第6章 探す碧燕
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22.ザ・クィブラー
昼食時、人の波は大広間へと移動している。
セブルスは目の前を歩く後頭部を知らずのうちに呪い殺しそうな目で見つめていた。目の前の2人は昨年度行われた三大魔法学校対抗試合の話をしている。ハリーと栞だ。
「ドラゴンと戦うハリー見たかったなぁ。凄い箒捌きだったって聞いてる」
「正直、かなりギリギリなプレイだったけどね。皆の声援が聞こえて、やらなきゃって思ったんだ」
「ハリーは本当に勇敢だわ」
無邪気な栞と得意そうなハリーの姿にセブルスはまたまた知らずのうちに眉間に皺を刻む。
「栞がもっと早く転校してきていたら君をダンスパーティーのパートナーに誘ったのに」
「ダンスかぁ。足を踏んずけちゃってたと思うよ」
様子を伺うようなハリーに栞はまだ無邪気な笑みを向けている。
「あ、あのさ。ダンスパートナーには誘えないけど、良かったら次のホグズミード「ポッター」
ハリーが振り向くと凶悪な顔のセブルスがいた。顔を引き攣らせるハリーにセブルスは凶悪な顔をしたまま意地悪く口の端をあげる。
「散々で1つも進歩しない個人授業を思って少しは落ち込んでいると思いきや、君は――――
セブルスは栞を見てから、ハリーに視線を戻した。
「こんなことをしているご身分なのですかな?」
ハリーは栞の前で閉心術の不出来を嘲笑され顔を赤くさせた。
たっぷりとその様子を楽しんでからセブルスは2人を追い抜かして歩いていく。
玄関ロビーに入ったセブルスはハッフルパフの1団に気がついた。7年生の女子生徒に壁際に追い詰められていたのは忍術学教師のユキ。体の前で両手をあげるユキは女子生徒たちの勢いに押されていた。
「スネイプ教授とお付き合いされているんですか?」
「いつからなんですか?」
「告白はどちらから?」
「2人きりの時はどんな感じなんですか?」
『忍は個人情報を話したりしませんっ』
好奇心旺盛な瞳に詰め寄られてあわあわとしているユキを内心楽しそうに見て通り過ぎようとしたセブルスの姿を、その女子生徒の1団の1人が捉えた。
ホグワーツの全生徒といっていいほどの生徒に恐れられているセブルス・スネイプ。そんな彼に矛先は向かないであろうし、本人もそう思っていたのだが、勇敢な生徒が大広間へと行こうとするセブルスの方へと進み出た。
「スネイプ教授!」
O.W.L.試験で魔法薬学を落第した彼女は卒業するまで授業でセブルスと関わることはない。寮もスリザリンではない。怖いものは無いと口を開く。
「ユキ先生とお付き合いしているって本当ですか?」
ハッフルパフの1団は息を飲み、周りの生徒も足を止めた。
一方のセブルスの方はというと、不機嫌そうな顔で勇敢な少女を上から下まで見た。
「何か言ったか?」
唸るような声。
「スネイプ教授はユキ先生とお付き合いされているのかとお聞きしましたっ!」
強い。
玄関ロビーの生徒たちは勇敢な少女に心の中で拍手を送った。
よくもまあ大それたとをと言うようにスネイプは目を細めながら口を開く。
「教師の私情に首を突っ込んでくるな」
忍術学教師のように慌てふためくことは無い。そうさらりと言ってマントを翻して大広間へと入っていく。
張り詰めていた空気が元に戻る。
ハッフルパフの少女達は再びユキへの尋問を始めようとしたのだが、
「あれ?ユキ先生は?」
