ以上ここにいたら危険です」
ハリーーーー!?!?
「シリウス、お願いだからもう帰って。混乱している今がチャンスよ」
セブが杖を出した。杖先は私だ。
「ホグワーツから出て行け、野良犬」
杖を突きつけられた私は追い払われてハリーと共に階段を下りていく。
『ここで解散よ、ハリー』
「面白い展開を期待しています」
『恨むからね』
楽しそうに笑いながらハリーは階段を駆け下りていき、私は階段途中のタペストリーの裏にある扉を開いてそこに隠れた。
バンバンと爆竹が鳴るのを聞きながら耳を澄ませているとセブとシリウスが下りてくる。
「シリウスを見逃してくれてありがとう」
「……」
「怒っている、わよね?」
「怒ってなどない」
「はあ。怒っているでしょ?機嫌を直して。何でもするから、ね?」
「何でもか?」
「うん」
「いいだろう。ついて来い」
私はタペストリーから出て尾行を開始した。
どこへ向かっているのだろう?
セブとシリウスは喧騒の玄関ロビーを抜けて東棟の方へと歩き始めた。行く先は私の部屋だろう。
考えられる結果は2つ。
一、
私をシリウスだと見破っていて私の部屋で大喧嘩
二、
私だとセブが見破れなくてシリウスが房中術をセブに仕掛け、揶揄い、姿を現し大喧嘩
どっちも結果大喧嘩じゃないのよ!
私の部屋が無事で済まないと思いながら走り出したのだがアンブリッジに捕まった。
「雪野教授。命令です。この騒ぎを収めなさい」
『申し訳ないですが、今忙しくて』
「校長命令が聞けませんか!?」
『でも、どうして私が……』
あぁ、早くいかないと部屋の中が粉々にっ。
「あなたが一番の若手だからですよ!」
理不尽!
『わ、分かりました。どうにか致します』
私は出来る限りの影分身を出現させて事態の収拾にあたらせる。
本体の私は大急ぎで私の部屋へ。
『頼むからまだ始めないでよ~』
全速力で吹きさらしの廊下を走り、自室前の階段を一歩で上り、扉を開けた私は声にならない悲鳴を上げた。
「ボンバーダ!」
「ノラードイグリタス」
部屋の中は既にぐちゃぐちゃだった。
防音の為に扉を閉めた私は部屋の中でへたり込む。テーブルの上には発酵させている途中のパン生地が5つ並んでいたはずなのに。
焼いて食べるの、楽しみにしていたのに……
「今日こそ決着つけてや『ペトリフィカス・トタルス』
シリウスが私の石化呪文でカチンと固まった。
『笑っている場合じゃないわよ、セブ』
セブはニヤリとして呪文を打とうとする構えのまま動きを止めた。
『パンの恨み、果たすべし。あとで覚えておいてね、セブ。シリウスは外に出なさい。禁じられた森でぶん投げてやるわ!!』
私は固まった私の姿をしたシリウスを背負って
『セブは私が帰ってくるまでに部屋を片付けておくように!』
部屋から出て行ったのだった。
***
今夜はセブにドラコが閉心術を教えてもらう日だ。私も同席させてもらうことになっている。
6:45
地下牢教室へと続く階段を下りていると何故かセブの足音が後ろから近付いてきた。
振り返ると黒いマントを
「時間か?」
『約束の15分前よ。どうしてここに?前にハリーのレッスンが入っているでしょう?』
「モンタギューが5階のトイレに詰まっていると連絡があったのだ」
『はあ?』
我らスリザリンのクディッチチームキャプテンになにがあったというのか。
『出してあげられた?』
「医務室にいる」
どうしてこうなったかは分からないが、兎に角見つかって良かった。
『ハリーは帰したのね』
「そうだ。ドラコはどうだ?ポッターよりマシであろうということだけは分かるが」
『幻術破りは出来るようになった。閉心術も出来ると期待しているわ』
「幻術というのは……あれか……我輩にもかけたことがあるだろう。真っ暗な闇を見せる……」
『そうよ。なかなかに精神的打撃を与えることが出来るでしょう?』
「そうだな」
『その顔は効いているって顔ね』
「後ほど幻術破りについて詳しく聞きたい」
『喜んで』
話しているうちにセブの研究室についた。
扉を開けたセブは足を速めた。慌てた様子に何だろうと部屋の奥を見れば憂いの篩の中に頭を突っ込んでいるハリーの姿が映る。
何てことを
私は反射的に手を口に持っていった。
セブは二の腕を掴んでハリーを引っ張り上げた。
私は部屋を出た。
急いでスリザリン寮の入り口に到着すると、ちょうど扉が開いて自信満々といった様子のドラコが出てきた。
「あれ?お迎えに来てくれたんですか?」
『ドラコ、残念だけどスネイプ教授のご都合が悪くなったの』
「え~。どうしてですか?」
『モンタギューが5階のトイレに詰まった関係よ』
「はあ?」
ドラコは私と同じ反応をした。
「いったい誰がそんなことを?モンタギューは無事ですか?」
『医務室で治療を受けているわ。次の日時はまた決め直しましょう。おやすみなさい』
「おやすみなさい、師匠」
残念そうにするドラコが寮へと入ったのと同時にハリーが研究室から飛び出してきた。怪我をしたのか腕を押さえているが深い傷ではないだろう。
私は半開きになっている扉から中を覗くことはせずにそっと扉を閉めた。独りになりたいはずだ。
何の記憶を見られたのだかは知れないが、見られたくないから憂いの篩に入れているのだ。セブが相当な衝撃を受けたことは想像出来る。
セブの嫌な記憶……喧嘩の絶えなかった両親、O.W.L.最終日にリリーに絶交を言い渡されたこと、ヴォルデモートにリリーが殺されたと知った時……他にも色々あるだろう……。
前にダンブーの記憶を憂いの篩をしまい忘れた方が悪いと私が先導しハリー、シリウスで覗いた時があった。そのこともあり、ハリーの中で人の記憶を覗くハードルも下がっていたのだと思う。
『はあ』
もし嫌な記憶を人に伝えるとしても、記憶を言葉にしても、記憶を見られることはしたくない。
もし私が記憶を見られたら?しかも最悪と思う記憶を。
私は頭を振って思考を払った。
『寝よう……』
シャワーを浴びて歯を磨き、早めにベッドに入ろうとしていると足音が聞こえてきた。
私がベッドルームからリビングへと続く扉を開けたのと、セブが玄関の扉を開けたのは同時だった。
セブは何も言わず、私に視線もくれずにリビングを横切ってくる。道を開けるように体をどけるとセブは私の前を通過してベッドルームへ入っていった。
セブは部屋に置いてある自分のパジャマに着替えて一言も発せずベッドに入った。
どうすればいいんだろう?
下手な言葉をかけて余計に辛い思いをさせたくない。
だが、仰向けになり、右手の甲を目に置いて唇を一文字にしているセブの様子はどうみても辛そうだ。
どうして私はリリーやリーマスのような気づかいを持ち合わせていないのだろう?
私はセブの手首を掴んで顔の上からどかせ、顔を覗き込んだ。苦しみと悲しみで染まっていた瞳が私を捉えて戸惑いに揺れている。
どうかこの行動が間違っていませんように。
自分の慰め方が彼の為になることを祈りながら口を開く。
『幻術を見せるわ。良い幻を見て、そのまま眠りにつくといい。目が覚めて朝の光を浴びたら気分が軽くなっているかも』
私はヒュッと息を飲んだ。
セブは私を押し倒し、光のない瞳で見下ろしている。
理性を必死に押さえている様子のセブは眉間に皺を刻み、やってはいけないというように首を振って私から離れようとする。私は手を伸ばし、セブの頬に手を当てて彼の動きを止めさせた。
戸惑う顔、揺れる瞳。
私はセブの腰に右脚を回し、自分の方に引き寄せた。
『来て』
私の強い瞳に引き込まれるようにセブが覆いかぶさる。
負の感情をぶつけてくるセブに、私は応えた。
「無理をさせてすまない」
『いいの。むしろ……言葉ではなくこんな形でしか想いやれないのが申し訳ないわ』
セブは小さく首を振りながら私の頬に手を伸ばした。
「ユキ……すまない……感情のままに……」
『そんな顔しないで。私から“来て”って言ったのよ。それにとても良かったわ』
ニヤッとして言うと少しだけセブの罪悪感は薄れたようだった。
『でも、ハリーの閉心術は続けなければいけない』
「そうだな……会ったら我輩の元へ来いと言っておいてくれ」
セブは感情を置いて、どうにか理性的に物事を考えて言った。
『分かったわ』
セブルスはO.W.L試験直後の最悪の記憶から進み、三大魔法学校対抗試合の数日後を思い出していた。
その日、ユキはセブルスを散歩に誘っていた。
ゆっくりと湖畔を歩き、適当な距離を歩いていったところで止まった。ユキはセブルスを見た。
『リリーに会ったよ』
「リリーに?」
死んだはずのリリーに会ったと突然言われ、セブルスは僅かに眉を寄せる。
『こういうことがあったの』
ユキはヴォルデモートとハリー、それぞれが放った死の呪文がぶつかり合った瞬間、杖同士が金色の糸で繋がれ、ヴォルデモートの杖から現れた金色の珠からはヴォルデモートによって殺された人達が現れたと話す。その後、交戦の末、ユキの前から姿くらましをしたヴォルデモート。
ユキはリリー、ジェームズと話す時間が持てた。ジェームズとリリー、それぞれと仲直りしたユキ。
景色と同化しかけるリリーは最後にユキに伝言を頼んだ。
「セブに伝えて。私たちはあなたを恨んでいないって。私たちの息子を命をかけて守ってくれていること、感謝しているって」
ユキはリリーがそう思ってくれていたことがとても嬉しかった。大事な親友を間接的にでも殺してしまったことは想像するだけでも耐え難いものだ。取り返しのつかないことでも、セブルスの苦しみが少しでも和らぐことが出来るだろう。
『ジェームズからの伝言は』
「言わなくていい」
拒絶するセブルスにユキは苦笑しながらジェームズの伝言を無理矢理にセブルスの耳に入れた。
『伝えたい気持ちは生きているうちに伝えるようにしたいわ。死んでからだなんて悲しいもの』
「そうだな」
『誰かに伝えたいなってこと、今はある?』
「いや。全て伝えてある」
何気なく聞いたユキは熱い眼差しが向けられたことに心臓を跳ねさせ、顔を赤らめた。動揺して瞳を揺らすユキを楽しそうに見て、セブルスは視線を湖に移す。
セブルスは回想から戻り、隣でウトウトし始めているユキを見た。
「ユキ、君は……誰かに何か、伝えたいと思っていることはあるか?」
ユキは寝ぼけた目を開けた。
セブルスの思考回路はユキと繋がっているわけではない。ユキは唐突な質問に眠たい目を瞬かせた。
『そうね……』
ユキは目の前の大好きな人を見てふにゃりと笑う。
『愛しているっていうのはいつ何時でも伝えたいわ』
優しく触れるキスがセブルスに落とされる。
『もう寝るわ。おやすみなさい』
「良い夢を」
セブルスはユキの顔を見ながら穏やかな気持ちで眠りへと入って行った。
┈┈┈┈┈後書き┈┈┈┈┈┈┈
直前呪文でリリー、ジェームズと再会する話→22.直前呪文