隙をついたユキは少女たちの手から逃れて大広間へと逃げ込んでいたのであった。
追求の手から逃れたユキは雛壇の職員テーブルへ。
「よお、お疲れ様って、あ!」
シリウスが声を上げる。
喉の乾いたユキが席にもつかずピッチャーごとジュースをがぶ飲みしている。あっという間にピッチャーの中身はからっぽ。ユキのお行儀の悪さはホグワーツで1番だ。
「そのブルーベリージュース、俺も飲もうと思っていたんだぞっ」
『あなたは弱肉強食の戦いに負けたのよ』
手の甲で口元を拭いながらユキ。
シリウスはそんなユキを恨めしそうに睨んでからパッとクロックマダムののった皿を自分の前に移動させた。
『あ!私のクロックマダムっ』
「お前は弱肉強食の戦いに負けたんだ」
ニヤリとシリウス。
『3つもあなたのお腹に入らないでしょう?1つ寄越しなさいよ』
「食べきれなかった分は腹が減った時に食べる持ち帰り用だ。諦めるんだな」
『私がクロックマダム好きなの知っているでしょう?』
ホグワーツのクロックマダムはボリュームがある。トーストのあいだに鳥の1枚肉ととろけたチーズ、上には半熟の目玉焼き。
『私の好物っ……』
「俺の好物でもある」
シリウスはユキに見せつけるようにクロックマダムに1口齧り付いた。
『酷いっ』
「馬鹿をやっていないでさっさと座れ」
仲の良さそうに茶番を繰り広げているユキとシリウスに苛立ちながら、セブルスはユキの手首を引っ張って椅子に座らせた。
『あぁ、私のクロックマダム……』
まだじとっとした目を向けるユキにシリウスが溜息を1つ吐く。
「仕方ないな」
ユキの皿にシリウスが1つクロックマダムをのせた。
『全身全霊で感謝するわ』
「ハハ。大袈裟だな。だが、全身全霊で感謝してくれるならお願いを聞いてくれ」
『何かしら?』
「ユキのライスボールが食べたい」
『簡単なお願いね。材料も部屋にある』
「じゃあ、今夜作ってくれるか?」
『えぇ。いい「今夜は閉心術の練習をする約束だっただろう」
『約束は別の……いえ、今夜だったわね』
珍しく空気を読んだユキは段々と声を小さくしながら言う。面白くないのはシリウスだ。前に身を乗り出してユキ越しのセブルスを睨む。
「泣き虫ちゃんな上に嫉妬深いなんてカッコ悪いぞ」
しかし、セブルスは余裕の顔でゴブレットに口をつけ、シリウスの苛立ちを煽る。
「ユキは直ぐに自分の間違いに気づく。お前と付き合ったのは間違いだったとな」
「負け犬は良く吠える」
「陰険根暗と話していて楽しい女がいると思うか?」
「獣とは意思疎通も出来ない」
「いい度胸じゃねぇかっておおおいユキ!!」
ユキは見つかったという顔をしていたが、既に犯行を終えた後だった。
「俺のクロックマダムがッ。しかも俺の食べかけまで食ったのか!?」
お前に親切心を出した俺が馬鹿だった!とシリウスは叫んだ。
『お腹いっぱいになったわ』
「だろうな!!はあぁぁ」
シリウスはガクリと項垂れた。
『そういえば』
ナフキンで口を拭きながら『ハリーの閉心術はどんな具合なの?』とユキは自分の悪行をまるで無かったかのようにシリウスに聞いた。
呆れ顔だったシリウスだったがこの質問に顔を明るくさせる。
「ハリーは優秀だ」
『上手くいっているのね』
「あぁ。ハリーはこの前、俺の開心術を跳ね返したんだ。個人的には子供の頃の嫌な記憶を覗かれてしまって気分が悪かったが、それよりも教師としての喜びが大きい」
『成長しているようで良かったわ。ね、セブ……はそう思っていないようね』
「ポッターは開心術を跳ね返すどころか閉心すら出来ない」
『どちらがどうという訳ではなく、教師によってこうも差が出るのね』
ユキが食後の紅茶を楽しんでいた時だった。大広間の外がざわめいているのに気がついた。
『何かしら?』
見れば騒ぎに気がついたのであろう生徒たちが大広間から玄関ロビーへと出ていく。
立ち上がった私達も玄関ロビーに出た。
そこには前にも見た光景。人の輪の中にトレローニー教授とアンブリッジがいて向かい合っていた。
トレローニー教授は荒れていた。左手にシェリー酒の瓶を持って、眼鏡は斜めにかけられている。
「よくも、よくも、これ以上の辱めをッ」
半狂乱で叫ぶトレローニー教授を前にアンブリッジは楽しそうだ。
「さあ、恥晒しになりますから早く出ていってくださいな」
しかし、今回もダンブーが止めに入ってくれた。ダンブーだけではない。多くの教師がだ。
「前にも言ったがトレローニー教授にはホグワーツにいてもらう」
「停職ではなく解雇ですのよ?ホグワーツに残る意味がありまして?」
「トレローニー教授には儂から新たな職について頂くようにお願いする」
「んなっ。勝手な真似を!」
「誰を雇うか決めるのは校長の権限じゃ」
ミネルバとスプラウト教授がトレローニー教授を両脇から支え、フリットウィック教授がトランクをふわふわと運んで行った。
『いつまでアンブリッジの好き勝手に耐えなければいけないのっ……』
私は悔しさで唇を噛んだ。
ハグリッドも停職にされ、教育令は増え続ける。
ハリーはクィディッチを永久禁止にされた。
トレローニー教授の代わりにフィレンツェが占い学の教師となった。
「私の言葉はつまり、魔法大臣の言葉です」
アンブリッジの横暴はとどまることを知らない……
自室。
セブの隣ですやすやと寝ていた私は夜中過ぎに目を開けた。コツコツと小さな音が聞こえる。急いでリビングに入ってカフェカーテンを開ければフクロウがいた。
窓を開けて招き入れ、ランプに灯りを灯し、手紙を受け取る。
『いい子ね。ありがとう』
フクロウフーズを食べさせてフクロウを送り出し、手紙を開く。羊皮紙にはビッシリと文字が書いてあった。
――――――――――
アズカバンから特別監視下の10人が集団脱獄。脱獄囚はアントニン・ドロホフ、ベラトリックス・レストレンジ、オーガスタス・ルックウッド――――
ファッジ大臣はシリウス・ブラックが脱獄の手引きをしたと考えています。
――――――――――
急いで書かれて乱れた文字はそこで終わっていた。
私はランタンを灯して持ち、ベッドルームに戻り、セブの肩をトントンと叩いて起こす。
ゆっくりと目が開いた。
『睡眠を妨げてごめんなさい。これを読んでくれる?』
寝ぼけた頭を起こして眉間に皺を寄せながらごそごそ起き上がったセブは私の渡した羊皮紙を読む。
「確かなのか?」
『アズカバンでお世話になっていた看守さんからの情報よ。あなたも呼び出しがあるかもしれない』
セブは左手前腕にチラと視線を向けた。
『シリウスのところに行ってこの手紙を渡してくる』
「夜中に男の部屋へ行くつもりかね?」
『緊急事態よ』
「我輩が行く」
『喧嘩になるでしょう?直ぐに戻ってくるから』
何か言いそうになるのをキスで塞いでしまう。
『呼び出しがあっても私が帰ってくるまで行かないでよ?』
駆け足で部屋から出て10メートル先にあるシリウスの部屋へ。吹きさらしの階段を上がってドンドンと強く扉を叩く。気づくだろうか?
ひたすらドンドンと扉を叩き続けているとガチャリと音がして、睡眠を邪魔されて不機嫌だと言ったシリウスが顔を出した。
「ユキか。何事だ?」
『アズカバンから届いた手紙よ』
シリウスに手紙を渡し、狐火を出して手紙が読める明るさを作る。シリウスの顔が段々と険しくなっていく。
「最悪だな。凶悪犯が10人もか。アズカバンは何をやっているだ!」
『あなたが脱獄の手引きをしたとファッジが思っているのは危ないわ。騎士団本部に身を隠しては?』
「俺は何もしていないんだ。堂々としている」
『シリウス……魔法省は今まともじゃない』
「真実は必ず明らかになるものだ」
『はぁ。分かった。私に出来ることがあるなら言って』
「心配させて悪いな」
『私はこれをダンブルドアに見せに行くわ。夜分にごめんね。おやすみ』
扉が閉まる音を背で聞きながら自分の部屋へと向かっていると服を着替えたセブが階段を降りてきた。
「呼び出しがあった。校長のところへ行ってから闇の帝王のもとへ行く。その手紙、我輩の手から渡そう」
『お願いするわ』
ヴォルデモートは計画が成功して機嫌が良いだろう。だから身の危険はないと思うのだが、それでも不安になる。今後もセブが呼び出される度に胃を痛め、胸を潰されそうになるということか。
自分の身に危険が迫るよりもセブの身に危険が迫る方が辛いと思っていると大きな腕に抱き寄せられ、大丈夫だと言うように背中が撫でられた。
「行ってくる」
『気をつけて』
セブの体が離れ、私は黒い背中が見えなくなるまで見送る。小さく溜息を吐いて、私は部屋へと戻った。
セブは明け方近くに戻ってきて私の部屋に寄ってくれた。ヴォルデモートは忠実な部下たちが戻ってきたことを大層喜んでいたそうだ。
早く今日の日刊予言者新聞が欲しいと思いながら玄関ロビーを突っ切っていると青白いハリーが私の元へ駆けてきた。
「ユキ先生、シリウスおじさん見ませんでしたか?」
『起きているでしょうからもうすぐ来るわ。それより顔が青いけどどうしたの?』
「実は……昨夜ヴォルデモートの狂った笑いが口から出て……」
『閉心術はまだまだのようね』
ぐっと黙るハリーの二の腕を撫でる。
『理由は今日の日刊予言者新聞を見れば分かるわ』
「何か知っているんですか?」
目を丸くするハリーに頷く。
『アズカバンでヴォルデモートの部下たちが集団脱獄よ』
「何ですって!?」
『ファッジ大臣はシリウスが脱獄を手引きしたかもと思っているそうよ。シリウスにとっては良くない状況よね』
「でも、おじさんはそんなことしていない!魔法省はどうにも出来ないはずだ!」
『シリウスは無実の罪でアズカバンに何年も入れられたのよ。なんだって起きる……そんな顔しないで。不安にさせてごめんなさい。いざとなったらシリウスは上手く逃げるわよ』
私はハリーを促して大広間へと向かった。
大広間の隅で昨夜ヴォルデモートの心を感じた様子をハリーから聞いているとフクロウ便の時間がやってきた。一斉に郵便物を落としていくフクロウたち。私の元へも新聞が配達された。
『シリウスには私から伝えておくわ』
「お願いします」
ハリーと別れ、職員テーブルに座りながら1面に目を通す。
――――――――
アズカバンから集団脱獄 魔法省の危惧――――かつての死喰い人、ブラックを旗頭に結集か?
―――――――――
予想通り、シリウスにはまずい展開だ。
ふと顔を上げる。大広間の様子はいつもと変わりない。みんな楽しそうにお喋りしながら朝食を取っている。しかし、職員テーブルは様子が違っている。ダンブーとミネルバは深刻そうな表情で話し込んでおり、スプラウト先生は半熟卵をスプーンに乗せたまま手を止め、食い入るように日刊予言者新聞を読んでいた。
アンブリッジを見る。表情に見えるのは焦りと混乱。一心不乱にオートミールを口に掻きこんでいた。
両隣が空席のまま日刊予言者新聞を読み、フレンチトーストをモグモグしていると、シリウスがやってきた。新聞を取っている生徒は少ない。特に騒いでいる生徒はいない。
『読んだ?』
「読んだ」
シリウスが短く答えた。ガタリと椅子に座ったシリウスが「明け方ダンブルドアに呼び出された」と言った。
アンブリッジを見ると席を立ってコツコツヒールを鳴らして去っていくところ。
『どうしろと?』
これで心配するべき人物はいないが、周りに警戒して声を潜めて聞く。
「万が一の時は逃げる」
シリウスは苦渋の顔で言った。
「不本意だ」
『でも、捕まって投獄され、その間に不死鳥の騎士団の任務が出来なくなっても嫌でしょう?』
「そうだが……」
『あなたの周りにいる人は、みんなあなたの事を分かっている』
シリウスは息を吐き、眉間に皺を作りながらも頷いた。
『ハリーが昨夜のこと、寝ている時に感じたそうよ。ヴォルデモートの喜びを感じたみたい』
「寝ている時に心を閉ざすのは難しい」
『だけど、急がなくちゃね。あいつはハリーとの繋がりに気づき始めている。いずれ利用するわ』
「そうだな。それを含めて言っておこう」
2、3日もするとホグワーツ中に集団脱獄のニュースが知れ渡った。シリウスはすっかり恐れられて生徒から距離を取られたり、ビクつかれたり、ヒソヒソされたりしているが、本人は気にしていないようだった。
問題はドラコの方だ。私はここ数日ニヤニヤ笑いのドラコを廊下の隅で捕まえた。
『分かっているの?』
これから始まる説教に顔を固くしているドラコを半眼で見つめる。
『いよいよあなたも両陣営の戦いの中へと巻き込まれていくのよ。あなたはルシウス先輩の息子。はっきり脅させて貰います。高みの見物は出来ない。当事者なの!』
私の強い語気にドラコは肩を跳ねさせた。
『毎日新聞をよく読んで、お父様の話を聞くこと。何か困ったら私に相談すること。夜中でも何時でも部屋を訪ねてくれて構わないから』
「はい……」
『周りをよく見て、慎み深く。1番は存在を消すこと。いいわね?』
「はい……」
『今日はホグズミードの日ね。楽しんでいらっしゃい。私は見回りです。馬鹿をしたら耳を引っ張って連れて帰りますからね』
「はい……気をつけます」
『行ってよし』
ペコリと頭を下げたドラコが怒られて肩を落としながら去っていく。
はあぁぁ心配だ。
どうしてあの子は浮かれたり、
玄関の外で許可証を確認して生徒たちを送り出していく。全員送り出し、私もホグズミードへ。見回りついでに買い物だ。
生徒に混じってハニーデュークスでお菓子を買ったり、悪戯専門店ゾンコで新作の悪戯グッズを品定めしたりした。
検知不可能拡大呪文のかかった巾着に荷物をしまって道を歩いていると黒い人が道の角で立ち止まっているのが見えた。
何だろう?
見ればセブが見ていたのはマダム・パディフットの喫茶店だった。
ピンク色とハートとフリルだらけの店内にセブの気を引くものがあるとは思えないと思いながらそーっとセブの後ろまで近づく。
目線を追う。
手を握ったり、キスをしていたりするカップルが目立つ店内に私はセブの目線の先であろうカップルを見つけた。セブが見ているのはハリーと栞ちゃんだろう。
『ハリーの一挙一動が気に食わないわけ?』
「っ!?」
セブが驚いて肩を跳ねさせて凶悪な顔でこちらを振り返った。
「近づく時は気配を消すなと言ってあるはずだが?」
『だって何を見ているか気になったのだもの』
「何でもない。ただ足が止まっただけだ」
『そう?』
納得できないが深く追求するのはセブの機嫌が悪くなるのでよしておこう。
『これからどこかへ行くところ?』
「いや、城へ戻るところだ」
『暇なら見回りに付き合ってくれない?』
「いいだろう」
私たちは楽しくおしゃべりしながら(とは言っても喋っているのは9割私でセブは相槌程度だが)ホグズミードを歩いていく。叫びの屋敷の方まで行って、戻ってくる。いつものように平和な休日だ。
ポツリ
頬に雨粒が当たった。
『一気に来そうね』
ポタポタと冷たい大粒の雨が降ってくる。
『三本の箒で休憩しましょう』
私たちは三本の箒に入った。
混みいったパブを見渡す私の目に久しぶりの人物の姿が映った。リータ・スキーターだ。同じテーブルにはハーマイオニー、ルーナ・ラブグッドの姿もあった。
ちょうど彼らの席の後ろ、壁がせり出していてハーマイオニー達の席から死角になっており、しかも鉢植えの大きな木がハーマイオニーたちの直ぐ後ろの席にある席が空いている。
『喋らず着いてきてね』
小声で言うとセブは不審な顔をしたが、私の後ろを黙って着いてきてくれた。
ハーマイオニーたちの後ろの席に彼女たちに気付かれずに座ることが出来た。セブは奥の壁際。彼からハーマイオニーたちのテーブルは見えない。私の位置からは体を下げれば鉢植えの木の葉の間からハーマイオニーたちのテーブルを覗くことが出来る。
私はポンと伸び耳を鉢植えの中に放り投げた。
『何を頼む?』
「お前は何をしようとしているんだ?」
『見てわかるでしょう。盗み聞きよ』
セブは非常識だという顔をした。
「小娘たちが重大な闇取引をしているとでも?」
『ハーマイオニーはリータ・スキーターを呼び出して何をするつもりかしら?』
彼女たちのピリピリしたやり取りを聞いているうちに注文していた料理が運ばれてくる。セブは珍しくコーヒー、私はクリームティーとゾンビポテトだ。
モグモグとゾンビポテトを食べていると鉢植えの木の葉の間からハリーと栞ちゃんがやってくるのが見えた。
『ハリーと栞ちゃんも合流』
状況を伝えると、セブが眉間に皺を刻んだ。
「あら、可愛いお嬢様さんじゃないの、ハリー。その子は新しいガールフレンド?」
「そ、それは」
「これ以上ハリーのプライバシーに触れたら、取引はなしよ。そうしますからね」
ピシャリとハーマイオニーが言った。
「さっそくだけど、こちらの要求を言うわ」
凛とした声のハーマイオニー。
「私たちはハリーが見た真実を書くことを要求します」
「真実ですって?まさか名前を呼んではいけないあの人が復活し、ダンブルドアが皆に触れ回っている戯言が真実とでも書けと?」
「えぇ、そうなの」
ハーマイオニーが言った。
「今からハリーがそのことについて話します。ハリーが真実を語る機会を作ってあげたいのよ」
「だけど、預言者新聞はファッジの圧力でそんな記事載せないざんす」
「でも、ザ・クィブラーなら載せる。でしょ、ルーナ」
「ウン」
嘘八百を載せているザ・クィブラーの雑誌なんかに記事を載せて誰が信じるものかと初めは噴き出してゲラゲラ笑ったリータだったが、彼女は未登録の動物もどきということを脅されてこの要求を飲んだ。
ハリー達が去り、私は伸び耳を引っ張りあげる。
『面白い話が聞けたわね』
「ユキ、君は普段からこのようなことをしているのかね?」
呆れた声。
『いつもはもっと上手よ。もっと近づいて自分の耳で聞くことの方が多い。でも、これも便利ね。積極的に使うとするわ』
私は冷えたクリームティーを一口飲んだ。
『吉と出るか凶と出るか』
「誰も信じないだろう。何しろザ・クィブラーだ」
しかし、セブは何か思いついたらしく片方の口角を上げた。
『何かアイデアが?』
「アンブリッジが躍起になって雑誌を禁止すれば真実を隠蔽していると皆は思うだろうと思ってな」
『とても良い考えだわ。そうしましょう。ふふ。セブがハリーを手助けするなんて珍しいわね』
そんなつもりは無かったと眉間に皺を寄せるセブの前でクスクスと笑ってしまう。
『面白くなりそうだわ』
「決して我輩の名は出すなよ」
『手柄を横取りするのは申し訳ないわ』
思い切り睨まれる。
『分かっているわよ。ふふふ』
城に戻った私はハーマイオニーにセブの妙案を伝えたのだった。
ハリーたちは一芝居打ったようだった。問題のザ・クィブラーはアンブリッジに無事に見つかり新たな教育令でホグワーツ内でザ・クィブラーを所持することが禁じられた。
『いい気分だわ』
「あぁ」
シリウスとニヤリと笑い合う。私たちの手にはザ・クィブラーがあり、アンブリッジは憎々しげな視線をくれながら私たちの後ろを通過した。
セブの思惑通り、ザ・クィブラーが禁止されたことにより、ハリーの発言を魔法省が隠蔽したがっていると皆が思った。今までハリーを信じていなかった生徒もハリーを信じだし、ハリーを取り巻く環境はぐっと良くなった。ハリーはアンブリッジの執拗な虐めを受けているにも関わらず表情は明るい。
「ハリーは本当に勇敢だわ」
授業前、人のいない忍術学教室にハリーと栞ちゃんが一番乗りして言った。
「そんなことないよ」
顔を赤らめるハリーが前を向いたので目が合った。
『あなたは勇敢よ。今までしてきたことも、今回リータに真実を書くように話したこともね』
「そうだぞ。俺は君を誇りに思う」
「えっと、ありがとうございます。あの」
恥ずかしくて話題を逸らしたいようでハリーは私たちの手元を見た。
「先生方は何を作っていらっしゃるのですか?」
私たちの手には丸薬があり、糊で薄い紙を貼り付けている。
『催涙弾と煙玉よ。いざという時のために作っているの』
「あとで部屋に取りに来るといい。牡鹿同盟の皆に配ってくれ」
「ありがとうございます!」
「次の牡鹿同盟の練習だが、俺もユキもいける。今は何をやっているんだ?」
「守護霊です」
『それは楽しそうね』
数日が過ぎていく。
ヴォルデモートの復活を皆に信用してもらうという大きな問題が片付いたハリーだが、しかし、ハリーにはヴォルデモートとの繋がりの問題が残っていた。
またヴォルデモートとのことを夢に見たらしく、ハリーは授業準備をしている私たちの元を尋ねてきた。
私もその場に残っていいと言ってくれたのでシリウスと一緒にハリーの話を聞くことにする。
「ヴォルデモートは武器を神秘部から取り出すみたいなんだ」
ハリーは今回自身がヴォルデモートになっていたということだ。そして脱獄囚のルックウッドがヴォルデモートに「ボードはそれを取り出すことは出来なかっただろう」と言ったと教えてくれた。出来ない命令だからこそルシウス・マルフォイの服従の呪文に抵抗したのだとも。
『もしやプロデリック・ボード?……たしか最近、聖マンゴ病院で鉢植え植物に絞め殺された男性と関係している?』
「そう思います。実は僕、ボードが聖マンゴ病院に入院しているのを偶然見たんです。良くなってきている感じだった……」
「それなら口封じされたんだろう」
とシリウス。
「ダンブルドア校長にこの事を伝えても?」
「うん。お願いします、おじさん」
「しかし、ハリー。前にも言ったから分かっているよな。ヴォルデモートに利用される可能性もある。閉心術の精度を急いで高めよう」
「頑張ります」
くしゃくしゃとハリーの頭を撫でるシリウスをチラと見る。
神秘部か……。
最近、神秘部の名を聞くのが多い。そしてこの胸のざわつき。
必ずシリウスの“その時”に立ち会えるように。
油断なく行こうと私は気持ちを締め直した。